GWの西日本城攻め・・・現存櫓を追う!その2 備中松山城二重櫓
さて、次の現存櫓潜入・・・は、備中松山城。
昨年城人オフで行きましたが、今回の主役は二重櫓。


なかなかこちらの櫓に入れる機会はないので、
ぜひ行きたかったのです。
途中、ちょっとショートカットして姫路まで新幹線。
とりあえず、姫路城の模型は撮っとくよね(笑)

備中高梁駅前のコンビニにはねこ。さすがに店の中には
入ってきはしないけど・・・皆様トリミングに夢中。


ヒマだったら、ねこの相手でもして楽しむところだが、
生憎の過密スケジュールのため、さっさと城へ。
かつては、備中高梁駅から歩いて城に行ったことも
あるんですけど、今日はタクシー。

タクシーにも備中松山城天守が映っていて、
思わず撮っちゃいましたよ。
ざっと通り雨が降ったようだが、駅ついたら上がり、
その後も少し雨が降りそうな感じもあって心配でしたが、
なんとか保ちました。ふー。

この日はやはりGWでもあって、人が多め。
石垣の上には、甲冑武者もおりまして。

そういやほぼ1年前に、城人オフデビューしたんだな、
これがきっかけで城知識にドライブが掛かったんだよね、
などと振り返りながら、登城します。
天守前。こんな人が多い備中松山城は初です!

山田方谷の紙芝居。松山藩の改革を推進し、
彼を師と仰ぐ人も多いといい、知名度は低いものの、
大河ドラマに推す声もあるとか。

天守・・・あなたは今日は主役じゃないの。
ごめんね(笑)

今日の主役!二重櫓さんです、どうぞ!
水谷勝宗の時代(1681-83年)に建てられたそう。

重層櫓は、天守を除けばこの櫓のみであり、
貴重な存在だったようです。
一階に出入り口が二ヵ所あり、天守裏と後曲輪を
連結する役割を果たしていました。
あの辺りが、後ろ曲輪。城人オフの際には、
行かなかったので、後で行ってみましょう。

内部は瓦や古写真、修理で取り替えられた
材の展示。いいねいいねー!

大きな柱をくんくん・・・気のせいか、
甘いチョコっぽいような香りも?(戯言)

一見、こちらのほうが古い材に見えるけど・・・

実は、キレイに見えるこちらが江戸時代の材で、
マツとクリの木。

さきほどの材はモミの木で、昭和の修理の際に
使われた材。適不適がこういうところに
出るんだなぁ・・と納得。
で、現役の梁に注目。このクイッとしている
加工はどういう意味があるんでしょう?

古写真群。こちらは天守・・・見るも無残。

一部の材は剥がされて、持ち出されていたのかも。
一層部分の竪板張りの板はゴソッとないよね。

一方の二重櫓。こちらは比較的形状を保っている
という気はします。くたびれてはいますが…

記念写真。どういう意図のものかわかりませんが、
これも昭和の修理前の写真でしょう。

こちらは修理後・・でしょうか、ピッカピカの
二重櫓です。初々しいね!


そして、気になった鬼瓦。どこの鬼瓦??
かなり大きく、かといって天守にあったものでもなさそう。
麓の御殿にあったものでしょうかね?

この二重櫓公開、ありがたいのは二階にも行けること!
ひゃー、うれしやうれしや!

二階に上がったー!

階段が急なのは、城ならではのお約束。

入母屋を支える梁の曲がり方がすごいよね!
でも、上手くバランスとってる・・・さすが。

反対側はお城によくある他城の紹介。

一階部分の梁は、かなりキレイに加工されていて
修理の際に取り替えられたような印象だけど、
この梁は当時のままだろうなぁ。
「奉上棟」と記された板には、昭和参拾参年七月八日、
と記されています。昭和の修理ですね。

時を経てきた木材がもちうる重厚感。
たまりませんなあ・・ずっとここにいたい。

二層部分から後曲輪。これもなかなか
見れない貴重なショットかも。

そして、天守。なかなかこの角度で
天守を見ることないっすよね!二重櫓の屋根も
含めたこの絡み具合がいい感じと自画自賛(苦笑)


天守だけを。けっこう天守の後姿好きなんで、
二重櫓の高さから撮れるのがウレシイ。

普段ならこんな感じで少し角度が付くんだよね。

そして、窓から覗き見る感じで(しつこい)

