2017年・・・・もまた濃すぎて~1/6 日本の城ギャラリー~
さて、2016年が一向に片付かないのですが、
いよいよ2017年分もわりとたまってきた感が出てきて、
追い込まれております・・・ひぃ。
ということで、写真で振り返ることのできるイベントを
中心に振り返っていきたいと思います。
もう今年も4ヶ月以上経ったんですね・・・激動。
お気軽に振り返っておける部分を振り返っておきますか…
安居天神に出かけた正月の後は…
◆1/6 日本の城ギャラリー◆
ギリギリだったんですが、有楽町の東京国際フォーラムの
天守模型展示。まぁ、様子見程度のつもりでしたが、
なかなか精巧、かつ普段ちょっと模型で見ないような天守もあり。
その筆頭が高松城天守。南蛮造りと呼ばれている
現存する天守では類例のない一層目が膨らんだ天守。

高松城天守は古写真があるので、確かに模型は
可能なんだろうとは思ってましたが、実際にあるとは…
よく見ると、天守台からもわりと張り出していますね?

あと特徴とすると、火灯窓。破風も小さめで、
比翼千鳥破風になってる点がポイント高。

なぜか現代の復元天守は、どおーーーんとした
破風がお好みであるようですが、どうもセンスが合わなくて。

模型になってるのが珍しい、という意味だと、
新発田城御三階櫓。これも外観は見ることはできますが、
自衛隊の敷地内で、中に入れず悔しい思いのする御三階櫓。

L字型の屋根と三つの鯱が特徴。海鼠壁もなかなか
デザインとして素敵ですね。金沢城もそう。

もうひとつ珍しいのが萩城天守。こちらも古写真等あって、
外観はわりとハッキリしていますが、模型はお初。
ちょっと破風でかいってのはありますが、割と構造としては、
輝元自身が手がけた広島城天守にも似ていますね。

一層目がでっぱってるのは熊本城天守みたいで、
少しでも大きくしたかったのか、一重目から二重目で
イキナリ逓減という点に歪さを感じます。
通例は、一層二層はほぼ逓減なく、二層から三層にかけて逓減。
というやり方なんだそうで、熊本城の場合は
創建時に寸法の急変があったのではないか、と三浦正幸先生が
お話になっていたのを思い出し、萩城天守もそのような、
何か突発的な事件があったのでは・・・と推測したくさせます。
ちなみに大垣城、松本城を見てみると、
この原則がよくわかります。


また、望楼型であっても、白漆喰仕上げ。
時代の変遷によるものか、広島城の下見板とは
その点は違っていますね。時代の流行か・・・?

内部構造がよくわからないので、なかなか実際の
復元は難しいだろうと思いますが、何か史料が出てきてくれればな。

あと、わかる人には響く。。というのが名古屋城。
そう、これ慶長期の創建当時の外観なのですよ!
最上層のみが銅瓦葺、二層目以降は本瓦葺というもの。

破風も黒漆で塗られた、日光東照宮や江戸城天守の
原型を思わせるような豪華なつくりになっています。

ただ、この本瓦の重みもあって北西側に石垣が
沈み込んでしまったのですよね・・・ということで、
江戸時代後期、宝暦年間に石垣の修理がされた際、
比較的軽い銅瓦葺にすべて替えられたのでした。

その他、熊本城、岡山城、鶴ヶ城など、
わりと個人的に好みが多めでうれしい限りでありました。




最後に江戸城天守。賛否両論はありますが、
基本的には(しっかりした発掘調査等要検証ですが)
賛成派でありまして、じっくり時間をかけて再建できればと思っています。


こちらはある程度時間がたったときの姿の想定で、
屋根が名古屋城の如く、全体的に緑青の銅瓦になってますが、
創建当時は、黒チャンという塗料で黒く塗られ、
それこそ岡山城のような、真っ黒の天守だったとか・・好み・・・

でか、ちょっと南面の破風はデカイかな?
破風と破風の間が詰め詰め・・・(苦笑)

本丸の全体模型も。江戸城しか撮れてないけど・・・


ものの30分程度しか居れなかったんですが、
けっこう需要あると思うので、また開催してほしいですねぇ。
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