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2014年9月

見参!戦国大名の書状・・と大田原城攻め&仙台餃子。

さて・・時期は違いますが、またもや東北方面。
目的は『政宗歴史塾 伊達政宗公の御霊屋
瑞鳳殿発掘から40年』ということで、
瑞鳳殿での行われた伊達泰宗さんの講演会。

これはまた追って・・・ということで、仙台に向かう途上、
大田原市で開かれていた信玄公書状を見に、
フォロワーのなっちさん(@natchdes)のお車で、
いざGo!Go!すんません、まったく楽チンで・・・・

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もちろんわたしの目的は信玄公と勝頼さんの
書状だったのでそれ以外は目に入らず・・(汗)

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こちらの書状は蒲原城の制圧を知らせ、
佐久への出陣を高山大和に命じた書状。

事前に富士宮で信玄公自筆と伝わる書状を
拝見していたので、その違いをしかと確認できましたね。
おそらく信玄公は花押のみで、信玄の文字も
祐筆なのだろうなぁ、という感じがしました。

こちらも高山氏への書状ですが、勝頼さんから。

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内容自体は高山小次郎の苦労をねぎらい、
休息するようにと案じた書状なのですが・・・

掌の内側に痛みがあるので朱印を用いるという
但し書きがある点。これってなんでしょうね・・・・
長篠合戦直後なのでは?なんという憶測をしてみたり。

あと、会場にあった肖像画を元にした切り絵が
なかなかよかったですね。信玄公・・というか晴信公。

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言わずと知れた高野山持明院蔵の武田晴信画像ですね。

そして(書状は注目しなかったくせに)伊達政宗公。
政宗公の遺言どおりの右目をキチンを描いた像。
眼帯をする像は後世(それもかなり後)のイメージだとかで。

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髭があるのも興味深いですよね。
後年、小姓たちに髭は抜くように指導したそうですが、
合戦に明け暮れた時代の政宗公は髭があっても
おかしくはないかなと考えるとなるほど・・・と。

さて、このあとまだ時間があるよね?ということで
近くの大田原城にも攻め入ることに。

大田原城は事前知識ゼロということもあり、
まぁ、いい城に当たったらいいなくらいだったのですが、
割と遺構があって楽しめましたぜ。

この日はこの縄張り図は頼り・・・

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駐車した場所から・・・いきなりの枡形。

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なんですが、図面と合わずになっちさんと
唸るの巻。うーーーーーん。

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から堀とあるのは、この生い茂った木々の中か?

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二の丸に向かう門跡前にくると、
少し空壕をみることができました☆

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二の丸と本丸を伝う橋を下の空壕から。
ちょっと枡形チックにも見えたりしないでもない。

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門跡を抜けての二の丸跡。

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気持ち程度に残る土塁。気持ち程度でも
残っているのと残っていないのとでは大違い。

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稲荷祠につながる門跡。

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先ほど下から見上げた本丸に架かる橋。
このあたりはけっこう城感あってよござんした。

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門脇の土塁にいそいそと・・・

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先ほどの空壕を土塁上から。
なかなかの高低差で迫力ありました。ほっほっほ。

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このまま本丸土塁上をてくてく。

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本来はもうひとつ石垣が構成された上に
櫓門があったっぽい(台門)けど、よくわからず。

本丸跡。ここは土塁がよく残っていて、
立っている土塁もけっこう高さがありました。

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ほらほらっ!

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裏門前に土塁を下る階段アリ。

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本丸跡再び。下から見ても土塁の残り具合、
高さがあるのが分かると思います。
ちょっと要害山城思い出しちゃったよね・・・・

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そして裏門跡。冠木門だったんでしょうかね?

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本丸を出てぐるっと回って北曲輪。

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このあたりも土塁の残り具合が良好。

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あのあたりが搦手門でしょかね?

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北側外から本丸土塁を。やはりなかなかの高さ。
大田原藩自体は1万1,000石と小藩ですが、
その割には、土塁はなかなかの規模。

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北曲輪をそのままてくてく・・・すると、
ぐいっとえぐったように空壕出現。

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図面上は特に高低差がないように
見受けられるんだけどね…うーむ。

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階段をたったった・・・

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空壕から見上げるとこんな感じ。
ぜったい、ここで空壕切れてますよね?よね?

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この先はこうして空壕が続いていきます。

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ずんずんずん・・・と進むと?

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本丸に架かる橋のさっきと反対側。
これで一周してまいりました。

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ということで、ここで大田原はおしまい。
意外とお城も(というと失礼)楽しめました。

ということで、那須塩原から仙台へぴゅーん。
なっちさんありがとうございました!

仙台では、特にこの日は史跡には行かず、
以前から気になっていた仙台のおいしい餃子屋さんへ!
八仙さんです。・・・餃子好きは押えておかないと!

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ふふふふ、ニッカウイスキーがあるじゃないですか!
さすがはニッカ第二の都仙台。もちろんチョイス☆
スーパーニッカ水割りが出てきました!うれすぃ!

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そして、仙台餃子。餃子いろいろ食べてきたけど、
これは流行るわ…と納得の美味さ。
今までなぜ食べてなかったんだ!と思うほど。

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もちろん牛タンもおいしいんですが、
正直なところ伊達の牛タンも利久も東京にあるわけで。

この餃子は仙台でわざわざチョイスする価値ある!
と思いましたね。次からも食べよーっと!

そしてこの次は毎度おなじみのBar Andyさん。
なんかねー、安心するんですね。
旅先に安心して行けるBarがあるの、ホントしあわせ。

例のリタさんをいただいたりして。

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ちょっとびっくりしたのが・・・KAVALAN FINO。

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いや、FINO自体は知ってるんですが、輸入元が・・
エマナック?て会社。守口ですかい・・・
育った場所の超近所。しかも、本業全然ちゃうし。

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なーんて驚きもありながら、仙台の夜が更けていきました。
ということで、いよいよ明日は大事な講演会!

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仙台青葉まつり・・・本戦:時代絵巻巡行

さて、大急ぎで行列のほうへ急行します。
仙台青葉まつりのクライマックス☆

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あ、もう動いてら!

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おおーっ、宇和島の牛鬼じゃないですか!
いろいろ難しい時代が長かった仙台本家と宇和島家が
融和してるんだな・・・という気がしました。

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威勢のいい青葉神社の天狗氏。おー!

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しばらく進まなくて、くるりんくるりんしていた
青葉神社の御神輿。政宗さん目が回ってなかったカナ?

