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2012年9月

陸上自衛隊・平成24年度富士総合火力演習。

さて・・8/26の猛暑の御殿場。
陸上自衛隊・東富士演習場にて行われた
富士総合火力演習、通称「総火演(そうかえん)」。

昨年はハズレ、今年もハズレ・・・だったのが、
プレコさん(@purekomadoka)に4名までなんで
ご一緒に如何?とありがたいお誘いを頂き、参戦!

朝6時半に御殿場集合!とのことで、
前日入りして臨みました。御殿場にいると、
どーも、キリンに行くんでは勘ぐられるあたり、
苦笑するしかなかったわけですが(笑)

なにげにニッカに興味を示してみたり(笑)

P1170663

チケットがあれば、入場ができるわけですが
会場へはバスで行くしかなく、
バスの行列がこの時間ですでにすげぇ・・・
あ、あの・・・開場8時ですよ?

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さすが御殿場、富士山がよく見えます!
関西人的には、どーも冠雪のない富士山には
違和感があるんですがねぇ。

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会場にとーちゃく!あぢぃ!

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チケット。すでにスタンドは埋まっていて、
地べた席のみ。でも逆にこれが近くで見れて、
迫力満点!といううれしい誤算。

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地べた馴らしちぅ~

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頂いたチラシにあった抽選倍率に驚愕!
プラチナチケットだわ・・・あわわ。

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右手には火砲が今か今かとスタンバイ・・・

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遠距離に着弾・砲弾する箇所には、
こうして煙が立ち上がって知らせてくれます。

P1170690

と言ってると、来ました!前段演習スタート!

■前段演習

P1170702

動画でもどうぞ!

遠距離火力の説明。一同、えぇ!と歓声!

どぉーん!

はじめ、だんちゃーく!というのが
わからなくてね・・弾着ってことね。ずずん!

なかなか素人には弾道を追うのが難しいのです。

そして来ましたよ・・・曲芸射撃。
21門の火砲を1/100単位で精密に操作する
高い技術がいるんですな・・・よっ、富士山!

続いて、兵隊さんが陸上にするするっ!と
到着しました。おおおぅ!

そして、作戦現場から離脱!
なんたるアクロバットな!吊り下がって離脱!

そして、ヘリコプター火力!空からズトン!

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87式自走高射機関銃からの・・・

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お待ちかねの戦車火力!74式戦車から。
この距離でも十分、ビビる轟音。

そして、90式戦車!見ていただくと判るのですが、
発射した瞬間にぐぉぉ!ってなって、
どーしてもブレるんです!それぐらいの迫力!

後退シーンもド迫力!

そして、最新鋭の10(ヒトマル)式戦車!
S字型を描きながら砲火しますが、最初の1発が
メチャ近い!身体に砲火の轟音が響き渡る!

そして、後退しながらもう一発!どぉぉん!

キュッと停まるさまも迫力満点。

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前段演習の最後は、空挺降下。
ふわっふわ~♪

P1170808

とーちゃく!

P1170819

そして、後段演習では、統合作戦による
各攻撃の連携が見ものです!

■後段演習

洋上における対艦攻撃として、
P-3Cが出撃します!最後、転んだ(笑)

航空偵察!なんちゅー、アクロバットなヘリ操作!

そして、より詳細な偵察の為に、
ヘリからバイクが出撃!

さらに最前線に兵員が出撃!

おおっ、吊り下げ方式にて軽装甲機動車が
やってきました!

置き方が優しい(笑)

相手に仕掛けられた地雷を爆破する
地雷原処理車のロケット。こうして処理するのか!

そして、フィナーレ・・をちゃんと撮れないというね。
面目次第もございませぬ・・・

演習の終わった戦車たち。自衛官の方々が皆、
手を振ってくださるのがうれしくってね。

撤収する様子も一糸乱れず、
キビキビして見てるだけで、清々しいです。

演習後は、わずか1時間足らずの展示時間。
大慌てで見て回るぞー。

74式戦車のロゴマーク。どれもマークが
あるみたいでおもしろい。

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ロケット、どーん!

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90式戦車。なかなかこんな間近で
戦車を見ることはないよね・・・

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90式戦車のシンボルはキラービー。

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そして、最新鋭の10(ヒトマル)式戦車!
これだけは近くでは見れませんでした。

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シンボルマークは、鷲かな?

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輸送ヘリ・CH-47J。福島第一原発への
海水散布にも活躍。

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戦闘ヘリ・AH-64D アパッチ・ロングボウ。

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どうやら、木更津駐屯地配備のヘリのよう。

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いやー、楽しかった。近代軍隊の知識は
あまりないんですが、かなり圧倒されましたね。
こういう兵力が、日本を守ることになるわけですよ。
日本人として、知っておく必要はあると思います。

このあと・・・まぁ、帰りのバスを待たされましたよ。
バスに乗るのに数時間、そして御殿場でも、
乗り換えの新松田でも、ひとひとひと・・・

あんまり汗だくなので、小田原によって、
お風呂入って帰りました。そして、日焼けしすぎて、
後日、皮がめくれて・・・あわわわ。

さすがにこの炎天下で日焼け止めなしは・・
やはり、まずかったです(反省)

いやー、でもおもしろかった。
お誘いくださったプレコさんに
感謝感激雨あられ!でございます!
貴重な貴重な日曜日になりましたよん(笑)

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二条城展。

両国の江戸東京博物館でやっている「二条城展」。
いよいよ来週の日曜日の9/23に終了。

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まぁ、二条城一口城主であり、一日城主にも
お招きいただいたということもあり、
非常に親近感のある城。

普段はやりませんが、前期後期の展示換えの
両方を見に、2回もお邪魔しましたよっ。
終わる直前は混むと思いますが、まだの方は
ぜひ行って頂きたいですねー!

なかなかいいキャラしてる「まったか将軍」。
大広間松鷹図をモチーフ。

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北大手門鯱瓦や西南隅櫓鯱瓦、徳川葵の鬼瓦、
そして・・・唐門欄間彫刻がお出迎え。
西南隅櫓鯱瓦はかなり損傷が激しく、
今回で引退かもしれませんな。

唐門欄間彫刻、色褪せてはいるが、実に素晴らしい。
眼前に飛び込んできたかのような躍動感に感動。
普段はここまで近くで見れないからねぇ。

2回行ってきた、わたしの注目ポイントを。
(前期のみの展示もあるのでご容赦・・・)

■洛中洛外図屏風に描かれる二条城天守

前後期に行った理由でもあるんですが、
数多くの洛中洛外図屏風があり、前後期で総入替。
各々見ておきたくて。前期3双、後期2双。

(前期展示)勝興寺[高岡市]蔵
慶長期の二条城。右隻右上に伏見城も描かれているが
オーストリアで見つかった「豊臣期大坂図屏風」の
豊臣大坂城みたいで、形状はあんまり当てにならないような。
家光期に拡張する前の徳川二条城の曲輪がよくわかる。

(前期展示)岐阜市歴史博物館蔵
こちらも慶長期二条城。一重の濠のみで
今の北大手門、東大手門。

東南隅櫓が描かれていなくて、創建時にはなく。
天守も中央北寄りで、家光期の天守台とは、
位置が異なり、全体的に秀吉の聚楽第的な印象。

(前期展示)佛教大学図書館蔵
こちらは今回では唯一の寛永期の二条城。
現存する東南隅櫓のほか、失われた東北隅櫓も。
東大手門の形状が今と違うのは、後水尾帝行幸後の
1662年に建て替えられているからなんだ。

五層天守の瓦が土瓦、総漆喰塗籠。
伏見城天守の移築だが、銅瓦とは描かれてない。

(後期展示)神戸市立博物館蔵
またまた慶長二条城。天守の描かれ方が層塔型っぽいが
入母屋屋根が重なる様子から後期望楼型。
淀城に移築された復元図をイメージすると、
一番正確に描かれているような気がする。

千鳥破風が全然なく、装飾的にシンプルにした
姫路城大天守に近い。

(後期展示)京都国立博物館蔵
基本的に後期望楼型に見えるのは、神戸市立博物館版と同じ。
廻縁の有無や壁に黒い柱が見え、また最下層の窓が
華灯窓になってるのが特徴。どうしてここまで違いがあるのか
というところが新たな疑問に・・・

いずれにしても、描かれ方の違いが非常に興味深いです。

■建築に関わる史料群

図面類が豊富に展示されているのも◎。
詳しくは読めなかったけど、貴重な史料だ!と感動
したのが、「京二條御城之御材木御勘定帳」。

家康築城時の建築用材の量や材種が
細かく記されている…ということは、
淀城天守の史料としてみることもできるよね。

二條御城御天守。先日、大阪のくらしの今昔館で見た
寛永度二条城天守立面図もあってニンマリ。

慶長期二条城の規模と寛永期二条城の規模の比較ができる、
二條御城絵図がおもしろい。拡張する際の割普請が
詳しく書かれて、どう拡張されたかが克明にわかる。

後水尾帝行幸に向けて建てられた行幸御殿から
地上に降りることなく、天守に向かうために
本丸櫓門に接続していた廊下部材。
驚いたのが、これの梁が展示されていたんです!

