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2014年1月

会津に武田の欠片を探して・・・その6 飯盛山・滝沢本陣・松平家墓所・山本家墓所・内藤邸跡

さて、いよいよ会津最終日。
ホントは斗南藩のあったむつ市の展示を見に行こう…
と思っていたのですが、生憎その日は休館日。

どうないしようか・・・と思っていたところ、
飯盛山で白虎隊士にささげる剣舞が
披露されるとの話を聞き、飯盛山に向かいます。

会津は何度も訪れているのですが、
飯盛山は初なんですよね・・・・

け、けっこう観光地化しているんですね・・・

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白虎隊記念館。後で行こう。

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けっこうな登り階段。

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慰霊祭をやっている様子。鎮魂の唄が聞こえます。

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ドイツの方からの寄贈の碑。二次大戦後に
わざわざ会津にまで来て切り取っていったとか・・・
軍国主義の一端とみなされたんでしょうかね?くそっ。

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1935年寄贈、1953年再刻復元。

剣舞が始まる前に、白虎隊士の墓前にお参りします。

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戊辰殉難五十年祭とあります。
1917年に催されたそうですが・・・・
葵紋だけでなく、葵の葉の意匠が印象的です。

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隊士の墓石。おひとりおひとり手を合わせました。

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容保公が詠まれた弔歌の碑。

 幾人の涙は石にそそぐとも
 その名は世々に朽じとぞ思ふ 源容保

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剣舞始まりました。まずは一礼・・・
あ、女性なんですね。ていうか新撰組?

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やあっ!

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剣舞の後は、神主さんがいらっしゃいましたよ。

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こうして毎年祈りがささげられているんだな…
わたしも末席に加えさせていただき、
しばし鎮魂の祈りを共にさせていただきました。

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続いては・・あ、白虎隊に扮した剣舞はこっちか。

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いやいや見ごたえのある剣舞でした。
すっごく練習されたんでしょうね!天晴れ!

マイクの不調でせっかくの詩吟がとれなかったのが
残念至極でありますが・・・・

生き残った飯沼定吉の墓。維新後貞雄と改め、
仙台で逓信技術者として生を全うしたとのこと。
没後に故郷に顕彰碑とともに建てられたそうな・・・・

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白虎隊士が見たであろう、鶴ヶ城方向の眺め。
鶴ヶ城天守が見えますね。

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白虎隊自刃の経緯に関する比較的新しい解説板。
わたしはツイートで知っておりましたが、
炎上する鶴ヶ城を落城と勘違いして・・・
というのはどうやら、俗説らしく。

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敵陣突撃やおとなしく帰還するなど、
激論の末に捕らえられて恥辱があっては申し訳ない、
ということで自刃という結論に達したそう。

隣で炎上を落城と見間違えた式のとなりの
ガイドさんの解説が聞こえてくるのは、聞こえないふり(汗)

もし容保公が知っていれば、どう判断を下したかな。
そのときにはそのときの価値観があるとはいえ、
そうも白虎隊を持ち上げられない気持ちがあるのも
事実だったりするんだよね・・・

殉難なのかっていうところもね。うん。

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白虎隊士の像は鶴ヶ城をずっと眺めています。

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白虎隊顕彰のお社。竪三つ引両は伊達・・・??

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続いて、重要文化財のさざえ堂。
一本道で上って下れる不思議な構造をしています。

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いざ・・・Go!であります!

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大正天皇から昭和天皇、そして今上天皇まで
歴代天皇陛下も御登臨。

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ずんずん。

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ずんずんずん。

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ここが分岐点。

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下っていきます。

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ふー、一巡したらご利益あるかな?

はっ・・・あの洞窟は!白虎隊が通った道・・・
いやいや行かへんって!!

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水は清らかでした・・・透明度高い!

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そして白虎隊記念館にも立ち寄る。
ちょっと雑多な展示の仕方ではあるが…
鶴ヶ城鬼瓦は興味深い。元治元年銘入りとか。
1864年ですから、会津戦争数年前ですよね・・・!

続いては、滝沢本陣。

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ここで容保公は白虎隊に出陣を命じたのですね。
なるほど…と八重の桜のシーンが目に浮かびます。

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有栖川熾仁親王殿下、三笠宮崇仁親王殿下、
秩父宮勢津子妃殿下・・・こちらも皇族方が訪問。

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その他、昨年2013年から靖国神社宮司をされている
徳川康久氏や松平保定氏(現会津松平家当主保久の父上)の
サインも飾ってありましたね・・・・!!

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内装は、豪農の屋敷・・という様相です。

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茅葺の屋敷もやはり木造建築の構造は
見がいがあるな・・・と感じます。

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生々しい弾痕。会津戦争のものだとか…1868年。

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こちらにも・・まさに戦場だったんだ、
という何よりの証拠。

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刃傷も・・・

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その一方で、歴代藩主使用の湯殿も。
平時も藩主がお成りになっていたんですね。

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屋敷で一番広い部屋。ここにお成りに
なってたのでしょうか。

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奥には容保公像。伝統的な肖像画の様式ですね。

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さて・・・続いては松平家墓所。
近くに萱野権兵衛墓もあるのでそちらにも。
奥津城とあることから神式だとわかりますね。

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おおぅ、近藤さんのお墓も。
そういや、八重の桜で容保公が葬ってやれと
おっしゃっていたなぁ。これか。

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そして先に進むと天寧寺。

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萱野権兵衛さんの墓に行ったつもりが・・・
後から見ると違うような・・・(汗)

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田中家・・とはあの田中土佐のお家でしょう。

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代々、「玄」を名乗る方々だったんですなぁ。

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そして、近藤さんのお墓。三引き両紋入り。
なんだかエピソードを知ってると目の前にした印象が
ちがいますね・・・・揮毫は容保公だそう。

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側面には、近藤勇藤原昌宜とあります。
板橋にある墓には「宜昌」あるがこちらが正しいとか。

天寧寺からまた歩くことしばらく・・・・
松平家墓所までやってきました。
こ、この石垣は・・・と萌えてしまうのは
城好きの悪い癖です(笑)

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墓所に続く道。

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そういえば、土津神社も石畳が傷んでいたなぁ。
あちらは整備されると聞いていたけど、
どうなっているだろうか。

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亀に藩主の事蹟を刻んだ碑、というのは、
土津公に倣った様式のようです。

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墓石は、「會津」+官位+「源」+諱と刻まれるみたい。
會津中将源正容之墓、といった具合。

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會津侍従という方もおられました。

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かなり高いところに位置する歴代藩主の墓ですが、
容保公は目線の位置におわしました。
やはり明治という時代によるものでしょうか。

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没する直前に正三位を贈られ、それまでの書式ではなく
正三位松平容保之墓とあり、源容保とは書かれていません。

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昨年の八重の桜、容保公はどのように
ご覧になっていたのでしょうね・・・・

神式で葬る会津藩。容保公は忠誠(まさね)霊神
との霊号をお持ちです。まさにその忠誠は
孝明帝への忠誠・・・・

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忠誠霊神碑。事績を記した碑を持つ
最後の会津松平家当主ですね。

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容保公以後は合葬です。松平家之墓。

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容保公以後も藩祖土津公以来の霊号は継承。
十一代容大さんは存誠(もちざね)霊神、
弟で十二代保男さんは海誠(わだざね)霊神。

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保男さんは海軍少将にまでなった海軍軍人ですから
海誠霊神という霊号もその経歴にちなんだのでしょうね。

墓所を支える立派な石垣は切込接…と思ったら。

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こちらの石は加工度がちょっと甘い。
時代が違うんだろうかな。

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帰り際に、唯一仏式の保科正経墓に立ち寄ります。
法名は鳳朔院。

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ここの石垣は見事な切込接でした・・・
さっきの加工度の甘い石垣はいつの頃なのでしょう?

