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2013年11月

城の魅力を考える三要素。

シゴトで凹んで擦り切れていても、
相変わらず楽しいことをよすがに何とか生きてるこの頃。

そんな中、最近お城の魅力について考えていること。
それは・・・城の魅力の要素について。

よくね、わたしは山城じゃないととか、
わたしは石垣派なんだよねーとかって声を聞くんですが、
そういうカタチによる分類って、魅力の要素なのかな、と。

城のどこに魅力を感じられるか?という
楽しさや感動を得るツボによる分類という意味で、
城メグリストさんの「レジャー・ヒストリー・アート
っていう要素っておもしろいなぁと思っています。

この本の中には、レジャーとあるんですが、
個人的には、ストラテジーと置き換えたほうが
しっくりはきますが、要は防衛戦略を読み解く楽しさ。

アートとは、城が持つ美しさに見入る楽しさ。
ヒストリーは、城が辿ってきた歴史を知る楽しさ。

こういう捉え方をしたら楽しいなぁと思ったのは、
一般に軍事戦略的思想から「しか」捉えられない山城を
アーティスティックな側面から捉えたり、
普通の人がお城ってすごーいって思う中にも
実はものすごい防衛戦略が組み込まれていたり…できるから。

ヒストリーというのも、いわゆる戦国好きとかという
意味での歴史性ももちろんあるけれど、
城そのものが辿った歴史に触れるのも楽しくて。

もともと城好きと戦国(信玄公崇拝)とは、
近しいようでいて、少し相容れないところもあって、
ようやく最近になって、躑躅ヶ崎館を城目線で
楽しめるようになったばかりですからね。

城としての歴史は、軍事的な拠点としての城が
織田信長の出現前後から政治的・文化的な
表現の手段とも繋がっていきますよね。

山城の時代から、石垣が魅せるための装置として
機能をし始めていたようですが、信長の時代になって、
それまで御殿のようなカタチで城に魅せる意図が強まり、
唯一無二の存在たる信長個人のカリスマ性の発露へ。

秀吉の時代には自身を頂点としつつ、武将と豊臣の関係性を
定義する装置としての豊臣グループの象徴。
わたしが大好きな豊臣大坂城を始め、岡山城、
広島城、福岡城、熊本城、蒲生会津若松城、甲府城・・・

そして、徳川時代になると幕府という組織の
統一感ある表現へと変化していく・・・・

信長、秀吉、家康、そして秀忠家光と天下人の城を
通しで観られた人がどのくらいいたか分かりませんが、
城をみて時代の変わりを感じたことでしょうね。

そんな政治的な色合いの濃い表現こそ、築城者が外に発して
アピールしようとした城の込められたメッセージ。

一方で、如何に城にプロパガンダが組み込まれようとも、
防衛思想は一貫して、そしてプロパガンダに隠れて
着実に進化していて、それを読み解くのもまた愉し。

どこかお宝探しのような、見つける楽しさがあります。
それは山城で木々に覆われた中に遺構を見つける、
という意味でも見つけるという間隔ですけど、
近世城郭においても、やっぱり見つけるという感覚。

まぁ好みはそれぞれで、ひとつの角度からの眺めを
突き詰めていくのもそれはそれでいいものですが、
いろんな角度から見つめて、城を「立体的」に見つめたい
というのがわたしの城の楽しみ方かな、と思っています。

ま、この立体的に観たいよねというのは、
城に限ったことではないんですけどね。
ウイスキーだって、信玄さんだって。

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和式城郭最後の城・・・福江城 その2。

さて、南側。南西角は確認できませんでしたが、
南側の石垣はずっと残っていて、一部確認できるとこも!

P1320356

この手前の立っている部分はすべて埋め立て。
往時なら船にでも乗らないと、見られなかったわけですね。

やっぱり、円い(しつこい)

P1320359

とある駐車場の先に石垣を見られる部分が
再びでてきます。左手(西側)もいいのですが・・・

右手(東側)!このあたりの石垣が一番見甲斐が!
お気に入りのショットになりました。

P1320367

奥の櫓台のように見える部分。
実は櫓は建ってなかったみたいですね。

P1320369

そして、ここから視界が開け、
大きな濠が姿を現します!幅でけー!