往時の部材がかなり残るとは聞いていたが、
ただ、濠に掛かる部分ではなく
二の丸部分のみが残ってるそうですがね・・・
でかい立派な梁に圧倒。上質で保存状態もよい檜材。
復原に期待がかかりますねー。

■二の丸御殿障壁画・釘隠

多くの方が障壁画が目当てなのかなーと
思いますが、江戸城・名古屋城の本丸御殿に通じる
共通したデザイン性を感じ、東京でこれを鑑賞することは
ある意味では、江戸城の本丸御殿を想像するに
十分な史料・・・とも言えるでしょうね。

釘隠は、何度も見ているがやはり一級の美術品。
遠侍の括袋形釘隠、白書院の六葉形釘隠もよいけれど、
やはり、釘を隠すには大きすぎる(笑)
花熨斗形釘隠がすばらしいね。
大広間のほうは同じデザインで、黒書院のほうは皆
デザインが細かく違うらしいよ。

竹林群虎図、名古屋城本丸御殿とも共通する
ちょっとかわいい虎、勅使の間の帳台構に
描かれる初夏の楓。うっとりしますねぇ・・・

帳台構の釘隠、縦に5つ並ぶうち、
足で跨ぐ一番下の釘隠には、徳川葵が
ないのがポイント。一日城主のときに、
教えてもらいましたよ(笑)

あと、江戸城本丸御殿の障壁画の
図面があって、如何に二条城と似ているかが
よくわかったのも、東京での展示会に
ふさわしい一品だったよね。

■幕末・明治の二条城

幕末の二条城コーナーでは、特に惹かれたのは
写真家でいらっしゃる徳川慶朝氏(徳川慶喜家当主)蔵の
二条城古写真。城内の写真は特に貴重。

そう、城内で撮らせる指示を出せるのは、
将軍すなわち慶喜その人しかありえないわけよね。

けいきさんが写真に興味がある方で
良かったよね。ありがとう、けいきさん。

そして、そのけいきさんが黒書院で大政奉還を
決めた場面を描いた大政奉還下図。
(実際は大広間で述べたそうだが)かえすがえすも
あの場に着座できたことは、貴重極まりない経験でしたね!

そして、大政奉還上意書。けいきさんの字は
比較的読みやすかったですねぇ。したためたときの、
最後の将軍としての心持ちを想像すると、ほろり。

そして、時代は変わって二條離宮時代。
特に唐門の菊花紋の飾りが興味深く
表からはどう見ても皇室の菊花紋なんだけど、
裏から見ると前にあった徳川葵の痕跡が見て取れて。

普段は据え付けられているわけだから、
見ることはできないよねぇ。貴重。
燦然と輝く二の丸御殿の大きな菊花紋、
あれも徳川葵だったんだろうね。

■そして未来へ・・・

二の丸御殿天井画の模写の様子も紹介。
史的検証に時間と労力を掛け、
て寛永当時の絵具や材料で、鋭意復元中。

あのね・・・二条城に行くと模写に置き換わった
障壁画を見て、あぁニセモノになってんだね、
という声を聞いて、実に悲しい思いをするんですよ。

後年の加筆を削ぎ、欠損を補い、慎重に
形態・色彩・画法を特定する・・
ものすごい尊きプロジェクトですよ。

現存する古きものをただ守るだけではなく、
未来に向けて生み出し続けられてこそ、
その価値が高まるわけですよ。

形あるものは、いつか失われる。
だけど、常に生み出す人と知恵があれば、
その命を永らえることができます。

障壁画に限らず、城郭であれば天守や櫓、
石垣…みなそう。形あるものを守るだけでなく、
生み出せる「ものづくりの遺伝子」を絶やさぬように。
これこそ、文化財保護の究極だと心得ます。

さて・・最後には売店が控えます。
まぁ、控えめにとは思っても、買っちゃいます(笑)

といっても、図録以外は会社のデスクでつかえる
自分向けには、実用的なもの中心。

気に入ったのが、はがきとして送ることができる
二条城うちわや屏風のように折って飾れる
洛中洛外図屏風はがき。年末の城好きさんへの
年賀状にしようかなぁ。@200円

ということで、二条城展非常に楽しめました。
繰り返しになりますが、混んではいるでしょうが、
あと1週間ありますから、ぜひぜひおいでくださりませ。

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SMWS 2012 Autumn Bottle Sampling。

続いて、ウイスキーネタ。
もう季節恒例になってきたSMWS
オータムボトルの試飲会。

まぁ写真は毎度毎度、代わり映えがないので、
割愛するとして・・・前回の写真でも
全く違和感ナイという(笑)

P1100265

てことで、3時間くらいかけて12種類のティスティング。
個人的に気に入ったのは、コレ。

■35.67 Glenmoray 1988 23yo 63.2%

全体を通して、シナモン感が支配的。
香りと味わいにはギャップがなく、より口に含んだほうが
ダイレクトにスパイシーな感覚を憶えます。

甘さもあるので、おたべの肉桂味
シナモンドーナツみたいな甘さも感じます。
支配的ではあるんだけど、押し付けがましくなく、
すごくいい印象でしたねぇ!

■29.122 Laphroaig 1991 20yo 54.4%

シェリーでピートもしっかり。
この手のラフロイグは、ビターチョコ感だったり、
あるときには、ジューシーなソーセージ、
といった肉の感じがすごく出て、けっこう好み。

去年、ウイスキーライヴ台北で買った
記念ボトル
にかなりに近い印象のような。

ちょっと比較して飲んでみたい感じ。

また、買っちゃいそうな予感。
やばいやばい(笑)せめてどっちか…
というと、グレンマレイかなぁ。悩む。

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第6回スコ文研サロン・チーフの試飲会。

さて・・・Web12周年の当日だった9/9。
ものすごいありえないラインナップの
ジャパニーズウイスキーが飲める!とのことで、
飛びついて行ってきた・・のが、
第6回スコ文研サロン・チーフの試飲会

会場は、中野坂上のハイランダーイン。

P1180009

ボ、ボトルリストがすごすぎる・・

P1180010

デフォルトで、ニッカウヰスキーピュアモルト35年が
出てくるとは!なんとなんと!

P1180011

これね。なかなか飲めないっすよー!
ちょっと前に飲んだけど、でも飲みたいのだ。

P1180017

その他、竹鶴35年(2004年版)に…

P1180016

Bar BARNS向けオーナーズカスク 山崎1986。

P1180013

山崎1986 シェリーウッド。

P1180015

この中では・・・やはりニッカびいき的には、
竹鶴35年とピュアモルト35年が拮抗。

ピュアモルトがかなりドライで、
木の渋みや苦みも含めて美味しいのに対し、
竹鶴35年はグレーンが入っている分、
甘みをよく感じ、エレガントな印象。

サントリーでは、オーナーズカスク 山崎1986。
まぁ、これミズナラ樽なのですが、
ある程度の長熟ミズナラで、美味しくないわけが
ないでしょう(笑)

セオリー通りの神社仏閣臭はもちろんのこと、
最初に少し酸味、そしてダシ感。
置いた後には、ホットケーキの甘みや
わずかにハーブチックな香りもあったような。

山崎1986シェリーウッドは、
なんだか香りも味わいも弱々しくて、
印象はあまりないです・・・

むろん、これだけではありません。
なにせ手に入りにくいレアボトルが33本も!

