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2013年10月

タブレットを片手に福岡城を巡る…はずだった。

さて、いつもながら時系列バラバラですが、
8月の後半、あまりのストレスに耐えかねまして、
福岡にぽーんと飛んじゃってました(笑)

んが、気が重い案件のひとつを終わらせて、
気分も晴れ晴れ・・・と思いきや、
実はその本番が月曜日。土日でなんとか終わらせる…
というミッションが下り・・・

わたしがチョイスした策は、福岡でシゴトをする☆
残念なことに、そのせいで福岡の琥珀色の時間を
過ごすことができませんでしたが…

まぁ、以前から気になっていた福岡城のCG
グリグリして遊べたことと、この時期限定の
福岡城多聞櫓を見れたことは大きな収穫でした♪

まずしゅたり、福岡城!したところは、
上之橋御門跡。石垣の大工事中です。

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早速見学台に向かって、枡形観察☆

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ここここ。来年の3月まで公開されてるようです。

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向こうから手前に進んで、クランクして・・・

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視線の方向に沿って、上之橋御門の櫓門が。

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そして、今は裁判所の裏へ・・・通路の意味を
成していませんが(汗)

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せっかくだから、裁判所の裏門としてでも、
使えるようにしたらいいのにねぇ。

さて、タブレットを借りていざ出陣。
この日はわたしのほかにドイツからお越しの城ガール3名。
残念ながら、英語が聞き取れず惨敗orz

わたしはもちろん日本語版でしたが、
ちゃんと英語版も用意されていて、外国人も
意識したつくりになっていました。

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タイトルは「天守閣の存在に迫る」…
どうしても天守の話をしたいのね(苦笑)

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どうも位置情報と連動しているようで、
東御門跡に近づくと、タブレットは自動的に
このような映像になります。復元東御門☆

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東御門を抜けた先。往時のほうが坂が急。
門を突破した後も、集中砲火できそうな空間。

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二の丸に続く扇坂御門。扇坂すら残ってないのが
なんとも哀しいですが・・・門としては、
高麗門のみの簡素なつくりだったようです。

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中津城も「扇城」と呼ばれているし、
黒田父子には、扇に対するコダワリがあったかも?

・・・・とここで、大豪雨orz
やむなくタブレットをしまい、鴻臚館跡展示館に避難。
ここはここで見甲斐があるのだけど、どうしても
城と比べるとね・・・・

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というわけで、少し小降りになるのを待って、
福岡城むかし探訪館まで撤収。屋内で思いっきり!
CGを鑑賞!これのほうがいいかも!!
屋内モードに切り替え、どこでもCG鑑賞できます。

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速攻で武具櫓☆

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かっこええーっ!

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内側から。内側にも切妻破風。
一時期、西日本の城には切妻破風は少ない?
と思っていたですが、福岡城は切妻大好きですよね!

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今と全然違う祈念櫓。白石城天守に似てるかな。
もうあれ、現存って言えないんじゃないの・・・・

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なんとなくですが、火灯窓があるところが、
少し位置づけが違う櫓なんだな?という感じがしますね。

これもなかなか好きな松木坂御門。
脇の櫓は、伝汐見櫓がコレに相当するとの話。
移築しよーぜーっ♪♪

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んで、問題オオアリの天守・・・うん、
豊臣系天守としては、すごくかっこいい。かっこいいんだ。
でもね・・・広島城そのままやん・・と、
どうしても思ってしまうんですよね・・・・

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というのと、あれだけ切妻破風が多く、
入母屋破風も漆喰塗籠な福岡城にあって、
この比翼千鳥破風はすごい違和感がある・・・

漆喰もなく、また懸魚だけが飛び出ているタイプ。
もちろん天守は特別な存在なので、その意味では
あってもおかしくはないのだけど。

でも、この天守案をつくった方の本を読んでも、
どう考えても史料から組み上げたものではなくって、
豊臣政権にあった黒田家だから・・・から始まった、
想像の産物のようにしか思えないんですよ。

天守からの眺め。まぁ、武具櫓が再建されれば、
このような角度から眺めたい気はする・・・

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いっそのこと、別の場所に石垣も野面積みにて、
木造で全く新しい天守を建てるんだったら、
ありかもしれませんがね。
・・・でもかっこいい(しつこい)

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東御門から天守台方面。福岡城って、
多聞櫓が多いんだな。東二の丸の東面なんて、
鉄砲撃ちまくれそうじゃないか。

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詳しくはわからなそうですが・・・本丸御殿。
城の規模に比べて、本丸御殿が小さい気が。

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天守~小天守をつなぐ二重多聞。
ホントにここにあったかは別にしてですね、
黒田の城郭建築、二重多聞がけっこう決め手かな!
と思うわけでして・・

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長政が手を貸した久留米城なんて、本丸ぐるっと
まるまる二重多聞ですからね!
久留米城の二重多聞模型。すごく黒田的、
って思っちゃったのですよ・・・(2012年11月訪問)

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さて、CGを楽しみすぎて、福岡の城好きさん
スカイトレッカーさんにお待ちいただいきすぎ・・
大変申し訳ありませんでした(爆)

さっさと昼ごはんを頂いて、
期間限定の南丸の多聞櫓へ・・・・

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以前は、隅櫓も入れたそうですが、
近年傷みが激しく、公開はされていないそうです。

内部。ひとつひとつが仕切られた部屋で、
部屋と部屋を結ぶ廊下もなく、ホントに部屋。

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ホントにここに住み込む勢いで、
戦のときはここで鉄砲を撃ちまくるんでしょうか。

そして、その廊下がなく密閉された空間、
ということも関係しているのか、天井に硝煙抜けの穴。

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この構造は、ものすごく特徴的かつ何気に
強く防御を意識した構造かなと感心。
確かに鉄砲撃ちまくると、硝煙が籠もって
息ができないかもしれない・・・・

わかんない?よくみたら、光が差してるでしょ?

