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2013年7月

真田の郷を歩ききる!・・・その6:上田真田まつり①

さて、上田真田まつり。
櫓門前にはブルーシートが敷かれ、お祭り感満載。

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とはいえ、開幕にはまだ少し時間があるので、
池波正太郎真田太平記館の「真田幸村の遺したもの」を。

真田陣太鼓。あれが三代目穴山小助こと
たまきさんが太鼓に目覚めたきっかけなんだねー!

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丸掘・・・なんて地名に実は三日月濠が
あったんではないか!?とそわそわする変人ひとり(笑)

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さて、「真田幸村の遺したもの」。
個人的にはシンプルなこの兜がなかなかいいな!
と思って拝見しました。

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大坂の陣で信繁を討ち取ったとされる
福井藩士、西尾仁左衛門宗次が伝えたとされてます。

いわゆる「真田幸村」で想起する兜とは違いますけど、
どのような前立てだったのだろう・・などなど
想像するのも楽しいです。安居神社で討ち取った際の…
ということは、夏の陣に着用していた兜になりますよね。
やっぱり、鹿の兜は尾ひれがついた産物なのかも。

展示自体は、薙刀や采配、書状など数点で、
見学は一瞬で終わっちゃいましたが、印象深いですね。

さて、櫓門前に戻って…と思ったら、何の行列?
なんでもふなっしーグッズの行列だとかで・・
なんで上田でふなっしーやねん(苦笑)

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美味だれ焼き鳥に、美味だれローストビーフ!
ニンニク醤油味が好みジャストでありまして・・・
いろんなお料理に掛けたいところであります☆

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って、はむはむしていると、櫓門の向こうから
お神輿がやってきましたよ!

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やっぱりお神輿は見ていてイイもんですね~

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そうこうしているうちに、さくらゆきさんのお歌が☆

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ウワサには聞き及んでいまして、twitterでも
フォローさせて頂いていましたが、お初にお眼に。

動画もありましたので、埋め込んでおきます~

そして、市長さん方の挨拶のあと・・・
真田鉄砲隊の演舞!しかし遠い・・・(がくっ)
そっちでやるんか(あの台はそういうことね)

P1280030

しっかし!小助のママ(りおさん:@RiO_xxxxxx)に
ヘルプして、画像をお借りしました~ありがとうございます☆

Dsc00762

わたし、真田というと昌幸さん推しなので、
鉄砲の印象がまるでなかったのですが、
大坂夏の陣の真田丸で鉄砲を駆使して徳川を
散々に打ち破ったんですってね・・・
し、知らなかった・・・

続いては、上田城築城の折に舞ったいう上田獅子。
1583年、昌幸さんが上田城築造の際に
地固めの式に獅子踊りを奉納したことに始まるそう。
大団扇をもった禰宜と三頭獅子が、笛・太鼓・鉦に
合わせて踊りますよ!けっこう見ていて楽しい☆

P1280033

ね、なんか超楽しそうでしょ(笑)

P1280040

P1280041

そして、真田三代の皆さんの登場です!

九度山から町長さんが幸隆役で登場。
すごいなぁ・・真田のご縁です。

P1280042

そして飄々としておられる・・仙台真田家、
14代目の御当主、徹氏。昌幸さん役として、
信玄公から賜った昇梯子の鎧を身に付けて登場。

P1280043

幸村さんには、おもてなし武将の阿部周平さん。
同性から見てもかっこいい好青年。
そして、恭しくお辞儀されるのが印象的。

P1280044

さて、舞台に揃いました。改めてご紹介。

真田弾正忠幸隆
 … 九度山町長 岡本章さん

P1280046

真田安房守昌幸
 … 仙台真田家14代目当主 真田徹さん

P1280048

昌幸夫人
 … 信州上田観光大使 小日向えりさん
   (@erikohinata‎)

P1280051

真田左衛門佐信繁(幸村)
 … 信州上田観光おもてなし武将 阿部周平さん
   (@abeshuhe1234567)

幸村影武者・穴山小助
 … 信州上田観光おもてなし武将 環さん
   (@tamakipan)

P1280067

・・・徳川軍の接近を伝令が伝えます。
この出陣は、第一次上田合戦をモチーフに
されているんですが、幸村さんは上杉から許しを得て
上田に出陣できた・・という設定です(笑)

そして、幸村さん、声高らかに真田軍の出陣を宣言。
幸村・小助両氏ともお会いしているだけに、
なんだか不思議な気分で眼を細めて観ておりました。

ちょいちょい面白い写真もあったりしてね・・・
「小助、わかったな!」「はは!」的なショットも(笑)

P1280055

さて、真田陣太鼓のご披露があり・・・

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山の向こうで狼煙が上がったら、
いよいよ出陣であります☆

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最初に出撃するのは、真田騎馬軍団。
どうやらわたしの脳内にはフィルターがあるようで、
六連銭が武田菱に見えてしまったのはナイショ(笑)

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続いては、真田鉄砲隊。大坂の陣で活躍したのなら、
これこそ、真田幸村の軍という感じですね。

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ちょっと銃口を向けられるとビビリます(笑)

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いい角度から。前に座ってるとこういうのが撮れます…
が、如何せん暑さに負けてしまいました(汗)
(これもりおさんから。重ねてThanx!)

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幸隆さんご夫人も出陣!きれいな方だー!

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続いて、娘子隊(八重の桜観すぎ)。

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上田市職員新人隊(笑)
いーなー、コレ結構好きな人にとっては、
役得なんじゃないのー!

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そして、幸隆さん馬に乗って登場。
第一次上田合戦に?幸隆?ゆってはならーん(苦笑)

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八十二銀行隊。こちらもキレイどころを
あつめた娘子隊・・真田軍女子率高い(笑)

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真田(笑)えりさん登場!いい笑顔してらっしゃる!

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・・・このあと十勇士が出陣なのですが、
まさかのシャッターチャンス逃し・・ううぅ
えーっと、皆さん刀しまってる(泣)

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あー、環さん行っちゃった・・がくっ

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つづいて、昌幸さん登場。馬上からニヤリ(笑)

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上田城甲冑隊。刀を抜いての剣舞をご披露。
やー!とぉー!

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そして、最後を飾るのはもちろん幸村さん。
画になるお方であります。

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わたし、馬上から会釈する武将、初めて見ました(笑)

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お、なにやらキレイなおなごでも見つけられましたかな?

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わたしを見つけて、手を振ってくださる幸村さん。
パッと眼を見開き、スッと手を振って下さる所作も見事。

P1280154

ということで、このあと武者行列、そして
合戦劇へと続いてまいります。

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真田の郷を歩ききる!・・・その5:上田城②

さて、本丸内の散策です。
上田城といえば・・・これですね、
本丸東虎口櫓門と南・北櫓。

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残念ながら、北櫓はカメラに収まりませんでした…
櫓門は復元、南北櫓は再移築現存。
これも仙石時代のものですが、実は真田時代にも…
と思うと見方が変わってきますよね。

確かに1622年に仙石氏が入ったわけですから、
総白漆喰で櫓門を造ってもよさそうなんですけど、
敢えて下見板なのは、真田時代を復元するというだけでなく
寒冷地ということもありそうですけどね。

信幸さんが松代に持っていこうとして、
どーしても持っていけなかった真田石。
俺はここを動かんぞ、と昌幸さんが言ってるみたい?(笑)

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さて、東虎口内側。ここの石垣もやはり
少し古めで石が大きめの打込接乱積。
やっぱり、こういう石垣が好みだわん!

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北方面には、本丸が少し高段になっています。
このあたりのつくり、真田氏館に似ている気がします。

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残念ながら、桜はもう終わりかけ。

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さて、本丸北東隅へ。櫓跡には休憩所。
これは・・・礎石じゃないよね。

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切り欠き部分。ちょっと内側からだと
わかりにくいか。直角ではなく、ちょっとカーブ。

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1994年~95年に発掘調査が行われ、
この櫓の詳しい位置や大きさなどがわかったそうです。

石垣の上ではなく土塁に直接建てられ、
大きさは現存する西櫓同様、5間×4間であり、
北側の隅櫓は東西方向、南側の隅櫓は南北方向に
棟の向きが向いていたこともわかったそうです。

これ、なんとか史料がもっと出てきて、再建できない
ものでしょうかねぇ。「上田城復元プロジェクト
なんていうのもあることですし、何とか正確な復元が
できる史料が見つかればと思います。

本丸側から見た濠を挟んでの二の丸。
二の丸側から見ると木々が茂って、正直視界が
よろしくないんですが、本丸側だと開けてますね!

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北西隅櫓跡。こちらも発掘調査の結果、
地上に露出している礎石が当時のものであること、
こちらも5間×4間の大きさであることが判明しているそう。

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真田氏時代がどうだったかは推測の域を出ないとして、
同じ大きさの櫓・・というところには、
規格化された櫓という江戸時代の雰囲気を感じますね。

さて、西側の本丸土塁の上をてくてく。

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また西櫓に戻ってきました。

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さていい加減、南櫓から中を拝見させて
いただきましょうか♪

まずは、松平さんちの甲冑から。P1270866

そして天井(笑)やはり時代を経た櫓の
梁や心柱を見ていると落ち着きますな・・・

P1270868

古写真。南櫓が撤去されているが、
北櫓は残っています。

P1270872_2

これを見ると、東虎口櫓門の入母屋破風の
破風板の意匠が南北櫓の格子があるのとは違って
シンプルな漆喰板であるのがわかりますね。

隅櫓も櫓門もなく、西櫓だけ残った上田城。
わ、侘しい・・・(泣)

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南北櫓は金秋楼、萬豐楼として妓楼になったとか。
ムリヤリくっつけちゃって、櫓同士が正面衝突したような(汗)

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んでからーのー、梁にハァハァ(笑)
こういう眺めが大好きであります!

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あと二階に上がっての天井ね!

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せっかくなんで矢狭間からの眺めも・・・・

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なんとなく鉄砲を構えてみたくなります。

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そして模型。縄張りを理解するのに、
模型ほどわかりやすいものはありませんね!
二の丸北東の切り欠き。

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百間濠。広いなぁ…こりゃ球場もできちゃうね。

P1270905

南西の畑だった部分は空壕っぽい。

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西虎口。西櫓以外にも本丸土塁にもうひとつ櫓。
かなり厳重ですね。枡形になってる分、
東虎口よりも強固かもしれません。

P1270908

本丸北面。東側は櫓が2基。
藩主館は別にあったから、本丸には何も
なかったんですかね・・・

P1270909

二の丸側から。この二つの櫓、復元したいなぁ…

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二の丸東虎口~本丸東虎口。
あんなところに空壕があったんだ・・・!?

