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天守への想い。

さて、徐々に方向性が定まってきたウイスキーと
違って急に盛り上がりはじめた城熱。

来年に向けた道しるべ・・として、
セミナーなどに参加して、自分の気持ちが
向かいつつある内容をまとめて、〆たいと思います。

以前から書いているうに、戦国時代が好きという関心と
城としての関心は、自分にとっては別物で、
やはり、現代の都市整備に連なる近世城郭、
特に城郭建築に対する関心の深さ。

でも、普通の観光客が考えるのとは、
少し違った意味で、天守を大事に考えたい…
という思いを強くしています。

まだまだ、仮説や想いに過ぎないですけど、
こういったテーマに関心がありますよ!というのを
備忘録も兼ねて、書き記しておきたく。

(1)天下人の天守

■安土城天主

住んでる都合上で江戸城、そして生まれのゆかりで大坂城。
天下人の城となった二つの城を学んでゆくにつれ、
天守(天主)の起源としての安土城天主をしっかりと
理解したいということがまず、挙げられます。

安土城天主は信長の思想を体現した「オレオレ」天主。
必ずしも、天守(天主)の起源が安土城天主とはいえない
と思うのですが、思想を体現するメッセンジャー
としての天守の起源ではないかと思います。

その意味では、岐阜城山上天主・山麓天主にまで
遡る必要もあるかもしれませんが、いずれにせよ、
カタチそのものがどうだったか?よりも、
天守を信長がどう捉えていたかを理解したい。

■豊臣大坂城天守・徳川江戸城天守

そして、山崎合戦に勝利した直後に、大坂城天守の
建築に取りかかる秀吉と、豊臣政権下で天守を
上げずにいた家康が関ヶ原勝利後にすぐに、
江戸城慶長度天守に取り掛かるという類似性。

天下に威を轟かすだけでなく、秀吉にとっての信長、
家康にとっての秀吉という、前時代への対抗意識の表れとして
各天守を観ていくと、上手くは言えませんが
大櫓ではない天守の天守たらしめる所以がわかる気がして、
そういう観点で各天守を深く理解したい。

大坂城天守は、安土城天主を超える圧倒感と
「できるだけ速やかに」を築かせていることだったり、
安土城の朱塗りに対し、大坂城の漆塗りのという
意匠上の違いと秀吉の意図との関係性も理解できると
断然おもしろいように思うんですよね。

というのも、家康の江戸城慶長度天守が明らかに
漆黒の大坂城天守を意識した純白天守だったわけで、
現代人が思うような意匠上の好みだけでは、
決してないはずだろうから・・・

いずれにしても、天下人の城の天守には、
国を統べる者を象徴させるという意図があっただろう、
それが委細に解きほぐせたらなぁ・・・と。

(2)諸大名の天守

この表現としての側面を併せ持つ天守という発想が、
他地方にも広まっていくわけですが、岡山城天守にせよ、
広島城天守にせよ、秀吉との関係の近さと
大坂城天守の類似度合いが比例するような感じ。

朝鮮出兵ルート上の金箔瓦ロード、徳川領と接する
金箔瓦包囲網という捉え方を見ても、
都市間の関係や領域を形づくるモノとして捉えていて、
非常に興味深く、「横の関係」も意識したいなぁ、と。

もうひとつ、関が原~江戸初期にかけて、
破却された天守・破却されなかった天守から
垣間見える天守の位置づけの重要さを体系的に
理解したいなぁ、ということ。

天守を重要な建物とする共通認識はあっても、
大名によっての捉え方の違いから、
この時代の天守の本質が見えてくる…
ような気さえするんですよね。

また関が原前後では、徳川や徳川に近しい大名の城として
徹底的に天守構造や意匠を規格化・効率化しよう、
という意識があったように見受けられます。

もちろん、天守建造ラッシュに備えたものとして
理解することもできるんですが、江戸城や駿府城、
大坂城、名古屋城といった「徳川の城」だけでなく、
効率化してまでも、天守を上げた意味を
多角的に掘り下げると面白そうかな、と思っています。

また、徹底して天守に背を向けた伊達政宗の仙台城と
敗れてなお、天守を上げる毛利輝元の萩城の、
天守に対する意識の比較だったりだとかも
おもしろいかもしれませんね・・・

(3)明治の破却から見える城郭建築の捉え方

明治を迎えて、一旦歴史の「現役」の舞台から
降りることになった城。

城の縄張りは残ることはあっても、建築物としては
払い下げられたり、破却されたりして残った例は
わずかになってしまった城門・櫓、そして天守。

城好きとしては、この時代以降をおろそかに
しちゃいがちかもしれませんが(わたしも)、
この時代にもスポットを当てなくてはと思っています。

豊臣政権に対して徳川政権が、その印象払拭に
躍起になったように、明治の廃城令もまた、
新政府による徳川政権の印象払拭の一環として、
捉えることができます。

そして、旧藩士にとっては身を切られるような
想いであったろう取り壊し、旧時代の象徴として
取り壊し、払い下げる人たち、そして保存に向けて、
駆け回った人たちの中に去来する城郭建築の印象。