P1180026

でも、とりあえずこんなん見たら、
ビンテージ余市行っとくでしょう☆

P1180018

あまりに本数が多いため、飲んだ経験が
どちらも1度きりの余市1986&余市1987

P1180032

P1180034

余市1986は、ブラインドで出されたら、
余市と思えないくらいの超絶ピーティなモルト。
少し草感もあったりして、アイラっぽさが。

一方、余市1987は、わたしがウイスキーにはまる
きっかけになったウイスキーなだけあって(笑)
焦げ甘感がなんともいえない。1988ほどじゃないけど、
蜜のような、凝縮された甘さも。

舌に乗せたときに甘さがわっと広がり、
フィニッシュでグッとピーティさが
塩気を伴って強く感じさせる…
鉛筆の芯の鉛の香りのようにも…

その効き具合も好みな一品。
やはり、余市1988と双璧を為す美味さ。

ベースには、ピートがしっかりあるけど、
その効き方がトップからフィニッシュにかけて
変化していくのもおもしろい。

もう、ここまで飲めばちゃんとメモなんて
取れるわけはなく、レアモルトばかりですが、
ちゃっちゃかちゃっちゃか、飲んでいきます(笑)

持ってるけど、70周年記念のブレンテッド、
美味しいよねぇ!

P1180035

スコ文研のオリジナル余市。
佐藤元マスターブレンダーのサインがある(驚)

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Whisky Magazine Live 10周年記念の
余市20年。

P1180041

あとは、何飲んだか憶えてません(笑)
まー、3時間しかないわけで、
33本を飲むには…まぁ、時間がない!

ちょっとあわただしく飲んじゃった感じもあり、
いくつかに分けて日を改めて、じっくり飲みたい
という気もいたしましたが、いずれにしても
破格値の試飲だったことは、間違いなく・・・

ただ、次回も似たラインアップで企画あり!
とのことなので、楽しみにしていようと思います!

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12周年。

さて、大慌てで京都大阪の話を終わらせたのは、
今日この日にWebをつくり始めて12周年、
というのを書きたかったからなんですよ。

今日は重陽の節句でもあるのですが、
その吉祥を意図したものではなく(笑)、
nikko81の「81」を9×9と見立て、
この日にWebを開設したというだけのことで。

ただ、”nikko81”という名前はそのくらい
長く使っている愛着のある大切な名前であって、
長寿を祝う重陽の節句に、永くblogが続く願いを
掛けてみてもいいのかもしれません。

まぁ、12年というといっぱしのウイスキーが
できるくらいの(これ10年のときにも書いた気がする)
期間なわけでして。

おぎゃーと言っていた、赤ん坊が
そろそろ中学生になろうかという時間の長さであり、
中学生が社会人になっている長さでもあり。

社会人になる直前にWebを始めたわけですが
その頃にここまで効用があるとは思いませんでしたが、
不思議とこのくらいまでは続くかな、
と、漠然と思っていた気がしています。

むしろ、5,6年目あたりほうが続くだろうかと
心配になったときが多かったように。

お付き合いさせて頂く方の顔ぶれも
随分と変わったような気がしています。

blogを止めてしまった人もいれば、復活した人も。
そして、わたしが日々のやりとりが
twitter中心になってしまって。

blogメインの方々へなかなか、というか、
ほとんどいけなくなったのは、
ホントに申し訳ないな、と思っています。
と思って、もう1年くらいになるけど・・・

Webをはじめたり、blogをはじめたり、
あるいは誕生日だったり、という節目のときは
過去を振り返ってみる酔い…もとい好い機会。

ざっと、振り返ってみても・・・

2011年9月
竹鶴酒造・岡山城・二条城、そして、
京都迎賓館の見学に当たったんだっけな。
そそ、熊本城の500円引き換えた。

2010年9月
Modern Whisky Life in SAITAMA行ったな。
ミズナラなんて「あるわげねぇ」に自分で笑う(笑)
あるじさんの企画で白州に行ったのもこのときか。

今年もそろそろ行くけど、SMWSの秋のティスティング
も記事にしているし、Modern Malt Whisky Marketも。
そかそか、白州ブロガーイベントもこのあとなんだ。

ウイスキーが多いけど、川崎の夜の工場を
見て回ったのも2010年。工場も美しいのだ。

ちょっと最近はデザイン系のイベントに
出れてない気はするな・・・
Good Design Expoは、実に楽しいです。

ちょいちょい動画がないのは、
niftyのアホな所業のせいです。

2009年9月
そうそう、美味いウイスキー「伊達」はこのころ。

余市から北斗星で帰ってきたなぁ。
写真がぶっ飛んで焦ったのも、今となっては
いい(よくはないか)記憶。

ANAの整備工場も楽しかったよなぁ。
やっぱりどこか乗り物好きの血はあるんだよね。

あぁ、ほんじょさんを最後にお見かけしたのは
3年前か・・・ド緊張したなぁ。

ちなみに、御殿場蒸留所近くのレストランは
もう閉店しているんだよね。残念。

2008年9月
江戸城天守のCGを初めて見たのがこのあたり。
響50.5の終売も、このあたりか・・・

最近ちょっと、マンネリ気味で減退している
デジモノへの関心はこの頃はまだ旺盛。
確かにここ2~3年で急速に「とんがった」モノが
少なくなってきているような感。

松江城もしばらく行ってないなぁ。
やっぱり美しい・・・うっとり。

2007年9月
まぁ、いろいろゴタゴタあった真鍋ちゃんだけど、
やっぱり前のblogがおもろかった印象。

最後の鹿児島訪問が5年前とな?
城人の皆さまのおかげで、少しは山城の知識も
増えてきたことだし、近くまた知覧城を
再訪したもんですな。あのねこちゃんまだいるかな。

鹿児島王将の謎も解き明かしたいし、
薩摩切子の工場も見たいし…

しかし、鹿児島市内はホント丸に十字が
多かった印象。武田菱が多い甲府みたいで。

あ、膳所と水口にも行ってる。
こんな前だっけか?「松喜屋」の焼肉弁当は
美味いよ、アレは。

今はないムーンライト九州。
対馬にも行ったねぇ・・五島列島の石田城に
行きたいと思ってまだ実現できてないな。

2006年9月
そうそう、2006年当時まだ山崎蒸留所は
行っていなかったんだった。

2008年に余市でウイスキーづくりを体験してから、
が本格的にウイスキーにどっぷりなのでね。
今考えたら、信じられないような気もする。

あ、「ほうれん草ときのこのチーズリゾット」
これ美味しくてダイエットに重宝してた!

白河小峰城。いい復元の城。
櫓は無事だけど、石垣が早くよくなるといいな。

そして、あやしいあやしい熱海城。
でも、毛嫌いせずこういうあやしい城に
行くのもおもしろいと思いますよ。

2005年9月
そかそか、スタバのEspressoがそんなに人気。
一時期買うの苦労したなぁ。

おおおお、自分ながら浅草寺の写真、
なかなかええじゃないか。

そして、小倉城・福岡城。
先日見てきたときより、視点の深さが違ってて、
ちょっとは成長したかなぁと思ったり。

府内城はこのときから文句言ってる(笑)
中津城も確かサラっと見た感じだったな・・・

そうそうこの頃は、富士山麓樽熟50°で
十分満足してたんだね・・・
あぁ、愛知万博。並んだよね・・

2004年9月
今はやってないけど、香を焚いていた時期。
ウイスキーを深く飲むようになって、
邪魔になるので止めたけど、やっぱり香りに
関係するものは、やっぱり好きなんだろうなぁ。

そして、このからタブレットを使っていたという。
かなり流行の先取り。ニッチなモノ好き(笑)
でも、当時からこれはイケると思って、
ものすごくよく外にも持ち出して使ってたよ。

* * * * * * * * * *

これ以前は、ちょっとブログじゃないので、
月別には遡れないのだけど・・なんだか、
基本的な関心の持ち方というか、
質は変わってないね(笑)

でも、確実に知識や感じ取った感覚は
積み重なっている気はする。以前にも書いたけど、
四方八方に広げる段階から、ある程度
(あくまである程度)関心を収斂させて
行く段階かなぁというのも、振り返ると猶更、
思いを深くするところですねぇ。

デジモノや城、ウイスキーなどなど。
シゴトでもそうですが、プライベートな関心でも
ちゃんと一家言をもてる人になりたいですよ。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その14 尼崎城・富松城・有岡城

さて・・・ようやく7月の話が最終話に。
こんな長くなるとは・・・

■尼崎城

わたし、祖母が尼崎にいたもので、
少なからず尼崎にはお世話になってて。

途中で、わたしが小学生の夏休みに
よく通った尼崎市民プールだとか、
nikko81の歴史スポットを紹介したり(いらん!)

