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仙台真田家のゆかりに触れる。

さて、バスで向かったのは蔵王町。
真田信繁(幸村)の次男真田(片倉)守信が
知行を賜ったのが刈田郡。現在の蔵王町。

ここで、仙台真田家に伝わる甲冑や軍旗の展示が
あったので寄ってみることに。

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あちらが会場の蔵王町ございんホール。

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だがな、真田幸村のゆかりの郷と書かれると、
いまいちもやもやするのだよ・・・掠ってはいるけど。

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展示室内は撮影禁止だったので、遠巻きに・・・

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仙台真田家は、守信の頃の禄は300石。
家格は召出二番座。実は後述の仙台武田家と同格。

後に再検地で一反あたりの石高が2割増で再計算され、
360石持ちに。さらに20石余りを加増されるも
分家を立てたため、最終的には350石。

知行宛がい状(黒印状)もしっかり残っていて、
知行の記録も比較的分かっているんですね。

その他、信繁夫人から阿梅、そして守信へと
伝わった六連銭入りの蒔絵文箱、そして
大坂冬の陣着用と伝わる漆黒の南蛮胴具足。

真田信繁というと、赤備えのイメージばかりが先行しますが
冬の陣では漆黒の甲冑だったんですね・・・
真田丸から鉄砲玉の嵐で徳川軍を苦しめた信繁は、
こういう甲冑を身に付けていたんですね。
南蛮胴であるあたり、銃撃戦の時代らしい感じはします。

夏の陣には紅い甲冑を身につけ、この甲冑は
阿梅や守信への形見分けにしたのかも。

ソースは不明ですが、冬の陣の和睦後、
信繁邸(九度山?それとも?)に訪れた人間が
床の間に抱角前立の甲冑があった旨、記録に残してるそう。

そして、真田(敢えてこう書きます)守信像を
パンフレットから。正直ちょっとくたびれた感じの
信繁像(こら)に比べると、凛々しく勇ましい風貌。

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お召し物に六連銭ではなく、結び雁金しかない
というところもポイントかもしれませんね。

さて、そんな蔵王町の町章が結び雁金(的な?)
ってところに真田家とのゆかりを感じますよねぇ。

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さて、蔵王町を離れ、白石まで向かいます。
時間的に白石城は天守と石垣・櫓門を外観だけ見る、
に留まりましたが、阿梅さん・守信さんへのご挨拶がしたく。

当信寺。山門が白石城東口門(二の丸大手二の門)。

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ちなみに真ん中の穴は、太鼓の音がよく通るようにと
幕末に開けられた穴だそうです。

裏側から。中に入って二階部分に入ってみたいもんだなぁ。

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延命寺というお寺にも白石城の厩口門が
移築されているそうな。

左が片倉重長室・真田阿梅墓、右が弟・真田守信墓。

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阿梅の方の墓石は飲むと歯痛にいいとして
削られ続け、よくわからない墓石に・・・かなすぃ。

守信さんは亡くなるまで真田姓に復すことが
できなかったのですが、墓石にはせめての一文。

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阿梅は、紀伊九度山にて生まれた西の人。
西のほうに行き交う人も通るであろう、街道近くに
葬られることを望んだそうな。

真田といえば、信州のイメージだけども、
九度山生まれの彼女にとって、西国での日々が
恋しかったのでしょうか。

ここでも、経をあげてしっかりご挨拶して
後にいたします。

ま、あまり時間はないですがサクッと
白石城にも寄っておきましょうかね。

二の丸大手二の門跡。先ほどの当信寺山門が
あったのがこの場所です。元に戻しても
いいんじゃないかな・・・ダメかな・・・

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本丸外郭石垣。かなり明治に崩されていて
根石付近しか残ってないのですが、
こうしたところに時代の違いが感じられる箇所。

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向かって左側が野面積、右側は切込接。
どうやらたびたび江戸時代に石垣が崩れ、
補修の際に、切込接になったようです。

コレだけ見ると、あまりにキレイでホンマモンか?
と疑ってかかったりもしたくなっちゃいます(汗)

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というのと、野面という箇所もけっこう加工度を
感じるんですけどねぇ。

で、また少ししたら・・・切込接くらいかな?

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んで、天守。地震でダメージがあったけど
どう復活したか見たかったのよね・・また今度。

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天守台あたりのほうが石垣は、よっぽど野面ですよね。
でも、これ石垣も復元なんですよ。
野面積の復元ってステキじゃないですかぁ!

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本丸大手一の門から一応天守下まで行きますか。
雨がパラパラしてきたけどね・・・

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本丸大手一の門を過ぎた枡形。
石垣の色が違うところは復元でしょうなぁ。

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本丸大手二の門。櫓門。
こちらの柱には台湾檜が使われたそうですよ。

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内側から。

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瓦には、伊達の三引き両紋。

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入りたかったけどなぁ・・・しょんない。

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さて・・・この日はコレにて終了。
翌日は、相当に知られていないみちのくの武田家に
迫ってまいります。

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