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この文字って、何の意味だっけ・・・

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そして、ここにも曲がった材が上手く活用。

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ふと、小田原城天守再建のNPO法人設立会にて、
小川三夫棟梁がどんな曲がった材でも芯を見極めて
使いこなしてこそ、一人前の宮大工だ、
とおっしゃっていたのを思い出しました。

さて、櫓内の展示も興味深いものが多数。
この武具櫓・・・福岡城内にあるときの写真なんですが、
角度や高さから、南三階櫓から撮影されたとみられるそう。

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その南三階櫓、あまり史料はないそうなんですが…
破風無しの無骨な大櫓。津山城天守、小倉城天守にも
通じる凛とした姿よ・・・

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もちろん、内側も破風無しです。

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このCGを観ると、先ほどの写真が、
南三階櫓から撮られたであろうことは容易に
想像がつきますよね・・・・

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そして、福岡城の特徴のひとつらしい、
土塀のカド。え・・よく観てくださいよ!

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上之橋御門にも!

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ハッキリとは分かっていないそうなんですが、
一説によると、ここに大筒を据えて
発砲するための構造だとか・・・・

土塀をなかなか再建できないのも、この構造の
真相がわからないからとも言われているそう。

ホントはこの先が繋がっていて、隅櫓に往時は
入れたそうですが、今や閉じられております・・・・

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ここで、バイトの女の子と少しばかりお話。
いろいろ気さくに話しかけてくれて楽しかった!
あれは、オイラたちも読めんぜ・・・

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さて、多聞櫓の端から出ます。
少しカーブして建っているのが分かりますね♪

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老朽化が目立つ隅櫓・・・早くナントカしてあげて!

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そしてこの後、スカイトレッカーさんの案内で、
南三階櫓跡に!こんなに大櫓なのに、
看板すらないよ・・・すごい広いよ!櫓にしては。
十間×十間だそうですからね・・・

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礎石らしい石がポツンと・・・

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何か手がかりがあればいいんですがね・・・・
今や木々に覆われた南三階櫓台石垣。
まずがこのあたりをキレイに刈ったほうが。

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武具櫓下石垣。このあたりも武具櫓再建に向け、
キレイにしたほうがいいよね・・・・

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小天守台。苔むしているのはいいよね。

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水の手。野球場建設に伴い本来よりも
低く抉れているんだそうです。

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祈念櫓下。石垣が・・・不安になる孕み。

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わぉ!わたしの好きな(笑)円い石!

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この後、地下の石垣にもようやく行くことができ。

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残り具合は必ずしもいいとはいえないけど、
こうして残してくれているだけありがたいよね!

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張り出しているのは、櫓台かな?

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ここね。

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最後に下之橋御門と伝汐見櫓。

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一階部分は一応現存。

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これも一応遺構らしいが、使途は不明。むむ。

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改めて、福岡城って切妻好きだなと。

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次は、伝汐見櫓公開時に来ないとね…福岡。

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さて、ここでスカイトレッカーさんとはお別れ。
非常にためになるお話ありがとうございました!

福岡城、多聞櫓が南に多いのは台地を掘削して掘った濠が狭く、
その先の台地からある程度見渡されてしまうため、
重層櫓と二重多聞で防備を厚くしてた・・という分析には
なるほど・・・とものすごく印象的でした。

ここからは、福岡のおいしい時間。
まずはホテルの地下にある「博多うお蔵長兵衛」にて、
ヱビスビールがなんと18時まで限定で100円!

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うしゃしゃしゃしゃしゃ!ヱビスが100円!
笑いが止まりませんわ!

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まずこちらに寄ったのは、ゴマサバを食べたかったから。
別にここでなくてもイイのですがね・・・・
次いくところが、モツ鍋専門店なもんでして。

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福岡に来て、ゴマサバ食べなかったら
悶絶しますよ・・・大都市で魚がおいしい街。最高。
この甘いタレもよくサバに合いますよね。

で!メインディッシュは「土の上の花」のモツ鍋!
モツ鍋はよく食べますが、せっかく福岡に来たんだから!
おいしいモツ鍋食べたいよね!博多あごだしモツ鍋☆

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博多といえば、あご(とびうお)だしですね。
こちらは、焼きあごだしメーカー発とのことで、
特にダシには定評があるようで。実際、メッチャ美味い☆

モツも新鮮で甘い!おいし過ぎたので、モツ追加♪

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最後は雑炊にして、しっかりダシを頂きます。
ダシが美味いとしあわせやわ~

P1320216

・・・ということで!あまりにダシが気に入ったので、
だしを買って帰って来てしまいました。
今や、上田の武田味噌×博多あごだしの味噌汁が
お気に入りになっております。

いやはや、お城だけじゃなく、グルメもホントに
当たりでいい時間を過ごしました。
・・・・このあと、資料作成のシゴトさえなかったらな!(爆)

BAR行きたかったな・・・・

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駿府城坤櫓その後+企画展「武田と城と城下町」

さて、昨年11月に駿府城坤櫓の建築現場に
行ってきたわけですが、その第2回が6月にあり、
またもや当選☆ということで、瓦が葺かれた姿を
間近で見学することができました。

残念なことに第3回は落選したんですがね・・・
まぁ、3回中2回当選したんですから、
贅沢は言っちゃちゃいけませんな(笑)

第3回見学会の終了後、足場が取り払われ、
外観が見られるようになったのは、つい先日、
ニュースにもなったところですね。

さて、まだ6月ですから足場はしっかりございます(汗)
# 書くのが遅いのがよくわかる・・・

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平面図。かなり外観の作業は終わっている感じ。

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立面図。

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さて、わくわくしながら中へ。

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軽く眺める1階部分。何度も何度も塗り重ねられ、
最後の仕上げ段階になってようやく白漆喰が
塗り籠められるんだそうです。

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公開されるときには、ここから入るんですね。
一階しか見れないのがどうにも悔しいですが・・・

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そういや、この色と姿、ボロボロになっていた
大分の暘谷城鬼門櫓の昔の姿を思い出します。
漆喰を塗っていく経過を見てくると、
こんなにも漆喰が年月の経過で剥がれていたのか、と。

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どーん!瓦がきれいに葺かれています!
なかなかこの近さで見ることはできないですからね!
漆喰は白くはなっていますが、まだまだ
純白の白漆喰塗籠までには、じっくりと作業が必要そう。

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これくらいの土色で6割ほど完成なんだとか。
にしても、漆喰壁の構造ってこんなのよ?という例以外で、
このような色の漆喰壁を見るのは、貴重ですね。

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懸魚や六葉のあたりはまだ塗りたて?
という感じがしますね。

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ここはまだゼロ!最初のところくらい、
素人が塗っても・・(こらこら)

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しかし、今でこそこういって覆いができましたが、
往時は足場は組むでしょうけど、櫓を覆うことができない?
でしょうからね・・・雨の日も風の日もあったでしょうし、
職人の皆様方は、大変だったでしょうね。

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さて瓦。徳川葵。17芯ありますが、これっていいのか?
・・・素人には分かりません(笑)

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鬼瓦は滋賀県産、平瓦・丸瓦は岐阜県産。
静岡県産じゃないんですね。びっくり。

軒丸瓦だけに南蛮漆喰で葺き土をし、
軒平瓦はステンレス線で留めてある様子。

すごいなぁ・・このアングル(笑)

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左官工事や瓦工事の過程の写真がたくさん。
んが、見学時間約20分のため、ゆっくり見てるヒマなし!

