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2015年10月

日光東照宮四百年式年大祭。

こちらは6月のとある日。ふとしたことから、
日光にお出かけすることになりまして。

日光東照宮四百年式年大祭記念
将軍着座の間特別祈祷ツアー・・・
!!

いそいそと日光にお出かけしてまいりました。
これ、来年3月末までやってるみたいだから、
今からでも申し込みできますよ!

日光が日光線に乗って日光に行く・・・(笑)

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JR日光駅。この駅舎が好きだから、
敢えてJR日光線で来たいというのもあるんです。

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日光東照宮も新しいものが気になるんだなぁ(笑)

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さーて、いざ東照宮ですん☆

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今年だけの式年大祭。

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そか、東照宮とスカイツリーは心柱つながりなんだね!
だから634mもアピールしてるんだ。

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黒田長政奉納の石鳥居を潜って先へ。

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五重塔。あとでじっくり拝見しますよ。

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石垣。創建時期は寛永年代でしょうから、
まだまだ江戸城も拡張していた時期。
まだ石垣の技術もしっかり残っていたのでしょうね。

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あちらの御殿建築のようにみえるのは、
日光東照宮美術館。素敵。

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特に唐破風がいい。

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この徳川葵はどうなんでしょう?って(時代背景的に)
よくわかりませんが、とりあえず撮っちゃいます。

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さてー!将軍着座の間参入証げと☆

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巫女さんの案内で、五重塔をじっくり見学。
残念ながら中は撮れませんが・・五重塔ひとつとっても
瑞鳳殿レベルの煌びやかさですわ・・・

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文化年間に焼失し、1818年の再建。
四面の彫刻それぞれ違っていて、十二支になってるとか。

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しかし、どうしても逆光になるのはツライ(苦笑)

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で、スカイツリーにも採用されている
心柱構造がこれ(写真)。心柱もキンキラキン(笑)

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ただ、地階部分は外からでも確認できましたよ。

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表門から入っていきます。また逆光ェ・・

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徳川徳川徳川・・・

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三神庫・上神庫。めずらしい象の図案に
破風板の左右にまで懸魚が!

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神厩舎。ここが有名な三猿のいるところ。

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見ざる、言わざる、聞かざる・・・
ばかりが有名ですが・・・

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実はよくみていくと、お話になっているんですね。
生まれ、親の元で育ち、世間の荒波に揉まれ、
パートナーを得て子をなし・・みたいな。

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ものすごく社務所でセールス活動やってましたが(爆)
武田家なわたしはソッとスルーして次へ・・

青銅製の鳥居に徳川葵。青銅製ってこれもなかなかないか?

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四百年大祭に際し、今上陛下も幣帛料ご奉納。

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燈籠も青銅製。金属製だと細かい意匠が可能で
磨耗あまりしなさそうだ・・・

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陽明門は修理中なだけに普段見れない壁画が見れます。
梅と鳳凰かな?

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陽明門の逆柱は見つけられず・・・Oh。

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唐門と拝殿。胡粉で白く塗られた姿が美しい。
胡粉は貝殻から作られるそうで、石灰質なんですね。

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唐門アップ。

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神輿舎。

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祈祷殿、ちょっと漆が薄くなってるけど
また順次修繕されるんだろうね。

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祈祷殿脇の廊下で待機。御朱印帳求める方はここで。

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まただ!名古屋城にも二条城にもあった
謎の紋…誰かこの紋の意味をおせーてつかーさい…

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眠りねこ。あまりねこを題材にしたものって、
神域には無いですよね。稀。
こんな風に寝るねこの図、よくみますよね(笑)

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会津の酒・末廣が献納されている!
東照宮宮司も務めた松平容保公のゆかりでしょうか。

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さてここからは撮影禁止の拝殿。
将軍着座の間はこちら
ご参考に頂きたいのですが、天井が格天井、
そして将軍が座る真上には葵紋と興味深い構造。

さて、特別祈祷が終わった後は坂下門から
直接社務所・客殿のほうに向かいます。

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外から見るとこんな感じ。

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通路の細かいところにも葵紋。

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あれ?こちらは一ツ葉葵?
西尾城の大給松平家が一ツ葉葵だったような?

