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名古屋城の将来を語る市民大討論会(1)

例によって、遅きに逸した感はありますが・・・
先々週、2/19に行われた名古屋城の将来を語る会。

今名古屋は、この直後河村市長の発言でえらいことに
なっておりますが・・・まぁ、それはそれとして。

この会の発端となったのは、名古屋城天守を木造で
復元しちゃる!という発想をどどんと市長が出されたこと。

で、Webのニュースをみてこんな会があるなら、
城好き、天守好きにとっちゃぁ、はるばる名古屋まで行って、
話を聴きに行こうではないか、とこうなるわけです。

しかし、よくまぁ、わたしのような余所者を
当選させてくださったものです。名古屋市さんには感謝。

P1090129

この日は、前日夜からの高速バス移動。片道約3,000円という
激安プランでございます。開始が10時なので、
しばし、ネットカフェでZzz・・・

ちょうど開始30分前くらいでしょうか、
現地に赴くと、名古屋城のゆるキャラ・はち丸くんが
お出迎えしてくれました。

P1090133

会場に入ると、戦前の昭和期に実測、戦災で焼けた後も
続いていた長い図面製作の果てに残された
名古屋城天守の実測図(写真)が展示されてて、
わぉ、とテンションも上向き!

P1090142

内部構造もバッチリです。ここまで詳細な構造が
わかっている天守、ほかにはないそうなんです。

P1090141

初層・二層の断面詳細図。立面図だけでも
詳細なのに、さらにこんな図も・・・

P1090134

名古屋城の誇り、金鯱も詳細に図面化。

P1090136

会場はこんな感じ。始まるのを待ちます。

P1090144

段取り。主催者として河村市長の挨拶の後、
名古屋城総合事務所からの現況説明に始まって、
中部大学・片岡靖夫教授による木造復元の課題。
つづいて、市民6名の意見発表。
あいだ休憩を挟み、パネルディスカッション。

予定では、2時間半だったんですが、
3時間半にも及ぼうかというくらい
かなり時間オーバー(笑)

■河村市長の挨拶

最初に思ったのが、おぉ名古屋弁ってこんなんなんや!
ってこと。皆さん、名古屋弁って「~だがや」とか
「ちょー」とかいうけど、実際しゃべられてるの、
聴いたことあります?

なんか名古屋の人って、標準語しゃべってる
イメージなんですが、ほぅ名古屋弁とは
こういうもんなんか、という城とはまったく関係ないこと
が印象に残りまして(笑)

河村市長は、もちろん木造再建派。
しきりに「民族(?)の誇り」と言っていましたが、
やはり、コンクリ建の博物館ということで、
少々、案内してもがっかりさせる面があることを
気にしているようでした。

やはり、名古屋に住んでて自慢になる名古屋城を、
よそに負けんもんがあるぞということで、
木造建の天守が欠かせん、とこういうわけであります。

実は、戦前に国宝に指定された城郭第1号こそが、
名古屋城天守なんですね。第2号が姫路城。
名古屋城がほんとは・・という思いもあるのでしょう。

が、江戸城を凌ぐ・・というのは、
明らかに勇み足ですね(笑)

そんなの、天下人の天守がいくらなんでも
名古屋城に負けるわけないでしょーが。

大阪城も比較対象が豊臣大坂城ならば、
ひょっとしたら、名古屋城のほうが大きいかも、
というのはあります。が、徳川大坂城と比べると・・
どうなんでしょうねぇ。

そんな貴重な天守が戦災で焼けてゆくのを眺め、
涙をこぼした名古屋人は多かったようで、
河村市長のお母様もそのひとりだったとか。

で・・・河村市長は、文化財たる天守を目掛けて
爆弾を落としたのは、ハーグ陸戦条約違反だ!
と言っていましたね。
WW2後に、1954年ハーグ条約が結ばれている
ことを考えるに、不十分なものだったのでしょう。

それをいうなら、わたしが愛してやまない
岡山城や広島城、それから大垣城、和歌山城、
福山城、仙台城、首里城・・・太平洋戦争で日本人が
失った城はたくさんあるのです・・・

焼けることがわかっていたわけではないでしょうが、
名古屋城には詳細な実測図があります。
冒頭で写真をアップしたやつですね。

1932年(昭和7年)に実測され、実に279枚にも
及ぶ膨大な図面。普段は小天守内に
保管されているそうよ。

宝暦年間に修理された際には、天守がかなり
傾いていたそうですが、それでも1894年に
中部地方を襲った濃尾地震でも、倒壊した櫓はあっても
天守はまったく崩れることがなかったそうです。

さて、続いては名古屋城の現況説明。

■名古屋城のあゆみと現状、整備に向けて

1. 名古屋城のあゆみ

そうそう、名古屋城も二条城と同じで接収された後、
名古屋離宮として、皇室財産だった時期があるんですよ。
その割には、あまり皇室の菊花紋を見かけないなぁ・・・

戦災で焼けた天守、実は二条城のように
徳川葵ではなく、菊花紋?だったのでしょうか。

あと、名古屋城が特別史跡に指定されている領域は
本丸・二の丸に加え、三の丸を囲む濠跡。
あわせて約50haの広さになります。

名鉄瀬戸線の東大手駅付近から、南に下り、
外堀通りを西に進み、愛知県図書館から北へ、
そのまま本丸に連なる部分が、外堀跡のようです。

確かにGoogle Mapでみても不自然に
建物がないように見えるのも、特別史跡だから、
なんでしょうねぇ。

しかも、名古屋市が所有するのは、
本丸・御深井丸・西の丸。二の丸は財務省、
そして本丸を囲む濠は、文部科学省の管理下。
いろいろ複雑に入りこんでるんだなぁ・・・

2. 各城の入城者数と名古屋城

なかなか興味深かったのが、城ごとの入城者数。
2010年度のデータだけど、トップは167万人で
なんと首里城なんですねぇ!

