ウェブログ・ココログ関連

あれから17年、未曾有の危機到来・・・

なんだかんだ忙しくしている間に、最終更新から3ヶ月経過。
毎年恒例のWebデビュー記念日がやってまいりました。

blog自体はもう少し後なのですが(当時blogはまだなかった)、
Webを公開し始めた日(nikko81の81=9×9の語呂合わせ)
には、それまでを振り返る日のひとつにしているのです。

・・・1年以上前のネタを更新できないというだけでも、
ストレスなのに、更新が追いつかないどころではなくって、
まったく更新もままならないとは・・・・今までにないことでありました。

昨年のこの日もこんな書けないなんて・・・と
驚いていたんですが、今年はそれ以上。
平成丙申の乱が1年で終わる兆しがありません。

そうそう昨年は悪いこともいいことも桁外れ・・・だったのが、
悪いことの桁外れ感はそのままに、いいことの大きさがイマイチ。。。
平日がつらい、ひたすらつらい。

まだ昨年の「決断」は実行には移していませんが、
あのときの心持からは変わっていない・・・
むしろ日々決心を新たにするような感じです。

 あの頃に「自己分析」をして、これで生きていこうと決めた…
 そんなあの日の希望を実現させられなそうで、
 本当に申し訳なく思ってしまいます。

これはホントそうだなぁ、言い逃れできない。
そしてもはや後戻りできない環境になってきているのは疑いない。

だからこそ、何か別の世界で希望を持てる日々を
つかまないと、あまりにも過去の自分に申し訳ないのです。

そういえば、今年は不惑になる年でした。
ちょうど不惑になる日に開けたTHE NIKKA 40年。

P1320454

もちろん、ものすごくうまくて魅了されるのですけど、
あたりを包むしあわせすぎるミズナラの甘美な香りに反して、
これを味わっていて申し訳ないなぁ、というような感覚が混じっていて。

ただ、年を重ねれば、自動的に成長するわけでもなく、
置いていかれるでもなく、まだ自分次第だと思える部分は残っています。
よく悪くも思ってた以上に、不惑にさしたる限界は感じていない・・・

とても今厳しいですけど、年のせいでどうって気持ちはない、
そう思えるだけでもまだ救いなのかもしれません。

わたしが生きてきた時間、経験、想いを、今後どうつなげて行って、
どんな果実にしていくのか。17年前に思い描いていたこととは
違うけれども、まだ振り絞れば前に向く力が残ってはいる。

わたしが関心を持ってきたウイスキー、城、そして武田家。
これらに対する関心があるからこそ、今のわたしがあります。

いつの日か、わたしの命が途絶えるとき、関心のあることに対して
何らかの影響力をもって、生きてて良かったと思えるよう、
今を何とか乗り切りたいと思い直す夜。

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2017年・・・・もまた濃すぎて~1/6 日本の城ギャラリー~

さて、2016年が一向に片付かないのですが、
いよいよ2017年分もわりとたまってきた感が出てきて、
追い込まれております・・・ひぃ。

ということで、写真で振り返ることのできるイベントを
中心に振り返っていきたいと思います。
もう今年も4ヶ月以上経ったんですね・・・激動。

お気軽に振り返っておける部分を振り返っておきますか…
安居天神に出かけた正月の後は…

◆1/6 日本の城ギャラリー◆

ギリギリだったんですが、有楽町の東京国際フォーラムの
天守模型展示。まぁ、様子見程度のつもりでしたが、
なかなか精巧、かつ普段ちょっと模型で見ないような天守もあり。

その筆頭が高松城天守。南蛮造りと呼ばれている
現存する天守では類例のない一層目が膨らんだ天守。

P1260062

高松城天守は古写真があるので、確かに模型は
可能なんだろうとは思ってましたが、実際にあるとは…
よく見ると、天守台からもわりと張り出していますね?