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さて、客殿ではかんぴょう砂糖漬け、
紫蘇唐辛子、煮干し尾頭付きのめでたい逸品と
徳川葵つきの朱盃でお神酒を頂きます。

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これ、直会(なおらい)といい、神社に於ける神事の最後に
参加者一同で神酒を戴き神饌を食し、
神と共飲共食をする儀礼であります。光栄なり…

その他、葵グラスや神札も。
当家、武田神社神札がありますが今、
家康公と隣同士で並んでおります(笑)

最後、ここだけしか売ってませんよー
というセールストークに負けて買った葵饅頭。

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お日持ちもしないし、ここでしかどうも買えないのだけど
すんごく優しいお味でもう一度ほしいのです。
いやこれ、すばらしいお菓子です。
帰りの電車でもぐもぐ一気に食べたことが悔やまれる…

さて、続いては御仮殿。本社殿が修繕されるときに
一時的に祭神を遷してお祀りするのですが、
ここはなんと常設なんですと!

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か、か、仮ってめっちゃ豪勢やん。

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石垣も素敵・・・(城目線)

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これは・・何か高麗門でもあった跡でしょうか?

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四百年祭記念で落成した新宝物館。

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撮影禁止のため、写真は無いですが、
CG陽明門などなかなか見所多数でした。

最後に日光山輪王寺。山門が修理中ですが、
姫路城大天守のときのように覆われた構造物に
山門の大きな絵が描かれています。

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黒門には菊花紋。これ後水尾天皇の皇子である
守澄法親王は入山し、以後皇族を門主と仰ぐ門跡寺に。

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建築好きだけにこういうところみるとわくわくです☆

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絶賛木材加工中。近くに行ってクンクンしたい(笑)

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さて・・・・わたしがぜひとも行きたかった処。
日光珈琲さん。日光という名前もさることながら、
雰囲気がよさそうで・・ということで、お昼はここね!

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フォントが素敵・・・

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珈琲さておき、めっちゃ好みな雰囲気・・・

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奥には庭が広がってます。

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どうやらとある寺の参道だったのでは?
という一行の推測。

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日光珈琲黒カレー。だいたい黒とつくものは
好きなものが多いのですが、これもまた美味しい…
日光東照宮来たら、必ずこれ食べようと思うくらい好き。

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ええ仕事してはります。

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食後には日光氷のカキ氷!温州みかんで。
日光って氷室があって天然氷の産地なんですよね。
アタマにキーンとこず、優しい口当たりが素敵。

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さてこの後・・大急ぎで大猷院へ・・急げー(笑)

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あ、ここにも例の謎の紋・・ホント気になる。

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獅子を見たらどうしても肉球を見てしまう・・(笑)

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二天門は修繕中。ざんねーん。

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枡形チックになってますが、まさかねぇ。

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上がったところには夜叉門。

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金閣殿。ホント時間ナイのでさらーっとさらーっと。

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皇嘉門。この先に家光墓所があるそうです。
明朝様式の竜宮造り・・・竜宮城伝説は
明朝の様式に由来するのか??

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そして青銅製の燈籠が立派過ぎる…
金飾にもできるしゴージャス感満載。

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ホントねぇ、感心するのが葵紋のあしらう
細かさと量だよね。ここまでやるかって・・・

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個人的にはやっぱり青銅燈籠の紋の細かさが
素敵だなーって見とれちゃいます(時間ナイよ!!)

