ウェブログ・ココログ関連

ある時代の終焉。

さて、今日わたしの誕生日なんです。

昨年から40代に入り、THE NIKKA 40年を
記念に開けてから1年。1年つらかったですね。
ほんと。大変だった。しみじみと思います。

いろんな人たちに助けられた。自分が一期一会で
持った関心事がつないでくれた人たち。

仕事だけでなく、いろんな関心の枝葉を伸ばし、
時には剪定しながら、なんとか育ててきたことが
思いがけない救いとなったなぁ、という実感があります。

今後上向いていくのか、どうなのかわからないですけど、
まぁそうなることをどこかで期待しながら、
でも期待しすぎず、少しずつ以前のように戻れたら。

・・・・以前のよう。

でも、以前にはもう戻れないことがあります。
2016年に楽しいことがありすぎて、結局Blogに書き切れず、
2017年になっても消化できずに、2018年に至っては
書く回数が本当に減ってしまった。

ただそれを以前のように戻せばいいかというと、
どうもそんなこともなくて。今は楽しかった時間を
記録に残すという意味では、完全にTweetからの
Togetterに移行しちゃっていて、でも自分の中で
楽しかった2016年~17年が記憶の彼方には
消えてはほしくない。それはイヤだ。

ネタはあるはず、それこそ1次史料から歴史を
紐解くが如く、いつかは記録に残したいと思っています。

そしてもうひとつ。PCが本格的にだめになって、
買い換えざるを得なくなったわけですが、
どうしても譲れなかったことがありました。

それは液晶の解像度。Windows 10になるとOS自体が
うまく対応していて、Full HDクラスの解像度でも
文字をきれいにしたりする方向に効いてきて、
一昔前の、だだっ広い作業スペースを確保するだけで、
13型クラスの液晶だと、文字が読めたもんじゃないという
画面ではなくなっているんですよね。

だけど、2004年から書きつないでいるBlogは当時、
なるべくサクサクと画像を表示させたいという思いもあって、
載せる画像は360✖270の小さな画像にするという
マイルールを設けていたんです。

それはHD(1366✖768)ぐらいのPC画面を想定していた
というのも大きくて、画面全体としてはWindows 10で
Full HDのほうがきれいに見えるのに、昔に上げた
blogの画像が小さく、またぼやけて見えるのがイヤで、
なんとかHD解像度のPCを探していたんですけど、
もはやそういう時代じゃないんだな、と観念せざるを得ず。

どうしても何かを生み出す、という行為をするには
PCがいいという感覚があるもので、普段から持ち歩くので、
なるべく軽いものは譲れない。ということで、
HD解像度を捨てたわけです。

Blogを以前のように書き連ねることができなくなったこと。
以前のBlogを同じように振り返ることができなくなったこと。

小さいことと言えば、小さいことなんだけど、
Blogの時間が長いだけに、ある種の「伝統」的なことが
消えていく寂しさともどかしさが残ります。

「環境が変われば、変化をしたものが生き残る」

それは小さな、でも自分の中では長く慣れ親しんだ習慣も
同じことなんだな、と。生き残すべきなのは、わたしが
辿った道筋を残すという衝動なんだから。

とはいえ、Blogをやめてしまうわけではなく、レポート的な、
何か写真を参照したり、資料やお話を聞いて思ったことを
整理してまとめたりという、残す媒体を変えるというだけ。

もっと、わたしは自由に思ったことを文章にして、
書き殴って書き殴って、Blogを書いてきたはず。
そういうスタイルに戻った方がいいのかもしれない。
Blogってそういうものだったよね。

そんなPCの買い換えやBlogとの向き合い方に、
極私的な時代の移り変わりの一端を感じながら、
41回目の誕生日を迎えています。

まだまだ多くの「ある時代」が終焉を迎えていき、
動乱の時代を経て別の安定期に向かっていく、そう信じたい。

日本史に擬すると、応仁の乱は済んで
ちょうど戦国時代になった感じでしょうか。
まだまだ安定的になるようには、ちょっと思えないのだけど、
いつか太平の世が来ると信じて。

