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小山田情報館。

さて、続いては小山田情報館。
いずなさん(@izunanosuke)さんに教えてもらいました

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郡内小山田氏は盛岡藩で生き延び、現代の36代当主さまの
時代になって故地に戻ってこられたとか。
信茂以降の郡内小山田氏の経過はこちらに詳しくあります。

情報館といっても、実際のお住まいの一角。
わざわざ開放してお見せくださるのはありがたい限り。

36代当主さまが信玄公好き、武田好き感が
にじみ出ててにやにやしました(笑)

P1080591

郡内小山田氏というと、小山田信茂。
裏切ったイメージで武田ファンには白眼視される存在。
しかし、先入観なく見ると実はそうでもなかった、
ということが判ってきたんですよね・・・・

平姓小山田氏ならでは?なのか、揚羽蝶紋の甲冑。

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栴檀板や吹返に揚羽蝶がどーん。

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どういう云われかわかりませんが、不動明王との
関係を思わせるような前立ての兜。

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信玄公の書状も・・

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こちらは馬場美濃守の書状。あれ、永禄四年・・・
というと、第4次川中島合戦の年。
このときは民部少輔信房だったはずだけど???

P1080604

こちらは信玄公から信茂宛の自筆書状。
ちょっと知ってる信玄公の筆跡とはちょっと違うが・・

P1080605

なんでも、信玄公が廃止した関所を小山田家臣が
勝手に再開したとして、信茂を糾弾する内容らしい。
結局、誤解だったようですけどね・・・・

あと、35代当主さまが研究された内容が特に興味深いんです。
穴山氏もそうですが、小山田氏は完全な
武田家中とはいえない、半独立勢力であった・・・
ということは知られていますが、郡内に独自に撰銭を
行っていることなんかもわかってるんですね。

甲州法度之次第の第四十二条に「悪銭の事、市中に
立て置くの外はこれを撰ぶべからず」と
武田家が基準をつくったものに合格すれば、
良銭となるはずなんですが、独自に行っていた、
というところに、「半独立」性がみえるのも面白いところ。

そして、地元で祀られる信茂談義。これに従うと・・・

勝頼を郡内に引き入れると、織田軍が侵攻して領内に
甚大な被害が出る。しかし、武田家を存続させるには
どうしたらいいだろうか?

ということで、信玄公の異母弟で信虎駿河追放後に
生まれた上野介信友の子で、娘婿の左衛門佐信堯を奉じて
織田軍に降ったのだそうです。そして認める返事をもらった。

にもかかわらず、結局信長は不忠者として、
信茂を斬ってしまいますが、地元では郡内を守ったと
評価されているようなんですよね。

半独立であるがゆえに、武田を守る前に自領を
守らねばならない・・

新府城を出たときに七百騎はいたはずの
勝頼一行が百人足らずになっていたといいます。
見捨てられた勝頼と郡内の民と財産のどっちをとるか?
それは民であろうという主張でした。

個人的にはそうかな?という感じ。むしろ信茂にとって、
勝頼に信頼性がなかったという証左に思えます。
信頼に足る大将なら勝頼を救うでしょう。

民を選択してしまうほどに信頼がなかったんでしょう。
一方、なぜ勝頼が信茂の薦めを受け容れてしまったのかが謎。

小山田は北条とのつながりもあるはずで、御館の乱で
景勝に味方したことで北条を敵にまわしてしまっているわけで
その中で小山田領さらには北条へ逃れるというのは、
どうにも勝頼の判断は合点いきませんね。

武田家存続を願ってはいたものの、結局勝頼を廃することを
意図していたとすると、同じく自領に招いていた
真田昌幸の岩櫃城に逃れるべきだったのでは・・・
と思っちゃいます。Ifを言ってもしかたがないんですがね。

信茂の目論見が失敗に終わったことを知った長男、
小山田信綱は、直ちに北条を郡内に引き入れたとか。

本論考では、松姫が無事に八王子にたどり着けたのは
このときに北条を郡内まで引き入れていたから、だとのこと。

そして、滅亡後。現在宗家筋と認められている高家武田家の
初代に当たる武田信興(信玄 - 信親 - 信道 - 信正 - 信興)は
その母が磐木平藩主内藤氏の娘。

そしてその母は小山田信茂の血を引いていて、
盛岡藩で生き延びた小山田氏との交流も
長くあったそうなんですね。

勝頼サイドからみると、憎い小山田ですが、
このような経緯を考えると、高家武田の人たちは、
この信茂の真意を知っていたのかもしれませんね・・・・

さて、大月から少し南に下り、谷村城・勝山城へ。
以前からおすすめ頂いていた山城で
ようやく訪れるチャンスができましたよ!

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コメント

こんばんわ。
いずなさんと繋がっている輩です。小山田家とは懇意で、先日も刀の手入れに同行しました。
武田にまつわる定説も大きく変わろうとしています。ほんの30年前までは勝頼すらダメ扱いなのに、今では名将だったことになってます。三成も光秀も再評価されました。
小山田家はまだまだこれからだと思います。

投稿: 夢酔藤山(むすいとうざん) | 2015.08.26 21:25

nikko81です。

●夢酔藤山さん

お越しいただきありがとうございます。
いずなさんのお知り合いなんですね!

小山田さん、武田への思い入れが深さが
よくわかる方でした。小山田家の真意と復権が
なされる日が待ち遠しいですね。

投稿: nikko81 | 2015.08.27 00:15

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