現代にも通じる「近代化」と「城郭建築」の葛藤から
この時代の人たちが城を、天守をどう捉えたのかを
学んでおきたいと思うんですよね。

ただ、城を壊しやがって憎たらしいではなく、
その時代にはその時代の空気があり、
それを踏まえつつ、なるべく時代を俯瞰して
捉えないといけないだろうと思うのです。

(4)戦後復興ブーム

これもまた注目はされないでしょうけど、
昭和初期に端を発し、敗戦後戦後復興の象徴、
という意味も担った復興天守群。

これもニセモノ天守、模擬天守とこき下ろすのは
簡単なことですが、時代背景を押さえつつ、
なぜあの天守が建てられることが是となれたのか?
を事例を押さえつつキチンと理解したいですね。

理由はともかく、何らかの象徴性を帯びた点で、
天守としての流れは、汲んでいるとは思うんですが…

今の時点でわたしが感じることは、焼け野原から
立ち上がって経済成長に邁進するという、
エネルギッシュでハングリー精神に溢れた
時代の気性に含まれていた…傲慢さ。

ある程度、許される部分もあるのかもしれないけど、
「燃えちゃったから燃えない天守を」という
自然に刃向かう傲慢さを感じずにはいられません。

壊れても燃えても、人の技と知恵があれば、
いくらでも再生できるはずなのに。

(5)現代における城と天守の意味

そして現代。文化庁が復元に史的根拠を
厳しく求める時代となって、昭和時代のような
「イイカゲン」な復元は、なくなりつつある時代です。

しかし、そもそも何故復元するのか、
史的根拠に沿って再建する価値をちゃんと整理を
しないといけないだろうと思います。

これまでの安土城から戦後の復興までの
城の歴史を追っていきたいと思うのも、
再建する価値を整理するうえで、先人たちが
城郭建築をどう扱ってきたか、何に価値を見出し、
つくってきたかという歴史を自分なりに、
しっかり押さえるために他なりません。

まだはっきりとは見えていませんが、
少なくとも、観光のためだとか人寄せのため、
であってはいけないと思っています。

日本建築の粋たる城郭建築の建造方法を
末永く日本に再び根づかせ、日本人が理解することで
まず日本人の自信のよりどころとなり、
平成の世にあって、数百年先の後世までに
受け継ぐに足る建造物をもつということ。

これも、大きな価値のひとつだと思っていて、
江戸城天守再建には、それを体現できる「可能性」が
あると思っていますし、史的根拠のある
他の天守再建も程度の差はありますが、同じです。

そして、再建だけではなくあるべき「模擬天守」に
ついても模索していきたいと考えています。

模擬天守の忌避される理由とは、その歴史的に見て
適当につくられたもの、後世に伝えるに足らないもの、
打算的につくられたもの…セオリーを大きく逸脱
したものという印象があるのが要因と思います。

歴史的な背景が充分に考証された城郭建築が、
現代的な利用用途も確保しながら、公共建築物として
建てられる選択肢に入るというのを、
現時点でのひとつの理想と考えています。

史的根拠を踏まえた緻密な再建は、
先人のなぞった通りにまずはやってみる・・・
という、「守・破・離」の「守」。
いつか、それを応用していければいいかなぁ。

例の福岡城天守再建の話は、「復元」ではなく
こうした伝統建築法と意匠や象徴性に関わる
歴史的な背景を踏まえた「新しい」天守として、
位置づけるのであれば、ありえるのではと思うんですね。

これには、郡上八幡・伊賀上野といった、
木造模擬天守の事例も参考になるかもしれません。

ともかく歴史を踏まえず、今それだけの価値でしか
天守を捉えないと、おのずと天守再建論が胡散臭くなる、
というのは、仕方がないことでしょう。

いずれにしても、まだまだ守の位置理解しながら、
謙虚に城郭建築のDNAを守り、伝えていくことに
少しでも力になれればという思いを強くしています。

そして、脇道に逸れますが、天守や櫓の未来だけでなく、
中世城郭の未来というのも少し考えたいとは、思っています。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

・・・さて、年の瀬も迫ったこの時間。
昨日今日と鬼のように記事を書きなぐりましたが、
ようやくこれにて、2012年〆でございます。

お越しいただいた皆さまには感謝しきり、
逆に2013年はtwitterと両立しながら、
皆さまのblogにどう訪れる時間を取るか・・も
課題のひとつだと思っております。

また城が続いたり、ウイスキーが続いたり、
それぞれに関心のある方には、どっちかにしろよ!
という方もおありでしょうが、そこはご容赦を。

nikko81というツナガリで、ここにある
今まで関心なかったことにも少し目が向く
きっかけになる方がいらっしゃったらうれしいです。

2013年もなにとぞ、ご贔屓のほど、
よろしくお願いいたします。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
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