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そして、墓所を出る間際・・・歴代松平家愛馬の墓。
お馬さん大切にしたはるんや・・・

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墓所前には容保公の看板。

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続いて大龍寺。この日はお墓参り日でしたね。
ここには歴代山本家の皆々さまの墓が。

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八重さんが1931年、高祖父の時代から
菩提寺としていた大龍寺にまとめたそうです。

時に八重さん87歳。キリスト教に目覚めた八重さんが
こうしてご先祖さまのお墓の整備のために
お寺を訪れていたのはなんだか興味深いですね。

八重さん、字上手・・・

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逆光で見えにくいですが、
昭和六年九月合葬 山本権八女京都住新島八重子之建
という字が読み取れます。

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さて・・・そろそろ会津を離れる時間です。
例によって(?)スーパーニッカ缶を買い込みます(笑)

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まだ少し時間があることだし、いいところで飲もう!
ということで再び内藤邸へ。

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池は涸れていますが、往時の内藤家の屋敷を
想像しながら・・・・酔い時間。

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内藤さん、かんぱーい(笑)

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さて、駅に戻りますか・・・夕陽がきれいやわ。

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何気に気に入った天ぷら饅頭もぐもぐしながら・・・

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楽しい会津旅終了!てかもう4ヶ月も前なんだ・・・
また会津行きたいなーっ!

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会津に武田の欠片を探して・・・その5 会津まつり後編

さて、後編は藩公行列。天守を背に行列の出陣を
多くの人が待ち構えています。

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藩公行列、行進始まりです!

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ちょっと参勤交代の行列を想像させるよね。
会津藩奴隊。はぁーよいとこさーのさ♪

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「會」の旗を見ると少しテンションが上がるくらいには、
会津藩に関心が出てきたのは、八重の桜のおかげ。

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横須賀開国甲冑隊。横須賀に甲冑隊があるとはね。。。

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新撰組の皆さま。土方さんですね。

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そして、沖田総司さん。めっちゃ美人さんでした。

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ふと行列の中に、信玄公祭りで一緒に甲冑を着て
歩いた方がいたような気も・・・気のせい?

二本松少年隊。わかる・・・わかるよ!

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長岡藩からは銃士隊が参戦。会津まつりって、
会津だけじゃなく、南東北から新潟にかけて、
ゆかりの地の人が集うお祭りなんだなぁ。

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長岡藩といえばガトリング砲というのも
某フォロワーさんの解説で知っていたので、
おおおっと興味津々。

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白虎隊役の皆さん。

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さて、娘子隊を見送ったら先回りして、
神明通りにダッシュ!ダッシュ!ダッシュ!!

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先頭は日野曳山まつりのお囃子。
こういうところをみても、会津藩や容保公だけじゃなく、
氏郷さんもすごく慕われて、氏郷さんのゆかりの地とも
すごくよい関係があるんだな、としみじみ。

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奴隊がやってきました!けっこう大変そうだけど…
この踊り楽しそうです・・・・!!

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わたしの動画はしょぼいので、ぜひこちらを
ご参照くださいませ・・・・

そして馬上の氏郷さん。氏郷さんが建てた
七層の天守がみたーい・・・・

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あ、蘆名さんはいないのね・・というのはさておき(汗)

続いて、松阪てづくり甲冑隊の皆さま。
こちらも氏郷さんの縁ですよね。

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武田の四つ割菱の方がいらっしゃる・・・・!!!
(そこしか目が行くトコはないんか)

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つづいて、会津のよろい工房のみなさま。

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そして、再びよこすか甲冑隊・・・・梵字が
かっこいい・・・

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白地に黒の五芒星は、白河歴史文化協会さん。

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手を大きく振る土津公は会津若松市長。

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あら、ご子息保科正経さんはおなごに囲まれておる…

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再び容頌さん。

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おそらく実際の日新館開設の陣頭指揮を
されたであろう田中玄宰さん。

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そして、幕末へ。

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キリリとしたお方は田中土佐さん。

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田中家も武田遺臣だそうですね・・・ふむ。

つづいて、新撰組の皆さま。

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おいっすー!

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あら、こっちも土方さん・・・複数名いらっしゃる。

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伊勢桑名藩の定敬さん。容保公の弟君ですな。
酔ってない・・・??(笑)

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神保内蔵助さん。田中土佐さんもそうだけど
こっちも男前やなー!七日町通りまちなみ協議会の
青年部の方だそうですよ。

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続いて、長岡藩銃士隊のガトリング砲ぶっ放し!
ひゃっはー!!

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そして、会津藩の中枢へ・・・山川大蔵どの。
やっぱり髭があるといいよね・・・
自分で言うのもなんだけど。

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さきほども披露されていた大砲。
詳しくないので、何とはいえないのですが・・・・

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そして、昨年の主役八重さん。
めっちゃかわいいじゃないですか・・・・!!

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すっごい小柄な方でした。
(史実はまぁこの際置いといて)

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尚之助さまー!
八重の桜途中でドロップアウトしたから、
八重さんの旦那さんは、尚之助のイメージ大。

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そして、容保公!ご子孫であらせられる
松平保久さんが毎回演じられるのだそうですね!

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養子・喜徳さん。キリッとキマッてますな!

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熈姫さま。お美しい・・・

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中野竹子さん。こちらもまた・・・
美人さんを揃えてくるなぁ・・そしてイメージに近いね。
史実はどうか知りませんが・・・・orz

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そして、娘子隊の演舞。礼!

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やぁぁ!

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勝負あり!

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そして、次に見えてきたのは・・・・
内藤修理の旗だ!

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内藤どのー!内藤介右衛門どのー!

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紋は丸に武田菱。確か丸に花菱だったような気がするが、
個人的に割菱のほうがテンション上がるからいいや☆

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いわずもがな、旗指物が同じなのは内藤修理の家を
継ぐ者の証・・・八重の桜ではほとんど脇役でしたが(汗)
武田ヲタク的には、テンション上がりポイントです(笑)

自部隊を指揮する内藤さん・・・めっちゃ笑顔ですやん☆

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前日には、内藤修理の子孫さまと飲み明かし、
そして翌日は行列の内藤さんにきゃぁきゃぁ・・・・(笑)

さて、続くのは西郷頼母さん。奥様と登場・・・
なんか特別扱いだなぁ?(笑)

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会津新撰組が登場しますが、この後には・・・・

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赤熊の土佐兵が襲いかかります!
てことは、板垣退助さん?(また武田的な何かが・・・笑)

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とさへい を やっつけた!

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そして、容保公の実子・容大公。
斗南藩ゆかりのむつ市からお越しのようでした☆

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最後に洋装の八重さんに襄さん、
覚馬おにーちゃんに佐久母上。
ドラマがあったから・・のおまけかな?

