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2013年6月

WHISKY LIVE Tokyo 2013 1日目 - ミニステージ ジャパニーズウイスキーの10年 -

さて、すっかりTokyo Internal Bar Showとして
売り出してWHISKY LIVE感が薄くなってますが・・・

一応は早めに着陣して、我先にと入りたいんですが、
昨年と違って、外の寒いところで待たされたんで
館内は暑いだろう(ウイスキー呑むし)と薄めで行って、
大層後悔しました・・・寒かった。

ようやく館内に入って、わずかな空調に
生き返ったあたり(笑)

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開始前に記念ボトルをぱちり。
ミズナラが特に高いので話題だったけど、
こう・・・5万を払ってでも飲みたい感はなく。

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個人的にマクミラにようやく正式に代理店が
付いたのがウレシイ次第。ようやくうちの在庫を
気兼ねなく呑めますね(笑)

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さて開会・・・

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なんですが、遠くに控えます(笑)
そう、ミニセミナーのチケットを奪取しなくては!

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いつもはオープニングもちゃんと見るんですが、
まぁ今回は仕方ないよね。

チケットゲットのあと、メインステージに戻り、
ジャパニーズウイスキー黄金の10年を語る
パネルディスカッションを見に行きます。

司会はおなじみ、デイヴ・ブルームさん。

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左から・・・

サントリー・輿水精一さん、
ニッカ・佐久間正さん、
本坊酒造・谷口健二さん、
ベンチャーウイスキー・肥土伊知郎さん
キリン・鬼頭英明さん

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このような豪華な顔ぶれ、本坊酒造の谷口さんを除き、
お話をしたことがある方ばかりというのは、
ウイスキーがつなぐ人脈のおかげですな。ありがたい。

さて、デイヴ氏から投げかけられる質問とそのお答え。
わたしなりの解釈も含まれてるので、ご了承を頂きたし。

「なぜこんなにもこの10年で世界のウイスキーの飲み手は
 日本のウイスキーに心を寄せるようになったのか?」

輿水さん 「伝統技術も尊重しつつ、スコットランドにはない
      新たな取り組みの成果が出たからでは」

佐久間さん「蒸留所にいた際にさまざまな試行錯誤をして
      できた結果ではないか」

谷口氏  「世界的に滑らかな味が受けていて、その中に
      ジャパニーズが入り込めているのでは」

肥土さん 「まず大手のメーカーの下地があって、
      ベンチャーが世に出る基盤となったことに感謝」

「日本のウイスキーが世界で評価されて、
 個人に、またメーカーの戦略にどのような影響が?」

輿水さん 「個人的にはウイスキーの話をする機会が増え、
      またBarにおける日本のウイスキーの存在感が
      非常に強くなった」

佐久間さん「評価が高まることで、話題性が出てきて輸出量が
      10倍にもなった。ただ日本ほどではなく、
      海外にも日本と肩を並べる出荷量をどうさらに
      増やしていくかが課題」

谷口さん 「やはり19年も稼動を停めていた原酒造りの再開が
      大きなできごと。大手の皆さんが日本の
      ウイスキーの世界的な評価を上げ、また
      ハイボールのブームを巻き起こして
      市場が盛り上げて頂いたことも大きい」

     「また、日本のウイスキーの評価が上がることで
      海外から本坊酒造にもオファーがあり、
      自然と海外にも目が向くようになった」

肥土さん 「ちょうど蒸留を始める2008年に市場が
      上向きになり非常に幸運だった。
      初めは難色を示していた家族も応援してくれ
      興味のなかった方にもウイスキーっていいよね、
      と言ってもらえるようになった」

鬼頭さん 「国内のお客様にフォーカスしてたいたため、
      海外はほとんど意識していなかったが
      海外にもこのコンセプトを認めてもらったことが
      大きな自信になる」

「日本のウイスキーが日本人も世界の人もほしい・・・
 となると在庫が気になる。供給が需要に追いつくのは
 いつ頃か?日本以外でも容易に手に入るのは?」

鬼頭さん 「元々が海外を意識していないため、あくまで
      原酒在庫に見合った販売をしていく。
      質は落とさずぼちぼちと増やしていきたい」

肥土さん 「夢は秩父蒸留所30年物のウイスキーを
      世に出すこと。30年物のウイスキーを出せる
      ぐらいには原酒を残しつつ、身の丈にあった
      規模の中でなるべくたくさん出したい」

谷口さん 「再開したばかりで、量の追求はまだ厳しい。
      小回りの利いた多品種少量で提案していきたい」

佐久間さん「海外の売り上げが増えたとはいえ、すぐに在庫が
      逼迫するほどではない。80年代に需要が
      落ち込んで生産に急ブレーキをかけたが、
      次の手を打つために7年ほど前から増産。
      心配はしていない」

輿水さん 「もちろん増産体勢には入っているので、
      数年は問題ないが若い原酒だから悪い
      ということはなく、ブレンダーのチョイス次第で
      如何様にでも出せるのではないか」

・・・個人的な印象としてやはり、ニッカとサントリーの
二代巨頭とフットワークの軽いキリン・本坊・ベンチャーで
お答えになる方向性が違うかなぁと思いました。

二代巨頭は、やはり評価されたことに対して、
改善に向けて取り組み、それが評価されたという自負、
そしてより大きなボリュームに向けた視線を感じます。

が、最後の質問で佐久間さんが量的に余裕よ、
とおっしゃった半面、輿水さんが量だけでなく、
たくさん出せるかどうかは、ブレンダーの腕にも
掛かっているんだ(とわたしは理解した)とおっしゃった
というところが印象的でしたね。

そして、WWA2013の授賞式。
ウイスキーマガジン社社長の
デミアン・ライリースミス氏から表彰です。

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今年はニッカが受賞を逃して残念でしたが…
ブレンテッドは安定の響21年。

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ブレンテッドモルトは、初の受賞本坊酒造から。
MARS MALTAGE 3+25。

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おめでとうございます(今更ですが)!

ということで、このあと、ニッカ余市蒸留所の
杉本工場長のミニセミナーに行ってまいります!
(WHISKY LIVEの記事終わるの、いつになるかな・・)

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熊城。

さて、要害山城を過ぎて、尾根の基部から
ぐるっと回って熊城へ。

攻城のルートに当たっては、こちらのページが
非常に参考になりました。ありがたい。

以前にはなかったようですが、だいたいの方向が
わかる地図が分岐点に設置されていました。

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ちょうどこの当たりが尾根の基部になっていて、
ここから右に曲がって、熊城のある尾根の基部に
向かっていきます。結構歩きやすい。

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すいがら入が見えてきたら、ここから
尾根を下るぞー、というサイン。

P1260553

尾根と言っても、人一人くらいが通れる幅。
土質がけっこう滑りやすいので、慎重に・・・

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おっ・・・と思いましたが、これは自然地形ですな。

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なんつーか、ずっと通路を狭められた
土橋を上を歩いている感覚。

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なんだか、木が悔しそうな顔してます(笑)

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振り返ってみると、けっこうな急斜であることが
写真だけでもわかるように思います・・・

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この石が見えたら、右のほうに。

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ちょっと分岐点のように見えるので、
注意ですね。

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で・・・え?ここ下るの・・??

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下るんです!そして登るんです!
下った斜面。今でこそ逆に木が植わっているので、
それを手にとって降りてゆけますが、
往時は今のように、山林が多いとも限らないので、
裸山だとしたら、これを下るのは相当難しい。

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こ、これを登るのか・・斜め45度じゃきかないぜ?

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登りきったと思ったら、もうひとつどどん!

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堀底から見る土塁・・というか尾根。

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シラス台地のやわらかい土で築かれた知覧城では、
堀底からみた曲輪の高さに圧倒されました。

あちらはある程度、加工のしやすさと
もともと高低差のある地形なんだろうな?という
気はしたのですが、ここは土はやわらかそうとはいえ、
尾根をザックリ分断しているわけですから…
これだけでも相当な土木量だったと思います。

ふー・・なんとか登るのに成功。お城知らなくても
なんでこんな地形なの?と不自然に思うはず。

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ここからは曲輪という感じがよくわかります。
土塁跡の基底部には、要害山城と同様に
石積みが見られますね。

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その下の二つ目曲輪からみた
一つ目の曲輪の石積み。
このあたりは東日本にしては、石垣・石積に
適した石が豊富に採れたんでしょうね。

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この先は比較的小さな三つ目の曲輪。
脇の虎口から下っていきましょう。

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けっこう石が散乱している箇所もあって、
ひょっとしたら崩されたのかな、などと想像。

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二つ目の曲輪の東南部にも、石積が。
要害山城では、門跡の左右の土塁留めに見られる
ことが多いですが、熊城ではほとんど曲輪の
土塁留めですね。(要害山城にも土塁留めありますが)

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熊城で最も広い曲輪が着ました。部隊の駐留は
ここでしょうね・・でも数百人くらいまでかな?

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熊城も国指定史跡なので、木をもうちょっと伐るとか、
看板を立てとくとかしておいて欲しいけどなぁ。

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警戒する方面に土塁。熊城が要害山城の南東を
専門的に防備するということなんでしょう。

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六番曲輪から五番曲輪の土塁。

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更に下には七番曲輪。

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このあたりからようやく畝状竪堀が観察。
堀高は1mあるかないか、ただ土塁が削られたり、
結構風化しているようにも思えるので、
往時はもっと深さがあったのかも。

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八番曲輪あたりまでは下ったのですが、
時間の関係もあって、ここで引き返しました。
その先にも九番目の曲輪があって、そこの堀切も
大層デカイそうですが・・・次のお楽しみ。

お水も切れてきましたしね・・・

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さて、ここからあの二重堀切を下って登って下って登って
尾根伝いに登り…要害山城経由で要害ホテル帰還。

もちろん、ここで温泉に浸かって汗を流して、
ゆったりしていくのですが、うまい具合に送迎も
してもらえることになったので、有難くお言葉に甘えて。

たまたまなんですが、お座敷桃源郷パノラマ号、
という車両に空きがあったので、こちらで帰陣します。

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あ、たまに立川駅でも見るんだけど、
乗ることなかったからなぁ。わくわく。

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お座敷華号。

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車内は掘りごたつ式で、足を伸ばして
ゆっくりできますよー!

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これ、呑んで帰るにはぴったりの電車ですね(笑)
車窓から・・・山手御門と。

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稲荷櫓を撮ったら、呑み呑み開始!

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というわけで、山城堪能してハイボールぷはーで、
よい山城ライフになりました。むふふ。

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要害山城再び。

さて、白州ブロガーイベントの翌日、
前週に諦めた要害山城、そしてどーしても
気になってしょうがなかった熊城へ。

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以前、要害山城にだけは行ったのですがね…

竪堀跡の看板。これで2回目なのですが、
ここに来るまででどうしても、ひーひー言っちゃいます。
しばし休憩・・ここまで史跡的には
あまり見るところがないだけに、ひたすら歩くってのも
疲れる原因かもしれません・・・

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竪堀を収めてなかったのですが(爆)
正面の高い土塁が迫ります。

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ここから少しずつ遺構としての石積みが
見え始めます。わくわく。

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最初に見えてくる門跡。島原の乱後に不正利用を
されることを防止するために破壊された
吉田郡山城同様、要害山城も破壊されたのかも。

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内側から。石積は崩されてますが、
土塁はしっかり残り、枡形がきれいなカタチを。

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ここの枡形を過ぎ、正面に不動曲輪を見ながら左折×2。
そうすると先ほどの枡形をちょうど見渡せる曲輪へ。

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おおっー!ここからなら攻撃しやすいぞー!

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おりゃ、弓で狙い撃ち(こらこら)

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背後には曲輪が広がります。この辺に
井戸があったらしいのだけど・・・うーん、不明。

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さて、引き返して進みます・・第二の門。
伐られた木がたくさんあり、国史跡ですから
整備していただいているんでしょうね。

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入って正面。さっきより土塁の高さは低め。

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そして、右折れ。

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奥の土塁上から。

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この門上には、大きい曲輪跡。
比較的大きな人数を駐留させられたでしょう。

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西側の下にも曲輪がありますね。
あそこは・・・一の門を見下ろして
キャッキャウフフ(爆)していた曲輪かも?

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よくよく考えると、第一の門、第二の門が
ものすごく枡形がしっかりあったにもかかわらず、
ここだけ単純な虎口ってのも変だな…というものですが…

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さきほどの大きめの曲輪をば振り返りつつ…

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曲輪に上がって右手に本来の虎口跡っぽい
遺構を発見。本来はこちら側から登城するんかな。

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第一、第二の門よりはかなり埋まって
しまっているように見えますが、
石積みはしっかり残ってますね。

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登城路としては整備されていないっぽくて、
かなり生い茂ってたり、伐られた木の幹が
散乱して歩きにくい・・・

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さて、もうひとつ直線的な虎口・・・
ひょっとして・・とこのときに思わなかったのがイタイ。

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先ほどと同様、右手にわき道があり、
そちらが本来の虎口のようです。
さ、更に上に上がって主郭を目指しますよ。

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あと、門3つ。ここも直線的。

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あと、2つ。ここは枡形がちゃんとわかりますね。

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ねっ。

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とりあえず土塁上と枡形奥からもショットを
押さえておくよね。でも、ここまでの枡形感があると
甲府城ができる前の間、徳川・豊臣の手で
躑躅ヶ崎館を改修してますが、その頃に要害山城も
改変されているのでは・・・という気もしてきました。

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あと1つ。ここも当時の虎口っぽい。

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さて、ここを抜ければようやく本郭。
ここは直線的だなぁ…ここまで抜かれたら、
もう是非もなし…ということなんでしょうか?

