« 晩秋の九州攻め・・・(8)熊本城前編 | トップページ | 晩秋の九州攻め・・・(10)熊本城後編 »

晩秋の九州攻め・・・(9)熊本城中編

さってー♪宇土櫓に参りましょうか♪♪

P1210218

建材はマツ中心で、ツガやクス、クリなども。
屋根瓦は46,000枚にも達し、加藤時代の瓦の中にも
まだ現役で使われている瓦があるとか。

この紋がつぶされてるのは何?

P1210220

真正面から見ると、望楼型らしい佇まいを
よく感じられていいですね。

P1210224

東西方向に入母屋屋根があって、
東西の入母屋破風が本来の入母屋破風…
というのがよくわかります。

南北の破風は構造的には千鳥破風、
ということになるんでしょうけど、
破風のサイズが四面ほぼ同等に見え、
入母屋破風っぽい意匠になっていますね。

宇土櫓多聞内の展示。
昭和の大修理(1927年)前の姿・・・
相当ヤバイよね、これ・・・

P1210225

解体修理の様子。人の大きさと比べ
意外と心柱が太くないんだな…

P1210229

かなり朽ちた感じがしますよね…
こうなるもの?それともメンテが悪かったのか?

P1210230

この宇土櫓、名称としては江戸中期以降だそうで、
「天守西御丸五階櫓」「平左衛門預五階櫓」
と呼ばれていたそうですね。

初重が一階、二重目が二階三階、三重目が四階五階。
入母屋構造だからか、各重を貫通する心柱はないそう。

解体修理の写真を見ても、構造的には
あまり強固にはできていない印象ですね・・・

という目線で、雛形を眺めてみると・・

P1210237

二重目の望楼がそのままストンと穴蔵まで
心柱を通せそうではあるんですが・・

穴蔵を初重より上層の望楼部分の荷重を受ける
構造にしておかないと、建築的な意味で
穴蔵をつくる意味はない気がしますね。

ということは、ある時期以降加重分散のために
穴蔵を利用することはあったものの、
最初から建築上の理由で穴蔵をつくったのでは
ないのかもしれませんね。むむむ。

それでも梁はどーんと太いです!
極太の建材はあるにはあったんでしょうけど、
心柱に使えるほどの長さのものがなかったのか?

P1210243

古材として葺き替えられた滴水瓦の展示。
朝鮮式瓦の影響を強く受けた瓦で、
朝鮮半島で歴戦を潜ってきた清正らしいもの。

P1210253

この紋というよりかは日輪模様とでもいう
意匠も気になりますね…なんだろ。

P1210254

軍事的な目線では、石落とし横の狭間。
ここに配置されたら横に下に忙しそうだなぁ(笑)

P1210241

続櫓も木材アップ。相当な古材だろうな。

P1210260

さて、ここからがいよいよ宇土櫓!

P1210259

武者走り。どれくらいの人々がこの床板を
歩いたんだろうねぇ・・・

P1210262

さすがに寒い冬は厳しそうだけど、
貸切にして夏に泊まるとかだったら、
あけっぴろげでもいいかなぁ・・と妄想(笑)

P1210264

明かりがいい具合で櫓内を照らしてる…

P1210268

これって何の跡だろう。材が刺さってたんだよね?

P1210265

修繕の跡でしょうかねぇ…むむ。

P1210266

石落としからみる石垣の「扇の勾配」。
地面が見えないところに勾配の強さが見て取れます。
なかなかこういう視点から見ないなー。

P1210271

二層目の入母屋部分を内部から。
こういう構造になるのは、入母屋造りならでは。

P1210276

P1210277

宇土櫓の屋根目地漆喰。姫路城大天守のように、
漆喰を塗り直すと、イメージ変わるだろうなぁ・・・

P1210279

突上戸から二の丸方向へコンニチハ♪

P1210288

宇土櫓から工事中の石垣部分もよく見えました!
表面の積み石がないので、栗石の様子もばっちりだぁ!