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さて、平成になって落成した櫓門にも。

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これがあと10年20年すると、いい感じの
濃茶色になって甘い香りになるんだろうなぁ・・・
まだフレッシュな木の香りがしました。

P1270923

内側には真田神社。

P1270925

その先には、すごいものが・・・・発掘成果から
復元した上田城の金鯱。

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何を思ったかって、広島城から発掘された
金鯱との似てる具合が・・豊臣政権下の金鯱って、
やっぱりこういう感じなんだな、っと。

広島城から発掘された金鯱(復元)

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ね、似てるでしょ?ますます真田時代の
上田城の姿に想像が膨らみます。

実際に上田城で発掘された鯱。

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わずかに残る金箔。

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うむ・・・豊臣政権下の昌幸さんの立場が
垣間見れるようで興味深いですね。

で、北櫓。

P1270934

こちらも梁に惚れ惚れ。

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北櫓から櫓門、南櫓を。

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こちらでも上向いて見惚れます・・

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さ、北櫓はサクッとになっちゃったけど、
そろそろお祭りにスタンバイしなくちゃっ・・!!
櫓門の前にはもう真田陣太鼓が準備完了。

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いよいよ、上田真田まつりの開幕です☆

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真田の郷を歩ききる!・・・その4:上田藩主館・上田城①

さて翌日・・・お祭りの前に半日かけて、
上田城をば。久しぶりだなぁ、上田城。

とその前に、上田藩主館。本丸二の丸内には
普段上田藩主は住まうことはなく、
三の丸に位置するこの居館に住んでいたそう。

関ヶ原合戦後、上田城は破却され、
真田信之がここに館を築いて
上田滞在の際の住まいとしたようです。

普段は、沼田が本拠であり、1622年には
松代移封されますので、そう長くは居なかったでしょう。

現在は上田高校となっているようですが、
この石垣は・・・後世のものでしょうなぁ。
キレイに石が交差した谷積です。

P1270605

場所によって石の加工度も違ったように見えます。
先ほどは野面といってもいい感じでしたが、
こちらはキレイに布目地が整っています!

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が、途中からコンクリベター・・・orz

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この道路は濠跡なんでしょうね?

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石垣が結構崩されているのか、それとも
濠を深く埋めているのか、石垣部分がやけに低い
箇所も見られました。

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この辺りから濠が出現。濠と土塁は、
真田信之の時代のもののようですね!

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土塀は江戸末期、土塀下と土塁下の石垣は
崩落防止のために昭和になってつくられたとか。

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百歩譲って土塁下の石塁はともかく、
土塀下の石垣って、意味がわからない・・・
土塀そのものを修理しようよ(泣)

藩主館表門。松平忠済の時代の、1790年の再建。

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学校がこういう門っていいなぁ・・・

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さて、上田城に向かいましょう。
見えてくる二の丸濠跡。スケールがデカイ!

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少し石積みが確認できますが、
ありゃどういう意味でしょうなぁ?

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昭和47年・・・というと1972年まで
電車が通っていたそう。濠跡をつかって
電車を通すって江戸城みたい。

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濠底を歩いてみます・・がスゴイ高さ。
真田時代からこの濠はあったんでしょうね。

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あの石垣はどうかな。なかったとしても
ものすごい高さ。

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コンクリート製の橋。なんだか電車が
通っていそうな雰囲気がしますよね。

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石垣、けっこう谷積だなぁ・・・
ここの石垣も谷積ってことは、先ほどの藩主館も含めて、
江戸時代中期以降くらいは遡れるかも。

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北側にもずっと伸びる濠跡。

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端にも少し石垣が残っています。
この先は北東隅で二の丸が入隅になっていますが
また後でくることにしましょう。

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二の丸濠跡を二の丸側から。
やはり、壮観ですね・・・

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ただ、角度自体はけっこう緩やか。
・・というところが逆に登れなくもないかな?
という感じでいい標的になりそうです(笑)

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二の丸鐘楼。東虎口の櫓台跡そばにあります。

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この辺の石垣も石が丸くて谷積みっぽい。

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このあたりの石の表面を見ていると、
やっぱり築城当時ではなく後世の石垣、
という気がしてきますよね。

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このあたりは石の積み方が違ってます。
打込接乱積・・という感じ?

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真田昌幸の時代にも(真田石があったくらいだから)
一部石垣は使っているでしょうし、真田時代の
石垣もあってもおかしくはないのですけど・・・

二の丸東虎口。内側の石と外側の石が左右両方とも
積み方が途中で異なっています。

南側。

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北側。

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いずれも内側から外側に向かって立って
撮影していますが、内側に当たる石は比較的大きい反面、
外向けの石は小さめの石で詰まれていますよね?

二の丸濠跡から見た虎口石垣(再掲)も
谷積のように見えました。

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ひょっとすると、手前の石垣は真田時代で、
関ヶ原後に表部分が破却されたあとに
仙石時代に再度積み直した…と考えると、
この積み方の違いがしっくりきますよね。

さて、ここから上田城に・・・行きません(笑)
尼が淵方面を見に行きます(爆)

二の丸濠跡を南下。

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往時は二の丸濠と尼が淵は繋がっておらず、
土塁で仕切られていたようです。
今は脇に通路がありますが・・・

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尼が淵跡に面した部分は高台のように見え、
ずっと急な斜面が続きます。一部モルタルで
崩落防止処理がされています。

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本丸下に近づくにつれ、少しずつ石垣が出現。

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南櫓と本丸東虎口櫓門。
ここからが本丸下に当たりますよー。

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この石垣を見ても、真ん中の大きめの石には
赤い汚れがあって黒っぽく、周りの石となんか違う…
(どうしても真田時代の石垣としてみたいらしい。笑。)

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南櫓下石垣。近年崩れたらしく補修されてます。
石垣のない部分は元々なかったらしく、
ここもモルタルによる崖面露出のままの修繕。

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下段石垣。けっこう目地が揃った打込接。

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貴重な現存櫓・西櫓。
もちろん、仙石時代の遺構なのだけど、
下見板の姿がかっこいい!

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豊臣系城郭には、金箔瓦があった…と言われますが、
上田城もそうらしく、本丸・二の丸濠跡から
金箔捺しの鯱瓦や鬼瓦などが発見されているそうですから…

第二次上田合戦の上田城も、広島城や福岡城と
似たような下見板で、仙石氏もそれに倣った再建をしたのか?
という自分にとって都合のいい妄想をしながら拝見(笑)

西櫓の下、ここも石の色がバラバラで非常に
不思議な雰囲気です・・・どゆこっちゃ?

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さて、西櫓下から本丸内に潜入。
本来はない通路でしょうけど・・・・
ここの石垣も石が小さめの野面積み。

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小泉曲輪に続くあたりまで断崖が延びてます。
こりゃ、ここに城を築くよなぁ、と納得させられる
地の利のよさを感じます。

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さて、西櫓前に到着!

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向かいには、内濠が水を湛えて残ってます!

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二の丸西側の狭い曲輪の土塁跡。

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ここから二の丸壕跡が畑になって残っているのが
一目瞭然です!わぉ。ここは空壕っぽいな。

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西虎口のほうから回ってみます。
かなりこちらのほうは中世城郭的な雰囲気ですね。

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西虎口で北側に視線をやってみると、
百間濠跡。濠跡をうまく使っているのがわかります。

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虎口下が入り口になっていて、百間濠という
ものすごい広大な水濠跡を球場にしているんですね。
壕の形状を破壊せずに球場にしているのは、ありがたい!
(でも、移転して水濠復活してくれたらうれしい)

この図でいうと、野球場・相撲場・陸上競技場に
当たる部分がすべて広大な水濠だったわけですよ・・・

P1270679

さて、内濠の残り具合のすばらしさに
感動しながら、北へ。

P1270705

ゲートボール場。ここが二の丸北西隅。
かじりついてみてましたが、
決してゲートボール好きではありません(笑)

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奥に土塁がしっかり見えるのがわかると思います!
そして、北面に沿って土塁が連なります。

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招魂社。この辺りが百間濠の北面に面した
二の丸のあたりですね。

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で、なにやらわーわー聞こえる・・・と思ったら。
あれはなんぞ??

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午後の合戦の最後のリハーサル中でした!
徳川軍のリハーサルかな?

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さて、今度は北虎口から出て
百間濠を見てみましょうかっ!!

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北虎口石垣。このあたりはある程度の大きさに
揃えて整然とした切込接乱積に仕上げていますね~

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このあたりは発掘調査の結果、復元された
石垣だそうです。先ほどの東虎口同様、
大きめの石が使われていますが、
東虎口のほうがダイナミックな感じがします。

P1270747

あの向こうが百間濠。

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二の丸土塁。

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埋め立てられた濠跡では・・・
やってるやってる。あれは信幸役の方かな。

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土橋跡から先ほどとは逆向きに枡形を・・・

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さて、二の丸北東部に移動。
鬼門除けの欠けてる部分かな?

P1270757

でも、本丸の北東部の鬼門除けのほうが
わかりやすいよね。

P1270759

通常隅には櫓は1基据えるものですが、
ここの欠けた部分は、欠けた部分に合わせて、
2基櫓があったようですね。

しかし、土塁の残り具合がいいですね。
キレイに芝に覆われていると、見甲斐があります。

P1270770

さて、また西櫓門まで戻って・・・
本丸土塁のスタート地点。

P1270774

本丸西虎口。ここにも本丸西虎口櫓門が
あったそうです。ここの石垣も大きめでカタチが
揃わない少し古風な石垣でnice☆

P1270777

西櫓と鯉幟。鯉幟のある奥あたりが、
西虎口櫓門跡ですね。往時は櫓門で隠れて
西櫓は見えなかったでしょうね。

P1270861

石垣はやはり大きな石を活用した打込接。
やっぱり二の丸の東虎口の石垣も
こんな感じだったんだろうな、と想像。

P1270782

さて、本丸内の真田神社。幕末時に治めていた
藩主家を祀る神社は城跡に多いですが、
江戸初期の藩主家を祀る神社は珍しいかも。

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一応、仙石・松平両氏も合祀されているとのこと。
上田城築いたのも、大軍を二度に亘り撃退したのも、
昌幸さんなんですが、名前書いてもらえない(泣)

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まぁ、お祭りの日ですからね、
人出の多いこと。

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幸村さんのデカ兜。

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六連銭印のお神輿もスタンバイ中。

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意外と拝殿はこじんまりしている真田神社。

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拝殿脇から西櫓への道が続いています。

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本殿。ちょうど西虎口枡形の裏手。

P1270804

真田井戸。抜け穴伝説がここにも。

P1270806

そして、西櫓。残念ながら内部公開なし。
中央の丸太材に仙石氏の「仙」の字が焼印してあるそう。

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鬼瓦の五三の桐は松平家。鯱は往時はなく、
昭和になってつけられたようです。

・・・さて、長くなってきたので、切りますか。
このあと、本丸東虎口櫓門と北・南櫓、
そして本丸散策のあと、いよいよ上田真田まつり開幕。

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真田の郷を歩ききる!・・・その3:砥石城(+上田からあげセンター)

さて、最後の難関砥石城に向かっててくてく。
途中で真田軍旗のマンホールもゲット。

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真田氏發祥の郷の碑を抜けてずんずんと西進。

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上田菅平・・・そんな人いそうですね(笑)

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ちょっと迷ってしまったのですが、
なんとかたどり着きました。

P1270479

が、どうやら大手口ではなく往時にはなさそうな
経路から砥石城を攻めることになりました。

P1270481

警戒方面から登っていくという、当時の状況から
考えると、無謀な登山経路です(汗)

P1270484

にしても、なめんなよ!って・・・それはこっちの台詞!
砥石城に信繁(幸村)はいたかもしれないけど、
なめんなよって言うほど、エピソードないよね・・??

