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2013年3月

小田原城。

さて・・最近1ヶ月くらいの放置なぞ、
全然気にならなくなっちゃって、ヤバいなと
思い始めている今日この頃。

ちょうど約1ヶ月前になりますが、
ニュース等でも報道されていたように
小田原城天守を木造で再建しよう、という
動きがあり、NPO法人の設立総会があったので、
それに合わせて、小田原城に行ってきました。

実は、小田原にはよく立ち寄ることがあって、
駅ホームから頭ひとつ出た小田原城天守は
よく目にするのですけど、かなり老朽化してきていて
建て替えるのか、建て替えるなら木造か?
またコンクリートなのか?で盛り上がってるとかで。

そういや小田原城ってどのくらい行ってないのだろう、
と思ったら、なんと2005年。8年も前です…
いくらなんでも行かなすぎですね(汗)

ま、いろいろ知識もついたことだし、
小田原城そのものもしっかり見てくることに。

まずは・・・北条氏政・氏照墓にお参り。
へぇこんなところに・・というあたり、
後北条氏への関心の程度がバレます(汗)

P1230914

ちゃんと墓前を整備してくれる稲葉さんてばステキ。
狭山1万石の大名として、北条家は生き残るけど、
小田原にお墓参りって来れなかったのかなぁ。

P1230915

関東大震災でも被害があったんだね・・・
ということで、南無南無。

P1230916

江戸時代の小田原城の惣構はご多分に漏れず、
ほとんど破壊されているんですが、
幸田門あたりの石垣を少し見てみます。

幸田門の枡形を感じるところはほぼないですが、
その先の土塁と石垣が見れます。
郵便局は濠の上なんですな(笑)

P1230919

信玄も謙信も小田原城を囲んだことがありますが、
いずれもこの幸田門を破って進軍したそうな。

P1230920

想像図によると、江戸時代でもこのあたりは
土塁で門の脇と角の部分だけ、石垣だったってこと?
小田原って、江戸城の石切丁場にも近いし、
石には、苦労しないと思うんだけどなぁ。

てことで、土塁上を進んでいきます。

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土塁の盛られてる感は少ないですが、
土塁上はきれいにされています。

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郵便局のあの角の部分が、石垣になってるトコ。

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持ち去られたのか、破城ということなのか、
石は少し残ってる程度。

P1230927

降りて確認してみましょう・・・
けっこう規則正しい布積。というか、
これホントに往時のものかなと
ちょっと疑いのまなざしを向けたくなる石垣。

P1230932

さて、二の丸のほうへ。二の丸東濠石垣。

P1230936

関東大震災で崩壊したしまったそうで、
昭和になって積み直したそうですが、
それでも往時よりはだいぶんと低いのだそうで。

古写真を見るとよくわかりますね。

P1230933

江戸時代の古地図から。特に濠幅が広い。

P1230934

ここの濠、埋めちゃう計画もあったみたいだけど、
なんとか生き残ってくれてよかったね。

石垣、ただ積み直しにしてはよく積まれてる方かな、
という気はします。積まれなかった石は
どこに行ったのでしょうねぇ。

P1230938

今だとこんな橋が架かってますが、
これは昭和の低い石垣だから、架けられるんであって
当時はここには橋は掛かってませんでした。

P1230940

古写真に映っていた櫓。もちろんこれも再建。
しかも、コンクリ造りです・・やっぱり、
こうして櫓が建ってると、石垣低いなぁと思いますね。

P1230942

実際あった門から小田原城二の丸へ入っていきます。
遺構発掘の成果と絵図から復元された馬出門。

P1230957

ここは比較的最近(2009年)の再建で、
石垣も高く積み直されているようですね。
色の違いから推定できますね。

P1230946

こちらの門は1703年の元禄地震に伴う火事で
焼失後は、再建されなかったそう。
てことは、石垣だけの状態で放置?いいのか・・・

でも、発掘調査で門の位置が正確に分かって
再建への弾みがついたようです。

P1230951

個人的にはなかなか見ないなーと思うのですが、
馬出門の枡形は高麗門同士の枡形。
これじゃ、防御力低いだろーと思っていたんですが、
実は銅門枡形内から狙い撃ちするような仕掛け。

P1230948

赤字の矢印のように濠を挟んで馬出門枡形に
攻撃できるようになっています。
逆に二の丸内からは緑の矢印(+銅門櫓門)から
枡形内に攻撃できるようになってるっぽい。

さて、馬出門に入っていきます。
奥に銅門枡形の土塀が見えていますよ。

P1230953

左脇に目をやると、馬屋曲輪石垣。
こちらも隅だけは総石垣。

P1230955

右に目をやると、さっきの再建櫓。
屋根がT字の新発田城御三階みたいになってる!
元からこういうカタチだったのかな?

P1230958

あとは、腰巻石垣になってるから、幸田門の
土塁跡があったところもこうなってたのかもねぇ。

枡形内。正面に見えるのが銅門(あかがねもん)の土塀。
土塀の上から銅門が少し見えます。

P1230962

普通左手には櫓門がありそうなものですが、
もうひとつ高麗門があります。

P1230965

ちょっとなんかヘンな感じ(笑)

P1230971

外向きに鉄砲を構える構造。

P1230963

高麗門の脇の石は切込接でぴっちぴち。

P1230967

これ復元石垣でしょうから、石垣のお化粧も
改めて現代になってやったんでしょうかねぇ。

P1230974

さて、抜けたところが馬屋曲輪。
いかにも馬出だよねこれ、という感じです。

P1230976

高麗門を内側から。
なんとなく小さな左右の切妻屋根がかわいいやん、
と思えてくるようになりました(笑)

P1230978

馬屋曲輪櫓台。ここの櫓の資料はないのかね?

P1230979

けっこう大きな櫓だったろうな。
徳川系だろうから、二条城や駿府城の隅櫓?
みたいなデザインかなぁと想像。

P1230985

櫓台から西奥方面。やはり、こうして見ると
石垣の岩質、江戸城と似ている気がする…
安山岩系の伊豆石かなぁ。

P1230983

切石式井戸。ここに書いてある岩質を見ても、
やっぱり石垣も伊豆石だろうな、と。

P1230987

さて、ようやく銅門。逆にこちらは枡形に
向かう門が高麗門ではなく、仕切門のようになっていて
土塀が門の上にもずっと連なる感じです。

P1230992

こちらも石垣を積み増ししているようですね!

P1230994

正面だけでもけっこう威圧感ありますよね。

P1230996

古写真として残る銅門は、それはそれはヒドいもの。
会津戦役で残った鶴ヶ城天守のように朽ち果てる寸前。

P1230999

下見板の櫓門と見間違うほどの漆喰の剥がれよう、
そして土塀は朽ちてもはやなく、門の部分だけ
辛うじて残っている有様・・こりゃ、解体したくもなるか。

ふと振り返ると、馬出門の丸見え感にくすくす。

P1240007

さて、銅門を進みます。

P1240008

積み増してる(と思われる)石垣にも
矢穴跡があるなぁ。石自体は築城当時の石??

P1240011

この辺は先ほどの古写真に出ていた材が
そのまま使われていたりするのかな?
でも、1997年再建で築16年だから、
新たな材でもそろそろいい色になる頃かも。

P1240012

馬出門枡形内を狙い撃ちする東側土塀。

P1240018

狭間から見ると、まぁ丸見えっぷりがスゴイ(当然)

P1240016

そして、銅門の「銅」の由来になっている櫓門。
ザ・徳川系の門という感じがします(笑)

P1240019

これね。門に銅板が張られていることから、
銅門と呼ばれているわけです。

P1240020

ただ、そろそろ酸化して緑っぽくなりはじめ。
銅は酸化すると緑になるんです(酸化銅)。

P1240022

幕府直轄の城(江戸城、大坂城、名古屋城、二条城etc)は
銅でできた構造物が結構あります。鯱や破風板などなど。

こういうのって、最初は銅色をしていたんでしょうね。
こんな酸化していくさまを見ながら、江戸城諸櫓の
青海波文様の付いた破風板も、最初は銅色なのかなぁ…
とか、想像しながら見るのも楽しいものです。

P1240023

P1240024

戦国~江戸時代の頃には、銅の色そのままを出しつつ、
防錆する技術ってなかったでしょうからねぇ。

でも美しさという面では、銅色のままで
長く輝いていてほしい、という気持ちもあるわけですが。

P1240028

あとは太い梁ね。こういう太い梁を見ると
ゾクゾクしますね~ この削りだした質感も好き。

P1240033

銅門の内側。これ、銅門櫓門のなかに、
入れるときもあるんですかね!入りたいぞ!

P1240030

しかし、銅門でちょっと辟易したのは、
コスプレイヤーの皆様。ずっと銅門の前から
退かないのよね・・・来る前に撮ってあってよかった。

P1240031

銅門を撮ろうとしてるじいちゃんが
いつまで経ってもどかないコスプレイヤー軍団に
苦い顔をしてられるのとか見ると・・残念で。

さて、さっきの再建二の丸隅櫓をチラ見して
常盤木門、そして天守方面へ。

P1240043

こう・・・あからさまに隅石だけ切込接、
内側は打込接ってどうも見た目のバランスが・・・

P1240046

二の丸御殿跡の看板。平面図はあるみたい。
建地割とかないのかな?