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一応、ここで大井夫人が晴信さんを産んだことに
なっております。書は東郷平八郎元帥。

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東郷元帥は、武田信玄を熱心に研究していた…
なんという話もちょっとWebにゴロゴロしており、
どのように「武田信玄」を捉えていたのか、
どうして信玄公生誕の地の書を揮毫することに
なったのか、その点を知りたくなりますね。

当たり前ですが、本郭はかなり広々とした空間を
周りにしっかり土塁を配しています。

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奥の方には搦め手が見えます・・
あちらのほうから、熊城に行くことができます。

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かなり門を狭める土塁は低くて、
なんとなくですが、これも崩されたのではないか?
という気がしてきます。

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足もとには、石積跡。
残り方がやっぱり、不自然なのよねー。

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この搦め手を抜けると、すぐに堀切が見えてきますが、
堀切の内側に石積みがあるんですよね。

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こうして本郭の土塁も下から眺めると圧巻。

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もういっちょ土橋+堀切。かなりわかりやすい。

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主郭からひとつ下の郭から。結構な高さがあって、
これだけでも十分な守りになったでしょう。

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こちらの堀切もかなりザックリしてます。
高いところから狙われ、かつ狭い土橋・・・
狙いやすくなってますね!

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あと一箇所虎口があって・・・これが
搦手門になるんでしょうね。

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物見台の根元には石積みがありました。

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要害山城の城域最後の堀切。
防御側から。

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攻撃側から。

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さて、この道をずっと進み、いよいよ熊城へ…

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響 DEEP HARMONY - 響の他ラインアップと比較

さて、今月初めに発売になった響 DEEP HARMONY
とあるルートで入手したんですが、ようやく比較。

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箱のデザインも凝ってますよね~♪
中身の特徴としては、シェリー樽熟成の知多グレーンと
赤ワイン樽熟成の白州モルトがポイント。

響 DEEP HARMONY
イチゴ、ピーチなどが最初に、はじめは感じなかった
ミズナラ感遅れて登場。意外とミズナラ感が出るときは出る。
口に含んだ時の感じ方がベリー系の甘さに寄ってるが、
静かにオブラートをかけたぐらいの控えめな感じ方。
いい具合のタンニンも出てきて、ストレートティー。

響 17年
比較してみると、シュークリーム系の甘さや
樽熟成感系のバニラ、そしてミズナラが鼻に付きやすい。

しかし、どれも突出しない感じが安心感というか、
スタンダードなんだなと思わせる。

響 50.5
パワーもそうだけど、ブレンド思想自体、
ウッディ・ナッツ系に寄せてるんだろうな、という感じ。

ということで、響50.5がそもそも好きすぎるのと、
度数違うので混ぜちゃダメでしたね。で、改めて比較。

バランス感はさすがですが、表層に現れるシェリーや
赤ワイン系の「ん?」という香りの違いはあるものの、
骨格やボディ感は非常に似ている感じがします。

個人的には決して悪くはないものの、若干好みを
ハズしている感じで、1本あれば満足かな。

ただ、少し熟した甘みをイメージして飲みたい!
という好きな方がシェリーに突撃して、その渋みや
迫力にどーんとぶつかるよりは、こうした優しく
コーティングされたウイスキーのほうがいいかも。

あと、シェリー知多グレーンと赤ワイン白州モルトの
原酒の香りの感じわけができなかったかな。
シェリー樽熟成のグレーンや赤ワイン白州って
単体で頂いたことないから、当然っちゃ当然なんですが。

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イライラにはショコランブル&パフェ・・・

最近、ホントにスヤァ・・・と寝れないばかりか、
イラァッとすることが多くてですね、
ここんところ多い食への逃避が日に日に増大。

ま、美味しいショコラティエはいろいろあるのでしょうが
自分的にハズレがないということで、なじみ深いのが
ベルギーのピエール・マルコリーニ

東京駅の地下、グランスタにある東京店で
ショコランブルを頂きたくなります。

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のど渇いてるときには×なのですが、
上品で濃厚なチョコレートを手軽に味わうには
一番いいかなーと思います。

さらにそれに飽き足らず、今日は銀座店で
パフェをはむはむ…美味しいチョコレートは正義だぁぁぁ!

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女性で牛丼屋さんやラーメン屋さんにひとりで
入るのはちょっと・・というのと同じで、
男性でも女性がほとんどの甘味処に足を踏み入れるのは
ちょっと・・・という人、多いようです。

がっ!わたし、まるで気にしないんですよね・・
無頓着すぎなんですよね(汗)今日も店員さん1名、
お客さん1名を除き、皆女性でした(笑)

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Tokyo Summer Bottle Sampling 2013 in Bar HIGH SOCIETY TOKYO

さて、いきなり最近の話になりますが、
今週の月曜日、例の如くSMWSのサンプリング会が
ありましたので、汐留・パークホテル東京へ。

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今回は13種と1品多かったんですが、今回はかなり
早く行くことができて、じっくり時間をかけて
頂けたのがよかったですね。

今回気になったのは、この3種。

・ 1.169 GLENFARCLAS 28yo 1984
・72.26 MILTONDUFF 29yo 1983
・76.102 MORTLACH 9yo 2003

・ 1.169 GLENFARCLAS 28yo 1984

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トフィーや黒蜜のような香りがトップに。
ただ、ファークラスらしいなめし革のような濃さはなく、
非常に軽やかな印象。ちょっとさくらんぼも感じたりして、
正直、ファークラス重いなぁ…と思うことがあるだけに
こういうのもあるんだね、という発見のある一杯。

・72.26 MILTONDUFF 29yo 1983
(写真左)
P1300818

よくわからない(失礼)SMWSのコメントの中で、
「牧草地のピクニック」というのは、まだわかるなぁ、と。
これ、SMWS本部の30周年記念ボトルなんですって。
なのに・・・29年。惜しい(笑)

陽向で感じる畳の匂いだったり、セロリのような青い植物感、
ヨーグルトのようなミルキーと酸味の調和。時間を置いて
変わってくると、秋の枯れ葉の道を歩く匂いのようにも。

・76.102 MORTLACH 9yo 2003
(写真右)
P1300818

モートラックは、SMWSで出てきて気に留めることが
多い銘柄でありますが、今回も。

最初に感じたのは、中華圏のホテルのロビーで感じる
独特の異国の匂い。ああいう香水があるんでしょうかね、
中国人的には好きなんでしょう。あの感じ。(わかりにくい)
あそこで感じるほどの強さではないけど・・・

八角のようなやっぱり中国的なスパイス感、と表現すると
まだわかりやすくなるでしょうかね。

あとタンニンの渋みと酸味が合わさってレモンティー、
甘い中に唐辛子を隠し味に加えたような雰囲気も。

いずれにせよ、9年という若い熟成年数ですが、
おもしろい香り中心にまとまっているな、という印象。

前回買いだと言って、買うのを忘れてましたが、
今回は、好みの76.102買いたいなぁ。

てか、前回のコメント見てると、
やっぱり好みの傾向ってハッキリしてるなぁ、
と思った次第。年4回、貴重な機会です。

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江戸城外濠ウォーク…西半周を歩く その4 浜御殿

さて浜御殿。御殿・・とは言うものの、
これ、完全に江戸城の出城ですよね・・という、
城的目線で見ると、かなり戦いの要素を感じますです。

大手枡形。奥に渡櫓門と手前が土塀・・・という、
江戸城三十六見附と同じ典型的な桝形虎口です。

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江戸城の城門としても相当広い枡形ではないでしょうか。

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ちょっとへこんでいるけど、櫓門が乗る片側が
このような石垣ということは、相当大きな櫓門でしょうね。

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関東大震災の被害にも遭ってるそうですし、
海近いですから、石垣へのダメージも大きかったのかも。

なんかいらんもん付いてますが(笑)、
焼け爛れた跡も。これは戦災被害かなぁ。

P1250628

右側も。かなり激しい。

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ただ、隅石もデカイし、石の仕事は細かいし、
かなり丁寧に加工されている印象がありますよね。

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樹齢三百年になる松。当時のままだそう。

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・・・よりも、土塁。まさに城ですよね。

P1250643

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内濠。石垣は低いですが、枡形っぽい空間が
外側にあるように思えるんだけど、どーゆーこっちゃ?

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逆サイドから。手前が外で橋渡った先が内ならば、
スッキリするんですけどね。実際は逆。

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浜御殿には、船着場がちらりほらり。

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この水門はいつのものでしょうね。
ホント、石垣は布積が多い印象。将軍の別邸ということと
関係があるのかもしれません・・・

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腰巻石垣なのは、当時からなんでしょうかね。
むむ・・キレイに腰巻くらいに揃えられてるけれど。

P1250670

一部の石垣は、明治期の石垣みたいですね。

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内濠南側。ここも明治か…と思いましたが、
関東大震災の修繕なのかも。隅石は江戸時代っぽい。

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内濠南側から内郭南西側を・・
ホントはてっぺんまで石垣があったのに、
崩れちゃったように見えるなぁ。

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西側は濠が枯れている・・・
こういうものなんでしょか(汗)

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どの時代かによって、いろいろ造り変えられて
濠も変わっていたのかもしれないね。

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この絵図を見る限りは、もっと太いもんね。

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すわ、土塁!と思ったら・・・

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庚申堂鴨場、というもの。
鴨場とは、鴨を狩猟する場ですから、
城・・・ではないですね(笑)

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樋の口山と横掘水門。

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どうも土盛があると、城では・・・と
思っちゃうんですよね・・(笑)

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松の御茶屋。2010年に再建されたようです。

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あちらは中島の御茶屋。城的要素が少なくなってきたら、
随分と扱いがぞんざいですよね(笑)

P1250750

でも、石垣見つけたらテンション戻ります!
この斜めな積み方は・・・どうなんだ、これ。

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積み方は江戸っぽいけど、こんな曲線描くか・・・?
うーむ、このあたりいろいろ不思議。

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この橋の下の石垣とか、いかにも!なのにね。

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こんな狭い通路なのに・・・

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この船着場はなんだ、とか。
頭の中が「???」がいっぱいくるくる・・・

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これって濠跡っぽい・・内郭みたいな空間が
もうひとつあったのかもしれない。

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浜御殿のいろんな時代の絵図が案内板に
載っていたのですが、これとか・・先ほど
濠っぽいよね、というが濠だった時代でしょうか。

P1250806

ということで、城っぽいところは城っぽいし、
そうでもないところそうでもない・・・
東京に来てかなり経ちますが、ようやく浜離宮に
来た見た感想でした(笑)

そして!これで江戸城一周だぁ!ばんざーい!
いやー、江戸城はさすが広い!二日掛かって、
いずれも丸々歩き通しだったことを考えるとスゴイ距離。
まぁ、将軍家の居城だわな・・と実感。

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江戸城外濠ウォーク…西半周を歩く その3 赤坂見附~浜御殿

さて、赤坂見附からは濠は完全に埋まっています。
完全に道路=濠ではないのでしょうが、おおよそ濠跡に
従っているようですね。

P1250442

山王日枝神社。天下祭りを神田明神とともに
交代で受け持つ将軍家の崇敬を集めた神社。

P1250444

当たり前ですが、この参道は明治以降のもの。
だって目の前の通りが濠なんですから、
入れるわけがありません(笑)
元は、反対側が正面だったんですね。

さて、その先に向かうと溜池。
溜池交差点あたりが文字通り「溜池」という池で、
外濠の一部を形成していました。

P1250448

わたしが撮影したこの場所も、池の上だったんでしょうな。

溜池発祥の地、の碑。発祥というのも変だけど、
「溜池」という地名の由来ですね。

P1250456

溜池から少し進んだ特許庁前交差点。
明らかにこの坂(というか高低差)は、
江戸城の外曲輪と濠の高低差ですよねっ!

P1250459

霞ヶ関ビルの辺りには、わずかながら石垣が
残されています。何気なく見てるとビルのエクステリア、
のようにしか見えないほど、溶け込んでます(笑)

P1250461

でも、これ江戸時代の石垣ではなく、
この下にホンモノの江戸城の石垣があるそう。
石自体は江戸城っぽいので、本来は別の場所とか?

ここの土塁も・・・江戸城の土塁?それとも?
どーなんだろうかねぇ。

P1250463

さらに地下鉄虎ノ門駅の入り口付近にも、
いー石垣があるんですわ、これが。

残り具合としては、カンペキですよね。
四谷見附に比べたらもう・・・

P1250468

ただ、全部が当時の石ということでもないみたいで、
出土当時の写真と比較するとかなり積み方が違います。
出土したままだと、強度が足りなかったのかなぁ。

P1250504

このあたりは、豊後国佐伯藩主・毛利高直の築いた石垣。
だけど、石が違ってたら刻印もまた違うはず・・

P1250469

ですが、周辺は石が追加されていますが、
中央部は元々の石垣のままのようです。
こういう解説ありがたい☆

P1250486

ちゃんと外濠の濠底の箇所まで印があってナイス!

P1250477

現地の説明。赤坂見附から虎ノ門までの
埋まっている外濠は、外濠通り沿いに伸びた
ほぼ天然の池だったようですね。わかりやすい。

P1250479

江戸城築城前は、桜田門前あたりから伸びている
元台地部分と入り江の境い目(黄線部)だったとすると…

P1250479_2

溜池周辺の拡大。堰を造って堰きとめていて、
人工的につくった池のようです。入り江に注ぐ
小さな川だったのかもしれませんね。

P1250494

溜池から先の濠が直線的なのは、ここからが
日比谷入江の埋立地で入り江を残して、
濠とした部分だからでしょう。

古写真にて。これ生で見たかったなぁ・・・

P1250488

この江戸城図、どの濠が埋まっていて、
往時がどうだったかが非常にわかりやすいですね。

P1250491

サイガさんに教えてもらった桔梗門奥の内濠が
埋まっているのも、これを見ればバッチリ。

P1250492

東京駅の八重洲側を出てすぐの道路は中濠跡。

P1250493

四ッ谷駅はバッチリ水没(笑)

P1250495

お、櫓台跡なんてあるんだ・・ということで、
引き返して確認に向かいます。

P1250517

陸橋から。あ、あれだ!