それっぽい門が復元されてますが・・どうでしょう。

P1270485

そう!なめんなよ!っていうならコレ!
あの信玄公がハデに負けた舞台!と考えると、
気を付けて行かないと・・・という気になりますです。

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これ書かれるってことは、ハイヒールでくる
女性がいるってことよね・・・ありえねーわ・・orz

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何がツライって、ひたすら尾根道をずんずんと
進むのみで遺構を確認したり、というのがない(泣)

P1270489

かなり急傾斜。そりゃこちらに登城口がなかったらねぇ。
や、あったかもしれないけど・・よくわかりません。

P1270490

米山城と狭義の砥石城の分岐。

P1270491

ここから更に尾根沿いに急傾斜。
尾根沿いに築城される山城は、大体険しそう。
(完全に熊城のイメージで言ってる)

P1270492

ひー!

P1270493

ひー!

P1270495

ふー!ということで砥石城(というか砥石曲輪とでも
いうべき狭義の砥石城)到着。ちかれたー!

P1270497

砥石城から見る真田の郷。往時はかなりよく
見渡せたでしょうね。

P1270498

さて、本城(本曲輪)のほうへ。
下に伸びる狭く縦長の曲輪が本城の六番曲輪。
(本城の頂上を一番として数えてます)

P1270499

降りたところから。砥石城の曲輪下は
急傾斜の切岸、手前には堀切があったようだが、
埋まってしまっているのか?

P1270503

本城方面を向いて右手には武者走りっぽい感じで、
左側の平坦な曲輪部分が駐屯するスペースか。

P1270506

そして、本城。ここからがやっぱり本丸だよね、
という比較的厳重なつくりになっています。

P1270509

陽泰寺に至る・・あぁ、お寺の先を進んでいけば、
大手道に直接繋がっていたんだ・・・失敗orz

P1270510

本城は単純といえば単純ですが、
曲輪が何層にも段々と。少し埋まっちゃってる?
という感じもありますが、各々高低差はあり、
防御力はしっかりありそうな気はいたします。

P1270512

ここの傾斜も人工的な切岸でしょうね。

P1270513

四番曲輪から本城下。こうして見ると、
けっこう壮観。各曲輪に弓部隊をずらりと配置し、
一斉に射撃をしたら、かなり厳しいですな。

P1270519

まだまだ上に曲輪が続きます。
四・五・六番曲輪が左右に幅広く、
ここは四番曲輪から三番曲輪を眺めた辺り。

P1270525

この辺とかけっこう土塁低いんじゃね?
という気がしたりはしますけどね・・

P1270526

三番曲輪上・・だったかな。けっこう
高くなってきました。

P1270537

二番曲輪から三番曲輪・・かな?
けっこう単調っちゃ単調なので、わかんなくなる…

P1270540

一番曲輪には、わずかに石積が残ってます。

P1270543

残っている部分は一部ですが、正面の土塁の形状を
観ていると、意図的に石積が破壊されたのかも?
という気にもなってきました。どうだろ。

P1270544

そして、本城。かなり平坦なスペースが続き、
館などもあったと推定されてます。

P1270546

本城下には更に北に続く道が・・・

P1270547

一番曲輪背後の空壕・・というか堀切?

P1270549

ずっと尾根伝いに行った先に枡形城。

P1270554

ここも城というよりひとつの出曲輪のような感じ。
狭義の砥石城と同じですかね。

P1270555

枡形城の「枡形」たる所以?の枡形・・ですが、
かなり風化しているのか、それともこんなものだったのか、
あまり枡形という感じがしませんね。

P1270570

背後の堀切もさほど深くない気がします。

P1270569

ということで、歴史ある砥石城ですが、
それなりの防御性能は感じますが、城郭だけを見て
堅城というほどの印象は正直なかったかな、と。
さすがに本城跡よりは断然堅固ではありますが・・・

やはり、村上義清の用兵の手馴れさと
武田晴信の未熟さが勝敗の要因だったんでは、
というような気がしましたね。

さ、大手口のほうから撤収しますか。
砥石城そばには旧松代街道が伸びており、
佐久間象山が上田に勉学に通うときにも通ったそうな。

P1270582

岩を切り出したような跡。石積の石は、
ここから切り出されたかな?

P1270583

ね、やっぱり大手口から登ったほうがラク・・・

P1270585

陽泰寺。一度ここまで最初に来たんですが、
大手口がわからないので、南に出ちゃったんですよねorz

P1270586

さて・・・もう疲労困憊ですが、
上田市街まで歩き通しますぞ!おー!

歩いているとですね、こういうイイものを
見ることもあるわけですよ、武田菱の鯉幟!わぉ!

P1270593

この日、真田町を歩き回ってなんと30km、
37648歩、1027kcal消費!
2011年にINFOBAR A01にしてから
ずっと歩数を記録していますが、歴代2位の大記録(笑)

そして念願の上田からあげセンター
白州ハイボールに上田ならでは美味だれからあげ☆
ひゃっほーい!

P1270597

P1270598

下味があっさり目で信州リンゴがを使ってるそうで、
あっさりしているだけに美味だれやハニーマスタードなど、
バリエーション豊かなから揚げを頂けるようです!

いろいろ種類があって、から揚げだけでも全然飽きません。
こーれーはー!から揚げ好きには、ぜひ押さえておきたい
いいお店ですね、上田駅からも近いしね。

満腹でホテルに帰陣。翌日は、上田藩主館・上田城を
半日でじっくり堪能し、いよいよ上田真田まつりにGo!
であります☆

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真田の郷を歩ききる!・・・その2:信綱寺・真田氏館・真田氏歴史館

さて、本城跡から少し戻って北に進み、
信綱寺を目指します。真田交差点を渡って・・・

P1270355

とりあえず六連銭をつけとく感じは、
甲府の武田菱が多いのになんだか近い感じがします(笑)

P1270356

そして、石垣が多数。こちらは新しいものかも
しれないですが、規則正しすぎる谷積みではなくって、
それなりに見甲斐のある石垣で、向かう間も
目を楽しませていただきました。

P1270360

P1270361

信綱寺。知ってる人はピンと来る名前。
そう、長篠合戦で落命した昌幸の長兄・信綱を
弔うために改名されたんですよね。

P1270366

もとは、大柏山打越寺といったそうですが、
昌幸が信綱の位牌所として建立し、改名したようで、
墓所に定めたのは真田家の屋敷があった由緒が
あるのでは・・と推測されているとか。

真田というと、幸隆・昌幸・信繁・・で、
信幸(信之)も忘れないで!という声もありますが、
幸隆没後に家督を継いだ真田信綱と弟昌輝も
忘れないでほしいんですよね・・・

寺前のモニュメントといいますか…
なんでしょうね?これ。

P1270365

古城緑地広場、ということなんですが、
わたしはここの部分が丸馬出の再現かな?と
いうように感じてしまいました(笑)

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開基は真田源太左衛門尉信綱・・ということで、
信綱が上田原合戦後に大柏寺を移して、
大柏山打越寺と名づけたそう。
開基になった人がその寺に葬られてるわけね・・

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さて、向かいましょうか!

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どうしても見ちゃう山門の瓦。
しっかりと六連銭を確認。ふむふむ。

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信綱禅寺本堂。けっこうこちらも新しめ?
な雰囲気ですが、荘厳で立派につくられてますね。

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さて、事前に予約していた通り、
寺務所にお願いして宝物殿を見させて頂きました。

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恵林寺でも見たような六連銭入りの木製の鬼瓦。
かつての本堂に据えられていたのでしょう。

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そして・・血染めの陣羽織。
信綱配下の白川勘解由所用の陣羽織で、
討死した信綱の首級を包んで、当地まで持ち帰った
とされる陣羽織。思わず手を合わせてしまう・・・

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そして、信綱所用の甲冑。確定ではないにせよ、
信綱討死時着用の甲冑である可能性が高そうですね。

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なぜか九度山のお土産真田紐がある…謎。

P1270386

天正13年銘(1586年銘)の書状。
第一次上田合戦の翌年に当たります。

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「信玄様御菩提」の続きが読めない・・・
どのようなことが書いてあるのかねぇ。
「佐久」という文字も見えます。

生島足島神社の文書でもそうですが、
「信玄様」という表現、やっぱりアリなんだなぁ。

さて、信綱墓にお参り。少し迷いましたが、
見つけることができました。

P1270396

中央が信綱、左が信綱夫人、右が昌輝。
昌輝墓は近年になって、兄信綱のそばに造られたそう。

P1270399

なむなむ…と手を合わせて、信綱寺を後にします。
横尾城の看板もあったのですが、今回はパス。

P1270403

南に下ると、公共施設がある真田町中心部。
真田図書館・・にも六連銭。扉には縦の六連銭。

P1270405

真田消防署。

P1270406

上田市立真田中学校には、結び雁金と六連銭。

P1270407

すげぇな・・六連銭の入りっぷりが(笑)

といいながら、ゆきむら夢工房にて一休み。
ここにも六連銭がありますね。

P1270409

マンホールも真田にちなんだもの。
左は十勇士、右は真田軍旗。

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上田のゆるキャラ・ゆきたん。
ゆるキャラって、ねこ率高いよなぁ。

P1270411

軽くお蕎麦を頂いて、真田氏館跡までGo!
(といってもひたすら歩くのみ)

P1270412

さっそくマンホール発見、しかもカラーマンホ!