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青葉神社宮司でいらっしゃる片倉重信氏。

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何気に初めて知ったんですけど、さかのぼると
諏訪大社の大祝家に連なる、つまり諏訪氏の遠戚
当たるんですね・・・神職に就かれてるのも
お家柄を辿ると、似つかわしいのかもしれません。

裃を身にまとった仙台藩士と上級武将の登場です!

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そ・し・て!政宗公きたぁぁぁぁ!

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いやはや、伊達泰宗氏いつみてもお似合いでして。
実際行軍されるのは、それはそれでご苦労があるみたいですが
それはまた追っての話に・・・・

片倉小十郎殿は、女性でした。
こちらは一般公募だったかな?決まった武将で
行列に参加できるのいいよねぇ。

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毛虫の猛将・伊達成実。似合ったはるなー!

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守成の名君・忠宗さん。

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19歳と若くして亡くなった光宗さん。あまりの賢君ぶりに
毒殺説すらあるとの逸材・・・

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昨年もサン・ファン・バウティスタ号に乗って
登場していた支倉氏。

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まだまだ甲冑隊続きます!

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こ、これまた個性的な前立…

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とりあえず、あんなデカデカと武田菱あったら
撮っちまいますよね。

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笑顔が眩しすぎます。

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白石の幸村さんっすな。なんだかんだとよく
twitterでお目にする方です(笑)

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釣鐘と六連銭。エピソードを知ってると、
ニヤリとする並びですな。

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存続か否かで揺れた山形の愛の武将隊も参陣。

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謙信さんが女性説でてもしょうがなくね?くらいの
女性的な雰囲気のある方でした。

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米沢にいたこともあって、こちらの武将隊にも政宗さん。
いやー、この日だけでどんだけの政宗さんが(笑)

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続いては、仙台すずめ踊りの披露。
いろんな団体さんのすずめ踊りがどんどこどんどこ。
すっごい楽しそうな踊りで、見てるだけでテンションup☆

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ちょっと出遅れて見れなかった山車を見た後は…

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仙台あおば餃子
でちょっとお腹を満たし・・・
雪菜という野菜が練りこまれてるみたい。

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餃子ってもともと野菜多めな食べ物だから、
もっとポピュラーになってくれるとうれしいなーっと。

そのあとは、今回参加の武将隊の演舞を鑑賞。
山形おきたま【愛】の武将隊。
伊達と上杉が仲良くしているところが見もの(笑)

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仙台にも武将隊がいたとは露知らず。
仙台城によくいはるようですな。

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なんと、真田さんも仙台の武将隊にいるんだって!
真田さん何分身・・・・(笑)

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さて、一通り武将隊の演舞を見た後は・・・
すし処幸村も気になりましたが、駅前へ。

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牡蠣を・・・ふはははは!
また松島に牡蠣食べに行きたいなぁ。うん。

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さて、今回の仙台行きはコレにて終了。
でもまだ講演聴きに、また仙台を訪れるわたしなのでした。

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仙台青葉まつり・・・本戦:仙台城。

さて、翌日。仙台城に軽くお邪魔して、
時代絵巻巡行を見に行きます。

仙台城でボランティアガイドをされている
虎哉禅師さん(@susumuhachimaki)の案内を
ぜひお聞きしたくてですね、るーぷる仙台に乗って、
搦手のほうに到着。すぐにお姿を発見。

瑞鳳殿のある鷹が峰が見えるあたり。
政宗時代の大手はあちらのほうにあったのでは?とのこと。

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かなり戦闘を意識したつくりであったはずの仙台城。
忠宗の頃からすでに御殿を二の丸に移し始めていますから、
初期の仙台城は今分かる城跡から推測できる仙台城とは
違いが大きかったんだろうなぁ、と想像。

ちょうどこのあたりが、政宗の居間があったあたり、
などと教えていただけると、ずいぶん巡る気持ちも
異なってくるというものです。図面はあるはず?
なので、もう少し分かりやすくしてくれるといいかなー。

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このあたりがちょうど懸造のあたりとか。
これだけでも復元できないかなぁ。仙台城を象徴するには
ふさわしい建物だと思うんだけどね。

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ほらほら、図面もあるじゃーん。

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有名な政宗像。あの三日月の前立ては
大日如来の由来するんですってね。
そんなことも知りませんでした・・・・

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信玄公の諏訪法性兜は言わずもがな、の諏訪大明神。
上杉謙信は飯綱明神、直江兼続は愛染明王。
たまに変り種もありますが、自らが帰依する神仏を
掲げることが多かったんでしょうかね。

なかなか注目しなかった台座。伊達政宗卿の文字の
左は政宗元服の折りの様子、右は還暦の折、
中納言任官時の正装姿の政宗。仙台黄門誕生ですね。

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築城時の仙台の人口は五万を超えた屈指の大都市でしたが、
うち武士階級が三万。武士の割合が高かったそうで。
これも何か意図を感じたり、感じなかったり…

北東端の石垣。1673年築ですからちょうど伊達騒動が収束、
4代藩主伊達綱村が自ら政務を取った当たり。

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3月11日の東日本大震災でも、仙台城は大きなダメージを
受けてしまったのですが、政宗時代の石垣は
崩れてしまった部分があるものの、
この最新型の石垣はビクともしなかったとか。

それでも、崩れそうな兆しはあったそうで、
護国神社との兼ね合いでなかなか修復できずにいた間に
あんな惨劇に見舞われてしまったとかで・・・むーん。

ということで、絶賛修復中。

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仙台城は上々段の間があり、天皇や将軍を迎えることを
意図した?などといわれますが、ここに通じる門が御成門。

いくつかは引き抜かれてしまったそうですが、
まだ残っている礎石もあると伺いました。知らなかった!

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「御成」は政宗自身ではなく、天皇や将軍を意図したもの?
なんでしょうかね。藩政時代通して閉ざされていたとか。

引き抜かれてしまった礎石も一応仙台城内にあります。
場所が分かったら、戻せないもんすかね・・・

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そして、詰門。ここの石垣もすばらしいのですが、
往時はもう少し高かったそうで、仙台鎮台兵営建築の際に
持ち去られてしまったようです(怒)

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ちなみに仙台城の建造物の大半も、この仙台鎮台建築時に
用材として解体して転用されたとのこと。
材はともかく、釘隠しとか金具類だけでも残ってないかな…

さて、詰門跡を正面から。宮城縣護國神社の参道整備時に
当初あった坂を抉って階段状にしているのだそう。
両脇の緑の部分が本来の詰門跡の道の高さ。

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詰門を過ぎて左折れしたところから振り返り。
ここでも右手の緑の部分が本来の地面。
小さく排水溝が見えるのが分かると思います!

