イベントレポート

2012年 甲府巡礼 (3) 信玄公祭り

武田神社に戻ってきたら、山本勘助隊が
ちょうど入るところ。一般公募とのことですが、
女性足軽の皆さんも多いですね!

P1100512

14時ぎりぎりに到着・・・ということで、
出陣祈願に臨む沢村信玄さんを一目見ようと、
ものすごい人!人!人!

P1100514

たぶん、1年で武田神社が一番混む時じゃないかと…
でも信玄さん、着いたと思ったら
あっという間に拝殿の中に消えてゆく・・・

奥に御旗(日の丸)が見えるということは・・・
先に信玄公御本陣はご到着ということですなっ。

P1100524

出陣戦勝祈願の終了を待つこと1時間弱・・・
スタッフの信玄公祭りジャケット、
秘かにほしかったりする・・・黒×金がイイ!

P1100536

信玄さん出てきた!と思ったら、
くるっと向きを変えて・・・わー、どこ行くのー!
あ・・馬が・・ここから馬に乗ってゆくのね。

笑顔の沢村エロ男爵信玄公(笑)
沢村さーんと声をかけるか、
お屋形さま~と声をかけるかで、
歴女さんかどうかがわかりますな(笑)

P1100582

ちょっと線が細い気もするけど、
持明院蔵の武田晴信画像を見る限り、
まぁ、ありかなという気はいたします。

伊吹五郎の山本勘助。こちらももうおなじみ感。
個人的には内野聖陽の勘助の方が好みではあります。

P1100594

二人揃って手を振る信玄&勘助。

P1100606

あの日の丸持って信玄本陣にお仕えしたひ・・

P1100610

歴女さんたち。武田びいきなのかな?

P1100612

ここで、左折して岩窪の信玄墓所に向かいます。


大きな地図で見る

今年は、信玄墓所の桜はちょっと早いかな・・
こちらも毎年墓参りに訪れます。合掌。

P1100629

さて・・・大急ぎで信玄公祭り出陣式会場へ!
桜をバックに南口信玄公像も見守っております☆

P1100640

巫女さんの舞の後、甲州軍団が続々終結します。

P1100654

毎度おなじみの司会大将。今年も気合が入っています!
武田の各将は、陣形を整え速やかに参陣されたーし!

P1100656

が、しかし寒い寒い・・・この日は、
要害山城に上ることもあって、コート着てこなくて。
ううううーーーーぶるぶる。

武田マニア的にうれしかったのが、武田二十四将の名。
つい最近まで誤って伝わっていた諸将が、
最近の研究が反映されて、正されていて感激☆

たとえば・・・秋山伯耆守信友、
じゃなくって、虎繁。

P1100682

内藤修理亮昌豊・・じゃなく昌秀。

P1100690

三枝勘解由左衛門尉守友・・じゃなく昌貞。

P1100680

信玄マニア的にはポイント高いですー。
でも、やっぱり高坂弾正忠昌信。

春日弾正忠虎綱。敢えて「こうさか」にするなら、
香坂弾正忠虎綱。やっぱり高坂昌信のほうが、
知名度あるんだろうなぁ。

左から、武田勝頼母・諏訪御料人(由布姫/湖衣姫)、
武田義信母三条夫人、武田信玄母・大井夫人、
そして四郎勝頼。勝頼さんは中学生だそうな。

P1100692

てとこで、お屋形さまご到着ぅ!満面の笑み!

P1100698

ここからちょいちょい寸劇(シツレイ)
お屋形さま!申し上げます!という伝令兵。
申し上げる前にずっこけた伝令兵もいたなぁ(笑)

P1100707

伊吹勘助が沢村信玄に誓いの誓文を。

P1100718

そこで、勘助啄木鳥戦法を進言・・・って
まだ甲府では進言しなくないか?さすがに(笑)

P1100721

で、また沢村信玄がいいよーんと軽いんだわ(笑)

ここでえいえいおー。見破られちゃうけど、
えいえいおー(泣)

P1100723

で、来ました諏訪法性(すわほっしょう)の兜!
ホントは着けてたかどうか?だけど、
やっぱり、この兜カッコいいよねぃ!

P1100729

よいしょ、よいしょ・・・

P1100738

でーん。やっぱり信玄はこうでなくっちゃ。
普段はコスプレ興味ないけど、
この姿に身を包んではみたい・・・

P1100740

そして、この兜かぶってウイスキーを
飲んでるイラストをtwitterアイコンだとか、
名刺にしてみたい・・・

やはり、本家本元だけあって兜の出来もいいし、
手に持ってる軍扇も梵字が書かれた本物っぽいよ。

P1100743

三献の儀。今だと神式の結婚式の儀式、
として残っていますね。

P1100746

打ちあわび、勝ち栗、昆布の肴に酒を
三度ずつ飲み干し、三献目の盃を飲み干した後に
地面に打ち付けて割り、大将が鬨の声を挙げ
全軍を奮い立たせる儀式。

ぐいっと!

P1100750

三献目を打ち付ける瞬間が撮れなかったぁ。残念。

P1100751

戦勝願文を読み上げる信玄さん。
か・・・風が・・寒いぃぃぃぃ・・・・

P1100759

てことで、いざ出陣じゃぁ!
ってゆってみたひ・・・

P1100767

今年は、お屋形さまの号令とともに、
あちこちで火花がどんどん!びっくりした!

P1100772

風の一番隊から順に出陣して行きますよ。

P1100777

え?大井夫人に三条夫人、由布姫さんは
「出陣」じゃないですよね(笑)

P1100783

実は、三条夫人役は山梨大学に通う、
中国・四川省成都市の学生さん。成都というと、
三国志ですよね。なんか歴史ツナガリ…いいなぁ。

そして、由布姫さんはいつにも増して超美人☆
が、ブレブレ・・orz

しっかり写ってるのは、なんとも凛々しい勘助さん。

P1100786

出陣を控えて、長篠鉄砲隊の空砲。
勝頼メインならともかく、信玄と長篠は関係がないので
ちょっと違和感があるなぁ・・・

P1100804

諸将が出陣するまでじっと我慢の子の信玄公(笑)

P1100822

諸将は甲府の大企業支社社員や山梨の自治体消防団、
あたりが扮することが多いですが、
馬に乗る大将のしぐさも各々方、
個性がありますね。かっこよく決まる方も!

P1100831

あーあ、信玄公ついに日が落ちちゃいましたよ・・
待ちぼうけ信玄・・・この後ようやく。

P1100832

今回出陣式は、わたしはチケット(1,500円)を
買ったのですが、買わない人は幕で覆われて
ちっとも見えなかったようです。

しかも、チケットを買っても場所によって
見えやすい場所とほとんど見えないであろう場所と
かなり差があって不公平感があるような。

場所は・・・甲府駅前から移したほうが
よいかなぁという気がしましたね。

さて、この後は甲府城に先回りして
帰陣式に臨みます。

あ、けっきょく稲荷櫓今回は入らなかったなぁ。

P1100914

帰陣式のある甲府城鍛冶曲輪。
すでに多くの人が信玄公の帰りを待っていました。

P1100916

おっと風林火山旗に諏訪法性旗、そして日の丸!
信玄本陣のご帰還であります!