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瓦でつくられるカーブが美しくて、見惚れます。

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これらの瓦、総数32,000枚にも及び
重量は、約80tだそう。いかに徳川の城の櫓とはいえ、
三層の隅櫓でこの重量ですから、より高層建築では、
相当な荷重に耐えないといけないですね…

結果的に、なのかもしれませんが、
徳川系の巨大天守に軽量化できる銅瓦が用いられた
というのも、うなづける気がします。

手前に行けば行くほど、下の瓦が前に突き出てます。
わざとこうしてあるんですって。

P1300866

瓦の先に見える、尖った入母屋屋根の端。
あそこに鯱瓦が収まるんですねっ!

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唯一確認できた現代的なモノ。なんだと思います?

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これ、鯱付近に設置される避雷針につながった
アースなんですね。階下までつながってるのでしょう。

P1300865_2

鯱を受ける木の部分に穴が開いているのは、
そういうことなのかもしれません。

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さて、最後に全体をもう一度・・・・
完成した姿を見たら、また違った感慨があるのでしょう。

P1300873

下に降りて、二層部分。こちらの漆喰は、
まだまだこれからといったようですね。

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あ、ここだけ塗られてる(笑)
瓦の先は、ぶつけないように緩衝材付き。

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さて、コレにて見学は終了・・・短い!
再建にあわせて土塀も一部復元されるようです。

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修復中の石垣の石が置かれてる脇を通り、
工事現場を後にします。

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本丸濠の残存する一部。

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そういや、何度も駿府城に来て行ってないな?
と思って、立ち寄った家康公お手植えみかんの木。
別名某家康さん好き女子のはしゃぎの場(笑)

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家康さんにもご挨拶。皆が知る「徳川家康」らしい
像ですよね。あぁ、なるほどという。

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そして、影もカタチもない駿府城天守台跡。
石垣天端で約55m×48mというとてつもない天守台は、
天守曲輪として機能し、その中心に天守があった
と推測されています。

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陸軍が天守台を壊さなければ・・・・
そもそも陸軍なんて誘致しなければ・・・・

後の祭りではありますが、残っていれば、
天守台をじっくり研究することで、
天守についても知見が得られたでしょうに。

駿府城内のお茶(笑)お茶って観賞用にも
植えるんですね・・・さすが茶王国。

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東大手門から退城。

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ここも典型的な近世の桝形虎口であり、
また多聞櫓でぐるっと囲んだ防御性の高いところも
けっこう見所なんですよね。警察本部の上から
眺めるのも、おススメです。

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さて、まる子と気の抜けたような(笑)
家康さんの絵に苦笑しながら、静岡駅を後にします。

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乗ったのは、身延線・・・わざわざ甲斐経由。
というのも、山梨県立考古博物館にて、
武田と城と城下町、という興味をそそられる企画が
あったからなんです☆このタイミング逃したら行けない!

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撮影禁止でしたが、躑躅ヶ崎館から出土した白磁や青磁、
有名な馬骨の出土状況写真に加えて、新府城の発掘物、
その近い場所にあった真田隠岐守信尹(昌幸弟)
屋敷跡の発掘状況なども紹介されていました。

新府城にも青磁琮形瓶(そうがたへい)の一部が
発見されるなど、築城された1582年当時でも
それ相応の権力があったことを物語る品々がありました。

そして、勝頼自刃から約200年後の1775年、
二百年遠忌が行われた際に、自刃の地に供養塔が建てられ、
経が書かれた経石が5,000点以上も納められたそうで、
貴重なそのうちの2点の経石が展示。

信玄も柳沢吉保や吉里によって、133回忌・150回忌の
法要が執り行われてますが、勝頼にも法要を
このなう人々がいたのだな、とホロリ。

さて、甲府まではバスで向かって・・・
まだ時間があったので、武田神社へも。
まずは、甲府駅の信玄さんにご挨拶です。

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武田神社拝殿。時間が遅いので
軽く参拝を済ませます。

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お、明かりが灯りました。

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とりあえず、武田菱があればしあわせになれる。

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そして、その足で火葬塚へも。
来週、またうかがいますね、お屋形さま。

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『竹鶴ピュアモルト』発売記念テイスティング会。

さて、ちょうど柏ウイスキーフォーラムが
あったくらいに発売になった竹鶴ピュアモルトノンエイジ。

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今回その開発設計を担当された森ブレンダーが、
NIKKA BLENDER'S BARにて、その開発にまつわるお話を
してくださいました。ちなみに、限定品のシェリーウッド
フィニッシュは、山下主任ブレンダーの担当だそう。

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この日はお休みだったので、余裕を持って会場入り。
とは言うものの、前日まで激務で15時間寝たんで、
さほど余裕があったわけでもないんですが(笑)

この日は趣向を変えて、ハニーハイボールを。
パレスホテル立川でも、立川産の蜂蜜をつかった
立川はちみつハイボールを出していますが、
こちらも竹鶴17年。相性がいいのでしょうね。

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スッキリレモンもいいのですが、重厚感のある
17年はオレンジくらいのジューシー&フルーティーさも
しっかり合いますね。カフェソニック一本槍じゃなく、
こっちもええですなぁ。

さて、本日の試飲は竹鶴ピュアモルトのほか、
シェリー樽&バーボンリメイド樽原酒。

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今回のキーモルトはこの2種。若い原酒が加わり、
華やかさに少し振った設計のノンエイジなので、
リメイド樽はなるほど…と思いましたが、
シェリー樽もキーになってるんだなと少し意外な感じ。

さて、森さんのお話が始まります!

