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要害山城再び。

さて、白州ブロガーイベントの翌日、
前週に諦めた要害山城、そしてどーしても
気になってしょうがなかった熊城へ。

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以前、要害山城にだけは行ったのですがね…

竪堀跡の看板。これで2回目なのですが、
ここに来るまででどうしても、ひーひー言っちゃいます。
しばし休憩・・ここまで史跡的には
あまり見るところがないだけに、ひたすら歩くってのも
疲れる原因かもしれません・・・

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竪堀を収めてなかったのですが(爆)
正面の高い土塁が迫ります。

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ここから少しずつ遺構としての石積みが
見え始めます。わくわく。

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最初に見えてくる門跡。島原の乱後に不正利用を
されることを防止するために破壊された
吉田郡山城同様、要害山城も破壊されたのかも。

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内側から。石積は崩されてますが、
土塁はしっかり残り、枡形がきれいなカタチを。

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ここの枡形を過ぎ、正面に不動曲輪を見ながら左折×2。
そうすると先ほどの枡形をちょうど見渡せる曲輪へ。

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おおっー!ここからなら攻撃しやすいぞー!

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おりゃ、弓で狙い撃ち(こらこら)

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背後には曲輪が広がります。この辺に
井戸があったらしいのだけど・・・うーん、不明。

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さて、引き返して進みます・・第二の門。
伐られた木がたくさんあり、国史跡ですから
整備していただいているんでしょうね。

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入って正面。さっきより土塁の高さは低め。

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そして、右折れ。

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奥の土塁上から。

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この門上には、大きい曲輪跡。
比較的大きな人数を駐留させられたでしょう。

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西側の下にも曲輪がありますね。
あそこは・・・一の門を見下ろして
キャッキャウフフ(爆)していた曲輪かも?

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よくよく考えると、第一の門、第二の門が
ものすごく枡形がしっかりあったにもかかわらず、
ここだけ単純な虎口ってのも変だな…というものですが…

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さきほどの大きめの曲輪をば振り返りつつ…

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曲輪に上がって右手に本来の虎口跡っぽい
遺構を発見。本来はこちら側から登城するんかな。

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第一、第二の門よりはかなり埋まって
しまっているように見えますが、
石積みはしっかり残ってますね。

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登城路としては整備されていないっぽくて、
かなり生い茂ってたり、伐られた木の幹が
散乱して歩きにくい・・・

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さて、もうひとつ直線的な虎口・・・
ひょっとして・・とこのときに思わなかったのがイタイ。

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先ほどと同様、右手にわき道があり、
そちらが本来の虎口のようです。
さ、更に上に上がって主郭を目指しますよ。

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あと、門3つ。ここも直線的。

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あと、2つ。ここは枡形がちゃんとわかりますね。

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ねっ。

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とりあえず土塁上と枡形奥からもショットを
押さえておくよね。でも、ここまでの枡形感があると
甲府城ができる前の間、徳川・豊臣の手で
躑躅ヶ崎館を改修してますが、その頃に要害山城も
改変されているのでは・・・という気もしてきました。

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あと1つ。ここも当時の虎口っぽい。

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さて、ここを抜ければようやく本郭。
ここは直線的だなぁ…ここまで抜かれたら、
もう是非もなし…ということなんでしょうか?

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一応、ここで大井夫人が晴信さんを産んだことに
なっております。書は東郷平八郎元帥。

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東郷元帥は、武田信玄を熱心に研究していた…
なんという話もちょっとWebにゴロゴロしており、
どのように「武田信玄」を捉えていたのか、
どうして信玄公生誕の地の書を揮毫することに
なったのか、その点を知りたくなりますね。

当たり前ですが、本郭はかなり広々とした空間を
周りにしっかり土塁を配しています。

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奥の方には搦め手が見えます・・
あちらのほうから、熊城に行くことができます。

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かなり門を狭める土塁は低くて、
なんとなくですが、これも崩されたのではないか?
という気がしてきます。

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足もとには、石積跡。
残り方がやっぱり、不自然なのよねー。

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この搦め手を抜けると、すぐに堀切が見えてきますが、
堀切の内側に石積みがあるんですよね。

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こうして本郭の土塁も下から眺めると圧巻。

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もういっちょ土橋+堀切。かなりわかりやすい。

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主郭からひとつ下の郭から。結構な高さがあって、
これだけでも十分な守りになったでしょう。

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こちらの堀切もかなりザックリしてます。
高いところから狙われ、かつ狭い土橋・・・
狙いやすくなってますね!

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あと一箇所虎口があって・・・これが
搦手門になるんでしょうね。

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物見台の根元には石積みがありました。

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要害山城の城域最後の堀切。
防御側から。

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攻撃側から。

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さて、この道をずっと進み、いよいよ熊城へ…

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