新しい時代の相棒となるPC。軽くて、
それでいて20GBメモリに2TB SSDと贅沢な環境。
動作もキビキビ、あとは写真データを移すのみ。
(これがめんどくさい)

Img_20180723_1920452_3

日本語キーボードなんだけど、
「かな」のみのすっきりしたタイプ。

Img_20180723_2006142_2

長くよろしく頼むよ。

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blog開始14周年 … 『空白』が示すもの

さて、2017年末に記事を書いて丸々1ヶ月何も書かず、
2018年が過ぎています。

2/1はblogを始めた日、そしてTwitterに初Postをした日。

12月末に2017年を怒涛のように振り返りましたけど、
その時々にかけがえのない体験をしてきているにも関わらず、
振り返ることができない、記録に残せないことが、
大きなストレスとなってのしかかっています。

もちろん、日ごろの仕事のストレスも、家族のことも、
あまりにも何もかもがうまくいかな過ぎて、
ただただ、刹那的に楽しいことを探し、消費しているよう・・・

もっと噛み締めていたいことを、背に腹は代えられず、
使い捨て消費をしているような気がして、それがただただ哀しい。
でも、いつか振り返ってちゃんと暖めなおせると信じて。

blogを書く意味について、折に触れ書いてきたつもりなのですが、
昨年のこの日でもやはり、その再確認をしていました。

そして、自分史のなかの「一次史料」としてのblog、
という位置づけを見出したのでした。

あれから、もうそろそろ地獄に足を踏み入れるであろうと、
怯えながら、それでも前向きにいようとしたあの日から1年経って、
今眼前にあるのは、blogに向き合えていない事実。

もし、blogが「一次史料」なのだとしたら、その一次史料の、
ある時期ごっそりと欠損していることは、あとで振り返ったときに、
意味を持つのだろうなぁ、などと思ってみたりしています。

今はもう、生き延びて行くのがやっと、一次史料の欠片に
なるであろうTweetを残していくことでやっと。
本当に、そのときそのとき楽しいと思える時間をつくるのがやっと。

思ったよりはるかに地獄の底は深く、どこまで深く潜っていくのか
見当もつかないですけど、ある時期までは、出来事や感じた記録を
お休みして、ある意味本来のblogとしての使い方に近い、
ひたすら思いの丈を書きなぐる(実際昨年9月からはそう)ように
してみてもいいのかもしれませんよね。

投稿と投稿の間の空白が示すもの。

やはり、文章を書く、アウトプットを出すにはしんどい。
でも、何か書きたい衝動は吐き出したい。
特に区切りの日には何か書きたい。

今の自分は、余裕ないですが、
将来何かの気づきになればいいな、ということで、
しばらくはこんなスタイルにしようかと思います。
15年目のはじまりを迎えて、のリフレッシュ。

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あれから17年、未曾有の危機到来・・・

なんだかんだ忙しくしている間に、最終更新から3ヶ月経過。
毎年恒例のWebデビュー記念日がやってまいりました。

blog自体はもう少し後なのですが(当時blogはまだなかった)、
Webを公開し始めた日(nikko81の81=9×9の語呂合わせ)
には、それまでを振り返る日のひとつにしているのです。

・・・1年以上前のネタを更新できないというだけでも、
ストレスなのに、更新が追いつかないどころではなくって、
まったく更新もままならないとは・・・・今までにないことでありました。