P1100936

やっぱり、兜してないのねぇ。

P1100945

帰ってきたら、鉄砲隊と殺陣の披露。

そして・・信玄公のあいさつ。
「みんなもお疲れさまでした!」

えいえいおー、一回忘れとるやん(笑)

最後になんと、ギネスブックの認定員さん。
今回は信玄公祭りを盛り上げるために、
Largest gathering of SAMURAIsとしてギネス申請。

携帯をぶら下げるなど、時代背景からして
おかしなモノを持ってる人はノーカンにされちゃった!
そうですが・・・

それでも1,061人の武者が集う、世界一の
甲冑行列として認定されたのでした。
おめでとう!記念すべき瞬間に立ち会えてうれしい!
しかし、認定員の方、日本語上手すぎ・・・

こうして、信玄公祭りのクライマックスは
幕を閉じたのでありました・・・

終わった後に甲府駅あたりに戻ると、
すっかり片付けられていました。

夜桜信玄。

P1100979

昼には気づかなかった・・
信玄の知恵と勇気が授かる香だとか。

P1100988

ウイスキーのイベントには、そのメーカーの
ピンバッヂをしていくのですが、今日はもちろん!
信玄バージョン。武田菱と諏訪法性の兜!でした(笑)

P1100968

さて・・・翌日は、信玄堤でお花見したり、
恵林寺へのお参りをしたり・・・です。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

"名誉茶師"と楽しむ、烏龍茶の『香り』の世界。(2)

ということで・・・いよいよ
烏龍茶の香りの世界に。

■烏龍茶の楽しみ

烏龍茶って、何気なくごくごく飲んでますよね?
ノンノン。実はしっかり丁寧に入れてやることで、
実に複雑な香りを楽しめるお茶なんです。驚愕!

宋代に始まった茶芸のひとつである
功夫茶(gōngfūchá)。清初に流行したそうな。

先ほどの見慣れない茶器が功夫茶のための茶器で、
細長い茶器が香りを楽しむ「聞香杯」。
丸い茶器が飲むための「品名杯」。

まずは聞香杯にお茶を注ぎ・・・

P1090435

品名杯を上にかぶせます。

P1090437

で、せーのでひっくり返します。
というところで、藤原茶師再登場(笑)
なんだか、お好み焼きをひっくり返す心持。

P1090418

そして、品名杯に移し変えたあと、
聞香杯に残った香りを楽しむのです・・・

P1090420

聞香杯に残った温かくゆっくりと蒸発する香り。
ウイスキーの残り香を感じているような、
そんな感じですねぇ。うーむ、至福。

烏龍茶の香り成分も何百種類もあるみたいで、
やはり、ウイスキーのような複雑さがありますね…

そして、「香りを聞く」という表現が
どこか主体的に香りを探しに行くこれまた、
ウイスキーの香りの感じに行き方との共通性を
感じずに入られなかったですね。乙な表現。

てことで、4種類のお茶を体験。
武夷水仙、安渓鉄観音、蜜蘭香、そして大紅袍。

P1090439

大紅袍といえば、以前すっごい高い瓶入り
烏龍茶
として出ましたよね。わたしも買いました。
これこれ

で、ティスティング・・・

■武夷水仙

甘くココナッツのような、スイーツ系の香り。
あとはスッと消える。

■安渓鉄観音

陽だまりになっている畳にある部屋の香りや
レモンやカシスのようん、柑橘系の爽やかな香り。
蘭の香り・・というのもわかる。

■蜜蘭香(鳳凰単叢)

ライチやマスカットというような、
どことなく中国らしくない異国情緒のする
果実香が特徴かなぁ。

■大紅袍

さ・・さすが・・歴代皇帝に献上されるというだけある。
花の香りをギュッと閉じ込めたような濃密さ。
香ばしさの中にもプラムやレーズンのような
深くコクのある甘み、最後に行くにつれ、
お香のような残り香も、非常に印象的・・・

正真正銘の最上級品は20gで250万円の値が
香港のオークション(サザビーズ)で付いたそう。
毛沢東も愛飲していたとか・・・

米中国交正常化の折に、毛沢東からニクソンに
贈られたらしいけど、ニクソンがえ?ただのお茶?
みたいな反応で、そこですかさず周恩来が、
国宝級のお茶でそれを贈ることの意味を説明した
というようなエピソードもあるとか。

高いものを選んでアレですが、わたしの好みとしては
圧倒的に大紅袍ですね。次点は安渓鉄観音かな。

何にも増して感じるのは、聞香杯で香りを感じると、
本当に香味がリッチなこと!烏龍茶の香り、
リラックス作用があるのも・・またウイスキーに似ている。
人間にもたらす香りの作用って、すごいんだなぁ。

これは・・・普段はここまで一式揃えては
なかなかできませんが、いざと言うときに備えて、
1セットはほしくなりました。

このあとは、懇親会に突入☆

会場のバックバーに響50.5を見つける・・・
我ながら、目ざとすぎて笑っちゃう。

P1090468

こちらでは、いろんなグラスをつかって、
ペットボトルのサントリー烏龍茶を温め、
よりよく香りを感じるグラスはどれ?
というコーナーがありました。

P1090445

個人的には変わったカタチをしたDがいいかな?
と思いました。あと、Cってウイスキーのロックグラス?
サントリーのセミナーでよく出てくるような?
これもなかなかよいですな。

こうして、少しまわしながら飲むのも、
ウイスキーみたいですね(こればっかり)

P1090464

このあと、歓談の時間には藤原茶師のもとで
お話を伺いながら、いろいろお茶を頂き・・・

P1090471

うっかりしてここではあまりメモを
取らなかったのですが…向かいにあのりすきぃさんが!
中国茶がお好きなそうで、藤原茶師への
ガッツキっぷりがすごかったです☆
# ちゃんとりすきぃさんにご挨拶できたの初めて…
# よかったですぅ。

出して頂ける1杯1杯が美味しくて・・・

P1090473

最後には、スパイスと楽しむホット烏龍茶の提案。

P1090480

シナモンやコリアンダー、ジンジャー、カルダモン。
個人的には、シナモンとジンジャーがよかったかなぁ。
ウイスキーにもペッパーオントップといって、
胡椒を振って飲む飲み方もあるしね。

香りのあるもの同士、うまく組み合わせると、
世界が広がりそうですねぇ。

サントリーのイベントではよくお会いする
だいさんにもご挨拶できてよかった!
いやはや、何度来てもよい時を過ごせますな。

サントピさんには、お世話になりっぱなしです。
ありがとうございました!

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (2) | トラックバック (0)

"名誉茶師"と楽しむ、烏龍茶の『香り』の世界。(1)

さて、4月に入ってしまいましたねえ・・・
3月中のできごとも、ちゃっちゃと記事にしていかないと。

ということで約1ヶ月前に参加させて頂いた
サントリートピックスさんのイベント。

今回もまたウイスキーではなく・・・
なんと「烏龍茶」のイベントなんですよ、はい。

P1090378

これ、烏龍茶の香りというところに惹かれたものでして、
そういう動機でイベント参加を選ぶあたり、
ウイスキー以前に「香り」というのが、
わたしの嗜好のひとつなんだな、と改めて思う次第。

会場は、サントリーワールドヘッドウォーターズそば。
本社は大阪・堂島のはずですから、
こちらは、どういう位置づけなのでしょうね?

あまりにも集合時間よりも早く、どなたもいない・・・

P1090377

てことで、あたりをふらふら。
すると、近くに MALT BAR WHISKYVOICEなる
お店を発見!次お台場に寄るときには、
行ってみたいでやんす!

で、暇を持てあましつつ、近くのビルを
うろうろしていると、サントピと言えばこの人、
みたいな(笑)メグさんと遭遇。

ということで、そろそろかなー・・と
会場に向かったのでありました。

今日の段取り。懇親会もあるよーん☆

P1090383

会場には、見慣れない茶器が・・・ほよよ?