P1210286

大きな千鳥破風の下の突上戸、
内部はこのようになっていてます。
完全にスナイパーを配置して狙い撃ち!という感じ。

P1210298

ちょっと残念だったのが、ところどころ見られる
鉄骨で補強されている箇所が多かったトコ。

P1210273

こちらは天井にL形鋼。

P1210285

なんだよなんだよ…と行ったときには、
思っていたんですけど、後からじっくりみると、
先ほど書いたように、そもそも設計的に
強度が高くないんじゃ…という気になってきました。

ただ鉄骨で補強すると、その分重量も重いわけで、
必要最小限に…ということなんでしょうか。

さて、宇土櫓最上階。ホントは高欄に出たい…

P1210299

西大手門からさらに奥には、金峰山。
熊本城の石垣はここから切り出されたとの説も。

P1210301

少し視線をそらすと、南大手門と
奉行丸の未申櫓。

P1210302

宇土櫓続櫓とその隅の望楼。
望楼だけがちょこんと乗ってるのもいいやね。
なんだかかわいらしい感じすらします。

P1210306

最上層から観る石垣工事現場。
あの足場へ行かせてくれるわけは…ないわな(笑)

P1210307

普通、こっちを撮るんですがね…大天守。
変なトコばっかり撮って天守あまり撮らないなんて、
何だこの人たち…と思われてたかな(苦笑)

P1210310

帰りにここが天守の入り口だったりした?
という風にも思ったんだけど、たぶん違うね。

P1210311

さて次は…というときにポツポツと雨が…
ということで、桜の馬場城彩苑で雨宿りがてら、
向かうことにしました。

小天守。けっこう変わったカタチですよね。

P1210313

こちらには忍び返しが付いているんですけど…

P12103131

大天守にはないんです!

P12103141

でも実は、古写真を見るとちゃんとありまして…
コンクリ天守というだけでなく、
ちょくちょくいい加減なところがあるんですよね…

あ、本丸御殿下の石垣にkuroさんのおっしゃってた
角の丸い隅石はっけーん☆

P1210316

竹の丸から西の櫨方門のほうまで来ると、
馬具櫓の再築現場に遭遇。

P1210320

1877年、西南戦争で失われたそうだが、
1966年に鉄筋コンクリートで再建されたものの、
老朽化が進んで、木造で改築するそうな!おおっ!

今、名古屋城天守や小田原城天守など、
コンクリートで再現した建造物を木造化しよう、
という動きがありますが、平櫓とはいえ、
その先駆けになりそうですね。すごいなぁ!

さて、櫨方門から一旦城外に出て、
城彩苑(じょうさいえん)に向かいます。
2011年完成したばかりの施設。

P1210325

向かって右手は「桜の小路」と言って、
グルメスポットになってるみたい。

P1210326

目指すは左手の「湧々座」。
アマデウスさん曰く、ここのCGがすごいそう!

その前に石垣積み体験!
きっちりわかりやすい算木積と
ちょっと難しい穴太積。

167729897_org

実はこの写真の向こうで満面の笑みで
石垣をせっせと組むkuroさんがいました(笑)

算木積はホラ、わかりやすいんですけどね…

P1210330

穴太積、難しい!
えーっ・・・どないなんねん(汗)

P1210327

って、悪戦苦闘する姿を撮ってる
アマデウスさん・・・

167729815_org

やったー、でけたー☆

P1210329

そして、CG劇場。武将隊の方が
案内してくれてわー、すごーいとか言って
観ていたわけですが…

なんと、終わった後に操作していいって!
言って見るモンですね。次のお客さんがぽろぽろ
入ってきたら終了となったので、
わずかな時間でしたが…非常によかったーん☆

これは飛行モードですが、高さや角度は自由自在、
歩行モードで実際歩く目線での体験もOK。

167729801_org

うわうわ…これ楽しすぎ!
湧々座の方々、これ絶対体験コーナーを
(複数)設けるべきです!

いや、WiiかPS3でぐりぐり遊べるソフトとして
販売すべきです!買います!!!!