うーん、二重櫓思いのほか、楽しかったなぁ。
ただ、外観修理もしたほうがいいと思うんよね・・・
あの落書きとか・・・許すまじ。

けっこう漆喰の傷みも目立つしね。

天守に入って、天守から二重櫓。

天守の柱、二重櫓をみてきた後だと、
大きさに比して柱が結構細いよね・・・と思ったりも。


備中松山城天守は、囲炉裏があるのが特徴。
籠城するにしては、少し小さい気がするんだよね・・・

まさかの八重さんと襄さん。備中松山に
お越しになったことがあるようです。ほほぅ。

もちろん上に上がりますよ!

階段の途中から、梁を間近で撮るのは好き(笑)

天守二層。天守で二層というのも珍しいし、
神棚があるのも珍しいよね。

天照大神のほか、水谷氏の守護神羽黒大権現を
祀っているのだそう。

さ、天守に別れを告げて、後曲輪のほうに・・・

天守は渋墨で塗られているけど、二重櫓など
他の櫓には塗られてなかったのかな。
本丸東御門から搦手に至るへ・・・
このあたりは岩盤に沿って石垣が組まれたんだろうね。

後曲輪への道。もちろん、あんまし来る人いない。

搦手門曲輪。今は先に道が途絶えており、
ここからの出入りは難しそう。

その前には、本丸の裏門である腕木御門。

水ノ手門脇曲輪。ここには十の平櫓跡。

水ノ手門跡。この先に大松山城跡に行けますが…
今回はパスします。

この石垣の違和感ありありなこと・・・
メッチャバランス悪そう。

十の平櫓跡前から二重櫓。
けっこういい眺めですね、凛とした姿。

水ノ手門脇曲輪から後曲輪に上がります。
この辺も固い岩盤の上なんだろうなぁ。

後曲輪からの二重櫓。よくこの狭いところに
建ててるよなぁ・・・後ろにちょこっと天守も(笑)

九の平櫓跡。

後曲輪は、ちょっと整備されちゃいすぎな印象。
ここまではしなくていいのになぁ。

九の平櫓跡から、しばし二重櫓と天守を・・・
ここでお弁当とか食べたかったなぁ。

さて、撤収・・・歩いたことのない舗装された
ほうの道から下山したんですが、石垣っぽい遺構が
あってびっくり。行ってみるもんですなぁ。

かなり古風な石垣で、中世山城にあるような石垣。
ひょっとしたら、中世遺構なのかもね。

あとはずっとずっと歩いて駅まで・・・
高梁運動公園前の交差点。この石垣はけっこう
いい雰囲気だしているんだけど・・・どうだろ。

中州公園のほうに抜けていきます。
この先には、麓の御殿があった県立高梁高校。

この辺の石垣はどうだろうなぁ・・・
明治以後か往時のものか、けっこう判別が難しい。

このあたりも、橋下は明治の谷積だけど、
道の脇にある石垣は、当時のもののようにも見える。

あの石垣は、マヂでホンモノでしょ!

んで、高校前。小高下谷川は当時の御屋敷の濠。

少しばかり、当時の石垣っぽい部分を見つけると、
オッと思ってしまいます。あのへんとかあのへんとかね。


さて、途中で南に下り、御前神社。
おんざきと読むそう。難しい!

順正寮跡。和洋折衷の建築がここにも。
明治にはキリスト教がかなり入っていたみたいですね。
新島襄が出てくるのも、その流れ。

龍徳院の石垣。何気なくある石垣にも
いいものがけっこう多い・・・

高梁基督教会堂。プロテスタント教会としては、
同志社のチャペルに続いて二番目に古い教会建築だとか。

こう・・・西洋風に見せかけているんだけど、
建築技術的には、日本の技術が詰まっている・・っての、
これはこれでいいですよね~
わ、あの土蔵のデザイン、オシャレだなぁ。

何故に電源のマークなんでしょう(笑)

・・・とかなんとか、言ってると駅に到着。
歩いて城に向かったり、帰ってきたりするの、
歩くのが好きだからというのもあるんですけれども
思いもかけない何かを見つけることもある、
ということが楽しいからでもあるんですよね。
さて、この後は岡山まで。岡山城西の丸西手櫓を
見に行きますぜ。またもや天守は脇役(笑)
岡山城天守、超好きなんだけどね!
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