P1250518

溜池を過ぎたあたりは、道路と濠跡が
ちょっとズレているんですよね。

P1250523

陸橋から見える先ほどの霞ヶ関ビル石垣の並ぶ
直線を延長して櫓台跡までつなげると、
道路と濠跡の交差具合がよくわかりますよ。

P1250519

今わずかに残る櫓台はこれのみ。江戸城外濠には
見附(桝形門)は多かったが、櫓はここひとつだけ。
ホント、痕跡・・・くらいだな。

P1250528

さて、文部科学省内中庭跡石垣。
ここも間近で見られるよう、整備してくれています。

P1250551

発掘当時はこんな様子。そう大きくは変わってなさげ。

P1250505

城メグさんがおっしゃる「やる気のないハツリ仕上げ」
がここの石垣にもありました。間隔開きすぎ(笑)

P1250530

このあたりに摂津三田藩九鬼家の刻印が
あるそうなんですが・・・みつからん(爆)

さて、虎ノ門へ参りましょう。
近くには虎ノ門のあった場所ということで、
虎の像があります・・・門の模型にしたら?(笑)

P1250561

桜田通り沿いに虎ノ門高麗門が建っていたようです。

P1250567

古写真。奥の屋敷は延岡藩内藤家上屋敷。
ちょうど文部科学省跡ですね。

P1250489

明和の大火(1772年)で櫓門が焼失して後は、
櫓門は再建されず、高麗門だけの簡素なつくりに。

と西新橋方向に歩いていくと、突然の武田菱センサーが
ピピンと反応!風林火山なる居酒屋発見(笑)

P1250570

なにがどう「風林火山」なのか不明ですが、
とりあえずスーパーニッカがお安く気になります(笑)

P1250572

さて、ホントの外濠はここから外濠通りではなく、
一本奥に入った狭い道が外濠跡。

P1250577

ほとんど面影はないんですが・・・

P1250580

こういう道の曲がり方は、濠跡っぽいですね。

P1250585

ちょっと先取りしますが、浜御殿跡(浜離宮)にある
古地図で見てみると、曲がりがそのままってのが
はっきり見えますよね。

P1250635

日比谷セントラルビルの脇
発掘された石垣が復元されていました。

P1250574

このあたりは、柳川の立花宗茂、臼杵の稲葉一道、
久留米の有馬直純、佐伯の毛利高直など、
九州の諸大名が築いた石垣。

折敷に三文字、稲葉家の刻印を発見☆

P1250575

さらにさらに!第一ホテル東京の南側の生垣を
ふと覗いて見ると・・・あっ!こ、この矢穴の跡・・

P1250593

刻印も・・・

P1250596

江戸城の石垣の石がこんなところに隠れていたとは。
たまたまとはいえ、貴重な発見!

その先には、幸橋門跡。
ちょうど山手線と平行に櫓門があり、ここを出て
右手に高麗門があったようです。

P1250604

架道橋にわずかにその名前が残っていますね。

P1250606

ここを抜けると新橋。首都高の入り口に
「土橋」と名がありますが、このあたりに実際に
土橋が架っていた名残です。

P1250613

交差点にも。古地図を見る限り、
写真の視線と平行に土橋があったはずです。

P1250615

またまた登場、古地図。
写真中央少し上の□が、幸橋門枡形。
その下にドバシとありますよね。

P1250636

その下には、「シンバシ」も。
あの新橋はここにあったのですよーっ。
その下には、「シホドメバシ」。

P1250637

その汐留橋は、現在蓬莱橋交差点あたり。

P1250619

そして・・・最終地点、浜御殿跡。
また切らなきゃ・・長いっ(笑)

P1250620

ちょっとわかりにくいのでキョリ測で
経路(赤坂見附~浜御殿大手門前)を残してみました。

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江戸城外濠ウォーク…西半周を歩く その2 四谷見附~赤坂見附

さてさて、四谷見附の石垣が見えてまいりました☆

P1250274

が・・・かなりコンクリで固められてる様子。
うわぁ・・やっちゃってますね。

P1250278

往時はピシッとした石垣だったのでしょうが、
引っ込んだり出っ張ったりしてるし、
孕みはあるし・・かなり保存状態が悪いですね・・・

P1250280

往時はこの狭い道こそ、四谷見附の通りでした。
今の四谷見附の交差点には道はなくて、
現在の新宿通りから見ると濠に一旦ぶつかり、
左折・右折して、この道から四谷見附に入ったそう。

P1250283

江戸時代にはなかった道。この道を作るのに、
土塁がぶった切れているようです。

P1250287

さて、ぶった切れてる土塁端から、
土塁上の散歩再開しますかね。

P1250292

このあたりも濠を埋め立てた部分ですね。

P1250297

松の木。こちらは江戸時代からあったようです。
元々は土塀があったのでしょうけどね。

P1250299

真田濠跡。外濠工事きっての大工事。
戦後すぐまで泳げるほどのキレイな濠だったそうですが、
戦災瓦礫のゴミ捨て場に・・・他に捨てるトコ、
なかったんか・・・残念。

P1250302

この辺の土塁の斜面も、江戸時代そのままであるようで。
キレイな土塁の残り具合ですね~

P1250309

土塁がキレイに青々していて、桜との対比が
いいですよね。城的目線じゃないけど。

P1250316

なんとか心の眼で、キレイな水を湛える
真田濠を必死で想像中(笑)

P1250320

そして唯一、桝形門がなかった喰違見附。

P1250321

こんな様子で江戸城三十六見附のなかでも
戦国の城造りを思わせる見附でした。

P1250323

紀尾井町と今は言うとおり、この喰違見附は
尾張家、紀伊家、そして井伊家の屋敷が並んでいて、
ここから突破されることはないであろうとでも
思っていたんですかね。そんな甘いことはないと思いますが…

若干、緩やかにはなってますが、S字クランクのように
見える部分がカギ型に喰い違っていました。

P1250327

しかし、喰違見附って、小幡景憲によって縄張り
されたそうで・・・武田贔屓にとっちゃ、
真田信之が掘った真田濠に、小幡景憲の縄張りの
喰違見附なんていわれたら、小躍りしたくもなるのですが…

幕府公式の軍学として、甲州流が採用されたのは
間違いないのですが、1500石の旗本ですし、
江戸城の縄張りに関われるもんですかね・・・

そしてこのあたり、喰違の変といって、
1874年に小堺一機・・ならぬ岩倉具視が襲われた
事件のあった場所でもあるそうです。

ここの土塁をごろんごろんと転がり、
真田濠に転落したことで、襲撃者の目を逃れ、
一命を取りとめたとか・・・

さて、ここから井伊家旧中屋敷跡である
ホテルニューオータニへ。

P1250333

中屋敷があったころからのイヌマキとカヤ。
江戸時代当時の樹木はあまり残っていないらしく、
貴重だそうですよ。

P1250341

何気ないような灯籠ですが・・・

P1250348

武州東叡山 文恭院殿尊前・・・とあるってことは、
寛永寺の徳川家斉の墓前の灯籠。

P1250349

明治以降、徳川家の寺院ということで寛永寺は
かなり荒廃したそうで、お金に困って灯籠などを
よく売りに出していたんだそう。

こちらの灯籠も・・・

P1250353

大猷院殿尊前、ということは徳川家光ですね。

P1250354

従五位下・井伊兵部少輔とありますので、
分家である与板藩主の寄進でしょうか。

ホテルニューオータニの池・・・ですが、
往時と形状は違うでしょうが、このあたりに中屋敷の
庭園の池があったことは確かだそうです。

P1250368

P1250372

さて、ニューオータニでお蕎麦をいただいた後、
清水谷公園・・・の大久保利通の碑はサクッと通過・・

P1250376

江戸水道の石枡は興味深かったけど。
石垣の石の加工技術がこういうところにも
応用されたんだろうね。

P1250383

川の水を何kmにも渡って江戸に引いていたわけですが、
たまに鮎が混じってたりして、大当たり!とか
あったそうですね(笑)

紀州徳川家屋敷跡の碑を横目に・・・

P1250386

弁慶濠の端までやってきました。

P1250389

ここからは赤坂見附の枡形石垣が、
はっきりと確認できます☆

P1250399

この辺の石垣やけに低いよね・・・どういうこと?

P1250401

現在見えているこの枡形石垣は・・・

P1250403

古写真ではこういう感じで見えてます。
高麗門の左手の高石垣がそれですね。

P1250421

ここで門扉を受けていたんでしょうね。

P1250412

内側。少し剥がれていますが、
キレイな亀甲積石垣ですね!

P1250413

本来はここを右折するようになっていたみたい。
今じゃ、道路が横切って無理だが・・・

P1250422

なんだか積み方変則的だね・・・亀甲積の周りを
布積が取り囲んでいるような。

P1250432

ぐるっと回って紀州家屋敷の石垣も少し。
明治と江戸の石垣の境い目や門跡が興味深い。

P1250426

P1250428

跨道橋から赤坂見附跡。道路がザクっと貫通…
ここは本来まっすぐは行けないのよ。

P1250435

向かいは、俗に雲州屋敷、旧松平出羽守上屋敷跡。
松平不昧公を輩出した松江藩主家ですね。
ものすごい切込接・・・びっちり。

P1250438

ここもちょうど明治との境かな?
左手は草がないしね・・・

P1250440

さて、ツアーとしてはここまでなんですが、
個人的にさらに南に下り、浜御殿跡まで歩き通して、
外濠ツアーを完成させますっ!

黒田さん、ご案内ありがとうございました。

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江戸城外濠ウォーク…西半周を歩く その1 小石川見附~四谷見附

さて、話が前後しますがガラッと変えて江戸城。
江戸歩き案内人こと、黒田涼さんが案内された
「外濠お花見ウォーク」に参加してきました。

そう、「お花見」と付いていることからもわかるとおり、
あれは遥か彼方、3月末のことであります・・・

今回は西半周。以前船に乗って東半周をぐるり
巡ってきたので、ようやく外濠一周というわけです。

集合は、水道橋駅。駅北口を出て総武線の線路。
実は明治に総武線を敷設する際の線路敷になっていて、
江戸城外濠の土塁跡なんですって。

P1250167

なかなか言われないと気づきませんが、
土塁も石塁の石もいずれも江戸城外濠のもの。
石垣が姿を変え、土塁を支えてその上に
総武線が走る・・・コレだけ見ても、
江戸と東京は、つながっているんだなという感じです。

P1250168

P1250173

市ヶ谷から御茶ノ水くらいにかけては、
外濠の半分くらいを埋めて線路を敷いていますが、
土塁に濠に、鉄道のルートは江戸城の痕跡なんですね。

また、外濠の北側にある駅は江戸城外濠の門、
即ち見附があった場所に近いことが多いようです。

浅草橋=浅草見附(浅草橋門)
秋葉原=筋違橋門(筋違見附)
水道橋=小石川門(小石川見附)
飯田橋=牛込門(牛込見附)
市ヶ谷=市ヶ谷門(市ヶ谷見附)
四ッ谷=四谷門(四谷見附)

という具合。門は交通の要衝につくられ、
駅舎をつくるのに枡形の広い敷地が役に立ったのかも。

現在の小石川見附はまったく痕跡が認められませんがね…

P1250176

さて、ここを渡って高松藩松平家上屋敷跡。
ちょうど前回ここで飯田橋方面に向かったので、
ここでわたしの江戸城外濠巡りがつながります(笑)

発掘調査でみつかった濠跡。こういうのを生かした
都市開発をしてほしかったところだが・・・

P1250179

上屋敷跡からは庭園で使われたであろう石材が
わずかに発掘されていて、それらをつかったモニュメントが。

P1250180

これとか庭園にありそうだよね・・・

P1250182

上屋敷跡は甲武鉄道飯田町駅、そして
貨物駅へと姿を変えていきますが、
線路もさりげなく保存されていたりします。

P1250183

さて、総武線に沿って飯田橋方面に。
このあたりは、コンクリ前回で土塁感はないですけど…

P1250185

飯田橋駅付近までくると、土塁が残ってます。

P1250186

旧東京警察病院跡地付近で、土塁上の家屋もどかされて
今目下再開発中だそう。いい感じで土塁も保存して
もらえるといいなぁ。

さらに進むと牛込見附跡。奥に石垣が見えますね。
右端に見える交番は、再開発後移転するそう。
枡形感がわかる整備をされるとありがたいのだけど…

P1250199

右側から進んで右折れして、この通りに面して
牛込見附櫓門があったようです。

明治になって枡形が解体されたときに
発掘された「阿波守門」の刻印が入った石。

P1250201

え?わからない?じゃ、この方向に読んでください。
阿波守門って読めません?