でも、城跡は一切なくなっている
とばかり思っていたですが・・・

尼崎中央図書館。ここに模擬石垣が
あったんですねぇ・・知らんかった。


大きな地図で見る

このあたりは、北城内という地名。
かつて尼崎城の中心地であった名残ですね。

模擬模擬(笑)してはいますが、
一応は、それらしいものはあったんですね・・

P1140988

左端の土塁はちょっとおかしいけど、
一応、算木積にはなってるようだし、
石垣の積み方としては違和感はないんだよね。

P1140991

ね。上の土塀(じゃないだろうけど)は
妙に石垣の手前で違和感ありあり。

P1140994

ある意味現代でも、ちゃんと石垣を積めるんだ
というように思えなくもない。
ドリル穴は残念だが、そこまで求めるのは酷か。

P1140998

狭間の間から葉っぱが・・・
鼻毛が伸びてるみたいでかっこ悪い(笑)

P1140999

駐輪場の入り口。ふと上を見ると、
新聞紙挟んである・・爆笑。

P1150010

このあとは、尼信会館
あましん・・つまり尼崎信用金庫。

あのあましんと歴史博物館、
どうにもリンクしないんですけど、
私設博物館のような形でイイ史料がありました。

2001年開館ということで、それだったら
知らないわけですよね。

尼崎信用金庫の創業時の本店が、
尼信記念館として保存。

P1150013

尼崎に3つしか残っていない明治時代の
貴重な赤煉瓦建築なんですって。わぉわぉ。

で、中の見学なんですが撮影禁止ではありますが、
尼崎城の模型の秀逸なこと!驚きました。

尼崎城は、大坂の陣後に秀忠の命で
大坂城の西を固めるために1617年築城。

まずすごいのが尼崎城の櫓・本丸御殿を
克明に描いた分間絵図。この時代にしては珍しく
立体的に、かつ実測に基づく寸法が
非常に細かく描かれているんですよね。

天守は四重四階、総白漆喰塗籠の
典型的な層塔型の徳川系天守。

こちらに詳細な解説がありますが、
城跡は跡形もなく消え去っているのに、
天守の構造や規模、デザインが
はっきりわかる貴重な城なんですね。

いやいや・・・城跡がないからと
馬鹿にしてたよ、尼崎城。申し訳ない。

だからなんでしょうね、この模型の詳細さ。
見事としか言えず、ただただ圧巻。

岡山市デジタルミュージアムの岡山城本丸模型、
福岡城むかし探訪館の福岡城模型も
ものすごい見ごたえがありますが、
こちらは、全く城跡の痕跡がないだけに、
尼崎城をダイレクトに感じさせる貴重な模型です。

そして、立派な海城だったんだなぁ、と感動。
美しく琴柱を立てたように見えることから、
別名を琴立城といったのだそうです。

逆に立派過ぎて、5万石大名でこれを
維持するのは大変だったんじゃないかな。

あと、信用金庫の博物館らしく(?)、
世界の記念コインや日本の古いお金の展示も。
わたし、けっこうコインを集めてた時代があって、
なつかしさもあって、こちらも楽しめました。

いやー、これまた来たいなぁ。
尼崎なんて、墓参りのときには必ず来るからさ。
いつもお墓に参ってとんぼ返りなんだけど、
ちょっと、アマの楽しみができそう(笑)

ここから寺街も近く、せっかくなら、
ということで、法恩寺にもゆくことにして。

P1150024

法恩寺は、肥後国人一揆の責任で秀吉に切腹を
申し付けられた佐々成政が果てた地。
残念ながら、墓石の五輪塔は見れず。

P1150018

お隣の甘露寺の鳳凰も気になったけど。

P1150014

旧本堂のイメ-ジをとどめて改築・・・とあるのは、
あーあ、という感じではありますが、
屋根の鳳凰が予感させたとおり、
平等院にもいらっしゃる雲中供養菩薩が
祀られているのだとか。ほぅほぅ。

瓦にも鳳凰がいっぱい☆

P1150029

■富松城

今回の城攻めの3つ目の小さな城跡、富松城。
県道606号沿い、塚口と武庫之荘の中間。
これまた、こんなところに城が・・という感じ。
近づけはしませんが、土塁が残ります。

P1150034

そして、堀。こちらは南北方向。
奥の土盛が角だけ、少し張り出している
ように見えますよね。あそこが出隅に
なっていたのでしょう。

P1150036

そして、606号沿いの東西方向。

P1150043

小さな小さな城跡だけど、地元の人が
保存に尽力されているようですね。

今はこうして中世城郭らしい姿ですが、
昔は木々が生い茂っていたみたい。

城として確認できるのも、城を活かそうと
してくださる方々の賜物ですね。

■有岡城(伊丹城)

さて・・最終地点・有岡城。
JR福知山線・伊丹駅の前。伊丹もなじみ深い。

伊丹といえば、初めて酒を飲んだところ。
飲み始めから、ウイスキー主体だったのですが、
最初の最初は、日本酒とビール。

こちらの白雪・長寿蔵ブルワリーレストラン
20歳になったその日に飲んだのでした…
って、またまた要らない情報(笑)

あっ、カラーマンホだ!とマンホラー的な
ところを見せつつ・・・(笑)

P1150048

今まで見てきたこの石垣、模擬なんですって。
よく考えたらそうか、近世城郭になってないもんな。
黒っぽい安山岩の布積石垣、江戸城みたい。

P1150049

本来の有岡城石垣(でも積み直し?)はこれ。
やはり、織豊期の石垣という感じの野面積よね。

P1150056

建物の礎石跡。

P1150053

奥には土塁が続いているので、当時も
土塁止め程度の石垣だったのでしょうね。

P1150060

近世城郭チックな石垣で補強されてますが、
腹巻石垣の上の土塁が当時のもの。

P1150068

道を隔てて反対側にも土塁が続きます。
サイガさんが相当昔にお越しになった際は、
ここが地続きだったようです。

P1150069

駅前ど真ん中ということもあって、
この辺の土塁はきれいに整備されています。
城の一部だとは、気付かないだろうな。

P1150073

ここでサイガさんとはお別れし、
ゆうりさん、さらさんと有岡城惣構北面遺構、
岸の砦(現:猪名野神社)へ。

P1150087

西面を中心に土塁が残っていますね。

P1150076

P1150084

土塁を越えた先が下り坂になっていて、
堀跡なのかな・・と思ったけど、
わかんにゃい(笑)

一瞬、土塁に夢中の城ガールとはぐれて
焦りました・・・みつかってよかった(笑)

時間の関係でなくなくさらさんとお別れし、
ゆうりさんとKYK(東京にない!)で、
今回の城攻めの打ち上げをば。

P1150096

いやー・・・濃い時間でしたね。
もう琥珀色と城ばかり。むはははは。

琥珀色のほうは、今回で全国内蒸留所を制覇、
という達成感、そしてグラスを自分で
気軽にデザインできそうな可能性をつかんで満足。

城のほうは、山城の見方が少しわかったこと、
小浜城と淀城の石垣のすばらしさ、
思いがけない尼崎城のかつての美しさ・・・

なにより、ゆうりさんのチョイスがすばらしく
感謝しきりですね。尼信会館はほんま穴場!
なんで知らんかってん!とちょいと悔しかったです(笑)

いやいや、楽しくも濃い日々でありました。
お世話になった方々、ありがとうございました。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その13 淀古城・淀城

さて、次から次へと城ばかり。
普通はなかなかこうは行きませんよね・・(笑)

■淀古城

てことで、淀古城。「古」とあるのは、
いわゆる淀城址として石垣などが確認できるのは、
伏見城の廃城に伴って1623年に築城された淀城。

浅井茶々が「淀」殿と呼ばれたゆかりの淀城は、
この淀古城のほう。今は妙教寺というお寺に。

P1140898

こちらも鯱をぱしゃり。凛々しいなぁ。
鯱もいろいろ個性があって楽しい。

P1140901

今や、淀古城であったことを示すのは、
この碑のみ・・・

P1140903

本堂に戊辰戦争の際に東軍(旧幕府軍)が放った
縦断が貫通した跡があるそうで、
お寺の方は忙しい時期のようでしたが、
中に通しては下さりました。ありがたい。

P1140905

でもまず、どうしても瓦に目が行くんだよなぁ・・・
この入母屋屋根の反りの角度とか、
反りの角度としては、これくらいが美しい。

P1140906

鬼瓦のシゴトが立派過ぎて驚愕。

P1140909

お堂の向かって右手から側面に入り、
上を見上げると・・・ありました!!

