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2016年7月

2015年棒道踏査 … 甲六川~芹ヶ沢・湯川砦編(2)逸見道分岐~八ヶ岳美術館

さて、この緑ルートで参ります。
実はこれもある意味、棒道といえば棒道なんですよね。

Bunki_3

あまりしっかりなぞってないので、逸れているかもしれないですが、
棒道には上の棒道・中の棒道・下の棒道とあって、
信玄公時代の上の棒道のほか、江戸時代諏訪藩が迂回させた
中の棒道とある程度、リンクしているルート。

中の棒道が戦国時代にあったかどうかははっきりしませんが、
高榮寺がそのルート上にあることを考えると、
上の棒道の支線として、宿舎である高榮寺とを結ぶルートに
なっていたのかもしれないね?と想像すると、割と棒道踏査の一環
ともいえるかもしれないなって思うわけですよ。

逸見道を進むと、右手にミニゴルフ場。
ここ、ヨドバシカメラの研修施設で一応一般にも
開放しているようです。紅葉がキレイ☆

P1160079

P1160082

なんでしょう・・廃寺跡?

P1160083

成田山から不動明王を勧請したお不動さんが
あったのでしょうかね?

P1160086

途中にある稗之底古村址の碑。
あまりに生計を立てるのがこんなんだったがゆえに、
放棄されてしまった地。文献にもわずかに見られるのみ。

P1160088

幕末に著された「諏訪郡諸村並旧蹟年代記」に
引用される天正十八年の検地帳に出てくるそうですが、
戦国時代武田家の領国下での動きはわからないのだろうな…

さて、少しくねくねとしながらも、進んでいくと高榮寺。
なかなかの大きなお寺さんです。

P1160092

立岸山高榮寺、創建は、永禄二(1559)年
信玄公によってとされています。第四次川中島合戦の二年前で、
ちょうど、剃髪して徳栄軒信玄と号した年。

信濃の大半をほぼ手中に収め、川中島四郡の
支配権確立に向けた時期。海津城に向かう
武田軍の宿営地として、また行軍前の戦勝祈願寺として
建立されたのかもしれませんな。

いつの時代の石垣かはわかりませんが、山門も
立派なもの。創建当時はどんな姿だったんだろう?

P1160098

ここもそういう武田家との関わりを示す由来があるせいか、
掲げる紋も武田菱。ただここでは四つ花菱。

P1160093

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P1160104

P1160108

後年、柳澤氏が四つ花菱をつかっているのが知られてますが、
なぜここは四つ花菱なのか?人影は見ることはできませんでしたが、
一度、こちらの方にお尋ねしてみたいものですの。

古そうな灯籠ですが、残念ながら文字は判読できず・・・
他にも仏さまがたくさんおられたり。文字判読できる何かを
探してみるというのもいいかもしれません。

P1160096

高榮寺の扁額。権大僧正祐英書とあります。
残念ながらどういう方かわからず・・・

P1160109

本堂もそれなりの(ただ400年とかではなさげ)歴史が
ありそうで、どのような歴史を辿ったのか知りたいところです。

P1160111

P1160112

P1160114

しかし、菱紋があればにやにやできるわたしには
格好の休憩スポットになりましたね(笑)

P1160120

P1160121

目敏く通常版花菱も発見。

P1160123

さて、お寺の一角でお昼ご飯休憩を取ったら、
立場川の渡河地点に向かいます。
青い想定棒道ルートの最後の青点のトコ。

Bunki2

高榮寺のお隣の蔵に珍しい屋根飾り・・・
西股先生によると、この地方には割りと見られるとか。

P1160094

P1160095

こちらの蔵にも絵がたくさんあってたのしい。
こういう変化に富んだのがあると、蔵めぐりもしたくなります。

P1160126

さて、ここからまた下見時の画像も交えながら。
キャンプ場への道から渡河想定地点に向かいます。

P1110488

実は棒道が連なってくるのはかなり高い崖上からなんですよね。
向かって左手が立場川、諏訪方面で右手には
こうした切岸のような急な斜面。ゴルフ場から繋がってきてます。

