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2013年2月

晩秋の九州攻め・・・(9)熊本城中編

さってー♪宇土櫓に参りましょうか♪♪

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建材はマツ中心で、ツガやクス、クリなども。
屋根瓦は46,000枚にも達し、加藤時代の瓦の中にも
まだ現役で使われている瓦があるとか。

この紋がつぶされてるのは何?

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真正面から見ると、望楼型らしい佇まいを
よく感じられていいですね。

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東西方向に入母屋屋根があって、
東西の入母屋破風が本来の入母屋破風…
というのがよくわかります。

南北の破風は構造的には千鳥破風、
ということになるんでしょうけど、
破風のサイズが四面ほぼ同等に見え、
入母屋破風っぽい意匠になっていますね。

宇土櫓多聞内の展示。
昭和の大修理(1927年)前の姿・・・
相当ヤバイよね、これ・・・

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解体修理の様子。人の大きさと比べ
意外と心柱が太くないんだな…

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かなり朽ちた感じがしますよね…
こうなるもの?それともメンテが悪かったのか?

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この宇土櫓、名称としては江戸中期以降だそうで、
「天守西御丸五階櫓」「平左衛門預五階櫓」
と呼ばれていたそうですね。

初重が一階、二重目が二階三階、三重目が四階五階。
入母屋構造だからか、各重を貫通する心柱はないそう。

解体修理の写真を見ても、構造的には
あまり強固にはできていない印象ですね・・・

という目線で、雛形を眺めてみると・・

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二重目の望楼がそのままストンと穴蔵まで
心柱を通せそうではあるんですが・・

穴蔵を初重より上層の望楼部分の荷重を受ける
構造にしておかないと、建築的な意味で
穴蔵をつくる意味はない気がしますね。

ということは、ある時期以降加重分散のために
穴蔵を利用することはあったものの、
最初から建築上の理由で穴蔵をつくったのでは
ないのかもしれませんね。むむむ。

それでも梁はどーんと太いです!
極太の建材はあるにはあったんでしょうけど、
心柱に使えるほどの長さのものがなかったのか?

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古材として葺き替えられた滴水瓦の展示。
朝鮮式瓦の影響を強く受けた瓦で、
朝鮮半島で歴戦を潜ってきた清正らしいもの。

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この紋というよりかは日輪模様とでもいう
意匠も気になりますね…なんだろ。

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軍事的な目線では、石落とし横の狭間。
ここに配置されたら横に下に忙しそうだなぁ(笑)

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続櫓も木材アップ。相当な古材だろうな。

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さて、ここからがいよいよ宇土櫓!

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武者走り。どれくらいの人々がこの床板を
歩いたんだろうねぇ・・・

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さすがに寒い冬は厳しそうだけど、
貸切にして夏に泊まるとかだったら、
あけっぴろげでもいいかなぁ・・と妄想(笑)

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明かりがいい具合で櫓内を照らしてる…

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これって何の跡だろう。材が刺さってたんだよね?

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修繕の跡でしょうかねぇ…むむ。

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石落としからみる石垣の「扇の勾配」。
地面が見えないところに勾配の強さが見て取れます。
なかなかこういう視点から見ないなー。

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二層目の入母屋部分を内部から。
こういう構造になるのは、入母屋造りならでは。

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宇土櫓の屋根目地漆喰。姫路城大天守のように、
漆喰を塗り直すと、イメージ変わるだろうなぁ・・・

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突上戸から二の丸方向へコンニチハ♪

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宇土櫓から工事中の石垣部分もよく見えました!
表面の積み石がないので、栗石の様子もばっちりだぁ!

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大きな千鳥破風の下の突上戸、
内部はこのようになっていてます。
完全にスナイパーを配置して狙い撃ち!という感じ。

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ちょっと残念だったのが、ところどころ見られる
鉄骨で補強されている箇所が多かったトコ。

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こちらは天井にL形鋼。

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なんだよなんだよ…と行ったときには、
思っていたんですけど、後からじっくりみると、
先ほど書いたように、そもそも設計的に
強度が高くないんじゃ…という気になってきました。

ただ鉄骨で補強すると、その分重量も重いわけで、
必要最小限に…ということなんでしょうか。

さて、宇土櫓最上階。ホントは高欄に出たい…

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西大手門からさらに奥には、金峰山。
熊本城の石垣はここから切り出されたとの説も。

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少し視線をそらすと、南大手門と
奉行丸の未申櫓。

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宇土櫓続櫓とその隅の望楼。
望楼だけがちょこんと乗ってるのもいいやね。
なんだかかわいらしい感じすらします。

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最上層から観る石垣工事現場。
あの足場へ行かせてくれるわけは…ないわな(笑)

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普通、こっちを撮るんですがね…大天守。
変なトコばっかり撮って天守あまり撮らないなんて、
何だこの人たち…と思われてたかな(苦笑)

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帰りにここが天守の入り口だったりした?
という風にも思ったんだけど、たぶん違うね。

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さて次は…というときにポツポツと雨が…
ということで、桜の馬場城彩苑で雨宿りがてら、
向かうことにしました。

小天守。けっこう変わったカタチですよね。

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こちらには忍び返しが付いているんですけど…

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大天守にはないんです!

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でも実は、古写真を見るとちゃんとありまして…
コンクリ天守というだけでなく、
ちょくちょくいい加減なところがあるんですよね…

あ、本丸御殿下の石垣にkuroさんのおっしゃってた
角の丸い隅石はっけーん☆

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竹の丸から西の櫨方門のほうまで来ると、
馬具櫓の再築現場に遭遇。

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1877年、西南戦争で失われたそうだが、
1966年に鉄筋コンクリートで再建されたものの、
老朽化が進んで、木造で改築するそうな!おおっ!

今、名古屋城天守や小田原城天守など、
コンクリートで再現した建造物を木造化しよう、
という動きがありますが、平櫓とはいえ、
その先駆けになりそうですね。すごいなぁ!

さて、櫨方門から一旦城外に出て、
城彩苑(じょうさいえん)に向かいます。
2011年完成したばかりの施設。

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向かって右手は「桜の小路」と言って、
グルメスポットになってるみたい。

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目指すは左手の「湧々座」。
アマデウスさん曰く、ここのCGがすごいそう!

その前に石垣積み体験!
きっちりわかりやすい算木積と
ちょっと難しい穴太積。

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実はこの写真の向こうで満面の笑みで
石垣をせっせと組むkuroさんがいました(笑)

算木積はホラ、わかりやすいんですけどね…

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穴太積、難しい!
えーっ・・・どないなんねん(汗)

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って、悪戦苦闘する姿を撮ってる
アマデウスさん・・・

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やったー、でけたー☆

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そして、CG劇場。武将隊の方が
案内してくれてわー、すごーいとか言って
観ていたわけですが…

なんと、終わった後に操作していいって!
言って見るモンですね。次のお客さんがぽろぽろ
入ってきたら終了となったので、
わずかな時間でしたが…非常によかったーん☆

これは飛行モードですが、高さや角度は自由自在、
歩行モードで実際歩く目線での体験もOK。

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うわうわ…これ楽しすぎ!
湧々座の方々、これ絶対体験コーナーを
(複数)設けるべきです!

いや、WiiかPS3でぐりぐり遊べるソフトとして
販売すべきです!買います!!!!

…興奮しすぎましたね(汗)
や、非常にCGのレベルが高い上に、
いろんな角度から見えて往時の姿が実に
わかりやすく、模型以上に理解が進むと思います。

湧々座の壁に描かれた「熊本城北面大観図」。
オリジナルは熊本城顕彰会所蔵。
こういうのがあるからあそこまで櫓が林立する
CGを描けるんだろうなぁ…もちろん、復元も。

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ま、コレだけじゃダメでしょうが、
絵図としては非常に精巧かつ写実的に書かれていて、
かなり復元史料としては、価値が高いだろうなと。

さて、城彩苑を抜けて奉行丸の下に上がります。
城彩苑ができるまでは舗装されてなかったのに、
舗装しちゃったみたいで…残念。

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こちらの坂を石垣の石が運ばれた…とも
言われているそうな?

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奉行丸の未申櫓。住むのにはちょうどいい
大きさやね…とつぶやくと総工費6億円3億円くらいと
スッと出てくるアマデウスさんすげぇ。
(金額間違ってたので訂正)

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だいぶんと埋まってそうですが、
ここの空壕なら降りていけそうね…

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あむさんとさらさんが降りたって
言ってたトコもここかなぁ…

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さて、西大手門からまた本丸内に
戻っていきますよ。

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2003年に復元完了。今年で10年ですね。
あともう10年もしてくると、建材もいい感じで
色づいてくるでしょうね。

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櫓門内の石垣は、本丸御殿の闇り通路と同じく
石垣目地漆喰が施されています。

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ただ石垣の反りのなさと隅石として、
ヘンな大きい石が使われてるのが、
妙に違和感あり・・・なんだろうな、これ。

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アチラに見えるのが南大手門。
遡ること1年、2002年に復元完了。

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まだちょっと時間があるので、
奉行丸のほうにも行ってみますか!

あれがわたしの家(にしたい)未申櫓(笑)

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ホントはねぇ、あっちがいいんだけど(笑)
飯田丸五階櫓。宇土櫓ももちろんいいけど、
再建とはいえ、すごく好き。

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南大手門は内部に入れるようです!
もちろん、入るべさーっ

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はぁ…落ち着くねぇ。見上げてばかりだと
頸が痛いのだけど、そんなのどうでもいいっ!

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ん?右手に見えるねずみ色の壁は何ぞ?

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これ台風による倒壊を防ぐ補強壁。
構造計算を行い…ということは、
往時の設計では強度が甘いってことなんだな。
それだったら仕方がないか…むぅ。

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こういう図面を見ながら、力学的なことが
わかればいいんだが…生憎、数学と物理が
大の苦手であってな(苦笑)

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なぜか南大手門に小天守建築の小話があって、
何気に興味深い…小天守は大天守を上げた後に、
造られたことが構造的にわかっているそうですが…

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それは知っていたんですが、小天守の構造が興味深い。
大天守が鉄砲の間、具足の間…など武具庫として
使われる意図がされていたのに対し、小天守には、
付書院に対面所、控えの間、それに衣冠を整える装束の間。

さらに穴蔵には井戸やかまどがあり、秀頼の御成処として
小天守を上げたのではないか?とありました。

これ、本丸御殿の昭君の間よりもはるかに
秀頼を奉じて一戦を…が現実味あるように思いました。

さて、南大手門いくつか隠し入り口はあるんです。
あの穴はなーに?という些細な疑問から…

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わぉ。櫓門の真下に通じているようです。
これは往時にはないんじゃね?

