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晩秋の九州攻め・・・(10)熊本城後編

さて、本丸御殿を見る前に本丸御膳。
ぜひコレを頂きたかったのですよ…

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江戸時代のレシピ集を少し現代的にアレンジして
お膳にしたもので、当時の食生活の一端を
垣間見れる実に興味深いお膳。

熊本郷土料理のお店・青柳さんがご提供。
本店ではさらに郷土料理を添えた「本丸花畑御膳」が
あるのだそうですよ。

あ、辛子蓮根だけはわかる(笑)
細川忠利の滋養強壮のためにできたとか。

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今回のレシピはこちら。

御膾  鯛の香物あえ 松皮烏賊
    煎酒
    とふこ味噌
御汁  くしいと そそろ麩
御飯  秋の山 しめじ 舞茸 人参 南関
御平椀 伊勢豆腐 鶏味噌 栗
御猪口 菊味 松茸 水前寺菜
御肴  一文字ぐるぐる 豆腐から鮓 辛子蓮根
    牛蒡田楽 五三焼石決明
    ぎんあんてんふら 豆腐味噌漬
御菓子 月羹 干しこる豆
御香物 味噌漬けいろいろ

興味深いのは「煎酒」。醤油はまだ一般的ではなく、
室町時代から続く調味料で、熊本古来の赤酒を使って、
削り鰹・梅干などとともに煮詰めて漉したもの。

現代人的には少し塩気が薄めですけど、
非常にマイルドで健康的な感じがしましたね。
醤油好きだけどたまにこういうお味で頂くのもいいかも。

そして御飯…秋の山というのは、淡雪という卵白を
泡立てた料理なんだそうですが、ここでは
御飯を淡雪に見立て…と若干(いやかなり)苦しいですが、
舞茸ちょー大好きなわたしにとって、この炊き込みご飯は
めちゃめちゃ美味しくて!うひょー!

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そして、お食事する空間が本丸御殿ですからね!
城好きにとっては、こんないい雰囲気はございません!

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あのお台所の上、吹き抜け構造の周りが
本丸御膳の食事処になってるんだな!

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階段の上り口では、釘隠しは目線の高さで
撮れてウシャシャシャ!金物ひとつとっても芸術品。

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この熊本城切り絵もすばらしい!

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本丸御殿では、復元杉戸や障壁画を鑑賞。
これもすごいよね…けっこう二条城とかのだと、
色褪せてるものが多いから、この先何十年かごとに
補修していかなくちゃいけないのでしょうな。

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障壁画は藍銅鉱(アズライト)の鮮やかな青が
なんといっても眼福ですな。

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そして、昭君の間。ここに座って悦に浸る
イベントまだぁー(笑)

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そのときにはもちろん、帳台構から入るんだぜ!

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あ、帳台構の下のほうの紋も桔梗紋だなぁ。
名古屋城や二条城の帳台構は、下は葵紋じゃないんだが。

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折上げ格天井。二条城の格天井はデザインが
変えられているから、往時のデザインを再現してるのは
いいよね。全体的なまとまり感がある。

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さて、本丸御殿はこれくらいにして、
天守のほうへ。まぁ熊本城の大模型と雛形は
観ておきたいですものねぇ。

往時の小天守への入り口。ここ通してほしいなぁ…

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先ほどの南大手門で書いてあった、小天守穴蔵に井戸…
というのがこの井戸なんですな。

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天守の一番の見所はやっぱり模型でしょうね。
数千万規模の費用が掛かってるそうで、
それに見合った非常に精巧なつくりですよね。

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頬当御門~数奇屋丸五階櫓~飯田丸五階櫓。
この辺りは復元対象に入っているそうなので、
将来直に見ることができるようになるかもしれませんね。

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しかし、数奇屋丸五階櫓の西、飯田丸の西門は
ぐるっと多聞櫓で囲んで厳重ですね…

天守雛形。1960年にコンクリ天守がつくられたときに
できたものらしいけど、どのようにこの雛形を
造ったのかには興味があります・・・

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そして、お約束の大天守からの宇土櫓。
熊本城に来たら、必ず撮るショットです(笑)

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滴水瓦。端の瓦がざっくり切れているのはアレだが、
出土した慶長四年銘の瓦のレプリカなのはいいね。

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で、小天守に移動。小天守って入れたのね…
何度も来ていたのに、毎回スルーしてました(汗)

先ほどの天守雛形にも見えていましたが、
福知山城でなかなかいいなぁ、と思い始めた
入母屋破風の重なりが、熊本城大天守にも!

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そして、あむさん(@mapple88)おススメの
小天守からの宇土櫓!こちらもいいなぁ。

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改めて当時の小天守入り口。往時はここから
小天守を経由して大天守に入ったわけで、
見通しがバツグンで出入り口の防備も万全かな?

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さて、続いては飯田丸五階櫓。
これも個性的な風貌で大好きな櫓。

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これも多聞櫓がL字型につながってる隅に
望楼がちょこんと載ったように見えますよね。
こういう形式がやっぱり熊本城らしいのかもしれません。

飯田丸五階櫓の脇からは馬具櫓の建設現場が
ちょっと見えていましたよ!

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さて、内部にも。ちょっと時間押してるので、
サクッと見学。何度来てもいいですね。

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これから熊本城は櫓をたくさん復元する計画。
さすがに重文の宇土櫓で…とはいかないでしょうから、
再建櫓でお泊りさせてほしいんですけど!