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あれ、だとしたら石垣低すぎね?と思うと思いますが…
そこで石垣が持ち去られていたという話と
つながるんですよ・・なるほどなるほど!!

そういえば、最上段だけなんか不自然な詰み方ですね・・・

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詰門模型との比較。もともと奥の櫓門部分に近い石垣は
低いみたいですので、そう大量に持ち去られた
というわけでもないようには思いますね。

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いわゆる典型的な近世城郭の枡形虎口ではないものの、
三重櫓二基に多聞櫓に櫓門。相当な威圧感があったはず。

毎度撮っちゃう本丸御殿模型。豪華すぎて…
二条城に似た感じでしょうか。

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仙台城本丸の東端。ちょうど広瀬川に面していて、
懸造りがあれば、視界を遮るものもなく目立ったでしょうね。

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売店で政宗公になりきるグッズが売られていましたが、
この日は買わず・・・宴会ネタですね(爆)

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さて、埋門から退出。ここも折れた構造で
虎口感があってよろしいですな!

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ここから、行列観に城下に下りてまいります。
虎哉禅師、ガイド後もいろいろお付き合いくださり、
ありがとうございました。また仙台城にて!

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仙台青葉まつり・・・前哨戦:宮城峡蒸留所&山形城

もう節操もなく書きやすいネタから書いてますが・・・
仙台青葉まつり。これも昨年行って楽しかったので、
安易に今年も行こうという算段。

まず今回は、仙台に着いたら宮城峡へと。
今年でちょうど45周年ですね。

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おー、スワンネックの部分が取り替えられてますね!
こうした変化のひとつひとつを見つけるのも
同じ蒸留所を何度行ってもおもしろいなと思えるトコ。

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取り替えられたのは、1基だけか。

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連続式蒸留器の説明ビデオ。うっひっひ、
この中に入ったことあるんだぜぇ・・と一人悦に浸る(笑)

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貯蔵庫。ちょっと熟成している感があまりないのが
アレなところではありますが・・・

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さて一通りサクッと見学を終えた後は、
いつもの有料試飲。もはや蒸留所に見学に来ている、
というより、ただ呑みにきている・・に近いな?
とおもうコトもよくあります(苦笑)

そこで気づいた・・・子鶴(笑)
いつの間にか鶴17年に180ml版ができていました。
8月に余市に行ったときにもありましたね。

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蒸留所限定なんでしょうか・・・ね?
まぁちょっとイイモノを電車に揺られて頂くにはいいね。

NIKKA伊達の幟。実際のパッケージ
DATEのAの字が政宗の兜前立てに
似せてあるくらいなんだけど、これくらいに
ガツーンと伊達色出してもらってもいいのよ?

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あるいはこんなのでも・・・1級ウイスキーの
THE MASAMUNE。

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クランチチョコ。これは配り物によろしい。
そして美味しい。うん。

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コケシ宮城峡ボトル。すでにかなり傷んでしまいましたが、
いろんな方にあ!ウイスキーボトルだ!と気づいてもらって
ウレシイ限りな逸品☆

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さて、イイカゲン有料試飲に行きます。
シングルカスク宮城峡25yo 樽番号78933。

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新樽は新樽なんですが、今もっているバッチと違い、
かなりピートの効いた宮城峡新樽。オレンジピール感はなく
樽由来のウッディ感やウエハースの甘みがありつつ、
それ以上にコーヒーのロースト感が強い印象。

美味しいんですが、宮城峡にこの感じは求めてないかな…
と購入には至りませんでした。

せっかくなんで竹鶴21年ポートウッドフィニッシュも
あるというので頂きます。ノーマルと比較して。

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帰りに・・・あ、ポットスチルがない!
と思ったら、朝ドラ「マッサン」用に貸し出し中。
ある種、珍しい様子ですよね(笑)

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さて、お祭りは翌日だしちょっと時間もあるし…
ということで、仙山線をそのまま山形方面に抜けて、
山形城に行ってまいりました。

山形城・・・いつ以来でしょう・・・
ひょっとすると10年ぶりくらいか?と思って
検索してみると、2005年でした。
まだ建物オンリーに視線が向いてた頃ですね。

こうしてみると、土塁もきれいに整備されていいですね!
樹で覆われた土塁に往時の姿を重ねるのもいいですが、
こうしてキレイに手配されている土塁を見ると、
その美しさにハッとする思いがします。

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南大手枡形石垣。石垣の加工具合がタマランネ(笑)

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まるこい石多め。

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かなり立派な枡形。そりゃ当初は57万石の居城として、
近世城郭化に仕立てたわけだからなぁ・・・

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本丸。ダイナミックな土づくりの空壕ですが、
実は往時は水濠だったとか。

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奥には今時点(2014年9月)には完成している
本丸一文字門の再建途中の足場が見えます。

石垣の崩落跡。崩落した事実をとどめるために、
あえてこういう見せ方をしているそう。

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二の丸から本丸側へ変に突き出した部分。
明治以後に植わった樹を保護するために、
その部分を残した結果・・・移動しちゃだめ?

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逆なら二の丸への攻撃のための出隅になりうるけど、
この配置はおかしいものね・・・・

そして、工事中の本丸一文字門。

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2005年に行ったときの写真。
こうして経過が分かるのも長く写真を
残しててよかったなと思うひと時。

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完成予想図。濠には往時の通り水を張る予定だそう。

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櫓門も再建されるのかなー?どうだろうなー?
しかし、セオリー通りの外枡形ですね!

出来上がり間近の高麗門。

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櫓台石垣。かなりの高さだー!
というか、濠底降りたい・・・!!

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この高さ、一度は失われている石垣を
記録にしたがって復元したものとのこと。
パッと見にはわからないいい復元だと思いました!

さーて、復元されている東大手門のほうへ。
これも一度行ってはいますが、中に入った記憶が
なくてですね・・・(汗)

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あ、最上さんお邪魔しますー!
なんで古風な甲冑を身につけてられるか、
像のそばに解説あったんだけど、撮るの忘れたなー。

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規模の大きさから津山城の表中門あたり、
こんな感じだったのかなぁなどと想像したり。

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すーはーすーはーしながら櫓門内を
鑑賞します(笑)

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山形城にも赤瓦があったのかー!
混在していたんだね。

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ここにも赤瓦。本丸の城郭建築にも赤瓦が
使われていたんだろうかね?