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でも、こちらのほうは…

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ちゃんと石段がありました!

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これあったら上に登られちゃう気がしますが、
ここから鉄砲ぶっ放したりするのか…
あるいは、模擬か。むむ、どうなんでしょ。

とりあえず普段は登るのに危ないということで
閉めてあるそうです(笑)

さて!お昼の時間だ!本丸御殿にランチに行かなきゃー!
熊本城ならではの「本丸御膳」を頂きます☆

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晩秋の九州攻め・・・(8)熊本城前編

さて翌朝。こちらからスタートです。

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大きな地図で見る

ここは里程元標跡。ちょうど城下町との接点に
位置していた新一丁目御門前に藩の政令が
掲示される「札の辻」があり、ここから豊前・豊後・
薩摩・日向に向かう街道の里数が数えられたそう。

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いまや清爽園となって面影は薄いですが、
このあたりに土塁と石垣でできた新一丁目御門が
あったそうです…

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この看板を見ると、kuroさんがおっしゃてた
枡形前の平櫓に改めて気づかされます。

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ただ、これは加藤時代ではなく
細川時代のものだそうですね・・・
この先は法華坂。ずっと土塁が伸びています。

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が、ところどころ石垣が残っているところを
みると石垣が往時はあって、崩されたんでしょうかね。

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途中にある空壕を奥まで進むと、住江門。

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けっこう枡形がしっかり残ってます。

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県立美術館脇を過ぎて、二の丸御門。

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さすが熊本城…という枡形ですね。
枡形の空間がかなり広い。

二の丸を過ぎ、西出丸までくると戌亥櫓。
こういう一軒家がほしいんですけど…

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しかし見る角度によって、この戌亥櫓も
随分と印象が違うもんだね。宇土櫓なんて、
贅沢は言いませんから、こういう櫓に住みたい…

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ちょうど二層くらいがいいじゃないですか…
こじんまりと住むには。

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そして、北大手門跡を抜けた先には…
宇土櫓☆ひゃっはー!

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そろそろお陽さまが登ってくる頃…ということで
宇土櫓とのツーショット待機(笑)

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熱心に宇土櫓を撮るkuroさんを撮ってるわたしも…

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さらに後ろからアマデウスさんに撮られていました(笑)

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実際はこのくらいの感じなんですけど…

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ちょっと露出アンダー気味に撮ってみても
味のある写真になりますね。

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さて、有料エリアが開くまでにちょっと寄り道。
加藤神社の北から棒庵坂を下ってKKRホテル熊本前。

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この井戸にまつわるちょっとコワいお話があるそうな…
ずっと県道303号線に沿って、京町方面の
熊本地方裁判所へ。

県道303号線と県道1号線は立体交差していて、
こんなところにも城郭らしさを感じます。

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熊本地裁はレンガ造りの庁舎の一部があるんですね。
1908年に建てられた二代目庁舎がレンガ造りで建てられ、
1978年に三代目となる現庁舎ができる際に、一部だけ保存。

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東京駅や大阪中央公会堂のような建物も
好きでしてね・・・

本来つながっていたであろう部分は、
コンクリでシャットアウト(泣)

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裏も…あぁ。レンガ造りのままで、
補強なりなんなりしてくれたらなぁ…

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放射線状に伸びているのは白い花崗岩だそうで、
赤いレンガとの対比で華やかな印象。

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さ、城内に戻りましょう。やはり天守は
どこにいても目立ちますなぁ。

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熊本城は別称銀杏城ということもあり、
銀杏並木が似つかわしいですね。奥に見えるのが、
長岡図書預櫓(ながおかずしょあずかりやぐら)。

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え?と思ったアナタはするどい。実はこれ、
今は監物櫓と呼ばれていて、監物台樹木園内に
位置しているんですけど・・・

「監物」とは家老長岡監物を指し、長岡監物邸の櫓
ということなんですが、実はここは長岡監物邸ではなく、
細川刑部(別名:長岡図書)邸で、隣の長岡監物邸と
取り違えてしまったのが、そのまま定着しちゃったそうで。

途中には、細川忠利開基の愛染院。
新高野山とはまた大きく出たな…

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九曜紋がしっかり細川九曜であるところに
ニヤニヤしましょう(笑)

長岡図書預櫓前。

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他の城にもありますが、濠ってやっぱり
道路にしやすいんだろうねぇ。

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下から見上げてみます。石落としの格好の餌食(笑)

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百間石垣がきれいに伸びている脇を
進んでいきます。

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埋門(うずみもん)跡。往時は櫓門であり、
この冠木門は市制百年を記念してできたもの。

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模擬門になっているのは、詳しい史料がないんでしょうねぇ。
県立図書館蔵の絵図ではこうなっているようで。

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さて、戌亥櫓に戻ってきましたよー!

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ちょうど、宇土櫓から後光が差すような画に
なっていてすんばらしぃぃぃぃ!
数ある城写真の中でも屈指の一枚になりました!

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西大手門からはツアーの皆さまがぞろぞろ。

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加藤神社の南から宇土櫓をじろじろ。
空壕もキレイに整備されていて、美しす。

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こ、これ…下っていけそう…な気もするけど(笑)

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そこのネコちゃん、どーなのよ??
ネコさま「知らんわ、ぼけ」

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大天守と小天守。ここからの眺めいいなぁ。
石垣工事してるので見栄えがあまりよくないけど、
石垣がきれいになったら、またここから眺めたいね。

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もうちょっと木が少ないといいんだが…

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宇土櫓続櫓隅の望楼。頬当御門跡から入って
振り返って観られるこのアングルもよし。

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隅櫓があって多聞櫓と連結してるんじゃなく、
多聞櫓にひょこっと望楼を載せる、
というのもけっこう特徴的な気がしますね。

この続櫓はもともとは「古外様櫓」、
二階部分を「二階櫓」(まんま)と呼んでいたそう。

本丸に入ると、先ほど工事してるなー
と見えていた石垣の石が取り外されていて、
どーんと並べられていて圧巻。なかなか見れませんね。

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ひとつひとつナンバーが振られて元通りに
積み直されるんでしょうね。こんな小さな詰め石まで
ひとつ残らずナンバリングされてる!

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常に風雨に晒されている表面と
普段は表に出ることがない部分とで、
石の色が違うところにも注目。

P1210212

って、石をジロジロ見ているところを
冷静に撮ってるアマデウスさん・・なんでやねん(笑)

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さて!いよいよ宇土櫓です。むふふふ…

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晩秋の九州攻め・・・(7)夜の熊本城

さて、熊本に到着し、アマデウスさん
(@amadeus_m)と合流。

夜の宴、わたし桜肉は全然OKなんですけども、
生はあまり好きではない…ということで
しゃぶしゃぶを頂けるお店にGo。ありがたや。

手始めには、馬肉をさっぱりと。

P1210003

そして、しゃぶしゃぶ。桜焼肉は会津で
毎回頂いていますが、しゃぶしゃぶは初。
やっぱりいいですね…くどくないって言うかね。

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しゃーぶしゃーぶ。

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200円という格安かつ超充実のパンフを
頂いてしまったり…熊本城みてある記。
これ、城好きでも満足できる逸品。

20130217232639

まぁ、3ヶ月近く前でどんなお話をしたか
すっかり忘れていますがね…いけませんね、
ネタを引きづっちゃね…

この場に持ち込んで、江戸城DVDをお見せしようかと
思っていたんですが、すっかりタイムアップ…

20130217233708

このあと、少し夜の熊本城を散策。
とりあえず宇土櫓をバッチリ撮れて幸せです(笑)

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やっぱり、この角度からの宇土櫓は神がかってますな!

P1210027

本の表紙にこのアングルを選ばれた
城メグさんのセンスはさすがですよね…

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そして、西大手門から出て二の丸広場へ。
この大天守・小天守・宇土櫓が並ぶ見事さ・・・

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反りが強い大天守。逆に起くりの宇土櫓。
大天守だけ反りが強いわけはやっぱり時代の違い?

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東竹之丸方面に行って…田子櫓。

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北十八間櫓。

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…からの東十八間櫓。

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このあたりで、夜の散策を終え、
熊本のBARへ・・BAR masqueradeさん。

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が、チョコはすごーく美味しくて…

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熊本バーテンダーズチョイスとして、
マルスを詰めてんだー!とか驚いて…

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水道水がミネラルウォーター!とか…

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しかし、どう飲んだかを撮ってないというね…
コメントも残してないからもうさっぱり。

P1210084

あれね、しゃぶしゃぶで酒が進んで
二件目で行ってぬかりましたね…ま、楽しかったですが。
(あ、BARに行く習慣なさそうなkuroさんは
 お楽しみいただけたのかな・・・そわそわ)

ということで、翌日早朝から再・熊本城。
宇土櫓の背から出る太陽には感動でありました…

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晩秋の九州攻め・・・(6)佐敷城

さて、佐敷駅を降りて…もうすぐ見えます。
アレが佐敷城の石垣。

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途中、地下通路を通るんですけど、
その通路に描かれていたあの天下泰平云々…
何かと思っていたら、こういう図案の瓦が
佐敷城から発掘されたんですってね。

ということで、その巨大レプリカが
佐敷城登城口にどどーんと。

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そばには、清正~忠広の時代に佐敷城代として
当地にあった加藤(渋谷)重次の母と妻の供養塔。

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さて、佐敷城跡に向かいます。
一国一城令にて廃城。

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石垣の上部が崩されているいわゆる「破城」の
あとがキレイに見えるわけですが、
やはり一国一城令だけでなく、島原の乱後に
「悪用」されないための取り崩しがあったものと想像。

さて、縄張図を見ながら登城していきます。

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一部ですが、紅葉がきれいなところも。
紅葉そのものを昨年は見に行かなかったので…
貴重なショットです(笑)

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おっ、石垣が見えてきました!