P1260063

あと特徴とすると、火灯窓。破風も小さめで、
比翼千鳥破風になってる点がポイント高。

P1260065

なぜか現代の復元天守は、どおーーーんとした
破風がお好みであるようですが、どうもセンスが合わなくて。

P1260086

模型になってるのが珍しい、という意味だと、
新発田城御三階櫓。これも外観は見ることはできますが、
自衛隊の敷地内で、中に入れず悔しい思いのする御三階櫓。

P1260079

L字型の屋根と三つの鯱が特徴。海鼠壁もなかなか
デザインとして素敵ですね。金沢城もそう。

P1260077

もうひとつ珍しいのが萩城天守。こちらも古写真等あって、
外観はわりとハッキリしていますが、模型はお初。
ちょっと破風でかいってのはありますが、割と構造としては、
輝元自身が手がけた広島城天守にも似ていますね。

P1260059

一層目がでっぱってるのは熊本城天守みたいで、
少しでも大きくしたかったのか、一重目から二重目で
イキナリ逓減という点に歪さを感じます。

通例は、一層二層はほぼ逓減なく、二層から三層にかけて逓減。
というやり方なんだそうで、熊本城の場合は
創建時に寸法の急変があったのではないか、と三浦正幸先生が
お話になっていたのを思い出し、萩城天守もそのような、
何か突発的な事件があったのでは・・・と推測したくさせます。

ちなみに大垣城、松本城を見てみると、
この原則がよくわかります。

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また、望楼型であっても、白漆喰仕上げ。
時代の変遷によるものか、広島城の下見板とは
その点は違っていますね。時代の流行か・・・?

P1260057

内部構造がよくわからないので、なかなか実際の
復元は難しいだろうと思いますが、何か史料が出てきてくれればな。

P1260061

あと、わかる人には響く。。というのが名古屋城。
そう、これ慶長期の創建当時の外観なのですよ!
最上層のみが銅瓦葺、二層目以降は本瓦葺というもの。

P1260071

破風も黒漆で塗られた、日光東照宮や江戸城天守の
原型を思わせるような豪華なつくりになっています。

P1260072

ただ、この本瓦の重みもあって北西側に石垣が
沈み込んでしまったのですよね・・・ということで、
江戸時代後期、宝暦年間に石垣の修理がされた際、
比較的軽い銅瓦葺にすべて替えられたのでした。

P1260074

その他、熊本城、岡山城、鶴ヶ城など、
わりと個人的に好みが多めでうれしい限りでありました。

P1260056

P1260068

P1260084

P1260080

最後に江戸城天守。賛否両論はありますが、
基本的には(しっかりした発掘調査等要検証ですが)
賛成派でありまして、じっくり時間をかけて再建できればと思っています。

P1260091

P1260092

こちらはある程度時間がたったときの姿の想定で、
屋根が名古屋城の如く、全体的に緑青の銅瓦になってますが、
創建当時は、黒チャンという塗料で黒く塗られ、
それこそ岡山城のような、真っ黒の天守だったとか・・好み・・・

P1260093

でか、ちょっと南面の破風はデカイかな?
破風と破風の間が詰め詰め・・・(苦笑)

P1260094

本丸の全体模型も。江戸城しか撮れてないけど・・・

P1260095

P1260096

ものの30分程度しか居れなかったんですが、
けっこう需要あると思うので、また開催してほしいですねぇ。

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一日遅れもまた、思い出と思って。

昨日の夜、まさに日付が変わろうとする頃。
不満やるかたないまま、追いきれないTwitterのタイムラインを
リストの一つ一つを手繰って、それでも追いきれず、
眠気が強まってきたそのとき。

しまったぁぁぁぁぁぁ

大事な人の思い出記事を書いていないではないか・・・・
あぁ、なんたること・・・・でるふぃさん許して・・・

そんな思いで昨日眠りにつきました。

さて。

お初の方も多いので、改めて解説しておきますと、
今から20年前。インターネットのまだごく初期とも行っていい頃、
パソコン通信を知らないわたしが最初にネットで
人とのつながりができた頃、印象深いお姉さんがいましてね。

毎年、その方の誕生日に思い返しているのです。
・・・それがすっかり忘れてしまったなどとは!