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山形城の整備計画。平成40年までかけて、
県体育館・武道館・野球場・ソフトボール場などを移転。
すごい長期計画で本丸・二の丸が整備されようとしてます。

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いつ山形に来ても、どこか未来に向けて
整備されている姿をしばらく見ることになりそうですね。
本来の姿に戻っていく山形城。楽しみ。

整備予想図模型。なにより本丸濠が完全に
戻ってるのがいいね。本丸一文字門櫓門のほか、
本丸の各隅櫓も再建できたら、すばらしいだろうなぁ。

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最上時代の山形城図。57万石の中心らしく惣構がしっかり。
基本的にずっとこの構造が継承されています。

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という縄張り図がずっと展示されていました。

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そして、木造復元ならではの木材チェック。
ちょっと細身な感じがしますね。

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さて、降りて東大手門を外から観察。
矢穴が埋まっているのは何ででしょう・・・??

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近世城郭の枡形門ではついついやりたくなるこの角度。
高麗門をチラリ。

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逆に櫓門をチラリ。

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枡形を枡形らしくいい画で撮れるアングルかな?
ということで極私的なお気に入りです(笑)

しかし、ここの枡形一切狭間がないんでやんの。
実は、石狭間があるよーんとかってならまだしも・・・
これはなんだか違和感ありますねぇ。

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前回はそんなこと気にしなかったんだけど。
城を見る眼が肥えたかな。ふふふ。

全体がどうしても収まらずにぐぬぬ・・・
となりましたが、正面から高麗門。

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左手に櫓門。

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右手に平櫓。守りとしては強力そう。

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おめかしでは、石垣にハツリ仕上げがけっこうあって、
手が込んでいますね。

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二の丸濠はしっかり残ってる・・というあたり、
また陸軍を誘致した結果歩兵三十二連隊が駐屯し、
城内の櫓や御殿は破却、本丸は埋め立てられた・という点、
なにやら駿府城に似たような・・・

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一通り山形城を巡って、ベンチでおべんと広げてると、
なにやらお腹をすかせた御仁が・・・

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くれくれくれ!といわんばかりの表情。
牛肉どまん中だもん、あげませーん!

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さて、山形からは高速バスで仙台に戻り。
駅にかねたんいました。

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ここからは毎度おなじみBAR Andyさんところで
BARタイムを過ごします。

ハイランドパーク12年の旧瓶。
美味しいバイセンテナリーの同じ瓶ですね。
どことなくその印象もある気が・・・

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空き瓶だけ見せていただきました・・・これこれ。
これがおいしいんですわ。

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我が家にもあるバイセンテナリー1977。
マイヴィンテージです。パンチは弱いですが、
実に穏やかでクリーミーな印象。

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いつもそういや誕生日に飲んでいたのに
今年は佐藤さんのイベントがあったから、
飲んでないやね・・・一度また開けるかな。

さて、翌日は仙台城をサッと見て、
仙台青葉まつりへと。仙台城はtwitterで拝見していた
あのガイドさんの説明を聴きながらっ☆

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ウイスキー造りの現場からのメッセージ - ニッカウヰスキー佐藤元マスターブレンダー

今年の誕生日にちょうど開催されたイベント。
これもtwitter経由で廻ってきたのですが、
あの佐藤さんが!とわき目も振らずに申し込み。

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佐藤さんがお話になるのはなかなかないので、
非常によい機会になりました。

・・・というものの、佐藤さんがお話される!という、
ただ一点のみでどんな会かはよく分からず突撃・・

場所は中目黒のBAR SAWA
お初に訪れるBARです。

このお店がここまでに至る経緯をお聴かせ頂くにつれ、
また通常時にも訪問したいな・・と思った次第。
まぁ、それはさておき。

この日は土屋守氏のバーボンの話もあり、
その関係の試飲も含めて7種。

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バーボンとは、ジョージワシントンのライウイスキー。
あのアメリカ合衆国を建国したジョージワシントン。

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当時の蒸留所は一旦なくなるのですが、
その遺構を元に復元された蒸留所で、数量限定で販売。

ジョージワシントンが大統領を辞した後、
自らが所有するプランテーションに蒸留所を建設。

当時穀物栽培を展開していて、水も豊富にあり・・・
ということでワシントンが雇い入れた農場管理者が
ウイスキー造ったらいいじゃないの!?と提案。

・・・ということですが、佐藤さんの話を控え、
話が右から左に受け流してしまいまして(汗)

貴重な1杯もテーブルシェアでいただきましたが、
穀物感が非常に強いウイスキーでしたね。
あと酸味や昆布の旨みみたいなのも。

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さて、いよいよ佐藤さんのお話。
「ウイスキーとブレンド」と題してお話頂きました。

言わずもがなですが・・・ニッカウヰスキーの
初代チーフブレンダーにして
三代目マスターブレンダーでいらっしゃいます。

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何度もお話したことがあるんですが、
改めてこういう場になると、背筋が伸びますよね。
この日の話題は、次の3本。

(1)樽熟成とブレンド
(2)ウイスキーの景観
(3)日本のウイスキーの推移とブレンド

(1)樽熟成とブレンド

樽熟成の宿命として、三点を挙げられていました。

P1410519

周りの影響を受けながら個性が「混沌として」
つまり、人の手では制御不可能なプロセスで育まれていく。
これを使い分けて、人の意図を加えていく。

制御不可能な自然による営みと人の技のコラボ。
これを換言すると…『蒸留は科学、ブレンドは芸術』かも。
ということで、ブレンドの発展。

P1410521

蒸留方法の並存やモルトとグレーンの両方の存在価値、
が今にまで続くことになったのは、ブレンドあってのこと。
だからこそブレンテッドあってのウイスキーなのだと。

そして、現代の(ニッカ)のブレンド。
10年熟成在庫で数十年分の品質を広がりを持たせる
管理システムの構築。これは常々佐藤さんが
おっしゃっていることにつながりますね。

P1410526

すなわち、ブレンダーの、特に上位のブレンダーの
資質に必要なのは、いかに残すかということ。

ベースは10年前後の原酒を用いながらも、
限られた貴重な長熟原酒を隠し味に使うことで、
この「数十年分の品質」を引き出すわけですよね。

原酒の中には、マスターブレンダーやチーフブレンダーの
許可なくしては一切払出禁止の原酒があるんですってね・・・
例の余市の1945年樽なんかは、その筆頭でしょうね。

この残す・・ということ。時代に左右されず、
残せるポテンシャルのあるものはキッチリ残し、
継承した上で、その時代時代にあったカードを切っていく、
残すというところには、普遍的な価値を見出したい
という点も印象的なところでありました。

