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ウイスキー造りの現場からのメッセージ - ニッカウヰスキー佐藤元マスターブレンダー

今年の誕生日にちょうど開催されたイベント。
これもtwitter経由で廻ってきたのですが、
あの佐藤さんが!とわき目も振らずに申し込み。

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佐藤さんがお話になるのはなかなかないので、
非常によい機会になりました。

・・・というものの、佐藤さんがお話される!という、
ただ一点のみでどんな会かはよく分からず突撃・・

場所は中目黒のBAR SAWA
お初に訪れるBARです。

このお店がここまでに至る経緯をお聴かせ頂くにつれ、
また通常時にも訪問したいな・・と思った次第。
まぁ、それはさておき。

この日は土屋守氏のバーボンの話もあり、
その関係の試飲も含めて7種。

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バーボンとは、ジョージワシントンのライウイスキー。
あのアメリカ合衆国を建国したジョージワシントン。

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当時の蒸留所は一旦なくなるのですが、
その遺構を元に復元された蒸留所で、数量限定で販売。

ジョージワシントンが大統領を辞した後、
自らが所有するプランテーションに蒸留所を建設。

当時穀物栽培を展開していて、水も豊富にあり・・・
ということでワシントンが雇い入れた農場管理者が
ウイスキー造ったらいいじゃないの!?と提案。

・・・ということですが、佐藤さんの話を控え、
話が右から左に受け流してしまいまして(汗)

貴重な1杯もテーブルシェアでいただきましたが、
穀物感が非常に強いウイスキーでしたね。
あと酸味や昆布の旨みみたいなのも。

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さて、いよいよ佐藤さんのお話。
「ウイスキーとブレンド」と題してお話頂きました。

言わずもがなですが・・・ニッカウヰスキーの
初代チーフブレンダーにして
三代目マスターブレンダーでいらっしゃいます。

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何度もお話したことがあるんですが、
改めてこういう場になると、背筋が伸びますよね。
この日の話題は、次の3本。

(1)樽熟成とブレンド
(2)ウイスキーの景観
(3)日本のウイスキーの推移とブレンド

(1)樽熟成とブレンド

樽熟成の宿命として、三点を挙げられていました。

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周りの影響を受けながら個性が「混沌として」
つまり、人の手では制御不可能なプロセスで育まれていく。
これを使い分けて、人の意図を加えていく。

制御不可能な自然による営みと人の技のコラボ。
これを換言すると…『蒸留は科学、ブレンドは芸術』かも。
ということで、ブレンドの発展。

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蒸留方法の並存やモルトとグレーンの両方の存在価値、
が今にまで続くことになったのは、ブレンドあってのこと。
だからこそブレンテッドあってのウイスキーなのだと。

そして、現代の(ニッカ)のブレンド。
10年熟成在庫で数十年分の品質を広がりを持たせる
管理システムの構築。これは常々佐藤さんが
おっしゃっていることにつながりますね。

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すなわち、ブレンダーの、特に上位のブレンダーの
資質に必要なのは、いかに残すかということ。

ベースは10年前後の原酒を用いながらも、
限られた貴重な長熟原酒を隠し味に使うことで、
この「数十年分の品質」を引き出すわけですよね。

原酒の中には、マスターブレンダーやチーフブレンダーの
許可なくしては一切払出禁止の原酒があるんですってね・・・
例の余市の1945年樽なんかは、その筆頭でしょうね。

この残す・・ということ。時代に左右されず、
残せるポテンシャルのあるものはキッチリ残し、
継承した上で、その時代時代にあったカードを切っていく、
残すというところには、普遍的な価値を見出したい
という点も印象的なところでありました。

(2)ウイスキーの景観

ウイスキーの景観・・ということで
その風景(地理的条件)と背景(歴史的経緯)でご説明。
本物の追求、地理的条件の追求した結果の余市創業。

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マッサン効果・・先日余市に行ってきましたが、
ものすごい見学者が増えているそうですね・・・!!
ガイドさんから工場長までてんとこまい。

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マイウイスキーWebの画像が使われていますが、
いまだにこのときの画像なのよね・・・(その1 その2
ずっとニッカのページに、そしてプレゼンにまで
載ってしまうわたし(笑)

