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GWの西日本城攻め・・・現存櫓を追う!その1 明石城坤櫓

さて、上田真田まつりから息をつくまもなく、
GW後半(そっかまだGWの話してるんだ)に西へ。

前回は、巽櫓に入ったのですが、
もう一方の坤櫓にも入っておきたくてですね。
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赤い格子が目印の櫓。総白漆喰の中でも
あの赤がちょっと目立っていて、好きな櫓のひとつ。

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ツツジが満開。そういや、この頃twitterで
花の蜜吸ったことある?→いや、ない。→ええええ!
とフォロワーさんに言われてましたね(笑)

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着いたのが早かったので、ぶらぶら刻印観察。
明石城も天下普請なので、かなりの刻印天国(笑)
丸に十字があると、すぐ島津と思っちゃうんだけど、
コレは違うかな~

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枡。ハイボールあり枡、的な(笑)

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明石城のお茶の水。ちょっと今は汲めないかな。

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なんかJIS規格の古いロゴみたいだな。

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さて、10時ちょうどに櫓入り。
唐破風×千鳥破風が重なる珍しい二層目。

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明石城坤櫓内。全国の城郭にある伏見城からの移築。
かつ、移築時から焼失することなく、
創建当初の威容を誇る実に貴重な櫓なんですな。

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おもしろいのは、焼けた巽櫓石垣からは焼けた跡が
発掘された一方、坤櫓跡からは検出されず。
こうした調査からも歴史が確認できる・・という
いい例ですよね。ふむふむ。

この太い梁も伏見城時代からのものでしょうか。
櫓はこうしていつも上を観てるので、
頸が痛くなります(笑)

けっこう曲がった梁もあって、こうした材を
こういう材を使いこなしてこその大工、
という小田原城で宮大工棟梁さんのお話を
思い出しながら、眺めておりました。

阪神大震災で石垣が崩れて修理する際に
出土した品々の展示もありました。
れっきとした徳川葵。幕府関連の施設でも
あったんでしょうかね?

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他にも資料が放置・・・されているんですが、
ちゃんと整理しようよ?(苦笑)

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山の文字の軒丸瓦。なんとなく山本勘助を
思い出しますなぁ(無関係)

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瓦けっこう種類があるんですが、
如何せん解説が少ないんですよね・・・

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取り替えられた古材も捨てずにちゃんと
取ってありますよ。

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けっこう傷んでますね・・・

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現存するのは、坤櫓と巽櫓だけであって、
乾櫓や艮櫓は取り壊されています。

そして、小学校の校舎の建築材として
払い下げられたそうですが、材の一部は保管され、
坤櫓と巽櫓の修繕に使われているんだそうです。

乾櫓は高砂城から、艮櫓は三木城から、
坤櫓は伏見城から、巽櫓は船上城から・・
それぞれ材料を調達しているそうで、本丸三階櫓が
みな出自が違うというのもおもしろい。

そして、巽櫓は本丸御殿とともに一度焼失して、
坤櫓だけがオリジナルを保っているという・・・

ってことは、今の坤櫓や巽櫓は
ミックスされてるってことなんですよね~

熊本城の宇土櫓なんかもそうですが、
後世の補強が入るのは、ある種仕方がないのかな。

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二階に上がりたくて仕方がないんですが・・・
お金払ってもいいから上がらせてほしいっ!

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んが、明石城築城400年を迎える4年後には、
階上にも上がれるようにしたいとの
ボランティアの方のお話を聴いてワクワク☆

坤櫓から巽櫓方面。いい眺めです☆

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坤櫓内の模型も非常に興味深いです。
本丸の櫓の入母屋屋根の方向が互い違いに。
こういうところに美意識があるんだろうなぁ・・・と。

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東の丸の不思議な門跡は、やっぱり枡形では
なかったんだな・・・

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中濠に掛かる二の丸の門の比較。
東西不明門は高麗門と渡櫓門が並行なのに対し、
太鼓門はオーソドックスな右折れの枡形。

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姫路城鵰門(くまたかもん)や江戸城市ヶ谷見附
くらいかと思ってましたが、けっこう並行に
門が並ぶタイプもあるんですねぇ。

明石城全景。やはり西を警戒して大坂城を
守るための城…ということで、西側の防備のほうが
堅い気がしました。

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西側から見たほうが櫓の数が多そうですし…

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南からの眺めもいいですけどね!

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さて、ちゃんと観てなかった東西不明門を
見に行きますかね。

明石城といえばねこの多さ。
会わない時はないくらいですねぇ。

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そして、お濠の亀さんね。

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東不明門跡は、駐車場になっておりました。

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確かに枡形の空間は、駐車場に適しているかも・・・
手前が高麗門跡、そしてその枡形の対角線上に
櫓門跡の入り口が備わっています。

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けっこう石垣の石が豪壮でかなり好みな
打込接で思いがけず見惚れましたよ・・・イイ!

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あ、あれは木材を噛ませた跡でしょうかね?
こういうの見つけるのも楽しい。

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んで、織田家長屋門を横目に観ながら、
東不明門跡に向かいます。ここの織田家は、
信長の叔父にあたる織田信康を祖とするそうな。

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途中に見える明石城の土塁。西日本の近世城郭に
土塁があるとほぉ・・と思わせられます。
どうしても総石垣の印象があるもんでね!

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オーソドックスな桝形門跡の太鼓門跡。

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亀さんが仲良く並んでひなたぼっこ(笑)

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てくてく歩いて東不明門跡。石垣がちょっと
低いような気がするが・・・

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ここも高麗門と渡櫓門が平行に
位置しているのがわかりますよね。

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んね。

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逆側から。

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門の石垣は大きめな石が配されることが
多いんだろうかね。やっぱり。どーんとしてるよね。

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さて、ひとしきり堪能した後は、
魚の棚でたまご焼き(明石焼き)をはふはふ。
こういう優しい味に癒されます。

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んじゃね!明石城!
次は、備中松山城の二重櫓特別公開へ!

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