(2)ウイスキーの景観

ウイスキーの景観・・ということで
その風景(地理的条件)と背景(歴史的経緯)でご説明。
本物の追求、地理的条件の追求した結果の余市創業。

P1410530

マッサン効果・・先日余市に行ってきましたが、
ものすごい見学者が増えているそうですね・・・!!
ガイドさんから工場長までてんとこまい。

P1410531

マイウイスキーWebの画像が使われていますが、
いまだにこのときの画像なのよね・・・(その1 その2
ずっとニッカのページに、そしてプレゼンにまで
載ってしまうわたし(笑)

継承すべきもの。
これは政孝翁が留学時に感じられたコメント。

P1410534

まじめなウイスキー造りって、すごく謙虚なことであって、
人間が何でもつくることができると傲慢になってちゃ、
いいウイスキーはできないんだろうと思います。
素直になるというか、ね。

(3)日本のウイスキーの推移とブレンド

ここからは日本のウイスキーの、特に酒税法との関係
を中心に解説。逆境にどう立ち向かってきたかの歴史です。

P1410537

1984年:増税

それまではステータスとしての酒であったわけで、
ブレンテッドという直線的なレーン上に
価格でランク付けされたラインナップが並ぶ時代。

P1410540

しかし度重なる増税にもはや飲み手が離れていく…
そうしていく中で次にとったニッカの戦略は
発想を転換させて、バリエーションで勝負。

ピュアモルト(ピュアモルトレッド・ホワイト・ブラック)や
高度数(フロムザバレル)、高モルト(ザブレンド)。
更には、新開発のカフェモルトをつかったオールモルトなど。

P1410544

意外とニッカの売り上げはそうも落ちなかったそうで、
好調だったそうなんですね。それまでのニッカの市場シェアが
どうだったか?ということもあるのでしょうけどね。

ピュアモルト開発時のエピソード。

P1410549

どのあたりの品質レベルに置くのか?
どの程度受け入れられるのか・・・が大きな課題だったそう。
これが受け入れられなかったら、ウイスキーの将来が
ないかもしれない…との不安も。

実際は、良くぞ出してくれたとの声が多く
ウイスキーの市場も育ってきたなと安心されたとか。

1989年:級別廃止

今でこそ当たり前ですが、特級・一級・二級がなくなり、
二級ウイスキーが大幅に値上げになったんですよね。
そしてスコッチの値下げですよね。

P1410551

ここでスコッチの暴落でブランドイメージが崩れ、
日本のウイスキーも値上げで人が離れる・・・
ということで、ここから苦難が続いていきました。

ただ、一方でそれは品質力貯えの時代でもあり。
在庫が財庫というのまさにそうで、ヴィンテージシリーズの
余市1987がWWAに輝いたのを初め、余市1988も美味しい。
その後に出てきたカスク(余市1987/1988)も同様。

1987-88年って余市の当たり年である気がしています。
まぁ、それもこういう時代背景があってのこと?
なのかもしれませんよね・・・

そんな中でのブレンダーの役割とは。

P1410552

①家庭市場、つまり低価格市場の開拓ですよね。
②スコッチ対抗を意識して、モルト充実で品質志向に対応。
③そして、年数をこれまで以上に意識する・・・こと。

こういう歴史的背景があって、今に続く
商品があるわけですね。

P1410555

①低価格市場には、ノンピートで着実にヒット
(ブラックニッカクリアブレンド)
②シングルカスク余市10年がWWAを受賞し一躍脚光を浴び
③竹鶴シリーズでピュアモルトのラインアップを充実

脚光を浴びたのも偶然ではないのでしょうね・・・

P1410556

そのカスクが脚光を浴びたことによる教訓。

P1410558

この原酒が将来どう伸びるか、どう育つかを5年で
見極められるようにならねば・・・と。高いハードル。
5年だとまだ修正(詰め替え)が効くのだそうです。

それにばらつきそのものが持つ価値への気づき。

わたしのように一気にシングルモルトからシングルカスクへ
と入った人間にすると逆に当たり前なのですけど・・・

ブレンドこそ命、ばらついてはいかんという価値観だった
ニッカのブレンダー陣にとって、カスクそのものの価値、
ばらついていいんだ、ばらつくからいいんだという
別の価値観への扉を開く契機になった、と仰っていましたね。

最後の佐藤さんのコメントが、特に印象的でした。
ここまでのお話が集約されたような。

ブレンダーは、時代のかけ橋として
品質の継承に責任を持ち、役割を果たしていくものだと。

時代のかけ橋。時を超えるシゴト、素敵です。
そんな素敵なシゴトの果てに生まれるウイスキー。
これからも大切に頂こうと思った誕生日の夜でした。
佐藤さんにもお祝いのことば頂き、ホクホク。

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神品至宝 … 臺北國立故宮博物院展。

さて、いよいよ明日までとなった東京の国立故宮博物院展。
ちょうど一ヶ月ほど前に行ってきました。

最初は翠玉白菜見るんだ!と意気込んでたのですが、
あまりの人手に断念。一度台北で見ているし、
ゆっくり他のを見よう・・と行ったところ、
白菜さんが去ってしまった後は、比較的混まずに
見ることができてよかったです☆

Dsc_1417

やはり、台湾で見たときには圧倒的に量が多すぎて、
消化不良だったようで、現地では意識が向かなかった
書や染織絵画、堆朱作品などがすごく気になりましたね。

ということで、図録もいつになく何度も振り返りました。
お土産は肉形石・・・形肉(笑)

P1020110

肉形石形肉のパッケージ、当たり前のことを
書いてるだけなのに妙にウケる・・・!!

P1020130

11月末が賞味期限なのでまだとってあります(笑)

ちなみに、図録はリバーシブル。黄地だと東京仕様で
翠玉白菜がお目見え。くるっと裏返すと、
10月からの九州仕様で肉形石。

P1020111

気になった書・・というのは、北宋最後の皇帝にして
中華王朝史上燦然と輝く文人皇帝のひとり、徽宗。
彼が考案したという「痩金体」に触れました。

P1020116

実は「痩金体」という字体の存在は知らなくて、
パッと見たときにあの徽宗の字とも知らず、
完全に字体そのものに、魅せられましたね・・・

もうひとりが、少し遡って北宋・神宗時代の文人、
欧陽脩の書。これもよかった・・・
(しかし徽宗も欧陽脩も一発変換ってすごいな、MS-IME…)