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さて、一通り行列を見終わった後は、
とことこ歩いて・・・・内藤さんの白孔雀食堂へ!
(@sirokuzyaku)

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内藤さんの似顔絵がよく似ている・・・!?
いつの間にこんなのできてたんだ(笑)

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定番のドデカいソースカツ丼。
ソース味だけどそれほどしつこくないのが魅力なんです。
いないいない…

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ばぁ♪

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忙しそうにしてられたので、
内藤さんには軽くご挨拶をして・・・・
鶴ヶ城外郭、六日町口跡なんかほっつき歩いたり。

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アプリ会津古今旅帳で捜しながら、
八重の桜の登場人物の屋敷跡。ふらふら。
佐川官兵衛邸跡。会津若松市立第二中学校校庭です。

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山川大蔵邸跡。駐車場かぁぁぁ…orz

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萱野権兵衛邸跡内。屋敷跡に道路が貫通かぁ。
うーーーむ。

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ですが、近くに屋敷跡の看板があり、
萱野権兵衛本人の解説。

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田中土佐邸跡。第二中学校の南側半分に相当。
何にもなくても楽しいのは、歴史好きのデフォルト。

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屋敷跡の一角にできている蕎麦屋さんの名前が
「かやの」って!すごいな!

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西郷邸。ここは以前にも訪れていましたが…
松平保男子爵の揮毫ってのは気づかず。

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お隣には内藤介右衛門邸跡。
福島地方裁判所会津若松支部なんですが、
庭園跡が残っていて、屋敷跡の中でも
往時の雰囲気を感じられるのが内藤邸。

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さて、そろそろ鶴ヶ城天守が閉まる頃。
前々日に中をゆっくり見れなかったので、
もう一度天守に入りますよん♪

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この角度から走長屋と干飯櫓を眺めるのが好きでね…

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武者走りを一望・・・逆に向こうから見たいんだよ!

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天守最上階から・・あ、内藤隊が解散してますね。
お疲れさまでしたー!

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鉄門内をゆっくりみておきたくってね…
ここで容保公が指揮されたんですね。

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もちろん見上げて針を楽しむのは忘れない!

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南走長屋。このあと大坂城でも同じ構造を見て、
多聞櫓としては標準的な構造なのかな?
という感想をもちましたね。

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干飯櫓に上がる階段から見ると、
南走長屋の入母屋部分の構造が間近に見れてうれしい!

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このあとは、会津の友人のるるぷぅさん(@rurupu_aizu)
すばるさん(@aqua_subaru)ご夫婦とお食事☆
天ぷら饅頭をリベンジしなくては・・・!!

ということで、天ぷら饅頭つきの高遠そばを☆
高遠とはあの高遠ですよ・・・!!

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しいたけちゃうで!おまんじゅうやで!
しかもちゃんと甘いで・・・!!

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お醤油につけて、至極普通に頂くのですが、
甘塩っぱい・・・いい塩梅なのです!いいわこれ!

そして、しつこくこづゆ。マヂで美味い!
絶対美味しいダイエット食になるよ!

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というわけで、そろそろ会津も残り1日。
今まで未訪問の飯盛山に向かいますよ・・・

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会津に武田の欠片を探して・・・その4 会津まつり前編

さて、翌日。藩公行列を見に行きますよーっ!
以前ならここまで気持ちが高ぶらないのだけども、
やはり大河の影響って大きいね・・・

少し遅れて鶴ヶ城に向かうと、すでに先人感謝祭。
そう・・・会津まつりは、ただ幕末の郷土の英雄を
称えるだけにあらず、会津を築いた多くの先人に感謝する祭。

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そして、行列の前に八重さんの縁で
同志社大学應援團の皆さま。

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会津まつりにふさわしいコスをしてくれてたら
なおよかったんですがね・・・・

そして、「會」の旗が立ち皆さま御着陣!

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最初を飾るのは、会津藩奴隊。
参勤交代の行列の際に毛槍や傘などを振り回した
独特の歩き方をしたそうで、それがモデルになっているとか。

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そして、蒲生氏郷さん。今の会津の基礎を
築いた人として、尊敬されているようですね。

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お座りになる場所が・・(笑)

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お殿様の格好をしているのは、保科公・・・
には違いないのですが、ご子息の保科正経さんでした。

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松平容頌さん。日新館の創設者ですね。

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新撰組。近藤さんがあいよっとクールなのがよいね。

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おおっ、あの五芒星は!

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長岡藩の皆さま!

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・・・そして、そのあとにゆかりのある佐川どの。

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そして本陣隊・・・本陣とは・・もちろん・・・

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容保公。扮するは容保公曾孫にあたる保久氏。
毎度このお祭りでは定番のようですね。

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そろそろ役者が揃ったところで・・・・

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あ、あれは洋装の八重さん?

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保科正之さんに扮する会津若松市長さんの挨拶で開幕☆

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スペシャルゲストは・・・・かなり八重さんの期待も
あったようですが、梶原平馬さん/みねさん役の
池内博之さんと三根梓さん。

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天守からも観覧する方多数。それもいいかもねぇ。

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砲術披露。何式?(笑)

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もひとつどどーん!砲術の披露は
詳しく分からなくてもいいよねー!からだに響く。
# ま、ホンマは悠長なもんじゃなく殺傷するものなんだが…

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続いて白虎隊に扮した演舞。TVで練習している
高校生の様子を見たなー。あの生徒たちなんだろうか。

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薙刀隊の演舞のあと・・・

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容保公の号令でいざ出陣!

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大砲もどかーんと一発!

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ということで、鶴ヶ城から出陣です!
まだまだ会津ネタ、続きますよ・・・・・!!

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会津に武田の欠片を探して・・・その3 会津藩校日新館~阿弥陀寺

さて、翌日は日新館。この日は予定が少ないから…
と胡坐をかいていたら、乗る電車に遅刻。
というわけでタクシーへ・・・がっくし。

どういうわけか狛犬がお出迎え。ども。

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山川健次郎先生。知らなかっただーれーこの人ー?
と言ってたはず。八重の桜見ててよかった。
てことで、山川さんお邪魔します。

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日新館正門。復元ではありますが、
なかなかよくできているのではないでしょうか?

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ずっとつづく白い壁は、鶴ヶ城内を思わせますね。
やっぱり赤瓦がいい。

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復元會津藩校日新館の碑。
当時の松平勇雄・福島県知事の揮毫。
松平知事は、容保公の孫。会津の方にとっては、
格別の思いがあったことでしょうね。

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さて、入ります。会津葵をしっかり確認。

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入ってすぐ見えるのが戟門(げきもん)。
孔子を厚く敬っていただけに中国色の濃い意匠です。

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門の瓦にちょっとビックリ。会津葵満載でした☆

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アップ。丁寧に造られているなという印象です。

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中国風の戟門にも会津葵がぎっしりと。

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こちらもアップです。軒丸瓦も含めて、
銅瓦葺のようですね。おおっ。

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さて、戟門からさらに中に入ってまいります。
戟門とは戟を持った衛兵が守っていたことに由来するそう。

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戟というと・・・呂奉先の方天画戟をイメージするように
中国の武器という印象。こんなところにも
中国風にこだわったのでしょうかね。

金聲して玉振するなり、の扁額を見ながら奥へ。
孟子の一節にある孔子のことばですね。

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戟門内にも狛犬が。ただどことなく中国風・・・
もちろん、狛犬の起源は中国を通して
伝わってきているわけですけど。

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ななななんと、大清乾隆年製とな?
あの清朝乾隆帝の時代のものですか・・・!?
なぜここにあるのだ・・・・

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何気なく置いてあるけど、めっちゃ貴重なモノ?
じゃないかしらん・・・・

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この鐘も・・・実はすごいんじゃないかしら。
解説がないからよーわからんが・・・