P1110490

立場川キャンプ場、下見のときはまだキャンプシーズン。
これ、写真撮るだけで金かかるんか・・・とおっかなびっくり。

P1110492

ただ、一応事情を説明したらOKいただきました。
下見に来ましたと・・・(ただしキャンプの下見ではない。笑。)

渡河地点を説明する看板。
割と昔からありそうな感じですね。

P1110494

おお、これは確かに大軍勢でも渡河できそうなところです。
にゃるほどにゃるほど。

P1110510

もちろん、秋にも来ましたよ。

P1160127

川を渡った向こう側の森は富士見町を離れ、原村に。
一度、川を渡る準備をして渡河地点を
向こう岸にもちょっと近づいてみたいものではあります。

P1110517

秋口のそれほど寒くはなく、ある程度葉が落ちたくらいほうが
渡ってみるのにはいいかもしれませんね。

P1160131

そしてこの渡河地点に来るまでのところなんですけど、
なかなかこれは判別しづらい。案内板らしきものはあるんですけど
字が潰れてもうなにがなんだか・・・・(笑)

P1110497

辛うじて「信玄棒道」であろうことは読めるが、
その下が皆目わからない(笑)

P1110503

キャンプ場をそのまま突っ切るのはNGの様子。

P1110499

振り返って。たぶんキャンプ場内のこの道は棒道の一部
だと思うんだけどもな。

P1110500

秋口に行ったときに、ココから先行けませんよ?
の手前に先ほど右手は切岸状で・・といった部分に
上がれる道を発見しました!複数人で行くと違いますな!

P1160134

往時はどうだったかわかりませんが、今は一部崩れたのか、
木で橋を渡している箇所がいくつかありました。

P1160135

P1160136

上がったところ。割と急な坂を上って出たところは、
広いスペースになっていました。
手前のくぼみ部分が渡河地点に向けて下る坂、
高台の向こうに見える森が、渡河した先の原村の森。

P1160137

ちょうどこのあたりは、ゴルフ場を過ぎて、
富士見高原の別荘が並ぶところでその裏手に当たります。
下見ルートの鉢巻道路沿いに行くと、別荘エリアに
入ってはいけるので(多少怪しいですが)ルート探索してみるのも
いいかもしれません・・・と次の課題ができました(笑)

にしても、もうちょい案内ほしいなぁ・・・(汗)

P1160141

さて、鉢巻道路沿いを歩いて迂回して原村へ。
八ヶ岳美術館を目指します。(青ルート)

Hara_bou

そして、立場川を渡河して上がってきた先の棒道を
逆向きに進んで渡河地点の向こう側の裏手に
出るようにして、棒道を歩いてみます。(赤ルート)

ただこれ、歩いてみてそう斜めに進んでいない
感覚ではあるのですけど、渡河想定地点からは
ちょっとズレている気がするんですよね・・・

ま、それはさておき原村です。

P1110518

美術館の駐車場脇から棒道に入っていきます。

P1110521

原村は(笑)わりと案内がしっかりしてて、
痕跡を追うのはなかなか難しい地点の割には、
わかりやすいですよね。ありがたい。

P1110522

P1110532

ここが棒道と交差するところ。右手に行くと、
先ほどの立場川の方面へ、左手に行くと大門街道方面。

P1110533

もちろん右手のほうにまず進みます。

P1110534

一応案内はあるので、道としての痕跡はかなり・・・
狭い範囲なのですが、まぁ迷うことはないでしょう。

P1110535

実際このあたりは、諏訪大社の「神の森」だったわけで、
そこに棒道をブチ通したんですね(汗)
というわけか、あまりこれまでの棒道のような土塁などは
見当たらないのですよね。

P1110536

ただ、しっかり道としては残ってはいます。
原村の皆様が道として整備して下さっているおかげでしょう。

P1110537

P1110538

もちろん、秋口のほうが歩きやすいは歩きやすいですが、
ここまで徒歩で来ると、相当時間は経っていますので
日没時間が気になってきますね。

P1160143

ところどころに沢がありますので、注意!