P1090389

実は、烏龍茶というと今でこそポピュラーですが、
サントリーが烏龍茶を出した1981年当時は、
まだまだ珍しい存在だった烏龍茶。

この30年でここまで「当たり前にあるお茶」に
成長させたと言うのはすごいですよね。

講師は、中国における国家資格である
「茶師」の中でも特に、烏龍茶研究や普及活動に
功績のあった茶師に福建省から贈られる
「名誉茶師」の称号をお持ちの・・・・
藤原賢昌(よしまさ)茶師。

P1090400

写真を皆がバシャバシャ撮り始めると、
ちょっと恥ずかしそうにしてられるところが、
なんともほほえましく(笑)

結局、当日は訊くのを忘れましたが、
お話しぶりから関西の方とお見受けしました。
特に、イントネーションから京都の方かな?
と思ったりもいたしました。

ということで、まずは講義編。

■中国茶の歴史

お茶が中国で「発見」されたのは、
紀元前2,700年頃。

そのころの中国は、王朝として実在が
認められている夏王朝以前の時代であり、
堯や舜、あるいは伏羲が出てくる三皇五帝の時代。

その三皇五帝に列せられる「神農」が
お茶を発見したことになってるそうです。

森でくつろいでいるときに、お茶の葉が沸かした湯に
ひらひら舞い込んで、これを飲んでみたら
実においしいとな・・や、だからマジメに、
ツッコんじゃいけません(笑)

この頃の見つかったのが雲南省。
栽培されはじめた形跡は周王朝時代の前1000年あたり。
ちょっと北に行って四川省のほうだそう。

おもしろいのは、春秋時代(前500年頃)から、
三国志の時代(東漢/後漢末 ~ 魏晋)までは、
主に「茶菜」として、食用されていたんですねぇ。

春秋時代の王の食事に出てくるそうで、
高い身分の人々の食事だったのでしょうか?
どんな調理をして食べていたのか、気になるところ・・・

西漢(前漢)の頃にはお茶の市場ができ始め、
お茶の飲み方は、三国志の時代が終わる頃に、
文化としての芽生えがあり、唐宋の頃に
茶文化が興隆していきます。

唐代・玄宗の時代(楊貴妃や玄奘三蔵の時代ですね)、
陸羽が著した「茶経」は最古の茶に関する書物。

食材としてではなく、お茶として飲むべきだ、
という主張をしているそうですから、
長くお茶は食べられてきたんですねぇ。

個人的には、三国志の英雄たちがどのようにお茶を
飲んで(食べて?)いたのかが気になります…

日本との関係でいうと、入唐した最澄(伝教大師)が
茶を伝え、比叡山に植えたらしいのですが・・・

喫茶の習慣はあまり広がらず、平安末期から
鎌倉初期にかけて活躍した栄西禅師が伝えた
というのが一般的ですね。

■お茶の飲まれ方

最初にあったように、茶葉は食材だったわけですが、
その食べ方は、ずばりスープ(羹)の具。

てことは、古代中国のスープはお茶の味が
したのでしょうね?

唐宋代に、生葉を蒸して砕き方に嵌めて乾燥した
餅茶(ピンチャ/bǐngchá)という
長期保存に適した形態が出現。

火にあぶって柔らかくしてから飲むそうで、
普洱茶(プーアル茶)などは今でもこのやり方で、
飲まれるのだそうですよ。ほほぅ。

一方、宋代に散茶という今のお茶の飲み方に
つながる方式もできていたようですが、
明代になって、餅茶の禁令が出るまでは
餅茶が主流だったんですねぇ。

で、ここまではずっと発酵させない緑茶のみ。
ようやく明末清初の16世紀~17世紀になって、
お茶を発酵させるというつくり方ができ始めるんですね。

ここにようやく中国六大茶と言われる、
緑茶・白茶・黄茶・青茶・紅茶・黒茶が揃い踏み。

■中国六大茶

要はこの違いというのは、発酵の度合いと
発酵のさせ方の違いなんですね。

やはり・・わたしの食の関心の持つところ、
どこか必ず発酵が出てくる・・ウイスキー然り、
醤油然り、味噌然り、そしてお茶・・・

紅茶が完全発酵茶なのに対し、烏龍茶が属する
青茶は途中で発酵を止めるんですね。

ウイスキーバカなわたしは、なんだか
モルトをつくる工程みたい・・・と思い描く(笑)
# 理由が違いますよね(汗)

世界でつくられるお茶は全部で390万t。
そのうち、中国が130万tを生産しているそうで、
生産量No.1。その中でも最多は福建省。

福建省の中では最も多いのが烏龍茶ですが、
中国全体ではわずか10%ほど。
福建省=烏龍茶のイメージは確かなんですね。

■烏龍茶とは?

烏龍茶のふるさとは、福建省の武夷山(wŭyíshān)。
1999年にユネスコの世界自然文化遺産にも
登録された風光明媚な地。

作られ方は、

・晒青(shàiqīng)
・揺青(yáoqīng)
・炒青(chǎoqīng)
・揉捻(róuniǎn)
・烘焙(hōngbèi)

の五つの工程。

葉を日光に晒して酵素を活性化させる「晒青」。
葉を揺すって発酵を促す「揺青」。
加熱して発酵を止める「炒青」。
葉を揉んで味を香りを引き出す「揉捻」。
熱を加えて乾燥させる「烘焙」。

炒青の熱を加えるタイミングですが、
青っぽい香り、バナナを皮をむいた甘い香り、
そして、バラのような華やかな香り。
ここでを止めるんですね。

同時に、火に焙ることで香ばしさも
ここで付くんですね。

このあと、揉捻することで湯を入れてすぐに
味わいが出やすくなるとか。

・・・ここまでの作業が約12~14時間。
発酵のさせ方の違いで、烏龍茶の中でも
いろいろと種類があるみたい。

福建省の向かいの台湾では、発酵度が低めの
凍頂烏龍茶は、すっきりとした香り。

よく聞く鉄観音は福建省南部で主につくられ、
軽いフローラルな香りだとか。

北部の武夷山あたりでは、芳醇な
武夷水仙や武夷肉桂。

特に発酵度の高い東方美人は、
台湾でつくられる・・というように、
さまざまなヴァリエーションがあるんですなぁ。

・・・さぁ、ここから烏龍茶の楽しみの極意を
実演して頂きます!

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シングルカフェモルト試飲会@NIKKA BLENDERS BAR

さて・・どれから書いていくか、すっごい
適当な感じですが・・さくっと終わるものから。

金曜日は、恒例のNIKKA BLENDERS BARのイベント。
今回は、カフェ×カフェツナガリで
カフェ式連続式蒸留器で蒸留された2種類のウイスキー。
カフェグレーンとカフェモルトを頂きます☆

P1100268

カフェモルト12年以来、イベント等では何度か
頂いたことはありますが、カフェモルトってなかなか
ないんですよね・・

つい最近では、フランスでお買いになった
ある方のLa Maison du Whisky(LMDW)
のカフェモルト
以来。

ニッカのブレンダー室の中でも、特に長く
カフェスチルついて関わってこられた
ブレンダーでいらっしゃる、河井ブレンダーが講師。

P1100285

西宮から宮城峡に移設された1999年まで
10年以上カフェスチルの仕事をされてたとか。

こちらはかつての西宮工場に設置されていたときの
カフェ式蒸留器。貴重な写真だ~

P1100292

圧力計や酒精計、温度計などが並び、
サンプリングできるチューブもあって、
蒸留器のさまざまな部分の品質をチェックできる
ようになっていたそうですよ。

宮城峡でも習ったカフェスチルの仕組み。
なかなか難しいのですが、なかなかわかりやすく
解説して頂きました。ありがたし。

おもしろかったのは、精留塔と醪塔はそもそも
くっついていてもいいそうなんですが、
それぞれかなりの高さにあるため、
強度等の問題から二つに分けているんですねぇ。

こちらは、仙台に運ぶときの様子。

P1100295

P1100303

何十段にも重なった蒸留装置を分解して、
運ぶのですが、なかなかこれが専門的な技術がいる
ようでありまして・・・日本で1つしかないそう。

それが、大阪の三宅製作所
こちらでキレイに洗浄し、保護をして仙台へ。

ちなみに、カフェスチルのメンテを行っていた
その隣では、某S社向けのポットスチルを
鋭意製作中だったそうです(笑)

