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上田の武田史跡を追う・・・その3:生島足島神社と武田味噌

下之郷駅下車すぐの生島足島神社。
駅も神社っぽい雰囲気。

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ホントすぐ隣にもう鳥居が見えてきます。北鳥居。

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社史は古く、創建年代は不明なものの、
平城天皇の大同元年(806年)に寄進記録がある
ということから、それ以前に遡れそうです。

樹齢六百年以上になるご神木の切り株。
1960年、近くの工場から出火した火が本殿に
迫ろうかというとき、火の粉から守ったのだとか。

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でも、それ以上の歴史があるんだから
この神社はスゴイ。室町後期くらいに植わった
樹ってことですもんね。

東御門の提灯には、菊花紋。

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生島、足島とは生島大神と足島大神のことで
ともに日本総鎮守と仰がれる神。
歴代天皇からの尊崇も篤かったのもうなづけます。

何気なくみていた平成25年星厄表。
昭和52年、八方塞ですやん・・・orz

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御神橋。ちょっと城郭の廊下橋を
思わせるようなつくりが素敵。

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御本社。現在の社殿は1940年で国費で
再建されたそうです。奥の内殿は天文年間の建築、
ということですから、信玄の寄進かもしれません。

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ちょうど向かい合うように諏訪社。
少し時代は下って1610年に真田信之の寄進で
創建されたようですよ。

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現在の塗装は1944年だそうだけど、創建当初から
赤々とした様子だったそうです。赤々しすぎず、
このくらい落ち着いた感じがいいかもしれませんね。

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破風に反りも起くりもない直線的なのが
個人的には印象的でした。

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手前には神楽殿。諏訪社の拝殿として
明治になってから造られた・・と記憶しています。

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もちろん、鬼瓦は社の紋なわけですが・・・

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脇には、武田菱発見。うっひょー(笑)

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そして、屋根の棟瓦にも。社紋の両脇に
武田菱が控えています。これってどーして?

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意味なく拡大(笑)

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さて、信玄願文と部将の起請文を拝見しましょうか。
基本的に撮影NGなので、看板にある信玄願文のみ。

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信玄願文のアップ。古文書に多い行書体・草書体ではなく、
信玄のこの文書の字は楷書体に近く、読みやすい。

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こういう字を書くところからも、武田信玄に
豪快さというよりも細やかさや神経質なところな
面があったんだろうな、感じますよね。

内容としては、永禄二年(1559年)銘があり、
剃髪して「徳栄軒信玄」と号した頃で、八幡原の戦い
(第四次川中島合戦)の約2年前、なんとしても
謙信を追い払いたい意気込みを感じます。

そして、83通にもわたる起請文。こちらは、
永禄9年(1566年)の銘があり、義信事件(1565年)の後、
家臣団統制のため、生島足島神社に信玄への忠誠を
誓わせた際の起請文なんですね。

文面は大体同じですが、「信玄様」という表記が
個人的には気になりました。諱である「晴信」は
臣下から言うものではないですが、法号は記しても
よいもんなんですね。ふむふむ。

甲斐に所領をもつ譜代の臣も相当数含まれてはいますが、
やはり新参者の信濃・西上野の部将が圧倒的。
中には、あまり知らない部将もいて興味深かったですね。

有名どころでは・・・

・長坂昌国  … 奥近習六人衆
・三枝昌貞  … 武田二十四将、奥近習六人衆 
・小山田信茂 … 最後の最後で勝頼を裏切る
・仁科盛政  … 仁科盛信の養父
・浅利信種  … 三増峠の戦いで討死
・武田信豊  … 古典厩信繁の子、同じく典厩を名乗る
・武田信廉  … 武田二十四将、信玄弟、逍遥軒、武人画家
・原昌胤   … 武田二十四将、陣馬奉行

あたりでしょうかね。三枝さんの「昌貞」にニヤリ、
とするところが武田好きです(笑)

逆に知らない部将に関しても、興味深くて
小幡家の面々ってこの中じゃ誰も知らない!
(信繁、信尚、兼行)とか、昌幸だけじゃなく
武藤家の名跡を継いだ人がいたんだ(武藤常昭)とか。

板垣信安、横田康景、馬場信盈あたりも姓は有名ですが、
知らない面々。「あの」方々のご親戚や縁者かな?

