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2014夏の余市(3) … 余市を学ぶ ピクニック海岸&竹鶴シャンツェ

さて、下ヨイチ運上家から歩くこと数分。
近くの海岸に向かいます。ほんの目と鼻の先。

Seaside

浜中モイレ海水浴場という砂浜なのですが、
政孝さんとリタさんがピクニックに訪れた・・という海岸。
もうれっきとした史跡ですよね☆

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ちょうど入り江のようになっていて、
波も穏やかでした。海の水もきれい・・・!!

P1010598

ここらあたりで『マッサン』のロケとかないかな・・・
さすがに夏は日差しがきつそうですが、
春先なんかはぽかぽかして気持ちよさそうです。

P1010601

そんな中、足跡に夢中のはるか氏(笑)

P1010594

続いて向かったのは、竹鶴シャンツェ。
1941年、飛行機の操縦士を育成する意味も含めて、
ジャンプ競技を志す若者のために、
旧制余市中(現・余市高校)校長からお願いされ、
政孝さんが中心になって建設されたもの。

P1010607

政孝さん本人も柔道の達人ですし、
会社を興してからも野球やったり、狩りやったり
からだを動かすのもお好きだったようですから、
スポーツにも理解があったんでしょうね。

に・・・してもですよ?
1941年ってよく考えてくださいよ。

そう、nikko81の親父の生まれ年・・関係ないわボケ(笑)
第一号ニッカウヰスキーの出荷が始まった翌年です。

そもそもウイスキーを出荷するまで苦しかったわけで、
ウイスキーは海軍監督下で買い上げてもらえて
ようやく事業が軌道に乗ったばかりですよね。
資金を工面するのも大変だっただろうに、と思います。

逆に考えると、シャンツェを建設できるくらい、
潤ったというようにも考えられるかも。

今のシャンツェは創建当時のものではなく、
鉄骨製に作り変えられ、場所も少し移動しているんですが、
(旧シャンツェも保存はされている)
このシャンツェのおかげで、わたしがむせび泣いて喜んだ
あの船木・原田・斎藤・岡部の金メダルに結びつくわけだ…

ちょうど向かったときには選手たちが練習の真っ只中。
夏でも練習できるんだと思ってしばらく見せて頂きましたが、
真下からみるとすげぇ高さ・・アレはムリや・・
飛距離伸ばすなんてどころか、飛ぶだけでもムリ!

スタート位置には、本番同様ゴンドラに乗って
いかないといけないくらいの高さですし・・・

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がこんがこん・・

P1010611

この後、余市神社にもお参り。
お祭りの時には、蒸留所にもお神輿が来るんだよね。

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よくみると、建物は鉄筋鉄骨ではありますが、
屋根が出雲大社のようで、古い神社の雰囲気があります。

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おっひーるーに、蒸留所に近い「たけや」さん。

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性懲りもなく、体重増加活動・・・(笑)

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午後からは、会津藩の足跡中心に見て回ります☆

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