P1240051

二の丸隅櫓古写真。カタチちゃいますやん…

P1240053

1923年の関東大震災まで唯一取り壊されずに
残った建造物だったそうだけど、関東大震災で
石垣の上部ごと濠にダイブしちゃったとか・・・
小田原って、地盤ゆるいのかなぁ。

てことは、天守が解体されなかったらどうなんだろ。
名古屋城天守は、濃尾地震でもビクともしなかったけど。

さてさて、常盤木門のほうに行かなくちゃ・・
時間がないよぉ。

本丸東濠跡。小高い丘の本丸東側に水濠があり、
ここがその跡になっています。

P1240058

当時はこんな感じね。

P1240056

南のほうまで濠跡が続いています。

P1240059

さて常盤木橋を渡って本丸に上がっていきます。

P1240060

常盤木門。本丸に入る門ということで、
かなり厳重ですね。駿府城などでも見られる
桝形虎口をグルッと多聞櫓で取り囲むタイプ。

右に櫓門。

P1240069

櫓門から続いて正面に多聞櫓・・・

P1240067

そして向かって左。

P1240064

上空から見ると、そのグルッとした感じが
よくわかるんですよね!


大きな地図で見る

こちら、古写真を元に1971年に再建。
ということは、天守と同じくこちらも強度が心配。

しかし、石落としとかはないのねぇ。

P1240071_2

で、櫓門の瓦を見てビックリ!何故に徳川葵が??

P1240074

わからん・・・徳川・松平の大名が治めたことは
ないんじゃないのか??

P1240078

ちなみに馬出門は、大久保家の「上り藤に大文字」

P1240163

門扉には鉄板。別に鉄門(くろがねもん)は
ありますが、厳重な防備のためでしょうか、こちらにも。

P1240083

門扉部分は木造の様子。櫓部分だけコンクリか。

P1240088

なぜか多聞櫓は、フランスガラスの美術館・・・
なんでやねん・・・

P1240091

櫓門のこの紋も謎・・・常盤木門、謎が多い!

P1240156

で、正面に天守。これが老朽化で木造にするか
どうするかと喧々諤々の議論になってるわけです。

P1240099

個人的に天守というよりは、徳川系の三重櫓を
デカくして比翼千鳥破風をつけたような感じかな?
と思ってます。でっぷり感は名古屋城天守という感。

P1240101

てか、石落とし偽もんやったんや(泣)

P1240105

でも、天守台の石垣は好みです!
伊豆石ばんざい!

P1240110

遊園地のある天守西側にも行っちゃいましょう。
(天守内は行ってる時間ないからせめてここは・・・)

P1240114

西側から見ると、鉢巻石垣のように見えますね。
東側は石垣で固めているのに、西側は土塁を
残しているというのも興味深いです。

P1240116

が、西側を見ていくにつれおかしいことが・・・
え??

P1240117

意味わかんないところに階段・・・

P1240120

てか、それ石落としでしょ。そこに合わせたら
アカンでしょうが!こら!

P1240147

え?え?待って、なんであんなに石垣が
飛び出るの?わかんない、わかんない!!

P1240122

西側だけじゃなく、北側もおかしいで?

P1240139

全然石落としになってないコレが
比較的マトモに見えてくる不思議・・・・

P1240142

もやもやしながら、御用米曲輪の発掘現場に。

P1240127

後北条氏時代の土塁と思っていた土塁が
実は江戸時代の土塁だったとか、発掘調査から
梅鉢紋の瓦が出てきただとか、崩れてしまった
鉄門の位置が特定できたとか…

じっくり解説を聴いて現地説明会に行けばよかった
と思うくらい、新たな知見が発見されたよう。

鉄門に登る道の下からは、石積みを伴う障子堀、
の可能性がある遺構も出てきたそうで、
石積みを伴う堀と障子堀が同一遺構なのかどうか、
時期の差があるのかは、今後の研究が待たれますね。

さて・・・設立総会始まっちゃう!
大急ぎで小田原市民会館に戻るぞ!!

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西荻窪にて。

西荻窪、というと以前住んでたところ。
こう狭い通路が入り組んでいて、
せまっ苦しい感じがやっぱり好き。

そして、美味しいモノもたくさんあって、
住んでる時も食には困らなかった記憶があって。

それでも、今になってなお行くお店というと、
限られてきます。その中のひとつ、
とんかつ屋「とん八」。

P1240434

西荻在住時には、まぁお世話になったこと。
とにかく親父さんの動きがテキパキすぎてですね、
その動きを見る楽しみもあったりします(笑)

ちょっと話しかけづらいというか、
頑固そうに見えるんですが・・・

お店の中はザ・昭和という佇まいに、
狭いBARくらいのスペースに親父さん手書きの
メニューがそこら中にあって。
ご飯・キャベツは一回お代わり可。

何にしましょう、に間髪入れずにチーズロースカツ。
コストパフォーマンスもよく、薄めの豚肉が
3枚ほど重ねてあり、間にチーズが挟んであって、
なかなか他にはないやわらかさと肉々しさ。

P1240435

そして、カツを半分食べたあたりで・・・
「すいませーん、キャベツください」
まるで展開が住んでた時のようで、
内心、クスッとしてました。

いつもキャベツはお代わりするんですよね。
ここのドレッシングが好きで、一時期は
親父さんにドレッシングを分けてもらってたし。

ホントにここは変わらないなぁ。変わったといえば、
あのいつも波打ってたアナログテレビが
さすがにデジタルの液晶テレビになってたくらいか。

決してキレイな店ではないけど、一度行って
好みにハマれば、間違いなくリピーターになるハズ。

からだに気をつけて長く続けてほしいなぁ。
ごちそうさまでした。もう20年近いらしいですね。

食べログにあった「おじさんに無理させちゃ
いけないと思わせる店
」にいいね!(FBやってないしw)
を押したくなるそんなお店です。

比較的食べログの(この店の)コメント
当てになると思いますよ。

そして、その隣にBAR。D's BAR
実は、西荻在住の頃はここまでウイスキーに
ハマっていなくて、BAR通いもしてなかった。
というので、知らなかった・・・

P1240432

お、なんだかよさそうな感じ。

P1240437

いいねいいねー!こういうの応援したい!
実は(BARになんてよく行くくせに)
この看板の感じのよさを見て、あ、入ろと。

P1240438

珍しくデコポンのスクリュードライバーから
始めちゃったりしたものの、
ドハマり中のクライヌリッシュ、そして
ちょっと見慣れないハイランドパークへ・・・

ま、全くメモ取ってないので、そこんとこは
まぁまぁ、ご容赦くださいな。

ちょっとね、BARに行くたびにメモを取るのが
苦しくなってきてね・・・美味しいからイイ、
でもいいじゃないの、と。

モルトと真剣勝負で構えて、ガッツリと向き合う
楽しさはまたそれはそれで代え難いのだけど。

マスター、何度かスコットランドに行かれてて
スコットランド話を。行った方にお話聞くたびに
こりゃ行かなきゃなぁ、と思うんです。

ま、日本と台湾は行きつくしたけどな!
# 台湾、一箇所しかないし(苦笑)

せっかくまた中央線使いになったんだから、
ちょくちょく西荻窪寄ろっと。
いいBARが見つかって、しあわせだ・・・

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Tokyo Spring Bottle Sampling 2013 in Bar HIGH SOCIETY TOKYO

毎年4回のお楽しみ。SMWSの新ボトルのティスティング。
春ボトルのティスティングに行ってきましたよ。

20130320220016

12種ドッと出てくるのですけど、量は決められているし
いい環境でティスティングできるな!
と常々思っているんですよね。

行く時もティスティングしようと構えますし、
飲みたいものを手酌で…だとどんどん注いでしまいますし。

ということで、この機会ティスティングの感覚を
楽しむいい機会ととらえ、できる限り参加しています。

ざっと、好きなグループ、そうでもないグループ、
そしてアイラ系(笑)とトップノートでグルーピングします。

そこで好みのグループとしてチョイスしたのが
この5銘柄でした。

・ 7.81 LONGMORN 20yo 1992
・41.55 DAILUAINE 8yo 2004
・73.54 AULTMORE 20yo 1992
・44.56 CRAIFELLACHIE 23yo 1989
・85.25 GLEN ELGIN 13yo 1999

・ 7.81 LONGMORN 20yo 1992
塩バターキャラメル、煮詰めたシロップ。
変化は少なめ、口に含むとクリーミーさが残るが
スッと消える印象。

・41.55 DAILUAINE 8yo 2004
控えめで遠くで香るマンゴー、高級ホテルの空気感と
ウェルカムフルーツ。口に含むと少し漢方のような、
シナモンのような苦みと紅茶のタンニン感。
フレッシュさと苦みのいい共存。

・73.54 AULTMORE 20yo 1992
しつこくはない生クリームやソフトクリーム。
・・から昆布のような旨みや樽の持つ渋みもあるな。

・44.56 CRAIFELLACHIE 23yo 1989
すごく乾燥した情景をイメージ。石造りの古い倉庫や
ちりめんじゃこ。口に含んでも不思議な乾燥感、
カカオパウダーやピーナッツのような印象。

・85.25 GLEN ELGIN 13yo 1999
オレンジピールのチョコがけから始まり、
少し植物感のする青みが出てくると、キウイやレモン。
ちょっとマルカワオレンジマーブルガムのような
駄菓子感もしてきたりして、いろいろおもしろい。

個人的には7.81と41.55が最後No.1の一騎打ち。
悩んで今回の1番は、41.55。基本的にシナモン感が
するものって好きなんですけど・・・

華やかさと心地よい苦みの共存がよかったですね。
これ、8年ですよ・・若いのに老成している感すらします。
1本6,000円ということなので、コレは買いですね!

