« 改めて躑躅ヶ崎館を見直す・・・・ | トップページ | 竹鶴MUSEUM BAR TOKYO&BLACK NIKKA BAR - THE COLD »

新府中韮崎城。

さて、墓前祭の後は、韮崎の新府へ。
なかなか行こうと腰が上がらなかったのですが、
土造りの城の楽しさもわかってきて、ようやくであります。

武田の里・韮崎。武田八幡宮や初代武田信義公居館跡を
擁する韮崎は、武田のルーツの地として
アピールしている模様。

P1390676

季節はずれ著しいですが、桃の花が大挙して咲いていて。
今年は冬に大雪で桃の木々も心配でしたが、
しっかりとキレイな花を咲かせてくれていました。

P1390678

立膝で気持ちよさそうにお昼寝中(笑)
何時のころの仏さまなのでしょう。

P1390682

新府城とは、新府中韮崎城。ただ韮崎城ではなく、
「新府中」と冠するあたり、勝頼さんの意気込みも感じます。

そして、国指定史跡。ということもあって、
よく整備されています。城域かは怪しいですが、
なんとなく遺構っぽく見えますね。

P1390683

P1390684

こちらの復元図を見る限り、東濠の東端の土塁跡、
のようにもみえますね。

P1390802

このあたりは作事用陣屋に相当しますかね。

P1390690

さて、大手門と三日月壕を目指して上がります。

P1390698

でーまーしーたー!三日月壕と丸馬出!
こうしてみると、少し壕底が浅いようにも見えますが、
これは土造りの城がうまく撮れない罠・・意外とあります。

P1390699

うわっ、武田蜂の来襲!味方です味方です!
同士討ちしないでくれー(笑)

P1390701

かなり埋まってしまったんでしょうかね・・・
土木量の観点から、諏訪原城は徳川と言われていますが、
新府城はどうなんでしょうね?

P1390705

コチラの写真のほうが「三日月」感が分かりやすいかな?

P1390713

西大手門跡から馬出に入っていきます。

P1390714

馬出内。諏訪原でも感じましたが、よくメンテされていると
丸馬出も映えますよね。いいですねー。

P1390717

馬出内からの三日月壕。高さがやっぱりすごいですね!
戦ごっことか楽しそうだと思っちゃう・・
(いいオトナですよ)

P1390718

P1390719

P1390720

一方で馬出内のほうはかなり土塁が削られてます。
ここが崩れちゃって、濠底を埋めてしまったのかな?

P1390721

P1390722

さて、その馬出から三の丸に続くまでに
もうひとつ・・さらに枡形が形成されています。
武田の馬出の奥に枡形。

P1390724

確か天正壬午の乱で家康が新府城に布陣しているので、
この桝形形成は徳川・・・という気もしないではないですが、
こういう改修にはちょっと違和感あるので、
勝頼時代かなぁ・・・とも。誰か見解ください(他人任せ)

枡形土塁に上がって、馬出を上から眺めてみます。
やはり、土塁の低さは気にはなりますが、
このような眺めを見せていただけるのは、国史跡ならでは。

P1390727

P1390725

門はあっても冠木門くらいな感じですかね。

P1390728

手前に枡形虎口、奥に丸馬出。
大手の厳重具合がすごい。

P1390732

別角度から。総じて内側の土塁は低めです。
山の斜面に築いているから、こうなるのもしれないな。

P1390735

他城でもあるのかもしれませんが、
わかりやすさではピカイチ。一気にお気に入りになりました。

大手を抜けると、東三の丸の土塁が見えてきます。

P1390740

P1390742

縄張図では、西三の丸に上がれそうなのですが、
実際は行き止まりっぽかったですよ?

P1390746

東三の丸。ここはあまりお手入れされてなく、
若干藪を掻き分けて進むことになります。

P1390748

本来の虎口はアチラ。大手から直進して左手の虎口から。
しかし、薮すぎて…しっかり準備してれば、
なんなく進めそうではありますけどね。

P1390751

土塁も確認できます。が、ちょっと見にくい(汗)

P1390752

虎口に伐り出した材がが転々と・・・不法投棄みたい。
どこかに持ち出せないのかなぁ。

P1390754

長くどーんと残るのは、三の丸の東西の曲輪を仕切る土塁。

P1390756

土塁の切れ目。実際は東から西への道はなくって、
分断されていました。土塁上から西から東へ
攻撃できたかもしれませんね。

P1390760

西三の丸。東ほど出ないにせよ、丸太がごろごろしてたり、
スカッと整備されてるわけではないです。

P1390764

馬出・・とある枡形虎口状の遺構へと進入。

P1390766

ちょっと遊歩道が突っ切っているのもあり、
分かりにくいですね。最上部の土塁が二の丸土塁、
その下部にあるスペース(の一部)が馬出なのでしょう。

P1390769

逆に馬出側(二の丸土塁側)から。いい感じで
攻め上ってくる兵を狙える位置にありますね。

P1390774

そして、二の丸。コチラはキレイに刈られていました。
向こうに見えるのは、二の丸内仕切り土塁。

P1390775

ただ二の丸の外側を覆う土塁は、
かなり低く削られていましたねぇ・・・・

P1390777

二の丸を出て、本丸~二の丸間の緩衝地帯に
なっている曲輪。ある意味本丸前の枡形虎口として
捉えることができるかもしれませんね。

P1390779

その枡形的空間。この背後がザックリ遊歩道で
抉られてしまっているので、今では枡形の用を成さず、
二の丸側の土塁もちょっと低いですね。

P1390781

この写真の奥に見える土塁の先には、
もうひとつ曲輪。本丸から見えるこの曲輪は、
搦手方面につながるほうの枡形になるようですね。

P1390789

降りてみます・・・ホントは虎口から出入りしたいのですが、
ちょっと難しそうなんで、土塁からえいっと!

