« 阿佐ヶ谷夏の陣 戦国武将三番勝負!質問編。 | トップページ | 「日本城検定」開催記念シンポジウム 秀吉の城 第1部 特別講演 »

「大坂の陣と大坂城・四天王寺・ 住吉大社の建築」世界遺産を つくった大工棟梁― 中井大和守の仕事(Ⅱ)

さーって、ずっと後回しにした・・・
5月下旬の大阪。日本城検定の大阪シンポに
わざわざ、東京から出かけましたぜ。
だって・・・秀吉の城特集なんだもん(笑)

わたくし、戦国武将としての豊臣秀吉には
あまり魅力を感じないのが、正直なところなんです。
大阪人、秀吉好きな人多いけどね・・・

がっ、秀吉の城にはけっこう興味があって、
もちろん、豊臣大坂城は一番好きですし、
城郭建築の発展を追うなら、秀吉は避けて通れません。

いいタイミングで大阪でみたい展示もあるし・・・
ってことで、午前は徳川大坂城・江戸城等、
徳川系城郭建築を主に手がけた、大工頭の家柄
中井家の重要文化財を見学してきました。

P1200759

ええ、東京からわざわざ行きましたが何か?
1日だけの滞在ですが何か?(笑)

そんな変わり者に、関西の城好きさんたちを
もりあげているゆうりさんがお付き合いくださいました。
ありがとうございますー。

■豊臣大坂城指図(重文・中井家蔵)

わたしがウヒャウヒャ言っていた(笑)
豊臣時代の大坂城指図もあって、テンション上がる!

豊臣大坂城の作事に中井家(当時は中井正吉)が
携わったかはわからないそうですが、
豊臣時代の本丸のようすがよくわかります。

観れば観るほど・・・本丸の形状や天守の位置が
岡山城そっくりなんですわ。いや、岡山城が
豊臣大坂城にそっくりといったほうが正しいでしょう。

これをみても、秀吉の宇喜多秀家への寵愛ぶりが
わかりますよね・・・秀吉みずから、
岡山城の縄張りをしたとも言いますからね。

■中井正清 - 徳川の御大工初代

中井正吉の子・正清は、家康に取り立てられ、
徳川城郭の多くの城郭建築を担当します。

伏見城、二条城、江戸城、駿府城、名古屋城・・・
いずれも名だたる大城郭ですよね。

しかも、小堀遠州や古田織部などとタッグを
組んで城郭建築の作事をしていたそうで、
有名人との書簡がけっこう残ってるんですよね。おお。
あの方広寺造営にも関わっていたようで・・

それだけでなく、戦時にも活躍していて、
大坂冬の陣の茶臼山家康本陣を造営したり・・・
かなり、建物造りという意味では、
方々に活躍しているのですね。ふむふむ。

■中井正侶 - 徳川の御大工二代

そして、徳川大坂城の造営。
これには、次代の正侶(まさとも)が参画。

先ほどの豊臣時代の指図と徳川時代の指図
「大坂御城惣絵図」(重文・中井家蔵)と比較すると、
本丸の形状は同じながら、天守台や御殿の位置、
規模がまったく異なっていることが、
克明にわかりますねー。

■中井「大和守」

興味深いのは、中井正清が「大和守」を名乗り、
従四位下に叙位されてること。
これ、なかなかそこらへんの大名でも、
このような位には、叙せられないものですが・・・

よほど、家康から大工棟梁としての技量を
買われていたということ、またそれだけまだ
城郭建築ラッシュが続いていたことを物語ります。

また、出てくる書状の相手が、
先ほど書いた小堀遠州や古田織部のほか、
片桐且元、本多正純、大久保長安など
江戸幕府初期の幕閣ばかり。

彼の地位の高さを物語りますよね・・・
肖像画ももちろん束帯姿で、言われなければ、
どこぞの大大名の風格すら感じます!

■天守立面図 - 二条城

二条城や駿府城、江戸城にも関わっているので、
それらの指図ももちろん残っているのですが、
個人的に惹かれたのが、二条城天守と小浜城天守。

二条城天守は、1601年に京都所司代・板倉勝重を
総奉行とし、建築工事は中井正清が担当。
1603年に完成し、家康の将軍宣下が行われます。

まず、二条御城中絵図。二条城一日城主の際に
教わった行幸御殿が描かれ、ここから本丸へと連なる
櫓群がしっかり確認できます。

こうして、後水尾帝は二条城天守に外に
出ることなく、登ることができたんですねぇ・・・

そして、二条城天守立面図。二条城天守も
二度建てられたそうで、慶長度天守は淀城天守として
移築されたそうで、図面が残るのは寛永度天守。

破風の位置や種類が若干違うものの、
江戸・駿府・名古屋・大坂の各城天守によく似た
徳川系の天守デザインですなぁ。

■天守立面図 - 小浜城

もうひとつ気になる立面図が、小浜城。

酒井忠勝が小浜に入封し天守を造る際に、
五層か三層か2つの案があったそう。

その2案の立面図がいずれも残っていて、
うわうわ・・と感動。後日、小浜城址を訪れ
その天守台を確認してきたわけですが、
かなり立派な天守だったであろうことか、
残る石垣と天守図面からも、容易に想像できます。

・・・ということで、非常に楽しめた展覧会。
個人的には、中井家所蔵品だけでなく、
天守・櫓の立面図だけにフォーカスした
展覧会があるいいんだけど・・・

あったら、たぶん萌え死ぬと思います(笑)
てことで、午後はシンポジウム会場へ移動。

blogramに参加してます。
ボタンを押してもらえるとうれしいですぅ。
blogram投票ボタン

|

« 阿佐ヶ谷夏の陣 戦国武将三番勝負!質問編。 | トップページ | 「日本城検定」開催記念シンポジウム 秀吉の城 第1部 特別講演 »

「イベントレポート」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/16856/55309863

この記事へのトラックバック一覧です: 「大坂の陣と大坂城・四天王寺・ 住吉大社の建築」世界遺産を つくった大工棟梁― 中井大和守の仕事(Ⅱ):

« 阿佐ヶ谷夏の陣 戦国武将三番勝負!質問編。 | トップページ | 「日本城検定」開催記念シンポジウム 秀吉の城 第1部 特別講演 »