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駿河遠江の武田ゆかりの城を巡る・・・その2 横須賀城。

武田ゆかり…というと、ちょっと語弊があるのですが
武田の高天神城を落とすために築城された、
と考えると、まぁゆかりがあるともいえる横須賀城。

見所は、やっぱり(復元ですが)天龍川の川原石を
つかった玉石垣でしょう!戦国の歴史よりも、
純粋に城郭として、興味があった城です。

横須賀城全景。おそらく戦国時代には
中央やや右手の本丸・西の丸部分、そして
松尾山くらいだったのではと思われます。

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さて、城へ。これ整備された石段だと
思っていたんですが…

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実は、復元遺構。遺構を土砂で保護しつつ、
その上に復元した石段を構築するという、
なかなかニクい演出をしてくれています。

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んで、西の丸を上がったところから、
玉石垣が姿を現しました!壮観!

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あんまりにも丸々した石ばかりで、
日本の城か?と疑いたくなるような異質な石垣。
修築はあったでしょうが、江戸時代通じて
こうだったわけですからねぇ…

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これ、さすがに高天神城を攻める陣城としての
時代ではなく、その後に形成されたんでしょうね。

今では何らかの補強がありそうですが、
江戸時代通じて、このような積み方で用を成して
いたことに驚きます。ちょっとドキドキします(笑)

P1310103

ただ、山城を「そのまま」石垣の城とするには、
土塁の斜面に沿って石垣のカーブを描けないわけで、
そういう意味では、玉石垣にする意味があったのかも。

実際、このような緩やかな鈍角の石垣隅だったり…

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沖縄のグスクのような、緩やかなカーブを
みていると、そんな意図も感じますね。

P1310114

武田流の丸馬出は、土塁のまま江戸時代に残されるか、
角馬出として石垣づくりに造りかえられることが
多そうですが、丸馬出のまま玉石垣で石垣化・・・・
してもおもしろいのになぁ、と妄想(笑)

こ、この意味ありげな石は何でしょう・・・・
硝煙蔵とか?わ、わからん・・・

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三日月池。往時の濠跡だそうだけど、
いわゆる丸馬出+三日月濠の武田式のつくりの遺構
ということではないみたい。

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三日月池のすぐ上にある道の地蔵さま方。

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おひとり特に個性的な方が(笑)
いえーい!もしくはえいえいおー!

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本丸の玉石垣に戻ります。三日月池方面から
本丸東端部に上がっていく坂。

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このあたりも発掘調査の成果を元に復元。

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石垣をじぃーっと見つめるあいすさん(笑)

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その先には、玉石垣で難しいところを
なんとか算木積にしてみましたという涙ぐましい(?)
石垣がありました(笑)

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ね、一応算木積ではあるよね?

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さて、本丸へ。なんだか円い石が放射線状に
飛び出ているみたいで、トウモロコシやパイナップルに
見えてしまうのは気のせいでしょうか(笑)

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本丸に上がってすぐ模型を発見。
大手から見える南側ばかりに玉石垣が集中していて、
「見せる石垣」の要素がけっこうあった?と推測。

北の丸は戦国期には、松尾山と本丸を区切る
空壕的なエリアだったかもしれないな。

江戸時代はこの本丸を中心に東西に長く伸び、
周りに外濠が配されていましたが、ほとんど遺構なし…

P1310129

模型地点から見て北側の向こうには天守台。
低く積まれた石垣がL字型を成しており、
変わった形状をしていますよね。

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裏鬼門に当たる南西を欠いた構造だったのかな?
でも、それなら普通北東を欠くような気もしますけど。

礎石のほか、鯱瓦なども出土しており、
少しではありますが、面影を感じ取ることができます。
礎石からは東西六間×南北三間半とのことですが、
少しバランスが悪い気がしますね・・・

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まぁ、二層くらいの櫓で、東西に長いと考えれば
そうでもないかなぁ…天守っぽくないけど。

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ということは、南東部のこのあたりは、
天守前通路として広がっていたのでしょうかね?

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北側の土塁もけっこう不思議っちゃ不思議。
横須賀城天守がどのような形状だったのか、興味津々。

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さて、横須賀城址の碑を見たら、本丸を出て、
北の丸から北東の松尾山のほうへと。

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側面に入った途端、土の城。高天神城攻略時には、
石垣はなかったんでしょうね。けっこうな高さがあります。

P1310139

お姫様、とだけ言われてもなんのこっちゃいなー!
(結局、謂われは分からず)

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ロームさん、あいすさんが歩いているあたり、
曲輪下を掘ったら空壕跡とか出てきそうな雰囲気。

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キレイに残って整備されている土塁も、
やっぱり城の美しさのひとつだよなーと思いますね。

P1310144

松尾山のほうへも。高低差がここでも感じられ
城感はあるのですが、なにせ整備度合いが
一気に下がるので・・・・がくっ

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北側の崖の先は、茶畑になっているようですが…

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西側はさっぱりわからーん!

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東側はざっくりとここも断崖に
なってるのはわかります。

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ここには絵図でも聞櫓が描かれており、
実際のその痕跡が発掘調査の結果、検出されています。

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こんな具合。ここまで位置がわかっていたら、
あと古写真でもあればいいのにねぇ…残念だぁ。

P1310155

現場にはブルーシート。まだ発掘の途中なんでしょうかね?
新たな知見が見つかるといいのですが。

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あ、アチラに見えるのは空壕?けっこういい感じで
残ってるみたいですね!ここもまた中世城郭っぽい☆

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後から考えると、下に降りて廻って
近くで見に行けばよかったかなぁ・・・

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さて、北の丸を西に進んで退城します。
北の丸はゲートボール場にもなってます(汗)

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米蔵があった辺りの手前に差しかかると・・・

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あ、あれは外濠跡!だいぶんと堀の幅は狭く、
浅くはなっているようですが、往時を偲ぶには十分。

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とこんな感じで、横須賀城を堪能。
この後は、お昼に。法多山尊永寺門前の
お食事処山田さん。

袋井のご当地グルメである「たまごふわふわ」
なるものをいただきました!

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まんまやん、というネーミングですが(笑)
はじめはよくわからず、上のほうだけ掬って
食べていて、???という感じだったのですけど、
中にはおだしの効いたスープが…一緒に食べるんですね。

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優しいお味でナイス。が、あっついつい!
何も知らずに突撃すると火傷しそう。

これだと主食がないので、富士宮やきそば。

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でも、やきそば以上に印象に残ったのは…お茶!
お茶が美味い!ペットボトルに入れて持ち帰りたいくらい!
さすが、お茶の国だなぁ・・と感心。

P1310171

いや、食事に行って写真を撮ることは多いですが、
お茶の写真を撮るのは、非常に珍しいです。
ホント、そのくらい印象に残るお茶でした。うむ。

さて、お次は城にお詳しい方々が、
口を揃えてよい城!とおっしゃる諏訪原城。
これこそ、武田流の城だ…と圧倒される城です☆

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