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吉野梅郷、再び。

二週間ほど前、風呂場で蹴躓いて左足親指を強打し
血だらけになっていたんですが・・・
それを庇うように歩いていたら、変な姿勢だったのか、
腰に鈍痛が出てきてしまいまして。

だいぶんとよくなったんで、リハビリがてらに、
近所の梅スポットに。青梅の吉野梅郷
4年前に行ったっきりだから…随分とおひさしぶり。

15時前に着いたんですけど、それでも
駅からの道すがら、梅を見に来る人でけっこう
にぎわっていましたよ。

P1240440

とにかく「日光」と付くと何でも撮っちゃう
悪いクセ・・・(笑)

P1240449

入り口にはなにやら掲示が・・・青梅で
梅の木に感染するウイルス(人や動物には感染しない)が
昨年来発生していて、1万本もの梅の木が
伐られたそうな・・・てことで、梅の枝は持ち出し禁止。

P1240452

いい具合で咲いていました。前回はかなり終盤でしたが
ちょうど見ごろに差しかかってきてる感じ。

P1240455

桜はどちらかというと見た目の艶やかさに
注目するところですが、梅は香りもよくって好き。

ついつい鼻を近づけて、フレッシュな芳香を
感じたくなりますよね。

吉野梅郷、こうして見ると山城っぽいなー(笑)
かなり木が伐られたせいかもしれないけど
山肌が見えるところは多くて…これ土塁と壕?
(んなわけあるかいな)

P1240458

こちらは何曲輪?(だから違うっちゅーの)

P1240461

あの石垣は・・(しつこい)

P1240478

遠くから見るのもキレイはキレイけど、
桜と変わんない感じがするんだよねー・・・

P1240462

紅梅は見た目は艶やかですが、香りは控えめね。

P1240465

P1240471

香りはやはり白梅のほうが豊かな感じがします。

P1240482

今日一番の梅。かわいらしくって、いいね!

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ちょっと桜っぽい色だったりとか、
これから花が開こうとしているところがかわいい。

P1240489

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まだこれからのつぼみも。

P1240510

あずまやに木の枝が据えられていて、
写真撮りにいい感じの画が撮れるスポットに。

P1240495

やっぱり、花の写真を撮るときはこうして
バックをぼかしたりしたいわけで、そうすると
ちゃんとしたカメラで撮りたくなりますよね…
スマホやタブレットじゃ無理。

P1240497

P1240499

石垣(じゃねぇ)のある東側へ・・・

P1240514

そう言ってると、ホントに城っぽく見えてくるから
不思議ですね・・・ま、あんな川原石の石垣は
横須賀城とか永山城とかごく少数。

P1240515

梅も桜もそればっかり撮りたくなりますが、
背景に緑があるほうが引き立って、
よい画になる気がしますね~

P1240518

P1240520

こういう樹にひょろっと枝が付いてて、
花が二、三ある様子なんかもいい感じでして。

P1240525

蝋梅を逆光で。光が透けてランプが灯っている
ようにみえるのがなかなかステキ。

P1240536

こうして鳥瞰すると、高低差が結構あって、
山城つくれちゃいそうな感じね(こらこら)

P1240543

このあたり、バッサリ伐られちゃってるのは、
さきほどあったウイルス騒ぎが理由なんだろうね…
ちょっと痛々しい姿。

P1240546

鴛鴦(えんおう)という品種。
花びらが白からピンクにかけてグラデーションが
かかっているのがキレイな一品。

P1240554

P1240558

さて・・・そろそろ退散・・の前に、
前回行けなかった「そば処はら」に向かいます。

P1240443

武田菱に惹かれただけ・・・というのは
無きにしも非ずですが(笑)
美味しそうだなぁと前回記事を書いたとき
見ていたので、頂きたかったのですが、
時間も遅いこともあって、終了でした。がっくし。

…の代わりと言ってはなんですが、資料室が見えたので
少しお邪魔していきました。

P1240567

なんでも、ここのあるじさんは武井さんとおっしゃり、
長く武田家中にあった家柄なそうでして。

甲斐武田家第六代の武田信政の曾孫・盛義が竹居氏を称し、
後の代になって武井氏を称し、信玄公の時代には、
武井郷右衛門正恒という人物が家中にお仕え。
遠縁ではありますが、一門衆ということでしょうかね。

武田滅亡に伴い、青梅に逃れてきたそうで、
子孫は幕府に仕えたとあります。

あの武田菱にはそういう流れがあったんですね・・・
次回はぜひおそばを頂きたいなぁ!

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85年分のありがとう…と焼きカレー。

東急東横線が3/16に副都心線とつながって、
相互乗り入れ運転をすることにより、
東急東横線と東京メトロ日比谷線の
相互乗り入れがなくなり、現在の東急東横線渋谷駅が廃止、
副都心線渋谷駅に東急線が乗り入れることになります。

・・・ということで、東急東横線渋谷駅には、
終わり行く駅の姿と発着する電車を撮る撮り鉄さんで
いっぱい・・というのを見てきました。
(わたしもそんな感じ(笑))

P1240400

85年かぁ・・・長い歴史ですね。
にしても、カメラを構える人が多くてびっくり。

P1240401

なんか昔の写真って好きなんだよなぁ。
開業当時かな。

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こちらは戦後かな。

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まぁ、気分的なものかもしれませんが、
こうして眺めると感慨深いですね。
一時期、毎日ここを通ってたわけですしね。

P1240412

この電車をわざわざ撮る日が来るとはね・・・

P1240417

せっかくなんで、久しぶりに中目黒のアンティロミィ
寄ってみることにしました。

有田焼カレーのあのお店です。お高いのだけど。
現地でもいただきましたが。

P1240424

とりあえず、エビス。

P1240425

今日は有田どりの焼きカレー。
ここのルーはホントに美味しいなぁ…高いけど(しつこい)
ま、たまにはいいよね~ スパイスの効き具合といい、
コクの豊かさといい、好みなんです。

P1240430

ふー、美味しかった。来月からは絞らなきゃね…
(これでも昼は相当控えめにしてるんですよ…)

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江戸城を識る。

気軽に行ける大城郭。都会に住んでいれば、
その都市の基になった城が一番身近な城ですが、
東京だったら、もちろん江戸城なわけです。

城としての好みは、豊臣系の大城郭、
豊臣大坂城や岡山城、広島城、福岡城、熊本城…
といった望楼型櫓(天守)に下見板、野面から
打込接への過渡期くらいの石垣・・なんですけども。

大阪を離れちゃってるので、大坂城はなかなか
調べたりするのはシンドイし、豊臣大坂城は
安土城と同じくかなり謎に包まれ、
史料をどう解釈するか?という難しい領域に
なっちゃいがちだよなぁ…と最近思っていて。

岡山城や広島城も、大阪からも近くはないし
ましてや東京なら1年に一度行けたらいいくらい…
ということで、一昨年あたりから江戸城を識るための
セミナーやイベントなんかには、顔を出してます。

ここ最近もいろいろと江戸城を文字通り
いろんな角度から実物をいろんな角度から撮ったり、
史料を見て想像を膨らませるなど、かなり深く
ハマりきっています。楽しい。

おもしろいのが、特に徳川幕府や史料が残ってる
天守を建てた秀忠・家光、あるいは幻の正徳度天守を
企画した新井白石・・といった関わった人に
それほど興味はないのに、純粋に建築物として好き、
というのがハッキリしてきているんですよね。

特に図面。一度、川越城の櫓図面を見に行ったときにも
思いましたけど、図面ってイイ。当たり前ですが、
絵図とかと違って、実用的な設計図面なので写実的。

図面が残ってる城郭建築って、なんだか将来に
期待が持てそうで・・・再建とまでは行かなくても、
CGとかにできやすそうじゃないですか。

ということで、ここ最近1ヶ月ほどの江戸城充をば。

■パレスサイドビル

これ、知ってる人は知ってるみたいですが、
ちょうど江戸城の帯曲輪と平川門の枡形が見られる
イイ位置にあるパレスサイドビル屋上。

平日の11:30~14:00まで屋上を公開していて
平日だけ・・ではありますが、北側から江戸城を
一望できるのは、かなりレアなところです。

大手濠と平川濠を遮る細長い曲輪や北桔橋門遠景、
そして平川門枡形が俯瞰できるスポット…なんですが、
ここ撮影禁止なんですよねぇ・・・

何でだこのやろー!ということとパレスサイドビルに
許可なき撮影は禁止とあったんで、許可おくれと
パレスサイドビルに問い合わせしてみましたが、
警察からの指導で許可は出せないとのこと・・・・

警察にまで訊いてみる?と思ったけど、
いっかそこまでは・・ということで写真はなし。

皇居だから・・なのかもしれないけど、
それだったら麹町とか半蔵門側のほうが御殿に
近いわけで、こちらからは見れないしねぇ。

確かに帯曲輪と平川門枡形は貴重だけど、
そこまでお気に入りスポットじゃないしなぁ…ま、いっか。

さて・・・少し東に行くと?