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奥には孔子を祀る大成殿・・・よりも
その周りを取り巻く三日月状の池というか、
濠というか・・・にそわそわ(武田病発病)

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ね、なんか三日月濠をイメージさせるような・・・・
前に広がる部分が丸馬出のような(黙れ)

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本来は、洋水といい防火用水として、また身を清める
という意味を持った池なのだそうです。

大成殿の奥には、孔子像が控えておりますぜ。

P1330015

まずは東塾から見学。二階には上がれません・・・・

P1330025

漢文の素読中。個人的にはあの読み下しって
どうなんだ・・・と思うのですけどね。
中国語ですから、中国語として読んだほうがいいような。

P1330030

こちらはお習字中。飯沼貞吉って・・・
白虎隊の生き残りの方だ。

P1330033

伊東悌次郎さんと天球儀。
こちらも八重の桜見ていてよかった・・・
あの悌次郎さん。

P1330036

こちらは太刀の受け渡しの作法のお勉強。

P1330041

さて、向かって大成殿右手の大学。
成績優秀者と家督継承者たる長男が
討論や自主研究などを行う場・・・だそうです。

P1330048

ついつい目に行っちゃう釘隠し。
シンプルですね。(そりゃ江戸城と比べたら)

P1330050

立太子前の皇太子殿下(当時浩宮徳仁親王)も
お成りになったそう。

P1330051

寛文八年銘・源容保書とある家訓。
おそらく保科正之公の家訓を容保公が書き写したもの?

P1330056

そして大学から大成殿へ。一気に中華の世界へ。
学び舎であるだけでなく、孔子廟なんだなと思います。

P1330060

掲げられている「萬世師表」とは、
孔子はいつまでもわれわれの先生であるという意味。

P1330071

大きな堆朱の甕。龍の爪は四本爪。
中国では五本爪は皇帝の象徴であるため、
むしろ四本爪のほうが古いものなんじゃ…と思ったり。

P1330062

そして、孔子像。もちろんオリジナルは会津戦争で
失われているため、新たに孔子の生誕地である
中国山東省曲阜にて制作を依頼してできたものだそうな。

P1330065

台北の孔子廟の代表の方から日新館に
贈られた孔子誕の記念板。こういう交流があるのいいな。

P1330064

そのほか、秋篠宮紀子妃殿下も会津に
ゆかりのある方って知ったり。
てことは、悠仁親王もそういうことになるよね。

八重の桜登場人物の写真を拝見して、
佐川官兵衛のイメージが違うなぁ・・・とか(笑)

さて、大成殿を後にして向かったのは、
水練水場池。水練場を備えていた藩校は
会津日新館の他、長州明倫館くらいだったそうです。

P1330079

もう少し澄んだ水にしていただいて、夏場には
水練体験ができたらいいのにね・・・

次に入った武講にて、驚きの事実が発覚・・・・

P1330086

裏手が先ほどの水練場。なかなか破風の重なりが
すばらしくよい城郭建築でした。

P1330081

で、驚きの事実とは・・・会津の水練術は
向井流といい、伊勢水軍の流れを汲んで
一時期武田水軍で重きを成した向井正綱に端を発すると。

P1330088

会津に伝わったのは、保科正之の時代。
旧地信濃高遠より天龍川で修練した藩士が会津で広めたと。
高遠でこの水練術があったとすると、武田水軍の流れ?
としか考えられませんね・・・ここにも武田の欠片。

後に徳川に仕え、同じく旧武田水軍の小浜景隆とともに
徳川騎下にあって徳川の水軍力の要として重きを成します。

ま、徳川ともゆかりがあるので、その流れかもしれませんが、
保科正之の時代とあれば、武田の遺香が残る時代ですからね…

個人的に武田水軍の話をこの会津で眼にするとは
思いもよらず、ひとりテンションが上がってました(笑)

さっそく池にドボンして、向井流泳法を・・・・
(こらこら)

P1330089

それにしても藩校に池があるだけで、趣も違いますね。
元水泳部員としてもどんな様子だった気になるところ。

P1330096

そのほか、武講では、頼母さんが特に甲州流軍学の
奥義を極めてたって…ホンマかいな。もっと詳しく!!!

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武田国継ネタはホント謎過ぎてよくわからんのだけど。

西武学寮では、幕末明治記念館になっていて、
会津藩の北方警備の様子の説明。稚内から樺太まで到達。

会津と余市のリンゴのお話も書いてありましたが、
ニッカとの関係まではなし。なんとかニッカと会津を
つなげたいものですねぇ・・・(余計なお世話)

その他、1986年年末時代劇「白虎隊」で使用された
鶴ヶ城天守の特撮シーン用模型がありまして。
けち臭いことに撮影禁止なんですよね・・・・

石垣が剥がれていたり(それはないだろ)、瓦が崩れた
素屋根部分が露出してたり(写真では瓦は崩れてない)
ツッコミどころ多く、ま、撮れなくてもいっかな、と。

水練場の奥には弓道体験できるところも。

P1330098

弓術はそっちのけで会津藩の弓術の解説に興味津々。
道雪派とかあるから…あの戸次道雪?と思ったが関係なさげ。
むしろもう一派の日置豊秀流開祖の圓城寺吉忠のほうは、
肥前の圓城寺氏。龍造寺隆信配下にいましたね。

故地に唯一跡として残っている天文台跡。
石垣がなっとらん!建物はしっかりしているのに!!

P1330099

ただ、眺めは非常によろしゅうございました。
往時なら天守が見えたんだろうな・・・なんて思いながら。

P1330108

天文台の隣は砲術場。天文台の土塁と石垣で
弾を受け止めるって・・・天文台に土塁あったかな?
丸々石垣だったような・・・うーん。

P1330116

さて、日新館を後にします。出口にあった
康煕帝時代の文殊菩薩。日新館開館を祝し・・とあるけど、
これって再建日新館のことだよね?

P1330120

この後は、会津若松市内に戻って斎藤一忌を
やっている阿弥陀寺へ・・・さすがに終わっても人が多い。

P1330122

でも、真っ先に萱野さんの碑のほうに行くなど…
だって誰も気にしてないんだもの・・・・

P1330123

碑にはびっしりと碑文が・・・

P1330128

人がある程度掃けたところで、斎藤さん
(というか藤田さん?)になむなむ。

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やはり、人気がおありなようで・・わたしの後も
まだ手を合わせる人は、次々といらしていました。

もちろん、御三階+本丸御殿の唐破風もしっかりと。

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冷静に見れば、唐破風が大きすぎるんですけどね…

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鶴ヶ城遺稿としてかなり貴重な会津葵の
本丸御殿の鬼瓦。

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軒丸瓦と比べるとやはり格の違いか、
紋の完成度が違うように思いますね・・・・

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この葵紋は後付でしょ?と思っていましたが、
明らかに紋も違いますね・・・(汗)

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御三階も会津葵が。このひょろっとした御三階、
けっこう本丸内で異質な建物よね?

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この日は珍しく御三階が開いていました。
この日だけなのかなぁ・・・奥には
かなり晩年の容保公像。気品ありますね。

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しかし、賽銭箱は島津十字なのは何でですか・・orz
(薩摩っ子が言うのもなんですけど)

P1330138

しかし、裏に回ると・・・御三階の驚愕の姿が・・・
えええええっっ・・・!!

