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江戸城講座「江戸図屏風」の謎。

さて、また城・・・に戻ってきました。
なんかもう順不同、書きたいもの書きたいように・・
なので、時系列がむちゃくちゃですが、
そこは、なにとぞご容赦いただきたく・・

で、新宿歴博・江戸城講座5回のうちのひとつ、
「江戸図屏風」の謎、を拝聴してきました。

黒田涼さんの「自然改造都市、江戸の痕跡」に続き、
今年2回目の参加です!

講師は、黒田日出男先生。
絵画史料論を中心にした中世史がご専門。

最初に自己紹介をされたのですが、
非常に論旨が明快で、聴いていて清々しい。

正しいことを正しいと論証し、間違ってることは
キッチリ批判するという考え方。
いや、偉い方なので当然といえば当然なのですが、
そういうばかりではない・・ですものね。

ちなみに、文芸春秋SPECIAL2012年季刊夏号で
頼朝「本当の顔」という題で、よく知られた
神護寺所蔵の伝源頼朝像が、実は別人という論説を
書かれてもおられます。(読みました)

最初にこの年で痩せる秘訣をお話になったり、
なかなか愉快な方で・・(笑)
60代をこんなに痩せられたのは、すごい!
でも、減量思想はわたしとかなり近いなーっと。

さて、本題。江戸天下祭図屏風が今回の話題。

これ、京都の古美術商が保有していて、
戦前にすでに知られていたそうですが、
京都・本圀寺(日蓮宗)に納められていたそうです。

これが、黒田先生によるこの屏風が何であるかを
決定付ける重要なポイントなんだと。

この図屏風は、江戸城内への行進が許され、
将軍が観覧する祭りということで
「天下祭り」と呼ばれた山王祭を描いています。

これが実に江戸城内を細かく描いていて、
他の屏風では見られないほど、詳しく描かれてて。

もちろん、天守がしっかり描かれている
ということは、寛永以前の江戸の姿。
天守に興味がある者としては、
注目せざるを得ない重要な絵画ですね。

さすがに史料をそのままアップするのは、
気が引けるので、載せておられる記事へのリンクを。

見て頂ければわかるのですが、素人目にも
かなり天守指図等の図面と照合しても、
正確に描かれているなーという印象。

リンク先の写真だけではわかりませんが、
寛永以前でなおかつ、紀州徳川家上屋敷が
大きく屏風内に描かれている…

このことから上屋敷が吹上にあり、
つまりこの天守は、南西面から描かれて
いることが分かります。明暦大火後、
吹上は火避け地として、庭園になります。

その他の屏風絵というと・・・
国立歴史民族博物館所蔵の「江戸図屏風」や
国立国会図書館蔵の「武州豊嶋郡江戸図」に
描かれている天守がよく描けているよう。

しかし、いずれも南東面ですから、
西面が描かれたものとしては、唯一かも。

そして、天守だけでなく寛永期の江戸城内を
かなりの正確性をもって描いた屏風絵としては、
唯一と言ってもよいくらいのものだそうで。

また、天下祭を描いた屏風絵としても、
最古といえる一品であるそうです。
五層の天守(元和度あるいは寛永度)を描いた
史料としても、非常に重要。

政府なら、国立歴史民族博物館、
東京都が買うなら、江戸東京博物館…あたりが
買うとよいのでしょうがねぇ。

戦後、この本圀寺から流出したそうで、
所在が分からなくなっていたところ、
近年、京都の古美術商がお持ちというのが
分かったんだそうですね・・・

ま、あまりこの屏風の出自がどうだったのかは
黒田先生の著書:江戸図屏風の謎を解く
読んでいただくこととし、
わたしが種明かしをするのは、控えます(笑)

でも、繰り返しますが論旨が明確で、
既存の学説をバッサリ切り捨て、明快な指摘を
進める議論の切れ味は痛快ですよ!

これ、どこかの博物館が手に入れて、
デジタル化してもらって、江戸図屏風や
武州豊嶋郡江戸図みたいに、インターネットで
みれるようにしてもらいたいんだよね…

先にあげた2例は、しっかりデジタル化されてます。
ここまでの精度で見れるのか!と驚きました。

国立歴史民族博物館所蔵・江戸図屏風

国立国会図書館蔵・武州豊嶋郡江戸図

これ、ぜひ観てみてください。
おおーっと、感動できると思います!

江戸天下祭図屏風の資料も手元には、
このとき参加した紙の資料とこれをPDF化した
資料は手元にありますが、広く公開されて
ほしいくらいよくできた屏風です!

余談ですが、江戸図屏風についても
その制作年代について論争があるみたい…です。

こちらについても、黒田先生は、寛永12年頃に
松平信綱が将軍徳川家光に見せるためにつくらせた
という説を唱えておいでです。

一方、18世紀吉宗の時代につくられたという
説もあるのだそうですが、でも、江戸図屏風で
使われている紙を放射性炭素年代測定すると
寛永17年以前・・・あららら??

まぁ、学問の世界もいろいろあるんですな。
黒田先生の説は「王の身体 王の肖像」という本に
詳しいそうなので、わたしも読んでみようと思います。

しかし、天守の立面図・平面図だったり、
屏風絵等々、江戸城天守はものすごい史料に
恵まれた天守だなぁと改めて思うわけですよ。

天守が建ったことはこそないけど、江戸時代当時の
再建天守台もあり、史料は豊富。
さらに、名古屋城や大阪城のように、
コンクリ天守がのさばっているわけでもない・・・

こんなに「正しい」天守再建に向けて
ふさわしい天守があるでしょうか、と思うわけですよ。
ぜひともいつの日か、平成度天守が日の目を
みてほしいなぁ、そう思わずにはいられません。

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