P1110548

途中で車道と交差するところ。ここでも標識あり。
この先行き止まり、とあるように渡河地点には
降りられないことになっています。

P1110549

ずんずんずん。

P1110551

P1110552

ここで沢にしては大きな、小川・・くらいのところに
ぶつかります。この先いけるかな?

P1110557

P1110558

ちょっと夏場は茂りすぎてて、足場に不安があったので
下見ではココまでとしましたが、秋のオフ会では
もう少し先に進みましたよーん。えいっ(足場)

P1160144

小川の先に渡ってみました。

P1160145

この先はかなり整地されてしまっていて、
棒道としての痕跡は失われているような感じ。

P1160147

P1160148

少し東に向かって、渡河地点の浅瀬に近づいて
いろいろ探し回ったんですが、視界も悪くて川が見えません。

痕跡はやはり探せず・・・ただ東に向かう際に、
こうした土塁のような(たぶん自然地形)部分があって、
渡河してから、西に少し進んでから、先ほどきた
細い棒道を北に向かうように、進んでいったんだろうとは
実際の地形を見て感じはしました。

左手が立場川方面、この写真の右手には・・・

P1160149

こんな感じで小さな丘のように迫ってきます。
ここを川沿いに西に進んだのかな?と。

P1160150

いずれにしても、一度渡河して近づくなりしてみないと
ちょっとここの接続を考えるのは難しい感じ。
ここもこれからの踏査課題になりますか。

ということで、下見・オフ会ともにここまでで
2015年の棒道踏査一日目は終わりであります。

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2015年棒道踏査 … 甲六川~芹ヶ沢・湯川砦編(1)甲六川~逸見道分岐

さて、2015年のネタもあと少し・・・のハズなんですが、
強烈に重いネタを残してしまっているんで、
当面終わりそうもありません・・といってると、2017年がきてしまう!

2016年のネタ、まだひとつも書いてないのに!
やばい!やばい!と言っても始まらないので、粛々と書き進めまする…

ということで、昨年の7月にまず下見に行ったのと、
これを10/31-11/1に2人のフォロワーさんと一昨年に引き続き、
城郭研究家の西股総生先生にもご参加いただきまして。
下見と本番を織り交ぜながら、初夏と晩秋の棒道をお届けします☆

下見は、小淵沢駅を降りて、2014年のオフ会の終着点まで
徒歩でテクテク。ちょっとここは遺構ではないので、
本番では飛ばしましたけど、割とそれっぽい石垣。なんだったんだろ。

P1110372

P1110373

7月なんで冠雪のない富士山ですが、夏の富士山は
こうして霞んだくらいに見えるのが美しくていいですの。

P1110374

額紫陽花。7月も半ばでしたがまだキレイキレイ。

P1110376

これ意外と距離あったんだ・・・と改めて認識。
体力もったいないので、タクが良策だな。

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さて、甲信国境の甲六川手前に到達。
夏はフレッシュな草色、秋は土からして秋づいた色合い。

なつ。
P1110385

あき。
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甲六川。ここをわたれば信濃国ですよ。
夏秋では、やはり繁り具合がぜんぜん違いますな。

夏は渡る前。

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秋は渡って振り返りざまに。

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川を渡って鉢巻道路の高さまで上がると、
富士見町の看板。富士見町の指定史跡になっています。
そういや、山梨県側は史跡指定されてるのかな?

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ここまでの山梨県側と同様、長野県側にも
古道らしい雰囲気がよく残っています。

P1110395

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右手には鉢巻道路が併走しているのですけど、
これが土塁のようにみえます。

P1110392

実際は鉢巻道路が作られるときに盛られたのか、
それとも往時の土塁を流用して、その上に道路を通したのか?
というのはよくわかりませんが、なんとなく土塁の上に・・
と妄想しておきたいと思います(笑)

P1110397

ハイキングコースとしては、そう広くないですが
石がごろごろしているところも往時は
棒道として使われていたとしたら、かなり広い道。
武田軍の大軍勢もなんなく通過できたことでしょう。