そして、カフェ「モルト」とは何ぞや?という説明。
カフェスチルは、グレーンをつくるスチル。

それをモルトでつくったらどうなるだろう・・・
という話がブレンダー室で上がって、
やってみよう!という話になったのがきっかけ。

スライドにモルトでつくったら・・の項に
従来にないコクのある「グレーン」ウイスキーが
できると書いてあって、ニッカも確かに
カフェモルトはグレーンという認識なんですな。

で・・もともとはグレーン専用であって、
モルトで使おうとするといろいろめんどくさいんです。

P1100310

油分が多いトウモロコシと違い、粘り気多し。
ゆえに圧力が上がったり、残渣は詰まったり。
その度。冬でも冷たい水で手洗い・・ぶるぶる。

湯気で中が見えないと掃除できたか
分からず、冬でも冷水を使うそうで・・・

濾過する布も切れちゃって、頻繁に交換・・と
いろいろ苦労が多いのですねぇ・・

極めつけは「牛さんが食べてくれない」(笑)
つまりは、飼料としてはトウモロコシのほうが
おいしいらしく、モルトは引き取ってくれないのだとか。

これ、けっこう死活問題で操業にも影響が。
そもそも原料の10%しか、ウイスキーにできない
わけですからねぇ・・カフェモルト、苦労多いんだ。

で・・・実際のお話の進め方とは前後しますが、
頂いた感想はといいますと・・・

Single Cask Coffee Malt 1998 13yo #219606

P1100322

仙台移設が99年なので、その前年に蒸留された
Made in Nishinomiyaであり、98年12月に解体、
翌99年に移設されたそうです。

てことは、西宮でのファイナルヴィンテージ
でもあるわけですよね。感慨深い。

カフェ式らしい甘さはあるが、かなりリチャーされて
コクのある香ばしさと樽香が力強く、甘さ一辺倒でない
心地よい複雑さを感じます。

さらに、河井さんの解説の通り、華やかさの中に
大好きな金木犀の雰囲気を感じ取ることができ。
金木犀香る秋に飲むと、格別かもしれぬ。

P1100289

LMDWのカフェモルトよりも、さらに甘さと
距離を置いた感じがしましたね。バランスのよさ、
という意味では、LMDWでしょうけど、
こちらのようなカフェモルトもあっていい。
でも、残り香はやっぱりクッキー感がしっかり。

LMDWのカスクは、いくつかの候補の中から、
これというものを選んで商品化しているそうなので、
フランス人好みなのでしょうが、これは
ちょっと方向性が異なるカフェモルト。

逆に以前のシングルカフェモルト12年は、
かなりクッキー的なスイーツモルトだったので、
同じカフェモルトでも対照的になりそう。
今回のカフェモルトと飲み比べしたいなぁ・・・

そうそう、日本ではあまりカフェモルトを
出してないのは、シングルカフェモルトの売れ行きが
あまり・・・だったそう?で及び腰みたい。
いやいや、みんな飲むから~

でも、今回のカフェモルトだったら、
モルト好きにはウケる香りと味わいだと思いますね。
もっと出してもらってもいいんですよ~ < ニッカさん

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

SMWS 2012 Spring Sampling。

さて・・・またネタがたまり気味ですが、
書けるものから書いていきます。

昨日は、汐留・パークホテル東京にて、
SMWSのティスティング会に参加しました。

P1100265

土曜日の東大Sのほうに、行きたかったんだけど、
土日は北陸にいたので、こちらのほうへ。

個人的に、このティスティング会ってすごく好き。
特にセミナーがあるわけでもないし、好きな時間が来て、
自分のペースでティスティングにじっくり向き合える。

そして、ボトルたちはみんな一期一会だし、
気に入ったモルトは数日すれば買えるようにもなるし。

てことで、2時間ちょっとで12種類のティスティング。
個人的に気に入ったのは、この3種。

■39.84 Linkwood 1990 21yo 48.0%

はじめこそ、みたらし団子のような濃厚な甘さを
感じたけど、徐々にハーブのような、薬草のような、
続いて漢方やシナモンの香りに変化。

他のと交互に飲んでいると、古い倉庫のような、
そう、前々日に訪城した金沢城石川櫓で感じたような、
ちょっとくたびれた木々の香り。
湿っぽさやほこりっぽさも混じったような・・・

他にはない、そして好みの香りの1本。
なかなかウイスキー飲まない人に美味しそうね、
と思ってもらえない表現しかできないのが、
もどかしいのだけれど・・・

■37.51 Cragganmore 1993 18yo 60.0%

打って変わって、こちらは圧倒的なフルーティ。
シェリー由来のベリー系の香りが中心。

いちごやグランベリーのほかにも、
アセロラやざくろ、それにバラの香りも混じって、
ウイスキーでは珍しい感じない華やかな香りが
百花繚乱という感じがぴったりします。

少し紅茶のような渋みもあり、バラの香りと
相俟ってさしずめ、ローズティーのような雰囲気。

■121.52 Arran 2002 9yo 59.9%

最後はアラン。あまりアランでコレキター!というのは、
実は少ないわたしなのですが、なかなかこれには
かなり惹かれましたねぇ。

甘いアーモンドオレから入った後に、
実に濃厚なミルキーなソフトクリームのような。
たぶん、これはキライな人が少なそうで
比較的万人に受けいれられるだろうな、という感じ。

・・・てことで、けっこうお値段はしますが、
久々に複数本買っちゃうかなぁ。リンクウッドは確定。
グラガンモアとアラン、どっちにするかな?

東大S、パークホテル東京、あるいは
全国の会場で参加した方々には、何が人気なので
しょうかね・・・23日の発売日には、
ちゃんと買うようにしなきゃ。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虹色の東京タワー。

先週の金曜日。東京タワーが虹色になるというので、
ちょっと見に行ってみました。

P1090601

でも、LEDだと写真への収まりが良くないねぇ。
個人的には普段のライトアップのほうが、
いいかなぁと思っちゃいました。
七色で外から照らしたら、キレイになるかなぁ。

余談ですが、嵐が絡んでいるということで、
女の子グループばっかり・・・めちゃめちゃアウェイ・・
なんですが、撮ってください!が2回も。びっくり(笑)

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古屋城の将来を語る市民大討論会(3)

ちょっと、間が開いてしまいましたが、
休憩を挟んで、パネルディスカッションです。
(長いですので・・・興味ない方はスルーを)