…興奮しすぎましたね(汗)
や、非常にCGのレベルが高い上に、
いろんな角度から見えて往時の姿が実に
わかりやすく、模型以上に理解が進むと思います。

湧々座の壁に描かれた「熊本城北面大観図」。
オリジナルは熊本城顕彰会所蔵。
こういうのがあるからあそこまで櫓が林立する
CGを描けるんだろうなぁ…もちろん、復元も。

P1210331

ま、コレだけじゃダメでしょうが、
絵図としては非常に精巧かつ写実的に書かれていて、
かなり復元史料としては、価値が高いだろうなと。

さて、城彩苑を抜けて奉行丸の下に上がります。
城彩苑ができるまでは舗装されてなかったのに、
舗装しちゃったみたいで…残念。

P1210338

こちらの坂を石垣の石が運ばれた…とも
言われているそうな?

P1210339

奉行丸の未申櫓。住むのにはちょうどいい
大きさやね…とつぶやくと総工費6億円3億円くらいと
スッと出てくるアマデウスさんすげぇ。
(金額間違ってたので訂正)

P1210340

だいぶんと埋まってそうですが、
ここの空壕なら降りていけそうね…

P1210343

あむさんとさらさんが降りたって
言ってたトコもここかなぁ…

P1210345

さて、西大手門からまた本丸内に
戻っていきますよ。

P1210348

2003年に復元完了。今年で10年ですね。
あともう10年もしてくると、建材もいい感じで
色づいてくるでしょうね。

P1210350

櫓門内の石垣は、本丸御殿の闇り通路と同じく
石垣目地漆喰が施されています。

P1210353

ただ石垣の反りのなさと隅石として、
ヘンな大きい石が使われてるのが、
妙に違和感あり・・・なんだろうな、これ。

P1210354

アチラに見えるのが南大手門。
遡ること1年、2002年に復元完了。

P1210355

まだちょっと時間があるので、
奉行丸のほうにも行ってみますか!

あれがわたしの家(にしたい)未申櫓(笑)

P1210356

ホントはねぇ、あっちがいいんだけど(笑)
飯田丸五階櫓。宇土櫓ももちろんいいけど、
再建とはいえ、すごく好き。

P1210359

南大手門は内部に入れるようです!
もちろん、入るべさーっ

P1210360

はぁ…落ち着くねぇ。見上げてばかりだと
頸が痛いのだけど、そんなのどうでもいいっ!

P1210363

ん?右手に見えるねずみ色の壁は何ぞ?

P1210362

これ台風による倒壊を防ぐ補強壁。
構造計算を行い…ということは、
往時の設計では強度が甘いってことなんだな。
それだったら仕方がないか…むぅ。

P1210372

こういう図面を見ながら、力学的なことが
わかればいいんだが…生憎、数学と物理が
大の苦手であってな(苦笑)

P1210376

なぜか南大手門に小天守建築の小話があって、
何気に興味深い…小天守は大天守を上げた後に、
造られたことが構造的にわかっているそうですが…

P1210366

それは知っていたんですが、小天守の構造が興味深い。
大天守が鉄砲の間、具足の間…など武具庫として
使われる意図がされていたのに対し、小天守には、
付書院に対面所、控えの間、それに衣冠を整える装束の間。

さらに穴蔵には井戸やかまどがあり、秀頼の御成処として
小天守を上げたのではないか?とありました。

これ、本丸御殿の昭君の間よりもはるかに
秀頼を奉じて一戦を…が現実味あるように思いました。

さて、南大手門いくつか隠し入り口はあるんです。
あの穴はなーに?という些細な疑問から…

P1210377

わぉ。櫓門の真下に通じているようです。
これは往時にはないんじゃね?

P1210378

でも、こちらのほうは…

P1210381

ちゃんと石段がありました!

P1210382

これあったら上に登られちゃう気がしますが、
ここから鉄砲ぶっ放したりするのか…
あるいは、模擬か。むむ、どうなんでしょ。

とりあえず普段は登るのに危ないということで
閉めてあるそうです(笑)

さて!お昼の時間だ!本丸御殿にランチに行かなきゃー!
熊本城ならではの「本丸御膳」を頂きます☆

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン


|

« 晩秋の九州攻め・・・(8)熊本城前編 | トップページ | 晩秋の九州攻め・・・(10)熊本城後編 »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/16856/56824370

この記事へのトラックバック一覧です: 晩秋の九州攻め・・・(9)熊本城中編:

« 晩秋の九州攻め・・・(8)熊本城前編 | トップページ | 晩秋の九州攻め・・・(10)熊本城後編 »