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期間限定とかでもいいから、やってほしい…
こう月で持ち回りで、先月は戌亥櫓で○組様、
今月は飯田丸五階櫓で△組様、来月は
数奇屋丸五階櫓で□組様のお泊り可能!みたいな。

飯田丸五階櫓も三階までしか見学できないのよね。
これ具体的に法的制限なのか、あるいはある一定の条件が
あれば公開はできるのかどうか知りたいよね。

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何とか見られるチャンスがあればなぁ。
今後再建予定の数奇屋丸五階櫓や御裏五階櫓もね。

そして、前回見逃していたフクロウさんを激写。

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さて、飯田丸を下り夜に来た竹の丸方面へ。
あ、ある意味これも二様の石垣だな!
旧石垣に覆いかぶさるように、石垣が積まれています。

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石垣と平櫓群のコラボ。
これだけでも十分絵になりますね~

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先ほどの二様の石垣もそうですが、
どうも石垣と石垣のつなぎ目、増築してるトコに
目がいってしまうようです(汗)

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五間櫓と北十八間櫓のところから再度、
東竹の丸に上がって、不開門から城外に出ましょう。

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鬼門の方角にある不開門。重文指定の江戸時代から
ある櫓門としてはコレのみが現存。

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熊本城って櫓はたくさんある印象ですが、
櫓門がほとんど現存例がないんですよね。

外側から。内側に見える屋根は入母屋造りだけど、
外側から見えるほうは切妻造り。

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…ということは、この手前の石垣に土塀が
往時は載っていたんだろうなぁと推察できます。

最後に平櫓。熊本城の中では地味なほうですが、
写真撮りとしては、いいロケーションにありますね!

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さて、この後はKKRホテル熊本からの眺め。
中世の千葉城跡付近にあり、小天守が手前になって
キレイに拝めますよ!絶景ナリ☆

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ツインなら天守が見える部屋の予約も可能、
とのことです。ちょっと高めですがいいですね。

さらに、熊本市役所14Fへ突撃!
お休みの日でもここには入ることができ、
熊本城を南側から一望することができます。

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大天守×本丸御殿×平櫓群!
こりゃ、いい眺めだわ♪

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平櫓群から不開門のほうまで
見えていますね。すごいや…

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少し視線を西にやると、奥に未申櫓、
手前に飯田丸五階櫓。

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さて・・・次は古城!というときに、
バッテリが終了~ということで、ここからは
ARROWS Tabにがんばってもらわなきゃ!
画質がショボイのは腹立たしいですが・・・

算木積にはなっているものの、古い感じです。
佐敷城のような印象がしないでもない。

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ここの角なんて、石垣が反ってるんじゃなく、
起くり(というのか?)のカーブのようにさえ感じる。

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なかなか熊本城じゃ他にはない、
野面感がなかなか素敵であります☆

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やっぱり、古くてもやっぱり角は
丸く加工をされている気がします。
江戸に入ってからの加工かも、ですが。

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熊本城で有名ないわゆる扇の勾配ではなく、
かなり直線的な勾配。

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古城町の敷地の多くが県立第一高校の敷地で、
高校の正門に枡形石垣が残存。
恐る恐るタブレットを向けてぱしゃり(笑)

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櫓台はかなりの野面感、でも枡形奥の石垣は
けっこう加工度があるような気がして、
時代が違うのかもしれませんね。

続いて、旧細川刑部邸北面の石垣から
森本義太夫預かり櫓跡へ。

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このあたりは三の丸に位置するんですが、
本丸からけっこう離れたこのような位置にさえも、
三階櫓があるのは、スゴイなぁ…

森本義太夫預かり櫓からの眺め。

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が、1770年と比較的早くに焼失してしまい、
史料が少なく外観もよくわからないそうで、
復元は難しそうですね・・・

このあたりにもわずかながら石垣が残存。
これだけ大きな城でも、三の丸ともなると、
石垣はほとんどないもんですが、すごいもんですね。

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新三丁目御門跡。さすがにこちらは後はなし…

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古写真もあるようですが、ちょっと不鮮明。

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高麗門跡。いわゆる門の形状の高麗門形式ではなく
城下町ではありますが、櫓門に枡形を備えて
城下町をも護る門になっていたようです。

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その他、細川家廟所にも。元は妙解寺といい、
明治に廃寺となってからは、細川家の北岡別邸に。
(撮:アマデウスさん)

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建物は残っていたようですが、熊本空襲で惜しくも焼失。
が、細川忠利廟等は残っています。伊達さんトコみたいに
ドハデな廟はお好みではないようですね(笑)

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そして、最後に花岡山。花岡山は加藤清正が熊本城を
築くときに、石を切り出した山の一つとされ、
また西南戦争で薩軍が砲台を据えた山でもあります。

なぜか山頂には仏舎利塔(ストゥーパ・卒塔婆)。
インドのネルー首相から贈られたものだそう。

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石切の陣頭に立った清正が腰掛けたという石…
というか岩。清正のつもりでなんとか岩に
上がって座るヒゲツナガリの旅人とそれを撮るkuroさん。
(撮:アマデウスさん)

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そして、薩軍砲台跡。まったく熊本城内には
届かなかったようですが(汗)
だったら天守に火をかけなくてよかったよね!!

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いやいや、実に来い熊本滞在でした。
ここで、kuroさんとアマデウスさんとはお別れ。
いろいろ借りをつくっちゃったなぁ。
今度はわたしがお返ししなきゃ…何かできるか?
ご両名とも、本当にありがとうございました。

ということで、新幹線で鹿児島中央に向かい、
わが遠祖(でもないか)の地・薩摩国へ。

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