P1320372

まぁ、デカイも何も元々三方を海に囲まれた
海城だったわけですが・・・南東隅あたりが一番
その海城らしさを感じられるのではないでしょうかね?

P1320376

ちょっとこれは圧倒されますよ!
福江城、舐めてたわ・・・と反省した瞬間です(苦笑)

櫓台だと最初は思いはしたんですが、これ櫓台なら
相当デカイ櫓になるよね・・と。名古屋城くらいでないと
この隅にぴったりはまる櫓は建たないなと実感。

P1320377

手前の陸地を脳内で消せば、何とか海城って思える…
高松城もこれくらいだったらいいのになぁ!
特に月見櫓周辺!!

P1320378

一部箇所では、二の丸石垣の上に本丸石垣が
ひょっこり見えるところもあります!

P1320385

しかし・・・あれは・・なんだ!
櫓っぽいが明らかに櫓ではない・・・・

P1320383

うーむー・・・

P1320388

ま、いいや。あれは・・船着場でしょうかね?
ここも周囲に石垣を配して、警戒している感じかな?

P1320390

明らかに模擬だったとしても、もうちょっと
カッコイイデザインだったら、まだ映えるのになぁ・・・

P1320391

濠はここで終わってしまっています。
往時はまだまだ濠が続いていましたが・・・・

P1320392

埋まった濠に沿って更に進んでいきます。
あ、右手に見えるのは枡形跡?

P1320393

その先にも石垣は続いていますが・・・・

P1320395

折れた先は、確認は難しそう。

P1320397

諦めて御番門(表門)枡形に侵入。小振りではあるけど、
江戸城か?と思うような枡形跡です。典型的。

P1320398

振り返ってみて。

P1320405

ここも横町口蹴出門同様、渡櫓門の石垣が
切込接亀甲積になってますね。

P1320410

P1320411

そして、両サイドとも門扉の跡がしっかり残っていて、
建地割でもでてきたら、再建できそうですね。
お金の面でしんどそうですけどね・・・・

そして、城内を再度うろうろ。この辺の内側も
やっぱり土塁+鉢巻石垣。

P1320417

んが、城山神社から福江文化会館のほうにかけ、
石垣がズラッと・・ひょっとすると、
これらは後世の石垣かもしれないね??

P1320418

いや、玉石垣だと明らかに後世・・とかって
非常に分からないので、築城当時のものかもしれないけどさ。

P1320420

この通路は、往時にはなかった通路。

P1320423

他の城でこれやられると、うそでしょー!
と思うんですが、ここはどうみても苔むした古い石垣が
玉石垣で構成されてるもんだから・・・わからん!

P1320427

ここから先は立ち入り禁止でしたが、
庭園の裏手に出てきているようですかね?
ここにも埋門。

P1320431

そして、福江文化会館から本丸濠あたりもチェック。
本丸濠は蓮で埋め尽くされてるな(汗)

P1320441

P1320443

ここも妙な埋まり方・・・実は、先ほどのあれ?
というのと同様、元は平虎口があったのを埋めてるみたい。
元に戻そうよ・・・橋は架けなくていいから。

P1320448

ある意味、埋門はいざというときに、
埋めてしまって防御の役に立つように・・と考えると、
その様子がわかる展示と言えなくもないですが(笑)

ここでちょっと雨がパラパラしてきたので、
文化会館の影で雨宿りしようと思ったら・・先客が。

P1320449

ごら、何の用や?

P1320450

さて、一瞬雨が収まった隙に・・・
五島観光歴史資料館に駆け込む!!

P1320452

館内からよく見える本丸石垣☆

P1320453

さて・・・館内展示なんですが、ずっと城模型凝視(笑)
ホントにその価値がある精巧でわかりやすいんです!