P1020115

単に巧い楷書なら、決まったフォント印刷すれば
いいだけなのだけど、背筋が伸びるような迫力と人間味が。

しかし、漢字って文字が芸術品になるんだからすごいよね。
文字が独立した芸術ジャンルを形成しているんだもの。
これは誇っていい気がするのですよね・・・

そしてもうひとつ感動したのが、染織刺繍絵画。
その名の通り、織物と刺繍でできた絵画。
古代から中世、近世と中国の文物は日本に多く
もたらされているのに、刺繍でできたこの手の絵画は
ほとんど日本には伝わっていないらしい。

特にすごかったのが、南宋時代の逸品である
「刺繍咸池浴日図軸」。

P1020126

絹の高貴で煌びやかな質感を存分に活かした作品で
絹のキラキラした様子が波の動きだったり、
岩山の立体感、日輪の輝くさまを表現しています。

こればっかりは現物見ないとどうしようもないね・・・・
これをずっと見ていたくて、途中で引き返して1回、
全部見終わってからも、もう一周して1回と
見まくりました、コレ。コレだけで元取れた気分。

そのほか、堆朱工芸も黒漆と組み合わせると、
すごい美しさの幅が出るなと感心したり・・・

P1020123

もちろん康煕・雍正・乾隆の清の絶頂期の陶磁器や
永楽大典、四庫全書といった大百科事典、
数々の精巧な玉・・・などなど見所満載。

翠玉白菜がなんぼのもんじゃい、思いっきり
中華文明の粋を味わえると思います。

やはり、アジアの文明の源流は中華。
まぁ、中華思想がアレなのはしょうがないとして…

中華、ひいては世界の文化をリードする自負、
圧倒的にレベルの高いオリジナルの文物を生み出んだという
高いプライド、そして過去の文物蒐集にかけた情熱。

中国歴代皇帝の文化的な凄まじさを目の当たりに
した思いがしました・・・

他にもあるでしょうが、今の中華大陸に決定的に
欠けている文化的要素でしょうな。
他所(西洋にせよ日本にせよ)の真似事に終始するなど、
中華世界を統べる皇帝には、我慢ならないことでしょう。

東京展も残すところあと1日。10/7からはいよいよ
九州に上陸、肉形石もお目見えしますよ。

九州の方々、アジアの文物に興味があるならぜひ!
行って損しない展覧会です!超おすすめ!

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New Battery - Lumsing LUM-008-01。

さて、デジカメに続いてモバイルバッテリネタ。

今やスマホにモバイルルータを持ち歩くには、
予備バッテリがないと不安でしょうがない。
ということで、10000mAhクラスのバッテリを
常時持ち歩いていたんですよね。

ですが、これまた先日Micro USBポート端子が破損・・・
ということで、こちらもまた新たな製品を調達。

そこで気になっていたハーモニカ型のなかなか
粋なデザインのLumsing LUM-008-01に。
ガジェット通信で出ていて、コンパクトかつ大容量なのに
惹かれましてですね。そして軽い!

P1020100

専用ポーチまで付いていて、3000円そこそこ。
思いっきり安いです。てか、安すぎです。

P1020097

残量表示はデジタル表示はなく、ランプのみ。
まぁそこはいいでしょう。端子は2ポートでしっかりと
2.1A出力までサポートされているのはニクイ!

P1020101

ここが端子ごとぽろ~んと取れてしまったのが
以前のバッテリでした。今回は長く保つといいなぁ…

P1020104

最近シゴトでもモバイルPC、デジカメやケーブル類を持ち歩き
結果的にモバイルでblog更新ができる環境が整って
しまっているのですが(汗)、
少しでもカバンの中を軽量化できるのはありがたい限り。

デザイン的にもなかなか洒落てて、某フォロワーさんも
お買い求めになった様子で。耐久性などはこれからですが、
なかなかいい買い物だったのではと自画自賛(笑)

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LUMIX DMC-LX7。

長い間、わたしのblogを支えてくれたデジカメ。
DMC-LX5。先月、京都でまさかの盗難に遭いました(泣)

まぁ不注意だったことは確かなのですが、
非常に悔しい・・幸いにも撮影データのほとんどを
PCに移していたこともあって、データ被害は最小限。

思えば、岡山城の模型を先々代のデジカメで
一心不乱に撮影
していたときにいきなり壊れてしまって、
慌てて岡山駅前のビックカメラに駆け込んで購入。

そして、翌日からすでに即戦力として活躍してくれました。
・・・という記念すべき第1号ショット@呉。

P1000001

これが2011年7月31日ですから、約3年。
非常に頼りになるデジカメでした。
総撮影枚数は42,000枚以上。一日あたり約38枚。

・・・が、たまに感光がおかしくて紫色の変な光が
写真に移りこんだりしてて、修理しないといけないな、
と思ってた矢先のことでした。

ということで、これも潮時かと考えて後継機種のLX7を入手。
使い勝手はそのままで非常に重宝しております!

LX5のときは、他機種の自動開閉キャップを
無理やり取り付け
ましたが、今回は専用品を装備☆

いないいない・・・

Dsc_1702

ばぁ!

Dsc_1704

直接の後継機種ということで、バッテリや充電器を
そのまま使えるのも不幸中の幸いです。
こちらも末永く愛用していきたいと思います!

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東京スイーツパーティ@ホテル椿山荘。

相変わらず超今更・・・な記事ばっかりアップしていますが、
さらに超今更な記事がどんどん続きますよ(笑)

少し涼しくなり始めましたが、まだこれから
暑くなろうかというGWのとある日。

平田早苗さん(@sanaehirata)のツイートで見つけた
東京スイーツパーティに出陣。

ここしばらく美味しいもの&ウイスキーでご一緒頂いている
よぞらさん(@yozora2)&ペコさん(@picnopicno)
の女性お二人と。

ホテル椿山荘というと、山県有朋がつくった椿山荘に
その起源を持ちます。ということで庭園には
なかなか見所が多い…早めに出かけて、
少しあたりをお散歩するところからはじめます。

広島県竹林寺に創建された三重塔・圓通閣。
大正年間の強風により大破したことをきっかけに
コチラに移築されたんだそうですよ。

P1400465

創建は平安期にまで遡り、平清盛が修復したという
言い伝えもありますが、様式から室町頃では・・とのこと。
とすると、毛利元就が修復してたりしそうですね。

しかし、こういう文化財をサクッと移築しちゃうのって
今じゃ無理だろうなぁ・・・

三重塔には、2010年に新たに聖観世音菩薩が
奉安されたばかりです。

P1400473

滝裏に潜入できるところもあり。
沖縄・福州園を思い出しました。

P1400467

表側はこんな感じ。

P1400468

京都東山の粟田口から蹴上を経て山科に
通じる日ノ岡峠にあった水鉢。木食上人・養阿正禅という
僧が設置したものと伝わるそうです。

P1400476

十三重の石塔。織田有楽斎ゆかりとされる層塔。

P1400479

ま、モノはすばらしいんですが他所から文化財を
持ち出ししてきてるのにややモヤモヤしながら
ホテル内に入りますです。

P1400480

ホテル内は精油の香りがしていましたが、
イヤなほどではなくいい感じの香り方でありました。

いろんな選択肢の中から選ぶんですが、
まぁ文字だけではいかんともしがたく・・・・(笑)