昨年のこの日もこんな書けないなんて・・・と
驚いていたんですが、今年はそれ以上。
平成丙申の乱が1年で終わる兆しがありません。

そうそう昨年は悪いこともいいことも桁外れ・・・だったのが、
悪いことの桁外れ感はそのままに、いいことの大きさがイマイチ。。。
平日がつらい、ひたすらつらい。

まだ昨年の「決断」は実行には移していませんが、
あのときの心持からは変わっていない・・・
むしろ日々決心を新たにするような感じです。

 あの頃に「自己分析」をして、これで生きていこうと決めた…
 そんなあの日の希望を実現させられなそうで、
 本当に申し訳なく思ってしまいます。

これはホントそうだなぁ、言い逃れできない。
そしてもはや後戻りできない環境になってきているのは疑いない。

だからこそ、何か別の世界で希望を持てる日々を
つかまないと、あまりにも過去の自分に申し訳ないのです。

そういえば、今年は不惑になる年でした。
ちょうど不惑になる日に開けたTHE NIKKA 40年。

P1320454

もちろん、ものすごくうまくて魅了されるのですけど、
あたりを包むしあわせすぎるミズナラの甘美な香りに反して、
これを味わっていて申し訳ないなぁ、というような感覚が混じっていて。

ただ、年を重ねれば、自動的に成長するわけでもなく、
置いていかれるでもなく、まだ自分次第だと思える部分は残っています。
よく悪くも思ってた以上に、不惑にさしたる限界は感じていない・・・

とても今厳しいですけど、年のせいでどうって気持ちはない、
そう思えるだけでもまだ救いなのかもしれません。

わたしが生きてきた時間、経験、想いを、今後どうつなげて行って、
どんな果実にしていくのか。17年前に思い描いていたこととは
違うけれども、まだ振り絞れば前に向く力が残ってはいる。

わたしが関心を持ってきたウイスキー、城、そして武田家。
これらに対する関心があるからこそ、今のわたしがあります。

いつの日か、わたしの命が途絶えるとき、関心のあることに対して
何らかの影響力をもって、生きてて良かったと思えるよう、
今を何とか乗り切りたいと思い直す夜。

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2017年・・・・もまた濃すぎて~1/6 日本の城ギャラリー~

さて、2016年が一向に片付かないのですが、
いよいよ2017年分もわりとたまってきた感が出てきて、
追い込まれております・・・ひぃ。

ということで、写真で振り返ることのできるイベントを
中心に振り返っていきたいと思います。
もう今年も4ヶ月以上経ったんですね・・・激動。

お気軽に振り返っておける部分を振り返っておきますか…
安居天神に出かけた正月の後は…

◆1/6 日本の城ギャラリー◆

ギリギリだったんですが、有楽町の東京国際フォーラムの
天守模型展示。まぁ、様子見程度のつもりでしたが、
なかなか精巧、かつ普段ちょっと模型で見ないような天守もあり。

その筆頭が高松城天守。南蛮造りと呼ばれている
現存する天守では類例のない一層目が膨らんだ天守。

P1260062

高松城天守は古写真があるので、確かに模型は
可能なんだろうとは思ってましたが、実際にあるとは…
よく見ると、天守台からもわりと張り出していますね?

P1260063

あと特徴とすると、火灯窓。破風も小さめで、
比翼千鳥破風になってる点がポイント高。

P1260065

なぜか現代の復元天守は、どおーーーんとした
破風がお好みであるようですが、どうもセンスが合わなくて。

P1260086

模型になってるのが珍しい、という意味だと、
新発田城御三階櫓。これも外観は見ることはできますが、
自衛隊の敷地内で、中に入れず悔しい思いのする御三階櫓。

P1260079

L字型の屋根と三つの鯱が特徴。海鼠壁もなかなか
デザインとして素敵ですね。金沢城もそう。

P1260077

もうひとつ珍しいのが萩城天守。こちらも古写真等あって、
外観はわりとハッキリしていますが、模型はお初。
ちょっと破風でかいってのはありますが、割と構造としては、
輝元自身が手がけた広島城天守にも似ていますね。

P1260059

一層目がでっぱってるのは熊本城天守みたいで、
少しでも大きくしたかったのか、一重目から二重目で
イキナリ逓減という点に歪さを感じます。

通例は、一層二層はほぼ逓減なく、二層から三層にかけて逓減。
というやり方なんだそうで、熊本城の場合は
創建時に寸法の急変があったのではないか、と三浦正幸先生が
お話になっていたのを思い出し、萩城天守もそのような、
何か突発的な事件があったのでは・・・と推測したくさせます。

ちなみに大垣城、松本城を見てみると、
この原則がよくわかります。

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また、望楼型であっても、白漆喰仕上げ。
時代の変遷によるものか、広島城の下見板とは
その点は違っていますね。時代の流行か・・・?