残念ながら、撮影禁止ではあるのですが・・・
こちらのページで少しでもイメージしてみてください。

ホント枡形もキレイに再現されているし、
本丸南東の隅櫓なんて、二条城の櫓に似てるな!
という発見もあったり。それに幕末らしく、
かなり離れた小島に台場を設けてたのも、見所。

ホントにねぇ・・・・他の文化財は一切撮影しないので、
城模型だけ撮影させてくれ!と懇願すればよかった。
なかなか五島には行かないからね・・・・

あと、五島家がなぜか武田菱を家紋にしてる
というのも興味深い。家祖を平家盛にしてるのに(笑)

が、歴史資料館を出たらスゴイ雨!
なんとかすぐそばの最近オープンしたオシャレカフェに
避難したんですが、まぁ場違いなこと(苦笑)
# ぜんぜん気にしませんがね(爆)

武家屋敷群とかも行きたかったんですが、
さすがにこの雨では・・・ということで早々に空港まで
退却しちまいました。また来ればいいしね!

で、五島を出る前に・・・五島うどん!
出汁はあごだしベース、麺は丸くて喉越しよく
つるつる喉に入っていくうどんです。

P1320512

さて、またプロペラ機に乗って五島離脱・・・
なかなかね、機会ナイですから・・
思い切って行ってよかった。またいつか再訪したい島。

P1320517

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和式城郭最後の城・・・福江城 その1。

さて・・・間が空きましたが、福岡の夜のあとは・・・
福岡空港からプロペラ機で一路、五島列島・福江島。

なかなか機会がなかったんですが、この際だからと
えいっ!と福江城を観るためだけに、
五島列島に足を踏み入れたのでした。

ANAのプロペラ機。以前、札幌から函館に向かうのに、
プロペラ機をつかって大いに揺れたんですが(汗)
お天気がよいこともあって、全く快適に降り立てました。

P1320218

バスに乗って市街地へ・・・と思ったらもう、
途中に見えてるではないですか!降ろして!

P1320219

ということで、早速福江城をじっくり鑑賞です。
遺構として残っている高麗門は、
横町口蹴出門の高麗門。

P1320220

幕末の城というと、五稜郭や松前城のように
北海道を連想しがちですが・・・

松前城は1840年代の築城、五稜郭は西洋の稜堡式城郭。
ってことで、1863年に完成した福江城なんですね。

ですが、石垣は野面積でカドだけ切込接。
石の加工している時間もなかったのかもしれないですが、
逆の見方をすると、幕末でも野面積の技術は
残っていたんだな、というようにも捉えられます。

P1320221

けっこう円めの石が多いのは、
海から持ってきた角が取れた石が多いから、かな?

P1320222

カドの算木積。こちらもピチッと目が詰まってます。
やろうと思えば、全部切込接にできたはずだよね?

P1320223

P1320224

さて濠跡の道を進んで、石垣を見ていきましょう。

P1320228

このあたりは特に石が円くって、横須賀城を
思い出しながら、石垣を眺めていましたよ。まるっ!

P1320227

これとか・・・横須賀城やん!(ちがいます)

P1320234

このあたりはかなり草と苔で覆われてますが、
キレイに取っ払ってみると、ものすごい円石の壮観な
石垣が見られそうですね・・・・

P1320229

この円い石を積み上げていくのも、技術伝承なしには
難しいでしょうからね。妙に感心しました。
そんな円い石の隙間からサワガニがコンニチハ☆

P1320243

このような気泡のある石も。海の近くから
引き上げてきたんじゃないかと思わせる石。

P1320238

この先にも石垣が続くのですが、石垣脇の濠跡道は
ここで途切れていました・・・残念。

P1320241

この先はまたいわゆる普通の野面積なんですけどね・・・

P1320244

柵の隙間から・・・(笑)

P1320247

石垣が続いとるではないかー!
見せんかー!(笑)

P1320248

・・・と言ってもしょうがないので、
横町口蹴出門のほうに向かって、城内に入りましょうか。

福江城の特徴だと思うのですが、狭間が妙に大きいのと、
土塀の上、瓦と土塀との間に縦に漆喰が入った
少し前のめりな部分があるんですよね。

P1320250

狭間は、広角に攻められるように
外に向かって大きく開いているのだそうですが、
にしても大きいよなぁ・・火縄銃じゃなく、
西洋式の銃を想定してたりするのかね?

上の部分は・・・どうやら瓦を縦に並べて
中に土塀があって、漆喰でつないでいるように見え・・・
謎。すっごい謎。

P1320252

蹴出門を入ったところ。しっかり枡形になっていて、
石垣の上には渡櫓門。こっちも残っててほしかったっ!