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なんという無残な・・・ガッチリコンクリートで
固めてあるだなんて・・・側面までびっしり。

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しかもこれ、臍穴めちゃくちゃじゃないの・・・orz
なんで外向きに「IT」なんて見えてるんだ(汗)

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こっちなんか初重はただの民家やん・・・

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しかもかなり傷んでますね・・・・悲しい。

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斜めに材が走るなど・・・・どういうこと?
漆喰のように見える部分から剥がれた裏に
コンクリート的な何かが見えちゃってるし…あぁぁ。

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うーん、残念なの見ちゃったなぁ・・・
気を取り直して、ご飯でも食べよう。
会津バーガーさんにて「鶴ヶ城バーガー」をはむはむ。

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ベーコンが赤瓦なんですってよ(笑)
ボリュームたっぷりで美味しくいただけました。

P1330166

こういう専門店のバーガーは美味しいですね☆
アボカドが個人的にいいアクセントでした。

最後に長命寺の土塀をば。会津戦争における
長命寺攻防戦での鉄砲の弾痕が残っていると聞いて。

P1330172

この赤瓦は当時の瓦なんだよね・・・しみじみ。

P1330175

燈籠に刻まれた会津葵。

P1330176

鬼瓦にも会津葵が。あとから付け足したようにも
見えるんだけど、どう据えつけられているんだろう?

P1330181

そして長命寺には、会津戦争で亡くなったまま
埋葬することも許されなかった戦没者の遺骸を葬った
「戦死墓」があります。戦死墓・・・としか刻むことを
許されなかったとか・・・南無・・・

P1330178

戦争はいつの世も酷いものですが、せめて命を
落とした者を全うに葬るのは礼儀だと思うのです・・・・
薩摩の血を引く者として、ものすごく申し訳ない。
戦国の世ですら、戦没者は敵味方区別なく厚く葬るのが倣い。
申し訳ありません・・・・ううっ。

さて、一旦ホテルに戻って、緋の衣をごくごく。
会津で買ったわけではないのですが、せっかくなら会津で
飲みたいと思ってわざわざ取り寄せて持参したのです!

P1330185

孝明帝から授かった緋の衣、そして降伏したときの
泣血氈・・・会津の明暗を背負ったそのリンゴが
ニッカウヰスキーとの縁もあるんですよね。
こういったツナガリは歴史好きにはたまらなくてですね・・・

竹鶴さんがウイスキーを世に出す前の
大日本果汁製林檎汁の味を想いながら、いただきます。

このあとは、白孔雀食堂の内藤信昭さんと
呑み呑みタイム!ひゃっはー!

実は内藤さん、ウイスキーがお好きだと聞いて
ぜひご一緒したかったのです!行きつけのお店と
バーで楽しいウイスキー談義・・・・

ご本人はあまり歴史には詳しくないそうなのですが、
わたしには胸熱なのですよ・・・だって、
あの内藤修理の血を引く(昌月は養子ですが)方と
ウイスキーの話をして盛り上がれるのですから・・

てか、普通は内藤修理ではなく、内藤介右衛門が出てくる
ところではありますがね!わたし的には内藤修理。
だって、この記事のタイトルも・・・・
「会津に武田の欠片を探して」だからっ!

なんたる私得!武田とウイスキーに万歳!(笑)
って言って舞い上がってるから、写真を撮ってないわけ(汗)

いやー、ホント酔い時間。楽しいなぁ。
また、会津に行きたくなってきた・・・・いやいや、
まだネタが残ってますぜ(汗)

翌日は、いよいよ会津藩公まつり!

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会津に武田の欠片を探して・・・その2 会津若松城本丸散策~山本家跡

さて、間が開きましたが・・・・
外角を一周したあとは北出丸から天守へ。

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このあたりは高麗門だったんでしょうかね。
石と石の間に詰め込まれた細長い石がナイス。

P1320776

打込接と切込接の過渡期のような感じですけど、
個人的には完全な切込接(特に布積)は
きれいきれいしすぎていてちょっとアレなんで、
いい石垣だなーとぶつぶつ言いながら堪能。

P1320781

この角度から見て、大手櫓門。
鉄門に似た佇まいだったなのかなぁ。
結局、西軍はこの門を抜けることはなかったんですな。

P1320778

大手櫓門跡東端から桝形通じる道を見てみると、
如何に道を狭めてあるのが、有効かということに気づきます。

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北出丸の水濠。先ほどドラマ館で見てきた
CGの北出丸の本物の場所がこのあたりなんですよね。
その割にはあまり案内もなく、訪れる人少なし。

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西出丸に負けないくらいの相当な水濠の幅。

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北出丸西隅。

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武徳殿。全国にこの名のつく剣道・柔道場がありますが
ここの武徳殿もそのひとつ。

P1320799

もちろん、城郭遺構ではないのですが、
しっかり赤瓦の建物で、鶴ヶ城址に似つかわしい趣です。

正面から。本丸御殿にありそうな感じですよね。

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そして北出丸内から南に伸びる先には・・・

P1320804

太鼓門枡形。本丸に到達する最後の関門。
外郭から大手門・太鼓門と突破できれば本丸。
そりゃぁ厳重にもなりますよね。

P1320810

すぐ先に天守が見えるホントに天守への最短コース。
この太鼓門も復元できたらなぁ。いい画になると思うんだけど。

やはり、鶴ヶ城も枡形や門近くに大きな石がある法則。
大きな石にもすだれハツリが施されていて…風格を感じます。

P1320813

石垣の苔生し具合も!

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そしてここを抜けると天守。
晴れていると映えますね☆

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そして法則その2。奥に行けば行くほど、
石垣の積み方としては古くなることが多い・・で
鶴ヶ城も野面積になっていますね。
蒲生氏郷の時代の石垣なんですよね。よいなぁ!

P1320821

毎度思う、あの石垣の上に上りたいよ・・・・
武者走りを上がりたい・・・

P1320822

絶対ここからいい画が撮れると思うんだ・・・

八重の桜がやってた昨年なので、天守でも特別展。

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そして定番の一枚。南走長屋と天守。

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少し引くと鉄門。

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鉄門から天守コンニチハ~
このアングル、けっこう好き!

P1320835

鉄門正面。鉄板が張られていると鉄門といわれるが、
前面鉄板か一部だけか・・は城によって
さまざまなのかもしれないね。会津は前面鉄板仕様。

P1320840

ここで会津戦争のときに容保さんが
指揮していたのだそうですね。

ちょっと・・・干飯櫓、もう漆喰欠けてる・・
修理しないと。

P1320841

天守前には、お祭りに備えて
葦名、伊達、蒲生、上杉、加藤、保科、松平の各家の旗。

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伊達・・・蘆名を滅ぼして攻め取ったのに
あっちゅう間に秀吉に取り上げられたからなぁ・・・
政宗さんのイメージ薄いなぁ(笑)

そして、月見櫓跡からの天守。ここの天守の眺めが
一番美しいように思いますねぇ。

P1320845

看板にあった本丸復元図。廊下橋門の枡形、
多聞櫓で囲う厳重なつくりだ!とか出丸は櫓門だけで
高麗門はないんだ!とかいろいろ思うところあり。

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本丸御殿は難しいかもしれないけど、
櫓や櫓門がここまで復元されたら、魅力アップ半端ない
だろうなぁ・・・(妄想中)

御三階跡。整備は着々と進んでいるようだけど・・
どうするのかな。再建するのか、阿弥陀寺の移築遺構を
再移築するのか・・・

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さて、久しぶりの天守。穴蔵は塩蔵として
使われていたんだよ・・という展示。

P1320855

コンクリートがむき出し。鶴ヶ城天守も
いつまで持つのかねぇ・・・

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さて、天守内。山本家の説明に山本勘助の名が。
保科正之が師事したという茶道の師小堀遠州の高弟で
山本道珍という人物がおり、これが勘助の子孫とな?

