城と琥珀色にまみれる初夏の旅 ~ その12 開田城・山崎城
■開田城
さて、翌日の最初は開田城。
こちらも物集女城と同じく小さな国人の居館跡。
今ではマンションの敷地になっているのだけど、
マンションの建設業者が理解あるのか、
敷地内に土塁が再現されてあるんですよ。
マンションのエントランスに復元模型。

発掘調査当時の様子など。

一部復元しているところもあるけど、
基本的には現存する土塁遺構。
版築土塁でつくられ・・・って、鬼ノ城のアレ?
土塁断面の様子を抽象化して、タイルで表現。

とかく開発するにしても、城感を遺そうと
する意識が強く感じられて、感心しきり。
南東隅にもわずかながら土塁。

開発は当然やんなくちゃいけないことだけど、
跡形もなくぶっ潰すのではなく、
こういう共存の仕方もあるんだな、と。ふむ。
■山崎城
さて、この日の山城メニューは山崎城。
そうです、山崎蒸留所の奥に潜む、
秀吉が明智光秀を破って後、大坂城入城を
果たすまでに在城した城。
つい数日前は、琥珀色に染まりに来ましたが、
今日は城攻めです☆車を宝積寺前に停めて、
いざ、攻め上がります。
宝積寺の事務所の門構え。鯱があったり、
門の屋根が立派だったりすると、
ついついカメラを向けてしまいます。

鯱が凛々しい!

宝積寺本堂は、1606年の改築。

が、赤い瓦の小槌宮のほうが気になりました。

赤瓦と黒瓦が互い違いに葺かれているの、
何か意味があるのでしょうかねぇ。

獅子の目がなんかやらしい(笑)

さて、天王山を登っていきますよ。

山崎城にたどり着くまで、所々に
山崎合戦のエピソードを語る看板が。

旗立の松。中国大返しを成し遂げた秀吉は
ここに軍旗を掲げて、羽柴軍の士気を高めたとか。
ただし、この松は5代目。

「山崎合戦之地」の碑。ここじゃないだろう、
というツッコミはこの際野暮ということで。

酒解神社(さかとけじんじゃ)鳥居。

山崎合戦の屏風絵。

戦そっちのけ(のように見える)で
わーい♪ってしてる武者に目がいってしまう(笑)

光秀本陣のさらに後方には、勝龍寺城が
描かれていますね。

さらに進むと、酒解神社の反りがきつい
切妻造りの屋根が印象的な社殿。

さて、酒解神社を過ぎるといよいよ
山崎城の城内へと入っていくことになります。
まぁ・・・例によって土の城は、
写真写りが悪いわけで。この土塁なんかは
まだわかりやすいほうかなぁ。

ここのS字クランク(喰違)はわかりやすい。

低層の最深部。左部分が高台に続いており、
通路を監視・攻撃できるようになってる・・・のか?
皆さんおっしゃりますが、あとから見ると、
わからねぇ(笑)

天守台。やっぱり、こういうときにも
天守はつくるんだ・・・

下の層から天守台を見上げる。
当時は木々がなく、キレイな斜面だったのだろう。

なんとなくだけど、三層くらいで
それなりの規模の天守は建てられそうなスペース。
が、礎石等はなかったような?右手上が天守台。

井戸跡。井戸は大事なところなので、
土塁で囲んで低地になるようにし、
外から見えにくくするのが、セオリーなのだとか。

仏さまになむなむして、下山します。
なるほどなー。少し山城が判った気がします。

しかしまぁ・・・蚊に刺される刺される(笑)
夏に山に登るわけだからね・・・幸い、
これを書いてる約1ヵ月半後には、
キレイになりましたが(汗)
さて、このあとは淀城に移動。
せっかくなので、淀古城にも寄っていきます。
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