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小田原城・お城シンポジウム①夢童由里子氏講演

さて・・・もう半年以上前のこと。
3月中に何とか書いておきたかったものの叶わず、
4月の武田真田強化月間に突入してしまったため、
今頃になってしまいましたが・・・・

小田原城でもご承知の通り、木造で天守再建という
動きがありますが、これに関連して昨年12月に
シンポジウムが開催されました。

前半は、名古屋城の本丸御殿再建に尽力された
名古屋城文化フォーラムの夢童さんの講演。

後半は、東海道に沿って建てられた五城、
江戸城、小田原城、掛川城、駿府城、名古屋城、
の各関係者を集め、木造再建の意義を語り合うというもの。

小田原城よりも他城、というか名古屋城について
勉強になったなという今回の企画ですが…
忘れないように、手元のメモや記憶をたどって、
書きとどめておくことにします。

特に、復元という活動を進める上でのノウハウや
着眼点をご披露頂いたという意味において、
他城の取り組みを進める上でも、
有益なお話だったと思いますね、うん。

■名古屋城本丸御殿復元への道程

①本丸御殿を復元するまで

夢童さん、京都のご出身だそうで。

もちろん言葉の端々は京都のことばではありますが、
全体的にそこはかとない京都感が出ていて、
京女ってこんな感じ!という強かさを感じさせる方でした。

関西出身でない人は、関西の人?ということしか
分からないのかもしれませんが・・・

街に根ざす何かをやるためには、その街を自体を
どう思ってるか?愛しているか?が大事だ
とおっしゃってました。

意外だったのは、天守は皆関心があるものなのに、
本丸御殿って長年、あまり関心をもたれてこなかったよう。
名古屋城の展覧会では、そうとう愛されていたのを
見聞きしていただけに、正直ガックリ。

名古屋城に深く関わっていた方や、一部の市政関係者は
強く名古屋城そのものに想いがあるものの、
一般市民は、やはり天守だけで他には関心が薄いのかと。

とともに、市民の関心を引き出してカタチにさせた
手腕にただただ感服をした次第なのでした。

あるとき、名古屋城で礎石ばかりの場所について
いろんな方にお聞きになったそうです。

「あれなんです?」

よくわからんとか、そんなんありましたっけ?
みたいな反応。京都人からすると、こんなん放っておくとは
何事か!?という感覚だったそうです。

これこそが本丸御殿跡だったわけですが、
そういう扱いだったんですね・・・

そして、またあるとき。からくり人形などを手がける
造形作家を本職とされている夢童さん、
パリで作品展をやったことがあるそうですが、大失敗。

なんでダメだったのか・・・悩んだ結果、
フランスにフランス人形っぽい、つまりは相手に阿った
作品をもって言ってるからではないか?と。
自分の足元に根ざした作品をつくっていなかったのでは?と。

レセプションでも、「名古屋ってどんなところです?」と
訊かれても答えられなかった・・・
そういうところを観られてるのに。

自分がまず住んでいる名古屋を愛さないと、
誰も愛してはくれない・・

そう思って名古屋の歴史を調べていかれたそうです。
そしてあの場所が何であったか、どういう歴史を辿ったのか、
名古屋市民はどう接してきたのか・・・

そう調べているうちに、本丸御殿あのようなカタチで放置を
しておいていいのか?再建できないのか?という想いを
もたれるに至ったのです。それが20年前。

②復元を進めるプロセス

最初は、復元だ復元だとわーわー言ってたと
回想されてましたが、メディアをうまく
使わないとイカン、と。

作家でいらっしゃる夢童さん、雑誌記者さんとか
知り合いが多くどのように知らせていくか相談されたそう。

そこで、女性にも声をかけないと、若い人にも声をかけないと
幅広い人を味方につけるため、意識して声掛けされたとか。
なるほど・・・大事な点ですな。ふむふむ。
そして、一人ひとりの腑に落ちないと成果は実らない・・

そして、次のステップとして、なぜをこれを造るのか?
造ることが正しいのか?RCがなぜイカンのか?
木造でないといけないのはなぜか?ちゃんと考えてますか?

名古屋城大天守についても、ただ単にRCはダメだと蔑むのは、
その技術に対しても、建てようとした
当時の市民にも申し訳ない。

燃えない天守をつくろう、RCでつくれば壊れない、
燃えないから・・・と造ったわけですよね。
その人たちの想いを無碍にはしたくない。賛成です。

時代の流れをつかむというのも大事。今や公的機関の
リーダーシップで決めるものではなく、一人ひとりが
「公」となり営業マンとなって、街の首長となってこの街を
どう知ってもらうかを考えるその先にこそ、
再建の道が見える。

いわゆる議員と名のつく人を当てにしてはいけない、
後ろに、なるべく後ろに下がってもらう。
財界にもできるだけ下がってもらう。
市民がキッチリ主役にならないといけない・・・!!

そのなかで財界をうまく巻き込む術をどう考えるか?
文化庁をどう味方につけるのか?市民が木造のよさを学び、
匠の技と知恵をどう伝えていくのか・・・

財界とのお付き合いもかなりシビアな交渉の世界。
夢を語っている間はいいけれど、いざ出す算段になったら
如何に企業がケチか、と(笑)

そのためには如何に信用をつむいでいくか・・・
如何に段取りよく影響力のある人を巻き込んでいくか、
そしてひとりひとりの信頼をつないでいくしかないと
おっしゃいます。それは、地元を愛していない
とできないはずだ、とも。

あと、これは小田原城へのあてつけというか注文でしょうが(笑)
みんなで・・というのは責任が拡散してしまう、
ひとりひとりが自分のこととしてやるんだという
気概の重要性を繰り返しお話になっていましたね。なるほど。

そして人を大きく動かしている実例として、
名古屋市民に本丸御殿のアピールをする奇抜な手法のご紹介。

何とか反対!みたいなデモでなくおしゃれにデモをしたい!
ということから、紀州家から尾張家に嫁ぐ春姫の
輿入れ行列を再現したそうです!

ここで春姫が御殿はどこじゃ!ないではないか!と叫び、
本丸御殿のアピールをする・・というもの。
うーん・・・なかなかの奇策妙策でありますね!

この春姫道中、名古屋は結婚式が派手だ・・という由来にも
なっているんだそうですよ?(笑)

最後。あまり期間を決めてガチガチにやらずに、ゆるやかに
夢をつむいでいって、次の世代にも継承していって、
各々の時代で活動自体を楽しいなと思えるようにしていくのが
大事とおっしゃるのも、まったく納得ですよね。

しっかり成し遂げた方のご講演は説得力が違いますね。
ある意味、企業のなかでのプロジェクトにおいても
参考になることが多いですね。キーマンの巻き込み方とか。

それがもっともっと大規模になっているわけですからね。
こういう戦略性って仕事と直結するよなぁ…と思いながら、
非常に興味深く拝聴を致しました。来てよかった。

自分も江戸城のために何ができるか・・・忙しすぎる今は
足踏みしがちだけど、なんとか関わっていきたいですね。

終わりにおっしゃったメッセージ。

「皆さん、愛されてやってください、
 人を愛してやってください」

なんか、仕事をする上での貴重なお話をお聞きしたような、
そんな心持すらした講演でありました。
参考までに・・・足柄ネットの記事

続いては、東海道沿線の諸城の関係者によるシンポジウム。

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