ある意味、供養でもあり、自分の原点を振り返る契機でもあり・・・・

でも、相談したいと思ってももう居ないのだ。

47歳と40歳か・・・もう似たようなものかもしれないけど、
20歳のわたしには27歳のねえさんがまぶしかったな。

10年も経っていくと、自分でも記憶が変容していくのがわかります。
美化なのかなんなのか、繰り返し繰り返し思い出すことで
記憶が強化されていくって、こういうことなんでしょう。

そして、彼女のことはもはや伝説になりつつあります。
思いが深い人のことがそれぞれの人の中で、伝説になる。

ひょっとしたら、武田家の全盛時代を過ごした遺臣たちや、
甲斐の民の中に、武田家のこと、信玄公のこと、勝頼公のことが
伝説化していくのも似たような各人のプロセスが響きあって、
大きな集合体となっていくのかもしれないな、とふと。

いつまでもいつまでも残るWebサイト
無料だったからこそ、でもある意味いつ閉じられても不思議じゃないけど、
まだ残っているんですよね。なんだろうな、墓標というか、
史跡というか、なんかそんな不思議な感じを毎年しています。

読み物いろいろから、ねえさんの人となりがわかると思うんですけど、
こういう残ったものから再構成して、その人となりを感じるのって、
まさに歴史上の人物の接し方と同じなんですよね。
そして、今との断絶や時代感。

そしてもちろんリアルでも知っている・・・と言っても、
実は会ったことがなくて、ホントに近くて遠いのです。
そりゃぁTwitterやってる今でもそんな方はいっぱいいるけど、
絶対的な人数がやっぱり違うから、記憶の密度が濃いような・・・

そうそう、ねえさん(笑)だけじゃなくて、(爆笑)って
よくつかうんだよな。わりと少ないんじゃないか?
とか、さっと文章読んで気づいてなつかしめるのです。

> 文字で伝わる感情が確かにある。
> 文字でしか伝わらない感情が、確かにある。

ほんとそうよね。ライターでもなんでもなくて、
それでも文字を書くこと、文章で、ことばで伝えることを
なにより大事にしていたねえさんらしい。

・・・なんだか、本当に墓参りにしているような気分になってきたぞ。
いろんな岐路に立ったとき、何度相談したいと思ったことか。
そして何より、今が一番そのときだ。

嗚呼、生きていてくれたら・・・・でも。

忘れてくれないならせめて悲しまないで

残された人を縛ってしまうなら、忘れてほしい、
それができないなら、せめて悲しまないでほしい。
10年を過ぎて、ようやくその心境に少し近づけた気がします。

ありがとう。また来ますね。
来年は遅刻しないように、心を落ち着けられるようにするね。

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blog開始13周年 - 「古記録」たるblogから再構成する、わたしの歩んできた道

さて、2/1はこのblogはじめて丸13年になります。
まぁ・・・毎日書くことに特に意味を見出してはいないので、
けっこう更新間隔、開いてはいますけども。

基本的な目的は今も変わらず、考えたことや
体験したこと、見聞きしたことをしっかり記録して、
後で振り返られるようにすること。

興味の移り変わりを振り返って、ちょっと一歩引いて、
わたしという人間の好奇心の移ろうさまが
また興味を引くものであるし、今後の自分に向けて、
フィードバックさせたい、という思いも持っています。

そして、それを小出しにして切り出して、
誰かにおススメしたり、こういうのに興味があるという
ことをお伝えしたり。blogの全体からも、
nikko81って、こういう人間ですって、自己紹介になればと。
そういう意味で、誰かの役に立ったらいいな、は副産物。

なんですけど、昨年2016年に今までなかったことが・・・
それは2016年にほとんど2016年の話が書けなかったこと(爆)
そんなだから、ちょうど今去年の今頃シリーズなる
謎の記事シリーズをはじめているわけですが(笑)

だいたい年末に押し込んで、できなくても1月には
終わらせて、blog開始記念日の2月1日を
迎えるときには、書き終えてるものだったのですけど。

こんな年もあるんだなぁ・・と思いつつ、
歴史を研究する専門家の方のインタビューで、
ちょっと「あ!」と思うことがありましてね。

真田丸の歴史考証をされた中のお一人、
丸島和洋先生のインタビューから。

曰く、同時代人が日常生活・業務のなかで作成した、
古文書や古記録、つまり日記などから、客観的に
事実を再発見・再構成することが、歴史学の目的だと。

このインタビュー自体、一般の歴史に興味のある者にとって、
ある歴史上の人物が好きだったり、関心をもったとき、
どう対峙すべきか、対峙しようと心がけるべきか?
といった意味で、非常に参考になるわけですけども。