P1140911

何気にお堂の竪板に注目。
昔って、木の節を気にしなかったという話、
やっぱりそうなんだなぁ、と。

P1140913

さて、中に入らせていただき。
先ほどの銃弾は、この柱を貫通していったわけ。

P1140919

げげげ。柱よくもったなぁ。

P1140920

極彩色の彫刻をじっくり鑑賞したかったけど、
お寺の方が忙しそうなので、退散。
また寄りたいな。淀だしね。

P1140924

■淀城

淀古城が廃城になった際、その天守は
指月山伏見城(初代伏見城)に移築されたそうだが、
家康再建の二代目木幡山伏見城(三代目伏見城)は
その天守が、寛永度二条城として移築されたそう。

そして、家康創建の慶長度二条城天守が
新しい淀城として移築されたそうなんですね。

ですが、山城国淀御城府内之図によると、
二条城天守が小さく、姫路城からの移築櫓を
天守台周りに配していた、というから驚きです。

こちらにラフな想像図がありますが、
確かにこれは奇妙な天守・・です。

なぜか日本随一のアヤシイ城「熱海城」に
淀城天守の模型があったのを自分のblogで発見(笑)

yodojotenshu

ちなみに、淀城天守の図面はあるそうで、
復元可能とな?詳細、きぼーん!

さてさて、前置きが長くなりましたが、
入ってすぐ、天守台下の石垣。

P1140927

緑で覆われちゃっているとこもあるけど…

P1140928

かなりの谷積感。いつの石垣なのかな・・・

P1140930

天守台西面は、布積。

P1140972

ここでこっちきてみぃ、と手招きする
オッチャンに遭遇(笑)

木がめり込んだ手水石。井戸前にあり、
当時の姫君がつかった手水石・・だとか?

P1140932

淀城も天下普請だったようで、
大名家の刻印が確認できました。島津かな?

P1140934

なんだか怪獣の足跡みたいな矢穴(笑)

P1140935

この辺なんとなく、積み方が甘い気が・・・
大丈夫かいな?

P1140938

ここだけ石が抜けてる・・・

P1140962

アップ。栗石見えてちゃまずいでしょー。

P1140963

天守台。穴蔵を備え、比較的大きめ。
周りに天守台に櫓を備えた連結式天守なんだったら、
その痕跡を見てみたいものだが・・・入れねぇ。

P1140943

オッチャンの話では、天守台が明治期にいちど
崩されてるらしく、一部は後から積み直しなんだとか。
確かにこちらに、その修復工事の様子がレポートされてます。

それに天守台にお宝が隠されてる(濠だったかな?)
伝説の話だとか、ホンマかウソか・・でも、楽しい(笑)

P1140939

以前は、淀城天守台が京阪淀駅から間近で
見れたんですが、高架駅に変わってからは少し見難い?

P1140942

そのほか、やはり天下普請だからか、
石垣の飾りつけも比較的よく確認できましたね。
こういうのがわかると、石垣がもっとおもしろくなる。

P1140947

P1140952

この辺のすだれはつりが美しいねぇ。

P1140958

この辺になってくると、水玉模様に
見えてきちゃうね。なんだかかーいい(笑)

P1140980

あと、この流紋のある石。小浜城といい、
こういう石にちょっと目が行っちゃうみたい。

P1140949

そうはないだろうけど、こういう石だけで
石垣つくったら、かなり印象変わるだろうなぁ。

ということで、淀城石垣がたっぷり楽しめました。
お次は、少し西に出て・・・尼崎城。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その12 開田城・山崎城

■開田城

さて、翌日の最初は開田城。
こちらも物集女城と同じく小さな国人の居館跡。

今ではマンションの敷地になっているのだけど、
マンションの建設業者が理解あるのか、
敷地内に土塁が再現されてあるんですよ。

マンションのエントランスに復元模型。

P1140759

発掘調査当時の様子など。

P1140762

一部復元しているところもあるけど、
基本的には現存する土塁遺構。
版築土塁でつくられ・・・って、鬼ノ城のアレ?

土塁断面の様子を抽象化して、タイルで表現。

P1140767

とかく開発するにしても、城感を遺そうと
する意識が強く感じられて、感心しきり。

南東隅にもわずかながら土塁。

P1140774

開発は当然やんなくちゃいけないことだけど、
跡形もなくぶっ潰すのではなく、
こういう共存の仕方もあるんだな、と。ふむ。

■山崎城

さて、この日の山城メニューは山崎城。
そうです、山崎蒸留所の奥に潜む、
秀吉が明智光秀を破って後、大坂城入城を
果たすまでに在城した城。

つい数日前は、琥珀色に染まりに来ましたが、
今日は城攻めです☆車を宝積寺前に停めて、
いざ、攻め上がります。

宝積寺の事務所の門構え。鯱があったり、
門の屋根が立派だったりすると、
ついついカメラを向けてしまいます。

P1140779

鯱が凛々しい!

P1140781

宝積寺本堂は、1606年の改築。

P1140785

が、赤い瓦の小槌宮のほうが気になりました。

P1140893

赤瓦と黒瓦が互い違いに葺かれているの、
何か意味があるのでしょうかねぇ。

P1140783

獅子の目がなんかやらしい(笑)

P1140896

さて、天王山を登っていきますよ。

P1140789

山崎城にたどり着くまで、所々に
山崎合戦のエピソードを語る看板が。

P1140790

旗立の松。中国大返しを成し遂げた秀吉は
ここに軍旗を掲げて、羽柴軍の士気を高めたとか。
ただし、この松は5代目。

P1140792

「山崎合戦之地」の碑。ここじゃないだろう、
というツッコミはこの際野暮ということで。

P1140794

酒解神社(さかとけじんじゃ)鳥居。

P1140798

山崎合戦の屏風絵。

P1140802

戦そっちのけ(のように見える)で
わーい♪ってしてる武者に目がいってしまう(笑)

P1140804

光秀本陣のさらに後方には、勝龍寺城が
描かれていますね。

P1140808

さらに進むと、酒解神社の反りがきつい
切妻造りの屋根が印象的な社殿。

P1140816

さて、酒解神社を過ぎるといよいよ
山崎城の城内へと入っていくことになります。

まぁ・・・例によって土の城は、
写真写りが悪いわけで。この土塁なんかは
まだわかりやすいほうかなぁ。

P1140833

ここのS字クランク(喰違)はわかりやすい。

P1140840

低層の最深部。左部分が高台に続いており、
通路を監視・攻撃できるようになってる・・・のか?
皆さんおっしゃりますが、あとから見ると、
わからねぇ(笑)

P1140849

天守台。やっぱり、こういうときにも
天守はつくるんだ・・・

P1140860

下の層から天守台を見上げる。
当時は木々がなく、キレイな斜面だったのだろう。

P1140865

なんとなくだけど、三層くらいで
それなりの規模の天守は建てられそうなスペース。
が、礎石等はなかったような?右手上が天守台。

P1140863

井戸跡。井戸は大事なところなので、
土塁で囲んで低地になるようにし、
外から見えにくくするのが、セオリーなのだとか。

P1140876

仏さまになむなむして、下山します。
なるほどなー。少し山城が判った気がします。

P1140883

しかしまぁ・・・蚊に刺される刺される(笑)
夏に山に登るわけだからね・・・幸い、
これを書いてる約1ヵ月半後には、
キレイになりましたが(汗)

さて、このあとは淀城に移動。
せっかくなので、淀古城にも寄っていきます。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その11 勝龍寺城、そして宴へ・・・

大急ぎで急行した勝龍寺城。
10分くらいでしょうか、わずかばかりの
見学できる時間がありました。ふぅ。

昔は、勝龍寺城こんな感じだったようで。
石積みに時代を感じるなぁ。

P1140694

全体的には、このような感じ。
新たに石積みしなくても、これを活かすだけでも
十分史跡として耐えうるものだと思うけどな。

P1140696

勝龍寺城の模擬・・なのかわからんけど、
とにかく櫓っぽい何か。

P1140726

裏がちょっとありえないんだよなー。

P1140702

瓦は、細川の九曜紋。

P1140701

出隅の土塁は、整備時につくったもの。
…ではあるけど、石垣じゃなくてよかったかも。

P1140704

見晴らしの雰囲気は、それなりに
当時のイメージに近いかも?

P1140707

写真と比較すると模擬であるのがわかるけど、
積み方自体は悪くないのに、角の積み方がどうも
ちゃんと算木積になってないと、
ウソっぽさがむくむくしてくるんだよなぁ。

北門、本来は桝形だったみたいだけど。

P1140713

当時はどうだったかは別として、
鉢巻石垣、けっこう最近好みだなぁ・・・
と思い始めているんですよね。

P1140712

狭間からぴーす☆ by さら&ゆうり

P1140710

まぁ・・こんなことやってるからなんですが、
表門の隙間を空けておくね、と言っていた
管理人のおっちゃん、ウチらが出たものだと思い込み、
かぎ閉めちゃって・・・北門から脱出!!