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さて、30分もしない見学。あっちゅー間に
閉まってしまいました・・・・

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さて、ゆるゆると帰路に着きます。
この龍すごかったなぁ・・目ヂカラ(笑)
急に燃え盛る炎を吐き出しそうな勢い。

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神橋。往時は将軍専用。

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日光の美味しいお水。磐裂霊水。
早速葵グラスにて。ぷはー。

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奉祝の旗、現宗家のお名前があるところにしんみり。

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・・・というところで、日光の旅は終わりです。
実はこの後、宇都宮餃子食べてたりなんてするのですが、
日光気軽にちょくちょく行ってみてもいいなーと思います。

というのと、あの葵饅頭をもう一度食べたい・・・!!
ということで、3月までやってるツアー
もう一度行っちゃうかも(えへへ)

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川中島のリタさん・・・からの川中島・善光寺参り。

さて、5月のとある土日。

まだ、善光寺に回向柱へ殺到する人が集まっていた
ご開帳の時期。七年に一度なので行っとくか?
と軽い気持ちでGo。

しゅたっと、まずが長野駅。
だいぶん変わったよねーとは思うのですが、
だいたい以前の様子を思い出せないオチ。

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行ってみたかったのが、リタさん。

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以前Web記事で見て、長野にもリタさんの名を
冠したBARがあるんだ・・・といつかはっ!
と思っていたのですよ。

時間も遅かったので、あまり頂きませんでしたが、
余市12年を飲みながら、しみじみとなくなってしまう
寂しさを味わうBARのひとときでした。

旅先にお気に入りのBARができると俄然楽しみが違います。
長野ってそれこそ武田領だし、長野で泊まる楽しみが
出てきましたねー!贔屓にさせていただきたし。

さて、翌日。篠ノ井から川中島関連史跡を。
(あれ?武田はお休みだったんじゃないの?笑。)

最初は勘助宮跡。南長野運動公園の南西角あたり。

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元はこの集落の氏神を祀った諏訪社だったそうですが、
山本勘助がこの地で討死したがきっかけで勘助宮
と呼ばれるようになったそうな。

昭和初期に社殿は整理されてしまったものの、
川中島合戦に興味があり、勘助宮を訪れた
という元帥寺内正毅の揮毫にて碑が。

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寺内正毅がどのように興味を持っていたのかは
気になるところですね。

さて県道86号をひたすら東にすすみます。
その中で「あっ!」声に出してしまう企業を発見!!

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の・ぶ・ゆ・き・運輸!
真田信幸運輸・・・なんたる企業名。

沿道に本社がありました。松代ではないものの、
近いですし、やっぱり真田信幸どのから
取られてるんですよね?よね?

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ほかに昌幸運輸とか信綱運輸とか幸綱運輸とか・・・・
と妄想しながら歩くことしばらく(笑)

典厩寺。こちら側から来るのは初めてなので
あんなに武田菱がデカデカと掲げてあるのに
今まで気付かず・・・

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くるっとまわって正面から入らせていただきます。
2011年、長野電鉄の屋代線がなくなる!ってことで、
海津城、真田邸・・・と回って以来なので四年ぶり。

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やっぱりこの武田菱の並ぶ瓦が愛おしくてですね…

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この武田菱がたっぷりの閻魔堂は、
松代藩八代藩主、真田幸貫の建立。
江戸時代の松代真田家にとっての武田家の存在が
どういうものだったかを物語るような気がいたします。

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いつみても大迫力の閻魔様。

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上杉と武田。ここは両軍の菩提を弔う寺なのです。

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頸清め井戸。御首級はどちらに・・・と長年
思ってたのですが、子息信豊が領した
小諸で弔われてるのですな。

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本堂って公開しているときあるのかな・・・
一度はお邪魔したいのだけども。

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しかし、いろいろ整備されててビックリ。
こんな看板無かったよ?

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松操院殿鶴山巣月大居士、典厩信繁殿墓。
典厩寺は元鶴巣寺といったそうですが、信繁殿の
戒名もこの鶴巣寺から取られたのですかね。

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甲斐源氏武田左典厩信繁とあります。
墓石に俗名が書かれるのって、あまりない気がしますね。

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にしても、典厩信繁殿、享年37。数えでしょうから、
満年齢で38。ちょうど今のわたしの年齢のときに
川中島で奮戦しお亡くなりになったのですね・・・