P1270413

このあたりの土塁から真田氏館。

P1270415

脇の道路は濠跡なんでしょうねぇ・・・

P1270416

大手門跡。

P1270417

皇太神社・・と薄く書かれた碑。
曲輪内に真田昌幸が上田城に移る際に、
館跡が荒廃せぬよう勧進したと伝えられます。

P1270418

虎口の両脇には、土塁留めの石積。

P1270419

土塁上から見てみると、大手は半円状に内側に
丸く窪んでいる構造。これ外側には丸馬出+三日月濠が
あったりしないかなぁ(妄想)

P1270422

あの向こうに丸馬出しが・・(妄想)

P1270428

内側の土塁も低めですが、しっかりはっきりと
残っていて、きれいに整備されています。

P1270423

現況。南東側切り欠いた部分があるけど、
鬼門じゃないしなぁ。枡形かというとそれも違う気が。
それとも単に戦略的な意味の入隅かな。

P1270420

北西角の厩跡。内側の土塁もちゃんと残ってます!

P1270429

搦手門。こちらにも石積が・・・向こう側に
ちょろちょろ流れる小川があるけど、
往時は天然の濠になりうる大きな流れがあったんだろうね。

P1270432

今の流れは細いけど、この平坦地がすべて
川だったとしたら、十分濠の役割を果たしますよね!

P1270435

なんだか、意図的に濠を埋めたようにも見えますけどね。

P1270436

P1270437

下の曲輪の東側には、石垣で区切られて
少し高くなった曲輪。

P1270440

ここに皇太神社があります。荒れないために、
天照大神を勧進するとは・・さすが。
その割りには、思いっきり六連銭ですが・・・
ここは菊花紋でないといけない気がする(笑)

P1270443

その裏手に回って土塁観察。神域としているからか、
あまり手が加わった形跡がなく、残っている土塁の高さも
けっこうしっかりした高さがあるように感じます。

P1270445

P1270449

南東の東門を土塁上から。この枡形っぽいスペース、
濠だったのを埋めてできているのか、それとも
枡形として機能していたかで、見え方が随分違いますね。
どっちなんだろう。右手が東門の土塁。

P1270453

と思い悩みながら、お隣の真田氏歴史館へ。

P1270458

真田三代の語り部さんが居られるようで、
短いもので5分、長いものだと30分にわたって、
お話していただけるようです。ゆっくりお聴きしたい。

P1270460

館内に真田昌幸の甲冑の写真。この甲冑、
けっこういい味出していて好きなんですよね。
黒を基調に金と赤で効果的に装飾し、
あえて佩楯の部分に六連銭をもってくるのがニクイ。

P1270466

真田氏歴史館、入場すると撮影禁止なんですが、
真田本城跡の模型、本郭に三日月堀なんてあって、
んんっ?と唸ってしまいました。
麓の屋敷ならわかるんですけどね・・・はい。

あと、学芸員(?)の方かな、真田町の模型を見ながら、
しきりと真田と甲府との類似性を指摘されてました。

確かに、館の位置や詰めの山城、両脇を守る
山城の位置関係は甲府に近い気がしてきます。

館構造も似ていますし、松尾古城が要害山城、
砥石城が湯村山城の位置と考えれば
なるほど・・という気がしてくるから不思議。

だけど、幸隆が甲府を真似ようとした・・のは?
地形を踏まえて合理的に考えれば、必然的に
似たような構造になるんじゃないかな、
と思いながら聴いてました(笑)

さて・・相当歩いてきましたが、最後の仕上げ!
あの砥石崩れで若き晴信が辛酸を舐めた、
砥石城に向かいます!

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真田の郷を歩ききる!・・・その1:長谷寺・真田本城

さて、翌日。朝からバスで真田町に向かって・・
と思っていたのですが、なんとWebに載っていた時刻表、
平成24年版で現地で最新版を確認すると、
お目当ての便がなくなってるではないですか・・!!

ここで、次の便をのんびり待っていては、
計画が丸つぶれ。仕方なく普段はほとんど使わない、
タクシーにて、最も真田町の奥の長谷寺へ。
5,000円・・・い、痛い・・

まずは、長谷寺→真田本城→信綱寺→
真田氏館→真田氏歴史館・・まで、歩き通します!

P1270258

真田山長谷寺。武田信虎に追われて上野にいた頃の縁で
幸隆が伝為晃運を呼び寄せて開基としたそうな。

P1270259

真田昌幸の時代になって栄えるも、1600年に兵家で焼失。
第二次上田合戦の影響でしょうかね?
その後も火災焼失や洪水の被害に遭い、
今の本堂は1978年の再建。最後の焼失が1890年、
ずっとほったらかしだったのかな・・

P1270287

正直、もうちょっといい本堂を仕立てたかった
ところではあるけれども・・コンクリっぽいよね・・

P1270281

長谷寺真田霊園。ここに幸隆さんや昌幸さんのそばで
眠りにつきたいと思う真田ファンも多いのでは。

P1270262

瓦は六連銭と結び雁金。

P1270263

大香炉にも六連銭。六連銭の銭の引っ付き具合が
モノによっていろいろありますね。

P1270266

裏手に回ると、まだ雪が残ってました。
4月末ですよ・・・!!

P1270268

さて、朝の早い時間から幸隆・昌幸両氏に墓参り。

P1270271

真田幸隆は1513年生まれ、そして1614年に真田信繁没。
真田三代の歴史はちょうど百年くらいなんだな。

P1270274

墓前の門扉にも六連銭。

P1270277

中央が幸隆、右手が昌幸、左手が幸隆夫人。
手持ちの般若心経を読経して深く礼を。

P1270276

さて、長谷寺を後にします。
往時は立派な庭園だったのかな・・などと想像。

P1270280

真田ねこ。ちょっとチョッカイ出して遊びたかったけど、
そんな時間もないので、写真だけ。

P1270285

ここの石垣も立派だな。いつの時代のものだろう。

P1270294

ん?長谷寺参道入り口とな・・どゆこっちゃ?

P1270295

明治に焼失する前は、こうした参道がしっかりと
整備されていたんですね。もったいない・・・

P1270296

禁葷酒の石碑。禅寺にはよく見られますね。
え?の、呑んでないですよ、まさかそんな・・・(汗)

P1270297

本堂に向かう道。往時は堂々とした佇まい
だったんだろうなぁ・・・

P1270299

石垣の積み方はけっこう古め。
野面積から打込接乱積への移行時期くらいかな?
ひょっとすると1600年以前の昌幸時代に
すでに石垣が積まれていたのかも。

P1270300

石碑裏から見ると、確かに枡形・・・
まさか城として機能させていた・・わけないよね。

P1270301

真田ねこ2。ねこが何気に多い。

P1270302

さて、長谷寺から真田本城跡に向かいます。

P1270305

朝の8時前ですが、それなりに日差しが・・・
あちあち。

P1270306

お!あの旗は?本城跡入り口が見えてきました!

P1270307

市文化財なのかぁ・・・国指定ではないにしろ、
県文化財でもないんだなぁ・・

P1270308

本城に向かうまでの道の脇の民家や神社、
石垣がご立派でついつい立ち止まってしまう・・・

P1270309

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あの尾根の先は、砥石城でしょうかね。
ちょうど真田の郷の全貌を見渡しやすい位置に
本城跡があるのかも知れません。

P1270313

この辺りから本城跡のようです。

P1270314

脇の清水で喉を潤しながら・・・
これ、本城の水の手だったんでしょうね?

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ということで真田本城跡。

P1270316

曲輪跡はかなりなだらかな印象・・・
真田の郷の見渡しはすばらしいのですが、
ここで本格的に戦おうとしていたのかな?
という感じがしてなりません。

P1270317

往時はもっと高低差があったんでしょうかね。

P1270322

奥に見えてくる本曲輪の土塁。ようやく
城っぽくなってくる感じです。

P1270323

縄張り図。北に伸びる遺構がちょっと
気になりますね・・・

P1270325

あの上が本曲輪でしょうね。

P1270329

仏さまの足もとには・・・

P1270330

真田の六連銭を5円玉で(笑)
まぁ、作りたい気持ちはすごくわかる!

P1270331

北側は断崖絶壁。

P1270335

二の曲輪跡。真田本城も尾根沿いの狭い曲輪の
城なんだなぁという印象でした。

P1270336

一番高い本曲輪の土塁。このあたりは、
櫓でも建てて防御してそうな感じはしますね。

P1270346

これだけの高低差があればけっこう有利…
ではあるけど、ここに来るまでの縄張りがけっこう
ユルイ感じに見えちゃうからなぁ。
ここで戦う感じがあまりしないんですよ。

P1270348

二の曲輪、三の曲輪もあまり強力な防備施設が
見当たらないように思え、やはり本格的な詰めの城は
松尾本城であって、ここは真田郷で指揮をする
見晴らしのよい陣城くらいの感じがしますね・・・

P1270340

しかし、砥石城はよく見えるんだよなぁ…
真田郷に攻めてきたら、やっぱりこの辺りが激戦に
なるんでしょうからねぇ。

P1270341

さ、信綱寺に向かいますか…という帰りにも
また真田ねこ。9時前というのにすでに
真田ねこ3匹目です(笑)

P1270352

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上田の武田史跡を追う・・・その3:生島足島神社と武田味噌

下之郷駅下車すぐの生島足島神社。
駅も神社っぽい雰囲気。

P1270186

ホントすぐ隣にもう鳥居が見えてきます。北鳥居。

P1270187

社史は古く、創建年代は不明なものの、
平城天皇の大同元年(806年)に寄進記録がある
ということから、それ以前に遡れそうです。

樹齢六百年以上になるご神木の切り株。
1960年、近くの工場から出火した火が本殿に
迫ろうかというとき、火の粉から守ったのだとか。

P1270188

でも、それ以上の歴史があるんだから
この神社はスゴイ。室町後期くらいに植わった
樹ってことですもんね。

東御門の提灯には、菊花紋。

P1270193

生島、足島とは生島大神と足島大神のことで
ともに日本総鎮守と仰がれる神。
歴代天皇からの尊崇も篤かったのもうなづけます。

何気なくみていた平成25年星厄表。
昭和52年、八方塞ですやん・・・orz

P1270194

御神橋。ちょっと城郭の廊下橋を
思わせるようなつくりが素敵。

P1270195

御本社。現在の社殿は1940年で国費で
再建されたそうです。奥の内殿は天文年間の建築、
ということですから、信玄の寄進かもしれません。

P1270199

ちょうど向かい合うように諏訪社。
少し時代は下って1610年に真田信之の寄進で
創建されたようですよ。

P1270200

現在の塗装は1944年だそうだけど、創建当初から
赤々とした様子だったそうです。赤々しすぎず、
このくらい落ち着いた感じがいいかもしれませんね。

P1270202

破風に反りも起くりもない直線的なのが
個人的には印象的でした。

P1270207

手前には神楽殿。諏訪社の拝殿として
明治になってから造られた・・と記憶しています。

P1270208

もちろん、鬼瓦は社の紋なわけですが・・・

P1270205

脇には、武田菱発見。うっひょー(笑)

P1270206

そして、屋根の棟瓦にも。社紋の両脇に
武田菱が控えています。これってどーして?