P1110394

ホント歩いていて、清々しい道。

P1110398

少し行くと、棒道と垂直に土塁痕がみえます。

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気になる西股先生が土塁のほうへ・・・
後世の境界土塁ではない折曲がりなどがあって、
もしや城?と思わせる土塁です。

P1160066

結局どうなのか、謎のまま・・・棒道ができる以前、
諏訪氏(頼満とか)の対武田防塁とかだったりとか、
適当なことを言ってみる(笑)

ところどころこうした案内板があります。
まぁ、一本道(だからこそ棒道)なので迷いはしないのですが、
「信玄棒道」と書かれてあるとうれしいですよね。

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このあたりは土塁が見事。わざわざ近代的な道路を
通すのにこのような土塁はつくらないだろうから・・
この土塁は往時からのものだったらいいなぁ。

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逆の向かって左手には、山梨県側でもあった壕状の遺構も。

P1110420

というのを見ながら、約2km程度の道がこのような
いかにも古道!という雰囲気で残っています。

B641

さて、ずんずん進みます。

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少し道が細くなって上りになり始めると、この雰囲気の棒道の終わり。

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道が切れていて、この看板。どっちいったらええの?

P1110430

左脇にはこの看板・・・むーん。

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これ、ここの左脇の道から入っていくのが正解。
往時は鉢巻道路がないですから、ここを緩やかに
左折するようになっていたんではないでしょうかね?

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このあたりはペンション街。ここを棒道が突っ切っていきます。

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正解のしるし。てか、あの看板わかりにくいわ(笑)

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周りの雰囲気で棒道を脳内補完。
棒道沿いの宿場町的なイメージで・・・

P1110440

このあたりは人が来るからか、オフ会本番時は
紅葉がキレイでしたよー。

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ペンション街を抜けてもう少し、舗装路が続きます。

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カタカナの宿場がたくさん(笑)

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ここの土塁もすごいけど、これはどうだろ(苦笑)

P1110444

この先右に出てしまうと、鉢巻道路に出てしまうので、
奥の細い道に進みます。ここが棒道。

P1160074

これこれ。

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看板もあります。

P1110446

また先ほどのような、古道マニア?にはウケそうな道に。

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ココからすぐ近くに「仏供石(ぶつくいし)」があります。

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ただ解説板は、鉢巻道路のほうに出ないとない・・・
ま、普通はそちらのほうにしか人目が付かないからな(汗)

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これ、昨年の棒道歩きで通りかかった法性寺の方角を向いて
仏様の彫られた舟形石碑があり、これを「仏供石」と呼んでるよう。

この大きな岩の上に・・・

P1110456

仏様が・・・ちょこっとしか見えない!

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で、秋にはちょいと岩の上に上がらせていただき、
仏様の御尊顔をば。特に何か文字が彫ってあることはなく・・・

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裏も文字はなし。

P1160076

さて、ココを過ぎてまだまだ歩きます。

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P1110458

ここの河原を渡ったあたりがちょっと曲者。初掛沢というそう。
どこをわたれば・・あわわわ。

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ここを右手に行くと、こんなポールがあるから正解?
と思いきや、どうも棒道から外れるっぽい。

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右に行かずに、左の道に進むと・・・あ、棒道っぽい。

P1110471

多少アップダウンはありますが、道としての連続性があります。

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さて、また鉢巻道路に近づいてきました。

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相変わらず、ざっくりな棒道案内板。
振り返って撮ったところで、右手の道がココまで
歩いてきた道で、左手がさっき間違ってた?と思った道。

ここでそのまままっすぐ向かうと、棒道からは外れて、
近世になって開かれた産業道路『逸見道』に入っていきます。

このあたりには、八峯苑鹿の湯というホテルがあります。
ちょっと一昨年・昨年のオフ会では、位置的に
微妙だったので使わなかったのですが・・・

甲斐小泉からの棒道歩きを続けて、ここまで歩いてくると
ちょうど全長7km弱のイイトコだけを歩くコース。
ここで泊まるもよし、ひとっ風呂浴びてここからの
リゾートバスで帰るもよし。