大正天皇が皇太子嘉仁親王時代に川中島合戦に
興味を持たれ、行啓されたことをきっかけに
川中島の史跡整備が進んだそうなんですね。
そのときの・・・行啓記念の松。

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大正天皇がどんなお心持で訪れられたのか、
記録に残ってないかな・・・

川中島典厩寺記念館。勘助宮の往時の姿が。
ホントにホントに小さなお社だったのね・・・・

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典厩ゆかりの品々。川中島で着用だったのかな。

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大正八年、東宮殿下行啓に関する書簡。
東宮とは・・・嘉仁親王なのか裕仁親王なのか・・・
大正ってことは、嘉仁親王は即位されているから、
東宮殿下とは言わない気がするんだけどな・・

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信繁所用の太刀。戦いで折れたそう…
何度来てもいつも印象深い。壮絶さが伝わります。

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武田と真田。

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寺務所?が新しくなってました。
しっかり武田菱があるところがいいよね。

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禁葷酒。さ、酒飲んでないからね!
餃子も食べてないよ!!

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瓦の端っこでにこにこしてた方。どなたやろ。

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武田・真田に興味ある人間にとっては、
なんともニヤニヤする看板を眺めながら先に進みます。

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胴合橋。峠の釜めし本舗おぎのやの駐車場の片隅に
ひっそりと佇む小さな橋。

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勘助どのの首と胴を合わせた場所。
この胴合橋、典厩信繁どのの首と胴を
という話もあるらしいですぞ。

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おぎのやさんでおそば。まいたけぇぇぇぇぇ!!
舞茸も信濃産ですん。

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さらにとことこ・・・して八幡社。

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第四次川中島以前からあったものの、
合戦で破壊されてしまった社殿を信玄公が
香坂弾正に命じ再建。以降松代藩真田家によって、
長く保護されたというお社。

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今となっては低い土塁ですが、
合戦時には矢来と盾を巡らせていた様子です。
信玄公本陣桝形陣形跡。

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こんななか突っ込んできて、三太刀七太刀!
ってやったんでしょうかねぇ。

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さて、八幡原交差点から先に進みます。

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でっかいG&Gに心を奪われながら、先へ先へ(笑)

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千曲川沿いにある勘助墓を目指します。
途中で見つけた武田菱民家・・・!!

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勘助墓は堤防を降りたところにあります。

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旧信州柴阿弥陀堂跡でもあるんですよね。

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内野さんお手植えの松(笑)
早速史跡になりそうな感じ・・・

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山本勘助道鬼斎晴幸墓。遺骨はこちらに眠るらしい。
甲斐山本家墓、三河長谷寺墓に続きこれですべてお参り完。

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墓石には文字がびっしり・・・

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しっかり解説もあってありがたい。勘助墓に対する
松代藩家老鎌原重栄、原正盛の心の寄せ方にじーんと来る。
やはり武田家の所縁の皆様なんだ。

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1809年、勘助の没後250年にあわせて、重孝の孫
鎌原重賢が長く守られるように・・・と
土台を高く石積みしたときの碑文。

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こちらの墓石もゆかりの方々なのかな・・・

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武田花菱にニヤリ。

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さて、長野駅前まで戻って、長野で来たかったお店その2。
Glassanoさん。残念ながら今はウイスキージェラート、
今はやってないみたいだけど、事前に言えば
用意してくださるらしい。次は必ずや・・・!!

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しょーがないので、GODIVAリキュールに
バニラアイス☆

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しっぽり甘味を楽しんだ後は、善光寺さんへ。
ちょうどお神輿担いでわっしょいわっしょい中。

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押すな押すなの大賑わい!

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噂にたがわぬ人出でしたねぇ。

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山門。山門って上がらせてくれるんですね。
知りませんでしたよ、何度も来てるのに。

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山門からは大勧進がよく見えます。武田菱も。
武田菱が紋所なの、謎ですね・・・

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大勧進。武田菱に菊花紋。恐れ多い紋ばかり。

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菊花紋は皇室ゆかりの証。格式が違います。

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まぁ、武田菱にはニヤニヤしますよ?

