夏の・・・九州攻め(8)岡城 その1 … 城人オフ4
さて、ようやく城人オフ4の始まりです!
大分在住のあむ隊長(@mapple88)を筆頭に、
城人主宰幸村!さん(@hanbe28)、
サイガさん(@dobasidorui)、
さらさん(@akiusagi_apple)、
ロームさん(@turinobuse)
よこさん(@fjwr_k868n)、
そして、わたしの7名の行軍。
今は取り壊された(笑)大分駅駅舎からスタート。
大分駅に集合して向かったのは・・・
竹田市立歴史資料館!岡城模型目当て☆
かなり想像も入っているようですが、
往時の岡城の様子をイメージしやすいですね。
大手門から御三階櫓方面を望む。
山上に櫓がギュッと詰まった感じです♪
御三階櫓。後で出てきますが、
カタチはテキトーなようです(汗)
岩盤の上に高石垣。なかなかこの角度から
実物を観ることないですからねぇ。
想像力を補ういい材料(笑)
御三階櫓遠景。鯱の尾の突き出しっぷりが
なんとなく盛岡城御三階櫓に似てる。
最上層にも火灯窓がある辺りも・・・
こちらが盛岡城御三階櫓。
絵図もありましたが・・やはり、絵図は
正確には描かれないもんなんですねぇ。
鯱。こう見るとそうは尾を
突き出してないような・・気もします。
第三代藩主の中川久清像。す、すみません・・
現代人的には・・マジメに描いてんの?と
爆笑しちゃうのをこらえてこらえて(笑)
1987年の岡城800年祭では、御三階櫓が復元。
古写真を参考してるっぽく、見てみたかった。
さーて、模型と古写真でイメージを膨らませたら、
城址を堪能しに行きますよっ。
チケットは「登城手形」、そして右にあるのは・・・
巻物!ちょっとした掛け軸風にも。
吊るとこないんで、ちょっと興ざめですみません(汗)
岡城の縄張図になってます。
センスいいねーっ♪
そうそう、九州沖縄版の100名城
スタンプ帳ももらえます。そんなんあるんだ・・・
そして、大手門後に向かうのですが
途中の資料館のアヤシイことアヤシイこと(笑)
竹田系!というとこからすでに苦笑を隠せません…
なんかもうツッコミどころに溢れて、
圧倒されてしまいました(笑)
で、岡城址の碑。最後の藩主中川久昭の三代後、
中川久順伯爵の親筆・・かな?
大手道を上がっていきます。
すでに石垣がモリモリ(笑)
なんか谷積っぽくねぇ?
史跡指定された直後よりはマシでしょうけど、
かなり鬱蒼とした感じです。
さ、上がっていきますよ・・・
幸村!さんがこちらを撮ってます(笑)
こちらが近世城郭岡城の大手門。
真ん中にホームベースの五角形の大きな石、
そしてその周りを比較的揃った石で囲んでいる。
かなり珍しい積み方!な向かって右手の石垣。
向かって左手。ここも思いっきり谷積。
上の凸凹がマリオの城壁に思い出します(爆笑)
大手門の解説。平成11年に模擬復元された
こともあるんだってねー。ハリボテらしかったけど。
内側から。
古大手門址。1613年、ここから登ると
朝日がまぶしいため、大手門が遷されたのだとか。
しかし、まぶしいから大手門移設って、
ここくらいなんじゃないの?
今ではその道は草によって阻まれている…
このときは大分県を豪雨が襲った後で、
まだ豪雨の爪痕が残っていました。
遠くに見えるのは、本丸跡の石垣。
朱印状蔵跡。緩くカーブを描いて
屋敷につながる円い弧を描く石垣に興味。
その隣は、中川但見家老屋敷跡。
少し低い石垣の上に屋敷が建っていたのでしょう。
やっぱり、ここでも谷積登場。
と思ったら、東側はピッチリした切込接。
乱積か谷積かは判別しがたいところ・・・
中川但見家老屋敷跡から向こう側の眺め。
中川覚左衛門屋敷跡。こちらも家老屋敷の一。
中川但見家老屋敷跡の隣に城代屋敷跡。
打込接布積の石垣が低く続きます。
一部は崩れてました・・・
じーっと眺めるさらさん(笑)
岡城石垣といえばココ!というくらい、
有名な三の丸北側の高石垣。絶景です☆
巻物と合わせて撮るさらさん。
# なぜかさらさんの登場が多いな(笑)
西中仕切門の石垣。
この辺から石の加工度が格段に上がり、
切込接石垣が増えてきます。積み方は・・・
亀甲積みでしょうかね。
こちらは比較的布積みっぽい。
が、しっかりとした近世城郭の石垣。
1594年に入府した中川秀成の頃すぐではなく
関が原のあとくらいの石垣に見えます。
三の丸太鼓櫓跡石垣。なんとなく角の算木積を挟み、
間の石の積み方は、打込接谷積→切込接亀甲積に
進化してきているような気がしますね・・・
亀甲積のラインに合わせて、
稲妻のようなカタチに根が生えている(笑)
三の丸太鼓櫓跡を内側から。太鼓櫓といいつつ、
ちゃんと枡形を形成しているようで。
三の丸石垣を近くで。どれくらいの高さが
あるんだろう・・・20mはある気がしますね!
本丸北西石垣。このあたりは布積ですね。
西のほうは布積。
東側から本丸に上がる道のほうは谷積。
切込接ですので、排水口がありますねー。
御三階櫓台。本丸南西に築かれたようですが
北東面にはほとんど石垣は築かれてないですよ。
白滝川の傷跡がここにも・・・
本丸南側の石垣を上から。
お、このあたりは石垣に飾りつけがありますよ?
下に降りて下からも本丸石垣を眺めてみよ。
それが・・いろんな積み方がごろごろ。
明治時代?と思わせるような真・谷積。
少し進むと野面積。
が、端っこの算木積の石垣には、
上で見たような近世城郭っぽい石垣飾り。
いろいろ組み合わせがおもしろい・・・
もう少し、東へ。東仕切門を経て
御廟跡、下原門跡、取って返して西の丸方面。
・・・は、このあと続きます。
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