こちらも、基本的に木造天守に関するところのみ
ピックアップしていきますね。話の都合上、
時系列は少し前後して書いていきます。

■あるべき木造天守再建論

最初に、麓和善・名古屋工業大学院教授から、
文化財保存の立場から見た「本物・偽物論」にコメント。

焼失したという意味では、本物はなくなったわけだが、
焼失を免れた文化財もあり、また特別史跡という意味で
名古屋城は本物の文化財。これを護り、価値を高めるべき。

これら「本物」の価値を高めるための手段として、
本丸御殿の復元や場合によっては、木造天守の復元を
位置づけることができる、と。

文化財の価値向上という視点では、史実に忠実であるべきで、
史実の再現性という意味では、名古屋城天守は
最も忠実に復元できる天守であるとの指摘。

これは、名古屋市の事業として行われた
昭和の実測図があるということがその裏づけに
なっているわけですね。

実測だけで5年もかかり、図面ができるのは、
戦後の1952年。このような例は、名古屋城だけで
専門的に見ても、伝説的にすばらしい図面だそう。

続いて、司会の瀬口哲夫・名古屋市立大学名誉教授から、
海外の事例との比較。名古屋市は疎開できる文化財は
疎開させ、建物のように容易に動かせないものは、
実測図を描いた・・ということですが、
WW2の時期に、英国でも同様の動きがあったんだそう。

戦時中で授業ができない間、文化財となっている
建物の実測調査をやっていた大学があったらしく・・・
当然、ロンドン空襲があるという想定。

日本では、名古屋だけがそのような文化財を護る
という発想をしっかり持っていたことは、
誇れることではないか、という指摘。まったくですね。

続いては、先ほど説明してくださった片岡教授から
天守を再建する場合の心構え、スタンスの話。

地震が多い日本、天守に免震装置はいるのではないか、
という声もあるそうだが、それでは復元になるのか?
と疑問をお持ちだという立場。

可能な限り史実に基づくという観点からも、
近代的な装置をできるだけ排除して、
進めるのが、大原則であろうとのお考え。

すぐに免震装置をいれなきゃというのは、
天守の構造をあまりご存じない発言なのでは・・・と。

■河村市長の意見

河村市長は、相変わらず精神論だなぁ・・という感じ。
キライじゃないですけどね。シンボルとしての名古屋城。

市長が大きな課題として、認識しているのは現天守の扱い。
登録有形文化財になる建造物は、建造後50年経った
建造物のうち、価値のあるものが登録されうるわけで、
これをどうするか・・・ということ。

また、住民投票をするという市民の意見をとりあげ、
非常にいいことだと発言。
それもやはり、名古屋人のアイデンティティに
関わることだから・・ということみたい。

総工費については、この後何百年と名古屋のシンボルとして
もつものとして考えれば、数百億でも安いじゃないかと。

■文化財を復元することの意味

ナチスに完膚なきまでに破壊されたポーランド・
クラクフの復元の例を知多ソフィア観光ネットワーク代表、
山本勝子氏がお話になっていました。

戦後、壊れたレンガを集め、写真や人々の記憶を
基に蘇ってくわけですが、食うにも困るような時代に、
なぜ復元に取り組んだか・・

それはナチスによって、ポーランドの文化や歴史といった
伝統を決して抹殺させないという自国に対する
強い誇りと意思があったのだろうと推察されます。

そこで、名古屋城を復元する場合、その復元に
名古屋人は何を見出すのか・・・その議論がいるだろうと。

たとえば、江戸時代にどのような文化が名古屋で育まれ、
それをどれをどう伝えていくのかということとか。

単に木造の天守を復元するだけでは、おもしろい街には
ならないだろうと。ソフト面の検討が必須という指摘。

■木造復元をする価値

これを受けて富山大学教授の古池嘉和氏。
名古屋を50年以上見守ってきた現天守の(固有の)価値は
キチンを見据えた上で、その価値を上回る価値とは何か・・・

それは、建物としての復元だけではなく、
機能としての復元という視点もあるのではないか?
観光という価値ではなく、城本来の価値を見出す、
という視点だったり、技の継承という視点など、
複眼的に木造復元の価値を考えていく必要がある・・と。

続いて、再び麓氏。現天守の再建の際にあった
名古屋市民の議論の様子。当時の名古屋タイムスで
10日に1回程度の割合で、議論の進捗が
紙上でレポートされていたそう。

ここから当時の名古屋市民の再建に対する
熱い想いが感じ取れるのだとか。

そのときのコンセプトは、概観は可能な限り、
オリジナルに忠実に、内部は焼失を免れた
文化財の博物館として機能させると。

文化財の保護施設という天守の機能的な観点からも
コンクリート造りである必要があると
考えられていたようです。

今の天守=コンクリ=価値ナシと即断するのは
早計だろうということですね。

当時とは目指すコンセプトが違うでしょうが、
改めて腰を据えた議論がいるでしょう。

また、実際に再建をするとなれば、
設計図があっても、資材が準備できても、
また職人さんがいるだけではダメで、
天守復元を統括するプロジェクトリーダーが
文化財としての知識を有していることも大事、と。

今の名古屋城本丸御殿の再建の場合でも、
必ずしもうまくコトが運んでいるとはいえないとか…

続いて、片岡教授。当然、再建に当たっては、
地盤の調査は必須であろうし、宝暦修理の原因と
なった天守の傾きの事例を踏まえ、過去のトラブルは
根本からつぶしていく必要はあるだろう、と。
地盤まで復元して、また傾かせてもね・・・

また、大径木の木材が手に入らない場合には
2本の木を接木したり、張り合わせたり、修正材を使う・・
なんていう方法が許されるのかどうか・・・など。

ただ、個人的には懸念事項は当然あったとしても、
それはやる/やらないの判断にはあまり直接的には
かかわってこないだろう、と思っています。

やはり、山本氏や古池氏が指摘するように、
木造天守復元の意義と価値を明確にするということ、
そして、史実に忠実に復元可能にしてくれた
先人の想いを充分に汲み取ること…
これが、大事なのでしょうね。

■市民の挙手による質問・意見

市民の皆さんからも、続々と挙手で意見が上がり、
皆さん一家言をお持ちな様子。前の記事でも書きましたが、
名古屋城が愛されているんだな、ということを
ものすごく感じたんですよね。

たとえ、木造天守再建に賛成であっても反対であっても。
その証拠に単純にお金がかかるとか、そういう理由で
反対意見を述べた方は居られなあったんですよね。

たとえば、木造天守で復元すると工期は12年にも及び、
ただでさえ本丸御殿建設中なのに、さらに天守まで…
となると、あまりにもみっともない。

それにこんなに長い間、名古屋のシンボルたる
名古屋城天守を拝することができないなんて、
それこそ、名古屋人のアイデンティティの喪失では?と。

名古屋城の価値を高めることが木造天守再建の一方策で
あるならば、むしろ東北隅櫓を再建して
隅櫓を揃えるなど、往時の本丸の姿を取り戻すことこそ、
先にやるべきことだ、というご意見がありました。

また、住民投票やこのようなシンポジウムだけでなく
パブリックコメントの形できちんと意見を吸い上げ
実現に向けた議論をさせてほしい、とも。

なかなか面白いと思ったのは、濠をぐるっと回って
天守や櫓、石垣を見上げられるような仕組み、
取り組みがほしいという城好きの方がいらっしゃったり。

城好きでも、外観復元天守でも立派なものはあるだろう
という方、東北が大変なときに巨費を投じる
木造復元を考えていていいのだろうか・・・など、
城好きといっても、幅広いなぁと思うこともありましたね。

普段から城って、もう少し多角的に見るべきだろう、
と思っているだけに、こういったシンポジウムは
非常に興味深い内容でありました。

城についても、こういう機会があったら、
積極的に足を運びたいなと思いますね・・やはり、
そういう意味ではtwitterが貴重な存在かな?