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大勧進の不動明王と先に結縁しとこ。

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ってやってるうちに、御厨子は閉まっちゃったけども。

ま、しゃーない。前立本尊との結縁じゃぁ!
人の多いこと多いこと!

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いざ、結縁☆

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・・・・と思ったら、ありがたそうなのが。
アチラに並んでたのはこれかぁ。

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さてさて、少し待たされましたが、
再度・・・いざ結縁!はぁぁぁぁぁぁぁ!!!

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続いて、世尊院釈迦堂でもけっちえーん!
(軽いな、ヲイ)

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あとは本堂ライトアップまでふーらふら。
かわいいのみつけたりとか。

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暗くなってきて、慌てて本堂前。
まだライトアップしてなかった(汗)

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そしてブルーモーメント。いやはや美しや。

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ひさしぶりに長野灯明まつり、行きたくなりました。
2004年、05年、09年、11年と参加
来年16年はまた行ってみよう。

帰りは上田に寄り道して、美味だれ。むはむは。

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名古屋城本丸御殿。

さて、名古屋城本丸御殿。
一部公開されてから、何度も行っているのですが、
いつでも来れるし・・・とすっかりスルーしていて(汗)

ちょうどよい機会なので、見学。
入母屋破風は創建当時、慶長期想定なんですよね。

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先ほどの古写真にも写っていたように、
幕末には入母屋破風は白漆喰のみの隅櫓と同様の、
スタイルだったんですけども。

これはこれですばらしいのですが、正確性という意味で
どうだったのかなぁと思わなくもないですが…

清々しい檜の空間。フレッシュ!実にフレッシュ!
すーはーすーはー(アヤシイ)

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THE・徳川の釘隠し。あの真ん中にある紋、
二条城の黒書院や日光東照宮でも見られるんですよね。
徳川の副紋なのかなぁ・・・

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車寄奥からさっそく立派な虎と金箔がお出迎え。
まばゆすぎる・・・・・

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当時、虎のいない日本ではいわゆる虎の柄が雄、
豹の柄が雌と思われていたんだよね。

金箔もすごいのですが、竹の青々とした様子が
鮮烈な印象でしたね。

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こちらにも謎の紋。てか葵紋はなく謎紋だらけ。
なにか使い分けがあるんでしょうねぇ。

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表書院・上段之間。やはりすごい!

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基本、本丸は藩主ではなく将軍の空間。
バックに松を配するのも江戸城と同じ・・・・
やはり、藩主は座することなくあくまで将軍を
意図したつくりなのでしょうかね?

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ただ格天井はいたって質素。そもそもこういうつくり?
史料がないから?どうなんだろ。

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形状としては、折上格天井にはなっているんですがね。

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二条城の一日城主特典のときのように、
ここにどーんと座りたいもんだよねぇ。

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とりあえず今はここまで。またこれからの第二期、第三期の
公開が待ち遠しいものです。そして本丸御殿再建に
尽力され、再建がすべて成る様を見ることなく、
亡くなられた夢童さんを思い出しました。

無念であったでしょう・・・
名古屋城を想う気持ちが今後の名古屋城の整備に
活かされていくことを切に願います。

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名古屋城特別陳列『天守にかける夢~戦災焼失から70年~』

もう時系列なんて気にしない!と開き直ってる
アカウントがお届けする記事(笑)

武田関係が続いているので、いい加減替えなきゃ!
ということで、お城ネタ。

お城の縄張りや防衛の考え方なんかも
学び始めてお城の楽しさが広がったここ数年ですけど、
基本はやっぱり天守や櫓への関心なんですよね。

いろんな城郭建築について学んだり、
講演をお聴きしたりして思うことは、
城郭建築への想いを寄せる凄みという点では、
名古屋城に敵う城はないのではないか?ということ。

以前の「巨大城郭名古屋城」展ですっかり
ハマってしまった時にいろいろ拝見していますが、
さらにたくさんの史料を見ることができました!

