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『世界一の巨城、江戸城を知る』

さて、間が開きましたが・・・・
まだまだ古いネタが残っているのですけど、こちらから。
認定NPO法人・江戸城天守を再建する会
イベント企画の江戸城セミナー

ちょくちょくお世話になっている黒田涼さんのお話です。

といっても、天守の話だけでなくって、
縄張りとその他の建物の話もバランスよくいただけ、
改めてよい復習になったなぁという感じです。

これくらいにわたしの江戸城について、プレゼンを
できるようになりたいなぁと想った次第。

興味を持っていただいたのんさん(‏@non1168)とも
一緒に拝聴しましたよ。
# のんさんありがとうございました。

構成としては、①縄張り、②城郭建築、③江戸城築城の歴史、
④現代への意義、という内容で個人的にもバランスがよいのと
なにより現代につながる江戸城の価値を語ってくださってる
というのがいいなぁという所感です。

①縄張り

大まかなところではもちろん押さえてはいるのですけど、
細かいところで興味深いデータがあって興味深かったですね。

面積比でいくと大名屋敷で4割、旗本屋敷で3割、
寺町で1割5分、町人地域で1割5分、でも人口比でみると
武士:町人=1:1だったとか細かいところで興味深いデータ。

そりゃぁ、町人の町は押し込められるよなぁ…と。
火事になったら燃えまくりなのも理解できます(汗)

確かに外濠は「の」の字を描くようなカタチはしていますが、
「カタツムリの城」という呼び方は初めて聞きました。

内濠は周囲が約8km。皇居ランナーの皆さんが走るのは
北の丸を除く5km部分でちょうど5kmになることも
皇居の周りを走る理由のひとつなのだそうです。

内郭(本丸・二の丸・三の丸・西の丸・西の丸下・吹上)は
東西に1.8km、南北に2.3km、濠含みで2.3km2。
ここまででほぼ1610年代で縄張りとしては完成を見ますが、
それでも20年掛かってるんですよねぇ。

一方外郭は面積はその8倍以上16km2にもなるそうで。
周囲は16km、東西5.5km、南北4km。一度飯田橋から、
浜御殿まで歩き通しましたが、そりゃぁ疲れるはずですね。

②城郭建築

お次は、城郭建築群。わたしの城好きの原点です☆
さすがに天守は何度も講演を聴いているので、
ほとんど知っていることばかりでしたが、
御殿の広さの情報にびっくりしたかなぁ。

一番よく資料の残ってる弘化年間の本丸御殿で
44,137m2(11,373坪/京間)。一方、西の丸御殿は
21,681m2ですからほぼ半分なのですね。
というか、44,137m2って・・!!

内訳は表・中奥が18,193m2(4,688坪)、
大奥が24,506m2(6,318坪)。
ちょっと計算合わないね?というのもあるんですが、
まぁ、それはいいとして、大奥のほうが広いんですね。

ただ、大奥は最低1,000人はいたそうですから、
まぁ広くもなかったのかもしれません。

ちなみに・・ということで比較されたのが、
フランス・ヴェルサイユ宮殿。
こちらが約63,000m2だそうですから、
江戸城は本丸御殿+西の丸御殿で65,000m2超、
さらに二の丸御殿もありますから、はるかに上回る規模。

次に櫓。三重櫓が多い江戸城ですが、
台所前三重櫓、蓮池巽三重櫓、巽奥三重櫓(松倉櫓)、
富士見櫓・・・など最大で8基。

一方、徳川大坂城は最大11基だそうなので、
数では負けちゃいますかね(汗)
まぁ、それでも地方の天守クラスの構造物が
ゴロゴロしてるのは圧巻でしょうなぁ。

ただ、二重櫓では最大24基もありどうでしょう…
いい勝負でしょうか。(大坂城の二重櫓何基か憶えてない)

櫓も40前後ということですが、俗に江戸城三十六見附、
というくらいですからだいたいこんなものなんでしょうな。
大手門では、鉄砲三十挺に弓十張、槍五十本、持筒2挺
という装備でこのような配備が各枡形門にあったのでしょう。

③江戸城築城の歴史

江戸氏、上杉氏(太田氏)、北條氏と歴史はありますが、
軽くおさらいする程度で、ここでのメインは、
徳川氏による江戸城の築城の歴史。

大きく分けて、

第一期:家康の江戸入府から幕府創設まで
第二期:幕府創設から明暦大火まで
第三期:明暦大火以後

にわけられます。

まぁ、家康が江戸に入ったときには荒廃して、
ヒドイ有様・・というのは脚色もあるんじゃないのってのは
さもありなんという感じですけど…

でも、入府してすぐ、飲料水の確保に溜池を押さえ、
道三濠や小名木川開削で水運を開くことを
最初にやったんですよね。

これはかなり長期的スパンで江戸を育てようとした
家康の判断と覚悟を感じざるをえない…

千鳥ヶ淵、牛ヶ淵、溜池この三つが濠として
使われているものの、濠といわないのは飲料水確保の拠点
として使われていたことも関係あるのかもしれません。

いずれにしても、250万石超とはいえ、一大名のチカラでは
江戸城の基礎を築くのが精一杯というところでしょう。
違う見方をすれば、天下を狙う家康が雌伏するためには、
あからさまに大きな城をつくるわけにはいかなかったという
視点もあると思いますね。天守もつくってないですし。

