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名古屋城の将来を語る市民大討論会(3)

ちょっと、間が開いてしまいましたが、
休憩を挟んで、パネルディスカッションです。
(長いですので・・・興味ない方はスルーを)

こちらも、基本的に木造天守に関するところのみ
ピックアップしていきますね。話の都合上、
時系列は少し前後して書いていきます。

■あるべき木造天守再建論

最初に、麓和善・名古屋工業大学院教授から、
文化財保存の立場から見た「本物・偽物論」にコメント。

焼失したという意味では、本物はなくなったわけだが、
焼失を免れた文化財もあり、また特別史跡という意味で
名古屋城は本物の文化財。これを護り、価値を高めるべき。

これら「本物」の価値を高めるための手段として、
本丸御殿の復元や場合によっては、木造天守の復元を
位置づけることができる、と。

文化財の価値向上という視点では、史実に忠実であるべきで、
史実の再現性という意味では、名古屋城天守は
最も忠実に復元できる天守であるとの指摘。

これは、名古屋市の事業として行われた
昭和の実測図があるということがその裏づけに
なっているわけですね。

実測だけで5年もかかり、図面ができるのは、
戦後の1952年。このような例は、名古屋城だけで
専門的に見ても、伝説的にすばらしい図面だそう。

続いて、司会の瀬口哲夫・名古屋市立大学名誉教授から、
海外の事例との比較。名古屋市は疎開できる文化財は
疎開させ、建物のように容易に動かせないものは、
実測図を描いた・・ということですが、
WW2の時期に、英国でも同様の動きがあったんだそう。

戦時中で授業ができない間、文化財となっている
建物の実測調査をやっていた大学があったらしく・・・
当然、ロンドン空襲があるという想定。

日本では、名古屋だけがそのような文化財を護る
という発想をしっかり持っていたことは、
誇れることではないか、という指摘。まったくですね。

続いては、先ほど説明してくださった片岡教授から
天守を再建する場合の心構え、スタンスの話。

地震が多い日本、天守に免震装置はいるのではないか、
という声もあるそうだが、それでは復元になるのか?
と疑問をお持ちだという立場。

可能な限り史実に基づくという観点からも、
近代的な装置をできるだけ排除して、
進めるのが、大原則であろうとのお考え。

すぐに免震装置をいれなきゃというのは、
天守の構造をあまりご存じない発言なのでは・・・と。

■河村市長の意見

河村市長は、相変わらず精神論だなぁ・・という感じ。
キライじゃないですけどね。シンボルとしての名古屋城。

市長が大きな課題として、認識しているのは現天守の扱い。
登録有形文化財になる建造物は、建造後50年経った
建造物のうち、価値のあるものが登録されうるわけで、
これをどうするか・・・ということ。

また、住民投票をするという市民の意見をとりあげ、
非常にいいことだと発言。
それもやはり、名古屋人のアイデンティティに
関わることだから・・ということみたい。

総工費については、この後何百年と名古屋のシンボルとして
もつものとして考えれば、数百億でも安いじゃないかと。

■文化財を復元することの意味

ナチスに完膚なきまでに破壊されたポーランド・
クラクフの復元の例を知多ソフィア観光ネットワーク代表、
山本勝子氏がお話になっていました。

戦後、壊れたレンガを集め、写真や人々の記憶を
基に蘇ってくわけですが、食うにも困るような時代に、
なぜ復元に取り組んだか・・

それはナチスによって、ポーランドの文化や歴史といった
伝統を決して抹殺させないという自国に対する
強い誇りと意思があったのだろうと推察されます。

そこで、名古屋城を復元する場合、その復元に
名古屋人は何を見出すのか・・・その議論がいるだろうと。

たとえば、江戸時代にどのような文化が名古屋で育まれ、
それをどれをどう伝えていくのかということとか。

単に木造の天守を復元するだけでは、おもしろい街には
ならないだろうと。ソフト面の検討が必須という指摘。

■木造復元をする価値

これを受けて富山大学教授の古池嘉和氏。
名古屋を50年以上見守ってきた現天守の(固有の)価値は
キチンを見据えた上で、その価値を上回る価値とは何か・・・

それは、建物としての復元だけではなく、
機能としての復元という視点もあるのではないか?
観光という価値ではなく、城本来の価値を見出す、
という視点だったり、技の継承という視点など、
複眼的に木造復元の価値を考えていく必要がある・・と。

