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NPO法人・みんなでお城をつくる会 創立総会

さて、間が開いてしまいましたが、
NPO法人の設立総会へ。

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会場にはかなり早めに着きました。
(最初裏方のほうに入っちゃって焦った…)

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NPO法人のロゴの焼きが入ったみかさ。
なんでみかさ?という疑問はありますけど、
美味しくいただきました(笑)

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さて、開始。皆さままずは理事長さんのご挨拶。

■理事長ご挨拶

著名な宮大工の棟梁さん方もいらしているようで、
そういう方々からも期待されてるんだな!
というのがわかりますね。

やっぱり天守木造再建となれば、腕の見せ所ですもんね!

NPO法人「みんなでお城をつくる会」は、
1月に認可が下りたでき立てほやほやの会で、
理事長さんから、木造天守再建だけが目的ではない、
というメッセージには、力強さを感じました。

地域づくりも含め、伝統工法の技術者育成、
小田原城を通して、小田原の歴史を語れる子供たちを
増やしていきたいだとか、うなづくこと多し。

世界遺産にしちゃおうぜってのは、
どうだか・・と思いましたけどね(苦笑)

■小田原市長ご挨拶

その次に市長さんが出てきてびっくり。

昨年、全国史跡整備市町村協議会の全国大会が
小田原で開催され、その場で北條五代の大河ドラマ化、
そして、小田原城天守の木造再建を夢として語ったそう。

自治体とNPOのベクトルがまとまってるんだなぁ、と。
てことで、ちょっと江戸城の場合との違いを感じます。
(いい悪いは別にしてね)

小田原市は「法隆寺ゆかりの都市・文化交流協定」を
斑鳩町と結んでいるそうで、1300年以上前に
法隆寺の寺領が小田原にあった縁がきっかけ。

西岡常一・小川三夫両棟梁が再建を手がけられた
法隆寺三重塔を観て来られたそうですが、
その小川三夫棟梁、同じく西岡棟梁の下で
学ばれた直井光男棟梁、岩国の錦帯橋再建に携わった
海老崎粂次棟梁などなど錚々たる面々がお越しに。

宮大工の皆さまとしても、賛意を表明されてるみたいで、
城郭建築の再建には力強い味方ですよね。

さて、続いては元文部技官で、姫路城大天守の
「昭和の大修理」そして今の「平成の大修理」にも
携わった西村吉一氏の基調講演。

■基調講演「職人の知恵と将来世代に残すべきもの」

わたしにとっちゃ、関西の言葉が心地よい
話が上手な方。いいですね、関西人はこうでないとね。
(わたし?え・・・・そこはツッコマナイデ)

木造で天守を建てる・・大変なことだと。
そこから西村さんは始められました。

モノからヒトから、それはもう一生かかって
やっと成し遂げられるもの。これが本物の世界。

そんな天守再建をこの時代にやるということ、
大変なことだとご存知なだけに、他人事ではなく、
とてもうれしいとおっしゃいます。

姫路城大天守は、修理は修理・・とおっしゃいますが、
東の大柱一本を除いては、全部現地から
持ち出したそうですから、そういう意味では再建かも。

修理は修理の大変さがあるそうですが、
イチからつくるとなると、木造再建の話になると
どなたもおっしゃいますが、建材集め。大変です。

早急に木材を押さえることが大事、こなして
用材を作り上げる・・ここまででも、ものすごい時間を
要するんですよね。ふむふむ。

西村さんからみて、小田原城天守再建の動きは
熱っぽくてすばらしいと。それに引きかえ、
姫路市民ときたら・・この熱意を姫路市民にも
味わわせてやりたいとまで(笑)

あまりにも目の前にいいものがありすぎると、
その真価がわからない・・そういうものかもしれませんね。

そして、昭和の大修理のお話へ。西村さんが
一番メンバーで一番お若かったらしく、
特に文化財を学んだ経験があるわけでもないのに(笑)

そして、その当時は国宝であるにもかかわらず、
土木工事という程度の認識で、文化財を扱う人の中でも
あまり好んで担当されるものではなかったそうな。

現場で棟梁さんにも何も教えてもらえず、
図面ひとつ読みこなすのに、相当苦労をされたようです。
が、そのことが血肉に。教えてもらったことは
身につかなかったそうで。自分で苦労したことって
大事ですよね。身体に刻み込まれるようで。

そして、修理が終わった後も姫路市の職員として留まり、
姫路城の管理を任されることになったそうですが、
人生の大事な時期を過ごしたと述懐されます。

「姫路城をなんべんでも歩け」

歩いて仕事になるんか?当時は気づけなかったそうですが、
火災があっても、目隠ししてでも火事の現場に
飛んでいけるほど歩き回ったそうです。

そして、この時期があったからこそ
「お城と話ができるように」なったんだそうです。
現実にできるんです!お城って熱を入れ込んだら、
ちゃんと応えてくれる。いや、名言ですね!

