築城者:中山王察渡/尚巴志
築城年:1350年/1429年?
所在地:沖縄県那覇市

・造形美…………★★★★☆
・彩色美…………★★★★★
・立地環境………★★★★☆
・展示+眺望……★★★★☆
・交通……………★★★★☆
・歴史的価値……★★★☆☆
・知名度…………★★★★★

合計29点/35点満点

【コメント】

琉球の中山王の城として築城され、
琉球に統一王朝を打ち立てた尚巴志によって、
大規模に修築される。

本土の城郭とかなり性格の異なるように
一見思えるが、本土の場合も政治の中心は、
本丸 or 二の丸御殿であることが普通である。

軍事施設→政庁/儀式の場という変遷は、
同じようにたどっていると思われる。

ただ、日本では戦国時代に織田信長が、
物見櫓を進化させて、「天守」という権威の象徴を
「発明」したため、シンボルは高層建築になった。

一方、琉球は中国の影響を強く受けていて、
御殿風建築がそのまま、
シンボル化したと見ていいだろう。

この正殿は、中国の影響を受けてはいるが、
日本独特の唐破風を備え
(唐といいながら、唐破風は日本オリジナルらしい)、
日中の建築文化を琉球風に融合させた見事な御殿。

色彩的に色鮮やかなだけではなく、
唐破風に飾られている精細な彫刻もすばらしい。

沖縄戦で破壊されているが、
首里城は過去何度も、焼失と再建を繰り返してきた。
そう思えば、沖縄戦での破壊はもったいないが、
何度でも蘇る首里城、でいいではないか。

紅く輝く正殿が、あたかも不死鳥のようにも見えてくる。