P1260057

内部構造がよくわからないので、なかなか実際の
復元は難しいだろうと思いますが、何か史料が出てきてくれればな。

P1260061

あと、わかる人には響く。。というのが名古屋城。
そう、これ慶長期の創建当時の外観なのですよ!
最上層のみが銅瓦葺、二層目以降は本瓦葺というもの。

P1260071

破風も黒漆で塗られた、日光東照宮や江戸城天守の
原型を思わせるような豪華なつくりになっています。

P1260072

ただ、この本瓦の重みもあって北西側に石垣が
沈み込んでしまったのですよね・・・ということで、
江戸時代後期、宝暦年間に石垣の修理がされた際、
比較的軽い銅瓦葺にすべて替えられたのでした。

P1260074

その他、熊本城、岡山城、鶴ヶ城など、
わりと個人的に好みが多めでうれしい限りでありました。

P1260056

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P1260084

P1260080

最後に江戸城天守。賛否両論はありますが、
基本的には(しっかりした発掘調査等要検証ですが)
賛成派でありまして、じっくり時間をかけて再建できればと思っています。

P1260091

P1260092

こちらはある程度時間がたったときの姿の想定で、
屋根が名古屋城の如く、全体的に緑青の銅瓦になってますが、
創建当時は、黒チャンという塗料で黒く塗られ、
それこそ岡山城のような、真っ黒の天守だったとか・・好み・・・

P1260093

でか、ちょっと南面の破風はデカイかな?
破風と破風の間が詰め詰め・・・(苦笑)

P1260094

本丸の全体模型も。江戸城しか撮れてないけど・・・

P1260095

P1260096

ものの30分程度しか居れなかったんですが、
けっこう需要あると思うので、また開催してほしいですねぇ。

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一日遅れもまた、思い出と思って。

昨日の夜、まさに日付が変わろうとする頃。
不満やるかたないまま、追いきれないTwitterのタイムラインを
リストの一つ一つを手繰って、それでも追いきれず、
眠気が強まってきたそのとき。

しまったぁぁぁぁぁぁ

大事な人の思い出記事を書いていないではないか・・・・
あぁ、なんたること・・・・でるふぃさん許して・・・

そんな思いで昨日眠りにつきました。

さて。

お初の方も多いので、改めて解説しておきますと、
今から20年前。インターネットのまだごく初期とも行っていい頃、
パソコン通信を知らないわたしが最初にネットで
人とのつながりができた頃、印象深いお姉さんがいましてね。

毎年、その方の誕生日に思い返しているのです。
・・・それがすっかり忘れてしまったなどとは!

ある意味、供養でもあり、自分の原点を振り返る契機でもあり・・・・

でも、相談したいと思ってももう居ないのだ。

47歳と40歳か・・・もう似たようなものかもしれないけど、
20歳のわたしには27歳のねえさんがまぶしかったな。

10年も経っていくと、自分でも記憶が変容していくのがわかります。
美化なのかなんなのか、繰り返し繰り返し思い出すことで
記憶が強化されていくって、こういうことなんでしょう。

そして、彼女のことはもはや伝説になりつつあります。
思いが深い人のことがそれぞれの人の中で、伝説になる。

ひょっとしたら、武田家の全盛時代を過ごした遺臣たちや、
甲斐の民の中に、武田家のこと、信玄公のこと、勝頼公のことが
伝説化していくのも似たような各人のプロセスが響きあって、
大きな集合体となっていくのかもしれないな、とふと。