P1250200

ここ、蜂須賀小六の曾孫に当たる、徳島藩二代藩主、
蜂須賀忠英(ただてる)が担当したそうで、
彼の官位は従四位下阿波守。つまりは、ここは俺が作った、
的な風に受け取れます・・・が、バレたらやばいっすよね(笑)

しかし、いつ見てもピッチリとした石垣。
牛込見附を入って左手、交番横の石垣です。

P1250203

現場にある古写真。残存している石垣は、
右手の櫓門を支える石垣の手前側、
そして高麗門脇の石垣の左側。

P1250206

今、教会が建ってるあたりが櫓門を支える
石垣の左側に当たります。

現在の石垣。総武緩行線で水道橋方面から
電車に乗ると間近で見れますよね。

P1250207

今回初めて知ったのは、牛込見附木橋手前の石垣。
これがちゃんと残ってるんですよ。

P1250212

しっかし見難い(笑)これもなんとか見られるように
してほしいもんです。

ブラタモリで出てきたピザ屋さんの脇から、
土塁上に上がりますよ。

P1250215

もうすでに葉桜になりつつありますが、
なんとか桜がまだ残っていました。

P1250218

このあたりは外濠を埋めて線路を敷いてますね。
ただ、土塁の傾斜は往時よりも緩やかだとか。

P1250222

あちらはに見える土塁は、新見附橋。
いかにも・・・な土塁ですが、明治中期のもの。
江戸時代にはここには見附はなく、市ヶ谷見附跡と
牛込見附跡の外濠を埋めて橋を架けています。

P1250226

さてさて、この外濠の土塁上ですが、
外濠公園になった経緯が面白い。

明治維新後も、この外濠周辺は立入禁止に
していたそうですが、当時の法政大学生がここで
宴会をやったそう。当然逮捕となるわけですが、
当時の学長さんはケシカラン、解放されて当然、
公園として整備すべし、との運動を展開。

ずっとこれ、立入禁止だったら、
今頃どうなってたんでしょうかねぇ・・・

ということで、あちらこちらに
「東京市」外濠公園の文字を見つけることができます。
戦前ですから、東京「市」なんですね。

P1250228

さて、市ヶ谷見附近くになってくると
桜がかなり残っていて、艶やかな通りになっています。

P1250234

江戸時代の様子を描いた明治期の絵図。
これを見ると、市ヶ谷見附の枡形の形状がわかります。

P1250235

枡形なんですが、90度折れるのではなく、
高麗門と櫓門が平行に並んでいるんですよね。
こちらの図面を見ても明らか。

P1250239

こちらは姫路城中濠にあった鵰門跡前の看板。
櫓門と高麗門の位置が左右逆ですが、
市ヶ谷見附はこういった感じだったのでしょう。

P1130796

今残るのは、発掘された石垣の石数個。
発掘された場所も枡形ではないけどね。

P1250237

むしろ、木橋につながる部分の石垣が
牛込見附よりもわかりやすく確認できて、
こちらのほうがポイント高いですね。

P1250242

なかなかいい残り具合ではないでしょうか?
刻印は丸二つ引両紋に見えますが、果たして・・・

P1250246

そのほかにも刻印がたくさん☆

P1250247

P1250248

矢穴のある石も多かったように思います。

P1250254

ただ先端は駅があるため、破壊されてます。
むむぅ・・・

P1250255

さて、四ッ谷見附に向けて、歩みを進めていきます。
この辺りから濠が埋め立てられていますが、
土塁の斜面は、江戸時代当時のものらしいです。

P1250260

先ほどの斜面と比べると、角度の違いが
わかりやすいですよね。

P1250229

この辺は散ってるなぁ・・・

P1250264

あれ、この辺の傾斜ってなだらかな気がするけど・・・
うーん、どうなんだろう。

P1250269

四谷見附に近づいてくると、桜が復活☆

P1250273

さて、長くなりますのでこの辺で
一旦切りましょうかね。

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白州ブロガーイベント再び ティスティング&懇親会編。

さて、ティスティングです。

P1260359

白州のベースとなる尾白川の水と硬度が
高めのヴィッテルとの飲み比べ。

P1260362

まぁ、確かに硬度の違いは比べるとわかりやすい。
が、なかなか硬度が高いとどうウイスキーの質に影響するか、
これだけではわかりにくいのも事実。

試験的に硬度の高い水で白州として仕込むと
(すでにそれは白州じゃないけど)
どうなるのかなというのも気になったりしました。

さて、おなじみ森香るハイボールつくりますよ?
すっかり、このハイボールの造り方が自分にとって
当たり前になってきましたね。

20130615221712

グラスはもちろん白州。薄はり・・ではないか。

P1260360

せっかくなら、白州の水でソーダも
つくってみてもいいのにね。

P1260365

ミントもちゃんとご用意頂きまして。

P1260371

パン!と叩いてひょいと載せれば出来上がり。

P1260372

では、森香るハイボールで乾杯☆

P1260374

単独試飲では、新白州・白州12年・白州18年の比較。
マリアージュ用として白州12年と18年。

単独試飲のほうでは、すでにトワイスアップに
されていました。個人的には自分でトワイスアップに
したかったかなぁ。

P1260378

やはり、12年が(山崎もそうですが)白州らしい
白州という印象がありますね。フレッシュ感も適度に残り、
ピート感もちゃんとあって。好みでいうと、
より18年が好きなんですけどね(笑)

そして12年を水割りでも。ハイボールは1杯目に
いいのですが、2杯目以降、食事と合わせてウイスキーを
頂くには、おいしい水割りもいいですよね。

P1260380

おつまみはベルアメールのチョコレート。

P1260384

トッピングそれぞれが、白州のひとつひとつの特徴、
ピートさや若葉感、柑橘感・・・に合わせたかのよう。

このチョコのどの部分を頂くかで、白州の香りと味わいの
どの特徴が感じられやすいかが変わってきます。
このマリアージュ、さすがですね!

白州というと抹茶との相性の良さが特に好きなので、
このチョコは非常にありがたい!その中でも
オレンジピールの部分だと柑橘感だったり、
ナッツの部分だとピーティさだったりね。

白州18年にはミルクチョコを。やはり年数が上がって
ふくよかな味わいになってくると、合わせるチョコが
山崎に似てきますね。山崎でも合う気がします。

そして、まさかの白州25年・・・さすがに
そう簡単に飲めるものではないので、ウレシイサプライズ。

P1260392

まぁ、圧倒的な存在感ですわな。

P1260393

おもしろいのは、柑橘感がどんどん熟した芳香へと
シフトしていくものの、白州らしいスキッとした
フレッシュ感がちゃんと残っていて、残っていながら、
長熟ならではの深い熟成感があるんですよね。

まっ、これはイベント限定なので、白州に行けば
25年出してくれるのか~などと思っちゃいけませんぜ(笑)

さて、懇親会まで少し準備のために、退室。
各々お土産を見たりしてられましたが・・・
わたしはなんと有料試飲のBARうさぎに直行(笑)

短い間でしたが、ミズナラさま(響構成原酒)を
頂いておりましたっ。急ぎすぎて写真はなし(爆)

懇親会でも、やっぱり森香るハイボール!

P1260400

サントリーでは、佐治敬三社長の時代にビール造りのために
デンマークでビール造りを研究したそうで、それにちなんで
乾杯はデンマーク式に「スコール!」というそうですよ。

「スランジバー!」じゃないんだ・・とかって、
ひとりでツッコんでたりして(笑)

今回に限ったことではないですが、サントリーさんの
イベントでは、食事は大体ハズレはなく、
美味しくいただくことが多いですね。

P1260398

一番奥の信州ハーブ鶏の香草揚げが
特に美味しかったのに、撮ってないorz

そして、お土産。これもイベント限定だと思いますが、
ショットグラスとコースターを♪

20130615221636

サントリーさんに甲府駅まで送って頂きました。
またねー、白州蒸留所!

P1260406

次回は(え、また参加する気?)製樽工場も
拝見したいなー♪♪

P1260407

おおっ、バスの車窓からは富士山が!
ここ最近何度か書いてますが、やはり富士山が
見えるとテンション上がっちゃいますよね。

P1260409

東京方面にお帰りの皆さんをよそに、
ひとり甲府に留まります・・・明日は延期していた
要害山城とその支城、熊城に攻め込みます!

参加した他の方のブログはこちら・・・
わたしより遅い方は、さすがに居られないでしょう(笑)

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白州ブロガーイベント再び 工場見学編。

えっと・・・ブロガーイベントの報告を
2ヶ月もほったらかしておくとは、どういう了見・・
はい、サントリーさんすみません(爆)

以前にもブロガーイベントに参加したのですが、
また参加するの?との声がある中の参戦・・・

ということで、白州のブロガーイベント、
間違いなく最後の記事でしょうな。

20130615221208

信玄公の墓前祭でも飲まされそうになったので、
そこんとこは丁重にお断りし、大慌てで甲府駅へ。

スーパーあずさで小淵沢へ。遮光幕が武田菱☆

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駅では、サントリーさんのイベントではよくご一緒する
よぞらさん(@yozora2)やぺこはらだいさん(@pekohara)、
よくブログを拝見している京都のウイスキーブロガーさんも!
別のイベントでご一緒したうつろさん(@utsuro100820)も。

今回はイベントですので、素直にバスで移動。
い、いつも駅から歩いて白州行ってるんじゃないんだからね!

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ウイスキー博物館は外観工事中。

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会場はBARうさぎの2階。イベント時はここね。

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が、荷物置き・・としてVIPルームにもちょっと。
うひひ~初めて入ったかも~

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今日のスケジュール。工場見学&セミナー特別編に
懇親会つきですよー^^

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今日の解説は、品質担当マネージャ・佐野博氏。
大阪育ちの方なのに、ずっと白州に
ご勤務されているんですね。

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城に出かけて石垣を眺めていると、花崗岩の
石垣に出会うことが多い…のですが、
このあたりの石や砂利も花崗岩質。

P1260305

この花崗岩が水を磨いているんですよね。
何気に「花崗岩」って「木」と同じく城とも
共通するキーワードだったりして(強引)

濾過するだけでなく、ミネラル分も溶け出しますが
硬度が低いことを考えると、本当にゆっくりと
わずかな量しか溶け出さないんですねぇ。

そういや「白州」の由来も花崗岩質の白い砂に
あったような気がします。

白州もまだ桜が咲いていましたね。
山手のほうだからかなぁ。

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一般見学者と区別するために、帽子をかぶるのですが
わたしはただ「SUNTORY」とあるだけ・・ウワーン
何人かの方は、ちゃんと白州印の帽子をかぶられていました!

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さて、白州の仕込・発酵・蒸留現場でGo!

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ちょうど発酵中のようでした。発酵槽増えた?

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ものすごい元気に発酵中!もりもりと泡が出てます!

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ここで佐野さんのご好意で、発酵中の香りも堪能。
気になってずっと眺めてると、CO2でクラッとするので、
注意です・・・ものを落としたりなんかすると
このモロミ、ぜーんぶおじゃんですからね。

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発酵開始してから13時間あたり経っているとのこと。
一番泡が多い時間になるそうです。
木桶発酵槽のなかに雲があるようだ・・・

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首を突っ込むんじゃなく、手招きで香るのが肝要。
酒飲みには美味しい香りです・・(笑)

泡が吹き零れないようにカットする装置も・・
スイッチャーというそうです。

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白州で稼動してるのは、なかなか見れませんよね。
貴重なショットになりました!

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さて、お次は蒸留。またもやガラス越しではなく、
ポットスチルのある空間に入らせて頂きました!やほー!

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この日は初溜をやっていました。ネックの下がり方が
急でストレート型が手前、ネックは下がってはいるものの、
少し角度が緩やかでランタン型のもの。

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手前のストレート型が銅の色を見ても新しく見えますが、
1980年代~2000年年代に更新されたもので、
原酒をつくりわけるために換えている様子。
奥のランタン型が多く並んでいたそうですね。

て、ことはよ?ネックの角度がキツイのも
そういう意図があってのことってことになるわけで、
ライトよりもヘビーな原酒をつくれるように?
という意図がどこにあったのか、が知りたくなってきますね。

残念ながらスピリットセーフは、間近で見る時間はなく。
ま、再溜をしているわけではないから、
見てもしゃーないか。

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1200℃の直火で初溜をしていることもあり、
屋内は36℃の非常に暑い空間・・ですが、
なぜかこういう暑さだったら、全然心地よかったり
するのが不思議なものです・・

写真には収め忘れましたが、直火ということで、
ラメジャーも付いていて、あ、あれがそうか・・・と
初めて気が付きました。余市で鎖だけが展示
されていたような気はしますが・・・

何気に気になるお稲荷さんを横目に・・・

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電気で動くエコバスに乗って、貯蔵庫に。
やっぱし、リチャー実演はなくなったなぁ・・・

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この場でたまたま席が隣同士で座ったのが、
あの有名な「『足柄山の金太郎』の”Whisky” 日誌」の
足柄山の金太郎さんじゃないですか・・・はわわ。

お名刺を交換させていただきまして。
うわうわ、ウレシイなぁ。

さて貯蔵庫。

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入った途端に迫る樽とアルコール感。
えもいわれぬ至福な空間。すーはーすーはー。

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とりあえず、1977は撮っとく(笑)
マイヴィンテージ白州ほしいよなぁ。うむ。

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最も古いのは当然1973年ですけど、
シングルカスクの40年モノとか出さないのかしら…

こうして年号がわかりやすいものは「化粧樽」と
いうそうで、お客様に見せるための鏡板なんですね。

床下にもずっと樽が・・・この辺にも潜入したいなぁ。
さすがにコレは無理か?

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さて、ティスティングと懇親会に向かいますよっ。

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吉祥寺・一圓にて餃子を・・・

実は、西荻窪にいた頃から知ってはいたんですが、
結局気になっていかないまま・・・だったラーメン屋さん。

が、わたしとしては餃子が気になるお店なのです。

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5個・450円の焼餃子は、銀座天龍ほどではないにせよ、
かなりデカイサイズ!食べ応えも十分。

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ノーニラというわけでもないんですが、
印象は控えめですが、野菜が多めでしょうかね。
しかし、肉汁はしっかりじゅわり、うまいっ。
正統派の美味しい餃子としては、
このくらいの肉×野菜の比率が良いように思いました。

皮はちょい厚めですが、モチモチしすぎない感じで、
よく焼けばパリっとする厚さ。12分ほど掛かるのも、
判るような気がします。

もうひとつは、白金豚餃子。岩手・花巻産のブランド豚、
白金豚をたっぷりつかった肉重視の餡。

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こちらは大きさ的にはノーマルサイズだけど、
肉の甘み旨みがしっかりある割りに、そう脂っぽくもなく
肉を味わう餃子としていいですね。ジューシー。

んで、ラーメン屋さんでもあるのでしょうが、
ラーメンは食べず(笑)10個ですが焼き餃子の大きさが
かなりボリューミーでしっかりお腹は満たされました。
ごちそうさまでしたっ☆

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余市ワイン。

そう、3月のこのときに買ってきたんですが。
マスカット系の爽やかな感じがすごく気に入っている
白ワイン。めったにワインは飲まないんですがね。

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この日は珍しくノーモルト。そんな日もあってもいいよね。
赤ワインなら「樽熟ツヴァイゲルトレーベ」ですがね。

ケルナーって、ジュースでもあるみたいで、
ちょっと飲んでみたい気がする。余市産だし。

個人的には、弘前だけでなく余市でもブランデーを
造ってほしいところ。リンゴとウイスキーが
交差する歴史があるからね。

せめて弘前ででもいいから、「緋の衣」のアップルワインか、
アップルブランデーを・・・ほしいなぁ。

個人的に「緋の衣」に興味があるだけなんですけどね(笑)

あら。話がズレちゃいましたね。
余市のワイン。もちろん、ウイスキーは自分の中で最強。
一番好きな蒸留所ですが、ワインもね、と。
(あと燻製もね・・)

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恵林寺信玄公忌~山県館~信玄公墓前祭。

さて、あわただしく塩山へ。
塩山駅北口には、武田信玄公之像・・
今となっては、えっと、その、なんだ・・・
と言葉に詰まっちゃいますな。

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この時期には、毎度立つ二十四将の旗。
山県三郎兵衛尉昌景は、御子孫である信一郎氏の寄贈。

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ここでは、真田じゃないのよ真田じゃ、はっはーん。
ってことで、昌幸さん。武藤家の方の名前が
入っているから、昌幸さんの後に名跡を継いだ方が
いるのでしょうかねぇ。

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恵林寺といえば、この四脚門でしょう。
武田時代のものではないですが、
存在感がたまりませんね。

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特に今日は、人手が多かったですね。
やはり、今日は特別な日。

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そしてこの旗が立つのも、この日だけ。

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大河「風林火山」のオープニングにも
毎回出てきた武田不動尊。

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信玄自らの頭髪を焼いて彩色させた、
という話が伝わってますね。

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そして、信玄公の墓前。甲府にあるのは火葬塚で
正式な墓所としてはこちら。

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このときは、お線香を上げることができ、
わたしも上げて、お経を唱えて参拝しました。

武田家の聖地って・・・甲府市に負けてられん、
とばかりに必死ですな・・・甲州市。

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さて、そろそろ武将隊の演舞か・・・というところで、
愛音さんはっけーん☆先ほどのお写真を頂戴しました。
ありがとうございます!