P1140717

模擬とはいえ、よくできている隅櫓。
裏から見たら・・・汗、なんですけどね。
やっぱり、鉢巻石垣よいなぁ。

P1140719

さてさて、もう暗くなってきたよぉ。

P1140721

あっ、ここからぴょーんと跳び下りれば
早かったんじゃねーの、と跡から気づく(笑)

P1140728

暮れてはきたけど、あともう少し。
神足屋敷のあった曲輪が少し当時の雰囲気が。
堀跡なんでよくわかるよねぇ。

P1140737

土塁も。わずかでも残ってると、
そこを足がかりに想像力で補える…かな?

P1140730

夜の宴は、源輝家さんにて・・・

P1140754

大河ドラマ「平清盛」の影響からか、
「みなもとのてるいえ」って読んじゃうんだよな(笑)

次の日も、みっちり城で詰まっております。
むふふふ。意外な市街地に残ってる開田城から。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その10 交野城・伏見城・物集女城

■交野城(私部城)

さて、お次は小振りですが、交野城(私部城)。
交野・・というと、わたしは私市(きさいち)に
芋掘りに行くという記憶しかありません(笑)

が、交野市街の私部(きさべ)というところに、
交野城がありました。

こちらも、南北朝時代の頃から、
信長の河内平定の頃くらいまでの城。

交野郵便局から奥に入ったところに
二の丸と本丸を分断する堀跡が確認できます。
航空写真で見ると、わかりやすい。


大きな地図で見る

赤く囲った部分が二の丸跡。青いラインが
本丸跡の西面でこの間が堀で仕切られているのが
残っていますよね?

Kisabe

地上から見るとこんな感じ。堀跡は畑として
使われているようです(笑)

P1140613

こちらが本丸側。わずかだけど、城感は
感じられますよね。土の平城なので、
越中安田城あたりをイメージしながら、
想像を膨らませておりました。

P1140614

本丸跡の隠れたところに碑・・・
見落とすよこれ。もっと日の目を見るところに!

P1140616

本丸は私有地っぽいので、入れません。

P1140618

疎水も当時の堀に沿ってるんじゃないかと
サイガさんの解説。ふむ。

P1140621

郵便局の道路隔てたすぐのところにも、土塁。
三の丸を形成する土塁かな。

P1140625

■伏見城

伏見「桃山」城ではありません(笑)
伏見城の一部の曲輪に模擬天守があるのは
有名ですが、そもそもの伏見城をちゃんと見よう、
ということで、立ち寄りました。

伏見は酒どころ、酒蔵も行きたいね・・・
なんども京都なんて来ているのに、
伏見の酒蔵には、行ったことねーべ。

P1140638

さて、伏見桃山城キャッスルランド跡の
模擬天守ですが、前田玄以の屋敷があった
徳善丸に相当する場所。

P1140639

駐車場から先、堀で隔てられたところは、
石田三成の屋敷があった治部少丸。

P1140641

本丸含め、大部分はは明治天皇陵。
逆にそうだからこそ、天守台とかよく残ってんだろうな…
などと想像するも、入れない。むむ。

模擬大手門から中へ。

P1140646

この樽は何だ・・・??
まさか、山崎のウイスキー樽?

P1140647

この石なんて、当時のものだよね?
こういう矢穴があるわけだから。

P1140648

模擬大手門石垣。美しさにはちょっと…
切込接でピッチリするならする、
空きが空いてるとちょっとねぇ。

P1140649

模擬天守閣。洛中洛外図屏風の伏見城を
模したということだけであって、
個人的には豊臣大坂城天守、あるいは
聚楽第を模したという広島城天守に近い印象。
形状的には悪くない…と思うんですよね。

P1140654

五層の大天守と三層の小天守の連結式天守。
今の大阪城天守閣がどーもでっぷりしているように思え、
一応豊臣チックにつくってるとはいえ、
形状的には、徳川っぽさを感じるわけですよ。

それに比べりゃ、スッとスリムで豊臣っぽさが
出ているように思いますね。長押柱が出ている点も
なかなか優美なデザイン・・なはず。

ただ、あの朱色の色遣いがどうも気持ち悪いのと、
細部のつくりが甘く、しょぼすぎ。
これがいい加減さの元なんだよな・・・

って、閑話休題。長束正家の屋敷のあった
大蔵丸の北側に大きな水濠。
この土塁の向こうに深い深い濠。

P1140655

ここに水濠が広がっていたとか・・・
どのくらい水が張っていたのかな?

P1140657

この一体は、伏見北堀公園として
整備されているんだけど、歴史を知らないと
どこに堀があるの?って思っちゃうだろうなぁ。

さて、北濠を上がっていくと、
伊達政宗の屋敷跡につながって行きます。
「桃山町正宗」という地名。

P1140661

この土塁が政宗屋敷の形成していたもの。
けっこう大規模な土塁よ?

P1140663

奥に回っちゃうと、コンクリ固めなんだけど(汗)
伏見城、見るとこはあるんだなぁ・・・
なかなか自分だったら、見ないよなぁ。

■物集女城(もずめじょう)

これまた小さな規模の城。物集女氏・・・なんて、
今回行くまで聴いたことなかったんだけど。

P1140670

城というより、土豪の環濠屋敷という感じ?
少し藪深いけど、曲輪と水濠はよく確認できるわ。

P1140675

特に北東角は、水濠が広がっていい感じ。
よく残ったなぁ。地元の方の意識の高さゆえ?

P1140684

P1140686

航空写真から見るとこんな感じね。


大きな地図で見る

公民館が閉まっていたのは、残念だったなぁ。
ま、阪急京都線・洛西口に近いので、
機会があったら、また寄ってみようかしら。

このあとは・・・勝龍寺城に間に合うか!
アセアセしながら向かいます。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その9 飯盛山城

さて、この日からはゆうりさん、サイガさん、
さらさんの3名と合流して、城攻めに向かいまする~

集合は大阪城。案内板の秀頼・淀殿自刃の地の碑。
淀殿って、RADY YODO?レディー・ガガみたい…(笑)

P1140466

で、サクッと大阪城を通過して、
大東市・四条畷市にまたがる飯盛山に
築かれた飯盛山城にGo!

馬場になっている曲輪まで、車にて。
ここには楠公寺というお寺が。

P1140467

少し進むと石垣がありましたー。
山城の石垣らしい土塁止めのような感じ。

P1140475

石は花崗岩っぽいですね。

P1140477

こういう山城独特の縄張図を読みながら、
進んでいきます。ふむふむ。
縄張り図ないと、しんどいねー。

P1140483

あれも曲輪だよなーって、見つけやすい。
てか、ないと見逃す(笑)

P1140487

こういうわかりやすい虎口なら、
わたしでもわかります。クランクしていて、
左右の土盛で道をキュッと狭め、
土塁上から攻撃する・・・

P1140493

ちょうど人一人分くらいですから、ここで
攻撃されたらタマランですよね・・・
(モデル:ゆうり姫)

P1140499

さらに反対側に進むと本丸。
今では、NHKの基地局がありました。

P1140505

小楠公・楠木正行像。近くの四条畷で
戦いがあったことは確かだけど、
飯盛山城は関係ないような・・・

P1140516

これ、明治期以降尊王思想の模範とされた
楠木正成・正行が妙に持ち上げられ、
つくられた像なんだろうねぇ。

戦前期のこんな国旗掲揚台もあるし。

P1140519

ここからは、今でも眺めがよいです!
山のほうが防衛面でも有効というだけでなく、
敵軍の行軍を見張る上でも、砦としては
山城に軍配、なんでしょうね。

P1140526

はるか遠く、大阪城天守閣も見えます!

P1140529

最も高い曲輪を降りて・・
普通だったら、見逃しそうなところに
石垣の気配・・

P1140548

そこは、ベテランのサイガさんが降りてゆかれ、
安全を確認して、皆で降りてゆきます!
って・・・この石垣!ここの石垣はすごいなぁ。

P1140558

石垣を熱心に撮るさらさんw
かなり威圧感というか、見せることも意識した
石垣だったのかもしれませんね。

P1140562

もう少し先にも。やはり石垣がチラホラ。
苔生し具合もあり、いい画になりましたよーん。

P1140572

最深部には、岩が露出した部分が・・・
ここから石垣の石が切り出されたのかな??