家康が征夷大将軍になってようやく天下普請の時代になると
日比谷入江の埋め立てや二の丸・北の丸整備など、
超大規模な土木工事が進んでいきます・・・
家康入府から50年、ほぼここで江戸城が完成します。

そこに江戸城を襲ったのが明暦大火。
これを期に江戸城は大きく変貌していきます・・・
要は詰め込みすぎなんですよね。

実は明暦大火前にもやばいんじゃないの?という
話はあったようなのですが、現実のこととなってしまった
ということのようです。

外濠の外へとどんどん「江戸」が拡張していくのが
この頃の動き。市街地や御三家の屋敷が外濠外へと移転し、
城内から寺がのきなみ移転、埋立地の拡大などなど。
江戸で移転していないお寺は浅草寺などごくわずかだとか。

④今につながる江戸城

そして明治維新を迎え、江戸は東京と名前を変え、
近代都市へと生まれ変わっていきます。

つい最近まで謎でしたが、こちらで学んだ通り、
明治天皇が来た頃には本丸御殿はなく、
西の丸御殿に入ったんですね(すぐ焼失しますが)。

ただ、このときに西の丸に入ったことがあって、
ずっと明治以降の歴代天皇陛下の宮殿は、
西の丸に廃されることになったようです。

そして、江戸の4割を占めた大名屋敷も無用とされて
すべて取り壊されていきますが、けっこう戦前までは、
江戸城の縄張りは残っていたんですよね。

しかし、戦災瓦礫の処理で東京駅そばの中濠が埋まり、
真田濠が埋まり・・・と縄張りも一部が姿を消していきます。
真田濠はお金もないもんだから、上智大学に
おたくのお金で埋めてくれない?ということで、
都有地を借りることになってるんだそうですね。

埋まらなかった濠もその上に首都高ができて、
高速ができて・・・買収をせずともつかえる土地ですからね。

しかし、黒田さんは「江戸城なくして現代日本の繁栄なし」
とおっしゃいます。ほほぅ、なるほど。

東西日本の合体

明暦大火以後の市街地拡大で、江戸川区あたりを
住める町にしていき、江戸川までが武蔵国となって、
交通が飛躍的に伸びていきます。

加えて、利根川の付け替えで犬吠埼に注ぐようにし、
東北からの物資の集積力を格段に上げて、
関東と東北のつながりがガッチリつながるんですね。
これ・・・京や大坂が権力の中心地なら起きなかったこと。

菱垣廻船や樽廻船などの海上輸送ルートができたのも
江戸が一大消費地になったことによってでき、
日本各地をつなぐことになったというのはおもしろい視点。

文化的にも参勤交代があったことで、地方の文化と
江戸を結ぶラインができ、日本としての一体感ができたのは?
というご指摘もありました。

産業化以前のインフラ整備

水運路の整備がされていたり、広大な大名屋敷を
近代産業を興すために空き地として使えた・・・・
そんなところに近代技術が入ってきて、急速に発展したと。
江戸城という素地があったからこそ、伸びることができた、
というと江戸城の価値もまた違って見えますよね。

歴史って連続しているんだなぁということ、
政治史からでは見えない連続性がよりハッキリしましたね。

黒田さんは家康の関東入った際、なぜ鎌倉や小田原でないか?
ということに対し、非常によい港が江戸にあったから、
とお答えになります。ただ当時は一支城に
過ぎなかった江戸城。

長期的な立地の優位性はあるものの、ものすごい土木量で
開発をしていかないといけないわけですから、
それでも、江戸を選んだ・・という
家康の見通しはすごいですね。

ということで、知ってるはず・・の江戸城バナシですが、
非常に楽しめましたね。江戸城が今に活きている。

歴史の連続性を知るとワクワクすると同時に、
歴史を知ることは、未来にもつながるんだよなってことを
改めて認識するセミナーでした。

わたしたちはどんな江戸、東京を未来に
伝えていけるのでしょう?

黒田さん、興味深いお話をありがとうございました。

■おまけ■

のんさんに荻窪にいいカキ氷があるから、
行こうよーといわれて・・・女性に誘われて
断るわけないですよね(笑)

ということで、日光(笑)の氷のカキ氷を
真冬に食べてまいりました・・

P1060059

わたしのチョイスは和三盆と黄な粉のカキ氷。
上品な甘さでうまうま…そしてふわっとした独特の食感。
冬に食べてもアタマにキーンとしない不思議。

P1060057

たまには冬に氷もいいかなぁ・・・と思った次第。
(あとでお腹はゆるかったですがw)

ということで、氷もお付き合いさせていただき、
ありがとうございましたー!<のんさん

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