第2位が、わたしが城主を務めてまいりました
京都・二条城で157万人。

続いて、第3位が名古屋城。152万人。
第4位が熊本城144万人。第5位は大阪城137万人。

ちょっと、姫路城がかなり落ち込んでいるので、
そこはフェアではないけど、熊本城が意外と
少ないなぁ・・という印象。遠いから?
熊本城、あんなにすばらしいのに・・

でも、熊本城400年祭のあった2008年は
本丸御殿ができたこともあって、222万人を
突破する勢いだったみたいですがね。

あ、この記事名古屋城でしたね・・・閑話休題(笑)

3. 整備計画

熊本城が特に櫓の復元整備に力を入れている
感じはしますが、名古屋城ではなんといっても、
2017年完成予定の本丸御殿が目玉。

総工費150億円、うち50億が寄付。
第1期の玄関・表書院は、2013年度にまず公開予定。
この段階でまず行くんだろうな(笑)

復元模写されているされているあたり、
二条城と同じですなぁ。

そのほか短期施策では、本丸西南隅櫓の修理、
復興天守の耐震工事、表二之門修理・・など、
基本的には修理ばかりだなぁ。

長期施策として、本丸表一之門や東一之門、
本丸多門櫓、東北隅櫓復元・・などが
視野に入っている模様。

短期施策がだいたい15年以内に着手するもの、
という定義なので、長期施策はわたしが
生きてる間に着手されるんだろうか・・・てな
タイムスパンになりそう(汗)

4. 天守の木造復元

で、木造復元の話。五層五重の徳川天守の
セオリー通りの大天守。史上最大・・って
言ってるけど、これは創建当時の話。

このあと、江戸城元和度・寛永度天守が竣工。
これは名古屋城天守をよりも大きいはず。
いかんよ・・いくら威張りたいからといっても。

木造復元の課題だけど、

・建築基本法
・バリアフリー法
・消防法/名古屋市火災予防条例

あたりが法令上の課題。前二つは適用除外認定を
受ければ、建築できそうだけど、
消防法がけっこうネックだなぁ、と。

もちろん、これはこれで大事なのだけど、
単純に消火・警報・避難設備をつくったり、
消防隊進入口を設置したりすると、
史実どおりにならない・・というジレンマ。

木造で高層建築ということで、避難時の
安全確保が・・との話もあって。

こればっかりは・・・いざというときは
しょうがないくらいの気持ちで、天守に上がる
しかないと思うんだけどな?

火災に対する安全性は、ここでの説明では
ネック・・とあったけど、次の片岡教授の説明で
詳しくあるので、ここでは割愛。

地震には、濃尾地震で天守が健在だったことや
江戸城天守の講演でもあったように、
他で使われないような太い心材が使われることで、
ものすごい耐震性があるとは思いますけどねぇ。

石垣もなかなか気づかないけど、はらみがあるようで
天守再建となると、積み直しがいるかもとのこと。

木材調達。これがかなりネックだと、
説明されていて、大径木の木曽檜はあまり市場に
出回らず、非常に調達難ということで・・・

もちろん、樹齢300年以上の大径木なので
普通はないと思うんですが、江戸城講演では、
広島大の三浦教授が50cmクラスの木材になる木々が
林野庁管理下の森林に豊富にある・・との話。

江戸城も名古屋城も復元するとなったら、
取り合いになるのかもしれないですが、
これを使えば、名古屋城だってできるんじゃ?
という気がするのですよねぇ。

一般市場から、調達しようとするから
困難なんであって、こういうときこそ国有林から
切り出すというのもアリだと思うんだけど。

ちなみに、名古屋城天守を史実に忠実に
試算した場合、342億円で工期は12年かかると。
外国材も使うなら、100億円減。

江戸城天守が500億くらいだと記憶しているので
まぁ・・・そんなもんかな?

最大の問題は、現天守をどうするか。
これはこれで、ぶっ壊すわけにはもちろん行かないし、
コンクリートの耐用年数は残り40年程度。

とりあえずは、耐震工事するにしても、
扱い方が難しい話です。

さて、この後さらにマニアック度が増す、
中部大学・片岡教授のお話です。
城好きなら響くと思うのですが・・(汗)

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コメント

名古屋城の大きさの話ですが、市長が言いたかったのはたぶん総床面積のことかと、高さは江戸城の方が高かったのですが、床面積は名古屋城の方が100畳以上広いのです。ちなみに名古屋城は豊臣期の大阪城の約倍の大きさです。

投稿: ジャンド | 2014.07.24 22:05

nikko81です。

●ジャンドさん

なるほど、総床面積ですか・・・

体積的に江戸城天守のなかに名古屋城天守が
すっぽりはまると聴いたことがあるのですが、
なんかしっくりきませんね・・・

投稿: nikko81 | 2014.07.27 01:50

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