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江戸東京博物館「大江戸と洛中」展

さて・・相当以前の話題になってしまいますが、
江戸東京博物館の「大江戸と洛中」展。

Edo_kyo

これがなかなかいい企画でしてね・・・
江戸や京の理解がより進みそうな内容です。

というのも、中華王朝に端を発する条坊制・都城制に
その源流を見出し、京と江戸を捉えようという試み。

最初のプロローグでは、東海道五十三次図屏風が印象的。
江戸から各都市に続く様子を描く。正確性はさておき
さしずめ城全集的な仕上がりで見ていて楽しいですね。

そして、徳川家光に縁があるという日本総図。
地図というよりも、各国毎に石高が書かれてあり興味深い。
ついついやっちゃうのが・・・江戸初期とはいえ、
甲斐、信濃、駿河、上野半分、遠江、飛騨併せて約150万石。
尾張、美濃、近江、伊勢併せて約250万石。

うーん・・・やはり美濃尾張は肥沃よのって感じ。
あれだけ切り取っても信玄公時代の武田領で150万石
いかないわけですからね。

そして世界史やるなら避けて通れないマテオリッチの
坤輿万国全図。本物初めて見たぁ!図録より。

P1020068

写本ではあるのですが、こうして日本人が世界を
理解する端緒が開かれたわけですからね。

これに続くカタチで、地球万国山海輿地全図説、
世界万国全図説、新訂万国全図・・と続くのですが、
海の名前の変遷がおもしろかったですね。

太平洋をアメリカ側を大東洋、日本側を小東洋と記していた
地球万国山海輿地全図説から新訂万国全図では
アメリカ側を太平海、日本側を大東洋とするなど。

地球万国山海輿地全図説では、アラビア海を
小西洋と表現してるのにも注目。

日本での呼び名など当然日本人がつけていくわけですけど
江戸時代には表記の揺れというか変遷があったんだな、と。

続いて、中国明清時代の都城図へと進みます。図録より。
大明十三都府図。應天府、須天府、
開封府、南昌府…でわかればかなりの中国史好きかな?

P1020085

開封府なら横に戦国魏都、南昌府なら戦国楚地、
應天府なら戦国呉地、須天府なら戦国燕都などなど、
戦国時代の呼び名が着いてるのにニヤニヤ。

清時代の北京城を描いた北京全図には、
内城と外城に堀(空堀?)に突き出した半円形の
丸馬出のような門がありました。

P1020078

外城の門も同様の丸馬出型の半円形の城壁で
枡形のような狭い空間を形成していますが、
基本的には方形を守っていて、守備的な観点は薄い感じ。

そもそも、中国の場合皇帝のいる宮城に攻め込まれた時点で
アウトなわけで、ここで城に籠城して持ちこたえられる
ような軍勢ではないんですよね。
やられるときは、数十万の大軍に囲まれるわけで。
規模が違います・・・・中国の戦い。

ということで、守備的な観点よりも伝統的な「あるべき姿」
をより意識されてたつくりになってるのかな、と。

P1020071

あと、三国志の時代からそうですけど、中国って
濠をつくらないよね・・・もちろん高い城壁で
防御するんだけど、ここいらにも土塁をつくる際
のように土を掘る必要性があるのかどうか?
という点と関連しているような気がします。

ただ、地方に行くと様相が変わってきて、
日本でいう総構のような感じで、地形を取り入れつつ、
城壁で囲むというようなことがなされています。

紹興酒で名高い紹興府城。丘になっている部分なども
取り入れながら城壁を形成しています。

P1020073

門はやはり半円形のような形状。台北城で見た
形状によく似ています。

P1020074

成都の四川省城。伝統的な構造をある程度維持しつつ、
外郭線は地形を意識したで南東から北西に伸び、
内郭は、きちっと東西南北を合わせた様式になっています。

P1020077

そして、ここにもおなじみの防御構造。
中国式丸馬出とでも呼べそうな構造(笑)

P1020076

他にも湖州城などは、枡形虎口のような方形で
閉じた空間をもった城門があり、城門を突破しても
城門上から攻撃できそうということで、
発想的には同じではないでしょうかね?

