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「日本の木と森を考える」江戸城天守木造再建への道 その2 植生景観と中世山城。

さて、シンポジウム本番。

植生景観の立場で、京都精華大学の小椋純一教授、
城郭建築を含む古建築の立場で、
広島大学の三浦正幸教授。
林業の立場で林野庁・沼田正俊次長。

そして、コーディネータとして、
農林中金総合研究所顧問の野村一正氏。

最初に各々の専門の立場でご発表いただいた後、
パネルディスカッションに入ります。

植生景観・・・というと、難しそうですが、
要は草原から低木、高木・・といった植生の景観を
時代を追ってみていくということです。

実はこれ、本テーマの江戸城天守というよりは、
中世山城との関連で見ていくとおもしろいテーマ。

・過去50年の植生景観の変化

まず、過去50年間の植生景観の変化。
岡山県北部の中国山地や京都の岩倉などを例に
解説してくださいました。

実におもしろいことに、今の日本では牧場などで
しか見当たらないように思える草原が、
けっこうあったんだということ、しかも、この50年と
いう短い間にどんどん森林化している、
それも人工林が生長しているということなんです。

これには、高度経済成長期における暮らしの変化で
木材が使われなくなり、草原だったのが木が生い茂ったり、
木の種類が変わってしまった地域も。

この事実は、個人的にものすごく意外で、
森林ってなくなってきていると思っていただけに意外。

そして、その人工林がどんどん生長しているのは、
明治から昭和初期にそのカギがあったのです。

・明治~昭和初期の植生景観

過去50年に比べて資料は少なくなるものの、
古写真や文献類、古木の解析、当時の行政文書などから
調べていくそうなんですね。

たとえば、比叡山の例を見ていくと、昭和初期の写真でも
高い木々がなく、草原のような場所や背が低い木々。
比叡山頂上も草原が多く、非常に視界が開けていたとか。

明治中期でも草原や芝草、松林もあるんですけど、
やや低めなんですね。ここでは紹介できませんが、
今の写真と比べると、その風景はぜんぜん違うんです。

夏目漱石の「虞美人草」でも(すいません、読んでません)、
比叡山が出てくるらしいですが、草原の山として描かれ、
延暦寺に近づくとその森が見えてくる・・
そんな描写がされているのも、また興味深くて。

かつては、木々が燃料として使われたりして、
使われる・植えられるというサイクルを通じて、
適度な森林として、管理されていたんですね・・・

特に、こういう言及はなかったのですが、
中世山城って今は藪が多かったり、木々が生い茂って、
遺構の確認がかなり難しかったりするんですけど、
こういう状態になったのって、比較的最近なんだ、と。

・中世~近世の植生景観

ここまでになると、もう写真はないので、
文献や絵図の類に頼ることになるわけですけど・・・
幕末の名所図や遡って洛中図などに描かれる
比叡山の図など、どれも樹木はまばら。

禿げ山や草原の山も多かったようなんですね。
そりゃそうですわな、山城があったことも考えると、
草原の山や植物がない山も多く、そのような山に
山城が築かれたんだろうなぁ。

実際、中世山城跡を描いた絵図もあって、
完全な禿山として描かれてありました。

無論、皆が皆、禿山というわけでもなく、
関東なら房総半島など、森林に覆われた山も
あったわけですが、今のような国土の2/3が
森林という状況では、決してなかったようですね。

ある意味、世界で森林が失われてきているのとは
逆行しているのかもしれないね・・・

じゃぁ、森林が増えていいじゃないかという話か?
というとそうでもないんだよねぇ・・
というのは、後ほど。

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