会場に入った途端、デカイ天守(違)がお目見えしたので
激写激写!白漆喰のスイーツ城天守(だから違)

P1400483

そして目星をつけて・・・選んだスイーツはコチラ!
第一希望は並ぶのが遅くて完売するなど(泣)

メープル好き・・ということからまずコチラ。
トンカ豆で香り付けしたミルクチョコガナッシュを
中にしのばせたメープルとマスカルポーネの滑らかなムース。
ムースとガナッシュの食感も楽しい逸品。

P1400486

ダークチョコのガナッシュ。ガナッシュばっかし。
これもよかったなぁ。なかなかさすがにこう手の込んだ
スイーツを食べることは少ないですからね。

P1400485

ちょっと残念だったのは、もう少しイイモルトが
ほしかったなぁというトコ。

まぁ、ウイスキーが主人公のイベントではないので
仕方がないところもあるんですけどね・・・

とことどころ、チョコづくりの解説もあったりして。
チョコレートづくりの工程も興味深いよね。

P1400488

ステージで何かが始まる・・・・??

P1400495

ぬっ、焼き蜜柑!?

P1400500

ブランデーを投入して・・・

P1400502

フランベタイムの始まりです☆

P1400504

先ほどの蜜柑も青白く燃えています・・・!!

P1400513

そしてフランベされたオレンジソースで頂く
クレープ+アイス添え。うんまい。

P1400516

オレンジピール感のある宮城峡25年カスクと
一緒に頂いたら美味しかっただろうな・・・

ということで、なかなか楽しいひと時でした。
幸か不幸か(?)女性率9割でもぜんぜんへっちゃらなので、
見つけたらどんどんスイーツイベントにも出陣したい次第。

よぞらさんペコさん、お付き合いありがとうございました。
平田さんも、ご紹介頂きありがとうございました!

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クレープフランベ

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14周年と15周年に向けて。

さて、例によって9×9の記念日です。
通算14年ですね。ということは人間にたとえるなら、
中学2年生なわけでして・・・大きくなった?

例年、blog開始の2/1とHP開始の9/9には、
過去を振り返って何でもいいから、記事を書いてみる
ということを続けています。

意外な過去の自分や、あ、そうそう、こうでないとね!
と「そもそも」に立ち返るきっかけに
なることも多いものです。そして、もう・・・
変わってしまったんだなということも。

ただ一貫して変わらないのは、書くということが
これほど生活に溶け込み、また時に縛られもしていても、
心から好かったなと思えること。

これによって、好奇心が湧き出すありかをちゃんと見据え、
自分の心と視線の動きをよく自分でつかもうとするし、
結果、自分にとってだいじな何かをいつも問い続けて、
日常の波に溺れないようにする・・・
ことができているつもり。

好奇心に裏打ちされたことばが、積み重って、共鳴しあって、
立体的に融合し絡まっていくような。それがわたしのカタチ。

その中から自律的に「想ひの丈」がむくむくと成長し、
さらに知識を、さらに人脈を、さらにさらに
・・と求めていく。積み重なった過去の記憶が、
今の人脈を引き寄せたりもしますよね。

今じゃ、ニッカウヰスキーにしても、お城にしても
武田家関連でも、ものすごい人々とつながれたし、
だからこその血肉がどんどんついていく。

血肉がついた分は影響力を出したい欲望のまま、
いろんな人々を引き寄せていきたいと思っています。

そういう意味ではプライベートは、blogがある限り
ブレないと自信を持って言えるかもしれません。
もちろん、新しい好奇心は引き出されると思いますが、
ブラックホールのように吸収し、そして自らと同化させる。

まぁ思い違いも甚だしいといわれそうだけど、
こういう嗜好は個人的には、ものすごく自分で日本的だと
思ってもいます。外国文化を一旦は取り入れつつも、
日本的な独自な文化にに昇華する・・・

本業が必ずしもこう好い循環が巡っているわけではないけど、
この流れはとても大切にしたいものです。
いずれ食い扶持の助けになるかもしれないし、ね。
ま、そこは期待はせずに。あくまで基本に忠実に。

希望持っていた2000年。絶望に打ちひしがれる2014年。
思う道の先鋒一番槍を目指したはずが、
いつの間にか思わぬ敵の殿軍専門ですよ。

絶望を希望に。絶望を知ることを希望に向かう力にしていく。
もう少し15年を迎えるときには公私含めていい循環を
つくっていきたいものです。

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江戸東京博物館「大江戸と洛中」展

さて・・相当以前の話題になってしまいますが、
江戸東京博物館の「大江戸と洛中」展。

Edo_kyo

これがなかなかいい企画でしてね・・・
江戸や京の理解がより進みそうな内容です。

というのも、中華王朝に端を発する条坊制・都城制に
その源流を見出し、京と江戸を捉えようという試み。

最初のプロローグでは、東海道五十三次図屏風が印象的。
江戸から各都市に続く様子を描く。正確性はさておき
さしずめ城全集的な仕上がりで見ていて楽しいですね。

そして、徳川家光に縁があるという日本総図。
地図というよりも、各国毎に石高が書かれてあり興味深い。
ついついやっちゃうのが・・・江戸初期とはいえ、
甲斐、信濃、駿河、上野半分、遠江、飛騨併せて約150万石。
尾張、美濃、近江、伊勢併せて約250万石。

うーん・・・やはり美濃尾張は肥沃よのって感じ。
あれだけ切り取っても信玄公時代の武田領で150万石
いかないわけですからね。

そして世界史やるなら避けて通れないマテオリッチの
坤輿万国全図。本物初めて見たぁ!図録より。

P1020068

写本ではあるのですが、こうして日本人が世界を
理解する端緒が開かれたわけですからね。

これに続くカタチで、地球万国山海輿地全図説、
世界万国全図説、新訂万国全図・・と続くのですが、
海の名前の変遷がおもしろかったですね。

太平洋をアメリカ側を大東洋、日本側を小東洋と記していた
地球万国山海輿地全図説から新訂万国全図では
アメリカ側を太平海、日本側を大東洋とするなど。

地球万国山海輿地全図説では、アラビア海を
小西洋と表現してるのにも注目。

日本での呼び名など当然日本人がつけていくわけですけど
江戸時代には表記の揺れというか変遷があったんだな、と。

続いて、中国明清時代の都城図へと進みます。図録より。
大明十三都府図。應天府、須天府、
開封府、南昌府…でわかればかなりの中国史好きかな?