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「おいしく飲みやすいピュアモルトを、より多くのお客様に」
というのが、竹鶴ピュアモルトのコンセプト。

モルトらしい深いコクと味わいにブレンテッドのような、
飲み飽きなさ、飲み口のやわらかさをどう融合させていくか。

・・・ここがブレンダーさん方の技の見せ所でもあり、
ニッカがブレンテッドだけなく、ピュアモルトに
力を入れる所以でもあるところですね。

さて、ここから今回の新製品のお話。

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従来の竹鶴シリーズにない「華やかさ」を
出すことが今回のポイント。穿った見方をすれば、
サントリー同様、今後更なる原酒の出荷増が予想される中、
12年以下の原酒を以下に使いこなすか?という課題は
避けて通れないという背景がありますよね。

若い原酒を使いながらも竹鶴らしさを失わせず、
この華やかさとどのように付き合っていくか?
というひとつの結論が今回のノンエイジなんだろう、と。

その策として挙げられたのが、ふたつ。
シェリー樽&リメイド樽のキーモルトと43%化。

●シェリー樽&リメイド樽

華やかさ=シェリー的な感覚は王道ではありますが、
酒齢構成が若くなりつつも、ボディ感を持たせる、
そのためのポイントが、リメイド樽なんだそうです。

リメイド樽とは、古樽の鏡板を新材に取り替えたもの。
新樽としての熟成感と古樽の穏やかさがあり、
「ボディ感」を上手く引き出すには、これが最適だったよう。

熟成感を上げるために新樽も検討したそうですが、
生の木の香りが出たりとか、扱いが難しく
上手くハーモナイズさせるのは厳しいようで…

●アルコール度数アップ(40%→43%)

そして、アルコール度数のアップ。
竹鶴12年は40%でしたが、竹鶴ノンエイジは43%。
当然ながら、アルコールに溶ける香味成分は
アルコール度数が高いほうが多く含まれるわけで…

冷却濾過(チルフィルトレーション)する際に、
析出して取り除かれてしまう成分は、ボディ感や口当たりに
影響する長鎖酸脂肪エステル物質だそう。

一方で短い鎖のエステルがフルーティさに寄与するらしく
長い鎖のエステルがなくなってしまうと、
自然とフルーティさに寄ったライトになっちゃうとか。

というわけで、アルコール度数が多いほうが
この物質が残りやすいわけで、少しでもバランスを
保つのに寄与させよう・・ということとか。うむ。

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今回の処方にたどり着くに当たり、竹鶴12年と同じように
40度から始めたそうなですが、ボディ感がなさ過ぎだと。

バッティングの見直しもしながら、そこから1度刻みで
変化させていき45度まで試し、各々冷却濾過をして
析出する成分の分析を行ってどこが最適かを
見つける地道な作業の繰り返しだったそうですね・・・

ということで、見つけた最適43度。
43度を超えても、いいウイスキーにはなるそうですが、
今回の竹鶴12年後継の竹鶴ピュアモルトとしては、
コンセプトに合わないかなぁ・・ということで却下。

コンセプトとは、従来の竹鶴12年から、
少しだけ華やかさ方向にシフトするってところですね。

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コレ実は、山崎/白州10年 → 新山崎/白州でも
取られている手法だと気づきました。なるほどっ!

そして、ここはご参考・・・の説明でしたが、
ノンエイジになるからと言って、構成原酒が若い連中だけ
ってことには、ならないということですね。

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もしそれでつくれるんなら、神レベルだと(笑)
従来の酒齢構成に若い酒齢のものも
増やしたということですね。

そして・・・いよいよティスティング。
結論から言うと、シェリーがすごく単品でも美味しい。

●シェリー樽構成原酒
シェリーって、ゴムとか硫黄とか(実はわたしは硫黄はOK)
雑味雑臭が出やすいところもあるんですが、
うまく華やかでシェリーらしい甘さ「だけ」が
キレイにまとまった感じがしますね。

ただ、けっこう骨太な感じもしていて、
イメージ的には余市蒸留所のカスク15年シェリーから
ピートの強さを適度に抑えたようなそんな感覚。
追って、ダークチョコや薔薇の香りも…

●リメイド樽構成原酒
リメイド樽はウェハース的な甘さが最初に感じますね。
やっぱり新樽のガツーンとした強烈なバニラや
木香の強さが好きなわたしにとっては、若干パンチが物足りない。
そして、旨みと酸味が感じられましたかね。控えめな都昆布。
少し時間を置くと、ウッディ感がアップはしてきます。

●竹鶴ピュアモルト
そして・・・竹鶴ピュアモルト。竹鶴12年につながる
ウッディ感も残したとのことですが、ライトで酸味のある
感じが(このときは)後になればなるほど、
感じられたように思いますね。シェリー感はわからない…

全体的に言って、少し好みから外れた感はあるのですが、
それでも大枠の方向性は守られた感じはしています。

そして、飲み方のご提案。オレンジスライスと
合わせてハイボールにしてみるのもいいですよ、と・・・

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元々、ある程度の酸味を感じられるので、
レモンやライムでは、少し酸味が強くなっちゃうのかな?
確かにオレンジのほうがイケる感じはしました。

さて・・・改めて、竹鶴12年との比較をしてみましょう。
ノンエイジは華やかさというよりも、酸味のある爽快感。

ウッディ感のある12年にプラスされたという以上に
ドライで爽やかな印象があります。
探せば、12年的なの印象はあるんですけどね・・・

大きく変わったかというと、山崎10年→新山崎、
的な変わりっぷりではないのですが、
好みからはちょっと外れたかな、と。

個人的にはこのクラスだとピュアモルトには
こだわらず、スーパーニッカやフロムザバレルあたりを
チョイスしそうな気が。こればっかりは好みで・・・

ま、他にこの手の個性を感じる廉価版ウイスキーは
ニッカではないように思うので、カブりはなく
商品戦略上は悪くないんじゃないかと。
(上から目線ですね、汗)

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Kashiwa Whisky Forum 2013

さて、ガラッと変えてウイスキーのネタ。
先月末ですが、ニッカ柏工場のある柏にて、
ウイスキーフォーラムに今年も参加してきました。

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んが・・・かしわインフォメーションセンターでしか
チケットを買えないということで、困ったなと悩み…

会場である三井ガーデンホテル柏に電話したところ、
チケットと宿泊のセットがあるということで、
チケット4,200円込で、10,000円だったんでまぁいいかな?
と早速予約。飲んでぐったりしても寝るだけですからね!