しかし、別の関心を持って捉えると、四百年どころか、
わずか十数年、あるいは数年前だけれども、過去の自分が、
当時記録した「古記録」から、事実を再発見・再構成する
というのは、わたしが感じるblogの醍醐味と重なるなと。

この2016年の間に、2016年の出来事が掛けなかったくらい、
本当に楽しいことも、つらいことも、何もかも、
怒涛のように起きていたという、後から振り返ったときに
感じる2016年の捉え直し、というのがなにやらおもしろいなと思えて。

史料からわかる史実、史料と史料の間隙から炙り出される史実
それらをつなぎ合わせていくことでわかる、歴史のおもしろさ。

それを自分の記録たるblogに当てはめると、
2016年に当年のことが書けなかったという「古記録」と
また別の何か、それとも今後起こる何かを合わせて考えると、
自分にとっての2016年って、そういうことだったのか・・・
というようなことがわかるかもしれないのかな、なんて。

ある意味、わたしはわたし自身を活きた「歴史」として、
捉えることに意味を見出していたのかな、と思ったりしたのです。

本当に凝りだしたら、それこそインタビューであるように
レシートひとつとっても、自分にとっての「史料」になるわけで、
実際、とあるウイスキー(今年開封予定)のレシートは
今でもとってあるんですけど、まさに史料だなぁと。

やりきれないくせに、やけに完璧主義の残り滓だけが
燻っていたりするので、思った密度の記録を
思ったタイミングで残せないと、いらいらしたりもするんですが・・・

記録に残したいという思いはあるものの、
記録が追いつかないくらい激動だったということが窺い知れること
というのもまた、残すべき「史実」なのかもしれないなー。

ということで、書ききれないということにも、
なんだかポジティブになれるような気がした、blog14年目。

わがココログを担うニフティがノジマに譲渡される、
というニュースを目にしました。

ホント、ココログストップだけはやめてね。
ココログ出版もなくなっちゃってるし、
14年もの間書いてきたのを、どこかに移すのとかって、
めっちゃ大変なんだから。おねがいしますよ、マジで。

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16年。

毎年、9月9日の重陽の節句はわたしがblogの前身になる
Webを公開し始めた日(nikko81の81=9×9の語呂合わせ)
ということで、必ず記念の振り返り記事を書いてるのですが…

まぁ、例年にない9月9日になりましたよね。
なんと言ってもまだ2016年の記事を書いていない!
2015年のネタが消化しきれていない!
というのは、長年書いてきて初めてのことですね・・・

おそらく年末に振り返るときに詳しめに書くことには
なると思いますが、2016年は変化の年、
変化しすぎて体がついていきません・・・

もうわたしとしては、天正壬午の乱ならぬ、
平成丙申の乱と言ってもいいめまぐるしさ。
よきにつけ、悪しきにつけ・・・

もちろん、よいことも桁外れによいことなのですけど、
悪いこともまた桁外れで・・振幅が激しいと付いていくのが
なかなかつらいわけですよね。

Webに文章を残し始めてからということと併せて考えると、
16年前には思いもしなかった決断を少し前にしました。
実行は当分先ですし、迷いがないといえば嘘になりますが・・・

希望を持っていた16年前に、このような選択肢をとることを
考える日が来るだなんて思いもせず。
・・・ふと、しばじゅんの「ちいさなぼくへ」を思い出します。


君の見てる空も未来も
今は見えない
僕が君の未来だなんて
哀しくて 切なくて
閉じたアルバム

君の見てる空も未来も
嘘じゃないから
君が僕に逢える日まで
いつまでも心から
生きていてほしい

ちいさくはない当時のわたしに対してではありますが、
あの頃に「自己分析」をして、これで生きていこうと決めた…
そんなあの日の希望を実現させられなそうで、
本当に申し訳なく思ってしまいます。

