新府中韮崎城。
さて、墓前祭の後は、韮崎の新府へ。
なかなか行こうと腰が上がらなかったのですが、
土造りの城の楽しさもわかってきて、ようやくであります。
武田の里・韮崎。武田八幡宮や初代武田信義公居館跡を
擁する韮崎は、武田のルーツの地として
アピールしている模様。

季節はずれ著しいですが、桃の花が大挙して咲いていて。
今年は冬に大雪で桃の木々も心配でしたが、
しっかりとキレイな花を咲かせてくれていました。

立膝で気持ちよさそうにお昼寝中(笑)
何時のころの仏さまなのでしょう。

新府城とは、新府中韮崎城。ただ韮崎城ではなく、
「新府中」と冠するあたり、勝頼さんの意気込みも感じます。
そして、国指定史跡。ということもあって、
よく整備されています。城域かは怪しいですが、
なんとなく遺構っぽく見えますね。


こちらの復元図を見る限り、東濠の東端の土塁跡、
のようにもみえますね。

このあたりは作事用陣屋に相当しますかね。

さて、大手門と三日月壕を目指して上がります。

でーまーしーたー!三日月壕と丸馬出!
こうしてみると、少し壕底が浅いようにも見えますが、
これは土造りの城がうまく撮れない罠・・意外とあります。

うわっ、武田蜂の来襲!味方です味方です!
同士討ちしないでくれー(笑)

かなり埋まってしまったんでしょうかね・・・
土木量の観点から、諏訪原城は徳川と言われていますが、
新府城はどうなんでしょうね?

コチラの写真のほうが「三日月」感が分かりやすいかな?

西大手門跡から馬出に入っていきます。

馬出内。諏訪原でも感じましたが、よくメンテされていると
丸馬出も映えますよね。いいですねー。

馬出内からの三日月壕。高さがやっぱりすごいですね!
戦ごっことか楽しそうだと思っちゃう・・
(いいオトナですよ)



一方で馬出内のほうはかなり土塁が削られてます。
ここが崩れちゃって、濠底を埋めてしまったのかな?


さて、その馬出から三の丸に続くまでに
もうひとつ・・さらに枡形が形成されています。
武田の馬出の奥に枡形。

確か天正壬午の乱で家康が新府城に布陣しているので、
この桝形形成は徳川・・・という気もしないではないですが、
こういう改修にはちょっと違和感あるので、
勝頼時代かなぁ・・・とも。誰か見解ください(他人任せ)
枡形土塁に上がって、馬出を上から眺めてみます。
やはり、土塁の低さは気にはなりますが、
このような眺めを見せていただけるのは、国史跡ならでは。


門はあっても冠木門くらいな感じですかね。

手前に枡形虎口、奥に丸馬出。
大手の厳重具合がすごい。

別角度から。総じて内側の土塁は低めです。
山の斜面に築いているから、こうなるのもしれないな。

他城でもあるのかもしれませんが、
わかりやすさではピカイチ。一気にお気に入りになりました。
大手を抜けると、東三の丸の土塁が見えてきます。


縄張図では、西三の丸に上がれそうなのですが、
実際は行き止まりっぽかったですよ?

東三の丸。ここはあまりお手入れされてなく、
若干藪を掻き分けて進むことになります。

本来の虎口はアチラ。大手から直進して左手の虎口から。
しかし、薮すぎて…しっかり準備してれば、
なんなく進めそうではありますけどね。

土塁も確認できます。が、ちょっと見にくい(汗)

虎口に伐り出した材がが転々と・・・不法投棄みたい。
どこかに持ち出せないのかなぁ。

長くどーんと残るのは、三の丸の東西の曲輪を仕切る土塁。

土塁の切れ目。実際は東から西への道はなくって、
分断されていました。土塁上から西から東へ
攻撃できたかもしれませんね。

西三の丸。東ほど出ないにせよ、丸太がごろごろしてたり、
スカッと整備されてるわけではないです。

馬出・・とある枡形虎口状の遺構へと進入。

ちょっと遊歩道が突っ切っているのもあり、
分かりにくいですね。最上部の土塁が二の丸土塁、
その下部にあるスペース(の一部)が馬出なのでしょう。

逆に馬出側(二の丸土塁側)から。いい感じで
攻め上ってくる兵を狙える位置にありますね。

そして、二の丸。コチラはキレイに刈られていました。
向こうに見えるのは、二の丸内仕切り土塁。

ただ二の丸の外側を覆う土塁は、
かなり低く削られていましたねぇ・・・・

二の丸を出て、本丸~二の丸間の緩衝地帯に
なっている曲輪。ある意味本丸前の枡形虎口として
捉えることができるかもしれませんね。

その枡形的空間。この背後がザックリ遊歩道で
抉られてしまっているので、今では枡形の用を成さず、
二の丸側の土塁もちょっと低いですね。

この写真の奥に見える土塁の先には、
もうひとつ曲輪。本丸から見えるこの曲輪は、
搦手方面につながるほうの枡形になるようですね。

降りてみます・・・ホントは虎口から出入りしたいのですが、
ちょっと難しそうなんで、土塁からえいっと!