どうも違う気がするんだよな・・・そうだったら
うれしい話なんだけど。

北出丸の隅櫓。西北隅櫓かな?
再建できないかな・・・

P1320864

おもしろかったのが蒲生さん、築城する際に
いろいろ相談してんだな~ 大坂城や広島城などいろんな城を
参考にしているんだね。武田の縄張りに豊臣のエッセンス。

蒲生氏郷が治めた頃の鶴ヶ城の様子も
もう少し分かったらいいなぁ。

南走長屋。大坂城の多聞櫓もそうでしたが、
兵の籠るのは内側の小部屋、そして敵側に廊下が。

P1320866

麟閣でお抹茶。暑いので氷をころん。
# そか暑かったんだよね、この頃・・・(今1月)

P1320867

さて、夕日を浴びて美しい天守を眺めながら
鶴ヶ城本丸を後にします・・・・

P1320872

南面。

P1320878

西出丸の石垣からみた天守。
南北から見ることが多い鶴ヶ城天守だけど、
西面から見ても好い姿しているね。

P1320886

さて・・・この後はこのアプリで八重さん家を
突撃訪問です(笑)

Screenshot_20140118201557

生誕の地の碑があるのですが、実はここではないそうで。

P1320888

この先30m。

P1320889

こないな位置関係ね。

P1320893

ここが山本家跡、駐車場になっとります。

P1320891

さて、戻りますかね・・・何気ない道の先に
天守が見える。いいですね・・・こうあっての天守。

P1320898

日新館天文台。今、日新館の面影を故地に残すは
この石垣のみ・・・野面積?

P1320906

カーブというよりはカックンってなってる角。
ちょっとお城では見ないな・・・

P1320902

梶原平馬邸跡や旧直江兼続屋敷跡などを通って
通りを出ると、子供たちの提灯行列に出くわしました。

P1320916

提灯行列についていきながらホテルへと帰ります(笑)

P1320936

神明通りでは、会津磐梯山踊り。お祭り期間中
通るたびにやっていたので、メロディ覚えちゃいました。

P1320940

そのまま駅方面に向かって、ラーメン頂きました。
喜多方じゃないけど、喜多方ラーメン。

P1320941

思っていた以上に(失礼)気に入ったラーメン。
駅からも近いですし、会津に寄ったときに
気張らず食べに行こうと思えるラーメン屋さんでした。
ハイボールがブラックニッカクリアのもポイント高い(笑)

電飾はちょっとアレでしたけどね(汗)

P1320943

さて、このあとまたテクテク歩いて、
甲賀町口曲輪門跡の石垣を目指して歩きます・・・

P1320951

というのも、この日1件目のBARがこの石垣の目の前。
残っている石垣は門を支える片方ですから、
取り払われたであろうもう片方の石垣跡に
そのBARはありました。Bar Octave。

P1320968

以前、会津美里町で名前を拝見していて、
憶えていた名前でしてね。

なかなか居心地のよい空間。また今後も通いたいな、
と思わせるよいBARでした。貴腐ワイン樽で
フィニッシュをかけたポートエレン27年が
よかったですね。むふふふ。

P1320964

さて、翌日は郊外に復元された会津藩校・日新館へ。

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会津に武田の欠片を探して・・・その1 会津若松城外郭散策

ずっと、伸ばし伸ばしにしてきた会津紀行。
ようやく手をつけますよ・・・・昨年9月、
シルバーウィークの頃ですね。

今回は、もちろん大河ドラマがあって
その足跡を追うのもひとつの目的でもあったのですが
会津って、探せば探すほど武田の遺香がするのです…
ということで、武田目線での見る会津を楽しもうかと。

郡山での乗り換え。毎度おなじみのあかべえが
出迎えてくれますよ。

P1320530

昨年限定(まだいるかも?)の八重たん。

P1320531

だいたいこういう顔をつっこむのは
やらずにそのまま撮る派。

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お城ボくん。若干、熊本城のひご丸とかぶってる?
気もしますが・・・・まぁ、気にしないことにしましょう(笑)

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まずは、蒲生氏郷さんへご挨拶に。
あなたの建てた天守、どのようだったか見てみたいよ…

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この日の目的は、鶴ヶ城の外郭散策。
というのも、鶴ヶ城籠城戦で威力を発揮した
北出丸の様子に武田流の丸馬出を重ね合わせるなど・・・

北出丸。これが往時は丸馬出だったわけ。
この規模で丸馬出だったら、諏訪原城をはるかに
超える規模だったよね・・・

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往時とは1592年。城郭は甲州流の縄張りを
用いて・・・という代表例が丸馬出だったようです。

P1320540

甲州流の縄張りは蒲生氏郷の城域拡張時に、
曾根昌世(そね・まさただ)が甲州より招かれ、
縄張りを担当したことによります。

信玄の小姓・奥近習六人衆に名を連ね、
後に名を馳せた真田昌幸とともに、
信玄から「我が眼の如し」と称された逸材。

往時の濠もこの規模だった保証はありませんけどね。
脳内で丸馬出に変換、変換・・・・

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鶴ヶ城籠城戦にまつわる八重さんのエピソードなど。

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さて、北出丸の大手門をスキップし、
桜の馬場から伏兵曲輪のほうに向っていきます。
このあたりは土塁が残り、石垣化する前の
鶴ヶ城の趣があるように思いますね。

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鈍角に飛び出た土塁上には、本丸北隅櫓が
ありました。大手門を狙い撃ち。

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桜の馬場前あたりの伏兵曲輪土塁は、馬場側に
遊歩道があり、土塁の様子を見るのに最適。

石垣のイメージが大きい鶴ヶ城ですが、
武田の欠片を探そうとすると、土塁のほうにニヤリ、
としてしまいますね(笑)

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なだらかな曲線に蒲生時代の曾根内匠の
縄張り感を見い出しながら、てくてくと・・・

P1320579

ちょうどこの写真、「伏兵郭」とある右手あたりを
外側から見て回っています。

P1320556

こうした曲線も屏風折れ・横矢掛かりのため…
なのでしょうかね?

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P1320575

埋門そばの濠端。ここで濠は一旦終了。

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三の丸跡に建つ大河ドラマ館へ・・・・
三の丸はさすがにあまり残ってないね。
どこの近世城郭も三の丸が残るところは少ないけど。

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籠城戦を戦う八重さん。このくらいまでは
毎週楽しみに見ておりました・・・

P1320582

綾瀬さんのサインかわいい。

P13205821

ドラマ中で八重さんが持ってたスペンサー銃。

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こちらにも綾瀬さんのサイン入り。

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籠城戦の八重さん。三郎さんの形見でしたね。
ドラマを見てるとやっぱり楽しめる。

P1320585

んが、緋の衣でできた容保公の陣羽織は
撮影できません・・・ホンマもんやあるまいし、
ケチくさいことしなはんなやー(泣)

北出丸のイメージスケッチ。
あ、あれ・・・??隅櫓はないんだっけ???

P1320588

そして、イメージスケッチのとおりに描いた
セットで北出丸の激戦の雰囲気を味わうことができます。
向こうに見えるのは、左手が内藤邸、右手が西郷邸か?