実際のところ、竹鶴ピュアモルトの小瓶が付いてる
ことを考えると、お得なほうだった思います。

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とはいえ、昨年は知ってる方がチラホラといましたが、
今年は、数名のみ。京都東山オヤジのウイスキー日記で
お付き合いさせて頂いているウイスキーオヤジさん
いらっしゃったのには、ビックリしました!

さて、開会。久しぶりにニッカウヰスキーの
中川社長を拝見した気がします。

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開会の乾杯☆って・・・こゆときは、
ハイボールでするモンだよね(汗)

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ちょっと開会の挨拶時に横からいい話を聴いて…
乾杯が終わったら、速攻で会場外のお酒売り場へ!
あったあったー!竹鶴シェリーウッドフィニッシュ☆

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今回はうっかりしていて買いそびれたので、
ここでゲットできてありがたかったですよ・・・
しかも、ホテル取ってるので重たいボトルを持って
うろうろしなくていいし!

頂けるウイスキーはそんな変わったものはなくて、
余市12年、竹鶴17年、カフェグレーン、
フロムザバレル、ブラックニッカクリアハイボール。

でも、その分お食事が美味しくて、ウイスキーそこそこに
ごはんを食べに来た感じすらしました(笑)

どの料理も竹鶴をつかったウイスキー風味なものがほとんど。
その中でも気になったのが・・お寿司。

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ポイントは醤油で、竹鶴17年醤油だとか何とか…
確かにウイスキーの風味のする醤油。
牡蠣にだけじゃなく、調味料として使うのもあり?
などといろんな組み合わせを想像させる一品でした。

調味料として・・という意味では、オレンジピールの
砂糖漬けにウイスキーを付けて頂くってのも。

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例によって、食べてばかりであまりカクテルコンペは
観ていなかったのですが(汗)今年のアサヒビール
イメージガール・堀口ひかるさんが、
会場の写真を撮ってられて…

そういや、買ったばかりのシェリーウッドフィニッシュを
持って撮ってもらってもよかったかなぁ(笑)
ここに載っちゃうみたいですけどね。

まー、ちょっとしたお酒の飲めるニッカのお祭り、
という感じで、柏工場のイベントよりは
けっこう気軽に飲みに行く感じで好きなイベント。

でも、来年はガーデンホテルがなくなるそうで、
会場はどうするんだろうなぁ…ということと、
なるべくデッカイ会場を貸しきって、柏市外からも
もっと人を呼べるイベントに成長してほしいものです。

今回のような食事の充実は、ある意味ホテルが会場だから
というのもあると思いますので、その点も心配ではあります…
さて、来年はどうなることやら。

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駿河遠江の武田ゆかりの城を巡る・・・その6 丸子城。

さて・・・2日目のメインディッシュ・丸子城。
元々は今川の城として、そして信玄の駿河攻略後は、
武田の城として重きをなした城。

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さて、登ってまいります。が、千畳敷に着くまでは
遺構は特になく、現在の通路は往時とは違いそうです。

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ひたすら、上って上って上って・・・
上ること約15分。

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南の本曲輪にイキナリ到着。
周りに低い土塁がちょくちょく…今川時代の遺構?

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丸子城縄張図。明らかに西側を相当意識しており、
駿河攻略直後、まだ西駿河に今川勢が残存している頃に
対今川向けに守備を固めたのがわかりやすいです。

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その警戒度合いは、武田随一の部将・山県昌景を
丸子城に据えただけありますね。

さて、本曲輪を西向きに下り、空壕群と
大鑪(おおだたら)曲輪方面に向かいます。
颯爽と下っていくロームさん。

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ロームさんの上に見えるのが、物見曲輪。

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空壕がかなり幅広いスペースをなしています。
元々、急斜面だったとすると・・・とんでもない
土木作業量ですが、ある程度下地になる地形だったのでは。

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かなり深く掘られた横壕と土塁。これが西面を
覆うようにずっと続いているんですよね・・・

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下から見てもスゴイ。

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大鑪曲輪と物見曲輪の間の空壕。
ここもけっこうザックリと深く掘られています。

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円い形状の大鑪曲輪に沿って掘られた空壕。
これも三日月壕と称されていますが、
いわゆる典型的な三日月壕とはちょっと違うかな?

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円い曲輪の直下をそのまま壕にした感じ。

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さて、西面の横堀に沿って進んでいきますよ!

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二の丸下。ここだけコの字型に土塁が
せり出しています。何の拠点なんだろう??

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ここも気になる・・・人一人入れるくらい。
もう少し深ければ、ここに潜んで狙い撃ちするとか
できそうではありますが。謎。

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三之丸下あたりから、さらに壕が深くなって続きます。

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このあたりは、壕が二重になってますね…
往時の防御力の高さを想像させます。

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まだ北曲輪の先まで続いていきそうですが、
この先はちょっと進めなそう。

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ということで、北曲輪まで上がります。
当初はこの北曲輪が本曲輪で、今川時代に千畳敷まで
拡張されますが、武田時代に南の千畳敷が本曲輪に。

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北曲輪上から見ても、西側の横壕が続いているのが
ハッキリと見て取れますね。

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特にこのあたりの壕がダイナミックなのでは。
すごいなぁ・・・

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北曲輪の南が大手曲輪。先ほどの看板には、
東の曲輪とありましたね。こちらにつながるのが大手。

P1310441

大手口の脇にも「三日月壕」。
かなりダイナミックッ!

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北面から西面。モデルはローム氏。
相当な深さと幅の広さ。

P1310445

グイッと西面の一部にまで食い込んでます。
ただ、東面に対する防備と考えると、
必ずしも武田時代ではないかもしれないですね。

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先ほどの看板にはなかった、大手脇の外曲輪へも。

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今は、稲荷社が鎮座しています。

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あ、この縄張図いいね!