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追手門跡。上部が取り崩されはいますが、
非常にキレイに残っています。元は埋まってた
そうなんですが、1993年~2001年の発掘調査で
全貌が明らかになったそうです。

やはり、角は軍事的に重要なポイントなのか、
重点的に取り崩している感じがします。

P1200914

かなり目が詰まってピッチリ組んである打込接布積。
このあたりはIII期石垣で、1607年(慶長十二年)銘の
軒平瓦が見つかるなど時期もはっきりしていて、
技術的にも完成された感じが見て取れます。

しかし、栗石の様子はよくわかりませんね…
発掘時の様子を知らないのですが、
栗石もあったんでしょうね?

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先ほどの「天下泰平国土安穏」の瓦が見つかったのも
このあたりだそうで、瓦溜りの最下層から
完全な状態で残っていたそうで、何らかの破城が持つ
儀式的な側面をも思わせる発掘ぶりだったとか。

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その先に見えるのが、二の丸東門跡。

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算木積の根石あたりにご注目。
角が尖らずに少し丸く加工されています。

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アップ。これ、清正流石垣に見られるそうで、
熊本城天守台はじめ、共通点を探るポイントかも?

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しかし、二の丸東門はかなりキレイに、
というかほぼ石垣と枡形は完存といって良い残りよう。

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ただ、高さはあまり高くなく、どのように
建物が建っていていたんでしょうね?
礎石のように見える石からわかるのかも・・・

二の丸から見た本丸下段の石垣。
地面と平行して直線的に崩されていますね。
その上には一段古いII期石垣が部分的に見えます。
文禄~慶長初期あたりの石垣だそう。

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このあたりに刻印があるはずなんですけど?
というkuroさんの言葉に探していくと・・・
あ、ありました!ノコギリっぽいかな。

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しかし、山上の石垣の城とはいえ、
かなり手入れされてるんでしょうね。
布積でもコレくらい変化があるといいよなぁ。

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搦手にあたる本丸西門。

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本丸というより、二の丸奥の帯曲輪的な部分の
さらに先であって、二の丸北西門とでも
言ったほうがいいように思われます。

枡形感はあるものの、東門と異なり、
かなり石が取り払われている感じがしますね。
ほぼ根石のみって感じです。

本丸北側の高石垣。北面はこの石垣の下は
ずどーんと落ちて断崖絶壁になっておりますね。

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さて、本丸への道。この道で左右に本丸が
区切られているのが妙な感じ。

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ここの喰違も仕切門くらいはあってよさそうだね。

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本丸はかなり石が取り払われて、
腰巻石垣くらいな勢いになっております…

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なんか土の城に虎口だけ近世城郭の石垣が!
みたいな妙な取り合わせに見えますな(笑)

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この辺が少しのこるII期石垣。
III期石垣と異なり、石灰岩が使われてるっぽい。
この様子だと真っ黒だけど…安山岩?

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さらに奥にある最も古いI期石垣を見ると、
あ、石灰岩なんだ!というのがわかりますね。

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本丸東門。こちらも辛うじて枡形感あり。
ただ外郭部分の石垣の部分の幅が狭く、
どういう建物があったのか…と不思議。
土塀だけとかなんでしょうかねぇ。

P1200952

下に降りてみて。礎石っぽいものの位置から見るに、
それなりの大きさの櫓門があったように
思えるんだけどなぁ。どうだろ。

P1200953

石垣が崩されてるだけに、ちょっと想像しにくいね。

さて、二の丸東門を下って、I期石垣が
ずらっと並ぶ二の丸下西側へと。

これとか、八代城石垣みたいにごしごしすれば
キレイになりそうだよね(勝手にやると怒られそう)!

P1200957

近世のIII期石垣は、けっこうハツリ仕事も
されているんだよね。短い期間で廃城になっちゃったけど…

P1200961

ここの隅も角がまるっ。

P1200964

I期石垣の連なる姿をじっくりみるkuroさん。

P1200967

上がIII期石垣、下がI期石垣。I期はわかりやすい
野面積であることと色が赤っぽかったり、
白っぽかったり、異なる岩石が用いられてそう。

P1200969

本丸西門を出て下っていくと、
いろいろ解説板がありましたよ!

P1200974

赤丸が天下泰平の鬼瓦出土地点。
赤四角が桐紋の鬼瓦の出土地点なんです。
桐紋といやぁ、豊臣家ですわな。

赤丸は追手門枡形の中心であり、
赤四角は搦手門枡形の中心…どう見ても、
何らかの意味を読み取りたくなります。

実際出土した瓦はこんなの。
鯱瓦もあるってことは、大きな櫓(門)もありそうね。

P1200976

佐敷城跡の解説・・あ、やっぱり、
島原の乱終結後に壊し方が足りん!と突っ込まれ、
再度徹底した破城がなされたことが発掘調査や
文献からわかっているんだって。

P1200979

航空写真。あの本丸北の先、近世城郭に
なる前は曲輪の一部?だったりするのかな??

P1200981

佐敷城跡の碑。いかにもこっちが正面!
という構えですが、つながる先は搦手です(笑)

P1200983

このあと、kuroさんのご希望で、天長山実照寺。

P1200999

城代加藤重次が、主君清正の恩に
報いるために建立したそうな。

仁王像。お腹をよく見ると…

P1200994

これおへそというわけではなく、仁王像を
兵と誤って矢で射た痕だとかで・・・
ということは、兵火があったわけですね?

梅北の乱という、清正時代に起こった佐敷城占拠。
薩摩島津の武将梅北国兼が朝鮮出兵の間隙を縫って
佐敷城を攻めたそうですが、守将坂井善左衛門が
一旦は降伏するものの、酒宴で油断した隙に
梅北を討ち取った・・というもの。
この際に梅北の弟が射た矢が仁王像に刺さったんだってさ。

あ、そうそう秀吉宿泊の地ってのもあったねぇ。

P1200990

さて、宴に向けて熊本に引き返します…
電車はくまモン電車(笑)

P1210001

中までくまモンだらけ・・・すげぇ。

P1210002

続いては、夜の宴から夜の熊本城へ・・・

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晩秋の九州攻め・・・(5)八代城

今、目にする石垣・・を見に行く前に
八代駅あたりの萩原堤防跡から出土した石垣を。

P1200766

これ、刻印があるんですが…それ以上に、
せっかく埋没していたのが発見されたんだったら、
屋内展示にすればいいのに、って思いました。

P1200764

八代城の石垣がどれほど白く眩く輝いていたか、
ひと目でわかったであろうに…

というのは置いといて…天守台。

P1200782

かなり大きな天守台ですが、1620年代の築城
と考えると、古風な積み方ではあります。

P1200784

あんな感じで大天守から小天守が
伸びてたんだな…と脳内VR炸裂中(笑)
読者の皆さまは、こちらをご参照を♪

P1200785

石垣の真ん中だけ、やけに苔がないけど…
たまたま?よね??

P1200787

小天守石垣にはイチョウが植わっていて…

P1200792

石垣に落ち葉がかかり、一瞬雪と黄葉が
コラボしているように…

P1200793

南西隅から。ここには出窓のあった月見櫓が
あったのよねぃ…

P1200796

石垣をぶっ壊して造った八代宮の入り口。

P1200798

なになに…懐良親王を祀ってるのか…
あれね、明治維新後の南朝ワショーイってアレね…

P1200799

しかし、この石灰岩はそう汚れてないなぁ…
ずっとキレイに磨いてきたのかしらん?

石垣をぶっ壊してるってのは、右側に見える
石垣のラインを見ても明らかですね。
こんな歪んだ隅石ないわー!

P1200803

が、ここに通路ができたがゆえに、
通路下の石垣の石の白いこと!
こんな白い石でいっぱいの城だなんて…

P1200801

ホントの隅石だけちょっと色が違うのは何故?
算木積のとこだけ材質が違って、汚れにくいとか…

P1200805

南東隅もそうだ…

P1200807

明らかに違うこのビジュアル。
隅石の材質も知りたくなってきました…

P1200810

反対側に回ってみると…あ、あれ?
隅石だけ汚れが落ちてて、キレイになってるだけとか?

P1200812

とか思ってる間に東枡形まで戻ってきました。
あの石垣がkuroさんがおっしゃってた、
清正流平櫓のあった櫓台ですね。

P1200815

北東隅。やはりこの入隅も鬼門避なんでしょうかね。

P1200817

しかし、こうして見ると天然の状態でも
白い部分が残ってたりするんだな…
何も知らないと、何であそこだけ白いの?
材質違うの?って思っちゃいそうだわな。

P1200820

さて、北側の枡形門跡から本丸にいよいよ潜入。

P1200821

向かって右手には、天守台も控えてまっせ!

P1200824

気泡のある石を見ると、海から持ってきたのかな?
なんて思っちゃいます。実際、海近いしね。

P1200827

埋門を経て、天守台への入り口。
模型でみたあそこなんですよ!と思いながら
進んでいくのが吉(笑)

P1200831

小天守台。残念ながら小天守台に連なる
土塀のあったところから小天守台に
登るような格好になっております…無念。

P1200832

土塀跡。本来の登城口から進みたいのに…

P1200833

こうして見ると、小天守台もかなりの高さ。

P1200834

嘘っぱちの小天守台への道(泣)

P1200837

小天守は一階が東西九間、南北四間半の
二層三階(地階含む)。ここの説明によると、
東西四間、南北八間の渡櫓で連結されていた…そう。
あれ、模型は渡櫓なかったよね?