いつまでもいつまでも残るWebサイト
無料だったからこそ、でもある意味いつ閉じられても不思議じゃないけど、
まだ残っているんですよね。なんだろうな、墓標というか、
史跡というか、なんかそんな不思議な感じを毎年しています。

読み物いろいろから、ねえさんの人となりがわかると思うんですけど、
こういう残ったものから再構成して、その人となりを感じるのって、
まさに歴史上の人物の接し方と同じなんですよね。
そして、今との断絶や時代感。

そしてもちろんリアルでも知っている・・・と言っても、
実は会ったことがなくて、ホントに近くて遠いのです。
そりゃぁTwitterやってる今でもそんな方はいっぱいいるけど、
絶対的な人数がやっぱり違うから、記憶の密度が濃いような・・・

そうそう、ねえさん(笑)だけじゃなくて、(爆笑)って
よくつかうんだよな。わりと少ないんじゃないか?
とか、さっと文章読んで気づいてなつかしめるのです。

> 文字で伝わる感情が確かにある。
> 文字でしか伝わらない感情が、確かにある。

ほんとそうよね。ライターでもなんでもなくて、
それでも文字を書くこと、文章で、ことばで伝えることを
なにより大事にしていたねえさんらしい。

・・・なんだか、本当に墓参りにしているような気分になってきたぞ。
いろんな岐路に立ったとき、何度相談したいと思ったことか。
そして何より、今が一番そのときだ。

嗚呼、生きていてくれたら・・・・でも。

忘れてくれないならせめて悲しまないで

残された人を縛ってしまうなら、忘れてほしい、
それができないなら、せめて悲しまないでほしい。
10年を過ぎて、ようやくその心境に少し近づけた気がします。

ありがとう。また来ますね。
来年は遅刻しないように、心を落ち着けられるようにするね。

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blog開始13周年 - 「古記録」たるblogから再構成する、わたしの歩んできた道

さて、2/1はこのblogはじめて丸13年になります。
まぁ・・・毎日書くことに特に意味を見出してはいないので、
けっこう更新間隔、開いてはいますけども。

基本的な目的は今も変わらず、考えたことや
体験したこと、見聞きしたことをしっかり記録して、
後で振り返られるようにすること。

興味の移り変わりを振り返って、ちょっと一歩引いて、
わたしという人間の好奇心の移ろうさまが
また興味を引くものであるし、今後の自分に向けて、
フィードバックさせたい、という思いも持っています。

そして、それを小出しにして切り出して、
誰かにおススメしたり、こういうのに興味があるという
ことをお伝えしたり。blogの全体からも、
nikko81って、こういう人間ですって、自己紹介になればと。
そういう意味で、誰かの役に立ったらいいな、は副産物。

なんですけど、昨年2016年に今までなかったことが・・・
それは2016年にほとんど2016年の話が書けなかったこと(爆)
そんなだから、ちょうど今去年の今頃シリーズなる
謎の記事シリーズをはじめているわけですが(笑)

だいたい年末に押し込んで、できなくても1月には
終わらせて、blog開始記念日の2月1日を
迎えるときには、書き終えてるものだったのですけど。

こんな年もあるんだなぁ・・と思いつつ、
歴史を研究する専門家の方のインタビューで、
ちょっと「あ!」と思うことがありましてね。

真田丸の歴史考証をされた中のお一人、
丸島和洋先生のインタビューから。

曰く、同時代人が日常生活・業務のなかで作成した、
古文書や古記録、つまり日記などから、客観的に
事実を再発見・再構成することが、歴史学の目的だと。

このインタビュー自体、一般の歴史に興味のある者にとって、
ある歴史上の人物が好きだったり、関心をもったとき、
どう対峙すべきか、対峙しようと心がけるべきか?
といった意味で、非常に参考になるわけですけども。