ここまでになったら、池田輝政に見込まれたと
思うしかないかと言うてはりました。

守衛さんにもやったらどうやと言うと、
総スカンを食らったそうですけどね(笑)

そして、小田原城天守再建がもし成ったら、
職人が組み上げ工事をぜひ「遠巻きに」見られるように
してほしいとおっしゃっていました。

近づいて職人さんの気を逸らしたらダメですからね。
職人さんはあたまカラッポにして、図面を開かずとも
図面をあたまに叩き込むくらいの気合を入れて、
仕事と向き合わなくてはいけないわけですから・・・

あと石垣の違いの話を。小田原城は安山岩で
比較的硬い石ですが、姫路城はやわらかい凝灰岩中心。
だけど、強さは妙にしっかり・・・

ちなみに明石城の石垣は、あの神戸の地震で
相当濠に落ちて崩れていたそうですが、
花崗岩と凝灰岩が互い違いに積まれていて、
石と石同士の硬さの違いで、強度にほころびが
あったようだとおっしゃっていました。

その結果、曳家工法で櫓を移動させて、
石垣の修理をしないといけないことになったんですねぇ。

石が硬いからと言って、安心せずに
本当に安全かどうか、綿密な調査をしてほしい、
というのが西村さんの願いでした。

建物は常に動いていると思わないといけないと。
そして、それを支えるだけの石垣を。

屋根で憶えておいてほしい・・というのが
雨を漏らさない、屋根を軽量化しすぎないってこと。

要は、葺き土をしない空葺きはやらないほうがいい、
ということのようです。軽量化のためにコレをしないと、
雨漏りの結果、材を腐らせることにつながると。

これ、江戸城天守の場合で考えると悩ましいですね。
結果的になのかもしれないけど、銅葺にして
軽量化している一方、葺き土はしてたのかなぁ…

超弩級天守なだけに、軽量化もしないといけないから…
あ、つい江戸城の話になっちゃいました(笑)

そして、悪くってから修理しては遅い、いつも見守ること。
雨漏りなんてした日にゃ、奥まで腐ってるはずだから。
変化を見逃さないこと。そうしたマメさが大事。

あとは、山の整備のお話かな。やっぱり材としては、
50年ではまだ未熟、せめてもう20年、できれば30年。
80年くらいないと、このクラスの構造物の中心を
担う材としては、活躍できないみたい。

そして外材を使わない。外材使うと、
無用な虫を連れてきたりとかもあるしね…

いや、実際に現場で手がけてこられた方の
お話は思いなぁ。ホント、奥が深いですよね。
そして、城に対する愛情の深さ。

ここまでひとつの城に惚れこんで、
愛情を傾けるのもまたいい城の接し方だよなぁ、
と思ったいい講演でしたね。よかった。

最後に姫路に来て、素通りせずにお泊り頂きたいと。
いつでもいいです、朝昼晩を観てもらったら、
姫路城の良さがずっとわかりますから・・・と。

■活動計画報告

さて、ここからは「みんなでお城をつくる会」の活動計画。
NPO法人としては、セミナーやイベント、
見学会を開いたりする活動をマネジメントすること、
これを目的と位置づけてられるそうです。

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城郭建築を建てるには森が必要で、どう森を守り
育てていくか、専門家の皆さまをどうまとめて、
天守再建というベクトルに合わせて行くか、
賛同する人にもっと小田原城を知ってもらうか・・・
といったことも含めて、ということみたいですね。

再建するための費用ではなく、こういった活動費として
個人会員・法人会員の会費を充てます。

お、と思ったのが500人くらいで維持していこう…
というその会員規模。

これを反映してか、けっこう、いやかなり年会費は
高いのが実態です。敢えてハードルを上げてるみたい。
団体としてのフットワークの軽さ、ということも
考慮してのことのようです。

市民が市民の力でつくろうと寄付を集めるための
活動費ってわけですね。市民が市民のためにつくる天守。

メリットとして、イベントの無料参加とか
無料に天守に入れるだとかっていう特典も考えてるそう。
まぁ・・・ちょっと会員になるのは躊躇はするよね。

おもしろいなぁ!と思ったのは、
支援自動販売機。特定の自販機で飲み物を買うと、
売り上げの一部が寄付されるというもの。

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コレなら寄付すっぞ!と鼻息荒い人(笑)でなくても
ちょっとここで買っていこうかな、と思うかも

Beer for treeってことで、お酒を飲んで
小田原城天守のための森育成に寄付ってイベントも。
いいなぁ・・これ。

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ちょっと話が横に逸れるけど、ウイスキーでも
きれいな水を守るために寄付するティスティング会とか
あってもいいよね。こういう活動って寄付文化が
根付くきっかけになるかもしれませんしね!