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さて・・戻りは曲輪内を進んでいきましょうか!
北曲輪の土塁とその先の三の曲輪との空壕。
これは、なんとなく今川時代っぽい気がしますね。

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三の曲輪と二の曲輪の間、東手の空壕。

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堀切。正直、西側の壕のダイナミックさを見たあとに
コレを見ちゃうとちょっと・・見る順番間違えた(笑)

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桝形虎口や…

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平虎口もあったんだけど…

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すごいもん見た後に、微妙な具合の遺構を
しっかり見るのは難しいですね…また来たときに
ちゃんと見ないとなぁ。

さて、麓の誓願寺。なにやら片桐且元の墓が
あるそうで、向かってみることに。

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じゃ、若干櫓に見えないこともない…(病気)

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ほら、あの唐破風とか・・・(爆)

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片桐どののお墓発見。なむなむ・・・

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ということで、武田ゆかりの城攻め完。
諏訪原城と丸子城は、もう一度(というか何度でも)
行きたい城になりましたね。いい経験でした。

ロームさん、企画ありがとうございました。
あいすさん、運転ありがとうございました。

☆おまけ☆

静岡にAOI BEER STANDってのが気になって、
行ってみました。まだ明るいうちから地ビールゴクゴク(笑)

P1310489

特に葵の紋がなんかビールに関係しているわけではなく、
昼からビール飲もうぜ、静岡だからとりあえず葵?
くらいの感覚のようでした(汗)

クラフトビール各種あり、わたしはのサンクトガーデンに
北海道のノースアイランドスタウトを。これスタウト。

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何か徳川的なモノに引っ掛けたほうが、おもしろいけどなぁ。
ま・・・・ビールおいしかったからいっか。

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駿河遠江の武田ゆかりの城を巡る・・・その5 小山城。

さて、遠江小山城。

こちらも馬場美濃が縄張りを整えた城でありまして、
長篠の敗北後、早い時期に諏訪原城が落城している一方、
小山城は1582年まで保った城。

とはいえ、諏訪原城と比べると、どうしても
遺構のインパクトは小さいのですが・・・

一応、能満寺というお寺の敷地内。
1262年開基の歴史あるお寺です。

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まぁ・・でも見所は三日月濠のコンボでしょう!
本曲輪に連なる最後の三日月濠。ネットが邪魔といえば
邪魔ですが、その分きれいに整備されています。

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前回、訪れた際に模擬天守から見た様子。
わかりやすいですね!

mikadukibori

馬出と土塁。土塁はもうちょっと
高かったんじゃないかな?

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諏訪原城と比べ、インパクトには欠けますが、
分かりやすさではピカイチかもしれません。
あの赤い橋の向こうが本曲輪。

P1310368

しかし、ここ以上に三重壕がすごかった・・・
以前来たときは、よくわかりませんでしたが、
これもちゃんと知識をつけて見た成果の一つでしょうね。

整備された三日月壕のすぐ先からだと
確認はできるのですが、ちょっとわかりにくい。
手前から、三重に壕が掘られているのはわかりますよね?

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ただ、側面から見たほうが「三」重感は
分かりにくいんですが、三日月感はよく出ます!わぉ!

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更に奥の方に・・・もうひとつ。

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防御構造としては、この三重壕と奥の三日月壕…
くらいの小規模な城なんですね。
でも、この三重壕は意外に見ごたえあったなぁ。

あとは、模擬天守。今回は入りませんでしたが、
とりあえず武田菱がいっぱいあって癒されます(笑)

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どう考えても、犬山城のパクリデザイン。
仮に武田が大規模建築を建てるにしてもですね、
犬山城のデザインにはしなかっただろうな(汗)

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お昼は、美味しい海鮮を…と生しらすを
期待して焼津の「かどや」さんへ。

P1310385

が、生しらすは売り切れ・・・がぁぁぁぁん。
しょうがないので、マグロほほ肉のステーキに
煮魚をば。煮魚も地味だけど美味しい☆

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さて・・・ラストは丸子(まりこ)城☆
城好きさんの間では有名なお城ですけれど、初挑戦。
そして、山県三郎兵衛の修築と聞いてわくわく・・・

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駿河遠江の武田ゆかりの城を巡る・・・その4 田中城。

さて、間が開いてしまいましたが、
翌日。真ん丸の縄張りが特徴的な田中城。

元々今川氏の城なんですが、信玄の駿河攻略の際に
武田軍の手に落ち、武田滅亡まで武田の城として機能。

三の丸の東西南北、二の丸の東西に
丸馬出がありますよね♪

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城代は山県昌景が務めますが、改修は馬場信春。
やはり、武田の城といえば馬場美濃の出番。

んが、かなり遺構は破壊されていますので、
かなりの想像力を必要とする城でもあるのですが・・・

現在の地形。わずかに円形の縄張りを感じさせる
道路の走り方になっていますね。

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まずは、下屋敷跡から攻めていきます。

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わずかに土塁跡も残りますが・・・

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見所(笑)は、家康公お手植えの蜜柑の木。
徳川家康×蜜柑でおなじみの某フォロワーさんが
はしゃいだ地として有名です(?)

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まだ色づいていない蜜柑ばかりでしたが・・・

P1310276

下屋敷は、江戸時代の藩主の別荘を意味し、
庭園や茶室を設けた風雅なエリアだったようです。

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今では、田中城が廃城となって建物の一部が
払い下げされた際に移築された建物が
再び城内に戻って、下屋敷跡に集結しています。

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左から仲間部屋、長楽寺村郷蔵。
仲間部屋は、城内長屋門に付設された納屋で、
城主・本多家の立葵紋の入った鬼瓦が据えられてたそう。

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そして、本丸にあったらしい重箱櫓。

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御亭と呼ばれていただけあって、
あまり櫓っぽい感じはしませんよね・・・

御亭とは、庭園で眺望や休憩のために
つくられた建物を指しますからね。

かつて庭園内に置かれていたという亀石。
ペアとなっていた鶴石は所在不明。

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今ある下屋敷跡は、この点線部分。
わずかだけなんだな・・・

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なんとなく雰囲気は再現されてはいますけどね。

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さて、御亭の中に入らせて頂きます!
維新後に入城した高橋伊勢守の配下であった方が
払い下げを受け、住居としていたそうです。
・・・生活感ありますよね(笑)

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そこで目に留まったのは、内部よりも
田中城の模型!ヒャッハー!