P1270216

意味なく拡大(笑)

P1270219

さて、信玄願文と部将の起請文を拝見しましょうか。
基本的に撮影NGなので、看板にある信玄願文のみ。

P1270213

信玄願文のアップ。古文書に多い行書体・草書体ではなく、
信玄のこの文書の字は楷書体に近く、読みやすい。

P1270211

こういう字を書くところからも、武田信玄に
豪快さというよりも細やかさや神経質なところな
面があったんだろうな、感じますよね。

内容としては、永禄二年(1559年)銘があり、
剃髪して「徳栄軒信玄」と号した頃で、八幡原の戦い
(第四次川中島合戦)の約2年前、なんとしても
謙信を追い払いたい意気込みを感じます。

そして、83通にもわたる起請文。こちらは、
永禄9年(1566年)の銘があり、義信事件(1565年)の後、
家臣団統制のため、生島足島神社に信玄への忠誠を
誓わせた際の起請文なんですね。

文面は大体同じですが、「信玄様」という表記が
個人的には気になりました。諱である「晴信」は
臣下から言うものではないですが、法号は記しても
よいもんなんですね。ふむふむ。

甲斐に所領をもつ譜代の臣も相当数含まれてはいますが、
やはり新参者の信濃・西上野の部将が圧倒的。
中には、あまり知らない部将もいて興味深かったですね。

有名どころでは・・・

・長坂昌国  … 奥近習六人衆
・三枝昌貞  … 武田二十四将、奥近習六人衆 
・小山田信茂 … 最後の最後で勝頼を裏切る
・仁科盛政  … 仁科盛信の養父
・浅利信種  … 三増峠の戦いで討死
・武田信豊  … 古典厩信繁の子、同じく典厩を名乗る
・武田信廉  … 武田二十四将、信玄弟、逍遥軒、武人画家
・原昌胤   … 武田二十四将、陣馬奉行

あたりでしょうかね。三枝さんの「昌貞」にニヤリ、
とするところが武田好きです(笑)

逆に知らない部将に関しても、興味深くて
小幡家の面々ってこの中じゃ誰も知らない!
(信繁、信尚、兼行)とか、昌幸だけじゃなく
武藤家の名跡を継いだ人がいたんだ(武藤常昭)とか。

板垣信安、横田康景、馬場信盈あたりも姓は有名ですが、
知らない面々。「あの」方々のご親戚や縁者かな?

…と思ったら、信安は、信方討死後板垣家を継いだ信憲が
誅殺されたあと、板垣家名跡を継いだらしく、
横田康景も、原美濃の子で横田家に養子に入った様子。

あと、海野衆の中にいる真田綱吉とか、
諸角昌守とか。古典厩信繁とともに八幡原で散った
虎定の子らしいね・・・などなど
武田好きにはずっと見てても飽きない代物でした(笑)

他にも浅利信種はこの起請文のとりまとめを
していたそうで、「浅利右馬助殿」宛の起請文は多く、
山県昌景や跡部勝資は宛先にしか出てきませんでしたね。

こちらから原本をWebで見ることができるので、
興味ある方は是非!ありがたいなぁ。

・・・ということで、武田充をした後で、
上田市内中心部に戻り、あわや閉店かというギリギリで
武田味噌さんに伺います。「菱屋」というお店。

お、ここだここだ。

P1270225

あたりは柳町という北国街道の雰囲気を残した
いい感じの通りです。

P1270226

そ、し、て・・どーん。ここが菱屋さん。
六連銭だらけの上田にあって、貴重な武田菱。

P1270230

信玄かくし造りなんてお味噌も・・・
(贈答用で多すぎるので買えません。笑。)

P1270231

で、お店の方と味噌をそっちのけで、
武田の話を・・はた迷惑な話ですが、
気軽に応じてくださりました。感謝。

なんでも、盲目だった信玄次男の家系で、
上田に逃れて土着をしていたのだとか・・・

龍宝の子というと顕了道快(武田信道)が知られていて、
現在武田家嫡流とされる後の高家武田家の祖。

それが実は、武田信道以外にも男子がいて、
血脈を繋いでいたとは・・・おおっ。

すごいじゃないですか、信州味噌の奨励をした
信玄公の御子孫が自ら今味噌を造ってるなんてね(笑)

武田家旧温会にも顔を出されていたこともあり、
わたしの武田菱のピンバッヂにも気づいて
くださったのがうれしかったですね。

お話ついでに頂いたお味噌汁もまぁ、美味いこと。
寒仕込といって日本酒などと同じで、
寒い時期に仕込んだ味噌が一番美味しいとのこと。

こちらを500gを買いまして、同じ発酵モノの
ウイスキーのアテにしております。
あまりに個性的だと合いませんが、ジャパニーズ
ウイスキーにはけっこう合わせやすく、
銘柄を選べば、スコッチにもアリだと思います。

この寒仕込、現地でしか買えないそうなので、
8月に上田に行く際にもまた買いたいですね。
ちょうど、あと少しでなくなっちゃいそうなんでね・・・
工場見学もできるのかな。見てみたいですね。

で、このあとなんと翌々日にまつりを控えた
信州上田おもてなし武将四代目真田幸村役の
阿部周平さん(@abeshuhe1234567)、同三代目
穴山小助役の環さん(@tamakipan)にばったり!

出会っていきなり武田味噌の感動を捲くし立てて
しゃべりまくってすみません(笑)

この日のお宿は、櫻さん(@sakura15671615)に
おススメいただいた祥園さん別館!普段のわたしなら、
なかなか泊まらない格別のお宿です。

P1270237

小さい庭には桜も咲いていて、
いつになく宿を楽しむひと時でありました。

P1270240

明日からは、真田めぐり。ってことで
テレビ裏の掛け軸スペースには、九度山で買った
真田軍旗をかけてテンションを上げていきます☆

P1270244

で、この日の夜、環さんと四代目幸村さんと
からセン(上田からあげセンター)行こうね~って
行っていたんですが・・・

幸村さん稽古で出られず、環さんもなかなか
出られなかったようで、からセン満員(泣)

P1270251

でも、待ってる間に面白いポスター発見。
え、信玄公ご隠居?うん、ご隠居したほうがいいよ、
そしてちゃんと勝頼くん育てて!おばちゃん、
たきつけたらあかーんとかひとり脳内寸劇(笑)

P1270253

とかしているうちにお越しになった環さんに連れられて、
ここは?ここは?と捜し歩きますが…お店やってないorz
で、たどり着いたのが「北海道」(笑)
なぜに、上田で北海道を食するのかっ・・・

しかも、なんか苦笑を誘うようなことばかり・・・
チャンチャン焼きってこんなんでしたっけ、とかね(笑)

P1270255

ま、こういうのも記憶に残っていいでしょう(笑)
さて、明日は真田の郷めぐり。わが健脚で
真田の郷を歩き通しますぜ!

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上田の武田史跡を追う・・・その2:信濃岡城

さて、信濃岡城は国道143号線をひたすら西に
向かった先、仁古田交差点を北に上がったあたりに。


大きな地図で見る

さすがに歩いて・・・は難しいと思いますが、
一本道ですので、比較的向かいやすいとは思います。

P1270104

信濃岡城は、天文年間(1532年~1555年)の末、
馬場美濃守信春の縄張りで築城。

村上義清を越後に追い落とした直後(1553年)から
海津城を築城する1560年までの間、
武田軍の北信濃への出陣の拠点だったようです。

このあたりの土塁からもう岡城の曲輪下。

P1270105

わずかに石垣があるようにも見えるが、
近づけない・・・・

P1270107

北東側は土塁と濠跡がくっきり残っていて、
なかなか見ごたえありますね。

P1270111

縄張り図。ちょうど裏手に丸馬出が
あったはずなんですが、跡形もない・・・

P1270109_1

濠跡の一部が防火水槽・・ってことで、
往時の濠をイメージするにはもってこいかも。

P1270129

二の丸に入っていきましょう。土塁上。

P1270112

土塁から見た濠跡。ふと私部城と似た残り方かな、
なんて思いながら見て回ります。

土塁の先には、更に土塁が盛り上がった部分と
その下が武者走りのようになっている部分が。

P1270114

P1270117

なんだろうこれは・・・読めない。

P1270118

四角く見えるのが縄張図にあった井戸跡。
そしてその外側が更に盛り上がって
物見曲輪のような感じになっております。

P1270119

通ってきた武者走り(推定)。

P1270120

北の丸馬出跡。手前に弧を描いたような
土塁跡にも見える箇所があるが、
弧を描く方向が逆なので、無関係でしょうな。

P1270121

物見曲輪から濠の方向。かなり高い位置で、
周囲のチェックには目を光らせられそう。

P1270128

向かい側から。こうして見ると、
一部ではあってもこのあたりの残り具合は
非常にいいなぁという感じです。

P1270133

P1270134

物見曲輪。5mくらいはあるでしょうかね。

P1270135


岡城物見曲輪にある由来記。
岡村城ともいい、平清氏なる桓武平氏が
弘仁2年(811年)に築城したとあります。

P1270127

武田晴信の時代には、城といえばこの人、
馬場信房が在城したようです。

北の丸馬出跡に接近。このまっすぐした通路は
当時あったものかもしれません。
この先に馬出しがあったように思えます。

P1270138

丸馬出跡から物見曲輪。

P1270141

本丸方向。本丸跡には団地になってます。

P1270142

団地にお住まいの方々は、城に住んでられる
というわけですね・・・ある意味、うらやましい。

P1270144

本丸は浦野川が自然の濠として機能。
そんな眺めには、当時の面影がありそうです。

P1270147

若干とはいえ、盛り上がったフェンスの部分は
本丸土塁跡かなぁなどと思って見たり。

P1270148

遊具がある辺りは、本丸東濠に相当しそう。

P1270150

さて、本丸の西側。このあたりが本丸跡として
よく残っているあたりではないでしょうか。

P1270152

石積は後世のものかもしれませんが、
この石積みの上、本丸北西角は土塁がしっかり残り、
その上に(撮ってませんが)民家があって、
さながら隅櫓のようになっていて、面白いです(笑)

ただ、石積もそう新しくはなさそうなので、
ひょっとしたら往時から石積があったのかもしれません。
要害山城にあるくらいですしね。

P1270155

左右に土塁、そして濠跡上から。

P1270157

西側から北西角遠景。モロお城の情景です!