武将隊の演舞は大体こんな感じ・・・ずっと
動画撮っててしんどかった。

しかし、信玄公いい笑顔だ!

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ちょっと!カワイイしぐさ反則!(笑)

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軍配見る目線が鏡見てるみたい・・・(笑)
お屋形さま、ナルシスト?

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こうしてみると、武将隊も悪くないなぁ。
史実はちょっと置いといて、パフォーマンスとして
楽しいよね。てか、お屋形さまの甲冑着たい(笑)

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さらばじゃ!

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てか、動画以外信玄公しか撮ってないっていうね(呆)

そして、この日の宿は山県館。
そう、先ほどの旗にあった山県昌景の御子孫が
経営する川浦温泉の源泉掛け流しのお宿。

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大体ビジネスホテルでやっすい宿しか泊まらぬ
わたしとっては、超絶奮発のお宿です。

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やっぱり灯りは撮る(笑)

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まずはお茶とおせんべで一服・・・

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ちょっとしたらお夕食。むむ、豪華な予感…

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まずお肉が美味い。コレ大事。

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田楽に桜豆腐・・・

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焼きたけのこに焼き魚・・・

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ふと窓を見ると、とてもキレイなブルーモーメント。

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デザートの抹茶わらび餅 with 黒蜜も◎。

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さて、食べてゆっくりしたら、
そろそろお風呂ですかな。

ちょっと資料が掲示されていたので、
それを休憩がてらに拝見。
昔の湯屋。いずれも明治中期辺りらしい。

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皇太子徳仁親王もお越しになったことがあるんだ!

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永禄四年の激戦の四ヶ月前に、この湯治場の開発を
信玄が指示した文献が残ってるそうな。
コレがその書状。直接の指示に相手は恵林寺なんですね。

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武田家高名録。武田家中の武将がズラッとあるが、
知らない武将も多い・・・

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そして、信玄公と昌景どのの肖像。

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一番の目玉が昌景所用の甲冑。赤備えではなく、
漆黒の鎧ですね。

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この肖像もよく観ますが、兜は違うとしても、
こういう雰囲気の甲冑。昌景のいつの頃のもの
なんでしょうね?

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小柄だなぁというのは、甲冑からもわかりますね。

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うん、大満足。ほぼコレのために泊まったような
もんだからな・・・(笑)

温泉は夜と朝の二回しっかり。できればもっと
ゆったりしたいお宿でありました。

で、早朝のバスに乗ってまた甲府へ(苦笑)
朝になって、この先に昌景の墓があることを知り・・・

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ここから失礼。いつかまたちゃんとお参りに上がります。

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ではまた、山県館。またぜいたくしたいときに
寄せていただきます!

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さて、大急ぎで甲府・岩窪町の信玄公墓へ。
こちらも桜が・・・先週は気が付けなんだよ。

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沿道に武田の旗が・・・昨日の武者行列で
手に持って振ってた旗だろうな。

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さて、墓前に到着。

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お供え物。

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あっという間に終わってしまいましたが、
こういう場で改めて墓前に祈りをささげることができて
よかったですね・・・

この後、武田神社に寄り、古いお守りを奉納。
新しいお守りを受けてまいりました。

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そして例大祭・墓前祭に参加した方々に
お下がり物を頂きました。かぶとやの武田菱カステラや
お神酒、お紋菓、それに手ぬぐいなどなど。

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もったいなくて使えないところですが、
前日含め、2セット頂きましたんで
片方は使おうかなぁと思っております(笑)

来年は、4/12は土曜日なんですよね~
ってことは、信玄公祭りだけでなくこちらにも
もっと人が集まるといいなぁ。

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武田神社例大祭。

さて、翌週。随分と前から4/12は休みと決めていて。
いつも崇敬会から
例大祭のお誘いが来るのですが、いつも泣く泣く「不参加」に
丸をして返信をしておりましたが・・・

以前、崇敬会に入る前は何度か行列を見に来たことも
あったのですが、入会してからはなくって、
いい加減、行かなきゃ!と思いがあったものでして。

当然ながら、例大祭の経緯は写真に撮れない(というか
撮る気になれない)ので、文章だけになっちゃいますが…

まぁ、ただ好きなだけで縁もゆかりもないにも関わらず、
こうしてゆかりのあるご子孫の方々と一緒に
柏手を打てるのは、とてもありがたいこと。

午前中で終わるくらいなので、拝殿に並んで座り、
名前を読み上げられた順に拍手を打ちます。

最初は、もちろん・・・御宗家筋に当たる
武田邦信氏。それから仁科盛信どのの
御子孫に当たる方もおられたかな。錚々たる面々。

われわれは、武田神社崇敬会会長さんが前に
出られるのにあわせて、起立し拍手を打ちます。

その他、地元の名士や地元企業の役員さん、
自治会の方々・・など地域の重鎮が多かったですね。

その後、信玄公の御霊を乗せた御神輿が
出発するのを見送ります。スタンバイ中。

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そして、宮司さんが祝詞を上げて
信玄公の御霊に語りかけ、御神輿にお越し頂きます。

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これもつのは~?出発を控え、結構あわただしい。

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担ぎ手登場。

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さて、いよいよ出発です!

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信玄公、行ってらっしゃいませ~

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さて、ここから昼の宴。そんな大層なモノは
出ないのですが・・・奥の大将席に邦信さんがおられました。

まずはお神酒で乾杯。杯にうっすら浮かぶ武田菱がイイね!

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うーん、話しかけるチャンスは・・と思ってる間に
山梨の某菓子メーカーの会長さんの目に留まり、
いろいろと話しかけられるわ、飲まされるわ…
えっとそんなペースでちょっとちょっと・・・

ただ、武田神社のお神酒とあらば、会津の御家訓を
持ち出されては断れない容保公くらいの感じで
継がれても飲み干すしかありません(笑)

と言ってる間に邦信さんはご退席されてしまい・・・
うーん、残念!邦信さんにお会いしている
美甘子さんが超うらやましい・・

さて、そんな飲む予定ではなかったんですが、
けっこう酔って向かったのは、遊亀公園。

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ここで二十四将が一時滞在するのをつかんでいるから。
わたしが参加したときもそうでしたねぇ。

デジカメにそのときの自分自身の顔写真を
撮ってるのが出てきました…どんだけ飲まされたか、
記録に残そうとしてたでしょうね(苦笑)

お!きましたきました!

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御神輿の入場です!

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続いて二十四将。板垣駿河守どのは女性!
甘利どの、真田弾正どのも女性だったかな。

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あ、一條信龍どのもだ。女性率高いなぁ。
それだけ関心のある女性が多いってことよね。
いいことだなぁ。うれしい。

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土屋昌続どの、甲冑特にお似合いでしたなぁ。

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山本勘助どの。かぶとが比較的目立ちやすくて
いいですね!かっこいい。

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そ~し~て~!きました!お屋形さま!

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どことなく優男風?

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兜がどことなく平安調のような…
吹き返しが超でかい。

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目線頂きました(笑)
いーなー、信玄公やりてぇなぁ。

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さて、急いで恵林寺に向かうずら~
あ、武田牛乳。こちらもね、武田家の子孫が
社長さんしているんですよ。

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テンヨ武田
の子会社で、創業者一族は、
信虎パパが駿河を追い出され、京あたりを
うろちょろしてたときに、水口あたりでつくった
子供の家系が明治になって、甲府に出向いて創業。

> 息子の信玄に諸国の内情を伝えるべく、
> 京までの街道の拠点に武田一族を残しました。

というのは、ちょっとホントなのかどうなのか、
ただの女好きではないのか…ぷーくすくすですけど(笑)

ただ、水口町の武田山長敬寺は一度訪れたいですね。
おっと・・話が逸れました。急いで恵林寺に向かいましょう。

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甲府城と砂金取り。

さて、翌日。要害山城に行きたいのを
グッとこらえ、甲府駅のほうへ・・・と思いましたが、
改めて武田神社に参拝。

武田印の灯籠ができています。わたしも少し
ご協力させて頂きました。

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毎回撮ってるんですが、ちゃんと武田家協賛の旗が
あるところに毎回クスッとしちゃうんですよね。

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翌週出陣する御神輿。しっかり武田菱。

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この日は晴れ間・・・昨日晴れれてくれよ(爆)

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そして、甲府駅。できたての甲府城鉄門と
そういやちゃんと見てなかった山手御門をしっかり。

北西の方角・・雲が黒い・・

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純徳川的な櫓門。

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黒い格子がいいね。

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武田時代の馬の骨。これ、近江で見た複製よね?

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山手御門からはいい感じで稲荷櫓が見えます。

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明治時代の復元と江戸時代の復元が
かぶるってのもおもしろいやね。

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甲府駅と線路がザクっと甲府城の縄張りを
貫通しているのは残念ですがね・・・

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で、櫓門に戻る。鬼瓦に何もないのに違和感・・・
のっぺらぼうみたい。徳川葵か柳沢花菱でも
付けとけばいいのに・・

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枡形を形成する土塀。

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こうやっぱり、攻撃する側から枡形内を
観るのってちょっとテンション上がりますね(笑)

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ねっ。構造的には高麗門+櫓門の典型的な
近世城郭の枡形ですね。

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下に降りていきます。石垣も少し
復元されているのでしょうね。

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高麗門から・・・・

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櫓門を見るこの角度!
人出が多いこの時期に人がいなくなるまで
待つとかなり時間掛かりました(笑)

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石垣は積み直しって感じがしますが、
なかなかよくできているんじゃないでしょうか。

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敢えて豊臣時代の野面積みで再現されてあるところが
(武田フリークとしてはツライところですが)
けっこういい印象がありますね。

材質としては、ほとんどが国産檜で、梁に松や欅、
米檜が使われているようです。外材をつかった復元って
初めて気が付いたかも。

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枡形。なんか園芸の展示されちゃってますが(汗)

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さて橋を渡って線路の向こう・・が甲府城の中心。
内松陰門門から二の丸に入っていきます。

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甲府城の石垣も安山岩系の岩質。
江戸城もそうですが、黒の石垣は締まりますね!

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今年落成した鉄門(くろがねもん)へ向かいます!