しかし、別の関心を持って捉えると、四百年どころか、
わずか十数年、あるいは数年前だけれども、過去の自分が、
当時記録した「古記録」から、事実を再発見・再構成する
というのは、わたしが感じるblogの醍醐味と重なるなと。

この2016年の間に、2016年の出来事が掛けなかったくらい、
本当に楽しいことも、つらいことも、何もかも、
怒涛のように起きていたという、後から振り返ったときに
感じる2016年の捉え直し、というのがなにやらおもしろいなと思えて。

史料からわかる史実、史料と史料の間隙から炙り出される史実
それらをつなぎ合わせていくことでわかる、歴史のおもしろさ。

それを自分の記録たるblogに当てはめると、
2016年に当年のことが書けなかったという「古記録」と
また別の何か、それとも今後起こる何かを合わせて考えると、
自分にとっての2016年って、そういうことだったのか・・・
というようなことがわかるかもしれないのかな、なんて。

ある意味、わたしはわたし自身を活きた「歴史」として、
捉えることに意味を見出していたのかな、と思ったりしたのです。

本当に凝りだしたら、それこそインタビューであるように
レシートひとつとっても、自分にとっての「史料」になるわけで、
実際、とあるウイスキー(今年開封予定)のレシートは
今でもとってあるんですけど、まさに史料だなぁと。

やりきれないくせに、やけに完璧主義の残り滓だけが
燻っていたりするので、思った密度の記録を
思ったタイミングで残せないと、いらいらしたりもするんですが・・・

記録に残したいという思いはあるものの、
記録が追いつかないくらい激動だったということが窺い知れること
というのもまた、残すべき「史実」なのかもしれないなー。

ということで、書ききれないということにも、
なんだかポジティブになれるような気がした、blog14年目。

わがココログを担うニフティがノジマに譲渡される、
というニュースを目にしました。

ホント、ココログストップだけはやめてね。
ココログ出版もなくなっちゃってるし、
14年もの間書いてきたのを、どこかに移すのとかって、
めっちゃ大変なんだから。おねがいしますよ、マジで。

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16年。

毎年、9月9日の重陽の節句はわたしがblogの前身になる
Webを公開し始めた日(nikko81の81=9×9の語呂合わせ)
ということで、必ず記念の振り返り記事を書いてるのですが…

まぁ、例年にない9月9日になりましたよね。
なんと言ってもまだ2016年の記事を書いていない!
2015年のネタが消化しきれていない!
というのは、長年書いてきて初めてのことですね・・・

おそらく年末に振り返るときに詳しめに書くことには
なると思いますが、2016年は変化の年、
変化しすぎて体がついていきません・・・

もうわたしとしては、天正壬午の乱ならぬ、
平成丙申の乱と言ってもいいめまぐるしさ。
よきにつけ、悪しきにつけ・・・

もちろん、よいことも桁外れによいことなのですけど、
悪いこともまた桁外れで・・振幅が激しいと付いていくのが
なかなかつらいわけですよね。

Webに文章を残し始めてからということと併せて考えると、
16年前には思いもしなかった決断を少し前にしました。
実行は当分先ですし、迷いがないといえば嘘になりますが・・・

希望を持っていた16年前に、このような選択肢をとることを
考える日が来るだなんて思いもせず。
・・・ふと、しばじゅんの「ちいさなぼくへ」を思い出します。


君の見てる空も未来も
今は見えない
僕が君の未来だなんて
哀しくて 切なくて
閉じたアルバム

君の見てる空も未来も
嘘じゃないから
君が僕に逢える日まで
いつまでも心から
生きていてほしい

ちいさくはない当時のわたしに対してではありますが、
あの頃に「自己分析」をして、これで生きていこうと決めた…
そんなあの日の希望を実現させられなそうで、
本当に申し訳なく思ってしまいます。