この後は、せっかくなので名古屋城そのものも
少し(?)見て回ってから、帰京の途につきます・・・

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古屋城の将来を語る市民大討論会(2)

さて、ここからは中部大学・片岡靖夫教授のお話。
以前にも名古屋城木造の課題について、
名古屋市に結果をレポートすることがあったそう。

でも、ホントにそうなのか?と思うところがあり、
さらに1年、研究室の学生さんと研究を進めて
こられたのだそうです。

ということで、どんな課題があるのか、
どう乗り越えないといけないのか・・
を解説いただきました。

■いつの天守に復元する?

いつの時代に復元するか?という点。

名古屋城天守、創建は慶長年間ですが
宝暦年間に天守が大きく傾き、大工事により
修復された歴史があります。

先ほどあったように、宝暦修理後の天守は
昭和に実測図があるため、かなり再現性は高いわけですが、
慶長創建時に戻すとなると、相当なハードル。

しかし、これはもし復元する・・となれば、
宝暦修理後ということで、コンセンサスは得られる
という気はしますので、あまり問題ではないかな、
と個人的には感じますね。

■木材の調達・品質管理・検査

これも先ほどの話にあった調達性の問題。
やっぱり、市場から調達しようというのがマチガイなんじゃ?
という気がします。三浦先生の話が正しいとするなら。

大洲城の再建の例。高さは約1/2、体積は1/8と
名古屋城に比べれば小さい天守ですが、
かなり忠実に木造再建された城なんですよね。

大洲城の場合、なんと募金かつどうならぬ募木活動で
材木を集めたのだそうです。個人、神社、寺院が所有する
山林から伐り出した材木で、再建されたんですって。

続いて、品質管理。
木って含水率が高いんですが、永く何百年も耐えうる
建築物の材として使うには、中までしっかりと
含水率を下げる必要があるんですね。

このあたりは、ウイスキー樽の製樽とも共通しますが
樽はせいぜい50年程度、こちらは何百年と持たせるわけで。
しかも、圧倒的に大量の材木を乾燥させなくてはいけません。

ここをどうやるかが大きな課題のひとつ。
なるほど、大径木が手に入ってもこれは大変かも・・・

さらに、製材していく中で本当によい部分だけを
使っていくわけですので、材が全部使えるわけではない。
ということは、相当量の原材が必要なわけですね。

■火災に対する耐性

要は、安全性のクライテリアを確保するために
どういう構造体にするかという点。
この検証のために作られたのが、この模型。

P1090156

基礎部分だけの模型ですが、城好き的には
かなりテンションがあがる模型です!

まず、火災について。確かに木は燃えやすい。
しかし・・しかしですよ。

燃えやすいのは、一般住宅で使われるような、
比較的細い材の場合であって・・・

天守に使われる大径木の材、燃えたとしても、
表面が炭化することで酸素を遮断し、中までは燃えにくい
という性質があるのだとか。

これは最近法律でも認められ、結果的にイベントホール
などの大規模建造物の木造建築化ができるように
なったんですって。これは朗報ですな。
消防法のネックも解決できるかもしれない!

そもそも、同じ木造建築とはいえ、
戦いのための建物なわけで、戦火にある程度は
耐えうる構造はしていて、同じ木造でも
寺社建築などとは違い、密林のように大量の木材が
使われるのも、天守の特徴なんだそう。

■反りの美しさ

話は、破風の反りのカーブの美しさに
変わっていきます。片岡教授は「惚れ惚れするような」
と表現されてましたが、まったくその通り。

どの城郭建築を見ても、反りの美しさは
見所のひとつなんですよね。

片岡教授は何か・・・数学的な関数に
なっているに違いないと予想されたそうです。
放物線や双曲線のような。

あるとき、これは懸垂線ではないか?と直感。
長さと重さが決まると自然に決まるカーブ・・・
まだ確証とまでは行ってないそうですが、
そんな予想をされているんだそうです。ふむ。

■地震に対する耐性

慶長創建時宝暦修理時では、耐性がずいぶんと
違うようで、瓦葺でかつ厚い土壁で重かった
慶長創建時天守は、耐性が低いようです。

上記のリンク先は、広島大の三浦先生のページですが、
慶長度天守は最上階の入母屋屋根だけが、
銅板葺なのに対し、宝暦修理後は全体的に銅板葺。

銅板葺の宝暦修理天守は、ずいぶん軽くなって、
土壁も宝暦修理に軽量化する工夫がなされたのだそうで
軽量化した宝暦天守で計算すれば、現代の基準でも
地震に対する耐性は、十分に満たせる内容。

そういや、江戸城寛永度天守はそもそもが銅板葺。
あのくらいの巨大天守になると、銅板葺じゃないと、
持たないのでしょうなぁ。

もちろん、建物だけじゃなくって、
名古屋城天守のある場所の地盤構造なども
綿密に調べる必要はあるみたいですけどね。

さて・・続いては、市民の皆さまの意見表明。
直接、木造天守に関わらないものもあったんですが、
そこは割愛をさせていただきつつ・・・

もちろん、わたしは木造再建に賛成。
なんですが、たぶん城好きの皆さまの中にも、
かならずしも、賛成というわけではないでしょうし、
むしろわたしも、反対意見がどうなされるのか、
というところに関心があったんですよね。

物事を決める際に、賛成意見がたくさんあると
心強いものですが、ブラッシュアップするにはやっぱり、
反対意見との鍔競り合いが必要だと思うんですよ。

いくつかご紹介すると・・・

●天守よりも、本丸中心に全体的な本来の景観を
 忠実に復元してほしい。

●天守を本来の姿に戻すことで、「本物」という
 質の高い文化を提供できる。本物こそ価値。

●まずは広く市民の意見を募り、住民投票をすべき。
 建設工事や費用の内訳、現天守の解体現場を広く公開。
 資材は一級品を使い、宮大工の匠の技で復元。
 中途半端なものは残してほしくないし、
 そうなるなら、復元はやるべきでない。

●所詮、復元は復元。木造もコンクリも変わりはなく、
 現天守を取り壊してまで木造にこだわる意味はない。
 本物にはなり得ない。この構想は市長の自己満足。

●江戸期は五層五階。外観復興天守は五層七階。
 当然江戸期の天守はエレベータもなく、人に優しくない。

●昭和30年初頭の「二度と燃えない天守」をつくれ、
 との市民運動があった。その成果たる現天守と
 当時の市民の想いを護り、未来に伝えるべき。

てことで、最後の3つは同じ方の意見なんですが
しっかり反対意見を述べられていて、個人的には安堵。
賛成論者だけの寄せ集めだったら、議論にならないものね・・・

が、ただ本物とは何か、天守とは何かを
誤解されているなぁ・・というのがわたしの印象でした。
# わたしの意見は最後の最後にとっておくとして。

てことで、休憩を挟み、パネルディスカッション。
うー…思ったよりも内容がボリューミーだわ。
とてもじゃないが、一気には書けない・・・

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古屋城の将来を語る市民大討論会(1)

例によって、遅きに逸した感はありますが・・・
先々週、2/19に行われた名古屋城の将来を語る会。

今名古屋は、この直後河村市長の発言でえらいことに
なっておりますが・・・まぁ、それはそれとして。

この会の発端となったのは、名古屋城天守を木造で
復元しちゃる!という発想をどどんと市長が出されたこと。

で、Webのニュースをみてこんな会があるなら、
城好き、天守好きにとっちゃぁ、はるばる名古屋まで行って、
話を聴きに行こうではないか、とこうなるわけです。

しかし、よくまぁ、わたしのような余所者を
当選させてくださったものです。名古屋市さんには感謝。

P1090129

この日は、前日夜からの高速バス移動。片道約3,000円という
激安プランでございます。開始が10時なので、
しばし、ネットカフェでZzz・・・

ちょうど開始30分前くらいでしょうか、
現地に赴くと、名古屋城のゆるキャラ・はち丸くんが
お出迎えしてくれました。

P1090133

会場に入ると、戦前の昭和期に実測、戦災で焼けた後も
続いていた長い図面製作の果てに残された
名古屋城天守の実測図(写真)が展示されてて、
わぉ、とテンションも上向き!

