雪の四稜郭。
さて、夜中の3時に函館着・・で何とか
寝過ごして青森まで行っちゃわずに起きることに成功。
夜明けまでは、ネットカフェでもう一眠り。
そして、ウイスキー関係ないのに、
車出してあげるよ!という心優しいニッカラバー
ナッツさん(@woodynuts)と落ち合い、
まずは朝ごはん・・・
ナッツさんもちろん、城マニアではありません(笑)
恵比寿屋食堂さんにていくらネギトロ。
ナッツさん、ここで食事するの初めて・・
ま、地元の人が来ることないよねー(笑)
そして、四稜郭。城好きでないと知らない方が
多いでしょうね。五稜郭は正五角形に近いカタチを
していますが、四稜郭は長方形の先っぽが矢印
になったような形状をしています。
人がそう来るとことでもないので、雪が大量に…
あたり一面の雪景色。
ただ、壕の部分に雪が溜まって土塁には
キレイに雪が落ちていたので、高低差はわかりやすいかも。
四稜郭は1869年に築かれた陣城のようなもの。
五稜郭を本城とした北の防備を固めるために急造。
四隅に砲台を設けたが、建物はなかったそうな。
旧幕府軍と地元の村民合わせて約300名、
昼夜兼行で数日のうちに完成したとか・・造れるもんなのか。
四稜郭と五稜郭の間にも「権現台場」と呼ばれた
東照宮敷地内の砲台があり、長州兵に占領された時点で
孤立することを恐れて五稜郭へ敗走。
ここで戦にはならなかったようですね・・・
史跡・四稜郭の碑。
虎口は一箇所のみ、小さいですが
しっかり枡形に造られていましたよ。
人一人くらいが入れる道にはなってますが、
大砲戦や銃撃戦の時代にどれだけ効果があったのかは??
とりあえず、土塁にも登ってみる(笑)
土塁は比較的新しいこともあり、ほぼ完存。
洋式稜堡の特徴的な形状がよく見て取れますよね。
大砲を設置するための坂ですね。
大砲は結局設置したんでしょうかね・・・
大砲置いて逃げるわけもいかんだろうし。
壕もそれなりの深さはありますが、
戦国時代の陣城ならともかく、まぁ焼け石に水、
感は否めませんねぇ。数日で造ったんだから
そんなモンかもしれませんけどね。
四つの砲台と虎口以外は、遺構として特に
曲輪内には何もないように思えました。
土塁を外側から一周。こうして見ると、
内側から見るよりも高さはあるように感じますよね。
壕の位置はわかりやすいけど、雪で高低差の
程度はちょっとわかりにくいか。
雪の高さでわかんないのかも、だけど
この辺くらいの高さだったら、ちょっと戦国時代
レベルでも土塁低くないか・・・
あ、雪のせいでもないかも・・・
この辺の土塁はけっこう高さがあるように
思えましたけどね。西が高く東が低いように思います。
さて、この後は権現台場跡。長州兵に占領された際に
この地にあった東照宮は焼失し、現在では陣川町に移転、
北海道東照宮と呼ばれているそうです。
この大鳥居は、石造りであったこともあり、
戦火にも壊れることなく当時のまま残っているそうで、
五稜郭の石垣をつくった石工の作品のようです。
ま、狛犬ちゃんはどーみても新しいよね。
ということで、この後は五稜郭へ。
箱館奉行所も再建されてるし、以前よりじっくり
見ることができました。やっぱり見る目が少し肥えたかな。
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