KKRホテル東京

熊本城の見栄えがとってもよかった
KKRホテル熊本。ということは江戸城も?
と思って、やってまいりました。

目指すは展望レストラン「芙蓉」

お肉に…

P1230830

響12年ハイボールを飲みながら…
優雅な平日ランチ(笑)

P1230831

窓の向こうには江戸城が広がります…が、
帯曲輪や平川門は見えず、下梅林坂門跡や艮櫓跡。
ちょっと櫓跡とはわかりにくい感じ。

むしろ、天守台方面に目を向けて、
アチラに天守があったら…と想像するほうが
楽しかったですね。いい姿で観られるんだろうなぁ。

P1230833

ラウンジバーもあるんですが、江戸城に
背を向けちゃうので、立地的には残念ですね・・
ニッカ中心に置いてるのは、好感度高し(笑)

P1230841

HAPPY HOURは響がおトクかなぁ。

P1230838

■パレスホテル東京

さて、大手門前にちかいパレスホテル東京へも潜入。
大手門は見えませんが、桜田二重櫓(巽櫓)や
和田倉門枡形の石垣がよく見えますね!

P1230846

P1230845

4Fのエスカレータを上がったところから、
富士見櫓がお顔を出してました。高さ的には、
ちょうどいい感じですが、気がもう少し退いてくれれば…

P1230870

ラウンジバー「Prive」にも入ってみましたが、
眺めという意味では、×でした。

フランス料理「CROWN」なら眺めはいいかも…

ウイスキーもあったんですが、お紅茶を。
Irish Malt…アイリッシュウイスキーと
カカオのフレーバー。やっぱりウイスキーだ(笑)

P1230858

さて・・和田倉噴水公園そば。このあたり、
石垣を途中で崩して明治に積み直している感じが
はっきりわかりますよね…そして、明治の石垣ってば、
もう無粋なこと・・いやーん。

P1230877

和田倉門櫓門跡。門がほしいなぁ…門が。

P1230882

枡形内で江戸城には珍しい円い石。

P1230890

■丸ビル・新丸ビル

これは意外な発見で、江戸城を見ようと思って、
訪れたわけではないのですが…新丸ビル。

ちなみに、丸ビルからは東京駅がきれいに見れます。
新丸ビルからも見えるんですが、この時間の
太陽の位置関係からすると、丸ビルのほうがキレイ。

P1240328

さて新丸ビルに移って江戸城方面。
西の丸大手門(皇居正門)方面は、遠くに見えるのみ、
伏見櫓は見えませんね。奥には国会議事堂。

P1240339

およ、ビルとビルの隙間から富士見櫓が
見えるではないですか!

P1240342

確かに地図を見ても、新丸ビルと北洋銀行と
東京海上日動のビルの間を抜けて富士見櫓を結ぶと
一直線なんですよね。桔梗門・巽櫓もほぼ線上。

Marubirufujimi

ね、このアングルいいですよねぇ。
このときばかりはレンズ換えて、望遠レンズで
写したいと思いました(笑)

P1240343

ま、巽櫓前あたりからでも見えはするんですけどね…

P1240365

でも、どうせ撮るなら巽櫓と富士見櫓をセットで。

P1240360

「徳川将軍家の器」展

そして、日比谷公園のほうに向かいます。
「徳川将軍家の器」と題した展覧会が日比谷図書文化館で
やっていたんですが、そこに幕末に江戸城の作事を
担当した甲良家に所蔵されていた精巧な櫓と
櫓門の雛形があり、それが展示されていたんです。

何度も撮ってるくせに撮らずには、通過できない…
伏見櫓。二重櫓だけど、唐破風がある分、
ちょっと他と一緒にしないでよね、的な感じがします(笑)

P1240369

二の丸大手門。難しいでしょうけど、
櫓門と平行にあった高麗門、元に戻ったらいいなぁ。

P1240370

そして、「徳川将軍家の器」展へ。

P1240375

20130310190942

器展だっちゅーのに、櫓と櫓門の模型(雛形)ばかり
見入ってましたが…特にどこの櫓・櫓門という伝承はなく、
単純に三重櫓雛形・本丸櫓門雛形ということらしく。

1.旧江戸城三重櫓模型(雛形)
東京国立博物館蔵、Image:TNM Image Archives

C0098882

2. 旧江戸城本丸渡櫓模型(雛形)
東京国立博物館蔵、Image:TNM Image Archives

C0098883

※以上、(株)DNPアートコミュニケーションズ様より
 画像利用の許可を頂いています。無許可複製は禁止です。

コレを見ても、三重櫓は各櫓で破風の形状に
違いはあるにせよ、基本構造は共通だったんだろうな、
という気がすごくしますね。

あとは、破風の形状(切妻破風か唐破風か出窓付き
千鳥破風か・・・)の違いだけという感じで。
この辺も各櫓にどの破風をつけたか…
という意図がありそうで、好奇心をそそりますね。

櫓門もかなり共通性がありそうで、寸法とかも
結構に通っている気がしますが、実際現存する櫓門の
寸法ってどうなんでしょうね。

同じ寸法だったらすごいなぁ…規格化された
徳川系城郭建築の好例ってことになりますよねぇ。

認定NPO法人江戸城再建を目指す会通常総会

実は江戸城天守を再建する運動に少し協力を
させていただいて、そのNPO法人の通常総会にも
参加してまいりました。

P1240311

諸事情もあって、詳しくはあえてここでは書きませんが、
今年から来年にかけて、かなり大きな動きがありそう。

ここで感じたのは、城造りはやはり城好きだけの視点では
うまくいかないのだろうなぁ、ということでした。
いろんな思いを秘めて、江戸城天守を思い描いている人がいる。

やはり、ここは城郭建築を愛する人間として、
その歴史的・建築的意義をしっかり据えていくことが
とても大事なことだと思っています。

伝統的な城郭建築の匠の技術を伝えていくべく、
単に観光か見世物に成り下がらないよう、
しっかりとその議論の行く末を見守らなければ。

もちろん、この動きをアピールすることには、
これまで以上に協力したいと思っていて、
城好きさん目線で興味を持ってもらえる
天守再建運動になればいいかなぁと思っています。

これだけ史料が豊富な天守ですし、今後のあるべき
天守「再建」の道しるべにもなるでしょうしね。

びっくりしたのが、実は昭和天皇在位60周年の際にも
江戸城天守再建の話が大阪の元代議士で、
元建設大臣の中山正暉氏のもとで進められたことが
あったんですってよ・・・全然知らんかった。

在位十万円金貨発行と並んで、江戸城天守再建が
計画されていたとは・・・

そういえば、大阪城天守閣も昭和天皇即位記念で
建設されたんでしたね。木造再建かどうかを
議論されていたかはこの場ではわかりませんでしたが・・・

P1240312

この新聞記事は1999年(平成11年)のもので、
中山氏がずっとその思いを持っていたことがわかります。

そして、模型までつくって・・・なかなか
イイ出来の模型だと思います。いいねぇ。

P1240320

中山氏以降、歴代建設大臣の大臣室に飾られ、
このNPO法人に寄贈されて保管されてきて、
この日、改めて贈呈の儀と相成りました。

P1240318

運動の取り組みとしては、いろいろ注目する人もいて、
注目度が上がる予感はしますね。賛成も反対も、
まずは注目し、関心を持ってもらわないとね。

江戸東京博物館館長さまからは、天守だけじゃなく
大広間や白黒書院、そして松の廊下…含め、
本丸御殿の再建をしようじゃないか、という話も
あるんだそうです。本丸を丸ごと再現・・・
これほど、心震える話はないですよね!

名古屋城・小田原城をはじめとする
城郭建築木造復元との連動も楽しみですし、
城郭関連団体との交流も。

必ずしも天守だけが城好きさんの関心じゃないから
そちらの開拓も易しい道じゃないでしょうけど。

場所が場所だけに・・・と思う方もいらっしゃるでしょうが、
天皇陛下・宮内庁の皆さまのお話は聴いて下さるもの、
と思います。二条城の故事よろしく、天皇陛下が
天守に上った第二の事例になったら・・・
そして、西側の窓は断じて開くことはなく、
吹上御所を見下ろすが如き不敬は一切ないと。

江戸城がもっともっと話題になって、
喧々諤々あーでもない、こーでもないと
話題に上るようになったら、まずうれしいかなぁ。

ということで、これからも江戸城を
しっかりウォッチして行きたいと思います!

