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城の魅力を考える三要素。

シゴトで凹んで擦り切れていても、
相変わらず楽しいことをよすがに何とか生きてるこの頃。

そんな中、最近お城の魅力について考えていること。
それは・・・城の魅力の要素について。

よくね、わたしは山城じゃないととか、
わたしは石垣派なんだよねーとかって声を聞くんですが、
そういうカタチによる分類って、魅力の要素なのかな、と。

城のどこに魅力を感じられるか?という
楽しさや感動を得るツボによる分類という意味で、
城メグリストさんの「レジャー・ヒストリー・アート
っていう要素っておもしろいなぁと思っています。

この本の中には、レジャーとあるんですが、
個人的には、ストラテジーと置き換えたほうが
しっくりはきますが、要は防衛戦略を読み解く楽しさ。

アートとは、城が持つ美しさに見入る楽しさ。
ヒストリーは、城が辿ってきた歴史を知る楽しさ。

こういう捉え方をしたら楽しいなぁと思ったのは、
一般に軍事戦略的思想から「しか」捉えられない山城を
アーティスティックな側面から捉えたり、
普通の人がお城ってすごーいって思う中にも
実はものすごい防衛戦略が組み込まれていたり…できるから。

ヒストリーというのも、いわゆる戦国好きとかという
意味での歴史性ももちろんあるけれど、
城そのものが辿った歴史に触れるのも楽しくて。

もともと城好きと戦国(信玄公崇拝)とは、
近しいようでいて、少し相容れないところもあって、
ようやく最近になって、躑躅ヶ崎館を城目線で
楽しめるようになったばかりですからね。

城としての歴史は、軍事的な拠点としての城が
織田信長の出現前後から政治的・文化的な
表現の手段とも繋がっていきますよね。

山城の時代から、石垣が魅せるための装置として
機能をし始めていたようですが、信長の時代になって、
それまで御殿のようなカタチで城に魅せる意図が強まり、
唯一無二の存在たる信長個人のカリスマ性の発露へ。

秀吉の時代には自身を頂点としつつ、武将と豊臣の関係性を
定義する装置としての豊臣グループの象徴。
わたしが大好きな豊臣大坂城を始め、岡山城、
広島城、福岡城、熊本城、蒲生会津若松城、甲府城・・・

そして、徳川時代になると幕府という組織の
統一感ある表現へと変化していく・・・・

信長、秀吉、家康、そして秀忠家光と天下人の城を
通しで観られた人がどのくらいいたか分かりませんが、
城をみて時代の変わりを感じたことでしょうね。

そんな政治的な色合いの濃い表現こそ、築城者が外に発して
アピールしようとした城の込められたメッセージ。

一方で、如何に城にプロパガンダが組み込まれようとも、
防衛思想は一貫して、そしてプロパガンダに隠れて
着実に進化していて、それを読み解くのもまた愉し。

どこかお宝探しのような、見つける楽しさがあります。
それは山城で木々に覆われた中に遺構を見つける、
という意味でも見つけるという間隔ですけど、
近世城郭においても、やっぱり見つけるという感覚。

まぁ好みはそれぞれで、ひとつの角度からの眺めを
突き詰めていくのもそれはそれでいいものですが、
いろんな角度から見つめて、城を「立体的」に見つめたい
というのがわたしの城の楽しみ方かな、と思っています。

ま、この立体的に観たいよねというのは、
城に限ったことではないんですけどね。
ウイスキーだって、信玄さんだって。

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