P1090142

内部構造もバッチリです。ここまで詳細な構造が
わかっている天守、ほかにはないそうなんです。

P1090141

初層・二層の断面詳細図。立面図だけでも
詳細なのに、さらにこんな図も・・・

P1090134

名古屋城の誇り、金鯱も詳細に図面化。

P1090136

会場はこんな感じ。始まるのを待ちます。

P1090144

段取り。主催者として河村市長の挨拶の後、
名古屋城総合事務所からの現況説明に始まって、
中部大学・片岡靖夫教授による木造復元の課題。
つづいて、市民6名の意見発表。
あいだ休憩を挟み、パネルディスカッション。

予定では、2時間半だったんですが、
3時間半にも及ぼうかというくらい
かなり時間オーバー(笑)

■河村市長の挨拶

最初に思ったのが、おぉ名古屋弁ってこんなんなんや!
ってこと。皆さん、名古屋弁って「~だがや」とか
「ちょー」とかいうけど、実際しゃべられてるの、
聴いたことあります?

なんか名古屋の人って、標準語しゃべってる
イメージなんですが、ほぅ名古屋弁とは
こういうもんなんか、という城とはまったく関係ないこと
が印象に残りまして(笑)

河村市長は、もちろん木造再建派。
しきりに「民族(?)の誇り」と言っていましたが、
やはり、コンクリ建の博物館ということで、
少々、案内してもがっかりさせる面があることを
気にしているようでした。

やはり、名古屋に住んでて自慢になる名古屋城を、
よそに負けんもんがあるぞということで、
木造建の天守が欠かせん、とこういうわけであります。

実は、戦前に国宝に指定された城郭第1号こそが、
名古屋城天守なんですね。第2号が姫路城。
名古屋城がほんとは・・という思いもあるのでしょう。

が、江戸城を凌ぐ・・というのは、
明らかに勇み足ですね(笑)

そんなの、天下人の天守がいくらなんでも
名古屋城に負けるわけないでしょーが。

大阪城も比較対象が豊臣大坂城ならば、
ひょっとしたら、名古屋城のほうが大きいかも、
というのはあります。が、徳川大坂城と比べると・・
どうなんでしょうねぇ。

そんな貴重な天守が戦災で焼けてゆくのを眺め、
涙をこぼした名古屋人は多かったようで、
河村市長のお母様もそのひとりだったとか。

で・・・河村市長は、文化財たる天守を目掛けて
爆弾を落としたのは、ハーグ陸戦条約違反だ!
と言っていましたね。
WW2後に、1954年ハーグ条約が結ばれている
ことを考えるに、不十分なものだったのでしょう。

それをいうなら、わたしが愛してやまない
岡山城や広島城、それから大垣城、和歌山城、
福山城、仙台城、首里城・・・太平洋戦争で日本人が
失った城はたくさんあるのです・・・

焼けることがわかっていたわけではないでしょうが、
名古屋城には詳細な実測図があります。
冒頭で写真をアップしたやつですね。

1932年(昭和7年)に実測され、実に279枚にも
及ぶ膨大な図面。普段は小天守内に
保管されているそうよ。

宝暦年間に修理された際には、天守がかなり
傾いていたそうですが、それでも1894年に
中部地方を襲った濃尾地震でも、倒壊した櫓はあっても
天守はまったく崩れることがなかったそうです。

さて、続いては名古屋城の現況説明。

■名古屋城のあゆみと現状、整備に向けて

1. 名古屋城のあゆみ

そうそう、名古屋城も二条城と同じで接収された後、
名古屋離宮として、皇室財産だった時期があるんですよ。
その割には、あまり皇室の菊花紋を見かけないなぁ・・・

戦災で焼けた天守、実は二条城のように
徳川葵ではなく、菊花紋?だったのでしょうか。

あと、名古屋城が特別史跡に指定されている領域は
本丸・二の丸に加え、三の丸を囲む濠跡。
あわせて約50haの広さになります。

名鉄瀬戸線の東大手駅付近から、南に下り、
外堀通りを西に進み、愛知県図書館から北へ、
そのまま本丸に連なる部分が、外堀跡のようです。

確かにGoogle Mapでみても不自然に
建物がないように見えるのも、特別史跡だから、
なんでしょうねぇ。

しかも、名古屋市が所有するのは、
本丸・御深井丸・西の丸。二の丸は財務省、
そして本丸を囲む濠は、文部科学省の管理下。
いろいろ複雑に入りこんでるんだなぁ・・・

2. 各城の入城者数と名古屋城

なかなか興味深かったのが、城ごとの入城者数。
2010年度のデータだけど、トップは167万人で
なんと首里城なんですねぇ!

第2位が、わたしが城主を務めてまいりました
京都・二条城で157万人。

続いて、第3位が名古屋城。152万人。
第4位が熊本城144万人。第5位は大阪城137万人。

ちょっと、姫路城がかなり落ち込んでいるので、
そこはフェアではないけど、熊本城が意外と
少ないなぁ・・という印象。遠いから?
熊本城、あんなにすばらしいのに・・

でも、熊本城400年祭のあった2008年は
本丸御殿ができたこともあって、222万人を
突破する勢いだったみたいですがね。

あ、この記事名古屋城でしたね・・・閑話休題(笑)

3. 整備計画

熊本城が特に櫓の復元整備に力を入れている
感じはしますが、名古屋城ではなんといっても、
2017年完成予定の本丸御殿が目玉。

総工費150億円、うち50億が寄付。
第1期の玄関・表書院は、2013年度にまず公開予定。
この段階でまず行くんだろうな(笑)

復元模写されているされているあたり、
二条城と同じですなぁ。

そのほか短期施策では、本丸西南隅櫓の修理、
復興天守の耐震工事、表二之門修理・・など、
基本的には修理ばかりだなぁ。

長期施策として、本丸表一之門や東一之門、
本丸多門櫓、東北隅櫓復元・・などが
視野に入っている模様。

短期施策がだいたい15年以内に着手するもの、
という定義なので、長期施策はわたしが
生きてる間に着手されるんだろうか・・・てな
タイムスパンになりそう(汗)

4. 天守の木造復元

で、木造復元の話。五層五重の徳川天守の
セオリー通りの大天守。史上最大・・って
言ってるけど、これは創建当時の話。

このあと、江戸城元和度・寛永度天守が竣工。
これは名古屋城天守をよりも大きいはず。
いかんよ・・いくら威張りたいからといっても。

木造復元の課題だけど、

・建築基本法
・バリアフリー法
・消防法/名古屋市火災予防条例

あたりが法令上の課題。前二つは適用除外認定を
受ければ、建築できそうだけど、
消防法がけっこうネックだなぁ、と。

もちろん、これはこれで大事なのだけど、
単純に消火・警報・避難設備をつくったり、
消防隊進入口を設置したりすると、
史実どおりにならない・・というジレンマ。

木造で高層建築ということで、避難時の
安全確保が・・との話もあって。

こればっかりは・・・いざというときは
しょうがないくらいの気持ちで、天守に上がる
しかないと思うんだけどな?