・・・うまく使うと、いい棒道オフ企画が
できそうかなと思ってます。

ま、それはさておき。鉢巻道路のほうへ上がっていくのが、
棒道としては正解。ただ、結局ゴルフ場にぶつかって消失するので、
棒道踏査としては、なかなか迷いどころ。

P1110477

上がったところには、富士見町の看板。
ここまでが富士見町の史跡指定されている範囲。

P1110479

ということで、下見の際には、このまま鉢巻道路沿いに進んで
立場川に進んでいくルート、オフ会の際には
逸見道を進んで、武田軍の宿舎としても使われた?
高榮寺を見てぐるっと、迂回して立場川に差し掛かるルートへ。

青が想定棒道ルート。赤が下見で鉢巻道路に沿って進んだ
現在の最短ルート。緑がオフ会時の高榮寺によっていくルートです。

Bunki_2

・・・とその前に、消失して入れないゴルフ場内に、
棒道の痕跡となる一ツ石なるものがあって、
その解説板だけ見ていきましょう。

P1110481

ゴルフしないのでね・・・ゴルフ場に入ることはないのだけど、
見させてくれたりはしないのかな・・・

さて、赤の道は特におもしろくもないですし、
青の想定棒道は進めないので、緑の高榮寺道を追ってきましょう。
ここから立場川キャンプ場内の渡河地点、
その後、回りこんで原村内の棒道に進んでいきますよ。

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軽井沢蒸留所の最期・・・これでほんとに最期。その2 事務所

もう一通り見て・・感慨深く、自宅から持ってきた軽井沢で
一杯やってました。初めて訪れたときに買った、
飛び切りうまい1本。

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ピートがピートとしてではなく、樽熟香と合わさって、
焼きあがったときの香ばしさを再現してるような・・・

味わいには、甘めを控えめのダークチョコのような、
コクと深みが感じられる一品。

これ、フルボトルで5万超えていて、2010年当時のわたしは
すごんでしまって買えなかったのですよね・・・
まさか、買い占められて手に入らなくなるなんて。
蒸留所が閉鎖されるなんて。

当時ボトルを買ったら付いてきたグラスで
もう消え行く蒸留所を想いながら、浅間山を眺めつつ、
しっかり大事にいただきます。

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P1150937

・・・と思いに浸ってると、とある方が事務所のほうも
見られるらしいよ?と教えてくださって、
それはそれは・・・こんなケースでないと見れないぞ!
ということで、思いを馳せるのもそこそこに(笑)戻りました。

P1150915

P1150886

そういえば・・・屋外に展示されていたポットスチルも見納め。
これもどうなるんだろうねぇ。静岡で展示されるのかな。

P1150918

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さ、事務所内。
窓から零れる日の光が、逆に寂しさが強まってくる・・・

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2012年4月のカレンダー。2011年の11月が最終営業日
その後2011年度中くらいまでは、職員の方がおられたのでしょう。

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言い方悪いですが、それこそ夜逃げしたみたいな感じで、
なんかいろいろそのまま残っていて・・・

P1150871

・・とある方の能力開発記録票とか!個人情報まんまですやん。
これはアップでは載せられない・・・昭和63(1988)年当時。

P1150875

今期のテーマ、教育指導してきた点・・・
能力開発の視点にたってのアドバイス・・・
面接のネタですかい・・・あわわわ。

ロッカーの鍵?

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台所かな。

P1150881

ゴミ捨て場。

P1150882

掲示板。さすがに業務連絡は書いてない。

P1150884

二階に上がって・・・時が止まったような、
博物館にあってもよさげな旧式コンピュータ。

P1150950

醗酵タンクの何のデータでしょう・・・いいの、
捨ててしまって・・・

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あ、これタンク内の温度の記録データだ!