P1200838

ここが当時の小天守の入り口。先ほど車の止まっていた
奥に進んで左折すると、この石段に連なり、
石段を上がると、この小天守一階に接続してるみたい。

P1200839

小振りながら穴蔵の様相になっていて、
木造の階段があったと思われます。

さて・・いよいよ大天守台。

P1200844

やっぱ、隅石は若干白め…なんなんろ。

P1200845

天守台ももちろん穴蔵を備えてます。
五層六階の大天守…とありますが、
模型と喰い違ってますよぉ。

P1200850

ま、それはさておき家老クラスが城代を務める城で
穴蔵を持った天守があること自体、驚愕。

比較的建ってすぐの1672年に落雷による焼失で
以後は再建されなかったようですね。そりゃそうだ。

この階段はおそらく後世のものでしょう。
天守があったらこんな階段、行き先ないものね。

P1200847

一階部分の広さは十一間×十間・・ですから、
約18m×20mと相当なもの。

現存天守で最大の姫路城大天守の一階が
十三間×十間、本城に当たる熊本城大天守の一階が
十三間×十一間…と考えると、相当な規模。

津山城天守がちょうど東西十間、南北十一間ですから
ほぼ等しい大きさといえるでしょう。

ちなみに、森忠政が津山城を築城した際には、
18万6千石で入府してますから…天守だけの大きさで
どうこうと決められませんが、八代城大天守の
大きさはなんとなく比較すると、実感できますね。

往時はもっと高さがあった気はしますが、
この広さから相当な天守を想像できます…すげぇ。

P1200855

さて、天守台から見える細長い曲輪は、
唐人櫓跡、その奥が北九間櫓跡。

P1200858

南に下って月見櫓跡。

P1200859

八代宮入り口の石垣がぶっ壊されたあたり。
入り口から見ると、ショボイですが、
意外と側面はキチンと積み直しされてる様子。

P1200860

kuroさんが説明してくださった(しつこい)
本丸東枡形を守る磨櫓跡。

P1200864

その時も模型をイメージしながら、
また後々こうしてblogを書くときにも
模型と対照させていくと、理解が深まります。

磨櫓跡に立って本丸東枡形を上から。

P1200867

奥右手の石垣が先ほど登った石垣で、
櫓門である頬当門が横たわっていたはずですから
まぁ、この袋のネズミったら…

さて…八代城内の井戸跡を見て撤収。
1997年の八代宮改築に伴い出土した遺構。

P1200873

八代宮前のこちらの看板を見ると、
やはり小天守台から月見櫓跡の本丸西側の石垣は
昭和に修復をされているようでした。

P1200875

こちらの看板は、縄張りはよくわかりますが、
櫓の意匠はかなり適当・・・orz

P1200876

さ、このあと二の丸跡の八代総合病院前に。
一部ではありますが、石垣が残っています☆

P1200877

P1200879

狭苦しそうでも、残ってるだけうれしいよね。

P1200880

さらに南に下って、本成寺。
加藤清正の嫡男で夭折した忠正の菩提寺。
ここに八代城本丸高麗門が細川忠興の命によって
移築されているんですね。

P1200882

高麗門があるとすると、北枡形か東枡形。
オリジナルは焼失し、享保年間に再建されている
ということですが、様式はそのままに再建されたそう。
八代城の建築としては、唯一の遺構。

再建ではありますが、加藤家の桔梗紋と蛇の目紋が
忠実に再現されているのは見ものです。
(…現地ではわかりませんでしたけどね)

P1200883

鬼瓦は日蓮宗の井桁に橘紋。

P1200886

内側の部分は、顔文字に見えないこともない^^

P1200888

本堂も享保年間の再建。やはり屋根には、
井桁に橘紋の左右に、桔梗紋と蛇の目紋があり…
加藤家とのツナガリが大事にされてんだねぇ。

P1200891

さ、バスに乗って八代駅まで向かいますよ!
マンホールは八代特産「晩白柚(ばんぺいゆ)」。

P1200892

ミカン科ミカン属の柑橘らしいですが、
聞いたことない・・・蜜柑の国のお姫さまなら
知ってるかもしれないが…

お昼はおべんと。ホントは鮎と地鶏の
こちらを頂きたかったんですが…
熊本城のデザインだし…

P1200893

ないものはしょうがねぇ。売れ筋おべんとの
「鮎屋三代」を頂きます!

P1200894

鮎の甘露煮が丸々一匹。川魚の臭みはなく、
甘辛い味付けがいい感じでした。

P1200896

さ、肥薩おれんじ鉄道でゆらゆら…
軽く眠気に誘われつつ、佐敷城に向かいます♪

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晩秋の九州攻め・・・(4)八代城石垣磨き隊 ~ 八代城模型

さて、日田を早朝に出て久留米で乗り換え、
新幹線で新八代までどーん。

今回の九州攻めのメインイベントであります、
八代城でございます。というのも・・・

八代城は真っ白な石灰岩で石垣ができていて、
別称である白鷺城とは、この石垣の白さを
以って、「白鷺」に喩えたのですね~
# ちなみに、八代城のほうが「しらさぎじょう」
# 姫路城は本来「はくろじょう」といいます。

で、地元の方々がこの石垣を磨いて
往時の白い輝きを取り戻そうとしてられるようで、
なんとこの石垣磨き体験をしてきたんです☆

新八代にて、教えてくださった熊本の城好きさん
kuroさん(@s_walker38k)と待ち合わせ。

自転車で史跡をハードに巡ってられるので、
男性疑惑もありましたが(笑)
実際はキレイ系の美人城めぐらーです!

八代城にて、今回ご案内いただく
白鷺城復活の会の忍者・小斎深夜さんと
本丸東枡形で待ち合わせ。

特に変わった道具は使わず、水と強靭なタワシで
ごしごしごしごし…していきます。

P1200712

わたしの担当はこの石。磨き済みの石と
比較するとその色たるや、ものすごい差ですね。

P1200714

水をシュッシュッとかけてごしごしすると…
あ、汚れが落ちた☆

P1200716

しかし、結構強くごしごししないと、
輝くような白さにはならなくて、
1時間やそこら、ごしごしするので精一杯…

というのと、けっこう刺激のあるかぐわしい香りが
ふつふつと…どうも近現代の工場排気や
車の排気ガスなどの汚れが付着してるんですって。

道理で・・・しかし、刺激臭の耐性がないわたしには
結構つらい作業でした…しかし、白鷺城のため!

城攻めをはじめとしてあちらこちらに出かけ、
よく歩いてはいるので、足腰には自信がありますが、
腕っぷしを使うことって、あまりないので…
つかってないと体力落ちるのね、と改めて感じた次第。

で、磨き後。キレイにはなりましたが、
汚れが水を伝って下の石に付いちゃっていて、
下の白い石がまた汚れちゃった…申し訳ない(泣)

P1200731

短い間でしたが、自分で石垣をきれいにするって
なかなかない体験でした。

さらに…小斎さんのご好意で、本丸東枡形の
石垣に命綱をつけて登らせてもらうことにしました!
(撮影:kuroさん)

P1200721

まぁ、こんなにゆったりしてちゃ鉄砲で
狙い撃ちされてオシマイですな(笑)

早い話ロッククライミングですから、
どこにどう足を置いてというのを計画を立てて
登らないといけないようですが…素人にはムリ。

命綱の扱いにもまごまごしながら…なんとか
上のほうまで登って、手を離してバンザーイ!

P1200727

…完全に腰が引けてますねッ(汗)

まぁ、それに比べたら小斎さん足取りの
軽いこと…さすが忍者!

P1200729

さて…ここからはkuroさんと八代城攻めです。
本丸東枡形に掛かる橋の先は高麗門である「欄干橋門」。
先ほど登った石垣は「頬当門」という櫓門跡。

P1200733

「頬当門」という名称は、熊本城にもありますし、
加藤家との関係があるんでしょうかね。

こちらの擬宝珠には、「元和八年」の銘。
1622年、築城時の貴重な遺構。

P1200732

さて、東枡形を出て北東隅。

P1200734

ここから本丸北に位置する松井神社へ。
ちょうど例大祭のときで、厳かな雰囲気でした。
・・・が、目的は北の丸の遺構(笑)

なにやら発掘調査をしていました。
新たな知見が掘り出されるといいですね!

P1200736

そばには樹齢千年を超える大楠木!

P1200739

近くのプレハブ(発掘調査する人の拠点?)に
このあたりの縄張図が貼ってありました。

P1200743

実はこのあたりで、小雨が降ってきて…あああっ、
と思っていたら、小斎さんにまたお会いし、
ビニール傘を頂いちゃいました。有り難い!

さて、松井神社の脇をお邪魔し、辛うじて
北の丸土塁と濠跡がわかるスポットへ。

P1200746

ホントにわずかですがね・・・
さて、北の丸井戸の跡の看板を横目に
八代城跡西に位置する八代市立博物館へ。

P1200748

kuroさんから撮影可(ここ重要)の八代城模型が
あると伺っていたので、テンション上がります☆

が、城主である加藤正方の足跡を辿る企画展も
なかなか見ごたえがありました。

20121125214445

実は、加藤正方とはお初に聞く名前でして…
が、タイトルにある通り、只者じゃない!
立場としては加藤家の家老なのですが、
政治的にも文化的にも大名に引けをとらないレベル。

そして、幕閣ともコネクションがある様子など、
これだけの史料が残るのも、ある意味彼の手腕の
一端を垣間見たような気がしましたね。

八代城がとても一家老の城とは思えない充実振り
であることを考えても、加藤正方なくして
八代城を語れず、という気持ちがします。

個人蔵で初公開という主君・加藤清正像も
几帳面で心配性、石橋を叩いて渡るってのを地でいく
清正らしさをうかがい知れる見事なものです。

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清正像アップ。

201211252147001

さて、お目当ての模型☆
本丸だけでもこのすごさ!大名格でも、
城持大名でない大名も多い中、こりゃすごいわ。

P1200750

先ほど居た北の丸。楠木はどこに当るんだろ…

P1200752

四重の大天守。破風は一切ない層塔型。
島原城天守もそうだった話を聞きましたが、
なかなか層塔型×下見板の組み合わせは興味深い。

P1200762

大天守の逓減率は少なめでどっしり感。
元和になってからの建造なので、形状的には
こういうどっしりした感じの天守が好まれたんでしょうか。

P1200753

一方で小天守は入母屋造りのようです。
しかも、熊本城っぽい起(むく)り屋根になってて
そんなところもいちいちおもしろいです(笑)

P1200778

ちょうど大天守と小天守の間を通り、
石段を上がりながら小天守に入った後、
一旦外に出て、大天守に入る構造。

P1200781

本丸南面。現在八代宮としての入り口は
この南面の石垣を取り崩してできたもの・・です。

P1200768

南面の天守近辺アップ。手前の月見櫓、
金沢城で多用される唐破風付出窓がありますね!

P1200770

kuroさんのご説明で面白かったのが、
枡形脇の平櫓。これ熊本城の枡形も同じ形式が
多いそうで、ここにも清正流の「クセ」があるとか。

P12007761

ふむふむ…いいなぁ。八代城楽しい☆
さて、模型でイメージを膨らませながら、
実地検証と参りましょう!