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天守を見上げる。いつも迫力満点ですよね。

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見たかったもののひとつ、焼けた鯱の金で
つくられた「丸八文様鯱環付真形釜」。

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焼けた鯱は6.6kgの金塊として残ったそう。
これでも一部だけのようですけども・・・

 初代金鯱に使われた金は姿を変え、
 こうして現存している

の説明書きにウルッときます。

それからそれから、大天守を構成していた銅葺瓦。
本瓦でなく金属であったがゆえに、残っているのですね。
爛れて折れ曲がっても、姿をとどめる葵紋に心を打たれます。

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こちらは比較的よく残ってるほう。派生が多い
葵紋も忠実に再現できそうですよね。

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コチラは破風の部分でしょうか?
破風にも葵紋が付いてますから、その部分かも?

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こちらは鬼瓦。もちろん焼けて色は黒ずんでますが、
形状としてはほぼ完存しています。

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ハッキリクッキリ♪

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「御天守五重目御見通方角板指図之写」
江戸後期の作で、明治期の写しと伝わるもの。
天守最上階に、遠眼鏡と共に置かれていたそう。
今でも復元天守には方角図があったりしますよね。

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「名古屋御天守御畳員数図」
こちらも、江戸後期の作、明治期写。
天守全体で1,759畳にもおよび、その配置が記録。

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もし、木造天守で名古屋城大天守が再建できたら、
畳もびっしり敷いてほしいよね・・・!!

「金鯱金網取付見取図」
こんなんまでよくあるなぁという代物。
江戸時代も後期になると、金を鯱から剥がして、
使っていたので薄くなっていて、剥がれやすかったらしい…

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焼けずに爆風で吹き飛ばされたり、剥がれ落ちた
鯱鱗も伝わっているらしい。すごい…

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瓦ツナガリで・・・天守拓本。
こちらは昭和の実測図が作成されたのと同時期のもの。

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当然高層建築である天守に足場をかけて乗って
ということであり、ものすごい困難を極めたことでしょう…
これ、本丸御殿など天守以外にも現存するのだとか。

こちらは「濃州厚見郡岐阜住御鋳物師、
岡本河内大掾藤原正信作」との銘まで判明してるもの。
宝暦改修時に前面銅瓦葺になったときのもの。

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他にも次から次へと葵紋が・・・ものすごい数。
これを拓本取るとはものすごい。

名古屋城大天守の記録をくまなく残そう
という執念に圧倒されます・・・

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石垣の刻印も拓本取ってるんですってよ!

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ちょっとモダンというかしゃれたフォントの字。

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昭和実測図、大天守の平面図。

その実測具合の緻密さに見とれる。

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最上階、五重目。四つの部屋割りだが、
御殿同様、一の間、二の間、三の間・・・というつくりで、
藩主は一の間中央に座り儀式を執り行ったそう。

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天井はもちろん格天井。住まわないにしても、
ただの物置ではない、神聖な空間としての、
天守の有り様を想起させてくれます。

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見上げ図という天井の様子まで記録されている
というのがすごいです。床平面図は見ますが
天井図まであるのは、名古屋城大天守くらいでは…!?

こちらは何度か拝見している立面図。
いいねぇ・・・図面大好き。

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しかし、こういう詳細図もあるのだ!
千鳥破風の平面図。しっかり狙撃手が潜める構造。
なかなか公開されないのだろうけど、パーツパーツの
実測図まで・・・まぁ細かいこと!

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そして立面図。これひとつひとつあるのだろうか?
・・・としたら膨大な量だなぁ。

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天守五層部分。

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再建天守では省略されていて、確認できない
大天守奥御門。天守地下内で枡形構造をしている…!!

