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徳川の聖地、武田の城 - 久能山。

さて、久能山。公共交通機関が頼りの
わたしにとって意外と離れていて、
なかなか行く機会のなかった久能山。

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従是貳里拾壹町。今からちょうど百年前、
徳川家康三百年祭に建てられた碑。

丸一日、久能山に時間をとって
静岡駅から徒歩10km、帰りは清水駅まで10km、
計20km+αを歩ききって行って参りました(笑)

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アホですか?と言われるとあほです!
と応えざるを得ないくらい、公共交通機関がなければ
歩きゃいいええやん!というわたしなんでね。

途中、東照公厩舎人井出殉死霊地の碑。

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家康の葬儀の列は通り過ぎた後、
その恩顧に報いるため、殉死した井出八郎右衛門。
長く語り草になったと言う。

さて、柳澤橋までくると久能山はもうすぐ。

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きました、別格官幣社・東照宮。
ここまで静岡駅から約2時間15分の歩き。

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とりあえずここいらでなんか食べとかなきゃ…
と、付近で唯一開いているお店でとろろそばをかきこむ。

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ようぅし!いざ、久能山☆

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しかし、雨の日にこの石段は滑りそうで怖い・・・

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麓にある久能山徳音院。平安時代の高僧・元三大師が
天海僧正の枕元に現れ、御神籤を寛永寺の元三大師像前に
置くようお告げがあったとの話でそこから、
広く民衆にも御神籤が知られるようになったとのこと。
・・・という元三大師・慈眼大師(天海)祀る。

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しかし、そのゆかりの御神籤はここにはないのだった…(笑)

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さて、ここからびっしりと布積石垣に囲まれた石段を
上がってゆきます。家康薨去の翌年1617年創建。
石垣がその時代を感じさせますねぇ。

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石材も駿府城と採石場・石切丁場が同じなのでしょうか、
なんとなく似た雰囲気があります。

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果てしない・・・

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そして階段になって、さらに滑りそうで怖い!

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ぜぇぜぇ・・・・きっつ。

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あ、ここ明治以降に石垣崩れちゃったんだろうなぁ。

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駿河湾を見下ろす。けっこう登ってきたぞ?

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一の門が見えてきました。

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見事な算木積。元は花崗岩だったんだな、
というのがよくわかるね。創建当時からずっと門に
守られて元の色のままなんだろうね。

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一の門を抜けると、旧久能山城大手枡形。
石垣化しているものの、城の大手の風格はしっかり。

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そして、軒丸瓦と入母屋にびっしりの葵紋(笑)

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枡形を内側から。見えてる「モノ」は石垣の近世的な
感じだけど、構造的には中世だよなーって
感じることができた自分の成長を実感。

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え、このズルっとズレてる隅石なんなん・・???

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博物館下の石垣補修痕。江戸城と違って、
黒い安山岩?玄武岩?で補修するんだ?

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これは明治じゃなくって幕末、あるいは
逆に最近の補修かも知れないな。
積み方にやっぱり連続性があるものね。
苔むし具合で違いがハッキリ判るけども。

ありがたい現東照宮と久能山城縄張りとの比較。
ロープウェー乗り場が二の丸かぁ!

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ここは、全面的に石垣積み直し!
それにしても、江戸城っぽいよね、
積み方にせよ、石材の材質にしても。

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奉祝・御鎮座四百年。

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でも、徳川の聖地でも菱形レーダーは元気です。

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あら、徳川の聖地でも信玄公に敬意を表して
頂けてありがとうございます。

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ロープウェーのある二の丸方面へ。
ロープウェー乗らんけど(笑)

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が、二の丸は藪の中・・・・

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というのと結構縄張図で感じる以上に高低差あり。
この二の丸に上がる道筋は当時からなんだろうかね??

