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駿府城坤櫓その後+企画展「武田と城と城下町」

さて、昨年11月に駿府城坤櫓の建築現場に
行ってきたわけですが、その第2回が6月にあり、
またもや当選☆ということで、瓦が葺かれた姿を
間近で見学することができました。

残念なことに第3回は落選したんですがね・・・
まぁ、3回中2回当選したんですから、
贅沢は言っちゃちゃいけませんな(笑)

第3回見学会の終了後、足場が取り払われ、
外観が見られるようになったのは、つい先日、
ニュースにもなったところですね。

さて、まだ6月ですから足場はしっかりございます(汗)
# 書くのが遅いのがよくわかる・・・

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平面図。かなり外観の作業は終わっている感じ。

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立面図。

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さて、わくわくしながら中へ。

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軽く眺める1階部分。何度も何度も塗り重ねられ、
最後の仕上げ段階になってようやく白漆喰が
塗り籠められるんだそうです。

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公開されるときには、ここから入るんですね。
一階しか見れないのがどうにも悔しいですが・・・

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そういや、この色と姿、ボロボロになっていた
大分の暘谷城鬼門櫓の昔の姿を思い出します。
漆喰を塗っていく経過を見てくると、
こんなにも漆喰が年月の経過で剥がれていたのか、と。

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どーん!瓦がきれいに葺かれています!
なかなかこの近さで見ることはできないですからね!
漆喰は白くはなっていますが、まだまだ
純白の白漆喰塗籠までには、じっくりと作業が必要そう。

P1300844

これくらいの土色で6割ほど完成なんだとか。
にしても、漆喰壁の構造ってこんなのよ?という例以外で、
このような色の漆喰壁を見るのは、貴重ですね。

P1300853

懸魚や六葉のあたりはまだ塗りたて?
という感じがしますね。

P1300854

ここはまだゼロ!最初のところくらい、
素人が塗っても・・(こらこら)

P1300855

しかし、今でこそこういって覆いができましたが、
往時は足場は組むでしょうけど、櫓を覆うことができない?
でしょうからね・・・雨の日も風の日もあったでしょうし、
職人の皆様方は、大変だったでしょうね。

P1300856

さて瓦。徳川葵。17芯ありますが、これっていいのか?
・・・素人には分かりません(笑)

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鬼瓦は滋賀県産、平瓦・丸瓦は岐阜県産。
静岡県産じゃないんですね。びっくり。

軒丸瓦だけに南蛮漆喰で葺き土をし、
軒平瓦はステンレス線で留めてある様子。

すごいなぁ・・このアングル(笑)

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左官工事や瓦工事の過程の写真がたくさん。
んが、見学時間約20分のため、ゆっくり見てるヒマなし!

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瓦でつくられるカーブが美しくて、見惚れます。

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これらの瓦、総数32,000枚にも及び
重量は、約80tだそう。いかに徳川の城の櫓とはいえ、
三層の隅櫓でこの重量ですから、より高層建築では、
相当な荷重に耐えないといけないですね…

結果的に、なのかもしれませんが、
徳川系の巨大天守に軽量化できる銅瓦が用いられた
というのも、うなづける気がします。

手前に行けば行くほど、下の瓦が前に突き出てます。
わざとこうしてあるんですって。

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瓦の先に見える、尖った入母屋屋根の端。
あそこに鯱瓦が収まるんですねっ!

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唯一確認できた現代的なモノ。なんだと思います?

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これ、鯱付近に設置される避雷針につながった
アースなんですね。階下までつながってるのでしょう。

P1300865_2

鯱を受ける木の部分に穴が開いているのは、
そういうことなのかもしれません。

P1300871

さて、最後に全体をもう一度・・・・
完成した姿を見たら、また違った感慨があるのでしょう。

P1300873

下に降りて、二層部分。こちらの漆喰は、
まだまだこれからといったようですね。

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あ、ここだけ塗られてる(笑)
瓦の先は、ぶつけないように緩衝材付き。

P1300887

さて、コレにて見学は終了・・・短い!
再建にあわせて土塀も一部復元されるようです。

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修復中の石垣の石が置かれてる脇を通り、
工事現場を後にします。

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本丸濠の残存する一部。

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そういや、何度も駿府城に来て行ってないな?
と思って、立ち寄った家康公お手植えみかんの木。
別名某家康さん好き女子のはしゃぎの場(笑)

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家康さんにもご挨拶。皆が知る「徳川家康」らしい
像ですよね。あぁ、なるほどという。

P1300897

そして、影もカタチもない駿府城天守台跡。
石垣天端で約55m×48mというとてつもない天守台は、
天守曲輪として機能し、その中心に天守があった
と推測されています。

P1300898

陸軍が天守台を壊さなければ・・・・
そもそも陸軍なんて誘致しなければ・・・・

後の祭りではありますが、残っていれば、
天守台をじっくり研究することで、
天守についても知見が得られたでしょうに。

駿府城内のお茶(笑)お茶って観賞用にも
植えるんですね・・・さすが茶王国。

P1300899

東大手門から退城。

P1300902

ここも典型的な近世の桝形虎口であり、
また多聞櫓でぐるっと囲んだ防御性の高いところも
けっこう見所なんですよね。警察本部の上から
眺めるのも、おススメです。

P1300905

さて、まる子と気の抜けたような(笑)
家康さんの絵に苦笑しながら、静岡駅を後にします。

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乗ったのは、身延線・・・わざわざ甲斐経由。
というのも、山梨県立考古博物館にて、
武田と城と城下町、という興味をそそられる企画が
あったからなんです☆このタイミング逃したら行けない!

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撮影禁止でしたが、躑躅ヶ崎館から出土した白磁や青磁、
有名な馬骨の出土状況写真に加えて、新府城の発掘物、
その近い場所にあった真田隠岐守信尹(昌幸弟)
屋敷跡の発掘状況なども紹介されていました。

新府城にも青磁琮形瓶(そうがたへい)の一部が
発見されるなど、築城された1582年当時でも
それ相応の権力があったことを物語る品々がありました。

そして、勝頼自刃から約200年後の1775年、
二百年遠忌が行われた際に、自刃の地に供養塔が建てられ、
経が書かれた経石が5,000点以上も納められたそうで、
貴重なそのうちの2点の経石が展示。

信玄も柳沢吉保や吉里によって、133回忌・150回忌の
法要が執り行われてますが、勝頼にも法要を
このなう人々がいたのだな、とホロリ。

さて、甲府まではバスで向かって・・・
まだ時間があったので、武田神社へも。
まずは、甲府駅の信玄さんにご挨拶です。

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武田神社拝殿。時間が遅いので
軽く参拝を済ませます。

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お、明かりが灯りました。

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とりあえず、武田菱があればしあわせになれる。

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そして、その足で火葬塚へも。
来週、またうかがいますね、お屋形さま。

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