P1020085

開封府なら横に戦国魏都、南昌府なら戦国楚地、
應天府なら戦国呉地、須天府なら戦国燕都などなど、
戦国時代の呼び名が着いてるのにニヤニヤ。

清時代の北京城を描いた北京全図には、
内城と外城に堀(空堀?)に突き出した半円形の
丸馬出のような門がありました。

P1020078

外城の門も同様の丸馬出型の半円形の城壁で
枡形のような狭い空間を形成していますが、
基本的には方形を守っていて、守備的な観点は薄い感じ。

そもそも、中国の場合皇帝のいる宮城に攻め込まれた時点で
アウトなわけで、ここで城に籠城して持ちこたえられる
ような軍勢ではないんですよね。
やられるときは、数十万の大軍に囲まれるわけで。
規模が違います・・・・中国の戦い。

ということで、守備的な観点よりも伝統的な「あるべき姿」
をより意識されてたつくりになってるのかな、と。

P1020071

あと、三国志の時代からそうですけど、中国って
濠をつくらないよね・・・もちろん高い城壁で
防御するんだけど、ここいらにも土塁をつくる際
のように土を掘る必要性があるのかどうか?
という点と関連しているような気がします。

ただ、地方に行くと様相が変わってきて、
日本でいう総構のような感じで、地形を取り入れつつ、
城壁で囲むというようなことがなされています。

紹興酒で名高い紹興府城。丘になっている部分なども
取り入れながら城壁を形成しています。

P1020073

門はやはり半円形のような形状。台北城で見た
形状によく似ています。

P1020074

成都の四川省城。伝統的な構造をある程度維持しつつ、
外郭線は地形を意識したで南東から北西に伸び、
内郭は、きちっと東西南北を合わせた様式になっています。

P1020077

そして、ここにもおなじみの防御構造。
中国式丸馬出とでも呼べそうな構造(笑)

P1020076

他にも湖州城などは、枡形虎口のような方形で
閉じた空間をもった城門があり、城門を突破しても
城門上から攻撃できそうということで、
発想的には同じではないでしょうかね?

P1020088

湖州城は枡形状の空間を持つ門が五カ所。
うち一つは枡形内にさらに枡形がある構造でして、
かなり防御を意識した印象があります。

朝鮮半島では、平壌の地形が気になりました。
P1020079

大同江の中洲に城壁を二重に築き、
こちらは大同江を天然の堀にしているようなつくりで
守りやすそうな気がするのですが・・・籠城してませんね?

清朝末期の各地の城郭都市図、実はほとんどが東北大学蔵。
というのも不思議な感じです。何かいわれが・・・??

中国も時代が下って明清時代になって、防備が必要な地方は
周礼にあるような条坊制に源流を持ちながらも、
外城が総構のような発展をして山や川など
地形を取り込んでいくんでしょうね・・・

また門前には城壁で囲って枡形のような空間を
形成し防御施設としての共通性を見出せる点を改めて認識。
ヨーロッパにも似た発想はあるみたいですし、
防御思想はグローバル!なのかも。

さて、続いて日本。江戸と京。
こちらは具体的に新たな史料でというよりも、
中国との比較において、新たな気づきがいくつか・・・

明らかに京(平安京)は中国の都城制を意識はしていて、
ただ異民族からの侵略や天皇の威信を脅かすような
社会ではなかった?ということが影響しているのかな、と。

また祖廟はないにしても、寺院を配置しているあたり、
ある種、都城を守る精神的支柱という意味では、
都城制に忠実という捉え方もできるようには思います。

逆に江戸は、やはり地方の中国の城との比較がおもしろい。
もともと小さな城から後北條氏の支城として、
機能していた城ですから、時代背景を考えても、
また地形を考えても、必然的に方形にはなり得ない。

むしろ、個人的には名古屋城との比較を考えたほうが
おもしろいような気はします。
都城制を意識した・・わけではないにしろ、
清洲越しで一から縄張設計をした城ですからね。

手前味噌ですが(笑)また躑躅ヶ崎→新府城の移転の際も
勝頼が方形を意識したのかなと思わせる形跡もあり、
江戸城はやりたくてもやれない地形だったのか、
それ以上に防備を意識したのか・・・??

また都城には祖廟というアジアの都城系譜との比較から、
紅葉山東照宮にもスポットが当たっていたのは珍しいですね。
ということで、紅葉山東照宮の御簾。絵葉書より。

P1020090

よく残っていましたよね・・・美作国に伝わったものとか。

他にもあまり詳しいことを知らなかったのでなかなか新鮮。
確かに祖廟を城内に大規模に置くのは江戸城くらい?
他城ではあまり聞きませんよね?

その意味では、寛永寺や増上寺を江戸城の一部として
捉えるならば、アジアの都城系譜に乗るのかもしれませんね。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

いろいろ、よい気づきを与えてくれるという意味では
一級品の展示会だったと思います。ホントに。

ピンポイントでおもしろかったのは、ヨーロッパに
伝えられた江戸城の様子が、やっぱりヨーロッパ的な
アジアの描き方で、中国や東南アジア的な
感覚だったりだとかね(笑)

そして、なじみのある図案ではありますが、
武州州学十二景図の日の出と江戸城天守とか、やはり美しい。
見慣れてはいてもやっぱりいい。

P1020089

スケッチ風のほわんとした天守にやわらかい朝日が
差し込むさまが実に美しいですよね・・

江戸城のガラス原版も、江戸城の建地割ももう・・
散々見て見飽きたくらいなはずなのに、
まだまだ食い入るように見てしまいます(笑)

ただガラス原版を撮られるきっかけのなかに、
もはや江戸城は無用の長物で破壊は免れず、
せめて写真に・・・という音声ガイドのくだりが
あったのは悲しかったですな。

これまたピンポイントですが、寛永寺五重塔の立面図。
図面の描き方が江戸城の天守の建地割と似ているな?
と思ったら、やっぱり甲良家の図面(笑)

展覧会の目的としては、中国の都城制をベースに
日本の宮城を捉えようというものでしたが、
むしろ日本の城郭構造をベースに
中国や朝鮮の城郭との共通性を見出すことに
関心が行った展示会でしたね。実におもしろい企画でした。
Good Job!

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