継承すべきもの。
これは政孝翁が留学時に感じられたコメント。

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まじめなウイスキー造りって、すごく謙虚なことであって、
人間が何でもつくることができると傲慢になってちゃ、
いいウイスキーはできないんだろうと思います。
素直になるというか、ね。

(3)日本のウイスキーの推移とブレンド

ここからは日本のウイスキーの、特に酒税法との関係
を中心に解説。逆境にどう立ち向かってきたかの歴史です。

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1984年:増税

それまではステータスとしての酒であったわけで、
ブレンテッドという直線的なレーン上に
価格でランク付けされたラインナップが並ぶ時代。

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しかし度重なる増税にもはや飲み手が離れていく…
そうしていく中で次にとったニッカの戦略は
発想を転換させて、バリエーションで勝負。

ピュアモルト(ピュアモルトレッド・ホワイト・ブラック)や
高度数(フロムザバレル)、高モルト(ザブレンド)。
更には、新開発のカフェモルトをつかったオールモルトなど。

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意外とニッカの売り上げはそうも落ちなかったそうで、
好調だったそうなんですね。それまでのニッカの市場シェアが
どうだったか?ということもあるのでしょうけどね。

ピュアモルト開発時のエピソード。

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どのあたりの品質レベルに置くのか?
どの程度受け入れられるのか・・・が大きな課題だったそう。
これが受け入れられなかったら、ウイスキーの将来が
ないかもしれない…との不安も。

実際は、良くぞ出してくれたとの声が多く
ウイスキーの市場も育ってきたなと安心されたとか。

1989年:級別廃止

今でこそ当たり前ですが、特級・一級・二級がなくなり、
二級ウイスキーが大幅に値上げになったんですよね。
そしてスコッチの値下げですよね。

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ここでスコッチの暴落でブランドイメージが崩れ、
日本のウイスキーも値上げで人が離れる・・・
ということで、ここから苦難が続いていきました。

ただ、一方でそれは品質力貯えの時代でもあり。
在庫が財庫というのまさにそうで、ヴィンテージシリーズの
余市1987がWWAに輝いたのを初め、余市1988も美味しい。
その後に出てきたカスク(余市1987/1988)も同様。

1987-88年って余市の当たり年である気がしています。
まぁ、それもこういう時代背景があってのこと?
なのかもしれませんよね・・・

そんな中でのブレンダーの役割とは。

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①家庭市場、つまり低価格市場の開拓ですよね。
②スコッチ対抗を意識して、モルト充実で品質志向に対応。
③そして、年数をこれまで以上に意識する・・・こと。

こういう歴史的背景があって、今に続く
商品があるわけですね。

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①低価格市場には、ノンピートで着実にヒット
(ブラックニッカクリアブレンド)
②シングルカスク余市10年がWWAを受賞し一躍脚光を浴び
③竹鶴シリーズでピュアモルトのラインアップを充実

脚光を浴びたのも偶然ではないのでしょうね・・・

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そのカスクが脚光を浴びたことによる教訓。

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この原酒が将来どう伸びるか、どう育つかを5年で
見極められるようにならねば・・・と。高いハードル。
5年だとまだ修正(詰め替え)が効くのだそうです。

それにばらつきそのものが持つ価値への気づき。

わたしのように一気にシングルモルトからシングルカスクへ
と入った人間にすると逆に当たり前なのですけど・・・

ブレンドこそ命、ばらついてはいかんという価値観だった
ニッカのブレンダー陣にとって、カスクそのものの価値、
ばらついていいんだ、ばらつくからいいんだという
別の価値観への扉を開く契機になった、と仰っていましたね。

最後の佐藤さんのコメントが、特に印象的でした。
ここまでのお話が集約されたような。

ブレンダーは、時代のかけ橋として
品質の継承に責任を持ち、役割を果たしていくものだと。

時代のかけ橋。時を超えるシゴト、素敵です。
そんな素敵なシゴトの果てに生まれるウイスキー。
これからも大切に頂こうと思った誕生日の夜でした。
佐藤さんにもお祝いのことば頂き、ホクホク。

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