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けっこう落胆するよ…と事前に聞いていたのですが、
早速見つけてしまいました…鉄の補強orz

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できてばっかりなので、新材の清々しい香りがします。
特に檜の割合が高いせいもあるのかも。

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門扉には鉄板。これが「鉄」門の名前の由来。

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当然防備のためのものなので、外側に向けて張られます。
これが銅だったら、銅門(あかがねもん)になるわけですな。

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鉄門の解説にこうありました。

鉄門は、在来工法にこだわり工事を進めていますが、現代の建
築基準法と照らし合わせると、耐震性や構造面を強化する必要
があります。

そのため、基礎の一部に、補強材としてコンクリートや鉄骨を
使用しています。補強材導入にあたっては、専門委員会の指導
を受け、可能な限り歴史景観に違和感のないよう
配慮しています。

しかし、現代に鉄門を復元するためには欠かせない要素であり
在来工法と現代工法の融合として、完全に遮へいせずに
公開しています。

このシンポジウムで三浦先生がご指摘になっていた弊害が
そのまま出ているような印象でした。しかし、せめて
鉄骨を隠しておいてほしかったなぁ・・・がっかり。

さて、鉄門の渡り櫓門内に潜入。

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小さい子向けの紙笛の工作教室やってるそばを
柱とかしげしげ見ている城好き・・・(笑)

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建材は、欅・松・檜・杉でいずれも国内産。
杉材のみ県内産ですがあとは、奈良、岐阜、長野、
岩手、福島から調達しているようです。

やっぱり、上を向いて梁を眺めたくなりますね。
壮観だよなぁ・・・頸痛くなるけど(笑)

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初めて見た甲府城の古写真。うっすらと稲荷櫓が
見えますね・・土塀もぐるりと。あまり剥がれてなく、
しっかりメンテナンスされてたんでしょうかね。

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この門を鉄門と改称したのは、将軍綱吉の時代に
活躍した柳沢吉保。忠臣蔵で悪役で描かれますね・・・
武田フリーク的には、ありがたい人でもあるんですけどね。

さて、天守台だけあと見ていきましょうか。
甲府城の天守台も穴蔵を備えて、なかなか見事なんです。

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大藩の城の天守台と比べると、若干小さめですが、
それでも天守が建てるなら相当大きい規模の
天守を建てることができたでしょう。

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さて、甲州ワインビーフを頂いたら、
どんぶらこと身延線でお出かけしましょうか。

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まだ幼稚園くらいの頃、身延山久遠寺に
参拝したときに下部温泉に泊まった記憶はあるんですが…
ほとんど詳細は憶えてないです(汗)

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下部温泉信玄公かくし湯まつり、なんていう
魅力的なおまつりもありまして、ぜひ一度は
見に行きたいものです。

で、今回の目的はコレ。湯之奥金山博物館。
その名の通り、下部温泉の奥にあった金山の博物館。

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特に信玄時代によく産出した甲州金。
肥沃ではない武田領国にあって、飛躍の原動力に
なったのが、この金の産出ですね。

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これこれ、甲州金。軍功あればその場で
手で掬って褒美にしたという甲州金ですよ。

P1250984

当時の金山衆の様子がジオラマで再現されていて。

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この金山衆、金山の経営を武田家からは独立して行い、
ある種の自治を認められていた存在。後の江戸時代において、
運上金・冥加金のような一種の租税を納める代わりに
金山の採掘を保障するような互恵的な関係だったようです。

ただ要請に応じて、戦にも参加して得意の金山採掘の
土木技術を用いて、間道を掘って爆破しようとしたり、
敵方の城の井戸まで穴を掘らせて水の手を絶つ、
といった巧妙な攻城手法の担い手でもあったそうな。

そして、金鉱脈としての特徴にも興味深い点。
もともと、銀が少なく金の純度が高い鉱脈であり、
比較的技術が発達していなくても、純度の高い金を
生成することができた、という幸運もあったのね。

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若干駿河や信濃にもあるけど、ほとんどが甲斐。
こりゃこんだけあると、懐豊かになるわなぁ。

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事実、今川義元存命時には今川氏も金山開発を
進めていて、今川義元朱印状も残されているようでした。

そして最後に砂金取り体験。人が少なめだったので
ある意味集中して取れました。

P1250992

たまたま砂金取り名人の方がいて(この施設のOB?)
ちょっと手伝ってもらったこともあって、
けっこう金が溜まりましたよ♪

P1250995

あとは、静岡経由でゆっくり帰るだけ。
駅周辺ではまだまだ桜がキレイでした。
今年は早く咲いて早く散ってしまっただけに、
ありがたい!と思わずにはいられなかったですね!

P1260004

それでも若干葉桜になりかけ・・・でしたけどね。

P1250998

青空に桜。色のコントラストがハッキリして、
実に映えますよね!

P1260006

すでに閉店の時間でしたが・・・
とりあえず、店先に武田菱をつけとくのが山梨県。

P1260008

馬鹿丼(笑)なんちゅーネーミング。
さくら丼がわたしは気になります。

P1260007

ここで、まさかの英語タイム。
たぶん東南アジアあたりからお越しの子連れ夫婦。
よく下調べもしないでローカル線乗るなぁ…と
妙な関心をしながら、一応なんとか説明して
乗り方をアドバイスできました。ふー。

で、やっぱり富士山見えてきたら、撮るよね。
ということで電車内、富士山撮影タイム(笑)

P1260017

さて、翌週は信玄公御命日に合わせて
武田神社例大祭が開かれ、例大祭への参加と
二十四将行列を見てまいりましたよ!

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一味違った今年の信玄公祭りを振り返る・・・

さて、約二ヶ月前の信玄公祭りと武田神社例祭、
そして信玄公墓前祭を振り返ってみましょうかねぇ。

一味違った・・というのは演出がどうということはなく、
初めて信玄公祭りの甲州軍団出陣に加わってきたのです。
そう、見る側でなく参加する立場ってこと。

ということは、ほとんど自分で写真を撮る、
ということはできないわけですが、
それにも増して、すごく貴重な体験でした。

重臣役ということで、どっしりした甲冑を着ます。
それにしても参加費が・・・ですが、
信玄公のお側に控えられるなら全然出すぜ・・・

こうなんでしょ、観られてるって経験って、
まぁ、しないじゃないですか。

当日の集合は10時45分だったのですけど、
前日入りしてなおかつ、起床はなんと朝6時。
というのは・・・最大の難関・コンタクトレンズ!

実は、コンタクトレンズしたことなくってですね、
コンタクトレンズ買いに行ったとき、
1時間以上掛かってようやく・・だったのですが
やっぱり1時間かかりましたね・・・ふぅ。

甲府に行かない間に「はなの舞」が信玄居酒屋に
なっとるがな!

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信玄公、かぶとがメデューサのようです(汗)

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おおお、店内にも信玄公に、山県、馬場、香坂どの!

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この切り絵かっこいいなぁ!

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まぁ、信玄公にゆかりがあるとは思えないけど、
そこは目をつぶっておきましょうか(笑)

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思ったよりも早くコンタクトレンズがはめられたので、
タリーズでまったり。チョイスは信玄公ラテ。

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武田菱のカタチにカカオパウダーが振られます。
この時期だけじゃなく、ずーっとあればいいのになぁ。

こんなモノもらいましたが、もったいなくて
開けられませんです・・・

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ふと見つけた落書き・・・にも武田菱!
さすが甲府・・(落書きはイケマセン)

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まずは集合場所に集まって、お昼・・にはチト
早い時間でしたが、小作さんにてほうとう。

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そしてお着替えへ・・・わぁ、武田の軍旗が
たくさんだぁ!

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今回お世話になる甲冑。なんだかテンションが
上がってきますよね!

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みんなこんな感じで甲冑のお着替え中。
基本的にドラマ等の衣装を担当する専門家の方に
着させて頂けるので、着替えの心配はナシ。

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さすが重臣ということで、甲冑の装飾にも
こだわってますね☆

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そして出陣前の一枚。わたしを知ってる人なら、
だ、だれ・・という感じでしょう(笑)
メガネを取ると人って変わるものですなぁ・・・

P1250870

参加内容としては、まずお昼14時から、
戦勝祈願式というのがあり、武田神社に参ります。

観客としてみるとどんな感じか・・はこちらを。

実はこれ行進はせずに、バス移動なんですよね。
甲冑着てバス移動ですよ、すげー変な感じ(笑)

でも。なかなか取り巻きとしてだと見ることができない、
戦勝祈願式の奥の様子がけっこうよく見れました。
なにせ、重臣ですからね!最前列!

そして、わたしに声をかけてくださって、
写真撮っていいですか!という女性がいてくださり、
すごーくうれしかったです^^

が、この時点でまさかの雨がポツリポツリ・・・
そして山梨県庁に戻ってきて掛け声の練習や
隊列の確認をしたあと、しばらく(かなり長い)休憩。

記念写真も撮ったり・・こちらは後で
フォロワーの愛音さん(@aine_foto)から頂きました
ありがとうございます!

20130419230607

ようやく6月も半ばになって(お前が言うか)
事務局からも写真が届きましたよー!

20130613221429

ホントはね、信玄公の真隣だったのに、
勘助が割り込んできやがった…勘助、このやろー!(笑)

出陣が夕刻のため、休憩はホント長く、
差し入れのおにぎりとかお茶頂いたりしたんですが、
甲冑を着て休憩って休憩にならんのですよね・・疲れる。

ただ、全軍団との記念写真を撮り終えた後の
松平信玄公(この表現なんか微妙。笑。)とすれ違い、
お屋形さまに「お疲れさまです」と声をかけて
頂いたのがうれしかったぁ!

今回甲冑を着る行列参加は初で、勝手がわかりませんでしたが
スマホを持っていけなかったので、超ヒマ。
信玄公祭りなんだから、信玄袋のひとつでももっていけば…
と悔やまれましたね。

さて、いよいよ出陣・・と出陣式に向かいますが
ポツポツ雨が降っております。で衣装担当の方から、
合羽を着なきゃ、雨が鎧に浸みて重くなるから!
と半ば強制的に着させられ・・・

てか、そういう時に撮るんじゃねぇよ・・(苦笑)

20130509201944

そして、出陣式の様子は甲府駅ビルECLANに
投影された映像で確認。まぁ、信玄公祭りは展開が
安定していますので、良くも悪くもサプライズ性は
薄いような気がします。

で、二十四将が出陣式から降りた後、われわれが
舞台に上がりますが、そのときには合羽を破って登場!
そりゃ、見せる場でビニールの合羽はないよねぇ。

ただもうね、このときには土砂降りに近い雨・・・
甲冑着るのにメガネはねーでしょ、という意味で
コンタクトレンズにしたんですが、雨のなかメガネでは
マトモに見ることはできず、違った意味でもコンタクトで
助かったなぁ・・・と後から感じました。

ま、信玄公本陣ですから行列は皆さん信玄公を
撮ってばかりで、撮られることはまぁないのですけれど、
背筋を伸ばし、気合を入れて、堂々と雨の中行進。

こちらのテーマにあわせて、おぅ!おぅ!と掛け声を
合わせていきます。これいい曲なのでCDでほしい・・・

雨の中、甲冑の重みと雨の冷たさに耐えて、
必死の行軍…ヒートテックで備えておいてよかった(笑)

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そして、舞鶴城公園にたどり着いたら帰陣式。
もうこの時もスゴイ雨でしたが、殺陣もやっぱり
ありましたけど、沢村信玄公の茶目っ気ある挨拶に比べ
松平信玄公はバシっと〆てくださいましたね。

わたくしも後ろからお側に控えることができ、
まさに眼福至極・・・気分は奥近習六人衆。
む、武藤か曽根か土屋か三枝か・・・やっぱり
武藤喜兵衛がいいな(笑)

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そして、(ほんとの)帰陣。今日一日、
甲冑お疲れ様でした。お世話になりました。

P1250873

この日のお宿は、要害山の要害
合戦の疲れを積翠寺温泉でしっかり癒せました・・・
ホントはね、翌日に要害山城と熊城に行くつもりだったから
ここにしたんですが、雨降った後の山城はヤバイでしょ…
ということで作戦変更です。

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美味しいモノたち。

なんといいますか、ストレスフルだからってのも
無きにしも非ずということもあるのですが、
美味しいモノは欠かせません。

最近では、お昼は炭水化物レスを心がけていて
(ホントは夜がいいんですけどね)
夜には、けっこう自由に食べることも多いです。

まんパク

立川でやってたフードフェス。メッチャ近所なので、
普通にご飯食べに行く感覚でした。
が、食べてるとけっこうおサイフに痛いんですよね・・・
あ、一気に一日で食べてませんからね(笑)

・新・函館市場 (北海道)
 ~幻の鮭児!北海敷詰丼 \2,000

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確かに鮭児は美味い・・んだけど、
薄っ!少なっ・・という感じがして、
2,000円、かぁ・・という感じが否めない・・

高級魚なので、こういうとこには適してないかも。
もっとお金払ってでもどーんと食べたい。

・津山ホルモンうどん 彩の星 (岡山)
 ~津山ホルモンうどん ¥600

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津山で頂いたホルモンうどん、立川で再食!
よし乃さんとは、また一味違いますなぁ。食べ比べしたい。

・八ヶ岳スモーク (山梨)
 ~スモークソーセージ \300

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スモークソーセージ、おつまみには鉄板です☆

ま、意味もなく武田菱を散らばめてるあたり、
山梨県らしさを感じます(笑)

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・ サンクトガーレン(神奈川)
 ~湘南ゴールド Lサイズ \600

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湘南ゴールドというオレンジをベースにした
オレンジビール。柑橘とピールの苦みがあって、
丸ごとオレンジをビールに閉じ込めた感じ。イイね!

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・レストラン東洋軒(三重)

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昨年も頂いたブラックカレー。いつか現地で
頂きたいカレーであります・・・こくまろの好みの味。

・立川伊勢屋(東京)

地元立川からは、和菓子屋さんの大福みかん。

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丸ごとみかんがどーんで、意外と合うもんですね。
いちご大福があるだから、みかんもあっていいよねっ。

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豚組 しゃぶ庵

よぞらさん(@yozora2)にお誘い頂いていそいそと。
# YASさん的なツカミ(笑)

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本日の銘柄豚・・とあるところを・・・

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完全なる馬しゃぶ狙い!(笑)
レトロなお部屋もポイント高いですね◎

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飲食店でよく灯りが気になるんですよね~
いい雰囲気の灯りって、食の空間には大事よね。

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わずか残り1個だけのメンチをわけわけ(笑)

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馬タタキ。馬刺しはちょっとアレなわたしですが、
タタキくらいであればまぁまぁ。

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こんなときでも、なすびは激写。
なすび大好き。

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で・・・馬しゃぶ!熊本でも頂きましたが、
牛ほど脂ギトギトに浮いて出てこないし、
旨みをしっかり味わえます。そういう年代になったのね。

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〆のミニトンコツラーメンも絶品!
普段あまりトンコツをチョイスしないわたしも、
これには脱帽でした。

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もんじゃ 大木屋

ついこないだ行ってきたもんじゃ屋。
こちらもよぞらさんpresents。
でも、目的はもんじゃじゃないだってばよ。

年季入ってますな。下町的な。

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ま、時間にうるさくって、アレコレ指示されたり、
かなり急かされますけど・・・そういうのが苦手な人は、
ちょっとダメかもねぇ。

カツオのたたき。とにかく早く上げる上げる、はよはよ。

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これがウワサの「エアーズロック」的な大ステーキ!
これを食すべく、にぽーり来たのであーる!