あんなにも思い悩んで、回り道をしてでも
道は目指す場所にたどり着くはずだと信じていたのにね。
そういう前向きな気持ちが実を結ぶようにできなくて、ごめんなさい。

それでも、この10年近くの間に自分の軸になる
関心事について、関心の深度がどんどん深まっていき、
新しいひとのつながりに恵まれてきました。
そのことが何よりわたしの心の支えになってきました。

決断した結果がどうなるかはまだわからないのですけど、
表面的なことではなくって、16年前に何を大事にしようとして
人生を歩もうとしたのか。根っこまでさかのぼって思い返して、
今、どうあるべきなのか。どう動くべきなのか。

あと4ヶ月(で一段落するかわかりませんが)、
悔いのないように生きていきたいと思います。

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12周年。

さて、1月結局何も書かないうちに
過ぎてしまいまして、blogでは2月にあけまして
おめでとうございます、になってしまいました…

2月というコトは、blog初めて12年。
振り返りは年末にやったんで、
今年の抱負とかそういうの・・・

なかなかできないんですが、おでかけしたら
なるべく全部blogにする!みたいなのを
いい加減止めないと・・・と思うんですよね。
何度もそう思ってはいるのですけど。

2015年度分については、少しづつ書いては
いこうと思うのですけど、できれば本を読むほうに
時間を当てていきたいという思いでいます。

イベントにせよ、オフ会にせよ、
ちょっと消化不良な感じもしている一方で、
10年ぶりくらいでしょうか、本をたくさん読んで
知識を蓄えたい気持ちがむくむくしています。

年が明けてから、どんどんと本を読む流れが・・
すでに6冊。(以下敬称略)

『武田信玄』平山優
『穴山武田氏』平山優
『郡内小山田氏』丸島和洋
『武田信玄と勝頼、文書に見る戦国大名の実像』鴨川達夫
『真田幸村の系譜 直系子孫が語る四〇〇年』真田徹
『甲陽軍鑑の史料論』黒田日出男

真田丸みてるのに、多くの真田本をすっかり
後回しにしちゃってますけど(笑)

なんといいますか、自分にとっての旬がきたようで、
このタイミングで武田家に関する研究成果を
取り入れたい気持ちが強くなって。

とはいえ、すでにウイスキーイベント3件参加、
高野山訪問に講演会2本聴く予定・・が3月末まで。
抑えたはずなのに・・・(笑)

『長篠合戦と武田勝頼』平山優
『東国武将たちの戦国史』西股総生

の2冊はホントにおもしろくて、読んで感じたこと
考えたことを忘れないように、blogに
上げたのですが、ここ最近はスピードが早いので
書いているヒマがない・・ですが、ある程度のところで
ちゃんと読後感をまとめたいなとは思っています。

そんな調子なので、Amazonの買いたいリストには
本がたくさん・・・なんですが、

『戦国大名武田氏の権力と支配』平山優, 丸島和洋
『戦国大名武田氏の権力構造』丸島和洋

この2冊はなかなか高価でおいそれとは手が出ず…
自分が知りたい内容そうな雰囲気ですが、
ちょっと図書館で見てみて、ハマリそうならGetかな。

そういえば、武田家好きでしたが史跡を巡ったり、
一般書を読んだりということで通り一辺倒の
知識はあるのですが、一般書でも研究論文をたくさん
書かれている方の本に当たると、新しい見解に
たくさん触れることができて、知的興奮がもりもり。

山梨県立図書館や山梨県立博物館の図書室で
それこそ籠もって本を読みまくりたい衝動に駆られます…
今年は、城やウイスキーよりも武田家の比重が、
それも読書や講演会の比重が多そうな予感がします。

