« 再び現存櫓を追う!その1 大坂城多聞櫓 | トップページ | 再び現存櫓を追う!その3 岡山城月見櫓。 »

再び現存櫓を追う!その2 大坂城千貫櫓・金蔵・特別展+おまけ

さて、千貫櫓。最初に見たのがこれ・・・・

P1340423

さすがのロケーションですね、大手枡形をゆく
敵兵を狙い撃ち!信長があの櫓を奪取できれば、
千貫与えてもよい・・と言わしめるのもわかります。
石山本願寺の頃と同じ位置だったとするならね。

作事奉行は小堀遠州だったそうで、櫓の設計もできるの?
とちょっと違和感はあったのですが・・・
ま、それはそれとして、一階に武者走りを配している
というあたり、天守相当の構造の櫓だね。

P1340425

ボランティアの方曰く、一番櫓、六番櫓も同様の構造
だそうですから、往時に大坂城を守っていた数々の櫓たちが
みな天守相当の大櫓だったということになりますね!

櫓にあるのは、「石落とし」というそうです。

P1340428

北側の壁には謎の懸魚が並ぶ・・・
なんか意味があるのか、聞き忘れたorz

P1340429

並みの櫓だと、漆喰が内部にもないような気がする…
こういうところにも違いが現れているのかも?

P1340437

古材があんなところに保管されている・・・!?

P1340438

内側の部屋には、畳が敷き詰められそうな感じ。
幕末どうだったかはさておき、畳が敷ける構造ではあるね。

P1340433

襖があったのでは?と思わせる跡。
創建時とは様子がかなり違っていたのかもしれない!

P1340476

P1340475

床はさすがに材が取り替えられている感じがしますね。

P1340441

畳み敷いて何かに活用できればいいんだけどなぁ。

P1340450

櫓の薄暗いところに光が入るさまって、
城好きを少し横に置いておいたとしても、いいよねぇ。
光がこぼれるさまが美しい。

P1340473

陸軍がつけたか、創建時からあったかわからないらしい
荷揚げ装置。あんまし違和感ないね?

P1340463

名古屋城と違って、二回は見せてくれないんだってさ!
ちぇっ・・・・少しだけ二階が見えるけど(笑)

P1340457

さて・・・そろそろ千貫櫓撤収。
やはり天守的な構造には惹かれるものがありますし、
大きさひとつとっても、大坂城の櫓のすごさを感じます。

そういえば、千貫櫓南から北にかけて傾斜があるな?
と思ったのですが、実際建物が傾いているらしく、
年1回の公開を今年で中断するかもしれないとのこと…

城好きとしては、悲しい限りだけど、
取り返しがつかなくなる前に修理しなくちゃね。
お金がない大阪市にはムリかな…寄付ならするよ!!

千貫櫓前の塀もかなり傷んでるしなぁ…
痛々しい姿です。

P1340482

P1340483

次は一番櫓、六番櫓、乾櫓だな。あまり公開されることは
ないらしいけど、数年に1回は公開されていることが
あるみたいでチャンスを逃さないようにしなくちゃ。

でも、普段から枡形の裏くらいは
見せてくれてもいいのにねぇ。

P1340490

さて、桜門を通って本丸へ。金蔵の見学と重要文化財指定
60周年を記念した展示を見るために本丸へ。

まずはお気に入りのアングルで天守閣をパシャっと。
これでも創建80年、なかなかの長寿。

P1340494

金蔵前には、豊臣時代の発掘調査で出てきた
瓦が展示してありました!鯱瓦なんて広島城から出土した
鯱瓦によく似ていて、この時代の鯱が金一色ではなく
実にカラフルであったことを伝えてくれます。

P1340497

五七の桐紋の瓦。こんなのがポンポンでてくるのが
すごいですね・・・個人的にまっ金金よりも
本瓦の黒い部分を残したほうがシックで上品だと思います!