P1320589

動画も撮ってきました・・・弾が飛んできて
あっぶねー!とビビる一幕も(苦笑)

確かに北出丸のセット・・・だけでなく、
籠城戦のCGはじめ映像は非常によかったですよね。

この凧ひとつとっても、ちゃんとドラマを見た上で
訪れてよかったですね。

P1320597

角場で鉄砲体験をやったり、意外と楽しめたドラマ館。
清盛ではぜーんぜん撮影NGだったので、
少しだけでも撮影できて、まぁよかったかな。

さて、続いて二の丸埋門跡から外郭散策に復帰。
埋門自体は遺構はほぼない状態・・・

P1320599

ただ、その脇の稲荷曲輪土塁は残っています。
今は駐車場の一角。

P1320601

稲荷曲輪土塁上から見る桜の馬場。
桜の馬場からは木々で見えにくかったですが、
逆に稲荷曲輪側から見ると、高低差がよくわかります。

P1320603

手前が稲荷曲輪、濠を挟んだ向こう側が
伏兵曲輪ですね。

P1320604

縄張図でいうとこのあたり。

P1320607

奥のほうは、濠が涸れていますね・・・

P1320606

濠の奥の土塁上には、東門石垣。
ここから二の丸・伏兵曲輪に入っていきましょう。

P1320608

東門石垣。土塁の上に石垣が・・・いかにも
もともと土の城に石垣を加えました、
という感じに、鶴ヶ城の歴史を感じますよね。

P1320612

切込接布積ですが、石が少し丸い気がします。
かといってもともと丸い石でもなさそうですし、
打込接との過渡期の石垣なのかもしれません。

P1320614

石垣に残る柱の跡。これも重要な手がかりなんだけど…
東門の図面って残ってないのかなぁ。

P1320616

写真を撮る位置にあった枡形石垣は撤去。
東門を支えるもう片方の石垣もなく
枡形感がなくなっているのは残念至極・・・・

P1320618

さて、東門脇の土塁を上がって、伏兵曲輪から
大手門を見てみましょう・・・

P1320619

手前が伏兵曲輪、濠を挟んだ先が稲荷曲輪。
伏兵曲輪、けっこう薮が生い茂ってます(汗)

P1320623

伏兵曲輪内は今はテニスコートです。

P1320624

ううっ、さらに薮が手ごわくなってきたぞ・・・

P1320626

まだまだ暑い季節でしたが、かなり木々も
生い茂って木陰に。もう少しきれいにしてくれたら…

P1320631

おっ、見えました大手門!まさに大手門に突撃する
兵の背後から狙う感じですよね。この縄張り、
石垣化してもあまり変わってなさそう。

P1320637

西郷隆盛が熊本城を落とせなかったことについて、
官軍に負けたのではなく、清正公に負けたと言わしめた
熊本城の堅城ぶりを示すことばがありますが、
同じように曾根内匠の武田の縄張りが、
会津戦争にも活きて、会津を守ったのかも・・・

さて、一旦伏兵曲輪・二の丸を東門から出て、
二の丸の縄張りの東・南面を歩きます。

P1320649

あ、あれは廊下橋跡ですね。後ほど南面からも
堪能しますぜ!

P1320647

張り出しているのは、薬師堂跡。

P1320652

濠は空壕のように涸れ切っていますが・・・

P1320653

南門近くになると、水がわずかに復活。
往時はどうだったかわかりませんが、
石垣だけではなく、土塁エリアもメンテしてほしいな?
と思った次第であります。見所になると思うんだ。

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縄張図だとこのへんですね。

P1320657

南側から。ホントに空壕だったのかも、
だけど、それならそうでキレイに草を刈らないとね。

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二の丸南門前の三の丸御殿跡。

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三の丸御殿跡からは廊下橋がよく見えます。
どんな姿だったんだろうね・・・映えるだろうなぁ。

P1320662

なかなか見てこなかった本丸南東面。
右手に茶壷櫓跡、左手に月見櫓跡。

P1320663

本丸からはよく行きますが、外からは
こういう眺めなんですね・・・というか、
このあたり土塁だったんですね、と発見。

という眺めは、三の丸土塁から。南の端は
土塁上に薮が多すぎて、ちょっと近づけません(汗)

P1320670

が、土塁の残り具合としてはまずまず。
どこまでがいつの時代か、石垣と違って判別は
なかなか難しいですが、その分古い遺構じゃないかと
勝手に思い込むこともたやすいわけでして(爆)

三の丸南門から一旦退出。枡形感は分からぬなぁ。

P1320673

んが、権現下曲輪に面する三の丸空壕は
何とか確認できました。ほぅほぅ。

P1320674

逆側から。

P1320677

外側からも三の丸土塁の様子がはっきりと。
木々に覆われるんじゃなくて、土塁もこうしてもらえると
けっこう見応えがあるんじゃないかと思うんですよね。

P1320678

しっかり確認できるのはここくらいまでかな。
なにせ空壕跡に民家が建っていて、土塁とピッタリ
隣り合っていますから、民家の隙間からしか見れなくて。

P1320679

さて、引き返して三の丸南門から西へ向かって、
本丸の南面から西出丸に向かいます。
このあたりは牛沼と呼ばれる雄大な濠が見ごたえ◎。

P1320685

木々がこんもりしているのは、本丸月見櫓跡。
濠がどーんと開けていて、気分よろしい☆

P1320687

ただ本丸に木々が多すぎて、せっかくの鉢巻石垣が
少々確認しずらく・・・

P1320692

干飯櫓もかろうじて確認できる程度・・・・

P1320696

どの程度、資料があるのか知りませんが、
本丸の櫓群も復元させて、同時に鉢巻石垣も
はっきり見えるようにすると、牛沼の景観もアップし
城好き的にも魅力がアップしますね・・できんかな?

あ、八重さんこんちは。

P1320694

さて、西出丸・内讃岐門跡まできました。

P1320700

石垣は切込接乱積。比較的石が大きめですね。

P1320702

本来ここも桝形門だったようですが、
奥の石垣は撤去されてるっぽい・・・・うーん。

西出丸。ここも北出丸と同様相当な規模ですね。
圧倒されます・・・(角を必死で丸に変換中)

P1320704

西出丸にも、西南・西北の二基の櫓が。
櫓跡は出隅になっています。

P1320706

北出丸との大きな違いは、中央に横矢掛がひとつ。

P1320715

同時につくられたのか、あるいは時期が違うのか…
若干積み方が違うようにも見えますがね。

西南隅から。この大きさの丸馬出はすごいな・・・
(しつこい)

P1320724

西出丸は鴨さんの縄張りでもありましたよ。

P1320720

すいーっ!

P1320730

すいすいーっ!

P1320731

さて、今度は北側から西出丸に進入。
こちらはちゃんと枡形になってるっぽーい☆

P1320733

なんか残念な補修跡があるような気がするけど、
見なかったことにする・・・

P1320738

先に見えるのは横手坂。
北出丸の奥、本丸北の太鼓門につながります。

P1320736

石垣上から西出丸濠を眺める・・・やっぱり
高いなぁ・・・(角を丸に・・いいかげんにしろ)

P1320744

西北隅櫓跡。確か古写真はありますし、
再建できそうな櫓ではありますよね。
発掘調査のしがいもありそう。

P1320745

けっこう見ごたえはあるんですが、
誰も来ませんよ(にこにこ)

P1320753

西出丸は全体的に駐車スペース。
皆さん、クルマを停めたらさっさと天守に
行っちゃうんでしょうなぁ・・・

P1320754

横矢スポット!