この先が本丸へつながる虎口。刈りさえすれば、
よく分かると思うんですけどねー。

大手から本丸に入るルートの枡形を仕切り土塁上から。
こっちのほうが枡形感があるでしょうか。

その仕切り土塁。

本丸跡。桜がきれいに咲いていて、
きれいに整備されています。

本丸の北側には、勝頼さんを祀った祠があります。
勝頼さん命日は毎年慰霊祭が執り行われるそうで、
勝頼さん没年のほぼ100年後に建立されたとか・・・

地元民には敬愛されていた様子を伺わせる
エピソードですよね。いいなぁ。
どなたか分かりませんが、躑躅ヶ崎のお水を
お供えされていたのにも感慨深く。

武田勝頼公参百五拾年祭とあります。
大正時代ですから、ちょうど武田神社が創建されたあたり。
当時は武田家に対する関心が高まったいたのでしょう。

長篠で討死した諸将の墓碑柱。
比較的新しいですね。


長篠役陣歿将士之墓、とあります。
後で知ることになるわけですが、長篠の信玄塚から
分骨されているのだそうですよ。

そばに北側の虎口もありますが、
ちょっといまは出入りできなそう・・・・

本丸の中央に位置する藤武神社。
新府築城の折、城内稲荷曲輪に鎮守として祀ったそうで、
落城とともに焼失。しかし、徳川家康が平岩親吉に命じ、
藤武神社として、再建されたそうな。

現存する社殿が何時の頃の創建かわかりませんが、
しっかりと武田菱がありました。武田菱に掛かる桜吹雪。

現在では石段が整備されている脇を通って、
稲荷曲輪のほうへ・・・

あまり広い空間ではないですが、だからこそ
神社を据えるにはちょうどよい曲輪だったのかも。

ここから見上げる本丸土塁の高いこと!

さて搦手から下っていくと・・・あのくぼみは何?

曲輪にしては、足元が不安定になるしな・・・

そゆこと!井戸ですか!しかし、これだと
水に困るな・・・雨降らなかったお終いよね?
何気に一番の新府城の弱点かも知れん・・・

この井戸跡の近くから空壕に降りれそうなので、
ガシガシ進みます!水濠の近くまで空壕が
続いています。そして、なかなかの高さ!

大手の三日月壕も、もちろん楽しめますが、
このあたりの空壕も見ものかな!と思いましたよ。

水濠に面した土塁を見たら・・・

とりあえず上がってみる!今は沼地のように
なっていますが、往時の水濠の印象は残っています。


さて、搦手枡形へGo!

大手以上にこちらのほうが高さもあるし、
迫力のある残り方をしていました。壮観☆

現地でのツイートに黄な粉まぶした信玄餅って・・・
自分のツイートに笑ってしまった(笑)
搦手の案内板より。やはりいいところに城はありますね。
両側に川が流れ、川に挟まれた台地に築城。

この鳥瞰図がなかなかよろしい!この通りにもっと
刈っていただけるとなおウレシイ。

乾門を出たあたり。今は水位はすごく少量。

中濠あたり。手前までコンクリート構造物が
せり出しているので、往時は濠はもっと広かったのかも。

いや、たまたまここは迫っているだけか・・・・
ここから攻め込まれないかな?

やはり、土塁は相当の高さですね。

あの凹みの奥が、先ほど下った空壕につながります。

今はこのあたりは湿地帯になっていますが、
十分濠の雰囲気を出しています。

出っ張りになっているのが、西出構。
あそこに兵を配置して攻撃。

ただ、意外と低いので濠を渡られて、
登れちゃうんじゃないかな?
という気がしないでもない・・だいじょぶ?
西出構の逆側には、桃が植わってました。
濠跡の緑とあいまって、キレイな情景になってます!

東出構。さらに低いな…かなり補修も入ってるし。

ということで、一通り新府城みて回りました。
いやー、これはいい。見所たくさん。
土造りの城としては、かなり気に入りましたね!
まだまだキレイに刈り取るべきところはあるけど、
ここいらがスッキリすると、もっとよくなりますね!
新府城草刈ボランティアでもしようかなん。
夜は、甲府に戻って麺は組。
昔ながらの日本蕎麦はもう飽きたと刺激的な言葉が
並んでいて気になっていたんです。
つけ汁にラー油&鶏!ハイカロリーなお蕎麦です(笑)
こういうのも悪くないなぁ。


さて!お屋形さま!ありがとうございましたー!
また来ますー!(次で三週連続)
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