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生牡蠣&ソサエティモルト in バー・アップタウン

さて・・・最近、ウイスキー方面の記事が
少ないじゃないか!と某方面からツッコミを頂き…
そ、そうですよね・・・ということで、
先月行ってきたSMWSの牡蠣×ソサエティモルトの会。

会場は、銀座・Bar Uptown。

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6種類のソサエティモルトがデフォルトで
供され、あとは好きなようにウイスキーは飲み放題。

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牡蠣は五島列島産と兵庫龍野の室津港産。
五島列島産のほうがあっさりした感じ、
室津港産のほうが濃厚な感じ。

五島列島産。

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室津港産。

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いろいろおもしろかったのが、いくらピーティでも
シェリー熟成酒は牡蠣に合わないなぁ…
というのと、キルホーマンみたいなザ・ピーティと
合わせると、五島列島産のような淡白な牡蠣だと
ウイスキーに負けちゃうんですよね。

相性的には、クライヌリッシュとオルトモアあたりが◎。
個性が強すぎず、かといって流されず…という
モルトであればけっこう幅広く合うんだな、と実感。

とりあえず、牡蠣=アイラという先入観で
合わせちゃうともったいない気がします。
今後もちょっと頭に置いておいて、いろいろ合わせたい、
と思えただけでも、収穫だったと思います。

カレドニアン(G3.2, CALEDONIAN 1978, 34, 58.3%)
みたいな長熟グレーンとも結構合うんですよね。

が、このカレドニアンは美味しすぎるグレーンなんで
牡蠣とは別に頂きたくなりましたがね(笑)

メイプルとナッツとバニラの三つ巴ソフトクリームのような、
上品な甘さに始まり、後にかすかなスパイシーさというか、
古い木造建築感のような複雑さがあって断然好み☆
(えーっと、完全に趣旨逸脱)

ていうことで、ポチッちゃうか!(爆)

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気になるラーメン。

久しぶりのウイスキーでも城でもない記事。

実はラーメンって、普段からはそう好んで
食べることもなくって、旅先でラーメンを頂く、
というのがほとんどだったんですが…

ちょくちょくお気に入りのラーメンができはじめてます。
ということで最近、アツいラーメンをば。

富山ブラック「だらんま」神田本店

富山ブラックというと、とにかく醤油が濃くて
塩辛いラーメンではあるんですが、個人的に言うと…
まんパクで頂いた「いろは」はちょっとパワー不足。

かといって、富山駅で頂いた大喜は、
ちょっと塩気が勝ちすぎて…

この「だらんま」さんの富山ブラックは、
塩気の強さありーの、そして塩辛さよりも
醤油の香りの豊かさが店に入った途端に
感じられるのがステキですね。

P1230819_2

もちろん、ラーメンとしてはかなり塩気があり、
そのままでは頂きにくいので、ライス必須なんですが、
必ずライスをお代わりして、スープをかけると
醤油好きにはもうたまらないわけですよ…

やっぱり、醸造モノが好きなんですねぇ・・・
醤油最高☆(昔はラーメンといえば、塩だったくせに)

同じく「ブラック」ツナガリでは、大阪ブラックも好きで
地元大阪に帰ったらよく食べに行きますが、
あちらは単独で醤油を強く感じながら食べられる、
ラーメンですかね…食べ比べしたら面白そうだなぁ。

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●立川 らーめん愉悦処 鏡花『鮭親子らーめん』

こちらも鶏油と醤油の旨みたっぷりの極醤油を
頂くことが多い鏡花さん。

だけど、ちょっとサーモン好きには聞き捨てならない
「鮭親子らーめん」があるとのコト…

じゃん☆

P1240323

鮭に合うクリーミーで麺に絡むスープ。
全体的に鮭のムニエルやクリーム煮をラーメンに
閉じ込めたという感じ。鮭好きなら、これは
美味しいと感じると思いますよ・・・

熊も残さず食べるという鮭皮を焼いた
香ばしさもあり、丸ごと鮭を味わってる感じ。

3月中旬までの提供とのことで・・・
あと1回は食べておきたい!

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晩秋の九州攻め・・・(13)鹿児島後編~指宿・知覧城~

結局、郷中蔵でいっぱい飲んだので、
その日の夜はBARに行く気力がなくってね…
ひめ子さんに教えてもらったBARに行けず無念。
…自業自得ですけどね(汗)

ということで、翌日雨の中早朝よりバスで移動。
午前中は雨が降っていそうだったので、
急遽行き先を指宿に変更し、午後にわが父祖の地、
知覧へと移動することに・・・

バスの停留所の名前がおもしろい。
田口田(たぐちでん)…四角いっ(笑)

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指宿駅前着。9時にレンタサイクルが開くまで
足湯でほこほこ。温泉地らしくてよいね。

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ひさしぶりに自転車に乗って…砂蒸しへ。
砂蒸しは別府以来だなー。

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雨が降るとNGなこともあるようですが、
なんとか行けました。しかし、熱くて20分やそこらで
あちちち・・・と出ちゃいましたが、
オバちゃん軍団は全然平気。
1時間くらいでもいそうな勢い(汗)

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マンホールは市の花ハイビスカス。

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そして、早めに知覧に移動!蒸し風呂は
よかったんだけど、雨を覚悟で知覧にダイレクトに
行っておいてもよかった気がしないでもない。

着いて早速ごはん。前日お聴きしていたように、
薩摩ってもともとは鶏文化なんですよね!
ということで、知覧パラダイス
「といのずし」を頂きます!

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といのずし、とは鶏を丸々使ったスープで
本来は祝い事や地域の行事で供される料理で
年長の男性が大きな羽釜でつくる料理なんだそう。
ご先祖さまも食べていたんでしょうかね…

こんなちょっと現代風にアレンジした
といのずしオムライスにも興味あったけど、
まずは基本を押さえておこうということで。

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じゃん。ホントはといのずしだけ、
もりもり食べたかったんだけど、お上品な御膳しかなく。

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しかし、美味いな!鶏好きには垂涎。
もっと食べたかった…

P1210713

さて、ミュージアム知覧から知覧城に出撃…
なんですが、コレがまた遠いんだ。

知覧パラダイスには、コインロッカーがあるので
ここで荷物を置いておくのをおススメします!

えっちらおっちら3km。途中で道聞かれたり
しながら・・・わかるかっちゅーねん(笑)

県道232号線にコレが見えてきたら右折。

P1210718

舗装されてるこの道も一応侵入路というか、
空壕跡というか…ダイナミック。前回まさか、
そうだとは思わなかったなぁ。

P1210719

ここから内郭に入っていきます。前回も来たけど、
土の城を少しは理解して、歩みを進められるね。
九州の史跡はこのタイル型の案内多くない?

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等高線で表した知覧城と台地を
模式的に表した知覧城。わかりやすい。

P1210724

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後で入手したんですが、パンフにはわかりやすい
航空写真が掲載。ホント、小さな台地が
ぽこぽこ寄り添ってる感じだよね。

Chiran

アチラが東ノ栫と本丸に通じる道…というか、
空壕ですね。Let's Go!

P1210729

あれが東ノ栫。あの上が曲輪か・・た、高い…

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こちらは第二次世界大戦時の防空壕跡。
城郭遺構ではありません。

P1210732

パンフにもしっかり記載。

Chiran03

丁寧に「空堀」って書いてるのはいいけど、
雨風でどっか行っちゃうぜ?

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ちょうど、東ノ栫と今城との間の空壕でしょう。

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しかし、国指定史跡ということもあり、
かなり整備されてるなぁという印象ですね。

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今城と弓場城の分岐。まず今城へ向かいます。

P1210739

坂を上がっていくと…

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虎口が見えてきました!

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曲輪内から見ると、なかなか攻撃に適した
感じになっていてふむふむ…

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周りが鬱蒼としているにもかかわらず、
曲輪内郭はきれいにされているところがさすがだな!

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こうやって木々を刈って下さってる方が
いるんでしょうね。ありがたや。

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ただ、今城を囲む土塁はすこし崩れかかってる。
もともとシラス台地は加工がしやすい分、
耐久性は劣るのかもしれないなぁ。

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さて今度は弓場城のほうに向かいます。

P1210761

少し登ってきてもまだこの高さ。
むしろ、コレくらいの高さのほうが弓で
狙いやすいかもしれませんね。

P1210764

虎口に近づいていきます…

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ちょっとわかりにくいですが、
ちゃんと枡形をしていて、なるほどという感じ。

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しかし、ものすごい高さやな…結局、城の基本って、
容易にたどり着けない場所をどう確保し、
そこからどう攻撃するかってのが基本なんだよね。

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さらに進んで蔵ノ城のほうに向かいましょ。

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ご丁寧に「枡形」って書いてあるわ(笑)
通路はV字型になっていて、薬研堀のようになっていて
人一人が通れるかどうか位の狭さ。

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蔵ノ城虎口。往時からは削れているのでしょうけど、
なかなか防備を意識した感じは見て取れます。

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枡形を上から。なんとなく水鉄砲とかで
狙い撃ちしたくなっちゃうよね(笑)

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蔵ノ城下。あ、あのポストにある
資料を頂かなきゃ!

P1210784

あちらは本丸方面。後ほど参ります。

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てくてく…登った先に…

P1210788

虎口はっけーん☆てか、土塁低くないか…
やっぱり、削れ易いのかねぇ。

P1210789

往時はもっとあったよね。でも虎口の痕跡は
ハッキリと見て取れますね。

P1210803

隣には旧虎口跡。まっすぐだった虎口が
迂回して枡形を形成するように、作り変えられたみたい。

P1210802

こんな感じね。やはり、発掘調査すると
いろいろわかるんだよなぁ。

P1210795

曲輪を土塁が囲むものの、かなり今では低いですね。

P1210792

土塁は低いですが、高低差はかなり。
あそこに見えるのが先ほどのポスト。

P1210804

掘立柱建物跡。東西四間×南北四間の建物跡。
どんな建物があったのか・・興味津々。

P1210794

そのほか、中国製の青磁や白磁、
硯や碁石、簪に菩薩様まで出てきたそうですよ…

さて、向かいの本丸に向かいます!
ここは前回も来ました。

P1210807

本丸虎口。

P1210814

虎口すぐに「知覧城」の碑があります。

P1210815

内側から。ここの土塁ももう少し、
高かったでしょうかねぇ。

P1210821

前回は、本丸に向かう道が木々でかなり生い茂って
いたように思うので、しっかり手入れされてて
ちょっとうれしくはなりました。

本丸も低めの土塁。ただ蔵ノ城同様、
手入れがしっかりされていて、土塁は確認しやすいです。

P1210817

この凹みは建物跡でしょうか?