あんなにも思い悩んで、回り道をしてでも
道は目指す場所にたどり着くはずだと信じていたのにね。
そういう前向きな気持ちが実を結ぶようにできなくて、ごめんなさい。

それでも、この10年近くの間に自分の軸になる
関心事について、関心の深度がどんどん深まっていき、
新しいひとのつながりに恵まれてきました。
そのことが何よりわたしの心の支えになってきました。

決断した結果がどうなるかはまだわからないのですけど、
表面的なことではなくって、16年前に何を大事にしようとして
人生を歩もうとしたのか。根っこまでさかのぼって思い返して、
今、どうあるべきなのか。どう動くべきなのか。

あと4ヶ月(で一段落するかわかりませんが)、
悔いのないように生きていきたいと思います。

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12周年。

さて、1月結局何も書かないうちに
過ぎてしまいまして、blogでは2月にあけまして
おめでとうございます、になってしまいました…

2月というコトは、blog初めて12年。
振り返りは年末にやったんで、
今年の抱負とかそういうの・・・

なかなかできないんですが、おでかけしたら
なるべく全部blogにする!みたいなのを
いい加減止めないと・・・と思うんですよね。
何度もそう思ってはいるのですけど。

2015年度分については、少しづつ書いては
いこうと思うのですけど、できれば本を読むほうに
時間を当てていきたいという思いでいます。

イベントにせよ、オフ会にせよ、
ちょっと消化不良な感じもしている一方で、
10年ぶりくらいでしょうか、本をたくさん読んで
知識を蓄えたい気持ちがむくむくしています。

年が明けてから、どんどんと本を読む流れが・・
すでに6冊。(以下敬称略)

『武田信玄』平山優
『穴山武田氏』平山優
『郡内小山田氏』丸島和洋
『武田信玄と勝頼、文書に見る戦国大名の実像』鴨川達夫
『真田幸村の系譜 直系子孫が語る四〇〇年』真田徹
『甲陽軍鑑の史料論』黒田日出男

真田丸みてるのに、多くの真田本をすっかり
後回しにしちゃってますけど(笑)

なんといいますか、自分にとっての旬がきたようで、
このタイミングで武田家に関する研究成果を
取り入れたい気持ちが強くなって。

とはいえ、すでにウイスキーイベント3件参加、
高野山訪問に講演会2本聴く予定・・が3月末まで。
抑えたはずなのに・・・(笑)

『長篠合戦と武田勝頼』平山優
『東国武将たちの戦国史』西股総生

の2冊はホントにおもしろくて、読んで感じたこと
考えたことを忘れないように、blogに
上げたのですが、ここ最近はスピードが早いので
書いているヒマがない・・ですが、ある程度のところで
ちゃんと読後感をまとめたいなとは思っています。

そんな調子なので、Amazonの買いたいリストには
本がたくさん・・・なんですが、

『戦国大名武田氏の権力と支配』平山優, 丸島和洋
『戦国大名武田氏の権力構造』丸島和洋

この2冊はなかなか高価でおいそれとは手が出ず…
自分が知りたい内容そうな雰囲気ですが、
ちょっと図書館で見てみて、ハマリそうならGetかな。

そういえば、武田家好きでしたが史跡を巡ったり、
一般書を読んだりということで通り一辺倒の
知識はあるのですが、一般書でも研究論文をたくさん
書かれている方の本に当たると、新しい見解に
たくさん触れることができて、知的興奮がもりもり。

山梨県立図書館や山梨県立博物館の図書室で
それこそ籠もって本を読みまくりたい衝動に駆られます…
今年は、城やウイスキーよりも武田家の比重が、
それも読書や講演会の比重が多そうな予感がします。