P1340498

さて、金蔵へ。江戸城・大坂城のほか、
駿府城・二条城・甲府城といった徳川系諸城に
置かれましたが、現存するのは大坂城のみ。

P1340537

中はこんな感じ。窓には破られないように
鉄格子がはめられ工夫がされています。

P1340509

アップ。光がこぼれる様子がきれい。

P1340532

しかし、それでも金蔵破りがあったそうで、
釘をつかって三重の扉を破った・・なんて聞くと
意外と甘かったんじゃ?なんて思ってしまいます(笑)

こちらが小判がたんまりと入った千両箱。
葵紋入りで大坂城で保管されていた千両箱のひとつで
小判を1,000両詰めると約4.4kgにもなるそうで、
これが往時は1,000箱以上保管されていたそうな。

現在の価値で500~800億くらいの金銀が
大坂城だけで保管されていたことになるとか・・・・

また、幕末に徳川慶喜が大坂城から撤退するとき
(八重の桜であったアレですよアレ)
榎本武揚の軍艦に大坂城の御用金が積み込まれたとかで
嵐に遭って沈んでしまって、今も海底に沈んでいるとか?

大判小判、二朱金・一分銀。
一分銀はウチにもありますよー!

P1340519

P1340521

隣の部屋は、床板が外された状態。
防犯のために床下もみっちりと石が敷き詰められてます。

P1340522

さて、金蔵前では豊臣期大坂城の石垣の発掘調査中。
ちょうど詰めの丸の櫓台に相当する位置。

P1340539

1984年に見つかったこの石垣も、詰めの丸の石垣。
見ごたえあるでしょうねぇ。

P1340542

位置的には、こういう感じ。
より天守・奥御殿に近い位置ですね。

20131208165454

有名な黒田家に伝わる大坂夏の陣図屏風では
こう描かれています・・・やけに天守に近い(汗)

20131208165424

個人的には、豊臣天守跡の発掘ってできないのかなぁ?
とすごく思うんですけどね・・・
礎石などがきれいに出てきたら、最も好きな
豊臣大坂城天守の実像に少しでも迫れるかと思って…

さて、特別展のほうへ。大阪城はこの姿。
戦火に傷ついた大坂城とそこからの復興の歴史。
これもまた城の歴史なのです。

20131208155113

今回の展示では、現存する櫓の図面も展示されていて、
特に乾櫓が興味深かったですね。一階平面図をみると、
千貫櫓同様、武者走りを配しているが外側だけ…
ということで、外観はL字にみえるものの、
内部構造的には、正方形の天守構造から1/4を切り取った
と表現したほうがしっくりくる感じですね。

さらに乾櫓の鯱瓦が唯一、創建当時の鯱として
残っているそうで、鯱の設計には乾櫓の鯱瓦が基準に
なっているそうです。へぇ。

そして、被災状況。砲兵工廠が旧大坂城内にあったため、
大阪大空襲の被害を強く受けたわけですが、
コンクリートの天守こそ無事でしたが、
三層の伏見櫓を始め、多くの櫓が焼失してしまい、
また石垣も大きな被害がありました。

辛うじて残った一番櫓。今にも崩れてしまいそう…

P1340546

崩れた南外濠石垣。南面側東あたり。

P1340547

乾櫓そばの石垣。爆撃で石垣の角が
吹っ飛んでいます・・・

P1340548

ここの石垣は石垣造りの名人といわれ、
松山城の石垣修理の実績もあった愛媛の菅能宇吉氏が
見事に当時のままの石垣を蘇らせ、今やその痕跡が
わからないほどきれいに復元されています。

そして、何度みても惜しい伏見櫓。
コレが残ってるかどうかだけでも、大坂城の威容は
違っているだろうになぁ・・・

実は、1950年にはジェーン台風が大坂を襲い、
空襲で傷ついた大坂城に更に追い討ちを掛けます。
そこで、大坂城を守らねば!という機運が高まって
修復に動き出し始めるのです。

戦前には陸軍所管であったため、国指定文化財ではなく
その一方、政府の所有物なので勝手に大阪市・大阪府が
修理するわけにも行かない・・と困難にぶつかります。

そこで、大坂城修復の機運を盛り上げようと、
1953年3月11日、大阪府・大阪商工会議所
日本赤十字社で大阪城修復委員会を立ち上げ、
応急処理のための寄付を募ります。