P1390824

この先が本丸へつながる虎口。刈りさえすれば、
よく分かると思うんですけどねー。

P1390827

大手から本丸に入るルートの枡形を仕切り土塁上から。
こっちのほうが枡形感があるでしょうか。

P1390829

その仕切り土塁。

P1390830

本丸跡。桜がきれいに咲いていて、
きれいに整備されています。

P1390792

本丸の北側には、勝頼さんを祀った祠があります。
勝頼さん命日は毎年慰霊祭が執り行われるそうで、
勝頼さん没年のほぼ100年後に建立されたとか・・・

P1390794

地元民には敬愛されていた様子を伺わせる
エピソードですよね。いいなぁ。

どなたか分かりませんが、躑躅ヶ崎のお水を
お供えされていたのにも感慨深く。

P1390798

武田勝頼公参百五拾年祭とあります。
大正時代ですから、ちょうど武田神社が創建されたあたり。
当時は武田家に対する関心が高まったいたのでしょう。

P1390799

長篠で討死した諸将の墓碑柱。
比較的新しいですね。

P1390793

P1390800

長篠役陣歿将士之墓、とあります。
後で知ることになるわけですが、長篠の信玄塚から
分骨されているのだそうですよ。

P1390801

そばに北側の虎口もありますが、
ちょっといまは出入りできなそう・・・・

P1390820

本丸の中央に位置する藤武神社。
新府築城の折、城内稲荷曲輪に鎮守として祀ったそうで、
落城とともに焼失。しかし、徳川家康が平岩親吉に命じ、
藤武神社として、再建されたそうな。

P1390806

現存する社殿が何時の頃の創建かわかりませんが、
しっかりと武田菱がありました。武田菱に掛かる桜吹雪。

P1390814

現在では石段が整備されている脇を通って、
稲荷曲輪のほうへ・・・

P1390807

あまり広い空間ではないですが、だからこそ
神社を据えるにはちょうどよい曲輪だったのかも。

P1390811

ここから見上げる本丸土塁の高いこと!

P1390812

さて搦手から下っていくと・・・あのくぼみは何?

P1390834

曲輪にしては、足元が不安定になるしな・・・

P1390837

そゆこと!井戸ですか!しかし、これだと
水に困るな・・・雨降らなかったお終いよね?
何気に一番の新府城の弱点かも知れん・・・

P1390838

この井戸跡の近くから空壕に降りれそうなので、
ガシガシ進みます!水濠の近くまで空壕が
続いています。そして、なかなかの高さ!

P1390842

大手の三日月壕も、もちろん楽しめますが、
このあたりの空壕も見ものかな!と思いましたよ。

P1390849

水濠に面した土塁を見たら・・・

P1390850

とりあえず上がってみる!今は沼地のように
なっていますが、往時の水濠の印象は残っています。

P1390853

P1390854

さて、搦手枡形へGo!

P1390851

大手以上にこちらのほうが高さもあるし、
迫力のある残り方をしていました。壮観☆

P1390859

現地でのツイートに黄な粉まぶした信玄餅って・・・
自分のツイートに笑ってしまった(笑)

搦手の案内板より。やはりいいところに城はありますね。
両側に川が流れ、川に挟まれた台地に築城。

P1390864

この鳥瞰図がなかなかよろしい!この通りにもっと
刈っていただけるとなおウレシイ。

P1390868

乾門を出たあたり。今は水位はすごく少量。

P1390871

中濠あたり。手前までコンクリート構造物が
せり出しているので、往時は濠はもっと広かったのかも。

P1390872

いや、たまたまここは迫っているだけか・・・・
ここから攻め込まれないかな?

P1390878

やはり、土塁は相当の高さですね。

P1390873

あの凹みの奥が、先ほど下った空壕につながります。

P1390875

今はこのあたりは湿地帯になっていますが、
十分濠の雰囲気を出しています。

P1390888

出っ張りになっているのが、西出構。
あそこに兵を配置して攻撃。

P1390889

ただ、意外と低いので濠を渡られて、
登れちゃうんじゃないかな?
という気がしないでもない・・だいじょぶ?

西出構の逆側には、桃が植わってました。
濠跡の緑とあいまって、キレイな情景になってます!

P1390890

東出構。さらに低いな…かなり補修も入ってるし。

P1390896

ということで、一通り新府城みて回りました。
いやー、これはいい。見所たくさん。
土造りの城としては、かなり気に入りましたね!

まだまだキレイに刈り取るべきところはあるけど、
ここいらがスッキリすると、もっとよくなりますね!
新府城草刈ボランティアでもしようかなん。

夜は、甲府に戻って麺は組。
昔ながらの日本蕎麦はもう飽きたと刺激的な言葉が
並んでいて気になっていたんです。

つけ汁にラー油&鶏!ハイカロリーなお蕎麦です(笑)
こういうのも悪くないなぁ。

P1390897

P1390899

さて!お屋形さま!ありがとうございましたー!
また来ますー!(次で三週連続)

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

|

« 改めて躑躅ヶ崎館を見直す・・・・ | トップページ | 竹鶴MUSEUM BAR TOKYO&BLACK NIKKA BAR - THE COLD »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 新府中韮崎城。:

« 改めて躑躅ヶ崎館を見直す・・・・ | トップページ | 竹鶴MUSEUM BAR TOKYO&BLACK NIKKA BAR - THE COLD »