P1320756

さて・・・ようやく北出丸に戻ってきました。
大手門の反対側、北出丸西門跡。
左手には、北出丸西北隅櫓跡が見えますよ。

P1320767

ということで、今回の踏破ルートはこちら。
今まであまり行っていないところを中心に回りました。
武田フィルターを通すと土塁と縄張りの構造も
実に興味深く感じることができましたねー!

Tsurugajomap

さ、歩いた後はごはんです。
こづゆ・・・今回の会津旅ではこづゆを何度も
頂きましたが、ヘルシーで美味しいし、
(本来はおめでたいときのものだそうですが)
常食したいくらい気に入りました。むはっ。

P1320773

もちろん、それじゃ腹は膨らみませんので、
おそばとソースカツ丼も頂きましたがね・・・(笑)

P1320774

この後は、北出丸から天守、そして
「会津古今旅帳」という古地図アプリを見ながら、
覚馬さん・八重さんのご自宅と日新館跡へ
最後に、会津の酔い時間へ。

会津って、NBA福島県の会津支部って
独立した支部があるほど、Barもある街なんですね。
善き哉、善き哉。

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2013秋冬のウイスキーイベント。

明けましておめでとうございます。
三が日が過ぎ、いよいよ出勤日が見えてきた新年4日目。

今書くか?という感じありありなんですけど・・・
昨年10月~11月にかけて参加した
ウイスキーイベント×3について・・・

モダンモルトはさすがに行けなかったのですが、
大阪のWhiskey History川口のウイスキーフェスティバル
そして、ザ・ソサエティの日本支部20周年の
記念ティスティング会

土壇場で忙しくなっちゃって、ウイスキーヒルズも
行けなかったのがちょっと残念・・・
ウイスキーフェスティバル東京は、武田イベントと
かぶったのでパスいたしました(泣)

てところで、川口ウイスキーフェスティバルの
資料を自宅に置いてきたようなので(爆)
そのうち2件を軽く記録に残しておこうかと・・・・

■Whiskey History 2013

そういや最初にシーバスミズナラを頂いたのが
大阪でしたね。確かにミズナラという先入観で頂くと
あれっ?という感じにはなるんですが・・・

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ひとつのブレンテッドウイスキーとして味わうと、
いいウイスキーだなと。お値段的にも良心的ですし、
普段飲みに常備したい1本。

イチローさんところでは、THE PEATEDはじめ一通り。
CHIBIDARUを買い逃したのがイタイな・・・
いずれどこかで手に入れよう。

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この頃は未発売だったTHE PEATED。
ピートが強すぎないというか、ピート一辺倒で
他の香りが後退するということがなく、
フルーティさも負けずにあって、
ヘビーピートの中にも優しさを感じる一品でした。

んで、ここで肥土社長からおもしろい話をお聴きし…
というのも肥土さんところのブレンテッドって
けっこう好きで、プレミアムブラックラベルは
常備してあったりするんですよね。

ただ・・・秩父でグレーンをつくってるなんてな話は
聞いたことがなかったので、どうされているのかと。

イチローズブランドだと、川崎グレーンが有名ですが、
それ以外にもスコッチや北米からグレーン原酒を取り寄せて、
秩父で寝かせてるそうなんですね!

白いラベルのイチローズブレンテッドには、
スコッチ原酒秩父育ちのグレーンの比率が多いんですってよ。
黒いラベルのほうが好みではありますが(汗)

とりあえず、試飲であれば押さえて何度も頂いている
グレングラッサ1972。おいしいのはわかりますが、
買えませんわな・・・しばらく出てくるでしょうかね?

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このインチガワーが美味しかった気がする・・・・
記録が残ってないので、詳細不明(爆)

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ハギス。一口サイズなのでちょっとしたおつまみに。

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マクミラの販売に代理店がついてスタートし、
当たり前のようにあるのがうれしいですね・・・・
わざわざ台湾まで買いに行かなくていいんだ(笑)

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そして、ここで美味しかったのが
Ichiro's Malt the GAME 5th Hanyu 13yo 2000
ミズナラウッドフィニッシュ#1302。

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これは・・・と思い、ON THE WAYの代わりに
ガツガツっと二本その場でオーダー。

今味わってみますと・・・柿、キンモクセイ、
酸味の強いチョコ、鼻抜けにミントのような爽やかさ。
しばらく経ってバニラ感が少しありますが、
基本的には酸味のある華やか系。少し出汁感もあり。

いろんな方の評判を聞いても、いいみたいで、
ここで2本買っててよかったな、と思った逸品ですな☆

■ザ・ソサエティ日本支部20周年記念ティスティング会

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ソサエティはホント、いろんなモルトを集中して
ティスティングして、気に入ったのを買う…という
スタイルで比較的長くお世話になっておりまして…

ウェルカムハイボール。モルトの銘柄忘れるなど。

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挨拶には、サントリーからは輿水チーフブレンダー、
ニッカからは山下主席ブレンダー、本坊酒造谷口常務、
そしてベンチャーウイスキー肥土社長が。

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まぁ、いろんな方にお会いするわけでして、
あどうも、とか、ご無沙汰してますとかって
挨拶するのが、こういう場の通例なんですけどね?

普通に試飲時に後ろから、どうも!と声をかけられて
実は山下さんだったときには、苦笑。普通に飲んではる…(笑)

この日のビッグニュースは、羽生・秩父・軽井沢を
ソサエティが詰めるってことですよね!

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しかしまぁ・・・軽井沢の多いこと・・・
ということは必然的にシェリーが多くなるわけで。

秩父がバーボン樽、羽生がバーボン樽&シェリー樽。
軽井沢はシェリーばかり・・・・

個人的には秩父のバーボン樽と羽生のバーボン樽が
気になりますねぇ・・・シェリーは頂いてみて
自分にヒットしたら、かな?

さて試飲のほうですが、チケットはデフォルトで
済むわけはないっすわなぁ。買い足しは当然でございます。

頂いたのは・・・120.1。噂には聞いていた
白州のミズナラカスク。サントリー的には
ないことになっているはずの・・・幻の品。

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山崎のミズナラでイメージする、いわゆる神社仏閣的な
特徴的な木香とはちょっと違い、おがくずや
椎茸で取った出汁。後味にロースト感がある感じ。
これは、少し白州の原酒にピーティ感があるからか?

ちょっと時間がたつと、いわゆるミズナラらしい
感じがなってきたかなぁ、とは思うんですけれども、
サントリー的にはミズナラのイメージは
山崎の感じにしておきたいだろうから、
たぶんオフィシャルで出すことはないだろうな…
と妙に納得してしまいました(笑)

ハイランドパーク 4.73 1970-2000, 30yo。
特濃のストレートティーのようで
カテキン感がものすごくあってイイですね!

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少しセロリのような独特の香草がアクセントになってました。
時間がたつと、甘みがむくむく。

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美味いことがわかっているグレングラッサ 21.27。
ライブで飲み損ねたのでこちらで。
主張しすぎない草原の印象と軽やかな南国感が
よくマッチ。だが、5万は払えんな…

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宮城峡124.2、新樽かなぁ・・・と思いますが、
蒸留所カスクの25年と違いオレンジ感はなく、
優しくキャラメル感とアーモンド感が感じられる佳酒。

P1350947

鼻抜けの熟成感がたまらない。これは
(無理なことはわかっているが)
普段のみでも飽きない優しさ。

どれもボトルで買えることなら、
買ってしまいたい・・・いいモルトでした。うは。

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