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模型の精度としては、アレですが、
構造はよくわかって、理解の助けになります。

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個人的に気になったのは、虎口の厳重さがユニーク。
というのも、武田の丸馬出+近世の桝形虎口、
さらに廻りを多聞櫓で囲っているという点。

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三日月濠で敵兵の足止めをするだけなく、
さらにその曲輪へ通じる道に枡形を仕掛けて、
敵兵を粉砕する・・・かなり入念ですよね。
新宿一之門は外枡形、新宿二之門は内枡形です。

大手側も同様ですね。

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ただ、ここを破られてしまうと、
本丸は中世の館のような単純な曲輪なので、
もうTHE ENDという感じではあります。

おそらく武田家の持ち城だった頃の復元図。
江戸時代にはかなり拡張されてますが、
戦国期には、外側の丸馬出が最前線みたい。

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これに本多氏時代に桝形虎口が加わったんでしょう。
ここまで厳重にする意図は何だったのか…

田中城の本丸の敷地は手狭だったのか、
御殿は本丸の南、三の丸に置かれたようで、
その復元図もありました。

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清水御殿と呼ばれ、何度も焼失倒壊を経て、
1860年に再建。廃城後も高等小学校や
農学校の校舎として使われていたようですが、
惜しくも1927年に焼失・・・・

復元図があるということは、古写真など史料が
ある程度揃っているということなんでしょうね??

田中城主の変遷。馬場美濃や山県三郎兵衛の名に
ニヤニヤするとともに、一時期土浦の土屋氏が城主に
なっていたのか!というところにもおっ!と発見です。

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そう、この土屋氏とは、天目山で片手千人斬りで
勝頼を守って織田兵を最後までなぎ倒した・・・
あの土屋右衛門尉昌恒の末裔に当たります。

へぇ、現徳川宗家の徳川恒孝氏も来場してるんですね。
徳川家康のエピソードというと、鯛の天ぷらを
食べて当たったのがこの田中城でのできごと…

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少し昔の田中城跡。高々数十年の昔の開発で
城跡がもう分からなくなってしまうほど、
破壊されてしまったんですね・・・

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そんな展示のある二階もまた居間的なつくり。
御亭ということを考えると、往時から畳敷きだった?
という感じもしますので、違和感はないですね。

P1310311

さて、では遺構を探しに城跡を歩き回りますか・・・
あ、これいいなぁ・・・建物付きの別の模型。
またやってくんないかな。

P1310314

さて、下屋敷から六間川を渡ってすぐが
馬見所跡。ここを左手に曲がります。

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ここの土塁なんかも往時の痕跡かな?

P1310316

案内しかありませんが、新宿木戸跡。
ここを右に曲がれば、新宿一之門、二之門跡へ。

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あのコンクリで固められたカーブが、
どうやら新宿一之三日月濠と丸馬出後の様子。
まだ残ってるっちゃ、残ってるやん!

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ここだけでもキレイに復元できたら、
いいのになぁ・・・・

さて、田中城本丸跡。
ほとんどが西益津小の敷地。

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妙な似非天守は余計ですが、田中城の縄張りを
示したところがありました。丸馬出も再現♪

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西に本丸を通り抜け、二之濠。わずかに残る部分で、
右手に見える民家のあたりが馬出、そして三日月濠が…
今はもう、跡形もなくなっていますね(泣)

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さらに馬出跡を横目に空壕跡を抜けて、
三之濠跡へ。ここもわずかに残る水濠跡。

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向かいの民家は、四之丸武家屋敷跡。

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四之丸に降りてみて。もりっと土塁が盛られている、
というのが感じられますよね。

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武家屋敷跡に残る石垣。案外コレって、
江戸期の石垣な気がするなぁ・・・

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こちらの三之濠跡はわかりにくい・・・

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整備すれば、遺構自体はちゃんとありそうだけど。

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大手一之門跡。全く分かりませんね…
左右の土塁で道が狭まり、眼前には馬出が見える…
はずなんですけどね…(笑)

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大手二之三日月濠跡。こちらも案内のみ。

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さて、ここで道を逸れてまんまる田中城を
体感してみることに。確かにカクカクはしてますが、
道が円く伸びていますよ♪

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すぐ左手には、わずかに残る三之丸土塁が。

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この手前には、家老クラスの重臣の屋敷があった様子。

P1310348

場所はここですね。

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うっひょひょーい!と駆け上がります。
全然苦にならずに上がれるレベル。

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この先には、三之濠と藩校日知館がありました。

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さて・・この辺で田中城から撤収。
遺構はそうはありませんが、
個人的には思い入れがある…小山城に。

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駿河遠江の武田ゆかりの城を巡る・・・その3 諏訪原城。

さて、前半の山場・・・諏訪原城。
信玄後期から勝頼時代の武田築城術の粋、
ともいえる城と聞いていて、ものすごい楽しみでした。

正確な築城時期は特定できていないようですが、
元亀4年4月の信玄薨去の直後、元号が天正に
変わる頃に築城されたのは、間違いないようです。

この広い敷地に遺構がかなりよい状態で
現存しているんですよね。

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今回通ったのは、極々一般的なコース。

Suwabara


発掘調査などの結果により、後に徳川家康が
入城した際に大手曲輪など、更に縄張りを広げたそうで
既存の縄張りも徳川の改修が入っているようです。

んが、雄大な外壕に非常に巧妙な虎口と馬出、
迫力のある三日月壕といった武田築城術の特徴が
これ見よがしに現れています。

大手南外壕(十一号堀)。このあたりは徳川時代に
新たに掘られたような感じを受けます。
茶畑になってほぼ埋まっておりますが・・・・

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んで、右手には二の曲輪大手馬出!(十二号堀)
最もダイナミックな丸馬出がイキナリやってきます!

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夏の割にはキレイに手入れされていますね!

東側の虎口。雄大な三日月壕の向こうに
渡るにはこんな狭い土橋を通らなくてはいけません。
土橋の向こうには外壕がめぐらされています。

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西側は少し緑が多かったかな。にしても、
コレを掘るには相当な土木量。信玄亡き後とはいえ、
これを短時間でつくりあげる武田の土木力に感嘆です!