P1140576

P1140580

初心者ながらも、なかなか楽しめた山城でした。

お昼は、四条畷・活麺富蔵さんにておうどん。

P1140596

もちろん、基本のだし汁で頂くうどんでしょー。

P1140599

飲み干せるをコンセプトに薄味で!
うどんのおつゆ、かくあるべーし!

P1140601

あら?夜はお酒もいただけるのかな?
焼酎・赤兎馬に竹鶴12年があるやーん☆

P1140603

た、竹鶴を!という寸でのところでガマン。
まだまだこれから城攻めですから(笑)

で、きましたおうどん。腰が強すぎず、
ちょうどよい具合。好み。

P1140605

そして、お出汁がめちゃうま!
うどんのだしはこうやないとあきまへん!
深みがあるが出すぎない…
昆布といりこの最強タッグがなんとも…

大阪に帰ることは多いですが、
なかなか四条畷にまで足を伸ばすことは
ないんですがね…このうどん食べたさに、
行きたいと思うくらい、美味しかったです。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その8 若狭小浜城(2)

その8って・・・どこまで続くんだという感じですが、
ずんずんずんと書き進めて参りますよん。
さて、本丸石垣の上を歩いていきまっせ~

P1140204

石垣上から北面の石垣。かなり大きな石が
使われているな、とこちらからでもよくわかります!

P1140203

こちらは、市立酒井会館。
酒井家の邸宅が移築されたそう。

P1140202

また、曲線がぐるぐるした模様の石。
ここでしか見たことない気が・・・
現代人的な目線で見ると、しゃれた石だよね。

P1140207

西面角の石垣。

P1140208

西門跡から奥に天守台。
やはり、規模のでかさに圧巻・・・

P1140212

本丸内から石垣を見て回ります。

P1140216

けっこう飾りつけもしっかりしてあって。
老中を出す家柄の城は、比較的簡素なイメージが
ありましたが、小浜城に限っては違いますね。

西門跡。この石垣から門の規模の大きさも
想像できよう、というもの。

P1140239

こちらは、小天守台。そういや、小天守って
どのようなカタチなのかな?

P1140244

で、小天守台から天守台。
よく整備されていて、ありがたいです。

P1140247

天守台石垣を間近でどん!
いやぁ、いいですなぁ・・惚れ惚れします。

P1140255

さて、いよいよ天守台に近づきます。

P1140272

このあたりの石も大きいなぁ・・さっきも書きましたが
10万石規模の大名の城の石垣とは思えない。

P1140278

あの先が天守台です。

P1140298

天守台。穴蔵はないものの、
まぁまぁ広い空間。こちらにあるように、
1階部分の床面積は185.5m2ですから、
白石城御三階櫓より、ちょっと小さいくらいかな。

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礎石にしてはちょっと小さいような・・・

P1140285

厠か水周りの跡なのだろうか?

P1140286

なるほど・・これは、思っていた以上に
いい城だなぁ。ふむふむ。
かつてのコンクリ復興ブームの頃に
手がつけられなくて、ホントよかったよね。

さて、城内の休憩所のようなところに
いくつか小浜城に関する資料が掲載されてて。
古写真には、小浜城の写真はなく・・・

P1140307

五層と三層の天守立面図の話や・・・

P1140311

天守建造のために、農民の負担が重く
年貢減免の請願があった話など。
そりゃそうよね、分不相応だもの・・・

P1140310

今残っている石垣は、赤く囲まれた部分。
ホントに本丸の中の中心部分だけなんだね・・・

P1140320

城内の小濱神社にも、お参りして。

P1140321

帰り際に、小浜の城にゃん。
ええ、睨むでも逃げるでもなく、
ガン無視されましたよ・・・とほほ。

P1140324

さて、小浜城の現存遺構が残る
県立若狭高校前へ。

途中、小浜聖ルカ教会をちらり。
1897年に煉瓦造・平屋建で教会が完成し、
1931年に木造で増築されたそう。

P1140329

十字架の瓦の和洋折衷ぶりがたまらんねー。
こういう建物も好物なんで。

若狭高校正門。藩校順造館の正門なので、
正確に言うと「小浜城の城門」ではないのだけど、
貴重なものには違いはないよね。

P1140334

海鼠壁がチャームポイントかな?

さてまた引き返し、小浜城本丸跡の向かい側
フィッシャーマンズワーフ方面へ。

こちらには、「雲城水」という名水百選の
美味しいお水が湧き出ています。

P1140345

海のすぐ横にもかかわらず、海水は
全く混じっていないそう。暑い夏の城攻め、
よい水分補給ができましたっ。
水のきれいな街って、いいよねぇ・・・

向こうに少し見える石垣が天守台。
往時は天守が壮観であったろうなぁ。

P1140348

と思ったら、約10年ほど前に天守の実寸図を
天守台に掲げたことがあるそうで。わわ!すごい!

いいなー、これもっかいやってほしい!
こうして実寸図を書けるのも、
ちゃんと図面があるから、なんだよねぇ。

フィッシャーマンズワーフで、魚食べよう!
と思ったら・・早ッ。もう終了かい!
まだ3時過ぎだぜ・・・

P1140351

しゃーないからパック寿司コーナー。
一応地元で獲れた魚ではあるのだけど・・・

P1140353

P1140354

小浜駅で見た、JR小浜線利用促進スタンプカード。
利用者少ないのかなぁ・・心配。

P1140370

ということで、小浜城終了。
東小浜にある博物館を見逃してたり・・・

なので、また機会を見つけて小浜城を
見に行きたいですね。
かなりお気に入りの城になりましたっ。

■おまけ:小浜城天守閣復元整備計画

そんな小浜城、実は天守復元計画があります。
実はあることは知っていたんですが、
実情がよくわからず、どうなんだろう・・・
と思ってたんですよね。

しかし、最近大阪で中井家に保管されていた
小浜城天守の立面図を見てこれはすごい、
天守台がしっかり残され、なおかつ図面もはっきり。

愛媛の大洲城のように、あるべき形での
天守復元の可能性のある貴重な城だなぁ・・・
と思うようになったんですよ。

もちろん、江戸城寛永度天守も天守台と
豊富な史料に恵まれた天守ですが、
なにぶん皇居東御苑という立地条件に加え、
日本史上最大の天守であり、約500億もの資金、
そして、ものすごい大径木の心材が必要です。

その意味では、歴史的な観点で見ても、
望ましい復元がやりやすい天守が
小浜城天守だと思いますね。

ということで、復元コンセプトもすばらしいし、
熊本城・二条城の一口城主、そして
江戸城天守再建に続き、小浜城天守再建にも
ご協力させて頂きたいと思いました。

個人的には「明治時代に撮られた写真など多数の資料」
を公開して頂けるとありがたいですが・・・

小浜城の未来に光あれ!ですなっ。

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その7 若狭小浜城(1)

さて、小浜までは西舞鶴から小浜線を経由。
駅からはちょっとあるので、レンタサイクルで
チャリを調達してすいすい~

お、あれがそうだな!

P1140122

おおお、のっけからものすごい迫力の石垣。
ここでも若干の谷積感・・・むむ。

P1140125

いい感じの打込接石垣ですな!うほほ。
奥と右側面では、石の色が違っていて・・・
どうやら汚れレベルが違うみたい。

P1140129

マンマではないにせよ、かなり丸い石が
多めな気もする。で、最近流行り(笑)の矢穴跡。

P1140130

本丸石垣と・・民家が近い!
というのと、曲線は描かず直線的な積み上げ方。

P1140131

岩の質は・・これは砂岩かな。
石の強度としては、あまりよくない気もするが。

P1140132

にしても、石垣の高さはすげぇ・・
民家が近いから、離れて眺められないのが、
ちょっとアレだけど(笑)

P1140135

天守台東面。さらにもう少し一段大きな石垣。

P1140136

天守台は少し反りがある様子。
関が原直後から京極高次が小浜城をつくりはじめてるが、
残っている石垣は、その頃なのかなぁ。

P1140137

この規模的に言って、酒井忠勝の頃なのかなぁ。
京極高次で約9万石、酒井忠勝で12万石。
その財政力と比べると、この天守台は立派過ぎ。

P1140144

西側石垣。ここでも少し丸めの石が多く、
海に近いということもあって、付近から採取され
石垣にされたんだろうな。

P1140145

最底辺の石は、かなりデカい石ですね。
数十万石の大名の城のような圧倒感があります。

P1140146

西門跡。資料があるか知りませんが、
ここに櫓門があったとすると、
かなりの規模ですよね・・・

P1140148

西門あたりの石には、少し花崗岩のような
石も含まれてるようでして。

P1140151

そのほか、表面がかなり不揃いな自然岩の
石が多くなってきます。

P1140154

ちょっと隙間が空いてて・・大丈夫かな。
なんとなく心配な感じ。

P1140158

この辺から流れる文様のある流紋岩?が
ちょろちょろあらわれ始める本丸石垣北西面。

P1140162

P1140164

P1140167

本丸北西端から西門石垣。
やっぱり、心配だ・・・

P1140168

北西から北東方面に目をやると、
北東端の出隅には、赤っぽい色の石が目立つ。

P1140169

え!何あれ!木?そんなわけないよなー・・・
木のように見える不思議な石だ(笑)

P1140172

北東面に近づきます。写してはないけど、
左隣はすぐ民家なのよね・・・

P1140176

こちらもかなり自然石っぽい石。
かといって、野面積ともいえない感じ・・・
加工はしているけど、表面加工は省略?