ま、こうして定期的に自分の心の向かう先を
書き残しておくと、後から振り返ってみると
興味深いのですよ・・・

ということで、こちらのblogもご贔屓に。

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15周年。

今日は重陽の節句にして、Web記念日。
blogのなかった時代、HTMLをかきかきしながら、
カンタンなWebページで文章を載せ始めたのが9/9。

15年経つわけですよ、あれから。
あの頃の夢は破れたけど、好奇心に生きるというのは
ブレてない気がします。

なんどか以前の振り返りでも書いたのですが、
好奇心の強さって波があって、いろんな好奇心の波のピークが
それぞれ違っていて、そのときそのときの経験が
落ち葉の層が重なって自分をつくっていくような。

blogを振り返ると、自分の興味の動きがよく判ります。
これってなんだろうな、何がきっかけなのかな・・・・

書き始めた当初からウイスキー、城、信玄公に
ゆるく興味があって、それにデジタルガジェットだったり、
大学生のときにはまったミーム論とかも。

もちろんそれぞれきっかけはあって、かけがえのない
大事なわたしの興味の眼。その波って、
「知りたいことに響くということ」なのかなとちょっと感じ。

興味を持つ入り口は多様でも、知りたいという欲望に
タイムリーに応えてくれるか・・ということが、
波の強さに影響している気がしてきました。

たとえば、信玄公も武田家の皆様とのつながりが増えたり、
研究が進んで新たな知見が出てきたりということで、
好奇心の波が加速されてますね。

城も一旦土の城を学んでかーらーのー・・
近世城郭の楽しさを発見したり、城に寄せる
人々の思いの変遷や建築学的な楽しさなんかも
ここ数年で発見した楽しさ。

一方、特に今年に入ってウイスキーの需給バランスが崩れ、
イベントにもこれというのが並ばず、終売が増え、
限られたボトルはあっという間に完売・・・
というので萎えたり。

ウイスキーはしょうがない部分は頭では理解するのだけど、
やっぱり知りたい欲にタイムリーに響いてこない、
というのはなんだかもどかしくあるのも事実なわけです。

まぁ、ウイスキーは数年したら戻ってくるでしょうし、
心配はしていませんがね。一度もった興味は
大事にしたいですしね。一期一会。

これより先、どんな新しいことに興味を持てるのだろう。
ウイスキーや城、そして信玄公にまつわる
どんな興味深いことに出会えるのだろう・・・・

これからも好奇心を大事に、でもちゃんと律しながら
生きていきたいと思います。

こうして考えるきっかけになるblogって、
わたしにとっては貴重な記録ですねぇ。
SNSと違って流れていかない、確かな記録。

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供養としての記事。

今年もまた、4/10がやってきました。
あの日から8年が経とうとしています。

亡くなったのは6月らしいのですが、正確な日がわからない
ということで、最後にメッセージがあったらしい
誕生日の4/10に毎年、偲ぶようになりました。

過去に散々、思い出は語ってきたので、
改めて書くことはしないでおこうとは思うのですけど、
ふと毎年こうして書くことが、ある種の供養や法事のような、
感覚になっているなと思い至りました。

日本の民間信仰では死者・祖先に対する追善供養のことを
特に供養と呼ぶとありますが、原義は供物を
真心から捧げることだそう。

この場合の供物とは何か…個人的な死生観ですが、
やはり記憶なんだろうなと思うんです。
あの時こうだったね、ああだったねと思い出しながら。

人が完全に死んでしまう、無に帰してしまうのは、
肉体が滅んだとき…ではなく、忘れられて
しまったときなのかもしれません。

その意味で、歴史上の有名人物は姿や形、その歴史すら
変化しながら、長いときを生きているともいえます。

彼女は当時、今よりもずっとずっと狭いネットの世界の中で
知る人はそれなりに多く、また影響度あったのだと思います。

インターネットで人間関係が作られる時代の
亡くなった方との関係のあり方に想いを馳せる日。

あのときの経験は、わたしのなかで確実に
かげがえのない「伝説」となっていっています。

何事も最初にいい経験をしておくのが大事だといいますが、
わたしのその後のインターネットでの人付き合いのあり方を
規定しているといっても過言ではないくらい。

姉さん、ホントにありがとう。
ウイスキーで献杯。

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