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初層・二層の階段図。藩主用の御成階段と
藩士用の表階段とがあったらしい。
これは表階段。天守五層まで119段だったとか。

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これ、御成階段と比べて勾配や段数が
違ったりするのでしょうかね?こちら御成階段。

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こちらは天守四層表階段。もちろん名古屋城クラスの
大天守ならではというのもあるんだけど、
踊り場を設けるところに防備の思想を勘ぐってしまうね。

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鯱や金具類までびっしりと。この記録の細かさ、
前代未聞だろ・・・・

P1090147

P1090148

そして、わたしはお初な小天守図面。
初層平面図、縦断図、北側立面図。

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P1090157

大天守が宝暦大修理を受けた際にも、
小天守はそのまま維持され、創建時の姿ままだったとか。

さて、ここからは古写真タイム。
古写真もよくある外観だけでなく、内部の写真も
実に豊富なんですよね・・・!!

大天守地階入り口。先ほど図面で見た枡形状に
なっている部分ですね。しかし鍵の封印の厳重なこと…
ホント鍵を開けて中に入るのは、一大行事だったのでしょう。

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大天守地階窓。後から造られたという感じが
よくわかりますよね。

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大天守地階井戸。黄金が敷き詰められた伝説…
黄金接収されたんじゃないのかな(苦笑)

P1090087

大天守初層西入側。梁の高さ実際は想像以上に
高くて迫力があるんだろうなぁ。

P1090088

大天守初層南入側。この写真を見ても、
窓の下1/3が人の身長ぐらい?と考えると、
天井まで2.5倍くらいはある。

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ということは、4m程度でしょうかね?

大天守二層西入側。

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大天守三層南入側。特にこの写真は天井までの
高さのすごさがよくわかる。
一層、二層、三層ときてこの高さ。

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大天守四層千鳥破風内部。
破風内に階段が!破風部屋の大きさが破格。

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同じく四層東入側。この物見台、
西南隅櫓に現存している藩主の座所にそっくり。
却って西南隅櫓の格式の高さもわかりますね。

四層階段。これはどちらだろう…気持ち角度が緩めで
御成階段かな?などと想像。

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そして天守五層。階段上がってぐるっと、
三之間、ニ之間、一之間・・・

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梁の上の部分の構造が気になります。

往時の金鯱。やっぱり金網はないほうが…

P1090175

さて、今度は小天守古写真。
小天守の入り口。

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小天守といえど、地階を持つ構造って
すごいよなー。ここにびっしりの一万九千両か…

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小天守初層南入側。小天守も相当デカイ。
やっぱり隅櫓とは違う・・・!!

P1090161

ここからは外観写真。現在も定番の西南隅から。

P1090168

ちなみに現天守。外観復興ではありますが、
その相違点も一目瞭然ですね。

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こちらも現在もメジャーなアングルかな?

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これは珍しい小天守からの大天守。
見上げるのとはまた違う、真正面からのド迫力天守!

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これまた珍しい大天守と小天守。
位置と高さから戦災焼失した東北隅櫓からの画像
かもしれませんね。

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こちらは清洲櫓方面の外郭から見た天守かな?

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最後に、一番印象に残った古写真。
なんとなんと、名古屋城本丸の鳥瞰写真です!
すげぇぇぇぇ!!!!!

P1090187

本丸枡形の櫓門もしっかり残り、本丸御殿、
さらに三方の櫓、そして大天守。

すでに枡形前の各馬出が失われているのは
残念ですが、本丸の威容がわかる好い写真ですわ…

ということで、図面に古写真にわくわく。
1時間半ほどみっちり見学。おそらく天守内で
当日一番テンションが上がっていた自信があります(笑)

さてこのあと、ずーっとスルーしていた
本丸御殿も見てきました。こちらもすばらしい!!

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諏訪大社下社。

えーっと、10月っす、10月。
結局、9月はblog15周年記念日だけで、
毎週末、どこかにお出かけばかり・・・・

ということで、肝心のblogのナカミもいまだ
4月のネタということで半年!半年貯めてしまってます(爆)

ネタが死ぬほど溜まっており、絶対に外せない
イベントを除いては、今年はもうお出かけ控えなくては…
(それでも10月末~11月初はイベント続き)

でも、地道にblogに上げていきますですよ!

