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江戸城外濠ウォーク…西半周を歩く その2 四谷見附~赤坂見附

さてさて、四谷見附の石垣が見えてまいりました☆

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が・・・かなりコンクリで固められてる様子。
うわぁ・・やっちゃってますね。

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往時はピシッとした石垣だったのでしょうが、
引っ込んだり出っ張ったりしてるし、
孕みはあるし・・かなり保存状態が悪いですね・・・

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往時はこの狭い道こそ、四谷見附の通りでした。
今の四谷見附の交差点には道はなくて、
現在の新宿通りから見ると濠に一旦ぶつかり、
左折・右折して、この道から四谷見附に入ったそう。

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江戸時代にはなかった道。この道を作るのに、
土塁がぶった切れているようです。

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さて、ぶった切れてる土塁端から、
土塁上の散歩再開しますかね。

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このあたりも濠を埋め立てた部分ですね。

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松の木。こちらは江戸時代からあったようです。
元々は土塀があったのでしょうけどね。

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真田濠跡。外濠工事きっての大工事。
戦後すぐまで泳げるほどのキレイな濠だったそうですが、
戦災瓦礫のゴミ捨て場に・・・他に捨てるトコ、
なかったんか・・・残念。

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この辺の土塁の斜面も、江戸時代そのままであるようで。
キレイな土塁の残り具合ですね~

P1250309

土塁がキレイに青々していて、桜との対比が
いいですよね。城的目線じゃないけど。

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なんとか心の眼で、キレイな水を湛える
真田濠を必死で想像中(笑)

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そして唯一、桝形門がなかった喰違見附。

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こんな様子で江戸城三十六見附のなかでも
戦国の城造りを思わせる見附でした。

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紀尾井町と今は言うとおり、この喰違見附は
尾張家、紀伊家、そして井伊家の屋敷が並んでいて、
ここから突破されることはないであろうとでも
思っていたんですかね。そんな甘いことはないと思いますが…

若干、緩やかにはなってますが、S字クランクのように
見える部分がカギ型に喰い違っていました。

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しかし、喰違見附って、小幡景憲によって縄張り
されたそうで・・・武田贔屓にとっちゃ、
真田信之が掘った真田濠に、小幡景憲の縄張りの
喰違見附なんていわれたら、小躍りしたくもなるのですが…

幕府公式の軍学として、甲州流が採用されたのは
間違いないのですが、1500石の旗本ですし、
江戸城の縄張りに関われるもんですかね・・・

そしてこのあたり、喰違の変といって、
1874年に小堺一機・・ならぬ岩倉具視が襲われた
事件のあった場所でもあるそうです。

ここの土塁をごろんごろんと転がり、
真田濠に転落したことで、襲撃者の目を逃れ、
一命を取りとめたとか・・・

さて、ここから井伊家旧中屋敷跡である
ホテルニューオータニへ。

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中屋敷があったころからのイヌマキとカヤ。
江戸時代当時の樹木はあまり残っていないらしく、
貴重だそうですよ。

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何気ないような灯籠ですが・・・

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武州東叡山 文恭院殿尊前・・・とあるってことは、
寛永寺の徳川家斉の墓前の灯籠。

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明治以降、徳川家の寺院ということで寛永寺は
かなり荒廃したそうで、お金に困って灯籠などを
よく売りに出していたんだそう。

こちらの灯籠も・・・

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大猷院殿尊前、ということは徳川家光ですね。

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従五位下・井伊兵部少輔とありますので、
分家である与板藩主の寄進でしょうか。

ホテルニューオータニの池・・・ですが、
往時と形状は違うでしょうが、このあたりに中屋敷の
庭園の池があったことは確かだそうです。

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さて、ニューオータニでお蕎麦をいただいた後、
清水谷公園・・・の大久保利通の碑はサクッと通過・・

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江戸水道の石枡は興味深かったけど。
石垣の石の加工技術がこういうところにも
応用されたんだろうね。

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川の水を何kmにも渡って江戸に引いていたわけですが、
たまに鮎が混じってたりして、大当たり!とか
あったそうですね(笑)

紀州徳川家屋敷跡の碑を横目に・・・

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弁慶濠の端までやってきました。

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ここからは赤坂見附の枡形石垣が、
はっきりと確認できます☆

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この辺の石垣やけに低いよね・・・どういうこと?

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現在見えているこの枡形石垣は・・・

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古写真ではこういう感じで見えてます。
高麗門の左手の高石垣がそれですね。

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ここで門扉を受けていたんでしょうね。

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内側。少し剥がれていますが、
キレイな亀甲積石垣ですね!

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本来はここを右折するようになっていたみたい。
今じゃ、道路が横切って無理だが・・・

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なんだか積み方変則的だね・・・亀甲積の周りを
布積が取り囲んでいるような。

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ぐるっと回って紀州家屋敷の石垣も少し。
明治と江戸の石垣の境い目や門跡が興味深い。

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跨道橋から赤坂見附跡。道路がザクっと貫通…
ここは本来まっすぐは行けないのよ。

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向かいは、俗に雲州屋敷、旧松平出羽守上屋敷跡。
松平不昧公を輩出した松江藩主家ですね。
ものすごい切込接・・・びっちり。

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ここもちょうど明治との境かな?
左手は草がないしね・・・

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さて、ツアーとしてはここまでなんですが、
個人的にさらに南に下り、浜御殿跡まで歩き通して、
外濠ツアーを完成させますっ!

黒田さん、ご案内ありがとうございました。

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