…と思ったら、信安は、信方討死後板垣家を継いだ信憲が
誅殺されたあと、板垣家名跡を継いだらしく、
横田康景も、原美濃の子で横田家に養子に入った様子。

あと、海野衆の中にいる真田綱吉とか、
諸角昌守とか。古典厩信繁とともに八幡原で散った
虎定の子らしいね・・・などなど
武田好きにはずっと見てても飽きない代物でした(笑)

他にも浅利信種はこの起請文のとりまとめを
していたそうで、「浅利右馬助殿」宛の起請文は多く、
山県昌景や跡部勝資は宛先にしか出てきませんでしたね。

こちらから原本をWebで見ることができるので、
興味ある方は是非!ありがたいなぁ。

・・・ということで、武田充をした後で、
上田市内中心部に戻り、あわや閉店かというギリギリで
武田味噌さんに伺います。「菱屋」というお店。

お、ここだここだ。

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あたりは柳町という北国街道の雰囲気を残した
いい感じの通りです。

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そ、し、て・・どーん。ここが菱屋さん。
六連銭だらけの上田にあって、貴重な武田菱。

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信玄かくし造りなんてお味噌も・・・
(贈答用で多すぎるので買えません。笑。)

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で、お店の方と味噌をそっちのけで、
武田の話を・・はた迷惑な話ですが、
気軽に応じてくださりました。感謝。

なんでも、盲目だった信玄次男の家系で、
上田に逃れて土着をしていたのだとか・・・

龍宝の子というと顕了道快(武田信道)が知られていて、
現在武田家嫡流とされる後の高家武田家の祖。

それが実は、武田信道以外にも男子がいて、
血脈を繋いでいたとは・・・おおっ。

すごいじゃないですか、信州味噌の奨励をした
信玄公の御子孫が自ら今味噌を造ってるなんてね(笑)

武田家旧温会にも顔を出されていたこともあり、
わたしの武田菱のピンバッヂにも気づいて
くださったのがうれしかったですね。

お話ついでに頂いたお味噌汁もまぁ、美味いこと。
寒仕込といって日本酒などと同じで、
寒い時期に仕込んだ味噌が一番美味しいとのこと。

こちらを500gを買いまして、同じ発酵モノの
ウイスキーのアテにしております。
あまりに個性的だと合いませんが、ジャパニーズ
ウイスキーにはけっこう合わせやすく、
銘柄を選べば、スコッチにもアリだと思います。

この寒仕込、現地でしか買えないそうなので、
8月に上田に行く際にもまた買いたいですね。
ちょうど、あと少しでなくなっちゃいそうなんでね・・・
工場見学もできるのかな。見てみたいですね。

で、このあとなんと翌々日にまつりを控えた
信州上田おもてなし武将四代目真田幸村役の
阿部周平さん(@abeshuhe1234567)、同三代目
穴山小助役の環さん(@tamakipan)にばったり!

出会っていきなり武田味噌の感動を捲くし立てて
しゃべりまくってすみません(笑)

この日のお宿は、櫻さん(@sakura15671615)に
おススメいただいた祥園さん別館!普段のわたしなら、
なかなか泊まらない格別のお宿です。

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小さい庭には桜も咲いていて、
いつになく宿を楽しむひと時でありました。

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明日からは、真田めぐり。ってことで
テレビ裏の掛け軸スペースには、九度山で買った
真田軍旗をかけてテンションを上げていきます☆

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で、この日の夜、環さんと四代目幸村さんと
からセン(上田からあげセンター)行こうね~って
行っていたんですが・・・

幸村さん稽古で出られず、環さんもなかなか
出られなかったようで、からセン満員(泣)

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でも、待ってる間に面白いポスター発見。
え、信玄公ご隠居?うん、ご隠居したほうがいいよ、
そしてちゃんと勝頼くん育てて!おばちゃん、
たきつけたらあかーんとかひとり脳内寸劇(笑)

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とかしているうちにお越しになった環さんに連れられて、
ここは?ここは?と捜し歩きますが…お店やってないorz
で、たどり着いたのが「北海道」(笑)
なぜに、上田で北海道を食するのかっ・・・

しかも、なんか苦笑を誘うようなことばかり・・・
チャンチャン焼きってこんなんでしたっけ、とかね(笑)

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ま、こういうのも記憶に残っていいでしょう(笑)
さて、明日は真田の郷めぐり。わが健脚で
真田の郷を歩き通しますぜ!

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