ということで、非常に興味深かった甲陽軍鑑のお話の後、
初下諏訪=諏訪大社下社未参拝ということで、
その足で春宮・秋宮に出向いてまいりました。

秋宮から。

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御神湯。駅の湯以上にあちちち。
4月って寒いことが多くって、この日も例に洩れず。
御神湯の暖かさが体に沁みてほかほかしてからの参拝。

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青銅製としては随一の大きさを誇る狛犬が控えます。

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御社殿。神社建築は彫刻の見事さも楽しみの一つ。
上ばかり見て肩が痛くなりますな(笑)

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秋宮一之御柱。やはり一之御柱がいちばん
太くて立派な気がしました。次回御柱祭は来年。
信玄公も再興に努めたという御柱祭、一度みなくては。

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ニ之御柱。少し細めではありますが、
貫禄は十分。どどん。

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普段は入っていけない建物の奥の両端に
三之御柱、四之御柱。

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諏訪大社の御神紋。上社は根が三つなのに対し、
下社が根は五つになってます。

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さて、やはり寒いので一旦近くのホテル山王閣に避難。
実はここ信濃霞ヶ城跡らしく、下社大祝家の金刺氏の一族で
源義仲に従った金刺(手塚)光盛の築城だそう。

光盛は義仲とともに討死するもの、兄の金刺盛澄は
弓の名手だったことから梶原景時に助けられ、
頼朝に従い御家人として続いていきますが、
上社大祝諏訪氏との抗争の中、金刺昌春が甲斐に落ち延び
滅亡してしまいます。

そして信虎に諏訪侵攻の口実を与えることになるわけですが、
この金刺氏は断絶してしまったんでしょうかねぇ。

ここあたりとか空壕というか、堀切に見えてきますよね…
明確な遺構は判らないみたいですけどね。

P1080731

さて、暖まったら春宮へ。秋宮からとことこ1km。
春宮大門までやってきました。

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ここから北に上がると、下馬橋。
室町時代のもの・・・ということですが、
諏訪氏・金刺氏の抗争で下社が焼かれてるはず?
なので、焼け残ったのかそれともその後再建か・・・

P1080741

もし、焼けてしまったとすると、信玄公が
諏訪を治めて諏訪大社を再興したときに、
併せて再建されたのでしょうね。どうだろう???

春宮の石垣。ちょっと石組みが新しい気もしますが?

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坂の上の向こうに、神楽殿が見えてきます。

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春宮の御社殿。秋宮の宮大工とその出来を競ったとか。
こちらもまた立派な・・・・

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春宮一之御柱。

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ニ之御柱、けっこう一之御柱に拮抗した太さ?

P1080757

三之御柱・四之御柱はやはり視線の向こうに。

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P1080755

神社仏閣独特の凛とした空気感が素敵です。

P1080756

「信陽一之宮、奉納諏方宮」の石燈籠。
ちょうど同じ日に、甲陽軍鑑の「甲陽」とは、
甲=甲斐、陽は国を表すと伺って、信陽になるほど、と。

P1080760

中世以来、「信陽」の表記は結構使われているようですが
現代ではあまり見ないですよね。「甲陽」もそうですが、
使ったらいいのになーって思いますけども。

「甲陽」は甲陽軍鑑があるからある意味、
まだ知られているのかもしれないですね・・・

そういや、他の国ではあまり「陽」付けって
使わないような気がしますが、あったのでしょうかね?
摂陽とか、薩陽とか・・・聞いたことない・・

さてさて、春宮を後にして別ルートで秋宮に戻ります。
途中に信玄公の矢除石がありますのでね。

P1080763

出ました、これ。これが矢除石。

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P1080766

信玄公そのものが霊力を持った・・・という
くだりではないものの、やはりこういう題材に
信玄公が出てくる不思議さってのが、印象深いですよね。

この後、秋宮までの道すがら、至る所で
温泉が湧いていて、そのたびに手を漬けて暖まるなど(笑)

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P1080774

そして、下諏訪宿本陣。ここ見て三角形を
一周してきましたよん。そして翌日は武田神社例祭へ。

いかにblogの時系列がめちゃくちゃなのかが・・・
すごくわかりますね(汗)

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