ま、こうして定期的に自分の心の向かう先を
書き残しておくと、後から振り返ってみると
興味深いのですよ・・・

ということで、こちらのblogもご贔屓に。

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15周年。

今日は重陽の節句にして、Web記念日。
blogのなかった時代、HTMLをかきかきしながら、
カンタンなWebページで文章を載せ始めたのが9/9。

15年経つわけですよ、あれから。
あの頃の夢は破れたけど、好奇心に生きるというのは
ブレてない気がします。

なんどか以前の振り返りでも書いたのですが、
好奇心の強さって波があって、いろんな好奇心の波のピークが
それぞれ違っていて、そのときそのときの経験が
落ち葉の層が重なって自分をつくっていくような。

blogを振り返ると、自分の興味の動きがよく判ります。
これってなんだろうな、何がきっかけなのかな・・・・

書き始めた当初からウイスキー、城、信玄公に
ゆるく興味があって、それにデジタルガジェットだったり、
大学生のときにはまったミーム論とかも。

もちろんそれぞれきっかけはあって、かけがえのない
大事なわたしの興味の眼。その波って、
「知りたいことに響くということ」なのかなとちょっと感じ。

興味を持つ入り口は多様でも、知りたいという欲望に
タイムリーに応えてくれるか・・ということが、
波の強さに影響している気がしてきました。

たとえば、信玄公も武田家の皆様とのつながりが増えたり、
研究が進んで新たな知見が出てきたりということで、
好奇心の波が加速されてますね。

城も一旦土の城を学んでかーらーのー・・
近世城郭の楽しさを発見したり、城に寄せる
人々の思いの変遷や建築学的な楽しさなんかも
ここ数年で発見した楽しさ。

一方、特に今年に入ってウイスキーの需給バランスが崩れ、
イベントにもこれというのが並ばず、終売が増え、
限られたボトルはあっという間に完売・・・
というので萎えたり。

ウイスキーはしょうがない部分は頭では理解するのだけど、
やっぱり知りたい欲にタイムリーに響いてこない、
というのはなんだかもどかしくあるのも事実なわけです。

まぁ、ウイスキーは数年したら戻ってくるでしょうし、
心配はしていませんがね。一度もった興味は
大事にしたいですしね。一期一会。

これより先、どんな新しいことに興味を持てるのだろう。
ウイスキーや城、そして信玄公にまつわる
どんな興味深いことに出会えるのだろう・・・・

これからも好奇心を大事に、でもちゃんと律しながら
生きていきたいと思います。

こうして考えるきっかけになるblogって、
わたしにとっては貴重な記録ですねぇ。
SNSと違って流れていかない、確かな記録。

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供養としての記事。

今年もまた、4/10がやってきました。
あの日から8年が経とうとしています。

亡くなったのは6月らしいのですが、正確な日がわからない
ということで、最後にメッセージがあったらしい
誕生日の4/10に毎年、偲ぶようになりました。

過去に散々、思い出は語ってきたので、
改めて書くことはしないでおこうとは思うのですけど、
ふと毎年こうして書くことが、ある種の供養や法事のような、
感覚になっているなと思い至りました。

日本の民間信仰では死者・祖先に対する追善供養のことを
特に供養と呼ぶとありますが、原義は供物を
真心から捧げることだそう。

この場合の供物とは何か…個人的な死生観ですが、
やはり記憶なんだろうなと思うんです。
あの時こうだったね、ああだったねと思い出しながら。

人が完全に死んでしまう、無に帰してしまうのは、
肉体が滅んだとき…ではなく、忘れられて
しまったときなのかもしれません。

その意味で、歴史上の有名人物は姿や形、その歴史すら
変化しながら、長いときを生きているともいえます。

彼女は当時、今よりもずっとずっと狭いネットの世界の中で
知る人はそれなりに多く、また影響度あったのだと思います。

インターネットで人間関係が作られる時代の
亡くなった方との関係のあり方に想いを馳せる日。

あのときの経験は、わたしのなかで確実に
かげがえのない「伝説」となっていっています。

何事も最初にいい経験をしておくのが大事だといいますが、
わたしのその後のインターネットでの人付き合いのあり方を
規定しているといっても過言ではないくらい。

姉さん、ホントにありがとう。
ウイスキーで献杯。

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11周年。

さて、本日2/1はblog開始記念日であります。
10年超えてくると、もう振り返ってもマンネリ感…
があるかと思いきや、そうでもないようです。

勝手にわたしのblog年度は1月締めということに
しているので(笑)正月にしそうな振り返りと抱負を
ここでやっておくことにしましょうかね。

■2014年度の振り返り

昨年10周年のときには、興味を失いつつあるものを
振り返ってみたり、blogに書かない旅をすること、
自らの想いを語る記事を増やす・・という目標を
立てていました(ということに気づきました。笑。)