P1210820

建物跡っぽく見えるのは、ここだけですけど…
にしては、少し狭い気はしますね。

P1210827

そして、蔵ノ城奥の曲輪にも行こうとしたんですがね…
どうしても枡形感を感じられなかった…
櫓「台」なのもイマイチ・・修行が足らぬか。

P1210832

さて、楽しかった九州遠征もミッションコンプリート。
帰り、空き缶でつくった飾り?が風になびいて、
ものすごくぐるっぐる回っていて、おもろかった(笑)

P1210838

菊ちゃんちの新鮮たまご。ちょっと寄り道。

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たまごもりもりサンド、うまっ☆

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さて、知覧から鹿児島空港まで帰還。
ちょっと早めに着いたんで、一杯飲りますか♪
てことで、まずは薩摩ビール☆

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お、鶏飯バイキング、555円。安い!

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きびなごの塩焼きに…

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カツオのたたきっ☆

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ここまできたら、黒千代香で焼酎タイムですね☆

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これにて、長い九州のたびも終了・・・
やっぱり、九州ってホント、いいですね。
今度は五島列島とか、行ってみたいんですよね・・・
と、行きたい旅先は尽きない・・・

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晩秋の九州攻め・・・(12)鹿児島中編~仙巌園・薩摩郷中蔵・鹿児島王将~

尚古集成館のお隣にある仙巌園。
前回も行っているんで、ちょっとだけ・・・
尚古集成館とセットで行けるもんでしてね。

白い狐の前立ての義弘鎧がお出迎え。

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ちょうど菊花展をやっていたようですが、
時間がないので、全力でスルー(笑)

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あ、でも島津斉彬公はしっかり激写。
りりしいお顔ですこと。

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にしては、清盛さんがやけにかわいい系(笑)

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鉄製150ポンド砲(復元)よりも…

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反射炉の石垣みたさで寄ったようなもの…
切込接乱積。幕末にできたのでしょうから、
この頃までは少なくとも石垣の技術はあったんでしょうね。

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しかし、コトを急ぐであろう反射炉の建設に際し、
石に化粧を施してたとは思えませんから、
元はどこかの石垣だったのか、あるいはもともと、
この仙巌園の組まれていた石垣なのかも。

P1210612

こちらの絵図なんぞ見る限りだと、
もともと石垣はあったように見えますね。

P1210622

反射炉内部。こう考えると石垣の技術って、
実は応用範囲広かったんだなぁ。城郭だけじゃなく。

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今でもこの時期の石垣の技術を進化させれば、
都市開発にもちょっと趣のある雰囲気を
出せるんじゃないかしら、と思っちゃいますね。

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でも、この石垣は違う気がする・・・

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なんで温州みかんが・・・??と思ったら。

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こんな逸話があるんですね。
幕末クラスタ&蜜柑の化身から常識です!
とお叱りを頂戴しました…出直してきます(爆)

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行ったら見てはおきたい正門。
これぞ武家の屋敷門という堂々たる風格。

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やっぱり瓦は撮らずにはいられない・・・

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錫門。往時は当主とその世継ぎしか
潜ることを許されなかった門。
錫葺屋根の門としては、唯一の例だとか。

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磯御殿。この日は時間の関係で入らなかったけど、
鶴丸城の御殿もこんな感じだったのかな?

P1210644

入母屋破風に萌え萌え(笑)

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ゆったり寛げるといい御殿なのですがね。
抹茶と和菓子を頂いたりしてね…また次回。
薩摩はわがルーツゆえ、何度でも来ることになろう…

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庭園もまたじっくりね。

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鹿児島は灰で大変だ・・と聞いていましたが、
この日は桜島も大人しくしてくれていて、よかった(笑)

P1210642

猫神さま。義弘公が朝鮮出陣にあたって、
時刻を正確に知るため(猫の瞳孔で)連れて行った
猫のうち、生き残った猫が埋葬されているそう。
猫好きさんは、ぜひ行ってみてください。

P1210651

あれやっぱり、城郭の石垣だよなーとか言いながら
そそくさと仙巌園を離れます…

P1210652

そこまでして切り詰めて行きたかったところ。
本坊酒造・薩摩郷中蔵。あのマルスウイスキーを
つくっている本坊酒造さんの本拠ですわな。

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郷中とは、薩摩の武士階級子弟の教育法。
その精神を受け継いで酒造りを進める心意気から
「薩摩郷中蔵」と命名されたそうな。

ということで、甕がたくさんあって、
醪育成中。いい香りがあたりに立ち込めます。

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ぽこぽこと発酵していますね!

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一次仕込はこういうところで行われます。

P1210661

こんな感じね。

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麹室の上に鳥居の写真。
やっぱり、日本人にとって酒造りって、
どこか神聖なものなんだな、って思うわけよ。

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二次醪になるとアルコール分が14%にまでなり、
ここで蒸留していきますが、単式蒸留機であって、
解説板にポットスチルって書いてあって、にやりと(笑)

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こちらがその単式蒸留機。

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その蒸留機からこの錫蛇管を通じて取り出されます。
単式蒸留機で蒸留した蒸気を冷却器の中の
蛇管を通して徐々に冷やされ液体となっていくんです。

P1210685

地道な酒造りが功を奏したのか、
昭和天皇にも焼酎を献上したのだそうで。
名誉なことですなぁ…(昭和天皇って焼酎お召しになるんだ)

P1210677

そして、ジャパニーズウイスキー好きには
狂喜乱舞の鹿児島蒸留所のポットスチル。
かつてここでもウイスキーがつくられていたんです…

P1210683

わたしもMalt Of Kagoshimaや薩摩を持ってますが、
こんな小さなポットスチルで造られていたんですねぇ…

帰り際、こんなポスターを見て…いいなぁ…と。
とりあえず、竹鶴翁の写真が出てるってだけで
行きたくなるニッカ病何とかしてください(笑)

P1210686

こちらでのお買い物は、「川比良」を。
わが父祖の地、知覧の川比良農場で栽培された
ジェイレッドという品種の薩摩芋を使用。

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これ、β-カロテンが豊富で甘い人参のような
香りがするんですよね。人参嫌いな方はまぁアレですが、
ものすごく優しい飲み口でかぐわしい焼酎。

ウイスキーの合間に結構飲んでいて、
すでにもう残り少なくなってきているんですが(汗)

さてほろ酔い加減でとことこ谷山駅まで歩き、
戻ってきました。途中、美味しそうな
スープカレー屋さんがあって気になりまくり…
すーぷかれー専門店・薩摩剛家、おぼえとこ!

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そこまでして食べたかったのは、
まさかの王将。いやいや、これ鹿児島王将

京都・大阪問わず王将の餃子は、
かなり食べてきましたが、鹿児島?鹿児島王将!?
前回非常に気になって、数年。

はーるばる来たぜ、王将~♪(爆)

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ふつーに野菜炒めと餃子二人前(笑)
京都王将、大阪王将とも味は違うようで、
まぁ街の中華料理屋の餃子って感じで
無難に美味しいレベルでした。

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数を数えるのは、中国語だけどイーガーコーテル
みたいな王将用語もなかったね。

ちょっといいな!と思ったのは、席に座るなり
何人前?と餃子の注文を訊かれること。
もう餃子は注文することになってる(笑)

とにかく餃子だけは早く来るというとこは、
なかなか(餃子好きで注文しないわけがない)わたしに
とってはありがたいシステムでした。

さて、翌日はいよいよ九州滞在最終日。
指宿で蒸されてから、知覧城を改めて楽しんできました。

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晩秋の九州攻め・・・(11)鹿児島前編~BAR 魔の巣・鶴丸城・尚古集成館・磯工芸館~

さて、新幹線で鹿児島中央到着。
いつ振りでしょうねぇ…と拙blogを調べると、
2007年ですよ。そんなに前なのか…

とりあえず、ひめ子さん(@malt_himeko)と
BAR 魔の巣さん(@manosu_kagosima)で
待ち合わせなので、お腹を満たしてから…
と手っ取り早く黒豚。

Img_20121124_192400

そして、BAR 魔の巣さん。

P1210484

最近どこに行っても注文している
クライヌリッシュを引っ掛けながら、薩摩話。
薩摩人は鶏飼ってる人多いのかーとか、
薩摩から見ても大隅って、遠いんだーとかとか。

P1210486

ひめ子さんとはblog時代からちょくちょくお世話に
なっていたんだけど、今回お会いできてよかった。

今、こう書いてて思ったんですけどね。
旅先でBARって、近所でBARに行くのとは違った
格別の空間だと思うんですよね。

というのも、BARって今も昔も情報の集まるところだから
旅人にとっては格好の情報の仕入れ場なのかな、と。

もちろん、ネットで検索はするけれども、
それにプラスアルファできる情報に
ひょっこり出会えたりね・・・

ということで、ひめ子さん、魔の巣さん
楽しいひと時をありがとうございました!

ということで、翌朝鹿児島城(鶴丸城)。
石垣について、いろいろ知ってから見ると、
またいろいろ面白いモンでして…

東隅。この欠けは鬼門避けかな?
麓の居館部が東西南北にちょうど角が来るような
位置関係なので、微妙な気もしなくはないけど。

P1210488


大きな地図で見る

ここから西に向かって御楼門方面へ。
1601年からの築城ではあるんですが、
石垣がものすごくピッチピチの切込接でビックリ!