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晩秋の九州攻め・・・(3)永山城 ~ 石窯信玄

さて、日田は永山城。前回は日田洋酒博物館で
ウイスキーグッズのあれこれを見るのに忙しくて

全然城のほうは・・・だったんですよね。

というか、また今回九州を訪問するにあたって、
日田で飲もうとしていたわけでして、
日田には城がないのか・・・と探したのが永山城。

普通なら、日田豆田町あたりを散策するんでしょうけど…
古そうな蔵がたくさんあって、ちょっと竹原っぽい。

P1200615

マンホールは鵜飼。鵜飼というと、
美濃長良川の鵜飼が有名ですが、
日田でも鵜飼の歴史があるようですね。

P1200616

土蔵も興味深いんだけど…機会があればまた。

P1200618

すでに山・・というか丘の上に石垣が見えますね!
月隈山という小さな丘。

P1200619

永山布政所跡。1633年に天領化して
永山城は廃城となった後の陣屋跡。
一般的には、日田陣屋/日田代官所というみたい。

P1200620

少し進むと三の丸跡。丸山城の遺構というより、
日田県庁が置かれていた明治初期の石垣らしいんです。

P1200623

とはいえ、規則正しい切込接布積の石垣は
江戸時代初期の様相として感じられますけど…
明治=谷積の先入観がどうしてもあって(苦笑)

P1200624

大手門につながる石橋下の亀甲積石垣。

P1200626

大手門をはさんで左手の石垣は、
ちょっと今にも崩壊するんじゃないかという
孕みっぷり。危ない危ない・・・

P1200628

この三の丸跡、日田林工高等学校の
体育館になってるみたいで、どったんばったんと
やるもんだから石垣に荷重がかかってるんじゃ…

P1200632

この辺は谷積。すっかり九州で谷積を
見ることは多いなぁという印象ですけど、
いわゆる明治期に増えた谷積とは違っていて、
やはり江戸時代の谷積っぽさを感じるのですよね…

P1200630

今は行けませんが、西虎口。
どういう構造になってるのか見てみたいもの。

P1200631

三の丸石垣西側隅。石のお化粧を見ても
やっぱり「永山城」としての石垣に見えますな。

P1200634

ここから月隈山の麓をぐるっと。
折れて北に進んで見える石垣…
なんかこの谷積、半円弧を描いていないか??

P1200635_2

これ、城メグリストさんに教わったんですが、
同心半円型落積という珍しい積み方。
一般に江戸城、姫路城、白河小峰城にしかないと
言われているそうですが・・・これ、そうよね?

が、しばらくしたら石垣が消えて土塁…というか
山肌がそのままという感じになっていきます。

P1200636

ぐるっと回って東側。ここにも半円弧を描く
石垣がみつかりました。

P1200640

ほらっ!ここにも。

P1200644

ほらほら。留まるトコロを知りません!

P1200647

P1200648

明治期にこうした技巧的な積み方があったのは
なんとも不思議というより、違うんじゃね?
というように思えてしかがたないわけでして。

城ねこ。おばあさんになついてる。

P1200641

ただ、東隅の隅石が幾分変な気はしないでもない…

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さて、いよいよ月隈山に登りますよ!

P1200651

あの横穴は古墳跡。臼杵城にもありますよね。

P1200652

なんかポカーンとした人の顔のよう。
かーいい(笑)

P1200654

中はこんな感じ…石棺とかありそうな雰囲気。

P1200656

さて、永山城。アチラに見えるのは伝天守台…
だそうですが、石が丸く川石を使ってます。

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こちらから行くのが正統なんですが…

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よし…

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どりゃぁぁぁぁ!っと山肌を駆け上がって、
天守台下までショートカット(笑)

P1200661

川石を割った形跡もなく、そのまま持ってきて
積んでいるような印象。よく積めたな…

P1200663

それでもやっぱり谷積っぽさはあって、
九州の谷積の多さにちょっとなんか理由があるんじゃ?
と思わずにいられませんでしたよ。

ただ、隅石だけは加工された切石を使ってますね。
川石の丸々した石の中にポツーンと長方形の石。
隅石予定の残りを放り込まれたのかな(笑)

P1200666

ただ伝天守台とはいえ、虎口を守る櫓が
あったというような感じですね。
ま、天守でも良いんですがルート的に…
あっ、変なショートカットしたからかな(笑)

P1200671

石垣は一部だけで、伝天守台の奥は土塁が
伸びていましたよ。

P1200669

月隈城址・・・ちっさ(笑)

P1200673

元は山城だったところを少し石垣を
足したような感じですね。

P1200674

しかし、正式ルートでぐるっと回って
本丸に達するところの虎口の石垣がまた…
ものっすごい川石つかいまくり。

P1200675

使い方としては、虎口の強度を高める
山城っぽい石垣の使い方。

P1200676

川石をつかった石垣では、遠江国の横須賀城が
有名ではありますが、山城(というほどでもないけど)に
使われているのはおもしろいですよね。

P1200678

しかし、永山城はわかっていないことも多いらしく
今後の調査が待たれます・・・うん、満足。

一旦、ホテルに戻ってから前回行こう!
と思っていたイタリア料理屋さん
に…その名も
「石窯信玄」さんです!

P1200706

実は結構遠いんですけど、ガマンして歩きましたよ…

歩いて30分ほど。マットが信玄さん(笑)
オーナーの娘さんが描いた信玄さんなんだそうです。

P1200705

メニューにも信玄さん。かわいいお屋形さまだ!

P1200695

残念ながらメニューを見て、これだぁ!
と思った秋茄子のピッツァは売り切れでしたが、
四種のチーズがふんだんに使われ、
メープルシロップや蜂蜜をかけて頂くピッツァが格別☆

P1200698

P1200700

ホント、美味しかった。チーズ好きには
大満足の一品。歩いてここまできてよかった。

そして、チーズにメイプルという組み合わせの
おもしろさ。甘みをもってくるとは…
他でも試してみたくなりました。

P1200701

このピッツァのお供にはもちろん赤ワイン。
南アフリカのウガパ。フレンチオーク樽熟成10ヶ月、
ってとこに興味が惹かれました!

P1200696

ワインは詳しくないのだけど、
ウイスキーとのツナガリで樽熟成しているのを
選ぶとよいのかもしれないな。まだ売ってるね
ポチッちゃおうか。安いし。

ちょっと物足りないので、地鶏の炭火焼も。
これがまた…美味いんだわ。

P1200702

いやはや、ご馳走さまでした。
日田名物とかではないですが、いい食にありつけました。

お店を出るときに、なんで信玄なんですか?
と訊いてみたんですが、以前お爺さまのやっていた
お店の名前を引き継いでいるとかで、詳しいことは不明。

そして、歩いて戻る途中に酒屋さんがあったので、
ふらりと入ってみると…旧スーパーニッカの
「ひた」ラベルがあるじゃないか!即買い!

P1230910

ラベルは鵜飼。そっか日田って、
鵜飼のイメージなんだな…

P1230911

たぶん、ニッカの工場がかつて日田に
あったゆかり、なんでしょうねぇ。
思いもかけず、お宝をゲットできてホクホク。

この勢いで、日田洋酒博物館でさらにウイスキーを
引っ掛けていきますぜ。

P1200708

頂いた中でオールドボトルがよかったなぁ。
NIKKA G&G。古きよき時代のニッカ。

P1200711

SUNTORY GOLD。

P1200709

30年くらい前の商品らしく、今とかなり目指す
酒質が違うような。骨がありつつも優しさも。
飲みやすさだけではない感じですね。

せっかくなら同時に注文して、ニッカとサントリーを
比較してみたらよかったかなぁ。

さて、次の日は早起きして肥後八代へ。
前代未聞の石垣を磨く貴重な体験に向かいます。

コレが今回の九州行きのメインイベント。
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晩秋の九州攻め・・・(2)暘谷城

さて、翌朝小倉から各駅停車でゆらりゆらりと
暘谷駅を目指します。途中中津で乗り換え。
さっそく2014年大河の「軍師官兵衛」があって、
ニヤリとしちゃいましたよ(笑)

P1200453

観たかった鬼門櫓。もう崩壊の一歩手前、
という様子
しか知らなかったので、
この立派な修復ぶりにしばし唖然・・・・

P1200458

実は、アレを修復したんじゃなくて、
再建したんじゃないの?と思えるほど立派。
ちゃんと、修復した過程がわかります。
建材はかなり入れ替えないといけなかったでしょうが…

P1200466

明治初年の古写真を見るとしゃんと建ってますよね。
あそこまでボロボロになるなんて、
よっぽど放置されていたとしか・・・・ひどい(泣)

P1200465

下見板に塗られた渋墨がまだ初々しくていいやね。
櫓に入れるのはもうそろそろかな?

ただ、元あった場所ではないので、
石垣は模擬。元の場所に戻そうよ…と思ったけど
そうもいかないのはこのあとわかります。

鬼門櫓の特徴はなんと言っても、北東隅を
欠いた構造になっているトコ。これは、暘谷城ならでは。

P1200467

これ、鬼門に当たる東北隅を災い除けに
カットした構造にしているんですよね。

アングル的にはいいんだけど、木が邪魔・・・

P1200469

ま、櫓だけだとここでオシマイなんですが、
暘谷城ってば、石垣もすごいんやーん!

P1200461

奥の穴は往時にはあったんだろうか・・・
なかったに一票。

いまじゃもう湛えることはできないけど、
立派な水濠だったんだろうなぁ。

P1200462

石垣の加工度的には、野面積・・なんでしょうね。
野面積でもかなり打込接への萌芽は感じ取れますけど。

P1200463

このあたりはもう打込接って言っても、
よさそうなくらいの加工度ですね。
ちょうどこのくらいが好きなんですわ・・・(笑)

P1200471

ここの腰巻石垣・・・というか、
腰巻石橋(?)につながるあたりは、純野面積。
で、腰巻石橋は切込接。

P1200473

これ、積んだ時代が違うのか、それとも同時代に
異なった積み方が並行したのか。興味は尽きません。

しかし、空壕っぽく見えてるとはいえ、
キレイに残っていて、残り具合には感動します。

P1200475

暘谷城の石垣を積んだのは、穴太衆らしく、
この辺の加工度のゆれもそれっぽいですねぇ。
材料に応じた積み分けをしていたようにも思います。

暘谷城址の碑。ここからは小学校。
おぅおぅ、お前らうらやましいのぅ・・・

P1200476

大手口につながる腰巻石橋を過ぎて、
さきほどと反対側。底はなにやら加工されてます。

P1200479

ぬ、これは石垣を継ぎ足した痕・・・
どうもこのあたりがもともと鬼門櫓のあった辺り。
いつぞや入隅を石垣で埋めたようですね。

P1200480

往時の様子と現在の地図の該当部分を比較すると
入隅が消えているのがよくわかりますね。

P1200483

P1200484

濠底に降りてみますよ~♪

P1200485

ナニこの角!佐伯城の角みたいだけど・・
アチラは18世紀初頭・宝永年間の改修のときだけど、
暘谷城もこの頃に入隅を埋めたのかな?