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諏訪原城も縄張りは、馬場美濃守信春と言われ、
彼にとっても最晩年の城普請の総仕上げ、
ともいえる作品となっています。

が、これほどの大規模な城郭にも関わらず、
長篠での大敗の痛手で武田本隊からの援軍もなく、
守将・今福丹波守虎孝は一ヶ月の籠城戦の末、討死。

P1310184

今福浄閑斎とありますが、これは父のほう。
ここで討死はしていません。何かの間違いでしょう。

しかし、これほどの城とはいえ、長篠後の士気が
萎えた武田軍では支えきれなかったのでしょうねぇ。
まさしく、人は城とはこのことです。
(あれは、信玄公のことばではないようですが…)

大手北外壕(十一号堀)。浅く掘られた空壕で、
敵軍の気勢を削ぐための堀。これも徳川時代かな?

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そして、二の曲輪中馬出(三号堀)。
ここも負けず劣らず、ダイナミックな丸馬出。
緑が青々していますが・・・・
とてもコレを超えていこうという気になりませんな。

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この中馬出の北馬出門は、礎石の発掘調査から
薬医門だったと推測されるそうで、どうやら復元されるよう。
復元のための材が乾燥中でした。楽しみだなぁ。

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北側に続く空壕(一号堀)。

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中馬出へ北側から侵入しようとすると、
狭い北馬出を経由しないといけないんですが、
そこから中馬出への道がこんな細い!

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手前が三日月壕の続き、奥が外壕(二号堀)ですね。
こりゃぁ、格好の鉄砲と弓の餌食ですよね!
それでも守備兵が少ないと保たないのか…

この道の奥が、中馬出。

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左手には、外壕。

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二の曲輪に続く土橋も非常に細い!

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中馬出内。樹が伐られて見晴らしはよくなっています。
国指定史跡というお陰なのかもしれません。

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外壕(四号堀)。冬季なら壕底を歩けそうだよね!

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そして、そのまま本曲輪へ。左手には
五号堀(内堀)の看板。

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三段鍵堀という壕底が階段状になっているそうで、
目的としては障子堀と同じなんでしょうね。

青々して見えん・・・(泣)

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右手の内堀(六号堀)も鍵堀なんでしょうかね?
冬来ようぜ、冬!

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本曲輪前にはどーんと土塁が控えて、
視界を遮っています。土塁の脇をクランクしながら
本曲輪内に入っていきます。

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けっこう土塁の高さありますね。

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こんなにしっかりと土塁で盛ってるのが
残っているのもそう多くはないでしょうね・・・・

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天主台地。本曲輪の少し高くなった部分。
物見でもあったようですね。

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高いといってもなだらかに少し盛り上がった程度。

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本曲輪の東奥は断崖絶壁。尾根の先端なんでしょうね。

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下にも狭い曲輪があるので、少し降りてみますか。

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腰曲輪のような長細い曲輪からは…

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さらにもうひとつ、曲輪がありそうなのが見え、
その前後に空壕を配していそうです。緑が邪魔…

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さて、天主曲輪を南東から。二の曲輪と併せて、
けっこうな広さがあり、キャパとしては
数千の兵を駐留できたでしょうね。

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本曲輪の南に壕底へ降りてゆける道が。

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カンカン井戸と呼ばれる井戸跡。
石積で囲われていますが、涸れてしまってるよう。

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ここを左に折れると水ノ手曲輪へ・・
今日はちょっとパス。

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アチラに下っていくと、あるそうな。
しかし、壕底方面に水の手とは。
ちょっと水の手を守るのが難しいかもしれないね?

P1310237

さて、また登って二の曲輪、そのまま
最初に見た二の曲輪大手馬出の虎口から出ます。

そこで見つけた・・・あっ!石積!

P1310241

ちょっと興味深いのが、横須賀城と違い、
外壕の内側から見える部分に石積があるんですよね。
つまり、外から見える部分にだけ
石積があったわけではない、ということになりますよね。

ということは、実用的な意図を以って土留めに
使われていたのかなーなどと想像。

っていうのも、壕底歩くといろいろ発見あるだろうな♪
実に歩いてみたいものです・・・・

P1310244

諏訪原城の由来となった(?)諏訪神社。
でもさぁ、武田において諏訪といえば、
諏訪頼重・・・じゃなくて、諏訪大明神ですね。

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信玄が篤く信仰し、孫子旗とともに本陣に
諏訪上下大明神の旗を立ててますし、
(あのヤクの兜かどうかはさておき)信玄愛用の兜も
諏訪法性の兜といいますし、さらには一度は諏訪家を
継いだ勝頼にとっても、諏訪明神は特別な存在のはず。

そんな諏訪明神を馬出って、戦の最前線に
置いておきますかねぇ・・諏訪神社があったから
諏訪ノ原ということだそうですが、建物も
古くないですし、往時の位置とは違いそうですね。

あくまでも「城内」に諏訪大明神を祀ったことから、
その名前があるわけですしね。

今更ながら諏訪原城の解説。馬場美濃の異名に
「氏勝」なんてのがあるのを初めて知りましたよ・・・
なにそれ、氏康さんから偏諱でももらってんの?(笑)

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大手馬出南の土橋は、諏訪神社の参道に。
鳥居はそれなりに古そうです。

P1310248

そして、三日月壕を横目に。
これは見飽きないな・・・・すげぇ。

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そして、駐車場からフェンス越しになんとか
撮った二の曲輪南馬出。大手馬出・中馬出と比べると
ずいぶんとミニサイズではあるけど・・・

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そして右手には、二の曲輪東馬出も☆
丸馬出いっぱーい!

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さて、この日の宴は静岡駅前の駅南酒場
ジモティ・さらさんもお呼びして、
しぞーかグルメを堪能しまっせ☆

なんか注文取りに来るにーちゃんがおもろかったなぁ。
慣れてないというか、なんというか(笑)

しぞーかおでんに・・・

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桜えび。

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富士山コロッケ(カタチだけ?)

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いや、何が美味かったかって、
これでしょう、あらぶれ・・・じゃなかった、
しずおかあらごしみかん
みかんと蜂蜜、日本酒のリキュール。

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みかんの心地よい甘さが非常に上手く引き出されていて、
この日ばかりはかなりコレを飲みました。

要冷蔵というところが難点ですが、
東京に帰ってから注文しちゃいましたし!

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さて、飲みもそこそこに・・・
翌日も城攻めですよ☆こちらも馬場美濃作品、
まんまるまるまる田中城♪

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