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このあたりは布積で徳川諸城のような雰囲気も。
この加工度はどこでどうして得られたものなのか??

少し進むと、乱積に変化してはいくものの、
やはり加工度的には切込接で、かなり最先端石垣。

P1210492

あと、ところどころ大きな石がはまっている、
というのもちょっとした特徴かもしれないですね。

この鶴丸城、島津義弘は大層築城に反対したそうで、
やはり海に近く防備面を懸念した様子。
幕末に仇となって大砲をぶち込まれるようですが、
まぁ、時代の変わり目ということもあって、
数々の戦いを潜り抜けてきた義弘らしい気はします。

てか、この薩摩流の思想という
「城を以って守りと成さず、人を以って守りと成す」・・・
これって、信玄公の発想そのままやんか!

P1210495

ま、人は堀、人は石垣…はたぶん信玄さん
の話したことではないと思うんだけども、
発想的にはそうですよねぇ。

敢えて共通点を探そうとするなら・・・
島津忠良・貴久親子が島津宗家を牛耳った後、
ひたすら外部に侵攻を続ける強勢振りを見せていて、
武田信虎が甲斐を統一して、晴信が家督を継承した後、
同じように外へ外へと攻め続け、大規模な防備を
必要としなかったという点と似ているのかもしれないね。

強勢を誇ったがゆえの質素な城館、そして
同じく強勢だったけど、自らのプレゼンネタとして
城を活用した信長・・との差を感じなくもないですね。
どっちがいいとかじゃなくてね。

というか、この時代にあっては徳川幕府への恭順、
という意図もあったそうですけどね。

麓に聳えていた御楼門。東京・上野にある
旧因州池田家上屋敷表門のような、
門の脇に番所が連なってあるのがちょっと特徴的。

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御楼門跡。一般的な桝形虎口と違い、
奥に櫓門があるのではなく正面に櫓門があるんだ。

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こちらの木橋はいつのものだろう…

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といいつつ、御楼門跡を通過して西のほうの石垣を。
西のほうは特にピッチリと切込接布積。キレイすぎる…

P1210504

角もすごくきれいに積み上げています。
隣の石積みは後世のものでしょう。

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さて、引き返して御楼門枡形へ。

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あちこちに見られる弾痕は西南戦争の弾痕。
ということは、このときに御楼門も…

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と思いがちですが、実は御楼門が焼失したのは
1873年であって、ちょうど明治六年の政変で
西郷隆盛が政府官職を辞した頃です。

西南戦争は1877年ですから、弾痕を浴びたときには
すでに御楼門は焼失後ということになりますね。

弾痕はかなり痛々しいですね・・

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が、石垣自体は亀甲積のような加工をされていて、
けっこう技巧的な印象を受けます。

P1210510

この石の割れは、御楼門炎上の際の痕でしょうか。

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御楼門跡の枡形内奥には、別角度の御楼門古写真。
海鼠壁のようにも見える二層目の下見板が素敵。

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実は、御楼門脇の土塀や御兵具所、御隅櫓、
どれもホントに海鼠壁があしらわれているんですよね。
いいなぁ、オシャレ。

この先もさらにクランクしていて、
形状的には二重枡形が形成できそうではあります。

P1210516

が、模型を見る限り御楼門と曲輪内に入る前に
小さな唐門があるだけで、クランク内には門はなさげ。
(写真は黎明館入館チケットより)

Tsurumaru

しかし、どこ見回してみても切込接ばかり…
ある意味、すごいなぁ…

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P1210523

まぁ、これだけピッチリピチピチだと
排水溝は要りますわね。

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あ、このあたりは石垣化粧もすごいわなぁ。
かなり細やかで繊細、ちょっと島津のイメージと違う(笑)

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ここの石垣の高さや位置関係から見ても、
そもそもクランク内に門を作ろうとする意図はなさげ。

P1210529

さて、城内に入ったらすぐにまた出て、
東側の石垣を見学。あ、篤姫さま、お邪魔してます。

P1210530

東側の門跡から出てまた石垣。橋も石橋。

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門付近こそ乱積だけども、底から先の布積感!
抹茶の生チョコでも並べたか!というくらいの
(何の喩えや)同じ大きさに加工された石。

P1210532

整然と並ぶ石の色が違うのは、後で
取り替えられたからなんでしょうかねぇ。

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さらに進むと、でっかい石が入り込んでた。
それでも、それ以外のところの整然さをなるべく
保とうとしている積み方がすごく細やかで。

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鬼門避けの東隅はちょっと切込接チック。

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黎明館は模型だけ見て、あとはサクッと。
「篤姫」で使われた駕籠とか展示されてたよ。

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続いて、鶴嶺神社と尚古集成館へ。
マンホールまで丸に十字というところは、
至るところに武田菱がある甲府を思い出させる(笑)

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手水場にも丸に十字。

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拝殿。

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本殿。

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実は、鶴嶺神社にも七十七万石の大名に
ふさわしい島津家の家宝が多数あったそうですが、
西南戦争の際、官軍の強奪被害に遭ったそうで、
多数の貴重な文化財を失った原因に(Wikipedia

官軍ども、許しがたし・・・くそったれめ。

瓦には丸に十字があちらこちらに。

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尚古集成館は別館は一時休館していましたが、
本館はしっかり楽しめました。

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面白かったのは、文禄慶長あたりの島津家の話。
島津家に中国人家臣がおり、その中の許三官、
郭国安という者が明の福建軍門と手を組み、
明軍を薩摩に上陸させて豊臣政権転覆計画もあったとかで…

朝鮮出兵で義弘があれだけ暴れておきながら、
今度は明軍と組んで豊臣に対抗しようとするとは…

明が崩壊する時も、島津は鄭成功の援軍要請に
着々と準備し清と一戦を交えんとしていたわけで、
北の伊達に南の島津、やはり血の気が荒いですなぁ(笑)

そして、佛狼機砲。撮影禁止なので
撮れないのが残念だけど、大友宗麟と干戈を交えて
得たのでしょうけどね。

ここにあるだけでも結構な代物ばかりで、
鶴嶺神社にも文化財が残っていたら
どれほどのお宝だったでしょうねぇ…

あと、島津家菩提寺福昌寺の瓦を見て、
今からでも薩摩にお寺を復興してほしいなぁ、と。

さらに・・・ここも行きたかった磯工芸館。
ガラスモノが好きなわたしとしては、
薩摩切子の製造現場って見たかったんですよ・・・

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こちらのガラス工房は自由に見学できます。

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見てるだけなんだけど、いいなぁ…
こういう炎の色って、なんだか惹かれる。

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そして、荒ずり工程。ダイヤモンドホイールに当て
ガラスの表面を削りこんでいきます。

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こうして油性ペンで書いたところを
削っていくのだそうです。

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スゴイ細かい作業なんだろうなぁ…
お仕事終わったら、ぐったりだろうねぇ。

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えっと、薩摩切子はサクッとパス。
造ってるところを観るのは面白いけど、
高すぎなんですもん・・・庶民にはムリムリ。

出てすぐのこの洋風の建物はなんだろう。
島津印が付いてて、登録有形文化財みたいですが、
立入禁止で詳細はわからずじまい。

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さて、この後はホントにサクッと仙巌園。
少し長くなったので、一旦切りましょうかね。

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晩秋の九州攻め・・・(10)熊本城後編

さて、本丸御殿を見る前に本丸御膳。
ぜひコレを頂きたかったのですよ…

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江戸時代のレシピ集を少し現代的にアレンジして
お膳にしたもので、当時の食生活の一端を
垣間見れる実に興味深いお膳。

熊本郷土料理のお店・青柳さんがご提供。
本店ではさらに郷土料理を添えた「本丸花畑御膳」が
あるのだそうですよ。

あ、辛子蓮根だけはわかる(笑)
細川忠利の滋養強壮のためにできたとか。

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今回のレシピはこちら。

御膾  鯛の香物あえ 松皮烏賊
    煎酒
    とふこ味噌
御汁  くしいと そそろ麩
御飯  秋の山 しめじ 舞茸 人参 南関
御平椀 伊勢豆腐 鶏味噌 栗
御猪口 菊味 松茸 水前寺菜
御肴  一文字ぐるぐる 豆腐から鮓 辛子蓮根
    牛蒡田楽 五三焼石決明
    ぎんあんてんふら 豆腐味噌漬
御菓子 月羹 干しこる豆
御香物 味噌漬けいろいろ

興味深いのは「煎酒」。醤油はまだ一般的ではなく、
室町時代から続く調味料で、熊本古来の赤酒を使って、
削り鰹・梅干などとともに煮詰めて漉したもの。

現代人的には少し塩気が薄めですけど、
非常にマイルドで健康的な感じがしましたね。
醤油好きだけどたまにこういうお味で頂くのもいいかも。

そして御飯…秋の山というのは、淡雪という卵白を
泡立てた料理なんだそうですが、ここでは
御飯を淡雪に見立て…と若干(いやかなり)苦しいですが、
舞茸ちょー大好きなわたしにとって、この炊き込みご飯は
めちゃめちゃ美味しくて!うひょー!

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そして、お食事する空間が本丸御殿ですからね!
城好きにとっては、こんないい雰囲気はございません!