P1270159

が、南西隅はかなり濠が埋まってる。
濠があっただろうなという感じはあるだけマシか。

P1270161

ということで、本丸南西虎口前までやってきました。

P1270166

この通路がその虎口跡っぽい。

P1270167

右手の畑も、形状はそのままで、
濠跡の転用だろうなぁ。

P1270168

さて、西の丸馬出跡・・・うーんこのへん?

P1270171

相変わらず弧を描く方向は逆です(笑)
ただ、手前の二の丸濠跡は辛うじて残ってました。

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P1270174

P1270177

さて、土塁をバックに桜を撮ったら、
岡城を後にしましょうか。

P1270180

帰りの橋上から。木々が覆っている辺りが
本丸跡でしょうねぇ。

P1270183

さて、このあとは上田電鉄にて、
下之郷駅から生島足島神社。
信玄願文ほか武田家中の諸将の起請文が
収められており、信玄マニア的には垂涎の地。

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上田の武田史跡を追う・・・その1:上田原古戦場

さて、話はガラッと変わって、4月末の
上田の話。久しぶりに上田をじっくり堪能!

1日目は、上田の武田史跡。上田というと、
すぐ真田が想起されますが、若き晴信がボロ負けした
上田原合戦の舞台であり、また武田時代の城跡も
あったりなんかするんですよね。

2日目は、真田の郷・真田町を一日かけてじっくり。
そして、3日目ははじめての参加となる
上田真田まつり。

普段、あちらこちらに移動しまくりのことが
多いのですが、上田という一箇所にずっと構えて
あちらこちら伺う旅は久しぶりでした。

で、上田駅にてレンタサイクルを借りて、
武田史跡を巡っていきます。上田原合戦の看板。
随分年季入ってますね・・・

P1270008

上田「原」なんだなーと思わせる風景。
山々に囲まれつつも、見渡す限りの原っぱ
だったんだろうな、と想像しやすい。

P1270011

あの崖の上は、村上軍の本陣跡。

P1270013

この辺が激戦地・・・かどうかはわかりませんが、
野球場の辺りが上田古戦場公園となっています。

P1270015

上田各所にはこのような史跡がわかりやすい地図が
至る所に置かれていて非常にありがたいですね。

P1270016

上田原古戦場には、武田軍村上軍の諸将の墓が点在。
が、武田側は板垣信方の墓のみで、
甘利虎泰や初鹿野高利、才間信綱などはないようで・・

村上方、屋代源吾の墓。なむなむ。

P1270023

お、板垣さんの墓はさすがに案内板つき。

P1270027

小さいですが、一応「神社」になっています。
板垣神社。大名格になっていないのに、
神社になっちゃう例はあまりないんじゃないかな?

P1270030

鳥居・・・平成九年九月ってことか。
にしては、ボロボロすぎる気が・・・

P1270039

ま、ホントはこの小さな墓だけだったんだろうね。
神社というのは後付けですわな。が、屋根を付けるなら
もうちょっと手入れしてあげてくださいな・・

P1270035

残念ながら、煙草は吸わない派なので
板垣さんへのお土産がなくってごめんなさい。
またいつものようにお経上げてなむなむしましたよ。

さて、お次は千曲公園。あの崖の上が公園でして
村上軍の本陣跡。そりゃ・・上田原を見渡せ、
晴信を迎え撃ち采配を振るうには、よい場所です。

P1270044

ただ坂道がきつく、自転車で向かうにはかなり大変。
上田坂城バイパスを抜けて裏側からぐるっと
登っていかなくてはいけません。
車でサクッといければラクなんでしょうけど・・・

P1270047

案内板もない無銘戦士の墓でしょうか・・・
刻まれた梵字が気になります。

P1270049

坂がきついので、平地を造るのにあちこちに
石垣がありましたが、けっこう隅石がちゃんと
算木積みになっているようで江戸後期~幕末あたり?

P1270052

谷積で石が丸いのも興味深いです。
付近の河原の石なんでしょうかねぇ。

ふぅ、後もう少し・・・

P1270054

来ました!これは・・確かに手に取るように
両軍の動きがわかったでしょう!

P1270055

若き晴信は向こうの低い山の麓あたりに
陣を構え、眼前の川を挟んで激戦となったそうです。

P1270056

右上あたりから武田軍が侵攻。武田軍の侵攻ルートは
他の合戦場でも「信玄道」と言われるようですが、
ここ上田原でもご他聞に漏れず「信玄道」。

P1270067

さて、再び上田原に降りて「下之条」交差点。
下之条あたりが板垣さんの落命地と伝わっています。

P1270071

雨宮正利(刑部)墓。「あめみや」ではなく、
「あめのみや」と読むのが正しいようです。

P1270074

この合戦後、雨宮氏は武田家に降ったそうですが、
信玄家臣で義信付だった「雨宮家次」の家系は
信虎時代に既に武田に降っていたようです。

しかし、墓が非常に立派になっていて、
板垣さんとの対比で考えると・・・板垣さん墓、
もうちょっとなんとかしてぇ!

さて、石久摩神社内の石碑に向かいましょう。
途中見つけた上田原資料館は休館。
てか、事前予約が要るみたい。

P1270078

神社近くの無名戦士墓。行けるのかな…

P1270079

と思ったら、畑に道があってちゃんと拝めました。
よかったよかった。

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そして、神社内の上田原古戦場碑。

P1270083

・・・よりも個人的には信玄道(の一部)と
そこの案内板がよかったです。

P1270088

P1270089

ここを通って、村上軍の待ち構える村上本陣岩鼻下、
塩田河原のほうに出撃して行ったようです。

2006年に地元の方々の協力もあって、50mほど
復元されたのだそうで、往時の道がそのまま・・
というわけではないのですけれども。

あと、こちらの案内板がなかなかわかりやすく、
戦の経緯のおおよそを知ることができます。

P1270095

浦野川を挟んで決戦になった武田軍と村上軍。
村上軍の逆襲で崩れた武田軍は、石久摩淵台で
軍勢を立て直し、再度、村上軍に挑む・・・
看板のあるのは、そんな場所。

神社の境内から南に渡っての高台が
「石久摩淵台」に当たりそうな気がします。

少し信玄道を進んでいくと・・・

P1270097

南には川辺小学校がありますが、確かに
この辺りが台地のようになっているんですよね。
武田軍が軍勢を立て直したのはこの辺かな。

P1270098

小さな台地状になっているのが、航空写真でも
わかりますよね。


大きな地図で見る

さて、この後は川中島への進軍の拠点とも
なったといわれている信濃岡城跡に参りますよー!

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カフェグレーン新発売記念ティスティングセミナー。

さて、続いては6月のカフェグレーンセミナー。

P1300768

ニューメイクとカフェグレーンを比較します。
ニューメイクが出てくるのって、珍しいよねぇ!

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もちろん、ニューメイクは製品じゃないですよ。
6/10の原酒って・・・この会のつい3日前じゃないですか!
できたてほやほやのニューメイクです☆

P1300764

あ、何気にお通しが変わってますね・・・
ここ数年、通っていてお通しが変わったの初?

P1300766

今日の講師は山下主席ブレンダーです。
す、すいません、ブレてて・・あっちゃー。

P1300782

カフェソニックで乾杯・・というところで、
ちょっとカフェソニックを準備するまでの間の
山下さんのお話がおもしろかったですよ!

まずはリッチブレンド。ニッカさんの思惑を超える
売れ行きだそうで、まずは喜ばしい限り。
もうわたしも700mlを3本以上飲んじゃいましたしね!

そしてヨーロッパのお話。フランスを始め、
英国、ドイツは結構出ているそうですが、
なんとデンマークとウクライナでも
メゾン経由でニッカの取り扱いがされるらしく・・・

S社に比較してなかなか・・と思っていましたが、
ニッカも着実に裾野を増やしているんだな、と思うと
ものすごくうれしい気持ちになりますよね。

ヨーロッパに行くことがあったら、ニッカの
ウイスキーを探してしまいそうです(笑)

そして、来年80周年の企画ですけど、
いろいろ企画を考えてくださってるそうで、
夏のボーナスをいまのうちに蓄えておいてください、
と謎のメッセージ・・・・

お、そんなイイものが出るのか?と思う反面、
いまから備えないとムリなのか・・という恐れもあり(笑)
ま、こうワクワクドキドキするのも楽しいものです。

で、カフェソニックでカンパーイ!
って写真ねーぢゃん!

カスクではなく、今回のカフェグレーンで
つくられてるそうで、そういえば気持ち
マイルドというか、大人しくなった印象ありますかね。

さて、そもそもカフェグレーンとは?

P1300783

ニッカならではなのは、やはり「カフェスチル」
を使っているところですね。

ニッカ自慢のカフェスチル。

P1300786

マイウイスキー塾でしか公開してない…
と聴いて思わずニヤリとしちゃうヤなヤツです(笑)

ニッカとカフェスチルの歴史。

P1300787

苦しくなって、西宮工場を閉鎖しても、
カフェスチルだけは譲れない・・・
西宮工場を数十億で売却した一方、
数億円をかけてでもカフェスチルを仙台に
移設したんですね・・ニッカのこだわりを感じます。

カフェスチルがないと、ニッカの製品は成り立たない。
みな、そうお感じになっていたんですね。

左側が初代のカフェグレーンボトル。
スコッチのサンプル瓶をモチーフにつくったのだとか。
し、知らないなぁ・・・むむ。

P1300791

蒸留所のカフェグレーンやネットの
カフェグレーンカスクはちょいちょいお世話になりました。

(おそらく)河井さん作成のニッカのカフェスチルの
特徴を纏めたスライド。これはかなりマニアック・・・・

P1300793

しかし、カフェスチルの仕組みは実に難しい。
何度聴いてもスッキリわかるには程遠いですね・・・
酔いながらお聴きしているせいもあると思いますが(笑)

P1300794

で、ティスティング。まずはニューメイクから…
正直、ニューメイクはちょっと苦手なんです。

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・・・のあとで、カフェグレーン。
一気に安心しますよね。樽熟成感やバニラ感もあるけど、
クッキー的な穀物様の甘さとクリーミーさが
疲れたときにほしくなるんですよね!