P1020088

湖州城は枡形状の空間を持つ門が五カ所。
うち一つは枡形内にさらに枡形がある構造でして、
かなり防御を意識した印象があります。

朝鮮半島では、平壌の地形が気になりました。
P1020079

大同江の中洲に城壁を二重に築き、
こちらは大同江を天然の堀にしているようなつくりで
守りやすそうな気がするのですが・・・籠城してませんね?

清朝末期の各地の城郭都市図、実はほとんどが東北大学蔵。
というのも不思議な感じです。何かいわれが・・・??

中国も時代が下って明清時代になって、防備が必要な地方は
周礼にあるような条坊制に源流を持ちながらも、
外城が総構のような発展をして山や川など
地形を取り込んでいくんでしょうね・・・

また門前には城壁で囲って枡形のような空間を
形成し防御施設としての共通性を見出せる点を改めて認識。
ヨーロッパにも似た発想はあるみたいですし、
防御思想はグローバル!なのかも。

さて、続いて日本。江戸と京。
こちらは具体的に新たな史料でというよりも、
中国との比較において、新たな気づきがいくつか・・・

明らかに京(平安京)は中国の都城制を意識はしていて、
ただ異民族からの侵略や天皇の威信を脅かすような
社会ではなかった?ということが影響しているのかな、と。

また祖廟はないにしても、寺院を配置しているあたり、
ある種、都城を守る精神的支柱という意味では、
都城制に忠実という捉え方もできるようには思います。

逆に江戸は、やはり地方の中国の城との比較がおもしろい。
もともと小さな城から後北條氏の支城として、
機能していた城ですから、時代背景を考えても、
また地形を考えても、必然的に方形にはなり得ない。

むしろ、個人的には名古屋城との比較を考えたほうが
おもしろいような気はします。
都城制を意識した・・わけではないにしろ、
清洲越しで一から縄張設計をした城ですからね。

手前味噌ですが(笑)また躑躅ヶ崎→新府城の移転の際も
勝頼が方形を意識したのかなと思わせる形跡もあり、
江戸城はやりたくてもやれない地形だったのか、
それ以上に防備を意識したのか・・・??

また都城には祖廟というアジアの都城系譜との比較から、
紅葉山東照宮にもスポットが当たっていたのは珍しいですね。
ということで、紅葉山東照宮の御簾。絵葉書より。

P1020090

よく残っていましたよね・・・美作国に伝わったものとか。

他にもあまり詳しいことを知らなかったのでなかなか新鮮。
確かに祖廟を城内に大規模に置くのは江戸城くらい?
他城ではあまり聞きませんよね?

その意味では、寛永寺や増上寺を江戸城の一部として
捉えるならば、アジアの都城系譜に乗るのかもしれませんね。

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いろいろ、よい気づきを与えてくれるという意味では
一級品の展示会だったと思います。ホントに。

ピンポイントでおもしろかったのは、ヨーロッパに
伝えられた江戸城の様子が、やっぱりヨーロッパ的な
アジアの描き方で、中国や東南アジア的な
感覚だったりだとかね(笑)

そして、なじみのある図案ではありますが、
武州州学十二景図の日の出と江戸城天守とか、やはり美しい。
見慣れてはいてもやっぱりいい。

P1020089

スケッチ風のほわんとした天守にやわらかい朝日が
差し込むさまが実に美しいですよね・・

江戸城のガラス原版も、江戸城の建地割ももう・・
散々見て見飽きたくらいなはずなのに、
まだまだ食い入るように見てしまいます(笑)

ただガラス原版を撮られるきっかけのなかに、
もはや江戸城は無用の長物で破壊は免れず、
せめて写真に・・・という音声ガイドのくだりが
あったのは悲しかったですな。

これまたピンポイントですが、寛永寺五重塔の立面図。
図面の描き方が江戸城の天守の建地割と似ているな?
と思ったら、やっぱり甲良家の図面(笑)

展覧会の目的としては、中国の都城制をベースに
日本の宮城を捉えようというものでしたが、
むしろ日本の城郭構造をベースに
中国や朝鮮の城郭との共通性を見出すことに
関心が行った展示会でしたね。実におもしろい企画でした。
Good Job!

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