P1140180

北東面角。かなり大きな石が使われ、
おおぅと唸らされます。

P1140183

こうして見ると色とりどりで、結果的にではあるけど、
カラフルでおもしろい石垣になってるよなぁ。

P1140186

なんでできたかはわかりかねるのだけど、
海に近いからこういう斑点つくのかな。

P1140191

北東面から南に下るあたりは、ホントに大きな石が
大きくて、とても10万石そこそこの大名の城
とは思えないくらいの圧倒感があります。

P1140194

P1140195

個人的な趣味として、打込接なのも◎。
こちらから石垣上に上がります。

P1140199

さて、長くなりそうなので一旦切りますか・・・

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城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その6 丹波田辺城。

さて、順序は前後しますが、城攻めのほう。
江井ヶ島酒造とウイスキーフェスの間の開いた日に、
丹後田辺城、若狭小浜城に赴きました。

舞鶴なんて、よく行っていたのに、
城はこれが初だったりするんですよね・・・

西舞鶴駅下車。自販機にグリーンエスプレッソが
あったりなんかして、小躍り(笑)

P1130899

マンホールは、天橋立。
ま、普通はこのあたりに来たら、天橋立。
はるか前に、祖母と来たのが遠い記憶・・・

P1130900

二の丸交差点。もうほとんどが埋め立てられて
跡形もないのだけど、名前があるだけでも・・・ね。

P1130901

どーんと出てくる石垣と櫓門。
立派なのですが、模擬。石垣からして模擬。

P1130903

それなりに上手くできてるように思うけど、
角の算木積はヘンだし、狭間の位置も。
知識があれば、こうはならないと思うんだけどなー。

P1130906

それを除けば、けっこういい感じの積み方だと
思うんですよね。むしろ模擬でもここまで積めるというね。

元々は野面積の石垣。奥が模擬で手前が
築城時の石垣。野面もいいよねぇ。
荒々しくも味わいのある石垣。

P1130909

豊臣大坂城の頃も野面積だったというから、
キレイな野面積を見ると、ものすごくうれしいね。

P1130910

往時の石垣の上に建つのは、彰古館。
1940年に建てられた模擬櫓。

P1130908

瓦が梅鉢紋と鶴丸紋が交互に。
ど、どゆこと・・・

P1130911

裏から。ちょっとカタチに無理あるよね…

P1130913

奥のほうに石垣は続きます。ずっと本丸石垣。

P1130916

未発達とはいえ、算木積の萌芽が見られ、
見ていて安心するな。

P11309191

うーん、やっぱり遊びのある石垣のほうが
味があってよいよねぇ。

P1130920

向かいは、濠をイメージさせるような池に。

P1130921

向かいから石垣を見ると、なんとなく
雰囲気を想像できそうな・・??

P1130949

その先は、庭園っぽく整備されているんですが、

P1130927

さらに行くと、二の丸石垣と堀跡が
わずかに残ります。ほほほー。

P1130924

若干、残念な積み直しはあるものの・・

P1130928

東面はなかなかよく石垣が残ってますね。

P1130930

P1130932

P1130934

さて、戻って本丸石垣を再度。二の丸石垣が
花崗岩で、本丸石垣は黒っぽかったですが、
こちらもただ汚れているだけのよう。

P1130951

こちらから上がって、石垣上を歩きます。

P1130956

石垣上。

P1130958

鬼瓦。達磨さんみたいだなぁ。

P1130960

ここでも鶴丸紋。津山城に最近行ったせいか、
森家を思い出すけど、関係ないよねぇ。

P1130965

ひとつだけ、菊花紋。ますます謎・・・

P1130961

旧城域と現在の地図の比較。城門のあるとこは、
実際は濠の上。城門を出てすぐのところに
実際は石垣が伸びていたことがわかりますね。

P1130969

本丸石垣が残っている北西角から
北東角にかけて、ということになるでしょうか。

お!第一城ねこ発見!めっちゃにらまれました(笑)

P1130970

模擬石垣の端。この切り方は残念だ・・・

P1130971

この模擬石垣の真向かいあたりが、
天守台です。天守台・・・??

P1130973

低っ!と思いません?

P1130974

上部分の石が失われていたとしても、
それにしても低い。

P1130975

実はこれ、本来の石垣が地下に半分ほど
埋まっているのですよ。

P1130977

もともと野面積みの時代の石垣ですから、
さほど高くは積めないわけですが、
これが半分埋まっちゃうと・・・ねぇ。

発掘時の写真を見ると、それなりの高さが
あったことがよくわかります。

P1140033

算木積もちゃんとしてますし、
見応えがある穴太積石垣じゃないですか。

ただ、発掘されたのはごく一部だけで
こうして見ると天守台が埋まっている感じが
よくわかりますよね!

P1140075

ちょうど90度動いた角度からの現状。
この下に石垣があるのを想像しつつ・・・

P1130989

実際には、丸太跳木を並べ板銅木を敷き、
はしご状に組んだ基礎も発掘されてるんだそう。

P1140039

城門のある場所。北西隅の石垣と模擬櫓。
西面の石垣はかなり失われていたようですね・・・

P1140034

このあたりの通路になってる部分を
横切るように石垣があったよう。

P1130991

やっぱり、ここに模擬石垣つくるか?
という感じだなぁ。もうちょっと縄張りを
考えられなかったのかなぁ。

P1140049

さて、天守台に上がってみますか。

P1130999

第二城ねこがお休み中。

P1130997

起こされて機嫌が悪い?

P1140003

見晴らしは、あんまり・・当然だけど。
それなりの大きさだから、
天守もしっかりしてただろうな。

さて、城門内の資料館へ。
鉄筋コンクリ造りではあるのだけど、
インテリアは木造になっていて印象は悪くない。

P1140053

よく見ると、コンクリだってわかるわけですが。

P1140055

二階天井はなぜか格天井。

P1140056

端のデザインはどのような意図なんだろ。

P1140059

2階部分にはポツンと模型が・・・

P1140062

これ・・・全然今残ってないところの模型で、
こ、これはどこなんだ(笑)

P1140080

さきほどの発掘調査の写真だったり、
この模擬櫓ができた頃の写真なども展示。
櫓建築前。これでもよかった気がしないでもない。

P1140064

櫓完成直後。

P1140069

お花見でしょうか。この頃のほうが、
まだ遺構がよくわかっていたんでしょうが・・・

P1140072

さて・・・そろそろおいとましますか。
門のつくりとかも、模擬の中でも
そう悪くはないだけに、もうちょっとやりようが
(場所が特にね)あったんでは、と残念。

P1140088

こうしてみると、櫓がなんだか二条城の
隅櫓っぽい気がしてくる・・・
モデルは、どこの櫓?

P1140101

P1140107

さて、お昼なので・・・肉じゃがオムライス。
舞鶴、軍港だったこともあり、肉じゃがが名物。

P1140109

呉もおんなじこと言ってる(肉じゃが発祥)気も
するけど・・・細かいことはいいか(笑)

中にも肉じゃががみっちり。甘辛い肉じゃがと
卵にご飯。各々単体で見れば和食なのに、
オムライスにするだけ、洋食っぽくなる不思議。

P1140110

ま、合わないはずはないよね、この組み合わせ。
西舞鶴駅前、FORESTさん。ごちそうさまでした。
ということで、この後は若狭・小浜へ。

P1140114

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