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ロープウェー乗り場の脇から。ストーンと落ちてる。
やっぱり城だわ、城。

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さて、社務所を抜けて社殿のほうへ。
久能山城本丸跡。

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先ほどと別の看板の縄張図を見ると、
久能山城の本丸の進入路はこちらではなく、
ロープウェー乗り場のあった二の丸から
進んで回り込んで進むような感じだった様子。

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大手を進んできた後、久能山東照宮博物館のある曲輪、
二の丸、そして二の丸~本丸の帯曲輪で
コの字型に囲まれる縄張りになってるような?
けっこう激しくボコられるな、これは・・・

閑話休題。さて現代人のわたしは楼門から
本丸跡社殿のほうへ。光の具合が元気玉に見えた(笑)

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この闘将大権現。。じゃなかった東照大権現の字は、
後水尾帝の御宸筆。日光と一緒やね。

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同じ年のわたしと家康さんの手の大きさ比較。
けっこう変わらないかも?

しかし、155cm 60kgですか家康さん・・・・
てことは、BMI=25。わたくし171cmですので、
換算すると73kg…やべ、家康さん抜かしてる・・・
ダイエットせねば・・・(笑)

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鳥居を潜ってさらに先へ。この辺りで、
二の丸方面から合流するはずなんだよねー。

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鳥居のすぐ左手が五重塔跡。日光東照宮と同じく
久能山東照宮にも五重塔があったのですが、
惜しくも魔の明治政府の神仏分離の影響で解体…

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ただその前の石燈籠が日光同様興味深く、
かなり時間かけてみちゃいました。

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駿河國 久能山
御寶前
元和三丁巳季正月十七日
從五位下石川主殿頭忠総

こちらは、鍋島勝茂。後に曾孫の吉茂が再建。

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駿河國 久能山
御寶前
元和二丙辰年
肥前國主
従五位下行信濃守藤原朝臣勝茂創建
寶永五戌子年五月十七日
肥前國主
従四位下兼侍従行丹後守藤原朝臣吉茂再建

とあります。まだ続くみたいですけど(笑)

中にはなかなか読めないものもある・・・
ってやってると時間がすぐ経っちゃうわけで(笑)

さて、いい加減前に進みましょう。
唐門。このあたりから本丸でしょうかね。

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わわわ、またある石燈籠(笑)

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家康落胤との噂が絶えない土井利勝!

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鼓楼。元は鐘楼だったそうだが、
神仏分離で江戸城にあった太鼓を遷して、
鼓楼として存続することに。

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ここも家光が大改修を命じていて、
日光のように鮮やかそして、黒が映えるデザイン。
江戸城天守とも共通性がありそうで。

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コチラは神楽殿。破風板が赤いですね。
江戸城天守の再建にも金具意匠とか
参考にされるんだろうなぁ・・(しつこい)

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唐門からは入れず、神楽殿・神庫・日枝神社から
回り込むように入っていきます。

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あ、陛下こちらにも幣帛料を下賜されてる!
日光にもあったんですよね。

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神庫前には、ガンダムがたくさん・・・
家康ガンダム!羊歯甲冑バージョンと
金の甲冑バージョンとがあります。

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静岡といえば、プラモデルが有名ですけど、
その起源は久能山東照宮や静岡浅間神社造営で
全国の職人が集められたことにあるとか。

その造営が終わった後も、木工細工の技術を伝えながら
駿府の地に多くの職人たちが残り、模型づくりの文化の
下地になったのだそうですね。

日枝神社。ここも元は薬師如来像を安置する
薬師堂だったところに仏像を大正寺に遷し、
山中にあった山王社の御神体を遷して難を逃れたとか。

なぜか並ぶ微妙な葵紋の違いがある各将軍の紋。
某家康クラスタ様の影響でだんだんとその違いが
わかってきましたよ、わたしにも(苦笑)

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近くにいた他の参拝客は「みんな同じじゃないの?」
って言ってましたけどね(爆笑)

家康~家光期はわかるのだけど、中盤以降は
難しすぎて判りません(笑)

日枝神社からみる本殿拝殿。

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花菱にきゃぁーーー(笑)

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青銅製の吊燈籠にも寄進者の名前があって
またいろいろ見ちゃいました。

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こちらは、松平忠明。

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こちらは・・・

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島津式部源久房ってダレ?

