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弘前城 before and after (2) 浪岡城

さて、9月。当選はがきを手に意気揚々と
曳屋をするために、舞い戻ってきたわ!(大河梅雪風)

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弘前駅でくすくすしちゃったのが、いつもよく見るよく
できてるなーと思う模型を使ったお手軽曳屋(笑)

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んな軽くねぇよってくらい、ひょいひょい引けましたが(笑)

こんなロゴまでできていて。姫路城もそうですが、
ブランディングというか、見せ方は弘前城は上手だなぁと思います。
工事を見せ場に変えるというところも似ていますよね。

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さて、曳屋は午後から。午前中は浪岡城。
浪岡城というと、北畠顕家の血を引く浪岡北畠氏の居城。
後に津軽藩を開く津軽為信がまだ大浦氏を名乗っていたころに、
攻め滅ぼされます。(ただ末裔は数氏残るそう)

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これがね、わりといいんですよね。
縄張り図はこちら。

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当時濠だった部分は湿地帯になっていて、
ここはその南側。その一部が細い道になっています。
左手の緑が西曲輪。

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西曲輪と内曲輪を結ぶ木橋。

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直接、どどど・・・と駆け上がってもいいのですが、
東手から曲輪に攻め入ることにいたします。

って、途中で見つけたこれなんだ・・・
なぜ食いかけのとうもろこしが大量に捨ててある・・・

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東端。ここを北に上がります。
往時はもちょっと曲輪が続いていたのかな?
道でぶった切ってしまってる感。

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大きな曲輪に出ました。ここが東曲輪。

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ここには模型がありました。これもわかりやすい。
外曲輪は道路が走り母屋もあるので、城としての残りは
あまりよくないのですが、東曲輪の一部と内曲輪、
西曲輪、猿楽曲輪、そして主郭に当たる北曲輪はほぼ完存。

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東曲輪から木橋を渡ります。縦長の馬出状の小さな曲輪。

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馬出状曲輪の先に東西に細長く伸びる帯曲輪の先端から。
なかなか技巧的にできているではありませんか。

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ちょっと壕は今では浅くなってしまっているようですが・・・
往時はあと2mは深かったようです。

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帯曲輪。このとき一瞬天気が悪くなって、
雨がパラパラッとしたんですが・・・

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この通り、しばらく雨宿りするとお陽さまが。

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北曲輪北側の壕。ここも浅くはなっているのでしょうが、
なかなかの規模と迫力で見ごたえ◎

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先ほどの馬出状曲輪も明るくなりました!

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振り向いて。左側が帯曲輪、壕を挟んで、
右手が北曲輪土塁。

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この壕がずーっとこの規模で続きます。

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北曲輪への虎口。馬出状の構造などは
技巧的に思えるのですが、虎口は平虎口なのですねぇ。

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とはいえ、少しクランクはしてあり真正面には土塁が。
それでもあまり強い防衛思想は感じません。

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北曲輪内部は屋敷跡と思われる区画で仕切ってあります。

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中には井戸跡があった?と思われる区画も。

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復元模型写真。やっぱり平虎口かなぁ。

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帯曲輪に面した北側の土塁内側。

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土塁上から。緑が多くてあまり深いように
見えませんけど、けっこうそれなりに深さはあるんですよ?

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不思議なのが外側に少し土塁が下がってるとこ。
なんでなんでしょうか。塀を立てる部分?

帯曲輪からその外側の外曲輪までを見通す。
さすがに帯曲輪では狙われ放題なので、二重に壕を巡らせた
構造と見るべきかもしれませんね。

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比較的新しい「浪岡城跡」の看板。

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さて、北曲輪の西側の虎口。ここはいい枡形を
していますよね☆

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さきほどの帯曲輪の北西隅が切れていて、
また西側に帯曲輪が続いています。

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その西側の帯曲輪に立って南を向くと・・・
さらにL字型に帯曲輪が曲がっていて、
その奥には内曲輪が潜んでおりますぞ!

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かなり曲輪に囲まれ、集中攻撃受けそうな感じ!

右手には西曲輪、その手前には壕で防御。
ここもあと1~2mくらいはあるのでしょうね?

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さて、L字型の帯曲輪を進みます。

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手前に西曲輪への木橋、奥に内曲輪への木橋。
ここまでくるのに結構な複雑な経路を通ってきていますよね。
東側はちょっとわかりませんが、西側への警戒感を感じます。

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ちょうどL時になった付け根あたりから、北側を向いて。

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まずは西曲輪から侵入。

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背後からは内曲輪から狙われている感がすごいありますね。

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西曲輪虎口上から。虎口自体はそんな厳重な様子は
感じられないのですけど、この高低差と位置関係から狙えるのは
かなりいい城って感じはします。

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さて、向こう側の内曲輪へ。

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ここもかなり浅くはなってしまっていますが、
幅の広さは特筆です。

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内曲輪への木橋。枡形・・・と呼べるのかわかりませんが、
横長の細い通路の上に土塁をもって、新府城本丸の蔀の構造
のような雰囲気を持っていますよね。

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内曲輪はきれいに手入れされています。

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隣の猿楽曲輪とを隔てる壕。ちょっとここからは
いけそうにない感じですね。時間もそうはないので、
ちょっとこの先はあきらめて、浪岡城撤収です。

歴史的には、滅亡の地という点でしか語ることが
あまりない城ではありますが、遺構の残り具合も好いし、
土の平城という点で、城攻めも苦労しないですし、
なかなかいいお城だと思いました!

ちょっと早めに撤収したのは、この日も煮干ラーメンを
いただくため。へへへ。中華そば・八助さん。

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ここも濃ゆい!コクにぼし。煮干ラーメンうまぁ…

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さて、意気揚々と弘前城に向かいます!
ひっぱるぞー!おー!

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