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川中島合戦戦国絵巻 2015!・・・の前日。

時系列的には前後しますが、4月3週目の笛吹市開催の
川中島合戦戦国絵巻をば。今年も楽しかった☆

今年は上田真田まつりともかぶってしまったのが
残念ではあるのですがね。もちょっと分散してほしいトコ。

ま、それはそれとして。今年は前日入りして、
ちょっと気になっていた「風林火山響の里」に行ってみました。
甲府駅前のに近い信玄公像があります。

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でかい!(笑)

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こちらエンタメレストランということで、
太鼓の演奏などを聴きながら、お食事できるとこなんですね。

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資料館・・というのはレストランに行く中の
館内の通り道に少し展示してあります。

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歴史的価値のあるモノではなさそうですがね・・・
それより武田家の系図が現宗家や他の武田の血筋も
紹介されてるのがイイね!

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宗家たる龍宝の血脈・高家武田だけでなく、
仁科系や米沢武田なんかも詳しく紹介してくれると
いいんだけどねぇ・・葛山信貞の子孫て
いらっしゃったっけ??

これも戦国時代のモノでは全然ないけど、
宗家当主の邦信公が沢村信玄公に手渡した軍配みたい。
ある意味・・・歴史的な?(笑)

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こんな感じで正面にステージがあって、
ステージに近いところは団体さん向けっぽかったです。

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太鼓の演奏!太鼓好きー☆

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そんな中オーダーしたのは、信玄堤と武田菱を
モチーフにしたカレー。ネタ感すごいがカレー美味ナリ!

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カレーの中にほうとうが潜んでいるのもオモロイ!
個人的には菱形をご飯できっちり四つに
割っておいてほしいんですけどね・・・惜しい!

エンタメレストランというだけあって、
城攻めオフ会の時とかにつかったら楽しそうなお店かも。
駐車場も観光バスが付けられるくらい広いし。

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このあと、山梨県立博物館にちょっと寄って来て。
ちょうど特別展「円空・木喰展」をやってましたが、
目的は武田菱ネクタイだったりします(笑)

途中で石和橋ににやり。武田菱がどーん(笑)

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それよりも、たまたまみつけたシンボル展
「実在した山本菅助」のリーフレットをゲット。
これが興味深い興味深い!!

市河家文書と真下家所蔵文書は豊橋で海老沼先生の
お話を聴いて
概要は理解しているのですが、
江戸時代の山本家に関する展示資料が興味深いんです。

山本家文書・御証文之覚には初代菅助道鬼斎から
孫の三郎右衛門菅助まで淀藩に仕えるまでの事跡が
記されてあったり、武田信貞書状には、三代山本菅助に
会えたことを喜ぶ内容が記してあったり。

武田信貞は、長篠城を囲む鳶ノ巣砦を守備した
信玄公異母弟・河窪信実の曾孫で武田に復姓して、
旗本として続いているんですよね。

鉢形城に近い埼玉・小川町あたり5000石を領し、
屋敷跡やお墓もあるそうですから、いずれ行ってみないと…

話を戻して・・・最もみたいなと思うのは、
恵林寺蔵の武田信玄百回忌奉加帳。
恵林寺の信玄公墓はこの百回忌の際に建てられたもの。

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当時の住職が武田家の縁のある人々に寄付を求め、
百回忌法要が営まれたのですが、その際の寄付した記録。
たまたま部分掲載されていたのを見ると、

金壹歩 永井右近大夫殿幕下 山本勘助殿

とあり、江戸時代を生きた三代山本勘助が寄付している
ということが判る内容です。それもすごいのですが・・・
個人的に、ハッ!としたのが、以下の2名。

銀三枚 松平陸奥守殿幕下 武田五郎左衛門(?)殿
銀三枚 同右断 武田三五郎殿

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松平陸奥守とは伊達家のこと。初代政宗公が松平姓を
賜っていてこう書かれるんですよね。

この文書が1672年ですので、当時は四代
伊達綱村の時代。ちょうど伊達騒動の翌年です。

伊達家中にいた「武田五郎左衛門」というと・・・
そう、石巻和渕を領していた武田家でしょう!

おおお、こんなところで名前を見るとは・・・!!
とひとりで感動してしまいました(笑)

現地に行ったときには、武田家とのつながりが
見えなかっただけに、感動もひとしお。

その他、尾張藩に仕えていた武田遺臣もいましたが、
ここにも尾張中納言殿幕下とある山高孫太夫という人物や
水戸宰相殿幕下 青木何某というのも見えます。

水戸家には、穴山梅雪家臣団が吸収されているので
そちらの系統でしょうかね。一方、水戸徳川家連枝である
高松藩松平家の名前も見えますね・・・

松平讃岐守幕下として、向井何某が2名。
山県昌景亡き後、駿河江尻城主として駿河を任された
のは穴山梅雪。そして、武田水軍の拠点は駿河・・・

武田水軍の一角を担い活躍した向井正綱の子、
向井左近衛将監忠勝は江戸湾の警護に重きを成した
ようですが、十一男七女と子供に恵まれたようですから、
この向井氏の系統の誰かなのかもしれませんね。

天野長重書状(山本家文書:1682年)には、
この菅助が土浦城の普請奉行になったとか・・・!?

ちょうどこの年、土屋政直が土浦藩から
駿河田中藩に移封されて松平信興が土浦藩に入りますが、
この松平信興の家老職として、山本菅助がいたわけ。

この前藩主(そして5年後土浦藩に復帰)の
土屋政直も土屋惣蔵昌恒の曾孫ということで、
武田遺臣であり、何かと武田ゆかりの土浦・・・!!

・・・ということで、この奉加帳、
かなりみたくなってきました(笑)

さて、翌日。信玄公本陣隊として、
川中島に参加してきました・・・よっ!

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