さらに素晴らしいのが、職人学校構想。
未来の天守をつくる職人は後を継ぐ人が少なく
なっていくのを何とか防ごうというもの。

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実際に若い世代(わたしと同じか少し若い)の
職人さん方、銅門再建の際の副棟梁、芹沢さん
長田左官工業の長田さんが挨拶されていました。

まず、芹沢さん。

古くからある建物が朽ち果てていく姿を
見るのは忍びず、やはり修理する人がいなくちゃ、
ひとつひとつ異なる生き物である材木を
キチンと見極めていく人が必要・・だと
おっしゃっていました。

でも、機械で加工する「現代の」木造建築に
大工が慣れてしまったら、もはや誰も
修理できなくなります。先人の技術を継承し、
何より生き物を扱うという意味を語り合える仲間を
この職人学校で増やしていきたい、とのお話。

もはや古建築の職人は絶滅危惧種、放置すれば
最早居なくなるのは必定・・・

自分が職人でもないくせに偉そうですが、
こういう方がいてホント心強いし、一城郭建築好きとして
支えていかないといけないなと思うのです。

そして、左官の長田さん。漆喰のプロです。

左官の世界でも、なかなか伝統的な建造物の仕事を
する機会はないそうで、銅門の仕事に
携れたことを誇らしげにお話でした。

漆喰は長い歴史の中で何度も塗り直していくわけで、
つくってからが大変な天守、建てた後のことを考える、
という意味でも人と技術を継承することは大事。

そして、森を育てる話に及びます。
廃藩置県で小田原藩が廃される際に、藩有林として
小田原藩が持っていた森林を受け継いでおられる
辻村氏からお話がありました。

江戸時代には、ご先祖が商人でいらしたそうで、
小田原藩に貸し付けていたお金の返済の代わりに
森を下賜されたのが始まりだったそうです(笑)

この森を「天守の森」と名づけているそうですが、
樹齢三百年ほどの杉が数十本、そのほか檜、椹。
大きさでみると、直径50cm以上の木々が1,000本超。

そしてもしこれらの木を伐って天守を建てる際、
また木を植えて三百年後に備えよう、とのことです。

森の中には天守台という小田原が一望できる丘、
御照覧場、御小屋など小田原藩主にまつわる
地名も残っているのだそうです。

そして、「削ろう会」なる職人さんの技術が見れる会も
なかなか魅力的・・・

小田原城普請会議の方からは、小田原城の勉強会の話。
中世・近世の城郭遺構が並存して残っていて、
城の変遷を知るにはいい城なのかもしれませんね。

惣構自体もなかなか市民の方も全貌を知らず、
また見る機会もないわけで、そういうところから、
小田原城の全貌を知ることも大事だと。
城好き的には、うれしい話ですね。

■祝辞

大棟梁の皆さまはじめ、ご来賓の方々からの祝辞。
印象的だったのは、小川三夫棟梁。

機械の発達によって、芯を通した仕事を
しなくてよくなったとご指摘されていました。

スッとした材でしか仕事ができなくなってしまい、
曲がった材の芯を見極め、上手く使いこなせない…

芯を見極めれば、どんな曲がった材でも使え、
これを使いこなしてこそ、大工と熱っぽくお話に。
これが山にある曲がった木を手付かずにする理由なのかも…

錦帯橋の平成の架け替え(2001年~04年)を
手がけられた海老崎粂次棟梁からも、
木が育ってないない、人が育ってないことを
ご指摘がありましたね。

こういう取り組みがあれば、機械に頼らずつくる
ことを憶えるよい機会となるはずだと。
江戸時代が終わって百数十年、そんな程度の時間しか
経っていないのに、われわれの代でもうつくれません、
などとは言わせたくない・・・

そうですよね。悔しいですもんね。
そして、いつでも手伝いに来ると力強いお言葉。

小田原城郭研究会代表の
小笠原清氏からは、
天守木造化は念願のことで、ぜひやるべき・・だが、
学術的に精度の高い準備が必要であり、
そういった地道な作業をしっかりやるべきだと強くご発言。

会の名前も「みんなでお城をつくる」ってどういうこと?
ちゃんと「木造天守でつくる」としないと、
城=天守じゃないし、小田原にまた別の城つくるみたい、と。

・・・そう、わたしも秘かにそう思ってたんですが、
やはり専門家からみてもそうなんですね。

そして、これまで小田原城に本当に愛があるのか?
小田原城そのものを知ることに力を入れて
こなかったのでは?天守景観もホントにあれでいいの?

かなり強い調子でお話されていましたが、
逆にわたしは、小田原城を長年研究されているだけに、
強い愛情を持っておられることをひしひしと感じました。

さて、祝辞が終わると、劇団の方々による小芝居(笑)
上杉謙信が攻めてきたり、そしてそれを小田原で
迎え撃つ北条氏康・・・

見事、謙信を打ち破って小田原防戦に成功、
会発足の祝辞を述べつつ、満足げな氏康さん(笑)

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てか、あなた天守関係なくね?・・・
なんて野暮なこと言っちゃいけませんね。

最後、理事の方からの締め・・で、重要なこと。
小田原城天守って、地震の際に木造同士が擦れあって、
火がついて燃え落ちただとか、石垣も崩れた歴史も
あるわけで、そういったところも課題。

今見えている石垣の内には、さらに古い時代の
石垣があるそうですし、慎重にならんといかんですね。

そして、樽酒の披露。

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小田原城の素敵な未来に乾杯!

P1240290

同じく参加された方のブログを拝見したので
リンクを付けておきましょう。

http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-5412.html

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