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武田家宗家と武田史跡を訪ねるバスの旅…その1 金丸氏館跡(長盛院)・土屋昌恒供養塔

さて、甲斐の城オフに引き続いて山梨県ネタ。
約1ヶ月ほど前・・・武田家御宗家と訪ねるツアーに
参加してまいりました。

Takeda_bus_tourism

ある日、何気なく武田家旧温会のページを見ていたら
武田宗家と巡る史跡ツアーなる企画が・・・

しかも、興味深い一節。

旧温会会員のみでなく、武田家に関心のある
一般の方にも参加を呼びかけます。

旧温会会員のみでなく、武田家に関心のある
一般の方にも参加を呼びかけます。

大事なことなので2回書きました。

そう・・・旧温会という武田家と旧武田家家臣団の集まり
ということだけでなく、ゆかりのない一般人も来ていいよ!
とのこと・・・これは行かないわけはないでしょう!

ウイスキーフェスティバル東京とかぶっていたのですが、
今回ばかりは武田家をチョイスいたしました!

実はこれ、武田家旧温会の中での「研修」の扱いで
今までは会員で企画を立てて、武田家にまつわることを
もっと学ぼうという取り組みをされているそうです。

そこで、NPO法人南アルプスファームフィールドトリップ
方とつながりができたそうで、今回の企画が生まれたとか。

今回のテーマは、南アルプス市に点在する史跡を回り
戦国以前の甲斐源氏について、また信玄堤について学ぶ
ということがテーマでした。

来ておられる方々は、御宗家はじめ板垣駿河守、
土屋惣蔵、馬場美濃・・など錚々たる末裔の方々。
飛び交う会話に武田さんや土屋さんなど、
その一片を耳にするだけでも、心が躍るひととき・・(笑)

というわけで、意気揚々と甲府へ。
とはいえ、全員が初対面でありまして・・・・

なかなか話すきっかけもつかめないまま、
最初の目的地に向かいます。土屋昌恒の実家である
金丸氏館跡(長盛院)と土屋昌恒供養塔。

P1350547

土屋昌恒というと片手千人斬りで有名。
勝頼に最後まで付き従い、天目山にて最後まで奮戦、
片手を蔦に絡ませて戦い続けたことによるもの。

元は金丸氏の出身で後に土屋氏を継いでいて、
その出生地のそばに葬られたそうです。

墓前で手を合わせる参加者の土屋両氏。

P1350548

昌恒の継いだ土屋という姓は相模国にそのルーツがあり、
信玄の時代に金丸虎義の五男である昌恒が
相模土屋氏の名跡を継いでいて、一方長男である
昌次も土屋氏を継いでいます。

この・・・氏の名跡を継ぐというやり方ですが、
信玄の時代には多く例が見られ、途絶えてしまった家系を
自らが発掘した有能な人材に継がせ、名実ともに
重臣の位置に据える意図があったのかもしれません。

ちなみに金丸氏は武田家からわかれた甲斐源氏であり、
その意味では土屋昌恒も武田の血を引いているわけですよね。
その昌恒の子が家康に召しだされ、秀忠の偏諱を得て
土屋忠直として秀忠の小姓になります。
そして久留里藩主、土浦藩主の譜代大名として続きます。

ある意味では、柳澤吉保には及ばないものの、
江戸時代に出世した武田傍流といえるかもしれませんね。

そんな昌恒の墓が生地に供養塔が以前からあったそうですが、
地元の誇りでもある昌恒を祀りたいという思いもあって
1975年に新たに建てられたのだそうです。

P1350550

新しいモノではありますが、土屋昌恒が
地元に慕われている・・という様子を
垣間見ることができてよかったですね。

続いて、金丸氏館跡。中世の居館跡ではありますが、
平地に環濠を設けるだけでなく、崖上に築かれ
城としての要素が強い居館だったようです。

P1350551

かなり舗装されてしまってますが、高さを非常に感じられ、
ここに居館を設けた意図を明確に感じられます。

P1350553

御勅使川(みだいがわ)と旧釜無川がぶつかって、
川の流れで自然と浸食されてできた崖で
北・東が護られていて、西側は土塁を築いて防備。

P1350557

土塁の前に不自然に空いた空間、ここが空壕跡。
崖で天然の高低差をつけた上、防備の薄い
西側はセオリー通りの土塁と空壕で備えたわけです。

P1350558

この写真の先に虎口があったそうで・・・
見に行きたいけど、勝手な行動はだめっ!めっ!

武田滅亡後に金丸氏館は焼き討ちにあったそうですが、
江戸時代になって長盛院が遷されます。

そもそも、長盛院自体金丸光信(土屋昌恒の曽祖父)が
建立した寺院であり、ゆかりのある地に遷された訳ですね。
その長盛院本堂。最近になって建てかえられています。

P1350555

ちなみに、土屋を継いだ金丸氏ですが
もちろん金丸本家も残っていくわけでして・・・・
良くも悪くも有名な金丸信もそうですね(笑)

長盛院のご住職さまもご挨拶に見え、ありがたいことでした。

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