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あのお台所の上、吹き抜け構造の周りが
本丸御膳の食事処になってるんだな!

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階段の上り口では、釘隠しは目線の高さで
撮れてウシャシャシャ!金物ひとつとっても芸術品。

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この熊本城切り絵もすばらしい!

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本丸御殿では、復元杉戸や障壁画を鑑賞。
これもすごいよね…けっこう二条城とかのだと、
色褪せてるものが多いから、この先何十年かごとに
補修していかなくちゃいけないのでしょうな。

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障壁画は藍銅鉱(アズライト)の鮮やかな青が
なんといっても眼福ですな。

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そして、昭君の間。ここに座って悦に浸る
イベントまだぁー(笑)

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そのときにはもちろん、帳台構から入るんだぜ!

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あ、帳台構の下のほうの紋も桔梗紋だなぁ。
名古屋城や二条城の帳台構は、下は葵紋じゃないんだが。

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折上げ格天井。二条城の格天井はデザインが
変えられているから、往時のデザインを再現してるのは
いいよね。全体的なまとまり感がある。

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さて、本丸御殿はこれくらいにして、
天守のほうへ。まぁ熊本城の大模型と雛形は
観ておきたいですものねぇ。

往時の小天守への入り口。ここ通してほしいなぁ…

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先ほどの南大手門で書いてあった、小天守穴蔵に井戸…
というのがこの井戸なんですな。

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天守の一番の見所はやっぱり模型でしょうね。
数千万規模の費用が掛かってるそうで、
それに見合った非常に精巧なつくりですよね。

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頬当御門~数奇屋丸五階櫓~飯田丸五階櫓。
この辺りは復元対象に入っているそうなので、
将来直に見ることができるようになるかもしれませんね。

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しかし、数奇屋丸五階櫓の西、飯田丸の西門は
ぐるっと多聞櫓で囲んで厳重ですね…

天守雛形。1960年にコンクリ天守がつくられたときに
できたものらしいけど、どのようにこの雛形を
造ったのかには興味があります・・・

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そして、お約束の大天守からの宇土櫓。
熊本城に来たら、必ず撮るショットです(笑)

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滴水瓦。端の瓦がざっくり切れているのはアレだが、
出土した慶長四年銘の瓦のレプリカなのはいいね。

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で、小天守に移動。小天守って入れたのね…
何度も来ていたのに、毎回スルーしてました(汗)

先ほどの天守雛形にも見えていましたが、
福知山城でなかなかいいなぁ、と思い始めた
入母屋破風の重なりが、熊本城大天守にも!

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そして、あむさん(@mapple88)おススメの
小天守からの宇土櫓!こちらもいいなぁ。

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改めて当時の小天守入り口。往時はここから
小天守を経由して大天守に入ったわけで、
見通しがバツグンで出入り口の防備も万全かな?

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さて、続いては飯田丸五階櫓。
これも個性的な風貌で大好きな櫓。

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これも多聞櫓がL字型につながってる隅に
望楼がちょこんと載ったように見えますよね。
こういう形式がやっぱり熊本城らしいのかもしれません。

飯田丸五階櫓の脇からは馬具櫓の建設現場が
ちょっと見えていましたよ!

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さて、内部にも。ちょっと時間押してるので、
サクッと見学。何度来てもいいですね。

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これから熊本城は櫓をたくさん復元する計画。
さすがに重文の宇土櫓で…とはいかないでしょうから、
再建櫓でお泊りさせてほしいんですけど!

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期間限定とかでもいいから、やってほしい…
こう月で持ち回りで、先月は戌亥櫓で○組様、
今月は飯田丸五階櫓で△組様、来月は
数奇屋丸五階櫓で□組様のお泊り可能!みたいな。

飯田丸五階櫓も三階までしか見学できないのよね。
これ具体的に法的制限なのか、あるいはある一定の条件が
あれば公開はできるのかどうか知りたいよね。

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何とか見られるチャンスがあればなぁ。
今後再建予定の数奇屋丸五階櫓や御裏五階櫓もね。

そして、前回見逃していたフクロウさんを激写。

P1210454

さて、飯田丸を下り夜に来た竹の丸方面へ。
あ、ある意味これも二様の石垣だな!
旧石垣に覆いかぶさるように、石垣が積まれています。

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石垣と平櫓群のコラボ。
これだけでも十分絵になりますね~

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先ほどの二様の石垣もそうですが、
どうも石垣と石垣のつなぎ目、増築してるトコに
目がいってしまうようです(汗)

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五間櫓と北十八間櫓のところから再度、
東竹の丸に上がって、不開門から城外に出ましょう。

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鬼門の方角にある不開門。重文指定の江戸時代から
ある櫓門としてはコレのみが現存。

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熊本城って櫓はたくさんある印象ですが、
櫓門がほとんど現存例がないんですよね。

外側から。内側に見える屋根は入母屋造りだけど、
外側から見えるほうは切妻造り。

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…ということは、この手前の石垣に土塀が
往時は載っていたんだろうなぁと推察できます。

最後に平櫓。熊本城の中では地味なほうですが、
写真撮りとしては、いいロケーションにありますね!

P1210469

さて、この後はKKRホテル熊本からの眺め。
中世の千葉城跡付近にあり、小天守が手前になって
キレイに拝めますよ!絶景ナリ☆

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ツインなら天守が見える部屋の予約も可能、
とのことです。ちょっと高めですがいいですね。

さらに、熊本市役所14Fへ突撃!
お休みの日でもここには入ることができ、
熊本城を南側から一望することができます。

P1210473

大天守×本丸御殿×平櫓群!
こりゃ、いい眺めだわ♪

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平櫓群から不開門のほうまで
見えていますね。すごいや…

P1210481

少し視線を西にやると、奥に未申櫓、
手前に飯田丸五階櫓。

P1210476

さて・・・次は古城!というときに、
バッテリが終了~ということで、ここからは
ARROWS Tabにがんばってもらわなきゃ!
画質がショボイのは腹立たしいですが・・・

算木積にはなっているものの、古い感じです。
佐敷城のような印象がしないでもない。

Img_20121124_151816

ここの角なんて、石垣が反ってるんじゃなく、
起くり(というのか?)のカーブのようにさえ感じる。

Img_20121124_151855

なかなか熊本城じゃ他にはない、
野面感がなかなか素敵であります☆

Img_20121124_152137

やっぱり、古くてもやっぱり角は
丸く加工をされている気がします。
江戸に入ってからの加工かも、ですが。

Img_20121124_152233

熊本城で有名ないわゆる扇の勾配ではなく、
かなり直線的な勾配。

Img_20121124_152314

古城町の敷地の多くが県立第一高校の敷地で、
高校の正門に枡形石垣が残存。
恐る恐るタブレットを向けてぱしゃり(笑)

Img_20121124_152508

櫓台はかなりの野面感、でも枡形奥の石垣は
けっこう加工度があるような気がして、
時代が違うのかもしれませんね。

続いて、旧細川刑部邸北面の石垣から
森本義太夫預かり櫓跡へ。

Img_20121124_155217

このあたりは三の丸に位置するんですが、
本丸からけっこう離れたこのような位置にさえも、
三階櫓があるのは、スゴイなぁ…

森本義太夫預かり櫓からの眺め。

Img_20121124_155625

が、1770年と比較的早くに焼失してしまい、
史料が少なく外観もよくわからないそうで、
復元は難しそうですね・・・

このあたりにもわずかながら石垣が残存。
これだけ大きな城でも、三の丸ともなると、
石垣はほとんどないもんですが、すごいもんですね。

Img_20121124_155833

新三丁目御門跡。さすがにこちらは後はなし…

Img_20121124_161909

古写真もあるようですが、ちょっと不鮮明。

Img_20121124_163025

高麗門跡。いわゆる門の形状の高麗門形式ではなく
城下町ではありますが、櫓門に枡形を備えて
城下町をも護る門になっていたようです。

Img_20121124_163149

その他、細川家廟所にも。元は妙解寺といい、
明治に廃寺となってからは、細川家の北岡別邸に。
(撮:アマデウスさん)

167729525_org

建物は残っていたようですが、熊本空襲で惜しくも焼失。
が、細川忠利廟等は残っています。伊達さんトコみたいに
ドハデな廟はお好みではないようですね(笑)

Img_20121124_164940

そして、最後に花岡山。花岡山は加藤清正が熊本城を
築くときに、石を切り出した山の一つとされ、
また西南戦争で薩軍が砲台を据えた山でもあります。

なぜか山頂には仏舎利塔(ストゥーパ・卒塔婆)。
インドのネルー首相から贈られたものだそう。

Img_20121124_170804

石切の陣頭に立った清正が腰掛けたという石…
というか岩。清正のつもりでなんとか岩に
上がって座るヒゲツナガリの旅人とそれを撮るkuroさん。
(撮:アマデウスさん)

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そして、薩軍砲台跡。まったく熊本城内には
届かなかったようですが(汗)
だったら天守に火をかけなくてよかったよね!!

Img_20121124_172300

いやいや、実に来い熊本滞在でした。
ここで、kuroさんとアマデウスさんとはお別れ。
いろいろ借りをつくっちゃったなぁ。
今度はわたしがお返ししなきゃ…何かできるか?
ご両名とも、本当にありがとうございました。

ということで、新幹線で鹿児島中央に向かい、
わが遠祖(でもないか)の地・薩摩国へ。

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