P1300800

カラメル的な、チョコレート的な甘さもありますよね。
たぶんね、ウイスキーって強いとかクセがあるな、
って思ってる方や、ウイスキー飲み始めの方にも
おススメできるウイスキーだと思います。

素材としては、8~20年熟成を使用。
テーマは「やわらかさ」「調和」で、欧州からの
引きがあった成果、カクテル素材としての懐の深さを追求。
度数の45%も主張しながらも邪魔しない、
絶妙のバランスを追求した結果だそうですよ。

P1300803

そんな今日は、70th anniversaryのグレーンをば。

P1300810

比べるとより70thのほうがバニラ香が深く、
チョコでもより、ビターっぽい印象(あくまで比較しての感想)。
少し酸味を感じたりもしました。

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シングルカスク余市1988 & シングルカスク宮城峡2001試飲会。

さて、ウイスキーネタが続きますが、
4月のNIKKA BLENDER'S BARイベントです。

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シングルカスク余市1988

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シングルカスク宮城峡2001

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の二本の試飲会。Whisky LIVEでも
出されていたんですが、そこでは敢えて頂かず、
こちらでしっかりと堪能させて頂きました☆

今日の講師は、河井ブレンダーです!

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週末Whisky LIVEで総出で対応されてて、
河井さんも山下さんも少し体調を崩されていたようですが…
そうですよね・・過酷なスケジュール、お疲れさまです。

さっそくティスティングスタートです☆
ま、余市がスモーキーですからね、宮城峡から。

P1260980

いわゆる宮城峡のシェリーカスクだとこういう感じよね、
というある程度の想定はあるのですが、予想を裏切る
ボディ感のあるシェリーで、どんと香ってビックリしました。
それもそのはず、1st fill Sherry Caskとのこと。

1回転目だと、悪い出方をするシェリー樽もあるそうですが、
ボディ感はありつつも、決してイヤな感じはしません。

熟した果実の深みをベースにしつつ、かなり酸味が強く。
梅酒…という雰囲気すら感じられます。
こんなキレイでなく、ガタイのいいシェリー。

会津戦争下の八重の桜を観た直後だからでしょうか、
雄々しく勇敢な女性をイメージしますね・・・(笑)

そして、シングルカスク余市1988。

P1260982

どちらかというと新樽でもピートは穏やか目な
利き方が好きだったんですが、これにはやられましたね。

鉄板ではない・・と最初思ったんですが、最初にグッと
ハムやソーセージの肉肉しさとウッディ+煙の感覚で
まさに「焚き火」でBBQをするような。

そして出汁のような旨味成分、ウッディで少しの渋味、
(いわゆる鉛筆香)愛すべき新樽のナッティ感も、
one of themでしっかり主張。

鉄板に好きな新樽余市もしっかり押さえた上で、
それだけじゃなく、こんなのもいいんじゃ?
といろいろ手を変え品を変えて、いろんな姿を見せられる、
ものすごく引き出しの多いモルトだな、と思います。

濃密なバニラ感があるときはとびっきり甘いし、
ウッディな感じが顔を出すときは、あ!あの新樽感!
とひとつひとつ心地好い顔がポンポン出てくる愉しさ。

ただ、加水した時の穏やかな果実香…というのは、
このモルトには求めていないかなという個人的趣味があって
あまり加水はしたくないと思いました。

河井さんのお話の中で、嗅覚は子供の頃の記憶と
すごく結びついているという話をされていて、
鉛筆をガジガジ噛んだ記憶なんか出てくる人も
いるそうで・・・(笑)

わたしは鉛筆は噛まない子ではありましたが、
小学生の頃、濃い鉛筆(2B以上)で漢字の練習を
自発的にしまくった記憶があって、新樽余市を
いただいているときに、そのときの鉛筆の芯の香りを
思い出すことがあります(笑)

で・・これね、1本31,500円なんですよね。
でも・・・か、か、か、買っちゃいました!!

P1270005

人生でいまのところ最高単価です…
やっちまったな♪

さて・・・この日のお話はこの2本に特徴的な
ピートとシェリーに関してお話をいただきましたよ。

ピートはスコットランドの情景を交えながら…

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ヒースの花。スコットランドのピートは
このヒースの泥炭からできています。

P1260990

ニッカでも主にマイウイスキーでの体験用に
石狩川へ年に1回、夏に掘りに行くんですけど・・・

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ピート掘り、相当な重労働のようでして・・・
でも社員の方にとってはツラくとも、ニッカ愛満載な
ニッカラヴァーズの皆さまは、ピート掘りツアーあれば、
喜んで参加すると思いますよ(笑)

P1260992

ここで河井さんがピートに火をつけてみましょう!
ということでおそらく初?のイベントにて実演。

なっかなか付かないモンですね・・・
でも、香りもそうはしなかったです(汗)

次にシェリー樽。

教会のアーチが見えるでしょう・・・といわれたのですが、
うーん、なかなか見えない・・・

P1260998

こうやって樽出しでシェリー酒を注いでくれるそう。
樽出しは一回飲んでみたいなぁ。

P1260999

シェリー樽の検査ってこんなに鼻突っ込むの(笑)

P1270001

ちょっと今回のお話はネタ切れだったかな?
ということで、試飲会ありがとうございました!

■おまけ■

知らないうちに、NBBオリジナルボトルのラベルが
変わっていてビックリ。かっこよくなりましたね!

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WHISKY LIVE Tokyo 2013 2日目 - その他 -

さて、その他頂いて印象的だったものを・・・

ベンチャーウイスキーからは、サンプルとして
出されていたRefill Barrelの秩父。

P1260932

これはもって帰りたい・・という記憶しか
ないのですが、改めて頂いてみるとものすごく「みかん」!
香りも味わいもオレンジというよりは、温州みかん
のような甘みもしっかりあるみかん。

けっこうオレンジやレモンのような柑橘感は
フレッシュさとして感じることが多いんですが、
むしろこれは、みかんの甘さが凝縮している。
200%濃縮ジュースのようなくらいに・・・

同じくみかんというかオレンジの雰囲気のある
GLENMORANGIE ERANTA。

P1260838

新樽好きなのでたぶん好みだろうと思っていたら、
案の定、大好物でボトルお買い上げ。

こちらはどっちかというとオレンジ風味のチョコレート、
という印象ですね。SIGNETほどではないけど、
かなり好みなモーレンジになりそうです。

ちゃんとメモ取ればよかったかな・・・という
GLENGLASSAUGH 39yo。美味しかったとしか書けない!
のがなんとも情けない・・・

P1260777

ま、こいつありえない値段でしたからね。
買えませんわ・・・SMWSにあった
GLENGLASSAUGHのほうがよかったらしい、
という声もありましたが、頂かずじまい。

P1260830

なんどもいただいてはいますが、このトマーチンは
美味しいですよ・・・買わないけど。

P1260833

そして、今年もホワイトボウモアを頂きました。
昨年はスゴイ行列で並んであっという間に
なくなっていたんですが、今年は超余裕だったので、
2杯(ハーフ×2=フルショット)頂きました。

最初はセロリやハーブのような少しクセの植物感。
そして優しく高貴な甘さ。とてもボウモアであることを
忘れてしまうような・・・そして徐々にオレンジ。

昨年一昨年の自分のコメントを見ながら
飲んでみるのも面白いですね。

あ、そうそう2日目は、また別の出逢いがあって
楽しかったですね。西荻窪D's BARのマスターや
遠く長岡からお越しのBAR SAVOYのマスターにも。

SAVOYのマスターとは、ここで初対面なのに
お会いできたうれしさからハグしちゃったしね(笑)

マスタークラスがなかった割には、なかなか
楽しめたウイスキーライヴでした。
・・・が、やっぱり復活してほしいなぁ。

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WHISKY LIVE Tokyo 2013 2日目 - イベント -

さて、2日目です。うーペースが落ちてて、
2ヶ月遅れを超えつつありますが・・・

P1260771

2日目もけっこうイベントに参加することが多くて、
ゆっくり飲んでる暇はなかったですかねぇ・・・
けっこう迷うものではあるんですが、NIKKA関係は
どうしても出たいという気持ちが先行します。

最初は、ショコラ&モルト。平田早苗さんと
デイヴブルーム氏のいつもの顔合わせ。

P1260783

白州で頂いたあのベルアメールのミルクチョコを
山崎12年で頂きます。

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うん、やっぱり個人的には山崎のほうが
合う感じですね。白州も18年クラスになってくると、
合ってはきますが、山崎のほうが合わせやすい。

ここでも、トッピングの種類の多さの妙が
ウイスキーの味わいの多面的な点との相性がよく、
このタイプは5種類あるみたいなので、
他のウイスキーでも合わせてみたいショコラですね。

個人的に意外だったのは、デイヴ氏が
山崎12年に藺草=畳の感覚をもっていたこと。
なるほどねぇ・・今度意識して拾ってみるようにしよう。

続いて、竹鶴セミナー by 山下主席ブレンダー。
91年にご入社されて、96年からブレンダーを
長くご経験され、ニッカファンにもおなじみの顔ですね。
竹鶴シリーズの担当されたブレンダーでもあります。

P1260795

竹鶴21年をティスティングしながら、お話を
聴いてまいります。

P1260804

余市と宮城峡をスコッチの名称になぞらえて、
Inver Yoichi、Glen Miyagiと表現されていたのが
おもしろいですね!