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いつくらいのMacでしょうか・・・90年代くらいでしょう。
ちょうどわたしがコンピュータに接し始めたとき、
こんな感じだったもの。(わたしはWinだけど)

P1150955

引き出しには、名刺がそのままで・・・
秩父のベンチャーウイスキー・肥土社長のも・・・あかんやろ。

それに肥土さんが製造を学びに来られていたときの
スケジュール表、軽井沢ウイスキー造りの心得などが放置・・・
2006年ごろのことだと思われます。
この辺はさすがにちょっと上げるのは躊躇してしまいますね・・

さらに98年~99年のモロミのアルコール濃度と酸度、
初留時・再留時のアルコール濃度などの詳細な記録。

細かく言うと、再留時は中留と余留に分かれていて、
余留はおそらくヘッドとテールのことを指しているんでしょう。
この当時の麦芽は、ゴールデンプロミス。

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2001年の軽井沢蒸留所の年間作業工程の
ラフな計画案。樽台帳のOA化なんてのが、時代を感じさせます。

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1999年5月末時点の樽在庫表。

これによると、この時点で最古の原酒は
昭和40(1965)年蒸留で4樽。この時点で34年熟成。
1965年~79年の20年以上の長期熟成は、63樽。

昭和56(1981)年以降の原酒から三桁単位で
樽在庫があるが、平成4(1992)年から急ブレーキがかかり、
一気に生産量を落としたのが見て取れます。

平成7(1995)年、平成10(1998)年はそれでも
少し多めで100樽以上あり。

・・・というわけで総樽数は3,083樽。
スコッチ(!)の211樽を合わせると、3,294樽。

それからそれから・・・品質マニュアルに経営計画、
どえらいもんが次から次へと出てきます・・・

そして極めつけはこれ!軽井沢蒸留所蒸留棟の設計図面!

P1150971e

P1150972

これ、すごい歴史的な貴重な資料だと思うんだけど・・・
もらっておいて、どこかに寄贈すればよかったか、
あるいはメルシャンに捨てるなよ!と言うべきだったか。

わたしはもっていても、役に立たないのですけど、
一応全体図撮っておきました。これも失われたのか、
それともどなたかの手に渡ったのか・・・

P1150976

他にも樽の管理基準や分類とかも・・
意外とシェリー以外も多いんだとか、樽をチビ樽のように
カットしたものや鏡板だけかえたリメイド樽もあるんだと!

P1150978

<樽の種類と樽番号付与基準>

①180l輸入樽
No.1000~1999

②250l輸入樽
No.5000~5999

③400l改造樽
No.3000~3099、3501~3999

④400l輸入樽
No.4000~4999、8000~8258、
8317~8489、8546~8999

⑤450l北米材樽
No.101~999、(内851~900は500l)

⑥450l輸入樽
No.6075~6094、6425~6500、
8259~8316、8490~8545

⑦450lシェリー樽
No.6095~6424

⑧450l北米材イガヤ樽
No.6000~6074

⑨500lシェリー樽
No.2000~2999、6501~7999、
3100~3500、9000~9999

⑩500l以上輸入樽
No.1~94

<樽の使用区分>
①新樽
入荷後初めて使用する樽

②再使用樽
1空き後使用する樽

③古樽
3空き以降の樽

④解体樽
修理用材確保のために解体する樽

⑤廃棄樽
原則として15年以上使用した樽で、熟成の進まなくなった樽
水を容積の1割程度入れ、約10日間放置アルコール分を回収後処分

⑥改造樽
主として500lのものを樽長を約15cm短く改造した樽

⑦シェリー樽
シェリー酒の貯蔵に使用していた樽

⑧中焼樽
古樽の内、樽材が堅牢で肉厚25mm以上のものの、
内部を焼いた樽。側板内部を5mm程焼き焦がし、墨を取り、
新しい木肌を出しシェリー樽を詰め3~6ヶ月しみこませた後に使用

⑨鏡取替再生樽
樽を再生させるために、古樽の鏡板を両方新材に取り替えた樽

⑩資産樽
1本10万円以上で購入したもので、固定資産に計上してある樽
この樽の解体には、工場長の許可を要する(396本)