もうひとつというか、以前から進めてきた
関心を整理していくというのは、大方固まった感じですが、
blogに書かない旅というのはちょっとはじめてます。

・書かない旅

新しいことを見聞きしたり、体験したり…というのを
書かないというのはもったいなくって、
やっぱりムリ(笑)なんですけど、行き慣れた土地に、
特に新しく何をするでもなく、訪ねる旅っていいな…
と最近思うようになってきました。

もちろん場所は限られるわけで、明らかに好きだと
わかっている街、甲府だったり、余市だったり、
まだやってないけど、仙台だったり、金沢だったり…

いつも旅はアドレナリン出まくりで、カラダからしてみれば
仕事している(いや仕事以上に本人が
やる気なので仕事以上?)わけでちっとも
休息になってないわけですよね(笑)

信玄公にせよ、政宗公にせよ、
あるいはウイスキーやバー、明らかに好きな城…
好きな何かに囲まれに行く。

わかっているけど、繰り返して行く。
何か違いを求めてるわけではないけど、行く。

こういう「癒し」を求める旅は、
blog向きじゃないんだろうなぁ・・と感じる次第。

いっぱい知りたいこともあるんだけど、
こういう安心感も入れていきたいですね。

・想いを語る

もうひとつ、思いを語るということ。
特にこれはお城、その中でも天守や櫓の再建論については
意見表明をしてきたつもりで、15年は破壊されゆく
土の城についても考えをまとめたいなと思います。

武田について・・・もやりたいところですが、
関心の領域は固まってるんですが、なかなか進まず。
もうあと数年はかかってゆっくりゆっくりかなぁ。
武田関係については、本を読む時間も確保、
ちゃんと読んで感じたこともまとめないと、つながらないし。

ウイスキーはやっぱりスコッチに(ほかと比べ)
強い興味が出ないというのは厳然たる事実。
なかなかスコットランドに行こう!
という決心が付かないのもその辺りにあります。

ニッカとサントリーの歴史だったりだと、
ものすごくハマっていくのにね・・・定期的に
ティスティングして(最近SMWSのもご無沙汰)
表現していくことはやっていかないと、と思うのですが。

それだけ脳天を突き抜けるモルトを飲んでないからでしょ?
といわれるとそうなんですが、無理に関心を仕向ける
というものでもないので、しばらくはジャパニーズ中心かな。

それと昨年は、ブレンデッド回帰・オフィシャル回帰が
自分の中であったように思え、安心して飲むという
しあわせをかみ締めることも多くなりました。

ある種惰性というか、中だるみとも言えるのですが、
安心感とトレードオフなことだろうなと思っていて、
そういう時期なんだろうな、と。

ウイスキーの好みって周期があるように、
どんどん変わっていくとも言いますしね・・・

自分の中でカスクの楽しみとブレンテッドの楽しみを
上手く共存させていくことをblogで語る
ということをキチンと表現していきたいですね。

■抱負:人のつながりをクロスさせる

これは特に昨年目標に掲げたことではないんですが、
以前から「想いを持って人に会う」ことを心がけています。

その結果、ウイスキーだったらメーカーの重鎮の方々と、
武田だったらご宗家はじめ、武田家の方々と、
お城だったら、城郭研究家の皆さんや城メグリストさん。
多くのすごい人と知り合うことができました。

やっぱり、自分が強い関心のある分野で
知識と経験・人脈を持っている方々に触れるというのは、
大きな大きな刺激になります。

そのひとつの幹から伸びていく人のつながりというのも
大事で広がっていくのがおもしろいのですが、
幹同士がクロスする瞬間にけっこうはまり出しています。

というのも、お城好きの皆さんが(マッサン効果もあって?)
ウイスキーやその歴史にも興味を持ってくださったり、
逆に歴史に関心のある方とうまい具合に
お城の「こうあるべき」感が合わなかったりとかも。