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一応、島津久房って人物がいるんですが
時代が合わないんですよねぇ。
しかも大体大名クラスが寄進するもんだと思うし…謎。

拝殿脇にて。けっこう雨降ってたんですよね。
まぁ、雨の日も悪くない。

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拝殿の入母屋破風にうっとり。黒×金のかっこよさ
がすさまじい・・・すげぇ。

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日光東照宮は、甲良家大棟梁・甲良宗広の手になりますが、
こちらは中井大和守正清の手によるもの。
徳川大坂城、名古屋城など多くの徳川系城郭建築に加えて、
四天王寺や方広寺大仏殿を手がけ幅広いですね。

内側から唐門を拝見。扉の彫刻がすさまじい…

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唐門側面。

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そして瑠璃(ラピスラズリ)で彩られた
徳川葵が美しすぎる・・・感動。

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拝殿内。

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先に瑞鳳殿に行ってしまったのもあって
どうしてもこの手の霊廟建築は真っ先にアチラを
思い出してしまうのですが、家康にしても
政宗にしても、家光ゆかりと考えると・・・

瑞鳳殿にあのような装飾を許されたのは、
家光ー政宗の蜜月関係にもありそう、
なんて想像しちゃいますねぇ。

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なんとなく撮ってみたくなったアングル(笑)
拝殿の端から唐門に向かって。

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拝殿の脇から家康公神廟へ。
久能山城としては本丸外に当たるのかな?

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ここにも石燈籠がたくさん・・・
またひとつひとつ確認したくなっちゃう(笑)

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拝殿の側面が少し見えます。
この黒いのも、例の黒チャンなんでしょうね。

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土佐國主従四位下侍従忠義・・って、
あぁ、山内忠義のことだな。

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あれ、これだけ六角柱になっとるぞい?

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江州彦根城主
従四位下侍従井伊掃部頭藤原朝臣直孝

おお、井伊直孝だ!あれかな神廟に近いほうが
格が上とかあるんかいね?

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一点一点確認したいですが、時間も惜しいので
先に進みます。

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整然と並ぶ神廟への道の石燈籠。

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階段を上がった先の枡形。あまりにも
均整すぎる、そして近世すぎる桝形なんで、
久能山城の遺構ではなく、東照宮造営時に
つくられたのではないかな、という気もします。

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振り返って。城郭遺構のような気もしますが。
うーん、そこんところの解説はないので不明です。

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神廟。日光のそれに酷似。
いや、あちらがこの神廟に似ているのが正解か。
亡骸はここに眠っているのですよね。

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さて、家康公にご挨拶をして久能山を後にします。
帰りに気付いたんですけど、別格官幣社の文字の揮毫、
柳澤徳忠子爵なんですね。

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越後三日市藩主で柳澤吉保の五男時睦に始まる支流。
どういう経緯なんでしょうねぇ。

ま、それはさておき清水までテクテク。
途中で見つけたキレイな色の花。
アジサイの亜種っぽいけど・・・なんだろう?

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清水まで着いたらごはんごはん。
マグロカマ焼にマグロ三昧、桜海老の掻き揚げまで。

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なかなかちょっと次行くのは大変そうですけども
日光ほど混雑はなくって、建物のすばらしさも堪能でき、
城の痕跡もあったりなんかで、かなり楽しい一日。

ただ、門前が寂れている感じがすごくしていましたし
静岡にしても清水にしても近いのに
アクセスに困る(わたしのように歩く人間は別)環境。

普通はロープウェーなんでしょうけどね・・・
ちょっと残念な気がしました。

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