新樽もあるし、修理部材用に解体しちゃう樽とか、
樽って15年で捨てちゃうの?とか、リチャー樽はシェリー詰めてから
使うんだとかいろいろ興味深いですね・・・

そのほか、各樽の詳細なデータもあって。よくこれ放置するな・・

P1150980

この謎のメモはいったい(笑)

P1150981

最後に軽井沢のコンセプト変更案。
これ超社外秘ですよね(苦笑)

P1150987

・蒸留所と商品は何に拘る 今まで拘りといいながらハッキリしていない

・小さいことを武器にする、小さいからこそできることを考える

・「歴史がある」もS社、N社に比べれば劣るが語れる背景はある

・小さいからこそしっかり作っているブランドアイデンティティ

・今の財産で拘れること
 モルトウイスキー原酒の貯蔵在庫は多い
 → 熟成に拘った品質へのアプローチ

 販売数量が少ない
→ 造りに拘った商品は造りやすい

・新商品コンセプト  年数表示以上の熟成に拘ったモルトウイスキー
 年数表示は最低貯蔵年数、敢えて最高酒齢と平均酒齢を表示

なんだか苦労してそうなことがわかるなぁというのと、
後にメルシャンがキリン配下になった際に、御殿場とぶつかりそうな
コンセプトなのがわかりますね。

違ったコンセプトの蒸留所を複数持てるチャンスにも思うんですがね、
これだけ個性が違ってると。喧嘩するのかなぁ・・・

さて。そろそろ蒸留所を後にします。もう見ることが無い景色を
しっかりと目に焼き付けながら。

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皆さん、名残惜しそうです。

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何年か経ったら、また訪れるかもしれません。
跡形も無い蒸留所跡を。何も無いところに歴史への思いを
馳せながら旅する歴史旅を同じような感じで。

改めて、軽井沢蒸留所。
ありがとうございました。

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軽井沢蒸留所の最期・・・これでほんとに最期。その1 蒸留施設

同時に行った龍雲寺の話は12月に書いていたのに、
ずーーーっと放置していた、メルシャン旧軽井沢蒸留所の話。

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2011年に閉鎖されて、そのまま放置されていたんですが、
いよいよ、御代田町の施設ができるということで、
取り壊しとなり、一部施設は今建設が進んでいる
ガイアフロー・静岡蒸留所に移転することになります。
2011年訪問の記録、その1。その2

ということで、2015年10月末、ホントに軽井沢蒸留所の
建っている姿を見られる最後のチャンスに行ってきました。
半年前以上・・・(汗)

貯蔵庫として使用されていた建屋は、長らく美術館として
つかわれていたのだけど、それも解体される。
もったいないこと・・・

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新しい建物を建てるにしても、このまま遺して、
活用できたら素敵なんだけどなぁ・・・・あぁ。

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今となっては、このエンブレムも虚しい。

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メルシャン軽井沢美術館
1997年 BELCA賞 ベストリフォーム・ビルディング賞
社団法人 建築・設備維持保全推進協会

さ、蒸留施設へ。もう隠すものも何も無いわけで、
今まで見れないところ総ざらいであります。

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ポットスチルの下部。ここのってすべてが
銅製じゃないんですよね。

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絶対上がれないはず・・!!のポットスチルのそばまで。
静かに静岡での活躍の日を待ちます。
この日のすぐ後に搬出されて、今はもう静岡。

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まぁ、なかなか見ることが無いポットスチルの中。
間接蒸留のためのスチーム管が何重にも
まわされているのがわかりますの。

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こちらのポットスチルのほうが、光の加減から
わかりやすいかな?

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外側は銅じゃなかったぽいけど、中見ると
しっかり銅でしたね。そりゃそうか。

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細かな機器類に記された会社名なんかも、
これが最期と思ったら、思わず撮ってしまいますな。

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この蒸留棟って屋根が木造なんですねって、
今までも見上げたらわかりそうなもんだけど、
意外と見てないんだということに、改めて気づかされます。

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ものすごく熱せられたアルコール蒸気が通るんだけど、
大丈夫だったのだろうか?と余計な心配。

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廃液熱交ポンプ、粗留撹拌機、廃液払出ポンプ、
粗留払出ポンプ、高圧洗滌ポンプ、中留払出ポンプ…
初留釜をこれらで操作するんですね。

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洗滌=洗浄なのですが、敢えてこの難読漢字を
つかっていたのもちょっと気になるところです。

以前から気になっていたポットスチルの下の扉。
余市のようにも見えたので、ひょっとしたら?とも思ったんですが、
扉は開くものの、塞がれていました。

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でも、まさに扉の位置が石炭をくべる場所のような。
かつては石炭直火をやったことがあるのかな?