火災に対する安全性は、ここでの説明では
ネック・・とあったけど、次の片岡教授の説明で
詳しくあるので、ここでは割愛。

地震には、濃尾地震で天守が健在だったことや
江戸城天守の講演でもあったように、
他で使われないような太い心材が使われることで、
ものすごい耐震性があるとは思いますけどねぇ。

石垣もなかなか気づかないけど、はらみがあるようで
天守再建となると、積み直しがいるかもとのこと。

木材調達。これがかなりネックだと、
説明されていて、大径木の木曽檜はあまり市場に
出回らず、非常に調達難ということで・・・

もちろん、樹齢300年以上の大径木なので
普通はないと思うんですが、江戸城講演では、
広島大の三浦教授が50cmクラスの木材になる木々が
林野庁管理下の森林に豊富にある・・との話。

江戸城も名古屋城も復元するとなったら、
取り合いになるのかもしれないですが、
これを使えば、名古屋城だってできるんじゃ?
という気がするのですよねぇ。

一般市場から、調達しようとするから
困難なんであって、こういうときこそ国有林から
切り出すというのもアリだと思うんだけど。

ちなみに、名古屋城天守を史実に忠実に
試算した場合、342億円で工期は12年かかると。
外国材も使うなら、100億円減。

江戸城天守が500億くらいだと記憶しているので
まぁ・・・そんなもんかな?

最大の問題は、現天守をどうするか。
これはこれで、ぶっ壊すわけにはもちろん行かないし、
コンクリートの耐用年数は残り40年程度。

とりあえずは、耐震工事するにしても、
扱い方が難しい話です。

さて、この後さらにマニアック度が増す、
中部大学・片岡教授のお話です。
城好きなら響くと思うのですが・・(汗)

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

白州訪問 with 和ヰスキーバーのみなさま

もう1ヶ月くらいになりますかねぇ・・・
最近、イベント経過後、blogアップ1ヶ月
なんてザラで、だいぶんと感覚が麻痺している
そんなnikko81です(汗)

赤坂にある和ヰスキーバーさん。
ジャパニーズウイスキーと燻製が楽しめる小さなバー。
マスター(@Waisky_Taro)さんにお声掛けいただいて、
白州の旅に出かけてきましたよん。

お昼前集合だったのですけど、なんと!
まい泉のとんかつ弁当が用意されていて。贅沢!

P1080541

この日は、サントリーの営業の方も
同行されていたのですが、なんでもまい泉って、
サントリーが買収したんですってね。知らなかった。

この日ご一緒した国立の女性と
しばし歓談していると、あっと言う間に白州。
もちろん、この日はタクシーです(歩かねーよ!)。

白州、意外と雪が少なくってちょっと
肩透かしな感じ。白州ってそんなに雪降らないのね・・

P1080542

空は一面の快晴。写真も映えますわ。
てことで、ウイスキー博物館。

P1080545

バーうさぎ前のスペースがセミナー会場♪

P1080546

バーの名前が入っている・・・のは、
スペシャルセミナーの証ですね。

P1080549

この日の解説は、品質担当マネージャで
いらっしゃる海野さんです。

まずは、白秋の歴史の話。ご承知の通り、
竣工は1973年ということで比較的新しいのだけど、
できるまでの経緯がおもしろくってね。

というのも、全国津々浦々山崎とは違う、
よい水を求めて訪ね歩き、候補地が10年以上掛けて
10箇所ほどに絞られたそうなんですね。

で、その10箇所の水をつかって、製法や樽を
同じものにして、同じ環境で10年熟成させたあと、
できた原酒をティスティングして、
ここ白州に決めたんだそうですよ。

竹鶴翁が、よっしゃここじゃ!と他の候補地を見ずして
感性で宮城峡に決めたのと対照的ですな(笑)

一方、できるだけ木を伐るなという方針は、
白州も宮城峡も変わらないところでありました。

あと気になったのは、山崎と白州の酒質と硬度の関係。
山崎で使われる離宮の水は、中軟水ということで
少しミネラル分が多めの94。一方の白州は超軟水で30。

この違いは、主に香りに出るようで、山崎の香りの複雑さは
このミネラル分にもあるみたいなんです。
一方、軟水の白州は、やはりその特徴である
爽やかさ、やわらかさにつながっているのだとか。ふむふむ。

さて、いよいよ見学!一般とは違う特別コースなので、
サントリー印のキャップをかぶってしゅっぱーつ。

P1080558

あら?こんな看板あったかな?
ホワイトテラスの脇にありました・・
バードウォッチングができる白州にちなんで、
青い鳥の絵が・・・twitterみたい(笑)

P1080559

電気自動車のバス!ちゃんと見たのは
初めてだなぁ。

P1080562

充電スポット。言われないと、ガソリンいれる
ような感じに見えちゃいますが(笑)

P1080563

で、誰も気が付いていない・・というか、
わたしも初めて気付いたのだけど、お稲荷さんが
蒸留所内にあるんですね・・・
ずいぶん飲兵衛なんでしょうな(笑)

P1080599

さて、工程見学。仕込みや発酵はガンガンしておりました!
特に、発酵槽は増やしているようで、
パッと見ても、増えたなぁという印象があります。

発酵中の香りは格別ですねぇ。
嗅ぎすぎ注意!CO2にやられます!!

P1080577

P1080578

その関係で見学コースも変更。従来の退館コースが
閉鎖されていました。

P1080584

蒸留工程は、やはりガラスの向こうへ!
コレができるとできないとでは、大違いですよね☆

初留釜の窓はどれも赤く、蒸留真っ只中というのが
わかりますね。しかし、カタチがどれも違うな、ホント。

P1080590

アップ。

P1080596

コチラは再留釜。一番奥の釜が、
昔の白州の釜そのままで、手前のほうは入れ替えられ、
様々なカタチをしていますね。

汗ばむくらいの熱気を浴びつつ、
ニューポットが出るところも見せて頂きます。
なんでも濾過している?そうで、銅の成分で
布が青くなっていました。

P1080594

この日は、リチャーがなくて残念でしたが、
最後に貯蔵庫をば。やはり貯蔵庫に香るウイスキーの香りが
蒸留所見学の一番の楽しみといえるでしょう。

P1080608

実は、表にあるような鏡板は少なく、
ほとんどは味気ない記号だけが書いてあるだけ・・・
なんだそうですわ。ほら、あんな感じ。

P1080603

さて・・・見学の後は、美味しい試飲のとき。

P1080614

はじめの一杯は、白州を尾白川のお水で、尾白川の水の氷で
つくった水割りから・・こりゃ、贅沢だ。

P1080616

このあと、構成原酒をひとつずつ頂きました。
白州のシェリーがよかったかなぁ。
ミズナラさまは、山崎12年の構成原酒。
やはり・・・ちょっと若いね。
それでも、17~8年らしいのだけど。

でもね・・・後には、有料試飲に走っちゃうのね・・
シングルカスク山崎1986と響ミズナラ原酒。
山崎も美味しいけど・・やはり、ミズナラさま。
さ、最高です・・うは。

P1080642

ほわほわしながら、東京まで帰ります。
電車の中でも、角ハイを頂きつつ、白州のベーコンを
はむはむ・・・・もーいーやー!ということで、
立川を通過し、新宿までそして赤坂に・・・

行きしなにお話していた女性は、なんとこのあと
お仕事ですって!まじで・・・信じられん。
わたしだったら、完全にムリムリですわ。
意志の強さに尊敬いたしまする・・

でね、赤坂の和ヰスキーバーまで
行ったわけですが、途中で勝手に有料試飲なんて
やってるもんだから、お店に着いたらZzz・・ですた。あはは。

まぁ、楽しいひと時でしたよ。
よくtwitterでお世話になっているプレコさんとも
ご挨拶できましたしね。

かえすがえすも、和ヰスキーのマスターには
お世話になりました。ありがとうございました!

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