P1200486

石垣を突っ切ります。やっぱり後年の改造、
という気がしてきました、この穴。

P1200488

トンネルを抜けると・・・

P1200493

そこは石垣の国でした(笑)

P1200494

でもなぁ、鬼門櫓の位置はやっぱり違和感。
濠の向こう側にあってほしいよなぁ。

P1200496

石垣の野面感は最高です☆おほほ~
野面積~打込接への過渡期具合がもう(笑)

P1200499

不揃いながらも、算木積ができ始めてるところに
ニヤニヤしちゃいますなぁ(笑)

P1200505

P1200508

鬼門櫓を見上げる。高級な漆塗りでなくても、
柿渋塗りでも十分キレイよね。つや消しブラック。

P1200511

向かいの石垣だけ妙に整ってるな・・と思ったら。

P1200504

その先は妙に石が丸いし・・むむっ。

P1200513

あ、ドリルの痕!復興石垣だ。

P1200515

その先もそうみたい。なんだぁ。

P1200517

さて、鈍角の隅石を見ながら曲がっていきます。
この上に多聞櫓があったようですね。

P1200519

算木積の角を持つ石垣がちょびっとだけ
飛び出してるのが気になる。何の痕跡だろう?

P1200520

この辺り、南北の端に二重櫓の北櫓と南櫓が
あったようなんですが、上のほうと下のほうで
積み方が違いますよね・・・?

下のほうは、いわゆる穴太衆の積み方っぽいですが、
上のほうは谷積(落積)っぽく見えるんですよ。

P1200522

この辺なんて、全体的に谷積感。
下のほうなんて、同心半円型落積っぽく見えます。

P1200524

北櫓下。このあたりは木々が生い茂って、
ちょっと見づらくなっております。

P1200526

海のまん前なんですが、木々がモリモリしていて
石垣を壊しちゃわないか心配です・・・
山城でふと出くわした石垣みたいで。

P1200534

お稲荷さん。なんでここに・・・城内が
小学校じゃなかったら、城内にあるだろうにねぇ。

P1200535

ホントに海に面してるんですよ。
往時はもっと海を引き入れてたでしょうから、
海城らしいようそうだったでしょう。

P1200536

えっ・・・これ、セメント入れてる?(泣)

P1200543

望海櫓石垣。角の曲線がちょっと歪で
おもしろい。

P1200545

ひときわ高いこちらが天守台。
どどーん。

P1200547

天守台、積み方は布積と乱積の中間の
「布目崩し積」という積み方だそうです。

再び望楼櫓石垣。どうやら石が大きめの
野面積みから打込接くらいがやっぱり
わたしの好みの石垣なようです♪(しつこい)

P1200548

この階段は往時もあったようですが、
ここまで来た道のほとんどは、濠から海に
つながっていたようでした。

P1200553

アチラから望海櫓へ。二層櫓ですが、
埋門的な入り口になっていたようですね。

P1200555

櫓内からはこんな感じ。

P1200567

せっかくだったら、櫓から海を眺めたかったなぁ。

P1200560

望楼櫓跡から見えるのは・・小学校。
さすがにこっから先はいけません!
天守台に上りたいわ。

P1200569

で、ちょうど休み時間みたいで
本丸で遊ぶ子供たちの声がこだまする・・・
と思ったそのときに、サッカーボールが!

さすがに荷物とタブレットを持っていて、
瞬時に捕まえられず・・ごめんねぇ。

海岸べりにある石垣は、模擬です。
わざわざつくらんでもよさそうなもんですが…

P1200573

隠そうというつもりらしいが、
モロバレすぎます(笑)

P1200575

天守台の前のこの石垣はホンモノ。
望楼櫓下から天守台下、そして
裏門方面にまで続く長い帯曲輪があります。

P1200580

これが帯曲輪。このあたりの天守台は
苔むしがびっしり。海の方角かどうかで
潮風の辺り具合が違うからかなぁ。

P1200584

P1200585

こうして見ると、積み方は野面ですけど、
隅石のシュッとしたシャープさはさすが天守台。

P1200586

帯曲輪下の車が停まってるあたりは水濠。
海にまで続いていたようです。
今では浅いので、少し埋めたかな?

P1200588

裏門櫓石垣。時鐘があるけれど、
往時は平櫓の裏門櫓があったところ。

P1200594

石垣の苔生しっぷりがキレイだわ。

P1200595

搦手を過ぎて、入隅を埋めたところに
戻ってきました。ここにはどうやらプールがある
ようでして・・・ここに鬼門櫓を再現するのは
今となっては難しいよねぇ。そゆことか。

P1200597

でも、少しはなれたところにあるあの櫓。
あれが裏門櫓でこれはさっきの、時鐘のあるところへ
移築して再現したほうがいいでしょ…

P1200598

裏門櫓、特に説明はないのですが、
漆喰壁の構造がわかりやすいように・・・
こうしてあるのかな?

P1200600

実はこれ、民家として移築されていたのを
2000年に日出町教育委員会が譲り受け、
解体・保存していたそうで、近年(2009年~10年)、
復元工事によって、蘇ったもの。ナイス!

だからこそ、せっかくだったら裏門の時鐘を
移動させて石垣の上に再移築してほしかった…

左手の建物は二の丸館。こちらにお土産屋さんや
レストランなどがあります。

P1200482

でも、よかったのは無料の暘谷城資料(笑)
「日出図跡考」という史料には、明治初期の
廃城直前に実測された天守実測図があるそうです。

それによれば、縄張りの南東に位置し、
一階は八間二尺×七間半。

二階は五間×四間、三階は四間×三間。
三層三階の層塔型天守で、四間半×四間半の
付櫓がつく、複合型天守だったようで、
付櫓から天守に入る構造。

高さは五丈一尺ですから、15.5mくらいでしょうか。
丸亀城天守のようなかわいい大きさですね。

天守立面図。資料には東面とあるけど、
どう見ても海側からみた南面としか思えない…
飾り破風はなく、下見板張り。

3

層塔型で下見板張りというと、八代城天守や
かつての島原城天守などを想起しますが、
いずれも九州というのもおもしろい。

層塔型はかなり建造の効率化が図られている一方、
下見板張りにしてコスト削減したのかな?
などと想像します。石高3万石ですしね。

こっちが東側だと思われます・・・

2

うん、ここまでできるなら再建しようと思えば、
再建できるな、暘谷城天守。
ただ、郡下の町単位ではちょっと無理だね。
資金的につらいだろうな…10億くらいはいるかな?

暘谷城全体図。右上の曲輪が二の丸で、
上側が大手門、下側が搦手門。
いずれもしっかり枡形に見えていますが、
枡形を形成する石垣は撤去されているようです…

1

こうしてみると、鬼門には鬼門避けの入隅に
なおかつ北東を欠いた鬼門櫓。鬼門に対する備えが
なぜか厳重なところが気がかりになったりします(笑)

暘谷城、かなり中津城主時代の細川忠興の援助で
造られているそう。木下延俊の妻が細川家の出という縁。

城内の櫓、明治維新まで残っており、
中には移築された櫓もあって、そのうちのひとつが
先の鬼門櫓なのだけど、裏門櫓は民家として、
望海櫓は、城内にできた日出小学校の裁縫教室に。

望海櫓は、1921年に取り壊されたとあって、
なんで修繕しなかったんだ・・(怒)
お金なかったのかなぁ。

ただ取り壊す前に天守だけじゃなく、
各櫓の実測図が「日出図跡考」に残存するのは救い。

うむ・・・暘谷城なかなかやるな。
楽しすぎて、予定時間をオーバーしそうに(笑)

三の丸の門跡も少し巡ってみましたが、
遺構はあまり確認できず。さて、急ぎで暘谷駅に。
駅前の雀荘のネーミングにぷぷぷとしながら(笑)

P1200610

2012年12月から大分の一部でも、
SUGOKAが使えるんですね!
関東のSuicaユーザにもうれしい話、かも?

P1200611

大分駅は残念ながら通過・・なので、
府内城はなし。ポッポおじさんの大分からあげで
からあげをモリモリ購入。

P1200612

P1200613

どっちが醤油?どっちが塩?って感じですが
個人的にはより醤油のほうが好き。

さすがにお昼から揚げのみというわけにも
いかないので、ブリトロも頂きました。
美味しいもの、ばんざーい☆

P1200614

さて、この後は久大本線で日田まで。
まずは、日田永山城に参ります。

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晩秋の九州攻め・・・(1)Bar STAG

さて、いよいよ残るネタもあと2件。
そのうちでも巨大なネタに取り掛かりますか・・・
昨年の晩秋、5泊6日で満喫した九州。

全体の流れは・・・

(1)小倉・Bar STAG
(2)暘谷城
(3)永山城
(4)日田洋酒博物館
(5)八代城
(6)佐敷城
(7)熊本城
(8)鹿児島城
(9)尚古集成館
(10)薩摩郷中蔵
(11)知覧城

という感じ。見事に酒と城しかありません!
てことで、少なくともその11までございますので、
よろしくお願いします(何に?笑。)

夏に九州に行ったときに、失敗したなぁ、
と思ったので、少し早めの飛行機で北九州空港に。

で、バスで小倉市内に向かって、Bar STAGさんへ。

P1200444

P1200445

東京に居てもそのウワサはお聴きするくらい、
有名なBarみたい。マスターは海外にもよく行かれていて、
海外のウイスキー事情にも精通されているようで、
シンガポールのお話が興味深かったですねぇ♪

そして、ウイスキーライヴシンガポールに
行きたくなっているのは、ここでお話を伺ってから。

東京でもこういうところはどう?といくつか
新たなBARを教えていただいたり(まだ行けてない)、
ものすごくお世話になって・・ありがたい限り。

肝心の頂いたモルトたちですが、
写真には残ってるんですが、メモを紛失のため、
感想書けずorz やっぱり、早くblogにしないとダメだねぇ…

P1200448

P1200451

翌朝は、南に下って日出。
鬼門避けが珍しい鬼門櫓が見ものの暘谷城。
でもね、それだけじゃないのよ・・・

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2013年の初山城・・・烏帽子形城(+大坂城)

