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一日遅れもまた、思い出と思って。

昨日の夜、まさに日付が変わろうとする頃。
不満やるかたないまま、追いきれないTwitterのタイムラインを
リストの一つ一つを手繰って、それでも追いきれず、
眠気が強まってきたそのとき。

しまったぁぁぁぁぁぁ

大事な人の思い出記事を書いていないではないか・・・・
あぁ、なんたること・・・・でるふぃさん許して・・・

そんな思いで昨日眠りにつきました。

さて。

お初の方も多いので、改めて解説しておきますと、
今から20年前。インターネットのまだごく初期とも行っていい頃、
パソコン通信を知らないわたしが最初にネットで
人とのつながりができた頃、印象深いお姉さんがいましてね。

毎年、その方の誕生日に思い返しているのです。
・・・それがすっかり忘れてしまったなどとは!

ある意味、供養でもあり、自分の原点を振り返る契機でもあり・・・・

でも、相談したいと思ってももう居ないのだ。

47歳と40歳か・・・もう似たようなものかもしれないけど、
20歳のわたしには27歳のねえさんがまぶしかったな。

10年も経っていくと、自分でも記憶が変容していくのがわかります。
美化なのかなんなのか、繰り返し繰り返し思い出すことで
記憶が強化されていくって、こういうことなんでしょう。

そして、彼女のことはもはや伝説になりつつあります。
思いが深い人のことがそれぞれの人の中で、伝説になる。

ひょっとしたら、武田家の全盛時代を過ごした遺臣たちや、
甲斐の民の中に、武田家のこと、信玄公のこと、勝頼公のことが
伝説化していくのも似たような各人のプロセスが響きあって、
大きな集合体となっていくのかもしれないな、とふと。

いつまでもいつまでも残るWebサイト
無料だったからこそ、でもある意味いつ閉じられても不思議じゃないけど、
まだ残っているんですよね。なんだろうな、墓標というか、
史跡というか、なんかそんな不思議な感じを毎年しています。

読み物いろいろから、ねえさんの人となりがわかると思うんですけど、
こういう残ったものから再構成して、その人となりを感じるのって、
まさに歴史上の人物の接し方と同じなんですよね。
そして、今との断絶や時代感。

そしてもちろんリアルでも知っている・・・と言っても、
実は会ったことがなくて、ホントに近くて遠いのです。
そりゃぁTwitterやってる今でもそんな方はいっぱいいるけど、
絶対的な人数がやっぱり違うから、記憶の密度が濃いような・・・

そうそう、ねえさん(笑)だけじゃなくて、(爆笑)って
よくつかうんだよな。わりと少ないんじゃないか?
とか、さっと文章読んで気づいてなつかしめるのです。

> 文字で伝わる感情が確かにある。
> 文字でしか伝わらない感情が、確かにある。

ほんとそうよね。ライターでもなんでもなくて、
それでも文字を書くこと、文章で、ことばで伝えることを
なにより大事にしていたねえさんらしい。

・・・なんだか、本当に墓参りにしているような気分になってきたぞ。
いろんな岐路に立ったとき、何度相談したいと思ったことか。
そして何より、今が一番そのときだ。

嗚呼、生きていてくれたら・・・・でも。

忘れてくれないならせめて悲しまないで

残された人を縛ってしまうなら、忘れてほしい、
それができないなら、せめて悲しまないでほしい。
10年を過ぎて、ようやくその心境に少し近づけた気がします。

ありがとう。また来ますね。
来年は遅刻しないように、心を落ち着けられるようにするね。

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