P1260805

そして、ブレンテッドモルト(ピュアモルト)の
よさをプロファイル法で非常にわかりやすく解説。

P1260809

項目は一例ということで、ごく一部だそうですが
各項目に点を付けてレーダーチャートにしていきます。

たとえば、余市。

P1260810

香りの豊かさや味の濃さはじめ、
かなり強く出ているのがわかりますよね。
リッチで力強い酒質

一方、宮城峡。どの項目も平均的な感じ。
香りの軽さが余市と比べてしっかり出ています。
エレガントで軽やかな酒質。

P1260812

これをヴァッティングすると・・・どん。

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もちろん、ヴァッティングの設計思想も
大きく影響していると思いますが、
余市に少なかった軽やかさがプラスされるとともに、
宮城峡では全体的に控えめだった点数が大きく
外側に拡張され、バランスよく調和。

そして、ニッカがブレンテッドモルトに力を入れる理由。

P1260818

モルトウイスキーの繊細さや香りのよさと
ブレンテッドモルトならではの飲みやすさを
高いレベルで調和させたい・・ということなんですね。

ここを目指す方向性というのは、ある種
サントリーとの大きな方向性の違いの人でもありますね。
サントリーはあまりブレンテッドモルトには
力を入れようという感じはしないです。

またブレンテッドモルトは複数のモルト蒸留所を
持ってないとできないことですから、
日本の他の蒸留所ではできませんからね・・・

お次は、軽井沢1960の発表会。
これ、チケット取るまでにいろいろあったんですがね…

経緯はXerox1991さんところに詳しいですが、
普通に整理券配ってない&現場スタッフが詳細わかってない
結果的に待てばキャンセル待ちでぞろぞろ入場できた
みたいな引っ掻き回して、ちょっと信頼おけない感じ。
わたしも運営方法は改善してほしいと思いました。

けっこう待って入れるということがわかって
出てきた軽井沢1963。さすがに1960を飲めるわけでは
ないのですが、これも50年熟成。

P1260842

色が赤々していて、美しい。

これだって、山崎50年のことを考えると、
1杯15mlで15,000円くらいするでしょうから、
飲めただけでもありがたいモンですけどね。

1960が最古ですが、1963は2番目に古く
9月~10月くらいに150本ほどリリースの予定。

何がイイかって、プラカップなんですが
ティスティンググラスっぽいカタチをしていて、
試飲会にはぜひこういうグラスで出してほしい☆

先にティスティングコメントをば。
現地では香りを感じただけで、
今日になってようやく頂いております。

1963_1

50年の時を経たせいでしょうか、シェリーよりも樽由来の
それも甘さと渋みが混在する芳香が心地イイです。
それから、イチジクや漢方系の香りも追ってやってきます。

デイブ氏がコメントしていた森の中の仏教寺院、
という形容はけっこう自分の中でしっくり来ていまして、
いわゆる暴れん坊軽井沢ではこうはいかないだろうなぁ、と。

シェリーカスクではあるのですが、軽井沢でイメージする
ドシェリーではないところが、逆にわたしにはありがたい。

酸味と渋み中心でピークを過ぎた感・・・
だけど酸味のあるコーヒーや金木犀のような香りの強い
個性的な花の香りも感じますね。

さ、そんな軽井沢1963の香りを感じながら、お話を傾聴。

P1260850

壇上には、軽井沢1960の桐箱が
そろりそろりと運ばれてきます・・・

P1260846

堂々の登場。1本2,000,000円ですってよ!
無理すぎる・・・

P1260849

さらにその中からも箱が・・・

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軽井沢のウイスキーの最古の樽のリリース
ということでかなり凝ったパッケージ。

P1260859

そしてようやくボトルが出現。和紙を使った
ラベルに、一瓶一瓶異なった根付を。

P1260861

それぞれのボトルには根付と関連した名称が
付いていて、またデイヴ氏が軽井沢の歴史や
彼が軽井沢を訪問したときのことを記した本も付属。

パッケージでも軽井沢のストーリーを語れるような、
そんなパッケージを目指したそうで唯一のカスクであり、
二つの文化(日本とスコットランド?)が融合して
できているということをイメージしたとか。

外側が色の薄いホワイト・アッシュ、
内側は色の濃いウエンジという材をつかったのも
カスクをイメージしたからだそう。
内側が濃いのは、チャーした色ってことかな?

蓋にある「軽井沢/KARUIZAWA」の文字。
実は、ここだけカスクから取ってきていて、
焼印をしてはめ込んでいるんだそう。すげ。

P1260863

ボトル。かなり濃い色をしていますね~

P1260870

しかしこの軽井沢1960、41本のボトリングですから
相当樽の中で減っていたんでしょうな。

これまでボトリングされなかったのは、
メルシャンとしては、出すのに値しなかったのか、
それとも、秘蔵させていたのか…が気になりました。

さて、最後は河井ブレンダー登場のカフェグレーンの
ミニステージです。河合さんええ顔しはたる!

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ちょっとミニステージにしては、説明的だったかなぁ
というお話でしたが、あのカフェ式蒸留機見たなぁ…
と思い出しながら拝聴しておりました。

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ニッカの海外担当をされているカジさん
(漢字不明・・)から貴重な海外でのお話を・・・

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シングルカスクのカフェグレーンを限定で出して
いたそうですが(日本でもアサヒショップで出てました)
通期でぜひ出してほしいという強い要望があったそう。

そこで、欧州先行発売で500mlで出たんですね。

P1260896

パリやロンドンなどのバーで人気で、
特にカクテル素材として、バーテンダーに評価が高いそう。

ニッカがやっているバーテンダーコンテストの様子。
左から、イギリス、フランス、イタリアの
バーテンダーさんだそうで、競ってカフェグレーンで
使ったマンハッタンをつくっているところ。

P1260898

さらに料理家とのコラボレーションまで!
やっているんだとか・・・右手の女性は、
Sakura Frankというパリのジャパニーズ×フレンチ
を融合させたお店の日本人オーナーシェフ。

P1260899

なんでもNikka Bento Boxという、
お花見のシーズンに合わせたお弁当を
出したんだそうです。お花見がフランスで
定着してるの?というのがまずビックリなんですが…

P1260901

写真ではわかりにくいんですが、どれも
ウイスキーを使ったお料理だそうで、
フロムザバレルやカフェグレーンが使われてます。

P1260903

150セットがあっという間に完売したとか…

こちらのお店でもウイスキーを使ったお料理が
頂けるそうで、そういうお店が成り立つほどに、
フランスでのウイスキーの存在感の大きさを感じますね。

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そして、ニッカのアンバサダーとして
欧州で活躍されているスタニスラヴ・ヴァドルナさんが
登場し実際にカクテルをその場でつくられていました。

P1260906

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しかし、ヒゲがうらやましいはやし方・・・
伸びてもまとまって揃う方はうらやましいです。

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つくってられたのは、竹鶴政孝の名を冠した
マサタカ・スウィッツェル。

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カフェグレーンにアマレット&レモンジュース。
ウイスキーでありながら、トロピカルなフィーリングがある
とおっしゃるスタニスラヴさんの言に従えば、
柑橘系との相性がいいのかもしれませんね。

カフェグレーン×みかんジュース×強炭酸の
ハイボールとかもいいかもしんない・・・

彼がつくったマサタカ・スウィッツェルは、
前列の女性がゲット。ま、レディファーストですからね。

P1260924

さて、次は他に現地で頂いたものなどを少しご紹介。

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WHISKY LIVE Tokyo 2013 1日目 - ニッカミニセミナー&気になる試飲 -

さて、間が開いてしまいましたが、
1日目のミニセミナーです。

前のセミナーが終わる前からスタンバイ。

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普段はなかなかお目にかかれない
杉本工場長がお越しでした!

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見知った方々がたくさん・・・というほど、
見回すと先頭集団はニッカ野郎で占められていたのに
くすくすしながら、お話を拝聴します。

まぁ、存じているお話が多かったのですが、
それでも杉本さんからお話を頂けるということに、
感動するのがニッカ野郎なのです。

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やっぱり、個人的には冬の雪が積もった余市が
趣深くて好きだなぁ・・・変かもしれないけども、
冬だけ余市に住みたいくらい。(雪に足とられてすっ転ぶクセに)

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印象的なのは、やっぱり新樽だよね。
内面の焼き方にも工夫されたんですね・・・
余市にぞっこんなのは、新樽のすばらしさが
たぶんに影響してます、わたしの場合。

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試飲は、余市ピーティ&ソルティ。
余市川河口で感じる潮の香りをモルトから感じます。
そして甘みもあって、塩×スイーツ的な魅力も。

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もちろん、ティスティンググラス用意。当然。

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さて、ようやくいくつかブースを回ります。
当然、まずはニッカ。ニッカでポイントなのは、
カフェグレーンですよね!

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その場でも頂きましたが、改めてティスティング。
せっかくなんで、サントリーのW向け知多グレーンと、
キリンのシングルグレーン15年と比較してみます。

P1300976

複雑な香味成分が出るカフェ式蒸留器だからでしょうか、
グレーンなので、ベースはクッキー&メイプルが中心ですが
セロリのような青い感じや金木犀やバラのような
複雑な甘くも植物様の方向を感じます。

キリンらしい清冽さがしっかりしていて、
はっきりわかる個性にキリンの首尾一貫さを感じます。

あ、そうそうこのシングルグレーン15年、
継続してシングルグレーンを出すそうですよ!
ウレシイ限り☆

それに加え、蒸留所のお土産でピンバッチをつくるそうで。
ニッカ、サントリー、ベンチャーに続いて
キリンも揃えなくては!

で、Wが一番エレガントで王道。濃密な穀物様の甘さが
迫力をもって迫ってきますね。

同じグレーンでもこうして比較すると違いますね…
いやはや、楽しい楽しい。

そして、プレミアム角。実はこのときはラベルだけで
中身はプレ角じゃなかったんですよね(笑)

P1260751

会場で頂いた際には、リッチブレンドと方向性が
似てるな?思ったんですけど、シェリー感由来の
甘さや酸味はリッチブレンドでより感じました。
焙煎したコーヒー豆のような雰囲気も。

プレ角は改めて頂くとシェリー感がそう全面には出ず、
クリーミーな甘みが中心かな。飲み口はけっこうドライな印象です。

リッチブレンドは個人的にハイボールはあんまり…
なんですけど、プレ角はハイボールにしてもいける、
幅の広さが素敵ですね。この二品、価格帯では
ガチンコ勝負ですが、頂いた印象ではちょっと方向性が
違うのかもしれないな、と思います。

いずれにしてもニッカ、サントリーとも相手の新製品の作品を
きちんと飲んでられて、実力を認めてらっしゃった、
というところが素敵でしたね。もっと深くコラボできると
よりいいのですがね・・・仲良くしてほしい。

この日、美味しい!と思って連れて帰ったのが
W2周年記念の山崎パンチョン。

P1260755

そりゃね、ミズナラさまも美味しいですし、
18年のシェリーもすごいですわ。でもね・・・

パンチョン樽の山崎が美味しいから、
山崎ってスゴイだなと改めて思ったんです。
山崎10年がなんと愛おしいことか。
いい買い物しましたよ。

その他、スイスでもウイスキーをつくってるのを
みつけて、興味津々。こういういままでにない
ところで造ってるウイスキーって、応援したいですね。

P1260763

ピーテッドモルトが実に甘く黒蜜にように
思えたのは気のせいか。ううむ、きちんと頂きたい・・・

最後に、邪道かもしれないけど・・・トリスティー。
正直トリスハニーはないな、と思ってたんですけど、
意外とティーはタンニンの渋みとほろ苦さがあって、
悪くなかったですね。ちょっと見直した。

P1260768

この日は白州でご一緒した足柄山の金太郎さま
白州の佐野さんともみっちりお話できました。
抹茶でつくる白州ハイボール、どうお感じになったかなぁ。

白州のブランドマネージャの荒木さん(超美人)とも
再会できました。Whisky LIVEって同窓会、
ってどなたかがおっしゃってましたが、まさにそう。

どこかでお会いしたウイスキーに関わる方々と
またお会いして話が弾む空間。それがWhisky LIVEだな、と。

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