さて・・・今年の帰省時、九度山の帰りに、
2013年度・初山城。烏帽子形城に行ってまいりました。

烏帽子形城は、昨年の夏「秀吉の城」の
記念シンポジウム
で知った城。

築城は1332年、楠木正成の手になるといい、
後醍醐帝に味方した正成が拠点とした「楠木七城」に
数えられる歴史が長い城のようです。

ちょうど、南海線で九度山に行く途中の
河内長野にあるので、足を伸ばしてみようかと・・・
# ゆうりさんを差し押さえて、抜け駆けしちゃいました(汗)
# つ、次案内するから許して(笑)

河内長野といえばこれ・・関西サイクルスポーツセンター♪

懐かしいCMくらいしか思い出せませんでしたが(笑)
河内長野駅から歩いて20分弱。烏帽子形城跡に
鎮座する烏帽子形八幡神社に着きます。

市の木・楠と市の花・菊のデザインの
マンホール。

P1230125

神社を前にして右手の道から、城内へ。

P1230128

ようやく国指定史跡に認定されたばかりですが、
薮薮しているわけでもなく、非常に整った印象です。

P1230131

かなり深く、そしてわかりやすい空壕。
凝った仕掛けはありませんが、オーソドックスな
土の城という感じですかね。

P1230136

欲を言うと、木々はないほうがいいのですが、
土塁が崩れたり、という可能性を考えると
ある程度は、仕方ないのでしょうね。

雑草の類が見事に刈られているのは、
ありがたい限りでした。

この土塁から城内に侵入します。

P1230139

アチラにいくと二の丸虎口へ。

P1230141

が、一旦パスして東側の土塁に回ります。

P1230143

堀の道。わかりやすいですね。
ちょうど土塁に囲まれた壕底を歩ける道に
つながっています。

P1230145

これ、写真に撮っても比較的わかりやすい。
壕底から土塁上までの高さが、見て取れると思います。

P1230148

P1230154

二の丸虎口に近いところまで戻ってきました。
さすがに空壕の端は少し浅くなってましたけれど、
雑草がない分、いい感じで理解しやすい!

土塁上から。左側はわかりにくいですが、
右側の土塁との高低差から、かなり深く掘られてるのが
わかると思います。5m以上はあるでしょうか。

P1230157

土塁自体はコレくらいの幅。

P1230158

この先の土塁端には、木組みの櫓が
あってもおかしくないですね・・・

P1230161

今度は逆に西の土塁の端へ。烏帽子形城って、
細長い曲輪というか、土塁が多いです。

P1230165

入ってきたときに見た空壕を逆方向から
見た感じになりますね。

P1230166

しかし、攻城中に辺りから銃声が・・・
地元の子供たちがエアガン使って銃撃戦を!
いいのか悪いのか、ある意味城らしい遊びではあります。

・・・と銃撃を受けないように(笑)
そろりそろりと腰曲輪に潜入していきますよ。

P1230169

アチラに見える通路が本曲輪への上り口。

P1230172

腰曲輪から本曲輪を見上げる。
ホント、はっきりとわかりやすいわぁ。

P1230174

逆に腰曲輪から先ほどの空壕をば。
側面から見ても高さがありましたが、実際に
上って見下ろしても、高さを感じます。

P1230175

こりゃ、銃撃戦したら楽しそう(こら)
いや・・雪合戦くらいにしておきましょうか♪

P1230177

向こうに見える通路から、南の壕に続きます。

P1230179

このあたりのクランクしてる虎口は、
いかにも城ですなぁ、という印象を持ちますね。

P1230181

ここから壕底に降りて、南の空壕の底を歩きます。

P1230182

壕底が凸凹うねうねしていて、歩きにくく、
これもまた遺構なのかなぁ・・とか思いながら。

さて、南から回って西側から本曲輪へ。
銃撃戦のあるじたちの一方の本陣がここにあり(笑)

P1230184

本曲輪にある復元予想図。やはり今のほうが
往時よりも土塁は削られちゃってるのかな。

P1230185

本丸から腰曲輪、そしてその底の空壕。

P1230188

本曲輪の東端は丸くなっていて、
これまた櫓でもありそうな雰囲気ですよ。

P1230190

ここも高低差をよく感じられるいいスポット。

P1230192

腰曲輪の敵を・・ってこら(笑)

P1230194

や、こゆとき特にボケてくれるコンデジで
助かりますわぁ。デジイチじゃないのよ。

P1230195

最後に本曲輪北面を写して、攻城完了☆

P1230199

この日は、梅田に戻って大阪ブラック!
富山ブラックほど強烈な塩気ではないけれども、
醤油が主人公のスープはいいですわぁ☆

P1230211

■おまけ■

とはいえ、大坂城とかも行ってるわけですけどね・・・
一応、わたしが最もなじみがある城ですし。

大手櫓門とか・・・

P1230016

千貫櫓とか入りたいわけですよ・・・

P1230017

桜門は工事中。

P1230021

何度か出てきてると思いますが、
この角度からの大阪城天守好き。ここは大「阪」城。

P1230023

さて、天守は置いといて本丸北東へ・・・
眠い城ねこ発見。ずぴー。

P1230026

あ、そろそろいい感じの空の色だ。

P1230029

極楽橋。往時は豪華な廊下橋だったはず。
一部が移築遺構として残る竹生島にも
一度は行きたいよね・・・

P1230033

極楽橋から天守。

P1230034

なんだかんだ文句言っても、銅瓦葺はヤダとか
いいながらもなじみがあるからねぇ・・・
もっと豊臣大坂城に近づけてほしかったけれども。

青屋門。明治維新の大火でもダメージを受け、
改修されるも空襲で再び大破。1969年に復興。
残材を用いて・・ということは木造なんか?知らぬ…

P1230042

巳年。

P1230050

さ・・・また来るね、大坂城。

P1230053

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「わくわく城めぐり ビギナーも楽しめる城旅34」

さて・・・1/24のこと。池袋はジュンク堂書店。

以前、江戸城でお世話になった城メグリストさんと
大阪で「秀吉の城」シンポジウムでお話を聴いた
中井均・滋賀県立大学准教授/織豊期城郭研究会代表との
トークセッションがあったので、行ってまいりました。

Wakuwaku

サインももらっちゃいました。うふふ。

P1230815

トークは、ちょっと山城らぶに偏った内容かな?
という気にはなりましたけど、本の中身はこれから
城を見に行く人に薦める、という目線で
いい本だなぁ、と思いました。

■所感

まず・・・表紙ね。個人的に熊本城宇土櫓を
上げてくださってるのが、スゴイうれしい!
天守に匹敵する大櫓、熊本城は天守よりも宇土櫓!

で、中身ですけど・・・・
後半の城旅ニスト編は、けっこう歴史的なお話も
多い気がするんですけど、冒頭「城=歴史=難しい」という
固定観念を覆したくて、とあるように、
歴史を知らないと、城は楽しくないってことはない!
という点に前半の城旅ビギナー編は、重きがあるようで。

実は、わたしもこの点には諸手を上げて賛成。
さすがに城ビギナーです、というつもりはないですけど…
(かといって、極めてるつもりもないです)

微妙に歴史的関心と城そのものへの関心にズレがあり、
城に行くからといって、その城の歴史に詳しい
というわけでもないんですよね。

そして、有名かどうかではなく、最初に見ておくべき城、
という点でチョイスされているようにも思えました。

多少強引ですが・・食べ物飲み物もそう。
最初に美味しいものに触れておくと、好きになるけど
適当なものから入ると、印象悪くなりますものね。

必ずしも、「城旅ビギナー編」の城だけが
ビギナー向きというわけではないと思います。

が、純粋に○○が好き!とかっていうのがなければ、
この本に従って、いろんな観点で城を
見ていくのがいいかな、と思わせてくれる内容。

あと、手っ取り早く城の構造に詳しくなれる
お城の超基礎セミナー。これだけ目を通すだけでも
お城に行ったときの楽しみが増えると思います。
(山城は除く・・・笑。)

視点としては、レジャー・ヒストリー・アート。
わたしの理解ですが、城としての軍事的な要素を歩いて
確認しながら楽しむのが、「レジャー」。
歴史的な重要性を知って楽しむのが「ヒストリー」。
そして、純粋に城への美的感覚で楽しむのが「アート」。

わたしも「ヒストリー」から始まって、「アート」へ。
そして、城好きさんと城に行くようになって、
ここ1,2年で「レジャー」の要素が出てきた感じです。

そして、「レジャー」の要素に欠かせないのが、
想像力の要素。これも想像力をどう働かせればいいか?
という点のアシストも、初心者には必要でしょうね。

この三つの要素がバランスよく書かれている点が
すごくいいところだと思います。

てことで、すでにお城が大好きです!という人ではなく
(や、別に手にとってかまわないのだけど)
お城ってよくわからないけど、少し興味あるなぁ、
くらいのひとに手にとってもらうと、真価を発揮するかな。

今までと違った肩肘張らない、素直な感覚で
お城を楽しめる入門書という感じですね。

・・・とメッチャ褒めさせて頂きましたが、
城メグさんから別に何ももらってませんからね(笑)

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CP+2013。

さて、カメラの展示会 CP+
昨年は行っていないのですが、今年は
忘れずいくぞ、と。

P1230654

今は、LUMIX DMC-LX5を使っていますが、
次買い換えるとしたら・・・という目線で見学。

■Panasonicブース

Panasonicブースで、Panasonicの方に
この自動開閉式キャップを見初められて・・・
かなり珍しかったみたいでした(笑)

今の順当な候補はコレ・・・同じLUMIXの
DMC-GX1。マイクロフォーサーズ機。
もともと、GFシリーズを狙っていたのですが、
GF1はよかったのに、
GF2でタッチパネル化してがっかり。
GF3じゃ形状変わって・・・あああっ。
てことで、GX1が大本命だったんですけども。

こういうプレミアムな機種でも、
デザインアクセントがあればいいのにねぇ。

P1230660

で、LX5が約271gなのに対し、GX1は
レンズ付きで400g台。やっぱり重い・・
コンデジ最上位機種とマイクロフォーサーズ機
を比較するのもムチャなんですが。

コレに競合するのが、OLYMPUS STYLUS。

■OLYMPUSブース

梵字の入ったレンズキャップが気になりましたが(笑)

P1230719

気になっていたのは、XZ-2。
1/1.7型のCMOSセンサで、1/1.63型のLX5と
ほぼ同じレベルの撮像素子。

P1230730

操作系もかなりLUMIXから違和感がない、
というのもポイントです。

P1230733

ただ、今のLX5から進歩する点があまりなく、
次買うものとしてはどうなのか・・と思っちゃいます。
飛び出すレンズカバーがデフォルトであるのはいいな。

P1230752

さて、どこに行こうか・・と次は何気なく
SONYブースに。

■SONYブース

事前知識がないもんで、マイクロフォーサーズ機とか
触ってたんですが・・・

P1230762

え?これすごくない?(今更なんですが・・発売中だし)

P1230775

というのが、コレ。DSC-RX100。
パッと見、スタンダードコンデジクラスの寸法、
そして重さ。約240gでっせ!