その際に、大坂城の文化的価値を訴えたのがこのパンフ。
ひどく傷つき、屋根には大きな穴が開いてたとか…
不発弾だったんでしょうか。たまたま破裂せずに済んで
六番櫓は助かったのかもしれません。

P1360352

この時代に寄付を募るのは大変だったろうが、
今修復しないと!という切迫感があります。

少し引用します。

 その城址公園の風趣をたかめる城内の旧建造物は
 いま保存の手も及ばぬまゝ、かつて白砂青松を清らかな堀に
 映した古城のおもかげも、日に月に朽ちゆき、
 一雨ごとに目に見えて崩れゆく痛ましい姿に
 心ある市民や観光客の目をそむけさせてきた…

 この城が将来、国の重要文化財として指定されれば、
 本格修理の手も伸ばされようが、それを待つ間が
 見るに忍びない。せめて雨もりや崩壊をくいとめるだけの、
 応急修理で外観を整えるだけでも、市民の手で
 一日も早く修復をはかり、市民の郷土愛の
 象徴たらしめたい…

この呼びかけに実に1,634万円もの寄付が集まりました。
日銀のサイトから2012年時点の物価に換算すると
1.5億円近い寄付が集まったことになります。

戦後間もなくの頃、皆どん底にいた頃だと想像します。
その頃にこんなに寄付が集まったなんて・・・

数少ない櫓がだた残っていただけではなく、
ものすごい努力の上になっているんだと詳しく知れて
有意義な展示会でした。こういう意思は
後世にまで受け継いでいかないとね。

このあと、西の丸でおいしそうな催しをしてるので
こちらにふらふらと立ち寄り・・・少しずつ
いろんなモノをつまみ食い。

から揚げに・・・甘酢とマヨネーズのタレ付き。

P1340564

かすうどん。もっと関東にも広まってくれんかな。

P1340565

カレーうどんに・・・

P1340567

神戸牛の牛丼。うまうま。

P1340576

そんな食べながらも、乾櫓の裏手に回って、
1/4欠けた部分を確認してたりします(笑)

P1340572

P1340574

さて、大手枡形から退城。よくみると、
市多聞跡にちゃんと礎石があるんだねぇ・・・・

P1340580

ちなみに・・このあと、旭区の赤川鉄橋にも。
歩行者道路としての役目を終えるということを
地元がメッチャ近所のしろうさぎさん(@sirousagi77)に
教えてもらって、なんとか滑り込みで訪問。

途中で谷町線の古い型の車両がバイバイすることを知る…
こうしてまたひとつ知らない大阪になっていくのね。

P1340581

P1340582

P1340583

けっこう歩いてようやくたどり着いた赤川鉄橋。
実はわたしのなかで大阪城と強く結びついています。

P1340588

というのも自転車で淀川沿いをずっと走って、
この橋の下を潜り抜けて、大阪城までよく入ったんですよ。
ここに来るときは、大阪城に行くとき。

P1340604

そんな城好きの原点を思い起こさせる風景なのです。
ということで、歩いて渡れることは知るものの
歩いて渡ったことがないという・・・(笑)

P1340612

てことで、最初で最後の赤川鉄橋ウォーク!
ちょうど貨物列車が通って、絶好のシャッターチャンス!

P1340639

ワンド。語源は知らないけど・・・・
ここには貴重なイタセンパラが棲んでいます。
イタセンパラとは、板鮮腹。
板のように平たい体形で、色鮮やかな腹部をもつ魚
という意味だそうですよ。

P1340627

うむ、絵になる風景だなぁ・・・

P1340634

くーるくる。

P1340644

東淀川まで達して引き返します。

P1340655

いや、最後に歩けてよかったなぁ。
しろうさぎさんのおかげでした、ありがとうございました。
お会いできなかったのは残念ですがね・・・

ということで、お次は岡山城月見櫓☆

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン


|

« 再び現存櫓を追う!その1 大坂城多聞櫓 | トップページ | 再び現存櫓を追う!その3 岡山城月見櫓。 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 再び現存櫓を追う!その2 大坂城千貫櫓・金蔵・特別展+おまけ:

« 再び現存櫓を追う!その1 大坂城多聞櫓 | トップページ | 再び現存櫓を追う!その3 岡山城月見櫓。 »