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そんなに時間掛からず表面は焼けちゃうもんで。

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ある程度表面が焼けたらレアで、
ばっさばっさ切られていきます!うほほ。

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もう少し焼きたい人は、個人で鉄板にジュー。
ジューシーで脂の甘みと肉の旨みがすごいね。イイ肉だ。
でもそんなに脂のしつこさがなく、もたれない。

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みんなで食べると、かのエアーズロックも敢えなく
あっという間の完食です。もう本命終わった感(笑)

ホタテを焼きつつ・・

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もんじゃをえっほえっほをかき混ぜる!
量がハンパないし、けっこう疲れる・・・・

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こちらもデカイメンチカツ。ボリュームあるなぁ。
こちらもいい肉。肉が美味い、ホントに。

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で、もんじゃ。ウチは土手つくらないっすから!
そ、そういうもんじゃもあるのね・・・
てか、これで三人前。ま、まだあと1クールくるんか・・・

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肉よりももんじゃで腹がぶぶーっと膨れた感じでした。
まぁ、美味かったけどね。

しかし、美味いは正義だよね。

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雪と氷に閉ざされた五稜郭 … その2。

さて、いよいよ城内へ。けっこうぬかるんでて、
土塁の上に上がるにはツルッツルして、
危険でしたけどね・・・

大手の半月堡にかかる橋を受ける石垣。
ここはかなりピチッとした切込接石垣でした。

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こうして見ると、下段の腰巻石垣は打込接くらいの
加工度ですが、上段の武者返しのある石垣は、
目が詰まってますよね~

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しかし、総石垣ではなく腰巻で終わっているのも
財政難のためなんでしょうかね。

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このあたりは亀甲積ですね。

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やたらと赤い岩石が目立ちますね。
鉄分が多いんだろうなぁ。

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この武者返し、石垣の上には建物を築かないからこそ
活きるんじゃないかな、と思います。

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中には気泡のような穴が無数にある石も。
海から持ってこられたんだろうな。

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さて、土塁の先端に上がってみます・・・
す、滑りそう(汗)

こうして見ると、外側に水濠が内側に空壕の
二層構造になっているのがわかります。

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さて、本塁内。このあたりは少し氷が薄いかな?
と思いましたが、石を投げたくらいでは
穴が開かないほど、まだまだ厚い氷。

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大手を渡ってすぐ。このあたりには谷積も見られます。

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このあたりは特に石垣が高く、全長7.6mで
水面からは5.8mあります。かなり見ごたえアリ!

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あ、あんなところに木の根っこが・・
早いところ切り取ってしまわないと・・・

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もうこのあたりの切込接石垣は、江戸城に
あってもおかしくないくらいの完成度ですよね。
幕末でもこういう石垣を造る技術は、
ちゃんとあったんですよねぇ・・・

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内側はダイナミックな土塁。これがずっと
星型を描いて延びています。

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まだまだ寒い函館はつぼみ。
もう今頃は、葉桜を迎えているでしょう。

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本塁内は、解けた雪でぐちゃぐちゃ。ひー。

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奉行所は後のお楽しみにして・・・

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用人長屋跡。コンクリートの囲いで
広さを示してくれています。

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このあたりの石垣も同心半円落積っぽい!

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ちょうど、奉行所の真裏に当たります。

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稜堡の先端の砲台跡に行きましょう!

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ちょっとこのあたりは、大砲の運んだ坂が
わかりにくいですが・・・

ここならわかりやすい!ちょうどキレイにど真ん中。

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全五箇所、しっかりあります。

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妙に枡形っぽい(だけど違う)土盛は
なんだろうなぁ。

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砲台跡から。

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搦め手に当たるんでしょうけど、
出入り口のある三箇所の稜堡の根元には、
水濠が必ずあるようです。

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ちゃんとハツリ仕事が。こういうところに
お金かけずにさっさと造ったらいいのに…
という訳にも行かなかったんでしょうね。

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なんだか、同じ方向に飾りの向きが揃っているあたり、
江戸城の石垣を思い出したりします。

往時はここに木橋があったんでしょうねぇ。

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しかし、こんなに凍っちゃうと、
濠としての機能は果たすんだろうか・・・
真冬だと、裸城ってことになっちゃわないの?

さて、いよいよ奉行所です。
会津の鶴ヶ城にも似た、赤い瓦が特徴的ですね。

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実はコレ、越前の赤瓦なんだそう。
目的はやっぱり、凍割れ対策なんでしょうけど、
黒っぽかったり、赤っぽかったり、
色ムラがあるのもわざとこうしてあるそうで。

四種類の色の瓦をランダムに組み合わせて
そのムラを表現したんだとか(ムラをあえて
造らなかったんだ?とはツッコんじゃいけないんだろうな)

全体に破風の反りは強めで、正面の小さな起くり屋根が
ちょっとしたアクセントになってます。

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鬼瓦・軒丸瓦はズラッと徳川葵。
これは将軍家・幕府の葵紋のように見えます。

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お、晴れ間が!赤瓦がまぶしい!
キレイに統一された臙脂色の鶴ヶ城もいいですが、
ムラがあるのもいいですねぇ。

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さてっ♪おっじゃましまーす♪

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なぜか厠でもないのに、手水場が・・・(笑)

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手前から四之間、参之間、弐之間、壱之間。
江戸城、二条城などよりはかなり簡略化されたつくり。

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毎度毎度のチェックポイント、釘隠し。
決して華美ではないのだけど、葵が描かれているあたり、
「幕府の」奉行所という意匠が多いんだよね。

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中庭を挟んでみる太鼓櫓。あれ、大砲で狙う
格好の的になったらしいですね(汗)

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建築ラバーズとしては、天井の一部をガラス張りにし、
骨格が見えるようにしてくれているのは、
うれしいですねぇ。城郭建築の楽しみの一つですからね。

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天守や櫓だと、天井がないのでよくわかりますが、
御殿建築ではなかなかみれないですからね。

さて、五稜郭の城地決定の由来ですが、

①外国軍艦の大砲が届かぬところ
②市街地の近くにあること
③付近に川があること

で、ここ亀田の地に決まったそうですが・・・
予算は14万3千両で、実際は10万4,090両。
こちらのサイトから、仮に1両は14,800円とすると、
総工費、約15.4億円となります。い、意外と安いんだ・・・

五稜郭のような星型をした城郭は、
ルネッサンス期のイタリアにその源流があるそう。
やはり、ヨーロッパに多いですね。

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世界星型サミットなるものまで・・なんとなく、
発想が日本っぽいなと思ったら、案の定言いだしっぺは、
函館市でした(笑)

幕末の東北諸藩による蝦夷地警備範囲図。
白老は仙台藩の陣屋がありましたね。

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その他出土品。西洋っぽい壺に入っていたのは、
日本酒であり、醤油でありました(笑)

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あ、花菱!花菱にまた武田の面影を見る
悪いクセ・・・(笑)

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エンフィールド銃。八重の桜で聴いた気はしますが、
一度や二度では憶えられません・・(笑)

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太鼓櫓への階段・・だけど、例によって
登ることができず・・むむぅ・・

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太鼓は本来階上にあったっぽい。

そして、復元プロジェクト。
やっぱり、古写真・文献資料・発掘調査の三点セット。
これがキッチリ揃わないと復元は難しい。

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先ほど来の釘隠しも大集合。

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建材は、土台・柱・桁にはヒバ、梁にはマツ、
こけら葺きにはスギ、玄関・床の間にはケヤキだそう。

ふー・・・しっかり見て回った後は少し休憩。
こちらも復元された母屋。

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こちら当時飲まれていたコーヒーを
再現したもの、だとか。

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まだちょいと時間があるので、
土方歳三&石川啄木函館記念館なる処へ・・・

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付近には、石川啄木さんが佇んでます。

P1250144

なんだか知らないが、やたらと土方歳三と武田信玄を
結びつける記述が・・確かに八王子千人同心の子で、
武田とのゆかりはありそうだけど。

愛刀が「和泉守兼定」ということですが、
通説の幕末の十一代目兼定ではなく、戦国期の刀匠
二代目兼定=之定とし、武田信玄の愛刀であったことから、
八王子千人同心の子として生まれた土方も、
この武田の刀を持ちたかったとの弁。

どーも、土方が武田家に憧れがあって、
そのゆかりのある刀をもちたかったという風に
言いたくて仕方がないようなのだけど・・・・

ち、知識がないのでなんともいえないが、
とりあえず信玄と幕末とのツナガリが垣間見えたようで
意外と収穫でした(笑)

さて、このあとはナッツさんと別れて新千歳へ。
すでにロイズのチョコレートワールドは
閉まってた・・ひ、響生チョコぷりーず・・・orz

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というわけで、冬の琥珀色と城めぐり、
コレにておしまいでございます。

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雪と氷に閉ざされた五稜郭 … その1。

さて、五稜郭。以前に行ったのは2005年…
まだ旧五稜郭タワーがあって、新旧両方が建っている
珍しい時期
に伺いましたねぇ。あの時も冬。

車を図書館に置いたのですが、五稜郭の図案が。
本来ならこうなるはずだったんだよねぇ。

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五稜郭の石垣と濠。濠はすっかり凍って真っ白。
3月末だというのにね・・・さすが函館。

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隅はちゃんと算木積、その他も乱積で
谷積ではないんだね。幕末だからといって、
谷積ってわけでもないんだね。

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こうした帯曲輪状の設計も、ちょっと気になりますね。

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というのも、石垣が低すぎてですねぇ…
どういう意図があったのかと。

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このあたりは谷積っぽい・・というか、
同心半円落積に近い印象。

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絶景ですね!隅石の大きさに比べ
隣の石の小さいこと…

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と思ったら、隅石は備前の安山岩をわざわざ
もってきた
らしくって。

備前の石工・井上喜三郎さんが石垣普請を担当したから、
なのかもしれませんね。

ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンの看板。
もちろん、四稜郭はありません~(笑)

P1240923

今回の大きな目的のひとつが、箱館奉行所。
前回来たときに再建するんだ、と聴いていましたが、
再建を知ってから、行きたいと思っていましてね。

P1240924

城内に入る前に、五稜郭タワーから五稜郭を眺めます。
キレイになった五稜郭タワーに唖然。
1Fには、大砲がぞろぞろ。

こちらは「會」印の大砲。
P1240930

会津の旗印。とあるお方のおかげで、
見分けわれるようになりましたよ(笑)

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薩摩も。丸に十字と菊花紋が並んでるのが
なんとも複雑・・・

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土方氏。常に逆光らしくって観光客泣かせらしい(笑)

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偶然でしたが、さまざまな五稜郭発掘調査の成果が
展示されていて、非常に興味深かったです。

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雪に覆われていない四稜郭の全景も!

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ビール瓶やワイン瓶のかけらも。箱館戦争の頃では
さすがにないよね・・ワインはともかく、
ビールがここで飲まれていたのがちょっと驚き。

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三つ葉葵紋の瓦。幕府の役所ということなんだよね。

P1240942

さて、上空からの五稜郭。旧タワーより、
少し高くなったでしょうかね。
うーん、絶景ですね!どの城にも鳥瞰できる
タワーやビルがあるとおもしろいだろうなぁ。

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馬出し(半月堡)もこうして見ると、
わかりやすくていいですよねぇ!

P1240944

これは本来半月堡をつくろうとした痕跡と見て
いいのでしょうかね?

P1240945

土塁がめぐらされている様子もよくわかりますね。
ここんところは四稜郭と似てます。

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あれに見えるは函館奉行所!
見事な赤瓦の建物ですな。わくわく!

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とてもいい!と思ったのは、実際に鳥瞰して観ながら
復元模型を対照させながら確認できること。
これは非常にイメージを膨らませるのに助かります!

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箱館奉行所も全部復元されてるわけではない、
ってこととかね。

P1240954

そして、五稜郭を巡る歴史をジオラマで解説。
五稜郭の縄張りについてあれこれ議論中。

P1240958

えーっと、とりあえず武田菱には反応します(笑)
松前家が若狭武田家の血を引いてるからなんですけどね。

P1240962

箱館戦争の終わった後、1871年からは五稜郭氷として
本州に氷が運び出されて売り出されたそうです。

P1240965

そして、タワー展望室にも土方氏。
こっちのほうがまだ撮りやすかったかな??

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さて、この後はいよいよ五稜郭曲輪内を巡ります。

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雪の四稜郭。

さて、夜中の3時に函館着・・で何とか
寝過ごして青森まで行っちゃわずに起きることに成功。
夜明けまでは、ネットカフェでもう一眠り。

そして、ウイスキー関係ないのに、
車出してあげるよ!という心優しいニッカラバー
ナッツさん(@woodynuts)と落ち合い、
まずは朝ごはん・・・
ナッツさんもちろん、城マニアではありません(笑)

P1240833

恵比寿屋食堂さんにていくらネギトロ。
ナッツさん、ここで食事するの初めて・・
ま、地元の人が来ることないよねー(笑)

そして、四稜郭。城好きでないと知らない方が
多いでしょうね。五稜郭は正五角形に近いカタチを
していますが、四稜郭は長方形の先っぽが矢印
になったような形状をしています。

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人がそう来るとことでもないので、雪が大量に…
あたり一面の雪景色。

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ただ、壕の部分に雪が溜まって土塁には
キレイに雪が落ちていたので、高低差はわかりやすいかも。

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四稜郭は1869年に築かれた陣城のようなもの。
五稜郭を本城とした北の防備を固めるために急造。
四隅に砲台を設けたが、建物はなかったそうな。

旧幕府軍と地元の村民合わせて約300名、
昼夜兼行で数日のうちに完成したとか・・造れるもんなのか。

四稜郭と五稜郭の間にも「権現台場」と呼ばれた
東照宮敷地内の砲台があり、長州兵に占領された時点で
孤立することを恐れて五稜郭へ敗走。

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ここで戦にはならなかったようですね・・・

史跡・四稜郭の碑。

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虎口は一箇所のみ、小さいですが
しっかり枡形に造られていましたよ。

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人一人くらいが入れる道にはなってますが、
大砲戦や銃撃戦の時代にどれだけ効果があったのかは??

