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竹田城について考えてみる。

自分の考えたことを残すというある意味、
ブログの原点(Weblog)というネタ。
忘れないうちにログに残しておきましょう。

きっかけは、奈良大学の千田嘉博先生のツイートから。

12/25のとあるニュースで竹田城に関して、
「城跡はないが、石垣だけが残る」いう矛盾した表現が
あったということを紹介されていました。

そこで・・・

なんて表現をするんだケシカラン!あの石垣がいいのに!
貴重な遺構だぞ!やっぱり世間は建物がないと
城じゃないんだ…わかってない!

・・と流れていくどんどんとタイムラインに
一抹の違和感を覚えながら眺めていました。
ええ、建物から城に入った人間として…ね。

その違和感とは何ぞや。一言で言うなら、
「知らないということそのもの」を叩いている点。
間違っているという指摘や批判ではなく、
知らないことに対する非難。

そういう方々って、たぶんお城が好きで、
知識もいっぱいある人たちなんだと思います。

でもね。ただの「揚げ足取り」なんじゃないの?
という気がするのです。
そんなことより、なぜそのような表現が
まかり通ってしまったのかについて、
もっと深堀していく必要があると思うわけですよ。

もちろん城とはそもそも?ということに対して、
認識は低い表現であり一個人が言うならともかく、
テレビで流す表現としておかしいのは確かです。

好意的に解釈すれば、「建物はないが
石垣だけが残っている」と表現したかったのでしょう。

そこを「建物」と「城跡」を間違うとは何事か、
建物だけが城跡じゃない、という非常にまっとうな
「正論」ではあります。うむ。

しかし・・・城について知識をどれだけの人が
どれだけ持っているというのでしょう。
わたしはいつも自分の関心事が「マイナー」である、
つまり、自分が常識として知っていることでも、
皆にとっては常識ではないということを認識していて。

たとえば普段城の会話をしないウイスキー好きの皆さんと
たまたま城の会話するときに、城好きさんと会話する
共通言語で話して、え?こんなことも知らないの?
と言いません。当然。

城=天守だとか城=城郭建造物という認識を
城にそれほど関心を払っていない人たちが
持っているのだとすると、とりもなおさずそれは、
その城の本質的な意味とは別の、城への一般的な認知形成が
どうされてきたかを物語る歴史ではないか、と考えています。

あ、戦後復興天守がボコボコ建ったから、
城=天守だと思うようになったんでしょ?というのは
早計だと思いますよ?

そういったことを横に置き責めてたとしても、
それは意識をもって関心をよせてはいない人たちの常識、
というきわめて堅固な「城」に対して
正面きって突撃していくようなものでしょう。

知られていないことに憤って、何でわかってないんだ!
という前に・・・なぜ城に詳しくない人はそう考えるのか、
どうしたら魅力に気づいてもらえるか・・・

城から少し離れて、歴史全般の話に広げてみたとき、
例えば、ゲームなどから入ってきた比較的
歴史に接してから日が浅い方々に対して、○○好きなのに
△△なことも知らないの?などというのは禁句!
だと思っています。

いいんです、知らなくて。
知識なんて、みんなでいくらでもシェアすればいい。
好きだと思ってくれる人が増えればいいのです。

いいんです、違ってても。
違っていたら、自分の目線はしっかり持った上で
お互い学びあえばいいし、互いの世界に
足を踏み入れたっていい。

やっぱり違うなと思ったら、そういう世界もある。
と存在を認められればいいはず。

・・・でしょう?

なのに、話題が城になったら、城といえば
天守だ建物だと言ってる人は、
ミーハー城好きになっちゃうんですか?

多少被害妄想はあるのかな、とは思いますが、
建物、特に天守が好きなんて言ってると、
天守にうつつを抜かすは城好きにあらず・・
という雰囲気すら感じます。

えっとね、石垣のよさや土塁のすばらしさを語るのに
建物を貶める必要はまったくないんですよ。
むしろ、自分から興味を持った方だけに閉じてしまい、
建物に興味がある人との溝をつくるだけ・・・と。

そもそもの同好の士とはつながってもせっかく
「お城に関心がある」というところまでは
近いところにいるのに、少し離れて
土塁や石垣の城もいいでしょ?って広げられない。

そうじゃなく、なぜ、石垣の城がどういいのか、
自分にとってのたくさんの当たり前を振り払って
説明できるようにならないといけないのです。

そう・・・それは説得であり、プレゼンであり、
面接であり、マーケティングなのです。

わたしはここ数年、石垣の城の魅力や土塁の城の
楽しみ方を学び、視野が広がっただけでなく、
そこから得た知識を元に建造物を見返すとわかることも
非常に多いなと思うんですよね。

あくまでも城(武田家関係はまた別次元)に限るなら、
建物 > 石垣・土塁・縄張、ですよ、いまでも。

今回のような、残念な表現を目にしてしまったとき、
なんて程度の低い認識なんだと非難して終わるんではなくって、
城=天守だと思っている方の考える価値を否定せず、
プラスアルファでこういういいところもあるよ?
って、言っていくためには、どうすればいいいのかな?
と考えなくちゃいかんな、と思うわけです。

で、どうすればいいのか・・・
それはやはり語り部を増やすこと。

観光とか町おこしとかは一旦横において、
自分の言葉で竹田城のすばらしさを語って、
人の心を響かせられる人を増やすこと。

マスコミや報道といった「マス」で伝えようとすると、
その性質上、その本質をなおざりに
しがちなのだろうと思います。

だから、竹田城は遺構の修復という意味も含めて、
立ち入りは厳しく制限すべきなのでしょう。
その本質的な価値を見出せる方に限って。

そしてそういう方々こそが、人の関心のツボを突いて
竹田城のすばらしさの何たるかを語っていく
しかないように思います。

できること、できないことありますが、
文句を言うだけではなく、
自分に何ができるか?を考えたいです。

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