続いて、再び麓氏。現天守の再建の際にあった
名古屋市民の議論の様子。当時の名古屋タイムスで
10日に1回程度の割合で、議論の進捗が
紙上でレポートされていたそう。

ここから当時の名古屋市民の再建に対する
熱い想いが感じ取れるのだとか。

そのときのコンセプトは、概観は可能な限り、
オリジナルに忠実に、内部は焼失を免れた
文化財の博物館として機能させると。

文化財の保護施設という天守の機能的な観点からも
コンクリート造りである必要があると
考えられていたようです。

今の天守=コンクリ=価値ナシと即断するのは
早計だろうということですね。

当時とは目指すコンセプトが違うでしょうが、
改めて腰を据えた議論がいるでしょう。

また、実際に再建をするとなれば、
設計図があっても、資材が準備できても、
また職人さんがいるだけではダメで、
天守復元を統括するプロジェクトリーダーが
文化財としての知識を有していることも大事、と。

今の名古屋城本丸御殿の再建の場合でも、
必ずしもうまくコトが運んでいるとはいえないとか…

続いて、片岡教授。当然、再建に当たっては、
地盤の調査は必須であろうし、宝暦修理の原因と
なった天守の傾きの事例を踏まえ、過去のトラブルは
根本からつぶしていく必要はあるだろう、と。
地盤まで復元して、また傾かせてもね・・・

また、大径木の木材が手に入らない場合には
2本の木を接木したり、張り合わせたり、修正材を使う・・
なんていう方法が許されるのかどうか・・・など。

ただ、個人的には懸念事項は当然あったとしても、
それはやる/やらないの判断にはあまり直接的には
かかわってこないだろう、と思っています。

やはり、山本氏や古池氏が指摘するように、
木造天守復元の意義と価値を明確にするということ、
そして、史実に忠実に復元可能にしてくれた
先人の想いを充分に汲み取ること…
これが、大事なのでしょうね。

■市民の挙手による質問・意見

市民の皆さんからも、続々と挙手で意見が上がり、
皆さん一家言をお持ちな様子。前の記事でも書きましたが、
名古屋城が愛されているんだな、ということを
ものすごく感じたんですよね。

たとえ、木造天守再建に賛成であっても反対であっても。
その証拠に単純にお金がかかるとか、そういう理由で
反対意見を述べた方は居られなあったんですよね。

たとえば、木造天守で復元すると工期は12年にも及び、
ただでさえ本丸御殿建設中なのに、さらに天守まで…
となると、あまりにもみっともない。

それにこんなに長い間、名古屋のシンボルたる
名古屋城天守を拝することができないなんて、
それこそ、名古屋人のアイデンティティの喪失では?と。

名古屋城の価値を高めることが木造天守再建の一方策で
あるならば、むしろ東北隅櫓を再建して
隅櫓を揃えるなど、往時の本丸の姿を取り戻すことこそ、
先にやるべきことだ、というご意見がありました。

また、住民投票やこのようなシンポジウムだけでなく
パブリックコメントの形できちんと意見を吸い上げ
実現に向けた議論をさせてほしい、とも。

なかなか面白いと思ったのは、濠をぐるっと回って
天守や櫓、石垣を見上げられるような仕組み、
取り組みがほしいという城好きの方がいらっしゃったり。

城好きでも、外観復元天守でも立派なものはあるだろう
という方、東北が大変なときに巨費を投じる
木造復元を考えていていいのだろうか・・・など、
城好きといっても、幅広いなぁと思うこともありましたね。

普段から城って、もう少し多角的に見るべきだろう、
と思っているだけに、こういったシンポジウムは
非常に興味深い内容でありました。

城についても、こういう機会があったら、
積極的に足を運びたいなと思いますね・・やはり、
そういう意味ではtwitterが貴重な存在かな?

この後は、せっかくなので名古屋城そのものも
少し(?)見て回ってから、帰京の途につきます・・・

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