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並び立つポットスチル、使えるものと使えないものがあるそうで
すべてが静岡で活躍するわけではないようです。

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これ蒸留されたアルコール蒸気を受けるタンクが
接続されていたであろう箇所。

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さて、場所を移して貯蔵庫。もはや育つ原酒のいない、
原酒の揺り籠跡。古いほこりっぽい倉庫の匂い。

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余市や秩父、山崎などと同じダンネージスタイル。
よりこう・・原酒の香りだけでない、さまざまな香りの成分が
混ざり合うのだけど、今はもうアルコールの姿を見つけることができない。

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貯蔵庫わりと天井が高くって、それこそ城の櫓を見てるように、
天井の木組みを見上げるのも楽しいものです。木造万歳。

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なんでしょうね、原酒がもはやないのに写真撮りたくなる、
すごく魅力的な・・・ある種廃墟の持つ魅力を感じたとき、
惹かれながらも寂しい思いに囚われます。

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貯蔵庫外観。蔦の生える味のある建物なんですが。

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さて、続いては醗酵槽。

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平成4(1992)年・・・時が止まっている。

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糖化槽。

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糖化槽の中。だいぶん使われていなそうで、
さび付いていますね・・・もし再開したにしても、
ここは新しいのと入れ替えないといけなかったでしょうなぁ。

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糖化槽の操作盤。大手なら今ではコンピュータ制御ですけど、
これくらいの規模なら、やはり手動操作になりますね。
熟練の技が求められそう・・・機械を操作していくのにも。

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このような操作盤が4つあって、

・スネークコンベア、フェアアイシャコンベア、温水製造カクハン機
・ロイターカクハン機。ロイター昇降油圧ポンプ、ロイター昇降
・換気扇、エアシリンダー
・麦汁移送ポンプ、温水移送ポンプ、酒母送ポンプ

とあるんですよね。何人で操作していたんだろう・・・

さらにその奥に進むと、モルトミル(麦芽粉砕機)がありました。

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こういう中二階というか醗酵・糖化層のある二階から、
少し降ったところ、狭い出口の奥まったところにそれはありました。

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英国Porteus社から1989年に導入したもので、
これも静岡に移転されて、活用されるようです。
かなり高額な機械なんでしょう。わりと大きい。

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その空間の先には、おそらくミルに繋がっていて、
麦芽を高いところから、ウネウネと螺旋状に回転させながら
投入する管が残っていました。

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まだ・・麦芽が残ってますね。何年もこのままなんだろうなぁ。

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そういえば、と蒸留棟の前の立ち入り禁止の部分。
おっ・・・やはり開いてました。行ってみましょう。

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すこし高いところから蒸留棟を。このアングルでは
もちろんこれまでは、そしてこれまでも撮れなかったんですよね。

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ここには、蒸留廃液の操作盤が。廃液はこちらに
流れてくるようになってたんですね。

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事務所に近いところには、麦芽置き場が。

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これはなんだっけか・・・粉砕の前だからねぇ。

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立入禁止のボイラー室。ここも・・・といきたいのですが、
扉が開かなくてざんねーん。

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が、鍵がかかっているというわけでなく、
扉がバカになってる感じだったので、隙間から
カメラを捻じ込んで、撮ってみました。

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まぁ、とりたてて何ってわけではないのですけど、
記録映像として。


・・・てところで一旦切りますか。
続いては、事務所も。これがまた・・・時が止まったように、
当時のまま、人だけが消えてしまったような
不思議な空間になっておりました。

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