武田(歴史)・城・ウイスキーのトライアングルの、
すべてでクロスさせてみているわけではないのですが、
いろいろ試したいなぁ・・と思っています。

ウイスキーに関しては、お城好きの方のほか、
武田関係でもちょっと興味を引いてくださることもあって、
意外といけるやん・・と思う一方、
お城がなかなか難関かなぁ・・・という感覚。

樽の感じから、櫓の香り感じにお城どうですか?
というのも、そうそう引っかからないしなぁ(笑)
# マニアックすぎる(爆)

意外なのが、城→歴史。
歴史好きといっても幅は相当広く、城に興味ない
どうでもいいと思ってる人けっこういるんだな…と。

一見近しいと思えるだけに、この線はハードル高いな、
というのが実感としてありますね。根が深い。

武田については、お城好きさんには響くこともありますが、
なかなかウイスキー好きさんに・・という感じ。

もともと本質的には関係ないコトなので、
響かなくて当たり前とは思ってますが、
響いてくれるとうれしい!感じがたまらないんですよね。
懲りずに試してみようと思ってます(笑)

ということで、2015年も自分の関心にしっかり
向き合いながら、少しでも充実した年に
していきたいと思います☆

blogはこういうわたしの「大好き」や「明け暮れ」
を駄々漏れさせているだけですが(麦の唄から拝借。笑。)
それを読んでいてくださる方々がいるのは、
ありがたいことですよね。今後もぜひご贔屓に、
してくださるとうれしいな、と。

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14周年と15周年に向けて。

さて、例によって9×9の記念日です。
通算14年ですね。ということは人間にたとえるなら、
中学2年生なわけでして・・・大きくなった?

例年、blog開始の2/1とHP開始の9/9には、
過去を振り返って何でもいいから、記事を書いてみる
ということを続けています。

意外な過去の自分や、あ、そうそう、こうでないとね!
と「そもそも」に立ち返るきっかけに
なることも多いものです。そして、もう・・・
変わってしまったんだなということも。

ただ一貫して変わらないのは、書くということが
これほど生活に溶け込み、また時に縛られもしていても、
心から好かったなと思えること。

これによって、好奇心が湧き出すありかをちゃんと見据え、
自分の心と視線の動きをよく自分でつかもうとするし、
結果、自分にとってだいじな何かをいつも問い続けて、
日常の波に溺れないようにする・・・
ことができているつもり。

好奇心に裏打ちされたことばが、積み重って、共鳴しあって、
立体的に融合し絡まっていくような。それがわたしのカタチ。

その中から自律的に「想ひの丈」がむくむくと成長し、
さらに知識を、さらに人脈を、さらにさらに
・・と求めていく。積み重なった過去の記憶が、
今の人脈を引き寄せたりもしますよね。

今じゃ、ニッカウヰスキーにしても、お城にしても
武田家関連でも、ものすごい人々とつながれたし、
だからこその血肉がどんどんついていく。

血肉がついた分は影響力を出したい欲望のまま、
いろんな人々を引き寄せていきたいと思っています。

そういう意味ではプライベートは、blogがある限り
ブレないと自信を持って言えるかもしれません。
もちろん、新しい好奇心は引き出されると思いますが、
ブラックホールのように吸収し、そして自らと同化させる。

まぁ思い違いも甚だしいといわれそうだけど、
こういう嗜好は個人的には、ものすごく自分で日本的だと
思ってもいます。外国文化を一旦は取り入れつつも、
日本的な独自な文化にに昇華する・・・

本業が必ずしもこう好い循環が巡っているわけではないけど、
この流れはとても大切にしたいものです。
いずれ食い扶持の助けになるかもしれないし、ね。
ま、そこは期待はせずに。あくまで基本に忠実に。

希望持っていた2000年。絶望に打ちひしがれる2014年。
思う道の先鋒一番槍を目指したはずが、
いつの間にか思わぬ敵の殿軍専門ですよ。

絶望を希望に。絶望を知ることを希望に向かう力にしていく。
もう少し15年を迎えるときには公私含めていい循環を
つくっていきたいものです。

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