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とりあえず、土塁にも登ってみる(笑)

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土塁は比較的新しいこともあり、ほぼ完存。
洋式稜堡の特徴的な形状がよく見て取れますよね。

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大砲を設置するための坂ですね。

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大砲は結局設置したんでしょうかね・・・
大砲置いて逃げるわけもいかんだろうし。

壕もそれなりの深さはありますが、
戦国時代の陣城ならともかく、まぁ焼け石に水、
感は否めませんねぇ。数日で造ったんだから
そんなモンかもしれませんけどね。

P1240854

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四つの砲台と虎口以外は、遺構として特に
曲輪内には何もないように思えました。

P1240862

土塁を外側から一周。こうして見ると、
内側から見るよりも高さはあるように感じますよね。

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壕の位置はわかりやすいけど、雪で高低差の
程度はちょっとわかりにくいか。

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雪の高さでわかんないのかも、だけど
この辺くらいの高さだったら、ちょっと戦国時代
レベルでも土塁低くないか・・・

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あ、雪のせいでもないかも・・・

この辺の土塁はけっこう高さがあるように
思えましたけどね。西が高く東が低いように思います。

P1240882

P1240884

さて、この後は権現台場跡。長州兵に占領された際に
この地にあった東照宮は焼失し、現在では陣川町に移転、
北海道東照宮と呼ばれているそうです。

P1240892

この大鳥居は、石造りであったこともあり、
戦火にも壊れることなく当時のまま残っているそうで、
五稜郭の石垣をつくった石工の作品のようです。

ま、狛犬ちゃんはどーみても新しいよね。

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ということで、この後は五稜郭へ。
箱館奉行所も再建されてるし、以前よりじっくり
見ることができました。やっぱり見る目が少し肥えたかな。

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札幌でのほんの短き夜・・・

小樽で、妙に城っぽい石垣(でも積み方は明治か)を観て
おおっと言いながら、札幌まで。

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実は、この日の夜にはお得意の寝台作戦で
急行はまなすに乗り、函館まで行く予定なんですよね。

函館→札幌は、実に使いやすくて夜の12時過ぎに
函館を出て朝に札幌に着くのですが、
逆方向は22:00に札幌を出て、2:52函館着。
びみょーっ!超びみょうー!!

しかし、安く上げかつ時間を有効に使うには
致し方のないところ。サクッと飲んで
函館に向かいましょう。

札幌繁華街といえば、このおじさん。
こんばんわー、お邪魔しとります☆

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向かった先は・・・らーめん信玄
本店は石狩市らしいけど、なぜに北海道に
信玄公の御名が、というだけでこちらに行くことに(笑)

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みてわかるとおり、つるっつるの歩道。
やっぱり転んじゃう非雪国人・・・いたたっ。

店内にはやっぱり信玄公。お邪魔してま・・・
なんだかトランスモードに入ったすごい目つきを
されておりますが・・・どうなさいました?(笑)

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お品書きが旧国名なんですが・・
越後、信州、土佐、播磨、尾張、水戸・・・
ええええっ、甲斐は!なんで甲斐がないの!

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てか、水戸って旧国名じゃないし・・・・
まぁ、札幌ラーメンは味噌だし、
一応信玄公の領国なんで、コク味噌の信州に(笑)

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お味はかなりクリーミーさが際立つ味噌ラーメン。
引っ掛かりがなく少し甘みがあって、
優しい味ですね。普段味噌ラーメンをチョイスしない
わたしにとっても、これはイケる!というお味です。

さて、お腹を満たしたら・・モルト!
というわけで、お初になります”THE NIKKA BAR”。

P1240825

ミスドのうえでどどーんと主張しておりますな(笑)
フォントがしっかりニッカフォントなのがイイ!
「THE」と付くだけのなんだか特別な雰囲気がします・・・

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バックバーには、ニッカファンなら「あ!」
というモノがいろいろ並んでおります!

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最初は余市モヒート。ライムにもミントにも負けない
余市がどすーんと居座った一杯(笑)

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続いては、竹鶴17年ノンチル。もはやその美味さは
言わずもがなでしょう。

P1240832

が、惜しいことに札幌を22時という、
極めて中途半端な時間に出なくちゃいけないために、
なくなくこの2杯で終了。もうちょっと飲みたかった・・うぅ。

ただ、やまざきさん、エルミタアヂュさん、
ディヴァージュさんのほか、リピートしたいBARが
増えたのはいいことではありますけどね。

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琥珀色の聖地・余市で知る会津との歴史。

さて、ぼちぼち書いていきますか・・
溜まったネタの最初は、余市蒸留所のはなし。

ホントはね、コレに行きたかったわけですよ・・・
初心者~中級者向け!あなた好みの余市を発見!
 タイプ別シングルモルトとおつまみを味わう
 特別見学ツアー

が、2月のとある申し込み最初の日、
うっかりしていて、9:00からの申込開始に9:30に
電話をかけたらもう終了ですってよ・・なんちゅー早さ!

でもすでに飛行機を押さえてしまっていたので、
まぁいいや、余市に行ったれ!ということでそのまま余市へ。

3月末でしたが、余市はまだ雪がたくさん残ってました。
そろそろ暑くなってくる今見ると、なんだか涼しげですね~

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いつ見ても堂々たる正門。

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一旦蒸留所を通過して、(無駄とはわかっていても)
竹鶴翁夫妻の墓所へ向かいます。

あの辺でしょうかねぇ・・やっぱり雪で埋もれてる。

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こんだけの雪の壁、真冬にはすごい雪だったんでしょうね。
人の高さくらいはあるぜ、この壁・・

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ふと地元のひとたちの「余市」の発音を聴く。
やっぱり「よ↑い↓ち→」ではなく、「よ→い→ち↑」
が正しいだよねぇ。以前ニッカのCMに発音が違う!
と余市の地元から指摘があったとかなかったとか。

関西生まれで関東に住んでいると、「姫路」の発音に
違和感を持つのと同じ感じよねー。

少し天気はよくなったが、雪がすごいのは変わらず。
さすがに死にたくはないので、ここから遥拝で
ご勘弁くださいませ、竹鶴翁・・・

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なぜか、食べさしのリンゴが道端にぽつーん・・
どゆこった?

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あまりの寒さにカメラを持つ手も凍える始末。
ふと見つけた「余市ラーメン」が恋しくなる・・・

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だいたい柿崎商店か、蒸留所内の「樽」で
食べるのが通例ですが、ここはなかなかないでしょー!
ということでこちらでお昼を頂くことに。

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靖章園さん。なんとなく「余市」の名がある
余市チャンポンをチョイス。

どどん!でかっ!

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とろみの付いてあっさりした塩味スープが
寒い日にはありがたい…んですが、まぁ量の多いこと!
ちょっと思ってた以上の量でびっくりです(笑)
冬に頂くなら、こちらもありかなーと思いました。

さて、蒸留所に戻ります・・やっぱりこのロゴ好き。
駅から歩いて直行すると、見ることないんですがね。
明るいですが雪がかなり降ってきました。

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石を積んだ壁の装飾に、ふとすだれハツリ・・と
城ワードを口走ってしまうあたりは、
やっぱり、城好きも忘れてません(笑)

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受付で美人ガイドさんに今日のイベントの
キャンセル出てませんか、とすがってみるも
あえなく撃沈・・・むむぅ。

ただこの日は石炭直火蒸留をしていて、
それが見れただけでもよかったかな、と。
暖かいしね!ありがたい!

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あ、石炭くべるよー!

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ほいっ!マイウイスキーづくりで体験すればわかりますが、
まぁ、上手くいかんもんなんですわ。さすが。

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一応、蒸留所内は雪はかなり溶かしてあって、
歩くには支障がない感じ。

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とはいえ、つみあがった雪はかなりのもの・・・

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雪に囲まれた竹鶴翁にもご挨拶。
お邪魔しております!

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何度も来ているウイスキー博物館。
あ、ちょっと前にこの鶴のボトル手に入れたよ!

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今回すごく気になったのが、ウイスキーを世に出す前、
大日本果汁の名前よろしく、リンゴジュースを
造っていた時代の様子なんですよね。
山積みになったリンゴを背に竹鶴翁の写真。

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カタチの悪いリンゴもみんな買い取ってくれると
地元で評判だったという竹鶴翁。
そのリンゴは、1879年(明治12年)旧会津藩士が
苦労の末に初めて日本で実らせたリンゴだったのです。

そしてそのリンゴには「緋の衣」と名づけられました。
強い信頼関係で結ばれた孝明帝からの衣で
織ったあの緋色の陣羽織、そして会津戦争に敗れて
降伏の調印式の場で敷かれた緋色の絨毯。

その明暗をモチーフに名づけられたそうです。
こちらこちらに詳しいですが、昭和のはじめまでは
栽培されていたそうですから、この写真に映っている
リンゴも多くは、緋の衣だったでしょう。

昭和10年発売の大日本果汁発売のリンゴジュース。
当初から果汁100%でなかなかお高いシロモノだったとか。

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こちらは昭和12年のパッケージ。
冷やして薄めず召し上がれ!とありますが、
当時は薄めようという人もいたんでしょうかね。

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このリンゴジュースを飲んでみたい・・・と思えば、
緋の衣のジュースを飲めばいいんでしょうかね。
むむ、ぜひとも頂きたし・・

こう、ものすごく忍耐強い旧会津藩士の方々と
竹鶴翁ってすごく意気投合しそうな、そんな気がします。

実は、会津藩校の日新館一文字変えた「日進館」が
余市に建てられ、余市の学校教育の草分けとなり、
会津式の教育がなされたそうで、会津と余市は深い関係。

会津藩取り潰しのあと再興された斗南藩の時代、
教科書の不足を知った旧会津松平家は、
家中の日新館時代の教科書を集め、余市に送り届けたとか。
藩主容大公は幼少でしたから、容保公が一役買ったのかな。
余市にそんな歴史があったとは・・・

そう思うと、余市のアップルワインやリンゴジュース、
瓶を見ているだけでも感慨深くなって。

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アップルワインの広告に「祈武運長久」。
これは戦争を控えた時代背景に依るものでしょうかね。

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広島の竹鶴酒造にもあった竹鶴翁の横顔が入った
アップルブランデーのラベルデザイン。
奥にある天守はどこの城だろうか・・・むむ。

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これは、リンゴ山積みの別写真。今の正門を
入ってすぐのキルン塔の前に膨大な量のリンゴが。

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リンゴジュースの販売風景。おひとつちょうだいな♪

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アップルソースやアップルケチャップなんかも!
ソースはともかくケチャップ!トマト以外にあるんだ!
と妙に感心してしまいました(笑)

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ラベルの数々。今でもアップルブランデーや
アップルワイン以外にリンゴ製品を
余市でつくっていてほしかったなぁ・・なんて。

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なんだかウイスキー博物館なのに、リンゴの話
ばっかり目に行ってますが(汗)

こんなのも。動くニッカバー!
今でも全然やってほしいなぁ、出張ニッカバー!

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ニッカの宣伝カー。「ウ井スキー」表記は
今ではほとんど使われませんが、
商標としても、ホントは井戸の「井」を混ぜて
登録したかったそう。ウイスキーにとって水が大事ですし。

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ただ、カタカナに漢字を混ぜて登録できず、
やむなくWhiskyの発音に近い「ヰ」を使ったとか。

竹鶴翁が亡くなった後に従四位を追贈。
まぁ単純に比較はできませんが、武田信玄公も
従四位(下)大膳大夫でしたねぇ(どうでもいい情報(笑))
# 大正期に従三位を追贈されていますけどね。

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あとは、ボトルをいろいろ眺める・・・
ブラックニッカ12年ほしいなぁ。

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70周年ボトルや仙台はもってますが、
開けられませんね・・なかなか。

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あ、ザ・ブレンド セレクション。
京都の戦国魂の近くの酒屋さんで見つけて買ったっけ。

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ニッカ60周年オリジナルブレンドのスーパーニッカ。
ど、どうブレンド違うんだろう・・・

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さて、「樽」にてスコッチブロス。

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いつも食べてなかったのでいい加減頂いておきたく。
にしても、さっきのチャンポンが多すぎたので、
スコッチブロスだけで精一杯(笑)

P1240760

ラム肉の入ったやさしい味のオニオンスープ。
リタ夫人直伝の味。寒い日にはありがたい逸品。

ショップのNorthLandでは、新聞の切り抜きが!

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無料お出かけスポットして、昨年全国4位に!
今年は3位出そうです。わたしの中では勝手に1位に
翻訳されていましたが(苦笑)

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残念なことに、アイスクリームはウイスキー味でない…
わかってはいたものの、残念極まりない。

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スーパーニッカ水割り缶もここじゃなくて、
もっと首都圏・関西圏のコンビニや駅売店に置いて(懇願)

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で、有料試飲では毎度極私的鉄板である
シングルカスク20年をば。今回の樽番号は#100126。

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こちらはアサヒショップで出てた1988に近い
かなりのヘビーピート新樽。ちなみに500mlがこれで、
180mlは樽番#100127。買ったのは180mlです。

180mlのほうも60%で、ピートは強めですが、
#100126と比べると、幾分穏やかな効き具合ですね。

強いバニラ香を感じた後、ピートが立ち上がって、
樽香の豊かさと渋みと絡まって、例の鉛筆香(笑)
がしてきますね。奥に穀物系の甘さも潜んでたりも。

そして、余市1988にも通じるプラム様の
深いコクのあるフルーティさ。口に含むと、
クリーミィさと純粋な香ばしさが支配。

加水すると、一気に木造新築のお宅に伺った感が
わぁっと現れてきますね。そして心地よい
ピーティ感の抜け。この程度感がいい感じです。

いつか、新樽シリーズで飲み比べするぞ・・・

さて、たまには駐車場の側から出てみることにしましょうか。
ポットスチルは雪に埋もれてスワンネックがひょっこり。

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こちらからだと、貯蔵庫がザッと並んでる姿が
見えるんですね~ほぅほぅ。

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余市川を引き込んだ水辺はすっかり凍ってて。

P1240796

蒸留施設の裏側から見たのも初めて。
こっちから撮るのもいいなぁ(建物好き)

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P1240802

ふと足元を見ると、ガンバレ・・うん、がんばるよ・・
なんの意図なんだ(笑)

P1240806

ということで、余市を離れ小樽を経由し、
札幌で短い夜を過ごします・・・

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