P1230772

1型のCMOSセンサーってことは、今のLZ5より
撮像素子が上がって、なおかつコンパクト。
トレードオフを見事にクリアしている・・・・

ズームは3.6倍とLZ5とほぼ同等。
ただ、ちょっと劣化はするんだろうけど、
全画素超解像で7.2倍までOK。

意外と便利そうなのが、電子水準器とUSB充電。
PCから充電できるのはありがたい。
PCあれば、ACアダプタなしで旅できるかな?

実勢価格は、価格.com最安で¥46,140(2/3 1:00時点)
買えなくはないなぁ・・・むむむ。

もうひとつ、一眼レフでも高級機にしか
採用されないという35mmフルサイズセンサを
LZ5くらいのボディに詰め込んだRX1。

P1230777

P1230780

一本通ったメタリックブラウンがかっこいい。

P1230778

描写力は圧倒的ですね。腰抜かします。
さすが高級機にしか搭載されない素子・・・
ということで、お値段も20万円以上。
これもほっしいなぁ・・・

コンパクト重視に傾くならRX100なんですけど、
それでも482gとはいえ、このスペックなら
この重量にも耐えようと思いますわな。

ま、一番のネックは価格。金あれば買いたいですが、
悩みどころですねぇ。

まだ、LZ5現役ですし、満足してるので買いませんが、
写真はblogの肝のひとつなので、少しでもキレイに
撮れるデジカメの情報は仕入れておかないとね。

発見があってよかったなぁ。もう少し待って、
LZ5がお役御免の頃には、もっといいのがあるかなぁ(爆)

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The 9th anniversary。

さて、本日もあとわずかですが・・・
2/1はblog開設記念日 & twitter開始記念日。
blogは9周年、twitterは2周年。

そんな節目のときに、余市ヴィンテージを
楽しんでまいりましたよ。

1st・2ndヴィンテージの1984/1985。

P1230645

シングルモルト余市1984は、シェリー樽だけみたい。
ワインで感じるような葡萄の皮の渋み、
ダークチョコレート、干しレーズン。
白酒かあるいはハーブ的な不思議な感覚もありつつ…

シングルモルト余市1985。新樽、活性樽中心。
割とピーティで新樽とピートのシアワセなマリアージュ。
香りは新樽が主役、味わいは活性樽。
フィニッシュでピートがほどよく主役を演じる。

前中後の主役の立ち替わりのコンボは素晴らしい。
新樽はやわらかなバニラ感として感じられ、
新樽どーんのカスク20年のような勢いには欠けるかも。

続いては、世界一の称号に輝いた1987、
そしてそれを記念してつくられた1987ノンチル。

P1230649

先ほどの1985もピートを感じたせいか、
1987ブラザーズもピーティなはずなんですけれど、
それよりも樽熟感を非常に感じました。

それでいて、どちらも樽の渋みは抑えられて、
甘いナッティ感がうまく引き出されている感じがします。

ノンチルとノーマルの差としては、ノンチルのほうが
やはり複雑さがあって、ノーマルのほうがキレイ。
城郭建築に喩えるなら、1987ノーマルが木造再建の櫓、
1987ノンチルが歴史が詰まった土っぽさのある櫓。
・・・まさかのティスティングコメントに城登場(笑)

まぁ、そんな贅沢な飲み方をしながら・・・
9周年を振り返ります。

ここ2年で、twitter-blogのすみわけも確立して、
blogとしてはコンテンツとしての位置づけに
注力できるようになってきましたね。

アクセスも直前でようやく60万を超えるにまでなり、
一日当りに換算すると、そう多くもないですが
継続してアクセスがあることはうれしいものではあります。

毎年、記念日にblogを書く際には周年記事を
引っ張り出してきて、読み返すんですけれども・・・

一見、コンセプトがないようにも思えると思いますが、
まず第一義には、自分の記録したいことを記録するコト。
そして、それを通じわたしを知ってもらうきっかけに
なるようなものにするコト。

この点は、関心の焦点がゆらゆら移り変わったり、
書き方や切り口が変わっても、一貫していると思っています。

7周年のときに書いている

「自分の書きたい衝動を満たし、また、後から
 振り返れるアーカイブにできたら・・
 あわよくば、nikko81ってこういう人間だよ」

というのが、変わらぬわたしのblogのコンセプト。

導入口がblogそのものではなく、twitterになったとはいえ、
人にいつでも見せられるコンテンツとして、
手元にあるのは、ちょっと我ながら心強いものです。

さて、昨年抱負として書いたこと。
戦略的に人と会っていく、というのは
昨年も継続しているし、その広がりを実感する日々。

ただ、「自分に合った人脈つくりの流れ」のなかで
思うようにいかないことも多かったな…
2012年の振り返りであったりします。

こゆときって、原点に立ち戻るのが城跡で…
違う違う、定石であります。何のための人脈か?

やっぱり、意見を交わすことで成長したり、
違う考え方から学んだり、刺激を受けるということが
大事なことだと思うわけで、そこはブラさず。

その意味でも、アウトプットを出し続けていくことは
大事だと思っております。2012年はこうしたい!と
宣言したんですけど・・「我が想ひの丈こそ語らめ」と。

でも、やっぱりまだまだ不十分、
という感覚がわたしの中にはあります。

旅だったり、さまざまなイベント、魅力的なモノが
あまりにも多すぎて、欲張るとなかなか時間を
取れないものなんですが・・これは継続して、
目標としていきたいと思います。

そして、それにプラスしてビジネスもプライベートも
思いの丈を何かに結実させたいとも思います。
まぁ、まずは城と琥珀色(ウヰスキー)ですわな(笑)

来年再来年というスパンではないですけど、
自分の思いで何かをこう変えられた、というものを
求めて行きたいと思います。

詳細は、追々・・・ですが、城に関しては
かなり明確になりつつありますし、
琥珀色についても、ジャパニーズへのこだわりは
しっかり持ちつつ、琥珀色に人を巻き込む!
というのをわたしなりにもやってみたい・・と。
後者に関しては、Kaoriさんがひとつのお手本ですよね。

そのためには、自らの関心を律し整理しつつ、
客観的に角度を変えながら、捉える作業も続けていきたい。

・・・とそんな決意を新たにする9周年の夜。

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信長の館。

ま、信玄目的で安土に赴いたわけですが、
城に行かずに帰るわけにも行かないわけで・・・
かといって、安土城址は時間的に厳しい。

ということで、天守六階七階部分を
復元した信長の館は、やっぱり見ておきたい。

・・・ということで、信長の館だけ。
セビリア万博に出品された故内藤昌氏案による
天主五層六層部分が復元されています。
# 2012年10月23日にお亡くなりになられました。
# 改めて弔意申し上げます。

いろいろ批判もあるようですが、安土城天主というと
誰しもまずこの天主案を思い浮かべますよね。

P1190752

平面図。もちろん、史料があるわけではなく
想像・・といえば、想像。

P1190754

ですが、この天主部分ってきっちり木造で
造られているんですね、これは知らなかった!

P1190758

また障壁画や彫り物、金物のすばらしさ・・・
復元かどうかはさておいて、一級の美術品ですよ。

P1190760

コレが現物。屋根で覆われてるため、
劣化がしにくく、けっこう経つはずなんですが、
まばゆいばかりの姿のままです。

P1190767

脇にあったペーパークラフト。
必死で脳内で合成合成・・・(笑)

P1190765

安土城天主って、特にどこか宗教性を感じます。
これ天守の中では珍しいというか、
最初で最後の宗教性を帯びた天守(主)なのかも。

P1190769

P1190830


この釘隠しなんて、江戸城や二条城の御殿に
ある釘隠しに似てますよねぇ。

P1190770

金箔瓦。凹面のみ金箔を押してあって、
凸面には金箔を押さないのが信長流・・・だけど
織田瓜には金箔押してあるな(汗)

P1190775

最上層は金閣の如し。

P1190776

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最上層の入母屋破風。まぁ、ものすごい豪華。
でも、鯱は実際全面金箔ではない気はします。

P1190784

最上層内部。後年の本丸御殿の大広間上段之間、
がちょうど天主にあったような感じ。
にしても、この漆の使いようは贅沢でまばゆい…

P1190786

天井は格天井。中に入ってひとつひとつ
ちゃんと眺めてみたい(たぶん首メッチャ痛くなるはず)

P1190787

やはり、金と黒が織り成すゴージャスさと
しっとりとそして、威厳のある色彩空間は大好き。

P1190792

観音扉の彫刻もすごいよね・・・
一級の美術品そのものだわ。あわわわ。

P1190795

どーん!ホントはもっと引いて
撮りたいんだけど、これが精一杯。
ないものねだりながら、遠景も撮りたい(泣)

P1190804

五層から六層にかけての階段部分。
上がってみたい・・・期間限定人数限定でも
いいからお願いしたいわ・・・

P1190814

本当ならこの復元の意図を解説してもらいながら、
内部を巡るのが一番楽しんだろうけどね。

P1190816

必ずしもこうだった確証はないのだけど、
天主に八角円堂ってこれだけ。なぜこうなのか、
なぜ後年には受け継がれなかったのか?

P1190817

しかし、いつもは居れんだろうなぁ・・・
色がどギツすぎて、疲れちゃいそう(苦笑)

P1190821

おまけとして、家康を招いた宴の席の
料理の再現がしてありました。

P1190829

とりあえず、鮭(鱒かも?)がてんこ盛りで
メッチャ笑いました。鮭大好き!

P1190828

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