P1320253

徳川系城郭にあるスタンダードな枡形。

P1320255

高麗門のほうに向いて。

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枡形内の石垣は、すべて切込接。
THE 近世城郭!という感じでございます。

P1320260

が、やっぱり中には円い石もあって、
それらもきれいに揃えてピッチリしてあります。

P1320261

亀甲積のところもあるなー。

P1320270

案内看板。ちょくちょく古写真も残ってるんだね。
建造物がしっかり残ってる古写真はないか、むむー。

P1320257

横町口蹴出門から濠跡道に沿って・・の古写真。
てか、こんなにデカイ濠だったんだ!

P1320266

しかし、やっぱり渡櫓門はほしいよね・・・・
あるだけで全然インパクト違うんだけどなぁ。
新しい城だから資料残ってないモンかね。

P1320276

埋門の先には庭園があるそうなんですが、
しばらく公開中止とのこと・・・残念。

P1320277

城内の算木積のなかには化粧した石も。
意外と手を掛けるところは掛けてるんだね~

P1320278

ずっとこの先石垣が続き、二の丸への門が、
五島高校の正門になっています。

P1320279

二の丸との仕切り石垣は、円くはない石垣。

P1320287

切込接くらいの加工度でしょうかね・・・
外よりも中のほうに加工度の高い石垣が配されてる、
というのも、ちょっと興味深いところです。

P1320288

裏蹴出門、現五島高校正門。
こちらも桝形門だったはずですが、
枡形の石垣含め、撤去されています(泣)

P1320295

二の丸までは、入れそうなのでちょっとお邪魔。
生徒の皆さんがこんちわーと声を掛けてくれるんだけど、
この人何しにきてんのやろ…石ばっかり撮ってるし、
と思われていたんでしょうね(汗)

P1320297

高麗門を裏から。

P1320343

城跡と書いて、まなびやとルビを振る・・・
というのが見えるということは、全く枡形石垣が
ないということでして・・・

P1320291

脇の石垣は渡櫓門を支えていた片方の石垣っぽいね。

P1320344

石垣の裏手は、鉢巻石垣になっていて、
ほぼ土塁が占めていました。

P1320346

あれが本丸枡形ですね・・・高麗門と渡櫓門が
あったのが容易に想像できますね。

P1320314

本丸石垣のあれはなんだ・・・という謎は
後で判明いたします。でもコレだけ見ると意味不明。

P1320349

枡形とは別にある本丸平虎口。せっかく枡形虎口あるのに
平虎口あったら、防備性能落ちちゃうんじゃ?

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こっからはホントに学校内っぽいので、やめましょう。
さて、城外から外濠石垣を。うわぁ、この辺崩れてる・・・
否、崩されているといったほうが正確か。

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一部は破壊されてますが、まぁ残ってはいます。
駐輪場前から。やっぱり石は円め。

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こちらのほうがあまり木々に覆われていなくって、
円い石垣を楽しめやすいかもしれませんね。

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疎水が濠跡に見えますが、実際は左の民家含め、
石垣より左手は濠。海と繋がっていた海城なんですね。

P1320308

玉石垣がどこまでも続く♪

P1320317

P1320318

この辺はいろんな石が混じってるかな?
まさに玉石混交(笑)相当石を探してかき集めて
きたんでしょうねぇ。

P1320320

鈍角に折れた石垣・・・は、まぁあるもんですけど。

P1320327

鈍角部分はやっぱり切込接、その左右が
玉石垣ってのに、ちょっと笑いました・・・
やっぱり、そこは玉石垣じゃムリなんだって(笑)

P1320328

引っ込めるだけじゃなく、飛び出すほうの鈍角も
キッチリと切込接でした(笑)

P1320329

ここはキレイな直角の屏風折石垣ですね☆

P1320331

最後まで外郭の石垣は、玉石垣。
時代で言うとかなり新しいですが、復元ではなく
現存だという点で、かなりおもしろい城だと思います!

P1320336

・・・・意外と長くなってしまった!
ということで、北~東側の石垣を見てきたので、
南から西側と図書館敷地にある枡形跡、
そして、五島観光資料館へも!

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